まちがい

松本楽志

 ある夜、炬燵で居眠りをしていると台所のほうで、硝子戸をピシリピシリと叩くような音が聞こえてきた。始めは風で揺れているだけだろうと思って放っておいたのだが、一向に止む気配はなく、風にしてはどうも音が変であるような気がしてきた。ここはマンションの三階だから、もし誰かが外から硝子を叩いているとすれば、これは異常な事態だ。寝ぼけた頭でそんなことを考えながら、むくりと起きあがって背中を丸めながら台所に行くと、音は硝子戸からでなく、なんと薬缶から聞こえてくるのであった。しかし、やはりどう聞いてもそれは硝子戸を叩く音である。おかしいなあ、と首を傾げながら薬缶を取り上げると、突然「間違えたっ!」という野太い声が部屋の中に響き渡った。その瞬間、薬缶から聞こえていた音がかき消えて、変わりに台所の硝子戸がピシリピシリという音を立て始めたのだが、それは風が硝子戸を叩く音にしか聞こえないのだった。

(了)


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