著者インタビュー

カバー写真 『ピニェルの振り子』
《銀河博物誌1》

野尻抱介著
画=草なぎ琢仁(スマップの草なぎ君と同じ漢字です)
2000年7月31日刊
ISBN4-257-76887-8
C0193

インタビュアー:[雀部]

朝日ソノラマ文庫 495円
 今月号(2000/9月号)のSFマガジンに、野尻抱介さんの新作「太陽の簒奪社3」掲載、星雲賞受賞の短篇「太陽の簒奪者」の完結編です。ぜひご覧下さい!
設定:
 ダルトン連合王国は、今から112年前、西暦1883年のイングランドから、意識を失ったまま連れてこられた80万人が元になっている。彼らは、衣服と携帯品のみで見知らぬ惑星に拉致されたのだった。当面の食事は、ペースト状のもので提供され、その惑星の動植物は食料になった。
 人口が激減したため、失われた知識は多かったが、新たに得られた知識も多々あった。祖国の形態を模して樹立された立憲君主国であるダルトンは、国王が君臨し、地球の19世紀と同程度の文明を持つまでに発展していた。
 ある鉱山で発見された<シャフト>と呼ばれる宇宙船のモノと思われる核構造体は、外部からの磁力に反応し、自在に推力を生み出し、その表面は空気を浄化する働きがあったのだ。

発端:
 画工モニカは、博物商のラスコーと共に、海洋惑星ピニェルにやってくる。一方、地元の採集人スタンは、特産のペラム蝶を採取し売り込みにやってくるが、モニカに一目惚れし交易船に密航してしまう。



[雀部] 今月の著者インタビューは、新シリーズ《銀河博物誌》を刊行開始された野尻抱介さんです。どうぞよろしくお願いいたします。野尻先生、星雲賞日本短編部門賞(SFマガジン掲載「太陽の簒奪者」)受賞、おめでとうございます。
[野尻] ありがとうございます。 
[雀部]  今月号(2000/9月)のSFマガジンで、一応完結した「太陽の簒奪者」では、ばりばりのハードSFの醍醐味を味あわせていただきありがとうございました。早く単行本が出版されるのを心待ちにしています。
 前から不思議に思っていたのですが、SFマガジンにご登場('99年9月臨時増刊号「星々のフロンティアへ」)になるまでずいぶん待ちましたけれど、何か特別の事情があったのでしょうか?
[野尻]  特別な事情はありませんし、遅すぎるとも思ってないです。いつかはSFマガジンで書こうと思ってましたが、あそこじゃヤングアダルト風はだめらしい、と思って先送りしていました。
 それが、SFオンラインに載った『沈黙のフライバイ』を読んだ塩澤さん(SFマガジン編集長)から、あれはよかった、うちにもひとつ、というメールが来ました。それで大喜びして『太陽の簒奪者』の企画を出したんです。
[雀部]  『ピニェルの振り子』では、「太陽の簒奪者」と違って、ハード的な部分はある程度ブラックボックス化してストーリーが展開しますが、これは読者層をお考えになってのことでしょうか。それともやはり後書きに書かれていらっしゃるように、博物学の黄金時代の人間模様を、大宇宙を舞台に描かれたかったのが大きいのでしょうか?
[野尻]   後者が近いです。
 宇宙航行のプロセスよりも、星々での冒険に重点を置きました。そうすると、どうしても便利なFTL(超光速)船が要る。FTLなんてどうせ嘘っぱちだから、ブラックボックスにしてしまえ、と。そのかわり操船やナビゲーション、コミュニケーションを帆船〜蒸気船時代のレベルにして、その部分で楽しめるようにしました。
 ソノラマ文庫の読者はハヤカワ読者にかなり近いと考えていますので、さほど手加減はしませんでした。いずれにしても現代のSFは、物理といえば量子レベル、生物といえば分子レベルになるので難しすぎる。ほとんどの読者は文脈でしか判断できないでしょう。だから難しいことは見えなくして、すべて肉眼的なレベルでやれば、読者も謎解きに参加できて面白かろうと思ったんです。
[雀部]  宇宙クラゲ様生物を解剖するときに、全裸で仕事をしますが、昔の鯨の腑分けを思い起こさせますね。19世紀の地球人が主人公だから、やはりアニミズムの影響しょうか。
[野尻]  アニミズムという解釈を聞いたのは初めてですが、そんな難しいことは考えていません。
 皆さんこれが気になるようですので、ネタを明かしましょう。スタインベックの『コルテスの海』というノンフィクションに、エド・リケッツという海洋生物学者兼標本商が登場します。彼も腐乱死体に潜り込んだり、標本を食べてみたりする。そういうなりふりかまわない研究者像を描きたかったのが理由です。モニカの裸をスタンに見せたかったというのもありますが。
[雀部]  裸で解剖したり食べたりするのは、検体と一体化するという要素があるのかなと思いましたが違ったようですね^^;モニカがお腹をこわさなくてなによりでした。
 異星生命体だから、大丈夫かなと一瞬思ったのですが、プレイヤーが作ったのなら、人間とおなじタンパク質で出来ていても不思議はないかとも思いました。すると、病原体も感染する可能性があるか。う〜ん、モニカちゃん気をつけてね(^o^;)/
 それから、作中で、"超正常刺激"というのが出てきますが、これは例えば田んぼにでっかい目玉のバルーンをくるくる回しておいて、雀などの被害を防ごうとしているのもこの原理ですよね?
[野尻]   そうかもしれませんね。田んぼのあれはすぐ馴化されて効き目を失うようですけども、アニメキャラの巨眼には飽きませんね。どうでもいいですけど。
[雀部]  あと、同じ話題なんですけど、文中には特に記載がなかったのですが、光帆生物を偽の目標で誘導するのも"超正常刺激"を利用していると言うこともできますか。
[野尻]   あれは擬似餌みたいなもので、釣りにおいては本物の餌よりよく釣れるものがあります。厳密には超正常刺激とは言えないのかもしれないけど、そう読めるように書きました。そうしたほうが、冒頭の伏線が生きてエレガントぽいかな、と。
[雀部]  今回は、光帆生物の起源が明らかにされていませんが、私はプレイヤーが、生命が発生可能な惑星を多く創り出すために創造したと推理しているのですが、そこらあたりの謎も、追い追い明らかにして下さいませ。
[野尻]   プレイヤーの正体だけは決めてあって、これは結構気に入っています。期待にそえるかどうかはわかりませんが、少しずつヒントを出して行こうと思います。
[雀部]  それは(^o^)/期待してます。
 『ベクフットの虜』では、ある条件下でないと花を付けないベクフット星の海の植物が出てきて、その花を付ける条件というのが、正に大宇宙を思い起こさせる設定でとても感心しました。今回の『ピニェルの振り子』に出てくる光帆生物も壮大なアイデアなのですが、こうした生命体のアイデアはどういうところから思いつかれるんでしょう。
[野尻]   ベクフットの花は、ジェームズ・E・ラヴロックのガイア仮説の本に出てくる「デイジー・ワールド」をぱくりました。白黒二種のヒナギクが一面に咲いている惑星で、黒いほうは比較的低温で繁栄する。すると惑星全体のアルベドが下がって気温が上がり、こんどは白いほうが繁栄する。そうやって生物が惑星環境の恒常性に寄与している。ガイア仮説は支持しませんが、このモデルは面白いですよね。
 ピニェルの光帆生物のほうは、火星起源の隕石に微生物の痕跡が、というニュースから発想しました。これを派手にやれば宇宙生物と惑星環境の間で相互作用が生まれる。
 地上の生物にはえらい迷惑だな、と最初思ったんですが、火星みたいに火山活動が終息した惑星なら、これが逆に生態系を救うかもしれない。帝国主義時代の、一種野蛮な博物学者たちにこういう現代的なエコロジーの問題をつきつけたら悩むだろうなと思って採用しました。
[雀部]  ありがとうございました<(_ _)>
 さすが、プロですね。いろいろなところからネタを仕入れてらっしゃるんだ。
 では、これからも素敵な作品を読ませていただけることを願いつつインタビューを終わります。 <(_ _)>
[野尻抱介] 野尻抱介(のじりほうすけ)はペンネーム、野尻抱影氏とは無関係。1961年生まれ。独身。文科系大学を出て、計測制御・CADのプログラマー、ゲームデザイナーをへて専業作家になる。(以上、ご自身のホームページから引用)零細企業ミリガン運送の活躍を描く《クレギオン》シリーズ、女子高生宇宙飛行士が主人公の《ロケットガール》シリーズなどが有名(いずれも富士見ファンタジア文庫)
野尻抱介さんのホームページは、こちらhttp://www.asahi-net.or.jp/‾xb2n-aok/index.htm
[雀部]
48歳、歯科医、SF者、ハードSF研所員。ホームページは、http://www.sasabe.com

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