ブックレビュー


 

『クリスタルサイレンス』

藤崎慎吾著



レビュー:[雀部]&[上田]

朝日ソノラマ 1900円 '99/10/30
SFマガジンの「年間ベストSF」国内篇第一位!
導入:
 2071年、テラフォーミングが進みつつある火星の北極冠で、氷に閉じこめられた 地球のカンブリア紀の節足動物に似た物体が発見される。「セーガン生物群」と名 付けられたその物体の火星上の分布には規則性があった。  地球で生命考古学を専攻するアスカイ・サヤは、ある日恩師のナカタ教授に呼び 出され、火星北極冠学術調査団に参加するよう求められる。しかし、火星はいまだ 紛争や疫病の恐れがあるし、恋人ケレン・スーとも別れなければいけなくなる・・・ サヤの心は千々に乱れるのだが、結局火星調査団に参加することになった・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆☆
 地球外生命体の謎解きと、火星上で繰り広げられる国家間の争いを縦糸に、サヤ のラヴストーリーを横糸に織り上げた絢爛たるハードSFのタペストリーですね。  電脳空間、人工知能、テラフォーミング、地球外知性体、生命考古学とSFファ ンにとってのおもちゃ箱ぶちまけたようなアイデアの洪水が楽しいです。ま、色々 詰め込みすぎて雑然とした印象は否めませんが^^;




[雀部]  とまあ、こんな導入部の『クリスタルサイレンス』なんですが、女性ファンタジーファンの上田さんは、どんな感想を持たれましたか。
[上田]  帯の惹句がものすごく大袈裟なんで、いくらなんでも今どきそんな面白い小説がある筈がない――と思って後回しにしていたのですが、書評系のサイトを覗いていると、これが滅法評判が良いので興味をひかれて読んでみました。
[雀部]  翻訳者の大森望さんの推薦の帯ですね。「国産本格SFの頂点を極める十年に一度の傑作」とかありますものね。
[上田]  個人的には、ヒロインの行動や物の考え方が非常にもどかしいです。
25歳の働く女性で、感受性も豊かな(という設定の)キャラクターである筈なのに、どうして、こんなにあらゆることから逃げ回ってばかりいるのでしょうか。何か納得できないものが残ります。
このヒロインの悩み方は、この作品の雰囲気には、そぐわないように思えました。若いキャラクターですから、いくら悩んで貰っても構わないのですが、悩み方の方向が違っているような気がします。
SF的なガジェットがてんこ盛りになっている箇所よりも、私は、むしろこういう部分のほうに違和感や抵抗感を覚えました。ただ、こういう、もやもやとしたところが、現代小説的で良いと感じる方もいるのかもしれませんが。
[雀部]  そこらあたりは、女性ならではの感想ですね。私なんか根っからのSFファンですので、そういうところはあまり注意を払って読んでません^^;
 他の部分はどうだったでしょう。
[上田]  ハードな展開をしている部分のほうが、圧倒的に面白かったです(クリスタルフラワー、準シュバルツシルトスフィア、ナノマシン、ウェットウェア、重力波ネットワーク、国際紛争等々……)。
 ツカダが、悪役としての魅力に乏しいのもちょっと気になりましたが、《ツカダ・BAK》というネーミングには、爆笑させて貰いました(^_^)。
[雀部]  というと、やはり弱いのは横糸となっているラヴストーリーでしょうか。
 藤崎さんは、インタビュー(早川書房の『SFが読みたい! 2000年版』)で、「基本的にはラヴストーリーが書きたかった」とか。
[上田]  SFで恋愛を描くのは難しいのではないかと思います。恋愛というのは純粋に個人的な問題なので、視点を可能な限り高みまで引き上げることを目的にしているSFというジャンルでは、切り取り方(見せ方)が難しいのではないかと……。
[雀部]  そんなことは無いと思いますが。単に恋愛関連を描くのが下手なSF作家が多いだけかと・・・^^;
 ジョン・ヴァーリイの『ブルー・シャンペン』は読まれました?
 私の見るところ、SF作品で恋愛を描いた最高傑作は、この作品です。
[上田]  読んでいます。これはいい作品でした。SFで恋愛を描く場合、全ての作品が、これぐらいのレベルと緻密さと濃密さを保持してくれていれば……と思ったりもするのですが――ちょっと贅沢でしょうか(^^;。
[雀部]  おお、やはり読まれてましたか。ヴァーリイ氏は、上手いです。ネビュラ賞の「その顔はあまたの扉、その口はあまたの灯」(これはゼラズニイですけど)にも、女性科学者との洒落た恋愛シーンが出てきますね(^o^)/
 それと、確かに強い女性は男性SFファンの憧れのおネェさまになるのですが、ま、一歩間違うと"キラシャンドラ"になっちまうからなぁ^^;
[上田]  おネェさまというよりは、たとえば、サファイア姫やナウシカが大人になったような感じで良いのですが、私の場合は(^^;。勿論、問答無用に強いおネェさまも好きなのですけれども。
 チャーミングで芯が強くて、必ずしも学歴や知能指数等とは関係のない部分で頭の良い、広い意味で知的な女性という感じでしょうか。最近読んだ作品では、ヴォンダ・N・マッキンタイアの『太陽の王と月の妖獣』の主役、マリー=ジョゼフ・ドラクロワなんかも、雰囲気的に近いかなと思います。17世紀という時代背景があり、年齢的にも若いキャラクターなので、全くイメージが一致しているわけではないのですが。
 あと、私の世代では、火星SFというと、萩尾望都さんの『スター・レッド』があるので、女性の描き方という時、無意識のうちに、レッド・セイ(『スター・レッド』のヒロイン)のキャラクター造形と、『クリスタル〜』のヒロインとを比べてしまうような部分もあります。
[雀部]  萩尾さん、いいっすv(^^)v(^^)v
 私もファンです〜。ていうか、カミさんがたくさん持っていたので^^;
[上田]  『クリスタルサイレンス』に関して言えば、個人的には――というか、これは単なる好みの問題だと思うのですが――男性を主人公にして欲しかったです。35〜40歳ぐらいの行動的な男性が、学者としての我の強さを発揮して、様々な障害にぶつかりながらも、知恵を絞って、あの手この手で問題をかいくぐりながら火星の秘密に迫ってゆく……という展開のほうが、私がSF小説に期待しているものの形に近かったのです。古典的な設定ではあるのですが。そして、上記のような強靱な精神力を持った魅力的なヒロインが主人公であったなら、尚のこと興味を引かれたと思います。
 KTとの関係は、必ずしも男女の恋愛という形に拘って描く必要はなかったように思えました。KTは主人公にとっての恋人――必ずしも異性である必要はない――であり、親友であり、それと同時に、火星人類の扱いを巡って激論を交わすことのできる良きライバルであり、時には敵となる可能性も含んだ危険な存在でもある……そんな関係にしておいて欲しかったです。これは、主人公が男性・女性、どちらの場合でもそうあって欲しかったなと感じました。
[雀部]  ヒロイン像にだけ関して言えば、このちょっと頼りないキャラの造形は、どうも作者が確信犯的に作り上げたような気もしました。行動力もあって、才能もあるヒロインだと、男にとって近寄りがたい気がしますもんね(笑)マキャフリイ女史の作品に登場する<ローワン>とか<キラシャンドラ>とかの女主人公は恋人にするには、私だったらちょっとかなわんなぁと思いますもん(爆)
 あと、藤崎さんもソノラマの先輩にあたる梅原さんも著名なSF同人誌「宇宙塵」のご出身ですね。他にも大勢のSF作家の方が、ここからデビューされていますが、「宇宙塵」に掲載された短編を読んで、これはモノになると長編を書き下ろさせた朝日ソノラマ編集部の眼力もたいしたものだと思います。
[雀部]
48歳、歯科医、SF者、ハードSF研所員
ホームページは、http://www.sasabe.com

[上田]
病院勤めを一時中断して、今は主婦をやっています。趣味は読書。SF、ファンタジー、ミステリ、純文学等々、どんなジャンルの小説でも、興味を覚えたものは読んでしまいます。その他で好きなことは、映画を観ること、植物を育てること、南の海でシュノーケリングすること。

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