第五章 超銀河団を超えるトラブルバスター
第六十五話 エスパーたちの銀河
稲葉小僧
それは、いつの頃からか囁かれ始めた……
曰く、この宇宙には神のような、しかし現実の肉体を持った生命体が存在する。
曰く、その生命体は想像もつかない巨大な宇宙船に乗り、数多の銀河と銀河団、超銀河団を巡っている。
曰く、その生命体の目的は、この宇宙を全ての生命体にとり徹底的に安全で、平和なものにすること。
普通、こんな噂は一言のもとに否定される。
「そんな馬鹿な! 超の付く巨大な宇宙船だとしても、そんな目的で宇宙を巡っていく生命体がいるわけないだろ。お節介にも程があるってやつで、あまりにバカバカしい!」
そう、それが正論。
己の棲む星雲(銀河)でさえ平和と言うにも程遠い(でも戦争とも言えない)状況なのに、そんな他人の、見も知らぬ生命体の安全と平和なんて誰も気にも止めない。
でも。
いつしか、その超巨大宇宙船と神の如き生命体を求める動きが銀河中に広がっていく。
一種の宗教のようなものだとは思うが、活動を詳細に見てみると、そうとも言えない……
「ってなわけでね、ロックフォール君。この銀河でも最優秀なエスパー達の一人として君に、この集団の調査を担当してほしいんだ。ただの狂信者たちの集まりなら、そのように処置すれば良いんだろうが、どうも、そんな社会的に危ない集団でもなさそうなんだよね……しかし、その中に強力なエスパーがいるらしいとなれば……ってことだ」
任務を与えられた本人、Z・ロックフォール。
「了解しました、長官。しかし、この集団、名前が「ガルガンチュア教」ですか……僕が知る限り、ガルガンチュアってのはファンタジーに登場する架空の巨人のはず。この銀河の最果てに近い星系に生まれた文学、ファンタジーの登場人物ってのは、教祖が何を考えているのか、ですね。そのファンタジーが書かれたのは数百年も前の話だと言うのに」
「だからこそ、君が適任だと思ったんだ。長寿で、あらゆる過去の事件に関わっているとまで言われる君のこと、こういった事案は得意だろ? 予算は気にするな。このところ宇宙海賊も反銀河連邦の奴らも大人しくしている。君やS・シモン、W・ジャストと言った最優秀エスパー集団のおかげだな、これも。本当なら長期休暇でもやりたいところだが、あいにく超優秀エスパーや優秀エスパーは引く手あまたでね。大小の事案で動いてもらってるんで今のところ動かせるのは君だけときてる」
「はぁ……分かりました、長官。いつもの通り単独で、その教団か集団に潜入調査しろってことですよね。ちなみに僕の二つ名、知らないわけじゃありませんよね?」
「知ってるよ? 確か『破滅のロックフォール』だっけ? しかし結果は破滅かもしれんが、それでも君の仕業とか君のせいだとは思わんよ。ありゃ相手の力や規模が大きすぎて君に止められるような状況じゃなかっただろ」
「そこまでご存知なら何も言いません。でも僕が担当した任務で破滅状況にならなかった事案は無いんですよ? それでも僕をご指名なら、やり遂げますけど」
「全て報告書を精査しての、君だ。では銀河連邦情報局長官A・サンダーより、Z・ロックフォール調査官へ、この事案を担当することを命ずる」
「了解です! Z・ロックフォール、事案調査任務、承ります!」
事態は動き始める……
ここは銀河辺境。
ロックフォール調査官は銀河最果てに近い星系にいる。
「さて、ガルガンチュアなんて名前が最初に出たと言われる星系の首都。さすがに太古に近い時代の文学なんてものが今でも残っているとは思えないんだが。まあ手がかりでも掴めれば幸運ってとこだ」
バックパッカーのような格好で安ホテルから出るロックフォール調査官。
気の緩みからか近づく小さな影に気づかない。
「え? あ?! やられた!」
バックパックをロックフォール調査官から掠め取り、逃げていく小さな影。
ロックフォール調査官の目がキラリと光る。
何もない道路の上で足を取られたように派手に転ぶ、小さな掏摸の影。
「いってー! 何なんだよ、これ? あ……」
スッと駆け寄り、盗まれたバックパックを取り返すロックフォール調査官。
「これまた、えらく若い泥棒だな。さて警察機構へ連絡を……」
ロックフォール調査官は手に持ったマルチ通信装置で警察へ電話をかける。
あわてて逃げようとする子供の泥棒。
しかし何かに掴まれたように、その場から動けない。
すぐに警官が到着。
「旅行者を狙う犯罪組織も多いですからね、気をつけてください。犯人は……またお前か! いい加減、シスターに迷惑かけるんじゃない! まともに働けって、この前も言ったよな?!」
「働きたくたって、お前じゃ小さすぎるって何処も雇ってくれねーんだよ! お巡りさん、どこか働き口があったら紹介してくれ! 働きてーんだよ、俺は!」
その遣り取りで何があったか察するロックフォール調査官。
事件にはしないでくれと警官に告げる。
「ありがとうございます、旅の方。我々もスラムの住民には手を焼いてるんです。とは言うものの、こいつも含めて悲しい過去を持つ奴らばかりが多い地域でもあるんです。こいつも孤児なんですがスラムにある教会で育てられてるんですよ。そこのシスターは一人で頑張ってるんですよ。こいつ含めて何十人も孤児を育てるのは大変でしょうにねぇ……」
教会という単語が引っかかる、ロックフォール調査官。
ようやく手がかりが掴めたような気がするぞ……
この教会を調べてみるかとロックフォール調査官は、
「それじゃあ、シスターのところへ案内してくれるか? 君に仕事だ、報酬は銀貨一枚!」
ピン!
と子供の方へ銀貨を放り投げる、ロックフォール調査官。
「やった! 教会へ案内するね、お客さん!」
ロックフォール調査官も警官たちも、これには苦笑いするしか無かった。
「ここだよ、お客さん。シスター! お客様だよ、お客様!」
ロックフォール調査官が案内されてきたのは、スラムの奥も奥。
どん詰りに建つ、それは……
「廃ビル? いつ解体作業にかかっても誰も不思議に思わない建物だな。ここが教会と孤児院というのは、雨露しのぎとはいえ、あまりにひどい状況じゃないか?」
ロックフォール調査官が呟くのも、ごもっとも。
階段も床も、いつ崩れても不思議じゃないほどにボロボロの旧時代に建てられたビル。
今現在まで原型を保っていることだけでも奇跡のようなものだ。
「お客様? こんな場所へ一体、どなたが?」
廃ビルと思われた建物の中から少しお年を召した修道女スタイルの女性が出てくる。
「はじめまして、私はZ・ロックフォールと申します。様々な調査をするのが仕事でして……あ、政府依頼の調査もしますが民間調査機関からの依頼が多いんですけどね」
嘘はついてないと思うロックフォール調査官。
公式に、自分の任務は全て民間調査機関からの依頼という形にしている。
そうでもしないと予算の都合で大金は使えなくなるからだ。
「民間の調査機関? こんな、いつ崩れても不思議じゃない建物に住む私達に、どのような調査を?」
訝しげにロックフォール調査官をながめるシスター。
「それなんですが……いくらなんでも人が住むには適さない建物の調査というものがありまして……あ、いえ、このビルが対象だったとしても代わりのビルを建てる費用は政府から出ますので、ご安心を。問題は建て替えの間、代わりになる場所ですよねぇ……」
ちなみにロックフォール調査官の言っていることに間違いはない。
無いが、その金の出所はロックフォール調査官だ。
予算に限度が決められていないため小さなビルくらいは問題ない。
「まあ、そうでしたか! 私達、教会の関係者だけなら別の地域に移れば良いだけなんですが……子どもたちが心配ですね。一時期でも全員を引き取っていただけるくらいの組織や教会があれば良いのですが……」
「別の区域の教会ではダメなんですか? ちなみに報告書で今のビルより少しは大きくて高い、そして昇降装置くらいは普通に動くビルにするよう働きかけるつもりですが」
「まあ! ありがとうございます。そうですね……私の知り合いが枢機卿として務めてます大教会の別館が孤児院を経営しておりますので、少し遠くなりますが、そちらへ依頼するのも」
「枢機卿ですか。ちなみに、この教会、正式名は? 報告書に書かねばなりませんので」
「ええ普通に皆様、教会とだけ言ってますが。正式名は「ガルガンチュア教辺境区ワイル星第30教区修道院」と申します。辺境区ですが、この星にだけは中央星区の中央教会に負けない大教会があるんですよ。それもこれも私の知り合いである枢機卿のお力と、そして聖女と呼ばれるお方の力が大きいですわ」
ガルガンチュア教!
ついに尻尾を掴んだか。
ロックフォール調査官は心の中で喝采を叫ぶ。
いやいや、まだまだ序の口。
どのような組織で、どれだけ強力なエスパーがいるのか、それすら分かってない謎のガルガンチュア教。
「では早速、ビルの建て替えを実行しましょう。解体に取り掛かるには……うん、一週間後には取りかかれるという返事が業者から来ました。さっそくですが引っ越しをお願いできますか?」
「あらあら、まあまあ、お気の早いこと。でも、このビルが建て替えられるのなら。さっそく建物の中にいる皆さんに知らせてきますね。みーなさーん! ビルの建て替えですって! 大教会へ引っ越しよぉ!」
お年の割には素早い動きでスキップまでしそうな勢いで建物の中へ戻っていくシスター。
ロックフォール調査官の脇に立つ、案内人だった少年はポカンとしたまま。
「ほら、シスターの後についていかないと引っ越しに遅れるぞ。このビルは解体して新しいビルになるんだ。早めに引っ越さないとビルも無くなり、シスターも、いなくなっちゃうぞ」
え?!
衝撃を受けたらしい少年は慌ててシスターを追いかける。
一週間後、ビルの解体を見届けた(解体には数時間しかかからなかった。本当にボロボロだったらしい)ロックフォール調査官とシスターのフリース(敬称は止めてくれと本人が言った。神の前には敬称など意味がないらしい)は並んで大陸横断バスに乗っている。
フリース曰く、
「旅客機も鉄道も良いですが、なにしろバスは一番安いですから。時間がかかることさえ我慢すれば確実に到着しますからね」
ロックフォール調査官としては、こんな大きな振動の中で安眠できる貴女のほうが不思議ですよ、と言いたかった……
この星、大陸の大きさが半端じゃない。
星自体も直径が20000km近くあるので、大陸の大きさが地球の数倍になっている。
結局、大陸横断バスが目的地(終着点)に到着したのがロックフォール調査官たちが乗り込んだ場所から数1000km離れた場所で、到着するまで5日を要した。
睡眠不足のロックフォール調査官と、ぐっすり寝て元気溌剌のシスターフリース、そして同乗してた孤児たちと元のボロ教会の関係者達がバスを降りる。
「ふわーぁ、結局、寝られなかったなぁ。それにしてもシスター含めた教会関係者さんたちの元気なこと……あのオンボロバスが高級ベッドに思えるとは、どんな生活してたんだか……」
ロックフォール調査官、しみじみと自分の境遇が幸せなんだなぁと身にしみる。
**星系ではホテルのベッドに爆発物が仕掛けられてて、あやうく木っ端微塵になるとこだったし、///の星系では食事に猛毒が仕込まれてた。
そんな過去の事案が思いっきり脳内展開されたが、それでも焼き尽くされた地面に寝転がるとか砂漠で寝袋もない夜を過ごすとかは数回しか経験がない。
長い年月生きているが、それでも恵まれた生活してたんだなと思うのだった。
「さあ皆さん、これから大教会にお世話になります。私は、このロックフォールさんと一緒に枢機卿様にご挨拶してきますので、皆さんは入口近くの休憩所で一休みしててくださいね。さ、行きましょう、ロックフォールさん」
と言うが早いか、ロックフォール調査官の腕をとり大神殿に入ろうとするシスターフリース。
「ちょ、ちょっと待ってください。僕がシスターと一緒に神殿に入って大丈夫なんですか? 僕は信者でもない、ただの民間調査官ですよ?」
慌てて確認するロックフォール調査官。
あら、という意外な顔でシスターフリースは、
「だって、ロックフォールさんがいなければ私達が引っ越ししてくる理由が説明できないじゃないですか。私たちにとって恩人に等しいロックフォールさんが説明してくれなきゃ枢機卿様の許可も得られないんですから」
と言うと力づくでも連れて行こうとするシスターフリース。
はぁ、と諦めた表情でロックフォール調査官は大神殿の門をくぐる。
一時間後。
あっちこっちで様々な部署(枢機卿は頂点に近い。それだけに警備上の点からも、すぐに会わせてもらうなんてことは無理だった)のチェックを受けて今、シスターフリースとロックフォール調査官は、お目当ての枢機卿の部屋の前にいる。
「お待たせしました、ロックフォールさん。このドアの向こうに私の知りあい、枢機卿様がいらっしゃいます。本名は別にありますが、このガルガンチュア教の中で枢機卿と言えば、このお方になりますわ」
と言いつつドアのノッカーを叩くシスターフリース。
コン! コン!
という小気味好い音が鳴り響くと中から、
「中へお入りください。お二人ですね」
という少し若い声。
ロックフォール調査官は意外に思う。
このように大きな宗教組織だと普通、枢機卿なんて地位になるには長い年月がかかるはず。
声の主は相当に若いと推察されるので、これは相当に切れ者か、それとも探してる優秀クラスのエスパーか?
「失礼します、枢機卿様。この度、我が街の教会がビルの建て直しにより住居が無くなるため一時の住処を求めて引っ越してまいりました。なにとぞ受け入れと孤児たちの保護をお願いいたします」
シスターフリースがドアを開けて中に入り、ここまで来た説明と大神殿の保護を願いたてる。
枢機卿と思われる人物は書類仕事に追われているようで顔を上げない。
そのまま数十分ほど過ぎたところで、ようやく書類仕事が一息ついたのか枢機卿が顔を上げる。
「おお、これはシスターフリース、いや、フリース叔母さん。いやですね、ここは私の仕事部屋と個室を兼ねてますから昔のように接してくださいよ」
「いえ、そんなことは出来ません。昔ならいざ知らず今は街の不良たちを束ねていた兄貴分のゴウさんとは呼べませんわ。こんな立派な大教会で、こんな広いお部屋を頂いている枢機卿様に、いくら昔の顔なじみとは言え対等な挨拶など無理ですわ!」
「久しぶりに会った知り合いに、そう畏まられてしまうと、こちらも何も言えなくなりますよ……で、シスターフリース、こちらの方は?」
「あ、懐かしさのあまり、ご紹介が遅れてしまいました。こちら調査官のロックフォールさんです。教会ビルの建て直しに様々な便宜を図ってくれましたので、ご説明とご紹介兼ねて、お連れしました」
シスターフリースの紹介が終わりロックフォール調査官は口を開く。
「はじめまして、枢機卿ゴウ様。それとも、ゴウ枢機卿とお呼びしたほうが?」
枢機卿は、いやいや、と頭をかきながら、
「枢機卿は教会内での立場。一般人のロックフォールさんには関係のないことです。私のことはゴウと呼んでください」
「では、ゴウ様と。あまりに高いお立場のため、ゴウさんでは周りに支障が出ますので」
それで結構と両方が納得。
地方教会ビルの建て替えの件は大教会や中央教会にも申請は出ていたが、どちらも緊急案件が多すぎて棚上げになっていたとのこと。
政府の予算で建て替えが行われるのなら、どうぞどうぞ、ということで大歓迎だと言われる。
「それにしても、枢機卿なんて地位は教皇や法王などの頂点から見てもすぐ近い地位ですよね。僕の目から見ても、えらくお若く見えますが……やはり相当に有能なんでしょうね」
少し気を許したロックフォール調査官は少しばかり本音を出す。
「いえいえ、私は世間の方々より少しばかり年を取りにくい体質のようでして……この星へ来てシスターと出会ってからでも、もう30年は経ちますかねぇ……あの頃は、この星も開拓ブームに湧いてたんですがねぇ……」
「そうですね。私は、こんなに小じわが似合う年齢になったというのに枢機卿様は未だにお若いまま……神に愛された方は、お年のとり方すら違うのでしょうかねぇ……ああ、ガルガンチュアの神、心より愛する御使いのクスミ様、この世に全き平和と安全を……」
ロックフォール調査官は初めてガルガンチュア教徒の祈りの言葉を耳にする。
祈りの言葉を聞くのは、これが初めてだと聞いたら、この祈りは神聖なものだけに教会内でのみ許されるものだとのこと。
道理で通常のガルガンチュア教は祈りの文句すら使わないと言われるはずだ。
「しかし、興味がわきますね、調査官という職業上。神に祈る文句として、この世に平和というのはよく聞きますが安全という言葉は初耳です。そして神の御使いに名前があるなどということも初耳ですよ」
ロックフォール調査官が正直な感想を述べるとゴウ枢機卿が、
「ああ、これが我々ガルガンチュア教の教えの一部だからです。この世には生命体として肉体を持ちながら数万年もの長きを生きる神の御使いクスミ様という存在がいます。そして、その御使いが乗る巨大な宇宙船こそがガルガンチュア。独自の意識を持つガルガンチュアは、まさに神のごとき宇宙船ですよ。これがガルガンチュア教徒になると教えられる秘密の一部です。それだけではく、教会での立場に応じて様々な知識や技術が授けられるんですが……まあ、これは教徒ではないロックフォールさんには関係がないかもしれません」
とんでもないことを聞いたロックフォール調査官は素直にそう思う。
これ以上、教会内に入るべきだろうか?
それとも、ここまでにして長官に報告すべきだろうか?
ロックフォール調査官は数秒、迷う。
そして更に深入りすると決定する……
ロックフォール調査官の調査官たる所以は実はエスパーであることではない。
若く見えながらも数百年も(自分では決して言わないが千年以上かも知れない)生きている年月がロックフォール調査官の武器である。
青年と見まごう外見に実は数百年以上の長い歴史を見てきた老獪な頭脳が宿っている。
それが相手には若くて勢いだけの若輩者と見られるので、その裏をかいているロックフォール調査官には真実が丸見えとなる。
しかし……
「ゴウ様、僕は今まで何人もの宗教家、いえ宗教上に名を借りた革命家を見てきました。その僕の目から見ても貴方が優秀などと言うレベルではないと分かります。あなた宗教家なんてやってる人じゃないはずだ。どう見ても、とてつもない力を持つ存在を普通に相手にしてきた、いや言葉が違うな……何と言うか、とてつもない存在と普通に接してきている、普通の人間としてはトップクラスと言うべき頭脳と力を持っているということは分かります……もしかしたら僕を超えるほどのエスパーかもしれない……ゴウ様、あなたは一体、何者なんですか?」
ロックフォール調査官にとり、このような状況は久しぶりのことだった。
伝説の2千年王国と言われる惑星一つを宗教国家とする団体を潜入調査したときくらいだから、そうか、500年以上前のことか……
しかし、あの時は少々の力づくではあったが指導者たる者たちの秘密を暴き出し、その宗教国家を解体に導いたものだ(結局、その星は巨大原子炉の暴走で粉々になったしまったが)
そんなことをロックフォール調査官が思い出していた時。
「ほう、それが分かりますか、ロックフォールさん……うん、ちょいと探りましたが相当に強固なテレパシー防御の技をご存知のようだ。力比べをしても面白いとは思いますが、そんなことをやっても互いが傷つくだけでしょうから無駄ですね」
ちょいと、などと軽く言ったが、ゴウ枢機卿のテレパシーは恐らく自分の力と同じくらいか、それ以上だ。
探りを入れてきた瞬間、脳の中に痛みが走ったほどだった。
これほど強いテレパシーは僕の知る限り、S・シモンやW・ジャストくらいだ。
長官は優秀クラスだと言ってたが、ところがどっこい超の付くクラスか、それとも、その上……
もしかしたら一人で全銀河のエスパーを相手にして勝つレベルかも知れないぞ。
ゴウ枢機卿は超の付くクラスのエスパーかも知れないが、その枢機卿が、その人物を思い出すときには、意識表面にまで自分がとても敵わないレベルにあると思っているのが、かろうじて読めるから……
冗談じゃないぞ!
おい。
ゴウ枢機卿は今の僕が相手して勝つか負けるかギリギリのレベル。
この銀河には僕の他に超の付く優秀レベルは僕、シモン、ジャストの3名しかいない。
そんな銀河に超新星に近いエネルギーレベルを持つエスパーが現れてしまえば、この銀河は……
「ゴウ様、いえ、ゴウ枢機卿。一つだけお聞きしたい、あなたがたガルガンチュア教徒は、この銀河で一体、何をするつもりですか? 破壊や虐殺という行為が目的なら僕らは命がけで、あなたがたと戦いますよ……まあゴウ枢機卿の記憶にある、もう一人の存在が、この銀河に現れるまででしょうが……あなたの記憶にボンヤリと現れる存在は、とてもじゃないが僕らが束になっても捻り潰されるだけだと思われますから」
ほう、という表情になるゴウ枢機卿。
「意識の表面にすら現れてますかね、師匠のことを考えると……そうですね、教団以外の方に私や師匠がやってることを理解してもらえるかどうか分かりませんが戦いなど馬鹿げたこと、侵略? 破壊? 何を言ってるんですか? ガルガンチュア教の教えそのものが我々ガルガンチュアとガルガンチュアクルーが目指すものですよ」
「何を……え? 本気で言っているのか? この宇宙そのものを生命体にとって安全で平和なものにする……本気で、そんな夢幻のような理想が実現できると思っていると? 千年以上前、この辺境部に現れた2千年王国という宗教団体、エスパーの迫害を止めさせ、エスパーたちが平和に暮らせる星を作るという理想を掲げていたが実際には武力革命しか出来なかったんだぞ?!」
ロックフォール調査官は過去にあった理想を掲げた団体が、いかに武力蜂起で銀河の統治システムを変えさせようとしたか身に沁みて見てきている。
しかし、
「そんなもの、大宇宙の平和と安全に向けて、もう数万年に近いトラブルシューティングを、あっちこっちの銀河や銀河団、超銀河団でやってきてる俺達には当てはまらないよ。自分たちの銀河一つ平和と安全な場所に出来てない君らに俺達が行ってきた記録を見せてやろうか? そうすりゃ、どえらい勘違いしてるのが自分たちだと分かるだろう」
ん?
数万年、銀河、銀河団、超銀河団?!
今までトラブルシューティングやってきただと?!
「ちょっと待ってくれ。そうすると何か? ゴウ様、いやゴウさんをはじめとする、その宇宙船ガルガンチュアと、そのクルー達は、この銀河の生命体じゃないと?」
ロックフォール調査官は、あまりの事に呆然とする。
ゴウと名乗る人物の言うことが真実なら長官の言う噂は全て真実だということになる。
神の如き宇宙船に神の使いとも言える超絶のESP能力を持つ存在が乗っている。
それは全ての生命体と宇宙に全き平和と安全を……
「ああ、俺達は、この銀河や銀河団の生まれじゃない。師匠のクスミ氏に至っては、この銀河団とも超銀河団にも生まれ故郷はない。はるか遠い超銀河団をいくつも渡ったところにある」
ゴウの言葉はロックフォール調査官に衝撃を与える。
「な、なんでそんな馬鹿げた力を持ちながら、そんな酔狂なことやってるんだ? 宇宙は無限だろ? 星も無限だぞ? いくら神の使徒だったとしても有限の寿命しか持たない生命体が、そんな理想を実現してるとは……宇宙一の大馬鹿野郎か、そのクスミ氏と言うのは?」
ロックフォール調査官はガルガンチュア教に入信することとなった。
まあ自分自身がガルガンチュア教を信じるかどうかは別物。
ゴウ枢機卿が、敵対者で無ければ内部で調査してくれても構わないよと言ってくれたからだ。
「でも……良いんですか? 僕は貴方が想像しているとおり銀河連邦のエージェントでもあるんですよ?」
ロックフォール調査官が再度確認してみてもゴウ枢機卿は、どこ吹く風。
「別に。我々が悪事を企んでるんじゃないことを証明してもらえば良いだけだよ。まあ師匠の目標が馬鹿げたことだというのは俺自身も感じてることだし……ただ師匠自身の力とガルガンチュアの力が、あまりにも高度で強すぎるから、そんな一種の誇大妄想に近いような目標でも近場なら成し遂げられるんだろうけど」
「えーっと……超銀河団すらいくつも渡ってきている生命体が近場とか言っても冗談としか聞こえないんですけれど」
僕らが、この銀河すら平定して統一政府を作るのに現状でも苦労しているというのに、この人は何を言い出すのやら……
まあ、ゴウ枢機卿自身、師匠とやらのクスミ氏とは別の銀河団の出身だそうなんだが……
そうするとクスミ氏とやらの馬鹿げたESP能力も頷けるものがある。
あるESP研究家が随分昔に立てた仮説だが「この宇宙にいる人類型の生命は全て一つの種から派生したものだ」という説がある。
学会から非難轟々で、その研究家は仮説を書き残して、その後筆を折り、書類も全て焼き捨てて世捨て人と化したと言うが。
実はロックフォール調査官、過去に、その人物に会っている(とある事案に関して、その道の研究家に意見を聞きたく訪ね歩いたら、とある未開の星に当人がいた。苦労したが、なんとか会って参考意見を聞く機会があり、そのときに何故か気に入られて書籍を見せられた)ので覚えているが、その事案も結局は巨大宇宙戦艦と一つの惑星が消滅することで終わりを告げた……
事案の大元を作ったのが実はその研究家だったらしいのだが、それは確信に至らず、もう当事者たちは星と宇宙戦艦と共に消えて久しい。
まあ、それはともかくロックフォール調査官は、ゴウ枢機卿の直属司祭となる。
「いいんですか、僕は入信して数ヶ月ですよ? 司祭って結構な地位でしょ?」
ゴウ枢機卿は、あっさりと、
「いいんだ、君は超優秀クラスのエスパーだろ? 教団では有能なエスパーは全て高い位置につけるという不文律がある」
何も不都合はないらしい。
「それで、司祭という地位になった僕ですが何をすれば?」
仕事内容を聞くと、
「ああ、今までの調査を継続してもらえれば結構。教会内での立場を整えただけで君の担当する仕事はない。せいぜい銀河連邦への調査報告を量産してくれ」
「え? 僕にダブルスパイのような真似をしろと?」
「違う、君は変わらずに銀河連邦の調査エージェントの仕事を続けてもらうということだ。ガルガンチュア教団としては何も社会的に間違った活動をしているわけじゃない。少々の奇跡と少々の超科学の産物を運用させてもらってるだけだ……ああ、忘れてた。ロックフォール君、君には教育機械にかかってもらうよ。心配しなくていい、君に覚えて欲しいことがあるからで君の信念や感情を変えようとか洗脳しようってことじゃない。時間も数日で終わるくらいだ……まあ、普通の人間だと数ヶ月かかるんだが君はもうテレパシーとサイコキネシスは発現させているようだからな。後は超天才……しかし3種類のESP能力を発現できるかどうかは君次第なんだがね。実を言うと俺もテレパシーとサイコキネシスはある程度、強化されてるんだが超天才までは発現できなかった。2種類までは発現できても3種類は天性の才能が必要らしいんだな、これが」
ということでロックフォール調査官は詰め込みバージョンの教育機械プログラムを受ける。
数日後……
「ゴウ枢機卿。終了しましたが頭脳が冴え渡るとかいう気分では無いですね。僕も2種類までの才能しかなかったようです」
がっかりしたような顔をするゴウ枢機卿。
「そうか……君なら、あるいはと期待したんだがな。あと可能性があるとすれば、S・シモンやW・ジャストの二人か……ロックフォール司祭、君のツテで二人に連絡をとれないか? 身体に悪影響はないのは確認済みだろ?」
「いやいやいや、ゴウ枢機卿。そんなの怪しまれるに決まってるじゃないですか! 無茶苦茶言いますね、時々。師匠のクスミ氏にも匹敵してませんか?」
「いやいや、それこそ。師匠の無茶は度を越してるぞ。あそこまで行くと生命の危険と隣り合わせの実戦訓練というやつになる。君も、そこまでして3種類のESPを開発したくないだろ?」
茶化しているようでも、その口調は真剣味を帯びている。
ロックフォール調査官にして司祭はゴウ枢機卿の身にならなくて幸いだと心底、思った。
ロックフォール調査官の格好が、いつもと違う。
ロックフォール司祭として今日はゴウ枢機卿のお供だ。
「ゴウ枢機卿、お聞きしたいことが。この大教会のある街は大都市と言っても良いくらいの規模なのにスラムも無ければ孤児や薄汚れた住人たちも全く見ませんね。どうやったんですか?」
久々に大神殿の外へ出たロックフォール司祭(調査官であることも忘れてない)は、この大都市が活気あふれる街なのが気になる。
ここは本来、銀河辺境部でも縁にある星系。
夜ともなれば夜空の半分は真っ暗に近い(半分は銀河中央部を向いた形になるので、こちらは明るい)ものとなり、通常はよほど貴重な鉱石や資源がない限り、こんなド辺境に人口が集中するわけもなし。
「ああ、それは簡単なこと。将来、ガルガンチュアが、この銀河に到来したときに、この星系の近くに逗留してもらうつもりだからだよ。銀河辺境が発展していれば中央部との情報連絡や物資のやりとりも楽になるってことで、銀河連邦政府とは別に我々ガルガンチュア教で辺境部を開拓、発展させてるわけだ」
さらっと重要なことを言う、ゴウ枢機卿。
「辺境部に連邦の予算が投入されてないというのは僕も聞いたことがあります。それでも中央部が様々なテロや内乱で大変なことになってるのに辺境部のほうが実質的に安定して発展しているのが不思議だと政府内部でも不思議だったんですが……そうですか、ようやく謎が解けました。でも宗教組織が、なぜこんな大規模開拓や都市化するような大事業を成し遂げるんです? 予算は……ああ、それで教育機械なんですね」
ロックフォール司祭が自分で納得しかけたところ、ゴウ枢機卿が答えを。
「そう、今の現状では最先端のテクノロジーや知識は、こちら辺境部にあると言っても良いだろう。だから政府に頼らずとも自分たちで計画して都市も作るし惑星開拓もする。ちなみに教会が金を作り出しているのは事実だが何も違法なことはしてないぞ。主として、こちらから輸出しているのは薬だな……おっと! 違法な薬じゃない。君もお世話になったことがあるかと思うが、そこいらのドラッグストアで売られている名称が「万能薬」って薬、知ってるか?」
ロックフォール司祭は、ああ、と思い出したように、
「万能薬ですね、あれは凄いです。重病以外のものなら、どんな傷や病気でも投薬だけで治ってしまうというは凄い効能です。ここで作られていたんですか」
「まあ、こっちの地元で売られている物と比べると遠くまで輸出する分、効能が落ちるのが欠点だな。ちなみに同じ名称で、こちらでも万能薬が売られているが、こちらでは死人以外は生き返らせる薬として通ってるぞ」
ロックフォール司祭は呆れる。
「違法な成分は入ってないんですよね。合法薬で、そこまでの効能って信じられないんですが」
「まあ、君らの文明レベルでは、もう少し経たないと実現しそうもないテクノロジーは入ってるが。教育機械で覚えたろ? ナノマシン技術だ。万能薬とは言うが実質的には様々な自然由来成分にナノマシンを振りかけてるわけだ。ナノマシンの寿命って命題があるために、地元で売ってる万能薬と同じものだけど中央のドラッグストアで売ってる万能薬の効き目が違うんだ」
ああ、実質的にナノマシンの含有量が違うんですねとロックフォール司祭は納得する。
「他にも家庭用の万能調理器とか個人用の超小型防護フィールド発生装置とか。中央の大企業で作られていると皆さん思ってるようだが、ところがどっこい。ガワ以外は辺境部で大量生産されてるのさ。ちなみに、あっちこっちの企業ロゴつけて売られてるけど元々が同じものなんで部品は共通化されてるぞ……デザインが全く違っているんで同じものだとは思えないんだろうが。以前、中央で売られてる商品比較テストを主とした雑誌を手に入れて読ませてもらったが……いや爆笑したね。同じものでガワだけ違うだけってことが理解されてないんで、どの企業も研究開発でしのぎを削っているのだろうか、ほとんど同性能だと書いてあったよ」
「あははは……内部事情を知ってる人が読む雑誌じゃないと知ってますよね、ゴウ枢機卿……宗教家なのに、なんで世の中のことに、こんな詳しいのやら」
本人から、その答えが。
「師匠からの教えだよ。下々のことを知らなければ国や政府、宇宙のトラブルなど解決できるものか! ってね」
心からの笑顔が誰かへの嫌味とは思わないロックフォール司祭だった。
ロックフォール司祭とゴウ枢機卿は郊外へ来ている。
「これ以上の遠出、私は許されていない。書類決済が滞るということだそうで、いつでも連絡が付くところにいてくれという。はぁ……こんな立場になるくらいなら教団なんて立ち上げなきゃよかったと思うよ、実際」
ゴウ枢機卿の愚痴が出る。
「ガルガンチュア教団でもトップに近い地位の人が、そんな愚痴言って良いんですか? 高い地位には重大な責任が伴うもんですよ。ところで地位と責任ってことで聞きたいんですが。本物のガルガンチュアにいるクスミって御方、かなりの力と地位にあると思うんですけど。そういう方の責任って?」
ロックフォール司祭が興味を持った風に聞く。
まだ見ぬクスミという存在自身も、とてつもないエスパーであり、その座乗する宇宙船が想像を絶する大きさと力、エネルギーを持つ。
その情報は、いくらあっても多すぎることはない。
「うーん……とてつもない力を持つということは間違いないね、師匠は。責任感は結構あるとは思うが、それが一つの惑星に向けられるものじゃないのは君も想像できると思うが。何しろ活動単位が銀河一つだからね。どうしたって一人の人間とか一つの惑星とかいうのは思考から外れるよね」
「はは、は。ま、まあ仕方がないでしょうね。もしかして銀河や銀河団が違うから責任持たなくて良いと考えてるとか?」
「いや、そうでもない。生命体や動物が全滅してしまった銀河もあったが、そこから生命体の再生までやってる。自分には全く関係ない死の銀河での話だぞ、これ。多分、生命体とか生命そのものに対する愛……いわゆるエロスの愛ではなくアガペーの愛、つまり神のような視点での愛なんだろう。そうでもなきゃ異次元断層を修復するためのアイデアを提供したり銀河の衝突を数百年かけて回避させるなんて芸当、やるという前提からして無謀だと思わないか?」
「ははは……凄すぎて何も言えません……無茶苦茶ですよ、やってることが。僕も言ってみれば、この銀河では歴史の裏で色々やってまして、もう1000年以上生きてます。新しい星を見つけて、あまりに増えすぎた主星系からの移民団を率いたこともありますし危うく銀河大戦になりかけた連邦と帝国の戦いを小規模で食い止めたこともあります。人工生命体やAIが反乱を起こし人類絶滅になりそうな事件を解決したこともあります。でも死の銀河の再生? 銀河衝突の回避? 生命体がやれるプロジェクトの規模じゃありませんよ、それ。僕や他の超優秀クラスのエスパーたちが全員揃ってたとしても銀河の衝突なんて防げるもんじゃないでしょうに」
やってることのレベルが違いすぎて自分が小さな人間に思えてしまうロックフォール司祭である。
しかし、ゴウ枢機卿は当然のことと言葉を続けるのだった。
「いや、君も個人として壮大な事案に取り組み、絶大な結果を残していると思うぞ、俺は。まあ俺達ガルガンチュアクルーの場合は規模と時間のレベルが違うから何とも言えんが。銀河単位のトラブルを数千回経験してみろ、銀河の衝突など軽いトラブルだと感じるぞ」
ロックフォール司祭、もう何をか言わんやと。
「ゴウ枢機卿の年齢で約一万5000歳を超えているとのことでしたよね。師匠と呼ばれるクスミ氏で三万歳を少し超えたところ、でしたっけ? 宇宙船そのものは数百万年単位の昔にクスミ氏とは銀河団も違うシリコン生命体という稀有な種族が造ったとのことと聞き及んでいます。その他のクルーなどクスミ氏より年齢が上?」
「いや、エッタという元精神生命体の生体端末だった少女の場合は師匠よりも年下だろう……ただし、その精神生命体そのものは、この宇宙の前に存在した宇宙の出身だそうなんで知識の量としては圧倒的に古いものまで持っているようだ」
「あ、あははは。もう笑うしか無いようなクルーの人選ですよね。もしかして、クルーの選別は厳しいものなんですか?」
「うーむ……そうだなぁ。厳しいと言えば厳しいが基本的には自由意志だ。候補は何人もいたらしいが最終的に自分の星や銀河を離れることが嫌でガルガンチュアクルーにならなかったものが多いな。師匠の言によると、俺と出会う前に出会った超強力な予知能力者だったマリーさんという女性は、できればクルーに迎えたかったらしいが。あ、理由は自分や他のクルーが持っていない予知能力だそうだ。恋や愛などという矛盾する本能的なものじゃないとは言ってたが」
予知能力!
話には聞いていたが別の銀河団には、そんな特殊能力を持つ存在もいるのか。
ロックフォール司祭は噂だけ聞いたが実際には予知能力とは言いつつも詐欺まがいの洗脳集団ばかりだったので自分では予知能力など無いと思っていた。
「さて、ロックフォール司祭、いや、ロックフォール君。君自身としても俺のESPがどれほどのものか知りたいだろ? いやいや自分に嘘ついても無理だよ」
「え? そりゃ、興味はありますよ。僕より強いだろうというのは実感として感じてますが本気で戦ったわけじゃありませんからね」
「ここ、もう少し行くと荒野地帯になるからね。多少の無茶や無理をしても大丈夫だろ。一度、手合わせしてみるかい? まあ俺は手加減するけどね」
「うーん……上司から謎のエスパー集団のトップクラスにある者の実力は、どのくらいのものか? という質問が来てるんですよ。嘘をついても仕方がないので僕よりも上位者だと回答しておいたんですが、それじゃ不満なようでして。軽くでも良いので模擬戦闘や手合わせ程度のレポートが欲しいと言ってくるんですよね」
「そうか、そういう理由だったか。表層意識に、時々どうすればゴウ枢機卿の力の度合いを測れるか? なんてのが出てくるんで何事かと思ったよ」
「それじゃ、本当に手加減してくださいよ、ゴウ枢機卿。肌感覚では、もう貴方のほうが強力なのは実感してるんですから」
それから傍目には蹂躙という手合わせが始まる……
「それじゃ、次行くよ。こいつは、前のサイコキネシス強度の二倍だ。そーれ!」
「うわわ! ちょ、ちょっと抑えてください! 前の強さでギリギリだってのに、その二倍! ……ふぅ……こんな力、僕の中にあったんだなぁ。反らした力の一部で大地がえぐれてるなんて僕も今まで経験したことがない。では僕の切り札を使わせてもらいます。位相シールド展開! どうです? どれだけ強いサイコキネシスを放ってきても次元位相をずらしてるんで、こっちには影響が……え? 影響が無い、はず、なの、に!」
「ふっふっふ、次元位相をESPで再現できるとは凄いね。しかし、これは予想済みのことだ。ガルガンチュアでは次元位相をずらすどころか多元宇宙へ主砲を届かせることも可能だからね。しかし、俺の能力では、これをやられると半分ほどしか力が使えなくなる。良いアイデアだ、師匠には通用しないだろうが」
「こ、これで半分の力ですか!」
パリン、という音とともに鏡面シールドのような物体が割れると同時にロックフォール司祭の姿が現れる。
「もうダメ! 降参、降参です。防御として万全だと思ってる手段が通用しないんです、これ以上は僕がダメージ喰らいすぎて下手すりゃ死んじゃいますよ!」
「残念、良いとこ行ってたと思うんだがな。それにしてもESPの力だけで次元位相をずらすというやり方、俺にも教えてくれないか? 師匠と会った時、自慢したい」
面白いことになった。
教師と生徒役が逆になった日々が、その後、続けられる。
半月も続かなかったとは、言いたくないが自分がこの技術を身につける年月を考えた時に落ち込みそうになったロックフォール司祭だった。
ロックフォール司祭のことについて記すのは一旦、置いておいて、ここでは中央教会のことを記そう。
ガルガンチュア教団、中央教会では今日も救いを求める人々で長蛇の列が出来ていた。
「聖女様、今日も朝から現世の救いを求める者たちで溢れております。どうぞ、救いをお与えくださいませ」
大司祭に呼びかけられ早朝の4時近くで起こされる。
昨日は夜遅くまで民衆の相手をしていた聖女様は、うーん、と伸びをして、その眠い目を開けてベッドから起きようとする。
「分かりました、大司祭。私の手が必要ということですね。少し待ってください、今から着替えますので」
このところ、あまり眠りの時間をとれていない聖女は、とても他人に見せられない大きな欠伸を一つすると、ごそごそとベッドから起き上がり着替えと洗面、朝のルーティンを行う。
「ふわぁーあ! 仕方がないんだけど、これだけ忙しいとゴウさんが羨ましいわね。あっちは辺境で、こっちと違って仕事が少ないんだろうなぁ……ああ羨ましい……」
30分後、疲れが抜けてない表情で、それでも精一杯の笑顔を作りつつ、聖女が自室から出てくる。
付添人やメイド、従者や護衛を引き連れて、聖女は中央教会の主たる主教に拝謁する。
「おはようございます、主教様。今日も主神・ガルガンチュアと、その使い・クスミ様の御手が、あまねく宇宙の星々を救い上げますように……」
「おはよう、聖女殿。主神・ガルガンチュアと、その使い・クスミ様の御手が今日も救いの手を上げてくださいますように……」
主教と聖女の挨拶。
どうやら教会内部では、このようにするのが礼儀らしい。
教会を出てしまえば、このような挨拶はしないようだが。
簡単な朝食が終わると、主教は奥に引っ込む(書類仕事が大変なのだ、実に)
聖女の仕事は、これからが本番、激務。
「では、癒やしを待つ人々の元へ向かいましょう。もう早朝からお待ちいただいている方たちもいるでしょうから」
中央教会の祈り・癒やしの場へと移動する聖女たち。
「聖女様……これは昨日よりも長い行列になっているかと……」
従者の一人が絶望的な声を上げる。
聖女は疲れを振り払うように、
「癒やしを待つ人々です。さあ、万能薬で治る方々だけではありませんよ、癒やしの儀式が必要な方も多いはず。行きますよ!」
中央教会の祈り・癒やしの場へ現れる聖女。
その姿すら癒やしになるだろうと人々の声が大歓声として聞こえる。
「さあ、先頭の方から、お部屋へ入れてくださいね。私の儀式が必要な方と万能薬で大丈夫な方を分けますから、お薬だけで大丈夫な方は、お隣りの祈りの部屋へ」
ぞろぞろと行列が動き出す。
聖女の従者たちの中には医師免許を持っている者もいたりするので、薬で大丈夫だと判断されれば別の部屋へ回されて万能薬を渡されて終わり。
厄介なのは心の病の方だ。
「……ということで、うちの旦那が暴力振るうんです。もう、精神的にもポロボロで身体も痣ばかりで……」
重い話である。
「そうですか。分かりました……そのDV夫と別れたいのであれば教会が引き受けます。貴女の身を離婚が成立するまで修道女扱いで教会が保護して、生活と生命を守りましょう」
そこまで言っていただけるのでしたら……
ということで即席の信者として修道女が一人誕生。
後日、DV夫が殴り込んできたが鍵もかかっていない中央教会入口で立ち尽くすこととなる。
「な、なんで俺だけが、ここから入れねーんだよ! この教会は誰でも入れるんじゃなかったのか?! 俺の女房、返しやがれ!」
見えない障壁でもあるのか他の人達は普通に教会へ出入りしているのに、その男だけが、どうやっても教会へ入れない。
万能薬でも治せそうもない特殊な病や、ひどい痣や火傷の跡を持つ人々の場合……
「まあ、ようこそガルガンチュア教団の教会へ。救いの手は、いつでも貴方達を待っています。では、ここにいる方々、まとめて癒やします……そぉーれ!」
聖女が、その長い袖のついた服を天に向かって振るようにすると長い間の痛みは和らぎ少しだけど痣や火傷跡が小さくなったと感じる。
「あまり回数を重ねても治療は進みません。一日一回、これを一月も続ければ、どんな痣も火傷跡も消えます。治らなかった方は今まで皆無ですので、ご安心ください」
数百人はいたと思われる行列は、だんだんと小さくなり、最後の一人となる。
母の病がと嘆く少女に万能薬を渡し、これでも治らないようなら教会へ母親と来るように言い聞かせ、聖女の仕事は終了する。
「はぁ……今日もお昼は抜きでしたか……私はダイエットとは無縁な身体なんで夕食は豪華にしましょうか。皆様も、お疲れでしょう。明日のこともありますので今日はここまで。お部屋へ引き上げますよ」
聖女は自分の部屋へ向かう。
〈ゴウさん、そちらの様子はいかがですか? ご主人様は、いつになったら、こちらへ来られるんでしょうかね?〉
〈エッタ、久しぶりだね。師匠は、まだまだトラブル対応が終わらないんじゃないかな。あっちの銀河は、こっちと違ってドンパチが激しかったようだし、おまけに帝国制と連邦制が、がっぷり4つで戦ってたからなぁ……弱小国家の星系なら他にもいっぱいあるって言ってたし……まだまだ二人の足場固めは終わらないと思うよ〉
はぁ……とため息をついた聖女に、声をかけようとした従者の一人は他の者に止められる。
「やめとけ。聖女様が心ここにあらずのような表情になる時は神と話されている時なんだそうだ。邪魔をしちゃいけない」
エッタは聖女ごっこを続けるのが、ここまで辛いとは思っていなかった。
なまじテレパシー能力が強いので自分で意識しなくても周りの人たちの感情が飛び込んでくる時がある。
通常はブロックをかけているので日常で悩まされる事はないが気を抜くと大変な事になる。
今日もDV夫に日常的に殴られ罵倒される女性の生の感情をぶつけられて、精神的に大ダメージを負ってしまう。
「ご主人様、いつもこんな重荷に耐えられてたんですね。それでも笑顔を絶やさないご主人様、見習わなくては!」
寝る前の祈りの代わりに、こんな事を思いながら聖女エッタは床につくのだった。
「くっ! こんな馬鹿な! 僕とシモンさんの二人がかりで、たった一人のサイキックシールドすら突破できないだと?! どうなってるんですか?! ロックフォール先輩! こんな相手だとは聞いてないですよ!」
「まあまあ、ジャスト君、落ち着いて。ゴウ枢機卿は未だに攻撃はしてないんだからさ」
「それにしても、だよ、ロックフォール。よくもまぁ、こんなサイキックの巨人、世に埋もれてたな。普通なら真っ先に銀河連邦が囲い込むだろうに……俺達が束になっても敵う相手じゃない。こりゃレベルどころか次元が違うわ。まあ、ちょいと試してみるけど……うわぁエネルギースピアすら通用しないんでやんの。ジャスト、もう止めだ。シールドのみで俺達二人の攻撃をしのげてる以上、あっちが攻撃してきたら俺達じゃ防げない」
「そう、ですね。はい、お手上げです、攻撃中止します。しかし、ロックフォール先輩……この方、本当に宗教家ですか? 僕には何か全く違う印象が浮かぶんですけど」
数ヶ月前にロックフォール司祭が納得ずくで他の二人に連絡をとった。
ここに銀河連邦が誇る最強エスパー達が揃っている。
Z・ロックフォール、W・ジャスト、S・シモンの三名は、この銀河でも比類なき力を持つエスパーに違いない。
しかし……
「これで納得したかい? 僕らの銀河の外には、こんな度外れたESPを持つ人、生命体? がいるんだってこと。ちなみにゴウさんの上司、クスミさんってのは……」
「俺なんか足元にも及ばないぞ。師匠のサイコキネシスは、かるーく一つの惑星を砕けるほどだ。やろうと思えば星系単位で砕けるんじゃないかな」
冗談めかして言っている風には見えない郷の本音。
「ちなみに、定期的に隣の銀河からテレパシー通信が入るが、それは俺にも不可能。そんな出力も、超長距離から一人に向けて絞る技術も、そして俺のか細いテレパシーを隣の銀河で受け取る技術も俺には無い。どうだ? クスミ師匠が、どれだけの化け物か理解できたかな?」
「今現在、ガルガンチュアは僕らの銀河の隣で、銀河を二つに割った大戦を終了させてるところだそうだ。それが終わったら僕らの銀河へ来る予定なんだが……」
ロックフォール(今は司祭)が言葉を濁すと、
「大戦くらい終わらせるのは簡単なんだよ。問題は、それぞれの大国に属さない弱小星系や勢力がごまんとあるってことだ。そいつの統合や吸収が厄介だって、この前のテレパシー通信で師匠が言ってた」
それを聞いて、
「なんですか、それ。僕ら命がけで反銀河連邦勢力と戦ったり、その拠点を探るのに長い時間かけてるってのに……戦争終わらせるなら簡単? どれだけの力持ってるんですか、ガルガンチュアと、そのマスター、クスミって人は」
ジャストが愚痴る。
仕方がない、この銀河でガルガンチュアも、マスターのクスミも知られていない。
超絶能力を持ってしても、ここにいない人物に期待などしない。
「まあしかし、俺達が束になってかかってもマスタークスミの部下にすら勝てないのは事実だよ、ジャスト。だいたい宇宙船ガルガンチュアにだって俺達のESPが通用するかどうか怪しいぞ」
真っ当に考えても惑星クラスの大きさの宇宙船一体と、それに衛星規模の宇宙船が三体合体した宇宙船と言われても想像できるものじゃない。
ロックフォールは正直に自分の考えを話す。
「まあ、どう考えても部分破壊すら無理じゃないかな、シモン。僕らが攻撃してなんとかなるのは最大でも小惑星単位だろ?」
「そうだろうな、ロックフォールの言うことが正しいだろう。で? 俺達の出番は? そんなもの無いってか」
「いやいや、そうでもないよ、シモン。ジャストも聞いてくれ。僕らは今こそ考え方を変えなきゃいけないと思うんだよ」
「「え? 考え方を変える? なんだ(ですか)それは?」」
ハモってしまったが、それほどの衝撃だったようだ。
ここは銀河辺境……
とは言えガルガンチュア教団のある辺境ではなく、ずっと離れた象限になる。
「ここが例の大宇宙海賊集団の根城か……通常なら最後通牒の後に突入、あるいは戦いって話になるんだろうが……ロックフォールの奴も、とんでもない提案をしてくるもんだ。まかり間違えば俺達は全滅だぞ。しかし戦わずにすむなら、それに越したことはないからなぁ……やってみるか!」
シモンが呟く。
数ヶ月前のガルガンチュア教団支部での会話を思い出していた。
〈あー……この星域に逗留または隠れている宇宙海賊たちへ。これは提案である。戦いとか捕縛とかに来たわけじゃないので安心するように。どうだ? 真っ当に商売をやってみないか? そのための宇宙船貸与やノウハウは教えよう。真面目に考えてくれるようなら今までの犯罪は水に流し、新しい環境でやり直すチャンスをやろう〉
テレパシーで念を送りながら、シモン自身、まだ半信半疑だった。
「一応は送ったけれど果たして向こうがどう出るか? 今までの連邦は力で制圧ばかりやってたからなぁ……信用はないだろうがテレパシーで嘘はつけない。そのことが理解できているなら真面目に考えてくれるとは思うんだけどなぁ……」
果たして、それから半日後……
待っていたテレパシーでの返答が。
〈連邦の犬からだから制圧か戦争だと思っていたが、魅力的な提案じゃないか。こちらも大集団だから意見をまとめるのに時間がかかる。もう数日で良いから待ってくれないか。恐らくだが大多数の者が、そちらの提案を飲むと思う。宇宙海賊と言えば聞こえは良いだろうが、つまりは食い詰めた宇宙船乗りの集まりだからな。真っ当な仕事に就けるって言うのなら、そっちのほうが良いと言うやつが大半だろうよ〉
数万人規模の宇宙海賊集団が連邦に下ったのは、それから数週間後。
罪に問わないどころか新しい職に就けるという魅力的な提案に乗らない者はいなかったと後に噂されている。
でもって、ジャストは?
というと……
「あー、もう。ロックフォール先輩の言うとおりにしたら予想通り内乱になっちゃったじゃないですか! まあ、しかし惑星まるごと相手にするよりは楽だよね、これ。抵抗してるのは教団でも高位の奴らばっかり。今の地位と旨味を手放したくないんだろうなぁ……ひっじょーに理解しやすい腐った奴らの論理だけどさ。ふふふ……ロックフォール先輩の考えることは凄いねぇ……」
ジャストは惑星の宇宙港から反乱軍の通信を受け取ると、内乱を収束させに行くことにする。
「艦長、船を宇宙港へ降ろして下さい。これで反連邦主義を掲げたエスパー教団を潰せます。ちなみに、攻撃してくる者たちだけパラライザーとスタンナーの餌食にして下さい。友好的な勢力には決して攻撃しないように。僕が、あとで交渉しますので船に交渉団が来たら饗してあげてください」
ジャストは、それだけいうと宇宙船のロックを開けて内乱まっただ中の中央都市へ向かう。
それから数ヶ月後、反連邦主義国家に近い宗教団体数100万人は真っ当に教育や仕事を与えられ、その星域を含む宙域も、だんだんと独立や反連邦の声が小さくなっていった。
ロックフォール司祭は、それらの報告を読みながら、いみじくも呟く。
「はぁ……やっぱり連邦のやり方が根本的に間違ってたってことだよねぇ……ガルガンチュアの話を聞いて、もしかしたら力で押さえつけるより真っ当な仕事を与えたり教育を受けさせてあげたほうが統治的に良いと思ったから二人にアドバイスしたんだが……これほど上手くいくとは提案した僕ですら思わなかったよ。ガルガンチュアが、あっちこっちで成功してるはずだ。力で押さえつけて奪う統治より、無いものや足りないものを補って教育や仕事を与えてやれば自然と反乱なんか収まるもんなんだなぁ……」
「ロックフォールくん、何を考えている? 漏れている思考を見るに今までの自分たちの統治や植民星への扱いが間違っていたと感じているらしいな。しかしな、そんなのは初歩の初歩だ。これを進めていくと相手のトラブルを解消してやることが平和と安全の基礎となるってことが理解できるだろう。ガルガンチュアは、そうして宇宙を旅してる」
いやいや、それはガルガンチュアだからでしょうが!
と言いたくなったが、ぐっと飲み込むロックフォールであった。
連邦が反抗する勢力に対して武力で押さえつける事をやめてから数年が過ぎる。
ロックフォールもジャストも、シモンすら武力を用いることが無駄と分かり徐々に反乱勢力との交渉と職業斡旋に力を注ぐようになると、それにつれて反乱勢力そのものの規模が縮小していった。
ちなみにロックフォール、現在は司祭ではない。
ゴウの許可を得て仮の司祭職から開放され、それに加えてガルガンチュア教団からも籍を抜く。
「はぁ……辞めてしまうと今更ながらガルガンチュア教団の居心地の良さが思い出されるなぁ……ゴウさんとの手合わせは厳しかったけれど、それでも僕の力は数倍になったんだから、あれは必要な修行だったとは言えるんだよな。それ以外は信者や信者でない者たちの区別なくトラブルや困りごとを解決するのが日常という、ともかく変わった教団というのがガルガンチュア教団を言い表す言葉だった……」
その呟きにジャストが一言。
「いやいや、ロックフォール先輩。ゴウさんクラスのエスパーだからこそ、あんな無茶苦茶な日常を送れるんですからね! 貧困を解決しようとするのに問答無用で、その時点での借金を精算し生活費を数年分援助するとか、DV家族から避難させるのに惑星単位で引っ越しさせるなんて無茶、誰もできないですよ……それもこれも全て無償ですからね。政府関係でも福祉予算ってのがあるのに、その年間予算の数十倍を一日で消費してて、それで教団が傾く兆候すらないという……どれだけの財産があるのやら、こっちの情報部の徹底調査でも全て把握できなかったという馬鹿げたものなんですから」
シモンが付け加える。
「いや、ジャスト。超のつくエスパーだからと言っても金銭の問題は関係ないだろ。それとも昔の錬金術だったか? を会得しているのかも知れんぞ」
シモンさん、正解に近づく発言をしているとは自分でも思ってない。
ゴウのサイコキネシスは数百年前のクスミと同レベルまで高まっているので今では大気中にある貴金属成分を集めて金塊やら銀塊など作り出すことが可能となっている。
ちなみにクスミが同じことをやると瞬時に金塊や銀塊が手の中に出現するが、ゴウでは塊にするのに時間がかかる(ダイヤモンドも今の時点では作り出せない。もう少しサイコキネシス能力が強くなり、それに集中力が追いつけば可能だろうが)
「そうですかね……錬金術もサイコキネシスやテレキネシスの超強力版で可能になるんじゃないかと僕は思ってるんですが……ロックフォール先輩クラスだと実は錬金術も可能になったりして」
ジャストの発言にロックフォールが答えて、
「いやいや、空気中の貴金属粒子だけを集めて凝縮させるなんて芸当、まだまだ僕には無理だ。ガルガンチュア教団での修行で随分とESPそのものは底上げされたと思うけれど、まだまだ。だいたい特定の貴金属粒子だけ選択して集めるなんて、そんじょそこいらのレベルのエスパーにできるだけないだろうが」
「あ、やり方は理解してるんですね、それでも。まあ僕らレベルじゃ、やり方を理解してたとしても無理なんでしょうけど」
ジャストが、もうヤケ気味で言う。
「まあまあ、ジャスト。次元の違うレベルのESP能力者に対して妬いても無駄だ。そうだな、今の君の状態はガルガンチュアに属する彼らから見ると駄々っ子の赤ん坊がイヤイヤしながら泣きじゃくってるのと同じじゃないかな? まあ、処置なしという点では同じだろ」
「無茶苦茶言いますね、シモン先輩。自分でも分かってますよ、そのくらい。僕はね、どう足掻こうと、肩を並べることも、その力の片鱗にすら届かない自分に腹がたってるんですよ。言いがかり、逆ギレに近いと自分でも思ってるんです……なんで、あんなESPの力の塊みたいなのが肉体を持って存在してるんでしょうね? もう宇宙のパワーが集まって肉体を構成しててもおかしくないレベルですよね」
それを聞いて、ロックフォールが、
「ジャストの言いたいことは理解できるよ。僕もゴウさんのレベルでさえ現実に肉体を纏ってるのが不思議だと思う。ちなみに僕の過去の経験ではゴウさんの半分にも達しないESPレベルでさえ、自分の力を制御できずに破滅していった人間を何人も見てきている。一瞬、僕も敵わない力を見せても、その数分後には精神も肉体も崩壊するのが普通なんだよ。ゴウさん、そして、ゴウさんの師匠と呼ばれるクスミ氏……どんなESPの化け物なのやら。軽く星を砕けると言うゴウさんの言うことが真実だとするなら、その人が目の前に出現するだけでESPを持つ人間は耐えられないだろうな、多分。漏れ出る僅かなESPだけで気を失えれば良いほうだろう……狂う、死ぬ、どっちもあり得ると思うぞ」
「おー、天下に轟くロックフォールが口にする言葉じゃないな。この三人が敵わないなら、この銀河にガルガンチュアを阻むものはいないんじゃないか?」
「まあ、そうだろうね。ちなみにシモン。エネルギースピアやミラー化を全てゴウさんに防がれ、破壊された時、どう思った?」
「そうだなぁ……打つ手がないとは思ったよ。それにゴウさんの様子を見る限り、あの力には、まだ奥があると感じたね。あれに加えて、まだ攻撃や防御手段があるなら、もはや俺の、どんな攻撃も防御も意味がないだろうな」
「ふふ、君ほどのエスパーでも、そう感じたか。ちなみにゴウさんの言うことにゃ、師匠には到底敵わない、だそうだ」
嘘だ、まさか、本当だよ、などとおしゃべりは尽きない。
それを横目で見ながら長官(彼は肉体派のエスパーである。肉体細胞が変質して無敵の闘士と化す、つまり変身能力という稀有なESPの持ち主)は、本当かね? と未だに信じられない気持ちでいる。
そこへ長官を除く全員に向けたテレパシーが届く。
〈ガルガンチュア教団の関係者の皆へ。喜ばしいニュースだ。ついに、ついにガルガンチュアが、この銀河へやって来ることになった。老若男女、善人も悪人も教会へ来なさい。きっと良いことがあるだろう。これは予想や希望ではない、半ば確定事項だ。現実化するのに必要なのは皆が来ることだけ。奇跡の具現化を、その目で見届けるが良い〉
「ガルガンチュアが来るって……神か魔王か、それとも異世界からの使者か……」
三人は、そんなことを呟いていた……
ここは、お久しぶりのガルガンチュア船内。
「あー、時間かかってしまい、郷やエッタには悪い事したな。ようやく、あいつらのいる銀河へ向かうことが出来るよ」
楠見が愚痴る。
「マスター、仕方がないかと。どこの誰が二大勢力以外から異常なほどの強さで周囲の人間たちを魅了して操れるような特異能力者が出現すると予測できると思いますか。ようやく銀河を二つに割った大戦争が終結するかと思いきや両方の敗残兵を、あれよあれよという間に統合し、ガルガンチュアへの反抗勢力として以前よりも大きな勢力で台頭してきちゃったんですから」
「そうだよなぁ……フロンティアの言う通り。魅了されてる部下ばかりなんで反抗勢力への攻撃も手を抜かなきゃいけなかったし、そのおかげで戦争状態の終結も伸び伸びになっちゃったし。最終的にエスパーとしてのミュータント、異常な成長した個体だと分かって、俺が直接、対峙しなきゃならなかったのは辛かったな。本当ならガルガンチュアのクルーとして招くレベルのエスパーだったんだが……」
「我が主、それも状況と超能力発生条件からして仕方がなかったかと。あなたをエスパー化した私でさえ、あのミュータントの力の根源が、まさか放射性元素だとは思いませんでしたから」
「そうなんだよ。あれさえなきゃ俺がサイコキネシスで彼の遺伝子操作をしなくても良かったんだ。帝国側の実験体がミュータント化した際、放射性元素をエネルギーとしてESPを強化できるようになるなんて誰も予想し得るものじゃなかったんだ。しかしなぁ……返す返すも、もったいなかったよなぁ……まあ、ESP強化する代償が自分の命、寿命だというのは可哀想だったから、あれが正解なんだろうが……」
「キャプテン、最終的には彼もキャプテンに感謝していたじゃないですか。力と寿命のバーター取引なんて酷すぎますよ。もっと普通にESPを強化する体質ならガルガンチュアへ誘うというのもありだったんでしょうが、あれは問題外です」
「まあ、ライムは本質を言ってくれたんだろうが。あの件で最終的に銀河内部を平定するのに思いの外、時間がかかってしまった。先乗りとして送り出していた郷、エッタには待ち遠しいどころじゃない時間を過ごさせてしまったな。予定じゃ、もっと早くあの銀河を離れる予定だった」
「主、次の銀河の様子は? あっちと同じように未だドンパチやってるような銀河だとゴウやエッタも危ないのではないか?」
「ああ、それは大丈夫だよ、ガレリア。先乗りで、ちょっと名前が問題だけどガルガンチュア教団って宗教組織を作って積極的に活動しているらしい。数十年前から、ようやく平和な銀河へ向かって進み始めたらしいが、その後は順調らしいよ。郷も面白いエスパーたちと交流して彼らと連絡取ったり高度な技術を広めたりエッタは聖女として様々な人たちの癒やしに邁進しているらしい。ま、向こうと違って戦争状態に無いのは褒められるかな……俺自身としちゃ宗教団体は好みじゃないけど」
「マスター、自分が宗教団体の頂点に祭り上げられしまうのを危惧してるんですか? 諦めて下さい、ゴウやエッタは、まず間違いなくマスターをガルガンチュア教団の頂点にある人物だと布教してるはずです。そうでなくともゴウやエッタより強い力とガルガンチュアという最強宇宙船のマスターであることは、もはや現実に存在する神の一柱と言われても納得するものばかりだと思いますが?」
「いやいやいや! それが嫌なんだって! 俺は神じゃない、宇宙の管理者たちのような無限の力も持たない、ただの一般人、まあ、すこし強めのESPは持ってるかも知れんが基本的には普通の人間、銀河系は太陽系の地球人であり日本人、楠見糺(くすみただす)だぞ! 神だったり神の使徒だったり、そんな扱いは御免こうむる! 普通の人間が自分に出来る範囲で人助けとトラブルシューティングしてるだけなんだって!」
「キャプテン……私の目から見てもキャプテンの力のレベルは異常だと思います。例えエスパーという人種に強力な力を持つものがいたとしても、どこに銀河を超えてテレパシーを飛ばせる人がいますか。そして、微弱に過ぎる隣銀河からのテレパシーを受け取れるって人も。緊急な救助を願うテレパシーなら銀河の外にいても感じとれるって、この前、言ってましたよね。どこの誰が、そんなことが可能だと?」
「……エッタの発言が正しいと私は思いますよ、我が主。あなたは自分が普通の人間であることに執着し、あまりに自分の力を過小評価しすぎます。いいかげん、自分の力を正確に認識してください。ここまで強いサイコキネシスなら、私は、もしかして可能性だけ論じられている能力、テレポートも可能になるんじゃないかと評価します」
「プロフェッサー、そんな無茶な。生身で超空間へ突入するようなもんだろうが、テレポートってのは。成功しても現実の肉体を失う可能性が大きいって自分で言っただろうが」
身内ばかりで無茶が言えるガルガンチュア船内の会議室。
そんなことを続けながらも、ガルガンチュアは郷たちのいる銀河へ向かって跳んでいる……
ガルガンチュアが、とうとう銀河の縁に到着。
「フロンティア、ガレリア。搭載艇は発進させなくて良いだろう、この銀河は先乗りした郷やエッタが百年以上も前から頑張って地盤を作り上げているようだから。とりあえず今ガルガンチュアがいるポイントから近いのは銀河の縁にある星系にいる郷だな。転送で十分にカバーできる距離なんで、俺とライム、プロフェッサーで久々に郷に会いに行ってみるよ。この銀河の現在の状況も知りたいし」
「分かりました、マスター。ライムとプロフェッサーがいる状況なら大丈夫でしょうが、くれぐれもお気をつけ下さい。どちらかといえば、こちらへ転送ビームで郷さんを呼び寄せるほうが安全なんですけどね」
「ははは、それは郷が嫌がるだろ。こちらから行って郷やエッタを労いたいのもあるんだから。それじゃ、送ってくれ」
「了解した、主。転送する」
瞬時に転送された3名は郷の目の前に現れる。
「うわ! びっくりしたぁ……事前連絡下さいよ、師匠! しかし、ともかくです……お久しぶりです!」
「久しぶりだ、郷。エッタは中央星系の方にいるんだっけか。今の、この銀河の状況は? 俺達の動きを決めるのにも状況を知らなきゃならない」
「もう、百年以上ぶりなのに、このワーカーホリックが! まあ、それが師匠なんでしょうけど……そうですね、数10年前から、ようやくこの銀河も安定してきました。主に連邦制を取っているんですが反連邦勢力が多くて制圧と平和維持に手を焼いていた状況が長く続いてたようですね。けれど、このガルガンチュア教団が力をつけて来てから連邦の上の方とも連絡と情報を交換し合うことになりまして。それからですかね、力で押さえつけるよりも仕事と知識を与えて自由に働かせるほうが平和になるって気づいてからは、だんだんと紛争やら反連邦勢力も小さくなってきてます」
「……平和になるなら良いんだがなぁ……ガルガンチュア教団ってのは、どうにかならなかったのか? 俺が宗教組織は嫌っていることは、お前も周知してるだろ?」
「分かってますけどね。普通のエスパーの能力を遥かに超えてる力を、どうやって説明・納得させるんです? 俺やエッタはともかく師匠の力は、もう次元が違うんですから。そういう場合、宗教組織なら納得させやすいですよ……神の使徒、クスミ様が降臨される! って。みーんな一瞬で納得してくれましたよ。神の力の具現化、ガルガンチュアに乗る、神の使いにして現世に現れた生ける神の使い、ってね」
楠見は頭痛がする幻覚を覚える。
「郷、郷さん……選りにも選って、なんつーことを……それじゃ、俺がこの銀河に来たってことは……」
「はい、まさに現実の神の力を持つ存在が降臨されたという事実になります……どこか変な事言ってますか? まあ俺よりもエッタが待ち遠しくて焦ってるとこでしょうね。昔から聖女として人々に癒やしを与える存在として中央教会で働いてますよ。俺の方は後で良いのでエッタの方へ行ってやって下さい。戻ってきたら面白い事をお知らせします。サイコキネシスの面白い使い方してるエスパーが、この銀河にはいましてね。エネルギースピアは攻撃手段なんで師匠の好みじゃないと思うんですが、ミラー防御って技術が面白いです。詳しくは戻ってきたら。さあ、エッタの方へ行ってやってくださいな」
「分かった分かった。ミラー防御って技術は面白そうだ……中央星系だと転送で行けないこともないが。まあ、あまり混乱させるのもどうかと思うんで普通に3人で宇宙船に乗って行くよ。宇宙港への交通手段は? あ、辺境なんでロボットタクシーも無いから定期運行してるバスで……はぁ、半日もかかるって? 仕方がないか……」
結局、郷のいる星系から中央星系へは直行で行けるわけもなく、乗り換え乗り換えで数日どころか半月近くかかってしまう。
「っくわぁぁ! 身体がバキボキ言ってますよぉ、キャプテン。辺境航路から中央星系への乗り換えって、ここまで手間と時間、かかっちゃうんですねぇ」
「あのなライム。元の姿に戻れば骨も何も無いだろうが。プロフェッサーは何も変化なし……当たり前か。しかし疲れるねぇ。もっと効率化するのは簡単なんだろうが、そうすると利潤と経営効率が落ちるんだろうなぁ、悩ましいこと」
「我が主。中央星系への定期便が、そろそろ発進時刻となるようです。船内へ入らないと……」
「分かったよ、プロフェッサー。行くぞライム、この終点が中央星系だそうだ」
「はぁ……ようやくですね。エッタさんにも早く会いたいですよ」
「ぼやくなぼやくな、最後の定期便航路だ。後数日の我慢で中央星系! さて、エッタの喜ぶ顔が見えるようだ……」
実際のエッタ、聖女は毎日毎日増えていく病める人々の癒やしに追い巻くられながらも疲れた精神に希望をいだきつつ、毎日を過ごしている。
「もうすぐ、もうすぐご主人様が来られる! それまで頑張るのよ、私! 頑張るの!」
ようやく俺達三人は中央星系に到着。
もう当分は貨物と一緒の宇宙旅はゴメンだね。
中央星系への航路ならまだしも田舎やド田舎の星系だと貨客船ばかり。
それも人員よりも貨物の方にスペースが割かれるという酷い扱い。
船内スペースも人員よりも貨物の収容スペースに区画が取られていて俺達は3段ベッドに押し込められて数日間……
中央星系のスペースポートに着陸し、宇宙空港の土(まあ強化コンクリートだったが)を踏んだ瞬間の嬉しさよ!
そこからガルガンチュア教団中央教会への移動は手早かった。
なにしろ宇宙空港や空港、鉄道だと最寄りの大きな駅から全て、中央教会への専用大型往復バスが運行されていた。
「やぁ、エッタ。聖女役、長年ご苦労さま。ようやく会えたね」
ん?
という表情のエッタ。
郷にも、いつ行くか事前情報を教えないようにと言い渡しておいたため、エッタはじっと我慢してたようだ。
「……ご、ご主人様ぁ! お待ちしてましたぁ! 辛かった……辛かったぁ……ぐす、ひっく……」
精神的にやられていたらしい……
少女姿のエッタを膝抱っこしてやり、頭をなでなで。
こら、ライム。
いいなぁ、なんて顔をするんじゃありません。
これは必要なことをしてるだけ。
聖女にも癒やしは必要なんです。
しばらく頭なでなでしてたら、ようやく落ち着いたらしい。
「うっく、ひっく。し、失礼しました……ご主人様に久々に会えた喜びに、つい……もう少しで日常モードになりますので、このまま……」
まだ足りないか。
仕方がないな、待たせすぎた。
俺は気が済むまで、なでなでを続ける。
一時間後……
「はーぁ、すっきりしました。では、残りの者たちの癒やしを、ちゃちゃっと片付けてきます。それから教皇様に会っていだきます……あ、もちろん彼は全て知ってます……うふ、伝説の存在に会って驚く姿が目に見えるようだわ」
すがすがしい顔色のエッタが、張り切って聖女を待つ方々のところへ駆けていく。
本当に、ちゃちゃっと片付ける気らしい……
500人以上いるのに。
「お待たせしましたぁ! 手早く、確実に癒やしを実行してきましたんで、次は教皇様のところへ。さーて、どんな顔するでしょうね?」
エッタの期待に違わず、ガルガンチュア教団のトップは見知らぬ男だった。
教団の立ち上げにも関わり、郷やエッタと顔見知りだという男。
もちろん、ナノマシン医療により長年に渡り若さと気力、体力も維持し続けている。
「聖女様、その方々は?」
最初は俺達が教団の最高権力者だと思わなかったらしい(神の使いだ? ホラ吹きは放り出せというのは普通の感覚だと思う)
「ふっふーん。教皇様、この方がガルガンチュア教団の最高指導者にして聖典に語られし存在、神の使い「クスミ様」であらせられますの!」
はい?
馬鹿げたジョークを聞いたと思ったような表情をする、教団トップ。
「残念ながら、エッタの言ってることは真実だよ、教皇様。俺が宇宙船ガルガンチュアのマスターにして超絶レベルのエスパー、クスミ・タダスだ。ちょいと力の片鱗を見せようか?」
テレパシーの圧力を「覇気」レベルに上げる。
教皇様は、へなへなと崩れ落ちる。
「少しはESP能力も持ってるようだな、分かったかな? 俺が、この銀河へ来たということが」
口も聞けないようで、うんうんと頭を上下に振るばかり。
おっと、覇気を解除しなきゃ。
「はぁ、はぁ……神の使いの力は、やはり人の及ぶ次元ではなかったようですね。ようこそ! と言って良いのか、おかえりなさいませ、と言うべきなのか悩みますが……はじめまして、私が表の教団代表、教皇の役をやらせてもらってます、だたの弱い力しか持たない一般人です」
「ああ、そこまでへりくだらなくて良い。君も長年に渡ってガルガンチュア教団の代表をやってきたんだから。これからも表の代表として頑張って欲しいんだ」
俺が、そう言うと教皇は、
「はい? 聖典に書かれている存在が来たなら、すぐに全ての権力も財産も投げうつ覚悟でしたのに。このような弱い存在に価値などありますまい」
「いやいや、政治の駆け引きや他との情報交換など俺は苦手でね。そういった教団の表立ってやってる仕事は君に引き続きやってほしいんだよ。それと当分は、この銀河にいるけれど、いつか、俺達はこの銀河を去って別の銀河や銀河団、超銀河団を渡っていく。その後も君に教団のトップとして下々の者たちを率いてほしいからね」
まあ、宗教組織なんて、表と裏の顔があって当たり前。
邪教でも無い限り、表が裏の仕事に関係することはない……
「ご主人様、聖女としての役目は果たしてきました……いつまで続けるんですか?」
そうなんだよなぁ、ガルガンチュア教団なんて御大層な名前を付けちゃったから、民衆の癒やしと救いを実現して継続しないとダメなんだよなぁ……
どうしようか?
俺達は、そのうち、この銀河を離れることが決定だし、そうすりゃ、郷もエッタも教団を離れることとなる。
俺?
聖典とやらを読んでみたが俺の役目は宇宙全体を平和で安全なものにすること(そのへんは誇張も嘘もなく書いてくれたらしい)なんで俺が銀河を旅立っても聖典の予言通り。
何の違いもないことになるので、これは実行したほうが世のため人のため。
とりあえず、聖女候補として頑張ってる方々へ、ご褒美のナノマシン投与。
「これで君たちが触れる人々は癒やされることとなる。ちなみに君たち自身も、これから数千年単位で生きることとなるので、そのつもりで」
エッタが嬉しそうだ。
一人で対応できる人数じゃなかったぞ、あの行列。
よくもまぁ、あの数を一人で癒やすことなどできたもんだ。
「エッタ、今までご苦労さま。これで一人聖女は解任だ。これからは多数の聖女がエッタの代わりとなる」
ホッとして思わず表情を緩めるエッタ。
はいはい、よくやったよ。
俺はエッタをナデナデしてやる。
ほらそこのライムさん、後で君にもやったげるから、そんな顔しないの。
「それじゃ、教皇様に報告してから郷のところへ行くか」
報告後、郷のいる辺境へ行こうとすると反対意見を教皇様が。
「ちょっと待って下さい! 神の使いが来てるってのに大々的に公表しないんですか?!」
教皇様?
俺が人前に出て、大音量でシュプレヒコールを叫ぶとでも?
そういうのが嫌いなんで裏工作ばっかりしてきたんですけどね、多数の銀河で。
「それでも、教団も教会も、その聖典に載っている本人が姿を消すのを良しとするわけがないでしょうが! よしんば代役を立てるとしても誰にするんですか?!」
あ、それね。
郷が懇意にしてる高能力のエスパーたちがいるらしいので、郷に連絡取ってもらって、そのへんは解決するよ。
郷と話し合うんで、ちょっと失礼するね。
《ガルガンチュア、俺達4人を郷のところまで転送してくれ。距離的に遠いけれど主転送機なら可能だよな? 》
答えよりも早く、俺達は郷のところへ。
「だから、事前連絡くださいって。思ったより時間かかりましたね」
「あのな、郷。事前説明で辺境から中央教会へ行く時間を教えろよ、えらい目にあったぞ。帰りも同様ってのは避けたかったんでガルガンチュアの転送で送ってもらった」
「まあ、たまには苦労を感じてもらったほうが師匠のためになるかと。だって、やろうと思えば肉体一つで星すら砕けるんですから。その星や銀河に住まう人々の苦労ってやつを身にしみて感じてもらう必要があると思うんですよね、師匠には」
「えらく疲れたよ、精神的に。この銀河は、俺達の銀河系並に転送機の普及を考えたほうが良いかもな」
郷が、あわてて否定してくる。
そこまで平和じゃないらしい、この銀河。
「ところで郷、この前言ってたミラー防御って技術は? 何か面白そうじゃないか」
「あ、そうでしたね。エッタのニコニコ顔と師匠の平常顔で忘れてました……こういうもので、相手の力を跳ね返したり無効化したりする技術です。どうです?」
郷がサイコキネシスで亜空間のような平面世界を作り、その中へ自分ごと入る。
それを俺の力で攻撃してみるが……
言うだけのことはある。
郷の全力どころか半分の力くらいで防御は貫けて、鏡のような面が割れるが。
郷の全力の半分ってのは凄い。
防御として通常のESP能力なら、ほぼ貫通や破壊は不可能じゃないか。
「ふむ……面白いな、このミラー防御って。ん? 思いついたことがあるんだが……これは生身で異空間へ収容されてるってことだよな……その空間内では安定して攻撃の影響も受けない状況……郷、ちょいと実験してみたいんで付き合ってくれるか」
数日後。
俺と郷の乗る小型搭載艇は銀河の縁から少し離れた宇宙空間にあった。
「じゃあ、俺は軽宇宙服で船外へ出る。異常を感じたら収容してくれ」
「大丈夫なんでしょうね? 危険なことはないと師匠自身が保証してましたが」
「ああ。これが成功すれば伝説のテレポート能力と同様のことが可能になるはずだ」
「はい?! 生身でテレポートなんかやった日には生物として存在できないって師匠が以前に言ってたじゃないですか! 無茶な実験、止めましょうよ」
「危険はないと思うぞ。宇宙船の跳躍航法と似たものを生身の保護でミラー防御しながらやるってことだ」
「そんな説明されてもですね、理解できませんよ」
《じゃあ、見てれば分かる。まずは、自分をミラー状の亜空間で保護して……》
〈師匠?! 途中でテレパシーが消えましたが! ミラーすら消えてますよ、師匠!〉
一瞬後、楠見からのテレパシーが復活。
《実験成功だ。ESPの新たな世界を切り開いた日となるだろう。擬似的テレポートの成功だ》
数秒後、楠見のものと思われるミラー状の平面が搭載艇の近くに出現。
「近距離程度なら完全に制御可能と分かった。凄いぞ、ある一定以上のサイコキネシス能力保有者は擬似的にミラーを応用したテレポートが可能となる」
その後のフロンティアやガレリア、その他のクルーも交えた会議の中でも、この技術は話題となる。
「ふむふむ……肉体を保護する平面バリアのような亜空間を作り、その亜空間ごと超空間へ放り込む……宇宙船の跳躍航法に似ていますが必要な最低速度が違いすぎますね。もしかして亜空間そのものを超空間が拒否するのかもしれません。超空間では一切の物質やエネルギーが存在できないので宇宙船はエネルギー保存則のまま跳ね返されて跳躍航法が実現しますが亜空間のような空間そのものを超空間が拒否するのなら、この疑似テレポートと呼ぶ現象も理解できます」
フロンティアすら最初は理解不能だったが、話し合ううちに疑似テレポート現象の原理が解明されていった(実際に楠見の行った実験のデータもある)
「総じて疑似テレポートは可能だと理論的にも技術的にも解明されたわけか。しかし……生身で擬似テレポートが可能と分かっても、これはハードルが高いな」
「そうですね、我が主。まず、ミラー防御の亜空間を作れるほどのレベルを持つエスパーが限られること。加えて、その上で超空間への入口を開けることのできる余力のあるサイコネシスの力の持ち主など、まず、この銀河内でも数人いるかいないかのレベルです」
そうなんだよ、あまりに疑似テレポートに必要なサイコキネシスの必要力が高すぎる。
これは一般的な技術としては公開できそうもないよなぁ……
「師匠、そのことについてはご心配なく。俺に心当たりがあります」
ん?
郷、何を企んでるんだ?
それから数日後のこと。
郷の姿は銀河辺境を離れ、こともあろうに中央星系の銀河連邦情報省は情報部の長官室にあった。
「……ってことで、いかがです? 情報部の皆さんの所属が変わるだけで、やってる仕事は同じですよ」
郷の提案に頷きかけて、あわてて否定する長官。
「魅力的ではありますな……選りにも選って、この銀河連邦情報部ごとガルガンチュア教団へ引っ越しですか。やる仕事は同じで更に給与は倍増。表の役割は違ってきますが情報収集と、その対応作業は変わらないと……で、その引越し費用や個人、家族の住宅事業に至るまで、まるっと教団が引き受けますってか……更に特典として……」
「はい、我が教団で新たなサイコキネシスの技術開発がありまして。その「疑似テレポート」の技術を、そちらへもお教えしましょう。ただし、こればかりは教団へ来るという確約がなければ無理ですがね。秘中の秘になりますので。まあ教えても何人が使えるようになるのか? は、そちらのESP能力の高さによりますが。私の目測ですが少なくとも3名は使えるようになると思いますよ……長官も……うーん……将来は使えるようになるかも、というレベルですね。あなた自身は、どっちかというと実戦。それも格闘戦向きでしょ?」
郷の提案を改めて考える長官。
「分かりますか、やはり……私のESP能力は、というのか何というのか変身能力なんですよ。昔で言う「狼人間」ってやつで変身後にはスピードと腕力が数倍になりますね」
「その力、桁が一つ上がるとは思いますよ、うちの教育機械に半月もかかればパワードスーツを着た強化歩兵くらいは捻れるようになると思います。サイコキネシスが使えるようになるかどうか教育機械のレッスン終了後の訓練次第になると思われますが。ちなみに希望する方々のみになりますが寿命の方も相当に伸びることになると思います」
長官、思わずイエスと言ってしまいそうになる。
うますぎる話だ……
何か裏があるに違いない……
「そ、それは魅力的ですね。それで、ですね。ぶっちゃけ伺いますが、そこまでしてくれるのなら我々が負担するべきものは? あまりに、そちらから譲渡される権力と金額、おまけにサイコキネシス技術に寿命の長命化までなんて大きすぎる。我々の魂が欲しいとか言われても喜んで差し出す者がいますよ」
郷の返事は素っ気ない。
「ああ、それが心配でしたか。何、裏の仕事としては何も変わらないんですが表の仕事として情報部の皆さんにはガルガンチュア教団で上位の役に付いてほしいということですよ。それが絶対条件……ぶっちゃけますとですね。うちの聖典にある「神の使い」の代役をお願いしたいってことです、ここの誰か一人に」
長官室から素っ頓狂な叫び声が上がった……
それから数年後。
ガルガンチュア教団には枢機卿会議室という名の建物ができている。
ここに入れるのは少なくとも司祭以上。
ここの室長として豪華な肘掛け椅子に座り、書類の山と格闘しているのは……
「ああ、銀河連邦にいたときと同じ状況じゃないか! 郷さんも言ってた通り何も変わらん! ……とは言うものの俺も部下たちも、かなりパワーアップしたし、特に、あの3人に至っては……」
元、情報局情報部長官、サンダーと呼ばれた人物は今じゃガルガンチュア教団の情報局長という裏の仕事が主。
表の仕事は枢機卿会議室の室長という立場で教団の様々な援助先の選定と、その担当者を決める作業をしている。
ちなみに、ロックフォール。
今じゃ大枢機卿という肩書を持ち教皇直属の身。
裏では様々な超のつく大規模トラブルや大規模星間犯罪の抑止と解消を担う。
シモンは肩書を司祭長と。
裏ではロックフォールのような大規模な案件ではなく、もう少し規模の小さい中規模クラスのトラブルと星間犯罪を扱う。
ジャストの方は上級司祭の肩書。
裏では小規模から中規模までのトラブルと星間犯罪を通常は担当し、時にはロックフォールやシモンの補助を行う。
この3名は距離と規模の差こそあれ疑似テレポートが使える。
ご想像の通り、ロックフォール>シモン>ジャストの順で疑似テレポート能力に差がある。
ロックフォールが動く場合は通常の連邦軍や連邦情報局(ガルガンチュア教団の大量引き抜き後、どうしても必要だということで連邦情報局が新たな人員で設置されることとなった)が対応しきれなくなった時か、あるいは過激な武装侵略を目的とした未熟な初期宇宙文明の星系の対処を依頼された場合だ。
通常、ロックフォールは中央教会にて教皇の隣に立ち、その威厳を示す。
しかし、業務終了後、ジャストやシモンたちとの会食時には……
「……ごくっ……っかぁーっ! 美味い! 立ちっぱなしで姿勢が少しでも乱れると教皇様のジト目視線が飛んできて、あわててシャキ! とするって毎日だからねぇ……あーあ、大規模トラブル、どっかで起きないかなぁ……武装反乱勢力でも良いけどな!」
「ろ、ロックフォール先輩……ここは防音フィールド張ってるんで大丈夫とは言うものの、人目というものを気にして下さい! まったく……聖典にある「神の使い」役が台無しですよ! 台無し!」
「ぬぁんだってぇ? ジャスト。僕はなぁ……望んで教団の表の顔になんてなりたくなかったんだよ! 郷さんと、あの伝説のクスミさん……あの人たちに懇願されなきゃ君らみたいに実戦主体の裏舞台に立ちたかったさ! だけどなぁ……どこの誰がクスミさんの代わりができるってんだ?! あぁ?! 無理だって! そりゃ僕のサイキック能力は、この銀河で一番だと思うよ、自分でもさ。だけど、だけどなぁ……あんな人間の形をしたサイキックエネルギーの塊が存在してるのは宇宙の奇跡だろ! あんな力でなきゃ銀河や銀河団、超銀河団が渡れないってんならガルガンチュアクルーが増えないのも当然だって! あの人の前に立つだけで本能的に跳躍航法船で逃げたくなる。今なら疑似テレポートだがな。まあ無理だろうけど……ちょいと念ずるだけで惑星を砕けるってのも、あれなら当然だと思う……そんな人の代役なんざ務まると思うか?! いーや無理だね。今すぐにでも大枢機卿の肩書なんざドブへ捨てて宇宙戦争へ生身で飛び込んだほうがマシだ!」
「ロックフォール……代わってやることもできない立場だからなぁ、こればかりは。まあ憂さ晴らしは会食の時にやれば良いさ……俺達だけは、お前の味方だよ。何度酔いつぶれたって俺達はお前を見捨てないぞ……ほら、ジャスト、肩を貸せ。大枢機卿専用寝所まで運ぶぞ……よっこらせ、と」
「いつものことながら中央教会のESP無効化フィールドは優秀ですよねぇ……本当なら、こんな事せずにすむんですけど……よいしょ! 酔っ払いは重いなぁ……」
ガルガンチュアと楠見、郷、エッタの去った銀河には、それでもガルガンチュア教団が残り、この銀河の平和を維持、発展させていく……
数人の不満は、このさい仕方ないと諦めてもらおう……