送人(おくりびと)

先樹二(Sakiji)


「かわった人だったわ・・・」
 鏡に映る喪服を着た自分の後ろ姿を見て、半衿のあんばいと袵線と帯の結び目を確認しながら紀子はそう呟いた。

 その女性は、亡くなった夫の葬儀のためにと、義理の両親が故郷の親戚に連絡をとり、紹介されて藤本家を訪れたのだった。
「送人(おくりびと)と呼んで下さい」
 そう言うと、その若いが古風な顔立ちをした作務衣を着た女性は紀子に色々なことをたのんできた。この大変な時にとは思ったが、山奥の旧家が出処の藤本家では、葬儀の時には送人を呼ぶしきたりになっていると義理の両親に予め教えられていた手前、むげに断ることもできなかったのだ。

 突然の交通事故で、子供と妻を残したまま死んでしまった夫明弘が事故の際に身につけていた下着、普段使っていた整髪料、家族のアルバム等々。一体何に使うのだろうと怪訝に思った紀子だったが、夫の突然の死で頭がぼーっとしていたため、ほとんど無意識のうちにそれらを集め、その女性に差し出していた。

 つつがなく葬式が終わり、親類縁者と共に紀子も火葬場にやってきた。
 今日は、パパが好きだった抜けるような青い空。気丈にも葬儀の時には涙を見せなかった紀子だが、あくまでも青い空を見ていると、どこまでも吸い込まれそうで、何故か涙ぐみそうになる。

 いよいよ最後のお別れの時が来た。お棺の窓から見ると、咲き乱れる菊の花が両手をくんだパパを埋め尽くす様に添えられている。
 「紀子、一緒に来てくれないか」たぶんパパが今しゃべれたらそう言うのではないか、ふとそう思う。そして、黒い金属の扉の向こうに消えていく棺を見送りながら思わず小さく「はい」と呟き、あわてて恥ずかしそうに周りの人を見回す紀子だった。

「では、お外へ出てきて下さい」
 送人の声に導かれて他の参列者と共に紀子も青空のもとに出てきた。
 あれがあの人の最期の煙。
 大好きだった澄み切った青空に立ちのぼっていく・・・
 送人の歌うような朗詠が始まる。あら、これは義理の母に良く聞かされたパパの子供の頃のことだわ、紀子はそう呟く。なんだろうこの不思議な気持ちは。やんちゃだったけど、可愛かったパパの想い出が続く。両親が泣いているのが見える。

 この匂い、パパの匂いだわ。二人で体を寄せ合っていた時のパパの体の匂い。あ、これは私が好きだった髪の毛の匂い。
 煙の形が微妙に変形している、なんだろうあの赤は。あ、そうだパパの好きだったネクタイの色。そう言えば、あの煙の形はパパの仕事に出かける時のスーツ姿。
 送人が、パパの仕事ぶりを歌っている。そうよ、あの煙はパパがマックを使ってデザインしているところ。
 送人の唄は続く。子ども達も泣いている。子ども達はあの煙に、どんなパパの思い出を見ているんだろう。

 送人の歌は終わったが、立ちのぼる煙はまだパパの姿を模しているように見える。
「さあ、最後のお別れを・・・」
 送人がそう言った時、紀子は、私も連れていってと叫びそうになったのを懸命に堪えていた。なぜなら、青空をバックにしたパパが
「ママ、おれは先に逝くけど、子どもたちを頼むよ」
と囁いたからだった。

 こうして送人の仕事は明日も続く。最愛の人たちに暇乞いする間もなく亡くなった人に、最後のお別れをさせるために・・・

〜山の民2〜

(了)


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