[2−1]

「ほらほら、まっすぐ向いて、あんよをちゃんと出しなさい」
 娘ははじめて着る大気圏突入用の気密服が気にいらないらしい。おそらくうさぎのアップリケがついてないからにちがいない。あれこれぐずっては母親をいらだたせている。ウィリアムはユルグの着付けを終え手早くチェックをすませるとカシルを手伝いにいった。
「ミーちゃん、おしめいらないっ」
「ミヒョン。これはおしめじゃないよ。パパやママの気密服にもついている。排泄された水分を回収循環するためのバイオナノパッドだ」
「あなた。そんな説明してもわかるわけないでしょ? ミヒョンはまだ四つよ」
「そうだな……どうもいまだに子供を論理的に説得できないという現実をつい忘れてしまうんだよね」
「仮にも一家の主なんだからもうすこし子供たちと会話してあげてちょうだい」
 妻の機嫌が悪い理由はわかっていた。不可解なことがあると彼女は苛立ち、つっけんどんになる。技術者の性ともいえるが、つまりは不安なのだ。
 いま彼らが探検しようとしている惑星はその成立といい環境といいまさに『謎』そのもの。そこに自らほとんど予備知識なしに飛び込んでいこうというのだから不安を感じるのも無理はない。しかも子づれでだ。
 とはいえ――ウィリアムは小さな気密服と娘の間で奮闘している妻の姿を眺めながら、場違いな微笑を禁じ得なかった――こちらの『謎』についてはカシルもそれほど文句はないようだ。つまり……なぜあのとき避妊がうまくいかなかったのか?という疑問はいまだに解けてはいないのだ。

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