第1部 革命

第1章 革命

むかしむかし、太陽系の内側から三つ目の軌道を回っていた惑星にあった、とある大陸の大国のひとつで革命が起きた。
首謀者たちは、圧倒的な科学力と、地球全土をひとつの国家に統一するという崇高な目標のもとに、周辺の国を侵略した。
しかし、首謀者たちの思惑は下の者たちにまではいきわたらず、彼らを取り巻くもの達の意見の違いから結局、過去のこうした多くの野望と同じく、志半ばにして挫折した。
大陸は、その後しばらくは、周辺各国の領土争いで乱れ、国々は疲弊した。
この混乱のさなか、漁夫の利を得た組織がただひとつだけあった。
それは三惑星連合……後の太陽系政府であった。


第2部 帰還

序詩

IN PRINCIPIO CHAOS ERAT,
UBI NON SPATIUM ET NON TEMPUS,
ERGO NIHILUM OMNE.

EX NIHILO YYU PRIMUS ET BRAHMADEVA SEPARATI ERUNT,
A QUIBUS SACER CIRCULUS NATUS EST.
MUNDUS A BRAHMADEVA NATUS EST.
ET SACER CIRCULUS SUBDUCEBAT NEPHILIMUM ANTEHUMANI.
NEPHILIMUS HUMANUM CUSTODIBAT ET DESTITUTUM ERAT.
O NOMEN YYU, QUOD MAGNUS EST,
QUJUS NOMEN IAM LAUDOR,
AB TE QUJUS HISTORIAM INCOHOR.

原初にカオスあり
前後左右、過去未来あらざりして、無がすべてなり

無の内より原初ユー、ブラーマデーヴァ分かれ出で、
二柱の間より聖円神生まれし
この世は、ブラーマデーヴァの内より生まれ、
聖 円、前人類を育てん
前人類は人を守り、やがて去りぬ
偉大なるユーの名よ
今をこそ、汝の名を讃え
汝の汝による物語をいざはじめん

注記

ガブレリアに伝わる神話を記した「アレフ書」の冒頭に収録されたラテン語詩。
ラテン語があまり普及していない時代に書かれたものと推定され、その未熟な言いまわしのため、正確な意味については諸説ある。


序章 プロローグ

Prologue
大宇宙における唯一の法は力であると考えられてきた。
ただしこれは高い秩序のもとでは通用しないものだ。
二一一一 J・A・ガーレーン

砂塵から機器を守るためにテドにカバーをかけてやりながら、カール・エルヨルフソン博士ははるかにそびえるピラミッドを見上げた。彼は本当にくるのだろうか。
百年以上前ならば、この場所も過去の偉大なる建造物目当ての観光客で賑わっていただろうが、紅海戦役以来、この砂漠にそびえる石の塊をわざわざ見にくるような物好きはまずいない。
紅海戦役--半世紀ほど前、紅海洋上で起きた、ちょっとしたいざこざがそもそもの発端だといわれている--の戦場は拡大し、アラブ諸国やイスラエルなどの諸国を壊滅状態に追い込んだ後、ようやっとことの起こりである紅海の上で結ばれた講和条約によりそれは終結した。この戦争において、この岩の塊がほとんど被害らしい被害を受けていないのは、それはそれで驚異なのかもしれないとエルヨルフソンは考えていた。
しかし、この見捨てられた岩の山に、人類学の権威である、このカール・エルヨルフソン博士が訪れたのは研究のためではなかった。
エルヨルフソンが籍を置いている研究室は、金星でもかなり有名なものである。一応ヴィーナスポリスにある金星立大学に所属しているとはいうものの、その運営の大部分がカッパー・ステイト博士個人の財産にたよっていて、大学内においてまるで独立した組織のようにふるまっていた。しかもその研究内容は多くの分野を包括していて、研究者のレベルは学内随一である。ステイト教授本人は、今世紀のはじめごろに白田英雄が発明した重力転換機関関係の研究をしていたが、その他にもこの研究室にはテドを造った人造生命工学--数理心理学研究室や、エルヨルフソンが属していて、最近できたばかりの学問である宇宙考古学研究室の三つが属していた。カッパー・ステイト教授は極端なほどの学際主義者であったため、これらの研究室間の連絡はかなり緊密になっていて、かつ、研究員たちは自分の研究テーマ以外の分野にも詳しくなることが求められた。
時々、エルヨルフソン自身もこれはあまりにも研究者に過大な負担を強いているのではないかと思うこともあったが、このシステムにより違う視点からの意見が取り入れられ、結構新しい発見ができたりしている。
エルヨルフソンはここ数日、人造生命工学研究所で起きたトラブルにかかりっきりになっていたおかげで、机の整理すらできない有様であった。そんな彼のデスクに、バーソロミュー・エイモス・ジョハンスンの署名のある一通の書簡が紛れ込んでいるのが見つかったのは、すでに、その消印から数日が経過したのちのことであった。
手紙にはエジプト、ギゼーのピラミッド前に消印の日から一週間後に会いたいとだけ記してあった。ジョハンスンは彼の古くからの知り合いであったが、彼の自分だけで問題を解決しようとする性格からいって、手紙が来ること自体よほどのことがあったに違いなかった。エルヨルフソンはすぐさまドクター・ステイトに研究室をしばし離れる許可を得るために彼の部屋へ出向いた。
カッパーは、長い髪をオールバックにしていて、胸まで髭をのばし、丸眼鏡をかけ、紺色の貫頭衣のようなものを纏うといった具合にまるで浮き世離れした様相をしていた。知らない人が見たら、まるで中世の魔術師かなにかだと思ったことだろう。
「エジプトか。」
カッパーはエルヨルフソンの話を聞いて首をひねってみせた。
「最近そこを中心に妙な動きがある。そうだな。人造人間研でテドでも借りていって、ついでに少し動いてもらいたい。今そちらのほうに割ける人間が他にいないものでね。きみはしばらく彼らを手伝ってやっていたのだから彼らも喜んで貸してくれるさ。」
カッパーは時々このようにして地上の様子を研究室の人間に調べてきてもらったり色々な工作をしてもらったりすることがしばしばあった。彼の行動は時として不可解ではあったが、エルヨルフソンは彼が意味もなく行動することがないと知っていたので、それに異議を唱えることはしなかった。それに今回は事情がまったくわからないわけでもない。

彼の小型宇宙船がナイルの西の砂漠のうえにおりたってから半刻ほど経過したであろうか。エルヨルフソンは迎えの来たことに気付いた。
一台のヘリがピラミッドの向こうより飛んできて、彼と彼の宇宙船を値踏みするようにしばらくホバリングしていたが、やがて彼の前に着地した。中から現われたのは三十代ぐらいの小柄な男で、砂の上におりると彼に手を振ってみせた。
「ヘイ、カール。しばらくぶりだな。旅はどうだった?」
「操縦はそこのテドにまかせっきりだ。ほとんど中で寝てたからどうもこうもないな。」
エルヨルフソンは男にかたわらの人造人間を指し示した。男はテドをちらっと見たが、すぐに興味を失ったようだった。
「私はてっきり、きみが正規のルートを用いたものだと思っていたぞ。」
「バート、からかわないでくれ。ヴィーナスポリス-ケープタウン便は、 週一本しか出ていないんだぞ。」
「ちょうど今朝、その便が地球に着いたところなんだ。」
バーソロミュー・ジョハンスンは、エルヨルフソンを招きながら続けた。
「そんなことはどうでもいいんだが。着いたばかりのことですまないが、さっそくきみに立ち合ってほしいことがあるんだ。その機械人形と船は置いていって大丈夫だ。だれも盗みはしないさ。」
エルヨルフソンはテドのカバーを剥ぎながら答えた。
「私は、こいつにたんまり学習させてやるようにたのまれてるんだ。まだつくられたばかりで、赤ん坊のように自分で学習しながら色々覚えていくんだそうだ。しかし、そのほかに二五六ビットのディジタルコンピュータを乗せていて、その処理能力は世界最高だとロジャーが宣伝していた。きみが何をはじめるのかしらんが、こいつは役に立つと思うよ。」
ジョハンスンはそれを別の意味にとったらしかった。
「ははん、そいつに砂が入るのが心配なのか。たしかにここは精密機械向けの土地じゃないからな。ま、きみがどうしてもというなら、無理強いはしないさ。」
二人は苦労してテドをヘリの後部座席に押し込んだ。テドはヘリのコクピットのような狭い空間に入れられるのは初めてだったので、自分で入ることができなかったからだ。なんとか仕事をやり終え、ジョハンスンはヘリをあやつりピラミッドの向こう側の方へと向かった。
「しかし、旧式な移動手段だな。地球ではなぜ重力転換を使わないんだ?」
「私もそう思ったことがあったな。お互い地球生まれのくせに。」
ジョハンスンは笑って答えた。
「こう考えてはどうだ? 地球圏ではそれほどスピードをだす必要はない。それを必要とするほどの大きさが無いんだ。」
「地球の重力を中和すれば輸送に役立つ。その方が燃料が安上がりだ。」
ジョハンスンはきょとんとしてエルヨルフソンの顔を見た。
「へえ。いい考えじゃないか。なぜそれで特許をとらない?」
「とろうとしたんだよ、うちの研究所の連中はね。しかし、その見返りとして得たのは、造船企業の冷たい視線だけだ。」
エルヨルフソンはふと眉をひそめた。そう。下手をすればカッパーがいちばん力を入れている重力転換の研究ができなくなるかも知れない。
「そういえば、きみが何を企んでいるのかまだ聞いていなかったな。」
「そうだ、な。きみらの研究室の研究とまるっきり反対のことだ。人類を本来あるべき姿に回帰させる、といったところだ。今はそういうことにしておこう。」
ジョハンスンはにやっと笑ってみせた。エルヨルフソンはそんな彼の横顔をじろりとにらんだ。
「きみは謎に凝りすぎている。いいかげんその秘密主義をなんとかする気はないのか。」
「私が考えていることは、だれだって隠したくなるような代物なのさ。」
ジョハンスンはそれっきり黙ってしまったので、エルヨルフソンはあえて話し掛けることをやめた。ヘリはしばらく無言の二人を乗せたまま飛び続け、やがてとある小さなピラミッドの前に着陸した。
「やけに真新しいピラミッドじゃないか。ええ?」
「いいからしばらく黙っていろ。これからちょっとした手品をやってみせるから。」
そういうとジョハンスンは操縦席を飛び降りピラミッドの正面にたった。彼は手を奇妙なパターンで舞わせ、半秒ほどポーズをとって最後に合掌して戻ってきた。ヘリコプターが動きだすと同時に小ピラミッドは二つに割れ、ヘリはそのまま中より現われたヘリポートに降りた。そこで、夢から醒めたばかりのように惚けていたエルヨルフソンははっと我に帰った。
「レーザー光とコンピューターの連動によるパターンの認識…? しかし、なぜこのような無意味なことを?」
「そこまで見抜いたとはさすがだな。しかし、これはきみのいうほど無意味なことではないよ。動きのパターン自体に意味があるんだ。」
「民族学は私の専門外だぞ。」
「レーザーやコンピューターなんかもそうじゃないのかい? ま、大体わかってきたようだな。さっきのは、インドやアフリカなんかの舞をもとに、動きをメッセージ化した一種の言語なんだ。これもさっき言ったことと関係あるのさ。いわば擬似的な魔法的象徴ってとこかな。さ、ここから降りるんだ。」
「魔法?」
ジョハンスンはにやっと笑って見せた。エルヨルフソンは肩をすくめて答えた。
ジョハンスンが床の一角を持ちあげると、そこはに人ひとりが通れるほどの縦穴があって、下に降りていけるように梯子がかかっていた。ジョハンスンはそのまま先に下へ降りていった。
「この穴じゃテドは通れんな。おーい、テドはここに置いてくぞー。」
穴の奥からはなんの返事もなかったが、エルヨルフソンはそれを肯定と受け取ってジョハンスンに続いて下に降りていった。穴の途中には照明がなく、上からの光だけを頼りに梯子を降りなければならなかったが、彼はかすかに下の方にも明かりの漏れていることに気付いた。七、八ヤードも降りたかと思われた頃、唐突にエルヨルフソンの足は地面に降れた。それと同時に背後からジョハンスンの声が聞こえてきたので、彼は思わず梯子にしがみついた。
「私たちは以前から魔術に興味をもっていた。一時は二人で大真面目に魔術師を自称するものを訪ねて回ったものだった。しかし、世の中、そう本当の魔術師がいるものではなかった。いつしかきみは興味の対象を考古学の分野に向けていったが、私は納得がいかなかったのだ。」
彼は蝋燭の光の中で、白いローブをまとっていた。
「さらに私にはここ二百年ほどの人類の退廃についての不安もあったのだ。この二つのことが一つになったとき、ついに解決の糸口を私はつかんだんだよ。」
この部屋は思ったより広いらしい、とエルヨルフソンはジョハンスンの話を頭の半分で聞きながら、声の反響程度から見当をつけた。
「十九世紀ごろから人々は科学万能主義に取りつかれていった。二十世紀後半になってさすがに唯物論的科学偏重主義の限界がささやかれはじめたが、その解決策はすべて前世紀までに築きあげたものを練りなおしただけのものにすぎなかった。根本的な解決はそこからは得られなかった。そこに惑星移民ブームだ。完全に管理された科学的環境の中で、人々は社会の枠にはめこまれ、ストレスに悩まされ心はすさんでいった。かつて暴力が力だった時代と異なり、いまは管理された数字、経済力が力、つまり正義と化している。いまや世界は数字と論理の混沌の支配する時代へと変化を続けている。
このプロセスがもはや後戻りできないところまで来たことを悟ったとき、私はさすがに悩んだものだ。ひとりの人間の力によって現状が打破し得るものなのかと。
ところが、ある日出会ったんだ。その両方の答えにね。答えは意外と私の近くにあったのさ。」
ジョハンスンは部屋の中央に大きく描かれた魔法陣の中に入って北の方をむいた。彼が床を軽く蹴ると同時に彼の右上から一条の光が走った。
「ここで使っているレーザー光の波長だけを散乱させる防護眼鏡がそこにある。弱いレーザー光ではあるが、目に入れば網膜を焼くからな。」
エルヨルフソンは梯子のところに眼鏡が置いてあるのを見付けた。不安よりもこれから何が起きるのかという好奇心が勝って、彼はジョハンスンにならってレーザーグラスを掛けた。そのことを確認したジョハンスンは、レーザー光を右手で切った。
とたんに部屋中が明るくなったと思ったら、ジョハンスンのまわりにそれこそ無数のレーザー光があらわれ、彼をとり囲んでいた。いつしか蝋燭の明かりが消えていることに気付いたエルヨルフソンは、その炎が本物でなかったことを知った。ジョハンスンは舞うようにして部屋のレーザー光を身体全体を使って次々さえぎっていった。しばらく光の中で優雅な舞を見せたのち、合掌する形で天井からのびていた光の一つをさえぎることで動きがとまった。まばゆいばかりに部屋を満たしていた光は次の瞬間には最初の一条だけを残して消えていた。そしてそれも、ジョハンスンが魔法陣の中心を離れるとともに消えた。
「最後の命令が発せられた。」
レーザーグラスをはずしながらジョハンスンはいった。
「地球中の戦略核ミサイルが間もなく発射されるのだ。」
「……」
「これが私の達した結論なのさ。ま、そこの椅子にでもかけてくれ。」
彼はポケットから煙草を取り出してエルヨルフソンにすすめた。しかしエルヨルフソンは立ったままだった。
あきらめてジョハンスンは話しはじめた。
「私はついに本物の魔法使いを知る機会を得たのだよ。そのことが問題の解決を与えてくれたんだ。魔法というものはいかに間違って用いられようとも、本質的にメンタルな要素を含んでいるものなんだ。科学の力では増大するエントロピーをくい止めることはできないが、魔法は熱力学的な時計の針を逆転できる唯一の方法なのだ。それはもちろん堕落するような要素を含んでいるが、堕落した科学文明よりははるかにましなものだ。
それでは、なぜ魔法文化が発達しなかったのだろう。
科学というものはゆがんだキリスト秘教的理念のもとに発達してきた。聖書の教えが無かったらあのようには発達しようがなかっただろう。つまり神を推論の前提に置き、合理的な方法で神の存在を肯定しようとしたのだ。そんな不合理なやり方で健全な方法を導けるはずがあろうか。キリスト教の神は人為的につくられたもの以外のなにものでもないではないか。方法論はともかく、科学は最初の一歩からつまずいていたのだ。最初は科学は迫害されたように見えた。それは聖書に禁止されている魔法と混同されたのと、多分に誤解のせいだろう。だがいったんその時期を過ぎてしまうと、キリストの教えは科学と手を結んで魔法の火を消しにかかったのだ。我々は信ずるべき宗教の選択に誤ったのだ。ゆえに、この二つ、つまり科学とキリスト教さえなくなってしまえば、魔法は再び盛り返すはずなのだ。そのためには文明は一時後退してもらう必要がある、というわけだ。」
「しかし、放射能の嵐の中どうしようというのだ。それに惑星のコロニーは無傷のまま残っているだろ。」
エルヨルフソンは反論した。
「私は彼らが放射能を克服し得るだろうという事実を掴んでいる。それに、負の意識の問題もある。」
「負の意識?」
「私がそう呼んでいるだけの話なんだがね。魔法のような精神の影響が無視できないような技術は、信じる信じないといったことが強く影響してくる。つまり強い否定のもとでは魔法は力を発揮できないんだ。科学万能主義がなくなり、生きる手段として魔法が欠くことのできぬ存在になったと考えてごらんよ。そうなったらいくら懐疑的な人でもその証拠を見せ付けられたら信じないわけにはいかなくなるだろ。しかも現代まで生き残っているような魔術は、その負の意識の影響下でもある程度の効果が期待できるほどにまで技術が進歩してきているんだ。
それと、惑星のコロニーのことだが。私がそんな問題を見のがすとでも思っていたのかい。三惑星連合政府は地球での戦乱が宇宙に飛び火することを恐れて、地球の衛星軌道に数十発の核を置いている。そのコントロールをクラッキングするのはそう難しいことではなかった。」
エルヨルフソンは立ったままジョハンスンを見下ろした。
「なぜ私を呼んだ。」
対するジョハンスンは完全にくつろいでいていた。煙草の煙をすかして見上げたその目は満足感に熱く輝いていたが、同時にけだるさが漂っていた。
「私の最大の仕事を昔からの親友にみてほしかっただけさ。最後のときまでまだ時間はたっぷりとある。お互いに話すことはたっぷりとあるだろう。」
しかし、エルヨルフソンは哀しげにその友人の顔をみるとゆっくりと首を振って彼に背を向けた。
「残念ながら話はここまでだ。私はまだしなければならない中途の仕事がたくさんあるものでね。」
ジョハンスンはしばらく彼を放っておいたが、いつまでたっても友人が降りてくる気配が無いので、上に呼び掛けながら梯子を昇りはじめた。
「入り口は開かないよ。外からしか開かないようにプログラムしてしまったんだ。」
彼が床の穴から顔をだすとともにエルヨルフソンは彼の方を振り向いた。彼はエルヨルフソンに後光が光っていることに気付いた。いや、ピラミッドのドームがゆっくりと開いていき、そこから漏れる光が後光にように見えたのだ。
「きみは私がテドをつれていくと主張したときにもっと疑うべきだったんだ。そこにヒュッポス社製のSD四一九〇コネクタがあるだろ。テドがそこからメインコンピュータに侵入してプログラムを書き替えたのさ。テドはクラッキング用のプログラムと侵入した先からプログラムを書き替えるだけの能力をもっている。きみのところのシステムが自身のセキュリティに気を配っていないことを我々は知っていた。」
ジョハンスンは梯子を登り切ってエルヨルフソンに詰め寄った。
「もうすぐ、あと数分で核弾頭が各地に落ちるんだぞ。」
「その心配もない。きみはこの計画のごく初期から監視されていたんだ。それで我々のお節介なグループがきみの計画に実害はないと結論を下して、君にはさせたいようにさせといたわけだ。君の最終プログラムはあらかじめ入力パターンを変化させておいたから、まったく無効になっている。これをもとに戻すことが君にはできないと我々はふんでいる。悪かったな。最後まで黙ってて。」
「地球はいずれ何十年かのうちに自発的に核戦争を起こす。君等にそれを防ぐことができるというのか。」
エルヨルフソンは哀しげな視線を彼に投げ掛けると砂の方に一歩足を踏みだした。外にはいつのまにか彼の小型宇宙船があってテドがエアロックより顔をのぞかせていた。
「君のやり方では、人類はいずれまた同じ過ちを繰り返すことだろう。一人一人がこの問題に対処していかないかぎり、解決はできないと私は信じる。君は本当にこの計画が成功すると思っていたのか。」
そのまま彼は宇宙船にのりこみ、やがて宇宙艇はゆっくりと空へと昇っていった。
「思っていなかったよ。ただ君には知っていてもらいたかった…」
そして砂漠には、力なくたたずむ一人の男が残されるだけとなった。
やがて時は流れ、予言は実現することになる。

(第ニ回に続く)


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