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「その正体はどの記録にも残されていない。理由はわからないけどなぜか意識的に抹消されたらしい……ともかくある克服不能の災厄に地球が見舞われたとき、やむなく人類は自分たちの故郷の星系に見切りをつけてふたつの計画に地球生命の存続を托すよりなかった。ひとつは『ギルガメッシュ』。もうひとつが『ワンダーランド』。前者は銀河のどこか別の場所に地球環境を再現するためのものであり、後者はそれが完了するまでの長い期間、人類の遺伝および知識情報を当時銀河ハローをかすめつつあった超巨大ブラックホール『うさぎの穴』のエルゴ圏に凍結保管することを目的としたものだった。まあ、それらがまがりなりにも成功したおかげでいまぼくら一家はここに存在しているわけだけどね……」
「古き良きインターフェイス『アリス』に!」カシルは手にした蓋つきコーヒーカップを捧げた。
「異議なし――ともかく『ギルガメッシュ』計画のためにティプラーが予言したフォンノイマン型テラフォーミングロボットが木星系から銀河にむけて放たれた。ぼくを含めた一般の人たちの知るところではそれらはすべて『イシュタル』と名づけられた一連の巨大なラムジェット船だった。ところが銀河系内を長時間飛行するにつれて宇宙線の影響かなにかでそのなかの一部のプログラムが変質した。他星系の資源を利用するかわりに手っ取り早く仲間を襲いその身体を解体して増殖するものが生まれてしまったんだ。それが『肉食』の狂ったイシュタル機械――『イルスター』だ」
「まあ、それが世の常識というやつなんだけど…… でも人工知能の専門家はそれには疑問を抱いている。そもそもティプラー自身『フォンノイマン型機械』を提案した理由はテラフォーミングじゃなく太陽系外に高度な文明が存在しないことを証明するためだったの。そんな文明があったら他の文明にコンタクトすべく自己増殖する探査機を送りだしていないはずがない。にもかかわらずいまだそれらが地球に到達していないということは少なくとも銀河系近傍に人間以外知性を持った存在がいないという証拠だ、とね。当然その議論に対してすぐさま反論がでたわ。つまりまともな知能の持ち主であるなら自分たちにとって危険な存在となりかねないそんな自己増殖ロボットをそもそも宇宙空間に放ったりはしないだろう……」

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