『故郷』

先樹二(Sakiji)


 26時。
 人通りも途絶えた街外れの線路脇の小高い丘に、どこからともなく若者が集まって来る。辺りは一面の田んぼ。住宅地から離れたここら辺り一帯は、首都圏の米蔵とも言われている。聞こえるのは蛙の声のみ。さすがにこの時間に起きている人も少ないようで、遠くに微かに見える家も、灯りと言えば玄関灯らしきものだけだ。特需でやっと景気が回復基調になったとはいえ、まだ敗戦の影響はそこここに見られる。

 体格の良い若者が四人集まって小声で話をしている。若者らしい服装はしているが、何故かみんな妙に老成した顔つきをしているのがちょっと可笑しい。

 前歯の欠けた若者が何か喋っている。
 「おれ、昨日けんか止めようとあいだに入ったら、なぐられてひどい目にあってよ〜。 よっぽど<力>を使ってやろうかと思ったんだけど、がまんしたんだ」
 「けん、偉いぞ。そうだ、<力>はそういう時に使うものじゃないんだ。よく我慢したな。一時の感情で人を傷つけたりしては、故郷で待っている仲間に申し訳ないからな。」
 「だっておれら、爺に、街に行ったらなるたけ目立たないようにひっそりとくらすんだぞって、耳にたこができるくらい聞かされていたから。」
 煙草を燻らせていた一人が、慌てたように靴の踵で揉み消した。見ると若い女性らしいほっそりとしたシルエットが近づいてくる。
 「やべ、ゆかが来た。あいつは、煙草の臭いに敏感だからなぁ。」
 そう言うと、その青年は両手をついと挙げた。すると漂っていた煙草の煙が静電気に引き付けられるように、青年の手に吸い込まれたように見えた。そうしてその青年は、その煙を掴んだ手をポケットに突っ込んでその中で擦り落とそうとしている。
 「ゆか、遅かったなぁ。月にたった一回のことじゃないか。」
 「ごめんごめん。通り道で、困っているおじいさんが居たもんで、ちょっと。」
 「じゃ、始めるか。」


 リーダーらしき若者の声で、五人は線路のレールに近づいていった。そうしてレールに顔を近づけると、みんな耳を当てた。
 「まだ聞こえてこないな。」
 「うん。」
 「もうすこし、<耳>をすませてみるんだ。」
 「あ、何か聞こえてきた。」


 《そろそろ帰ってくるかい。もう里心がついたんじゃないかい》
 これは、けんのオフクロの<声>。
 《じん、元気してる〜?私はきのう山羊の子供を生ませたよ〜》
 遠く離れた山奥で待っているみきの<声>。
 《もう少し、頑張れるか。頼んでいた品物は手に入ったか?》
 これは、じんのオヤジの<声>。
 《いいか、めったなことで<力>を使うんじゃないぞ。わしらは目立たんのが一番》
  毎回のこれは、爺の<声>


 山の民としてひっそりと暮らしている<力>を持った一族から、月に一度の<声>のメッセージを受け取るのが今日だったのだ。ふるさとの山でも、山中を通っているレールの回りにみんな集まってきているはずだ。
 懐かしい声が次々に届いてくる。ここに集う若者達も、自分たちの伝えたいことをレールに託し<声>を故郷に届ける。

 明日また笑えるように、今日故郷からの<声>に励まされた若者達は、まだその余韻に酔っていた。

〜山の民1〜

(了)


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