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 『強制点火(フォースド・イグニション)』――とは言ってもロケットがまだ化学燃料を積んでいたはるか古代からの伝統的言い回しにすぎない。このサガで燃料として使われるのは磁気によって極低温に冷やされ液化された重水素とヘリウム3であり『燃焼』とはそれらが多層に配置された触媒を介しつつ陽子とアルファ粒子を生成する核子レベルの融合反応なのだ。通常は反応後、磁界で整列された混合プラズマはほとんど抵抗なく船尾のノズルから高エネルギービームとなって噴射される。しかしいまそのノズルは大量の雨水でふさがっている。超高温のプラズマに触れた水は瞬間的に気化し――アルファ粒子つまりヘリウム原子核と陽子に叩かれた一部はさらなる融合反応とともに同位元素を生成し他の一部はそのまま単体の酸素と水素に電離するが――大部分は高温の水蒸気となりその体積を爆発的に増大するはずだ。
 確かに惑星探査クルーザーの主エンジンはある程度の衝撃に耐えるよう設計されてはいる。反応室内にとりこまれた探査惑星の大気もやはり融合反応熱により急速に膨張するからだ。しかし今回のように大量の水が一度に水蒸気になる場合はその膨張の割合は桁違い――わずか一リットルの液体が一瞬のうちに千七百リットルの気体に変化するのだ。かつてチェルノブイリで頑丈な原子炉の一次圧力隔壁を吹き飛ばしたことからわかるように水蒸気爆発は想像以上の破壊力をもっている。ノズル方向は開かれているが問題は反応室方向――そこにはミューオン・マトリックスを含む低温触媒反応型核融合エンジンのもっとも重要かつデリケートな中枢部分が集中しているのだ。もしそれが爆発の衝撃に耐えられず破壊されたら……自力での修復はまず不可能だろう。
 ――ほんとうに自分たちの決定は正しかったんだろうか?
 迷いを断ち切り難く気弱にそう考えたとき隣の耐Gベッドに横たわっているユルグのつぶやくような声がウィリアムの耳にとどいた。
「パパ……」
「うん? どうした? 気分がわるいのか?」
「ううん――だいじょうぶ。なおってきたみたい」
「そうか。衝撃で舌を噛むといけないからいましばらく黙っていなさい」
 そう言いきかせてから彼は内心の衝動のままつけくわえた。
「――いつも危ない目にあわせてばかりいてほんとうにすまないな」
「平気だよ。あんなのなんでもない……あと、さっきはありがとう。パパ、助けてくれて」
 不意に喉がつまり咳払いとともに「ああ」とだけ言ったとき、まるで巨大なハンマーで殴られたような衝撃がサガの船体を震わせた。

つづく

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