第五章 超銀河団を超えるトラブルバスター
第六十七話 銀河間空間の難破船集団
稲葉小僧
ガルガンチュア、今日も跳ぶ跳ぶ銀河間宇宙。
「マスター、今日はゴウによる擬似テレポート実験を行って詳細データを収集したいと思います」
突然のフロンティアからの申し出。
楠見は少し考えてから、
「許可は出そう。しかし、俺の暴走事故もあったように疑似テレポートは現在、制御不能なんだから十分に注意を払ってくれ」
「承知してます、マスター。とりあえず、マスターの暴走事故の3割ほどの距離までは跳んでしまう恐れがあるとフィーアやトリスタンの計算結果が出ておりますので、そこまでの範囲をカバーするように搭載艇を放ちます」
「それなら良いよ。言っちゃ何だが俺と郷のサイキックパワーの差は10倍できかない。跳躍距離が3割というのは大げさかも知れんが効率の差というものを考えるとありだろう」
それから数日後。
郷の疑似テレポート実験が始まる。
「じゃあ、始めに最小出力でやってみますね……えーっと、ミラーを最初に作ってと……これで随分なサイキックエネルギーが必要になるな。師匠、この状態から、どうやったらあんな超々長距離の疑似テレポートをやれたんだろう……では、ミラーに入って」
郷の姿が搭載艇のカメラから消える。
次の瞬間、カメラに写っていた鏡状の、見た目は平面(2次元状の、縦と横の幅はあるが高さがないペラペラ)に見える物質から眩しい光が発せられる。
一瞬の後、ミラーは消えている。
楠見の実験時と同じ状況だ。
しばらく、郷の跳躍先を捜索する搭載艇たち。
数時間後、数光年先で出現したと報告が入る。
「予想通りですね。ゴウでしたら充分なデータが採れる実験が可能です。たとえ暴走する可能性があるとしても銀河団すら超えることはないでしょう」
フロンティアの結論。
ガレリアも、トリスタンも、フィーアも、データを確認しながら頷く。
それ以降、数回の疑似テレポート実験が行われ、最終実験がサイキックエネルギー最大にした場合の跳躍距離計測。
「さすがに郷の力はすごいな。銀河2つ分の距離を跳んだか……俺には届かずとも、やはり正統的に始祖種族の力を受け継いでいるんだろう。これは太古に存在した始祖種族の力の限界を知るにも適したテストケースかも知れないぞ、フロンティア」
「そうですね。計算上の最大距離と思えるものになりましたのは上々です。恐らくゴウのサイキックパワーでは最大にしてもマスターのような暴走事故は起きないと思われます。銀河2つ分というのは生命体として驚異の距離ですよ、実際。マスターの力が常識外れというか、もうタンパク質生命体として考えられないというかエネルギー単体として存在してても不思議じゃないレベルですから我々、アンドロイドレベル、銀河団探査船レベルのエネルギー量と比べてみても比較にならない程のエネルギー量だったと思われます。今回、通常の疑似テレポート実験が成功したことにより、この技術の制御が可能となる可能性も出てきました」
「お、それは嬉しいね。ともかく、ミラーに入ったら最後、何処へ跳ばされるのかは運任せという状況はマズイからな。俺じゃ実験の対象になり難いというのなら、郷に頑張ってもらわないと。帰ってくるのに、もう少しかかりそうなんで帰投したら祝ってやるか、実験の大成功に」
「まあ、マスターの時とは違って制御可能になるという可能性があるってだけなんですが。なにしろサイキック工学なんてもの今まで研究も何もされたことのない分野ですから。腰を据えてデータの蓄積を数多くしながら、この新しい分野の派生技術や制御技術を考えていかねばなりません」
「うーん……ガルガンチュアになってる状態でも未知の分野だという疑似テレポートか……これは簡単に制御できると思ってた俺が甘かったかな?」
「当たり前ですよ、マスター。生身で超空間に突入して銀河団すら跳び超えかねないなんて無茶な技術、簡単に使いこなせると思ってたんですか? 今までにも薄々、思ってたんですがマスターのポジティブさは呆れるほどですよね。まあ、それくらい突き抜けてる人なんで、今、こんなところで、こんな事やってるんでしょうけど」
フロンティア含めた4名のアンドロイドたちは楠見の考えの陽気さに、改めて呆気にとられる。
ここまでポジティブな思考だからこそ銀河団どころか超銀河団を超えようと思うのだろうし、銀河団探査船を合体させようなんてことも実行するんだろう……
数日後、郷は搭載艇群と共にガルガンチュアに帰還した……
ただし、おみやげとして難破していた宇宙船団を率いて。
郷が連れ帰ってきたのは一隻の古びた宇宙船……
と、その乗組員たち。
「ちょうど、俺が疑似テレポート実験で出現した近くに船団で難破してる宇宙船が多数ありましてね。ガルガンチュアから捜索の搭載艇群が来るのは分かってたんで本格的救出活動の前に事情だけ聞こうと思い、リーダー株の宇宙船と、その乗員たちを連れてきました」
郷は詳しい事情を聞いてないようなので楠見達が事情聴取することとなる。
言語解析が済んだのは数時間後のこと、それから詳しい事情を聞き出す。
難破したのは遥か百年以上も前のことらしい。
「我々は住んでいた星系を追い出され、別の銀河へと追い払われたのだ。以前に住んでいた星系は、その頃、急速に勢力を伸ばして拡大してきた「帝国」に呑み込まれてしまった。帝国では我々は二等人種でしか無いと言われ、奴隷とまでは行かないまでも正式な銀河の住民とは見なされないそうで。まあ暮し向きは楽ではないが、三等人種や、それ以下の隷属種族から比べればマシだったんだろうが我々にも意地ってものがあってな。そんな帝国に従うくらいなら別な星に住みたいと元の銀河に背を向けて、我々に共鳴してくれる種族や、我々以下の隷属種族となる者たちも含めて、大規模な移住船団を組んで銀河脱出を図ったわけだ……目的地に着く前に難破してしまったのは、お笑いだったがね」
不貞腐れたように言い放つ元船長。
帝国の妨害とかは?
と聞いたら、その銀河の居住権を放棄するなら帝国が関わる生命体とは見なさないので、何処にでもどうぞ。
ただし途中で難破したり浮遊隕石等で船体が破損しても帝国に救助を求めるなと釘を刺されたらしい。
下等な隷属種族であろうと帝国は保護するが、それは、この銀河に居住するものだけの話であると言われ、一応、移住用に宇宙船はくれた。
後で調べたら軍の廃棄用宇宙船だったらしいが。
それでもメンテナンスや修理を繰り返し、銀河と銀河の中間ポイントくらいまでは来たようで。
さすがに耐用年数も大幅に過ぎている宇宙船に無理させすぎてメインエンジンが、せーの、とでも合図したかのように一斉に壊れてしまったそうだ。
一隻づつとかなら他の船から予備部品を融通して……
などと言うことが可能だが一斉に(壊れた時期は前後していたようだが、ほとんど一年以内らしい)壊れてしまっては、どうしようもない。
幸いエネルギー炉だけは最高に堅牢な部品で造られていたため光速以下でゆっくりと進みながら生命活動だけは船団として維持しているらしい。
「師匠。これって意図的なもの感じません? 帝国は計画的に移住船団を破壊する予定だったんじゃないですかね?」
郷が話を聞いて、感想を漏らす。
多分、そうだろうな。
宇宙船団が一斉に跳べなくなるというのは考えられない。
たとえ半分が跳べなくなっても残り半分に全員を載せて目的地へ到着するように計画するのが普通だ。
「うーん……決定的な証拠はないんだろうが、もともと耐用年数を過ぎた宇宙船団を移住用にと気前よく差し出すのにも何か目的がありそうだよな。ていの良い反抗勢力つぶしってことなんだろうが、それより黒い意図を感じる」
楠見の感想である。
「マスター、とりあえず、ガルガンチュアへ船団ごと収容しましょう。銀河間空間じゃ何もできませんよ。収容してから、宇宙船の修理でも目的地への移送でも何でも検討しましょう」
フロンティアが提案してくる。
難破船団のリーダーに、こちらへ収容して良いかと提案すると、
「是非ともお願いしたい! このような超巨大宇宙船ならば我々も安心できる」
大乗り気。
という事でガルガンチュアの搭載艇群で……
とも思ったが、
「どうせ船団ごと収容するなら、ガルガンチュアで跳んだほうが速いでしょ」
とのフィーアの提案でガルガンチュア本体が動くこととなる。
数日後、目標ポイントに近づくガルガンチュアの姿があった。
「移民用だった難破船団へ。こちらは超銀河団航行用宇宙船、ガルガンチュアである。諸君らを船団ごと救助に来たので安心してほしい。収容も船団ごとやるので、そちらは何もしなくて良い」
数時間後には難破船集団は跡形もなくガルガンチュア船内に収容されていた……
方針を決定するため、ガルガンチュア船内で会議を行うこととなる。
「という事で遭難者たちを元の銀河へ還すのは決定事項ですね。問題は、どうやるか? ですが」
プロフェッサーの音頭で会議の開催となった。
「ちょっと良いですか? 我々を救っていただけるのは有り難いし嬉しいのですが……「帝国」と戦いになるのは不本意なんですよ」
難破船集団(つまりはお隣り銀河へ移民するはずだったグループ代表として、リーダーたち数人に参加してもらっている)から手が上がる。
迫害されても故郷の星や銀河に戦火が上がるのは意図するところではないと言うことらしい。
それを受けて郷が意見する。
「しかし、ある程度帝国への圧力はかけないと、その政治方針や他民族への迫害を止めないでしょう。という事で、なるべく弱い圧力、だけど帝国が無視することはできないって案を考えないといけませんね」
「弱りましたね……ガルガンチュアやマスターの力では強すぎて銀河内での交渉は力押しに近くなってしまいます。一つや二つの星を潰すくらいで済むならマシだと思うくらいですので、ガルガンチュア本体やマスターが表に出るとプランに合わなくなりますね」
フロンティアが意見する。
そうだろうな……
楠見も思う。
俺の力やガルガンチュア(構成してる船一隻づつでも)だと防御も攻撃も桁違いすぎて交渉にならない。
俺自身やガルガンチュアの力の一片を垣間見せただけでも分かる人間には分かってしまう。
それでは支配するものと隷属するものの図式が変わらない(帝国が隷属し、ガルガンチュアが支配するものになるだけ)
では、どうするか?
「提案なんだが……プロフェッサーの考案したRENZのシステムを使えないかな? あれの適応条件を少し変えれば行けそうな気がするんだが……」
楠見の提案に、郷も乗り気になる。
さっそくプロフェッサーを中心にRENZシステムの改良版の製作に取り掛かることとなる。
ちなみに難破船団グループへの説明はライムとエッタが担当する。
「RENZってのは精神的能力の補助機器のようなものです。小さい腕輪やリングのようなものにもできますし、やろうと思えば服や下着にも加工可能。見た目に違和感のないものなので帝国内でも活動が制限されることはないと思います……で、これ使って何をするかと言いますと……帝国への反逆組織、つまりはレジスタンスですね。ただし集会とかは全く無し。精神感応での会話が主な通信手段となりますので、これをエスパーではない帝国人が探知することは不可能です」
そのような手段ならば。
難破船団グループの賛成も得たので、早速、RENZの使用者選定条件を書き換えることとなる。
変えちゃった条件は今までのRENZ生成器の、
*ESP能力を持っていること(強弱は関係なし)
*弱いものいじめ等、他の生命を迫害していないこと。
という二条件に加え、
*根拠のない種族優越感などを持っていないこと。
という条件が追加される。
帝国国民(一級国民や、それより上級の国民)には、この条件に合致するものがいない(そうでもないと国民の意思統一で銀河の覇権など無理)のは小型搭載艇群の調査で確認済。
「さて、帝国への反撃……ささやかだが……の準備は完了した。後は時間の問題だ。それで、最終確認したいんだが。君らの銀河に、このRENZ生成器をバラ撒くことに賛成してくれるかな? 帝国の種族階級制に賛成するって人がいるなら中止するけど」
楠見が問う。
このプランが稼働すれば後は止められなくなる。
「……賛成します。我々だけじゃない、子孫のために必要な処置だと思います。RENZプロジェクト、始めてください」
帝国の支配体制への楔が打ち込まれた。
小さいものだが後に巨大な力を生み出すこととなる……
ここは、とある銀河の辺境部にある一惑星。
数年前より少しづつ微妙な変化が起きていたが、それは「帝国」の中央どころか、その星にある支部にすら察知されることは無かった。
その理由?
簡単だ。
星を支配する帝国の支部がある庁舎、その数倍の規模と大きさ・高さを誇る巨大ビルが数年前に、その帝国支部庁舎の近くに建設されているが、そこが変化の中心部だったから。
社会全体の変化ではない、巨大ではあるがビルの中だけで完結している変化だったから。
そのビル内部では今も担当者と関係者が広い通路を駆け回っていた。
「しゃちょーっ! 何処行ったんですかぁー! ? しゃちょー!」
「かいちょーっ! 何処行ったんですかぁー! ? かいちょー!」
様々なプロジェクトや企業統合計画を実行する許可を得るため社長と会長を探しているらしい……
しかし半時間以上も探しているにも関わらず未だに2人のうち、どちらも見つけられていないようで。
「はぁはぁ……これほど探しても、どちらも見つからないということは……」
「ええ、これは総務部「捜索課」へ依頼するしかないでしょうね。全く! お二人とも揃って現在位置表示用のバッジすら装着してないという体たらく……毎朝の朝礼放送でも、あれほど口酸っぱくして「巨大すぎるビルですので位置表示用バッジの装着は忘れないように」と言っておりますのに! 社内最高権力者のお二人がこれじゃ、下の者たちに示しがつかないってもんですよ」
「しかしねぇ……会長と社長のお二人で、一代で、この巨大ビルとなる統合企業にしたのも確かなんですよねぇ……しかし、大きすぎるのも考えものですなぁ、こうなると」
「仕方がありませんよ、この国や星だけじゃなく帝国内部にまで我社や関連企業の製品は浸透してるんですから。あまりに手広くやってるから本当なら帝国本部のある中央星系へ本社機能を移転するってのが普通なのに、それをやらずに、この星で本社機能を全て統合しようとすれば、こうなるのは当然でしょうよ……って! こんな話なんかしてる場合じゃない! 総務部へ急ぎましょう!」
この二人が総務部捜索課へ到着したのが、それから数十分後。
捜索する対象が天上人のような二人だと分かり、特別捜索隊が組織される。
そして通信部社内放送課へ、全社向け(ビル内全てに対してということ)の特別放送を流してもらうように依頼する。
「ピンポンパンポーン! 全社向け特別放送です。会長、社長、この特別放送が届いていましたら、お近くの通信機器でお知らせください。繰り返します、社長、会長、この特別放送が届いていましたら、お近くの通信機器でお知らせください。なお、この特別放送は会長と社長のお二人が発見されるまで30分おきに繰り返されます」
実際に社長と会長が発見されるまでに特別放送は6回、繰り返されることとなった……
会長と社長、二人共、専務と常務に後で一時間ほどお説教を食らうこととなったのは言うまでもない。
「いいですか?! これに懲りたら現在位置表示用バッジは決して外して行動しないようにしてくださいよ! 普通は腕時計型通信機とセットになってるはずなんで社員ならどこにいても連絡はとれるようになってるんです! 現に私でもバッジと通信機は肌身離さずに持ってるんですから。もう一度言いますよ! バッジと通信機は必ず持っててください! 特にバッジは絶対に身につけること! 分かりましたか?! もう、私専務と常務の二人くらいしか、あなた達を叱れる人がいないんですから! だいたいですな、社長室と会長室を黙って抜け出すとは何事ですか?! 社長と会長の認可がなければ始まらないプロジェクトも山のようにあるんですぞ! それを……」
以下略。
こってりと絞られた二人は、それでも薄笑いを浮かべて今は社長室にいる。
「あー、楽しかったですね、師匠……いや違った、会長。通信機とバッジがないと、この巨大ビルがダンジョンだって噂、本当でしたね」
「確かにな。まあ、遊びはここまでにして……郷、ここまででRENZの適合者は、どのくらいになった?」
「はい、そのことですが……ついに昨日、1万人を突破しました。これからは幾何級数的……とは行かないでしょうが、もっと急激に増えていくと思いますよ。なにしろ、このビル内での教育期間を終了して、ついに外部へ出る者たちが出てきましたので」
「おお、それは良かった。社会的に帝国と密接な関係のある我が企業グループが潜在的な反政府グループを養成しているとは誰も思うまい。この調子で徐々にRENZで底上げしたエスパー集団を増やして行かねばな。さて、先は長いぞ……そこで聞いてる専務に常務。君らにも無関係のことじゃないだろう。まだまだ遠いが、そのうちに、この星系くらいは反政府集団が掌握するだろうから、それから君ら難破船からの帰還民をガルガンチュアから下ろすからな。期待だけはしておいてくれ」
どんな叱責食らうかと思いきや、しっかりと把握されてた難破船集団のことも聞かされて、今は巨大企業の専務や常務になってた難破船集団元リーダーたちは心の中で涙する。
また数年後。
まだまだ増築しても足りなくなってきた本社ビルは周りの土地すら買収して一度、更地に戻し、本格的に建て替えることとなる。
「社長、またご決断が早かったですな。会長が引退されてから社長がワントップになったために決定が素早くなったと概ね好評です……まあ、口さがない輩は社長のワンマン体制が強まったと吹聴しておりますが。会社にとって悪い決定をされていないからこそ全社上げて社長に付いて行くと決めたのに、あの恩知らずめが!」
専務の愚痴が出る。
社長に匹敵、いや、それ以上のカリスマ性があった会長が現役引退を発表してから二年……
まだまだ会長を慕う者たちは多く、復帰を直訴するという者まで出る始末。
「まだまだ俺には会長のような魅力が足りんと言うことなんだろうな。しかし、こればかりはなぁ……クスミ会長のカリスマ性は、まさに神がかってたから。あれを真似しろという方が無理だぞ」
郷社長が、いみじくも呟く。
たまに定期報告で話し合うことはあるが、今の楠見は別の用件で忙しいらしく政治や経済には興味を失っているようだ。
「もう少し、もう少しだけ現役でいてくれればねぇ……俺に全責任背負わせて、あの人は……」
通常、社長がトップとなる方が良いだろうに。
社員の中には未だに郷社長が前会長を頼りにしていることに疑問を呈するものもいる。
「重役の中にも新人の者たちでは社長と会長の真の役割が分かっていない者たちが出てきていますからね。その者たちから見ると社長と会長が親密だったのが信じられんのでしょう」
専務の言葉。
ちなみに専務は元・難破船集団のリーダーの一人。
古参の重役たちは全て元難破船集団リーダーだった者たちだが、この数年(会長が引退してからは特に)外部企業や吸収合併した企業の元重役たちが席次を上がってきたらしく、部長の席を占める割合が増えてきた。
とは言うものの、まだまだ常務以上で古参重役に替わるものは出てきてはいないが。
「厄介といえば厄介だよなぁ、真実を知らせるのが良いとは限らないし、下手すると帝国から送り込まれた諜報員って可能性もあるし……いっそ、俺が引退して師匠が会長に復帰すれば……」
「郷社長。あなた自分で言ってたじゃないですか。楠見会長では、あまりに個人の力が強すぎて企業も一人勝ちになる恐れがあると……でもって、恐ろしいことに元会長の力は本気で怒れば星一つ砕けると言うじゃないですか。私は志半ばで死にたくないですよ、理不尽な力で」
専務の本音だろう。
郷社長はタメ息を一つ、そして、
「そうなんだよなぁ……あまりに個人の力、権力もカリスマも、そして実際に使えるサイキックパワーすら常識はずれの御仁だから、ちまちまやる計画には向いてないんだ、あの人。力で帝国を無理やりにでも平和にするってことなら鼻歌交じりで実行するんだろうなぁ……恐ろしいことに」
そう、楠見の力(サイキック能力の方)は疑似テレポート実験事故の時より遥かに巨大化しているとしか思えない。
これより20年以上前のこと。
楠見と郷の2人で計画して帝国内に重工業(将来的には軽工業も)の会社を作り、まずは帝国内での足固めをしようと言うことになった。
その資金を稼ぐ作業、具体的には惑星内の大気より抽出した貴金属分子を集めて塊にする細々した作業(実際には、このKG重工業株式会社の創立前)には通常ガルガンチュアから持ってきた空中分子採集固定装置を使うんだが今回は楠見一人で大量の白金塊、金塊、銀塊、特大ダイヤモンドまで生み出してしまった。
「いやー、何か簡単そうに思えてしまってね。以前は、もっと時間がかかったんだがなぁ……どうしたんだろ?」
実験事故前より確実にサイキック能力が上昇しているが自分では普通だと思っている楠見。
郷は、このまま二人で計画を進ませることは予想外のトラブルを呼び込みかねないと感じ、楠見と相談する。
「師匠、事故前よりパワーアップしてますよね。以前でも、あまりに人間離れしてたと思うんですが、この現状は……自分で理解してないと思いますけど、こんなの俺でも到底無理な話ですからね」
二人の目の前には、もうトン単位で数えたほうが早いと思えるほどの貴金属塊、そして、ついでのごとくに巨大なダイヤ(カットされていないのでダイヤモンドとはいえ原石のまま。直径30cmはあると思われる巨大な球状の純粋炭素の塊が圧縮されたもの)がそこいらじゅうにゴロゴロと転がっている。
郷は一つタメ息をつくと、
「会社立ち上げ時は師匠の力を貸してもらいますが、そうですね……20年は経たずに引退してもらったほうが良いでしょうね。師匠には、その後、裏でRENZ計画の方をバックアップしてもらうということで」
「ああ、俺も裏仕事のほうが良いな。どうも、今のようにすぐに相手の考えが飛び込んでくる状況では商売も交渉も、やりにくくて仕方がない」
こんな会話があったとか無かったとか。
ということで今現在、楠見はガルガンチュアとRENZ設置惑星とを往復しながら、RENZにより強化されたサイキック能力を持つ帝国第二等市民や、それ以下の市民たち、市民にもなれない下層民たちをフォローして帝国支配を覆す力を育てているところである。
また数年が経った。
GK重工業は関連会社と吸収合併を繰り返し今や「帝国」にとっては生死を左右されかねないほどに官にも学にも軍にも食い込むような形の半国営企業となる。
名前も変わって今では「GK重軽工業株式会社」となり株式の3割は帝国が持つこととなる。
この株式の比率も交渉途中でひと悶着あった。
「我社では株式を発行しておりません。ですから株式会社とは名乗っていますが実質は自営業ですね」
郷の一言で議場の半分が凍りつく。
帝国側の交渉団は、これほどの超大企業が株式発行もしてないなどとは思わなかった。
ざわざわと言う話声が途絶えたのは数十分後。
「で、では帝国軍が資金を出すので其の分の株式を発行してもらいたい。具体的には株式の3割は欲しい。今では御社の製品は帝国中に溢れている。軍の装備品にも採用されているスタンガンやパラライザーなど非殺傷系の銃器は優秀過ぎて他のレーザーガンやら熱線銃の殺傷系銃器の出来の酷さが目立ってしまうくらいだ……ああ、殺傷系の銃器のほうが通常の量産品クラスということで決して故障率が高いとは思わないがね。そちらの製品は量産品とは思えないレベルの製品だよ。銃器にしても他の星に持っていくと、それだけ目につくんだろうな、美術品を武器にするとは粋ですなと言われるのだ」
郷社長は、できれば2割以下に抑えたかったが帝国も一歩も引かない。
「分かりました……総発行株式の3割、それで手を打ちましょう。我社としては大株主だからといって軍から取締役を送られるのも困りますので、これ以上、経営に首を突っ込まないことと、我社の製品として殺傷能力の高い銃器などの製作を依頼しないことを確約していただけるなら、そちらの資金流入、受け入れます」
郷社長としては、もっと比率を落としたかったところだが超のつく大企業となってしまった今、帝国軍部の干渉を受けて当然の事態。
これを拒むのは帝国軍のブラックリストに載りかねないのでGK重軽工業としてもある程度の条件は飲まざるを得なかった。
資金提供の代わりに帝国軍が要求してきた事項は、あまり多くはない。
*非殺傷武器の納入数を増やすこと(現在、軍に非殺傷武器の予備は無い。殺傷武器は倍以上の予備がある)
*武器以外の用具、工具、車両なども納品してもらいたい(意外に思うだろうがGK重軽工業の車両や宇宙船、作業用品などは軍に納品されていない。社長や元会長の意向により軍への納品は工場や関連企業の仕事が重荷にならない程度という規模である)
*取締役ではない、軍との交渉役としての役員を常駐させること
主には、この三つの要求が大きなものだった。
郷や取締役たちは、この要求を呑む。
これを断ると、より大きな制約を課せられそうだったから先手を打ったと言える。
GK重軽工業の、この要求に対する対抗手段としては軍関係の専門部署を立ち上げたこと。
ただし軍から出向された役員は、この部署のトップには座らない。
社内の根回し役として取締役の一人が部署トップとして統括部長の役職をもらい、軍と民間需要とのバランスを図ることになるようだ。
「社長、どのくらいの比率が良いと思います?」
「そうだなぁ……最高でも民間需要の三割は超えないようにしてほしいな。半分なんて以ての外。民間あっての軍需なんだから」
幹部会議ではない、統括部長と社長との二人きりの会議(という会話)の場で軍への納入限度が決まるという、大企業としてはトンデモな経営方針(普通は軍需を最優先する。実入りが良いのだ、軍への納品は)である。
その頃、楠見は何をやっていたか?
「よーし! 今日の訓練は終了だ。君らRENZ装着者第三期生の訓練過程は、もうすぐ終了する。先輩たちは銀河辺境地区で活躍中だから、彼らと合流する日も近いぞ。頑張れよ!」
ハイ!
という大合唱が起きる。
ちなみにここは超のつく大企業、GK重軽工業の広大なる社内グラウンド。
スポーツの練習に見せかけてRENZ装着者たちの訓練を行っているのだが、傍から見ると社会人ラグビーや野球団体、サッカーチームのようなプロスポーツチームの強豪チームの練習に見える。
実際にGK重軽工業としても社会人野球やラグビー、サッカー等のプロチームも持っているので間違いではない。
まあ今日はプロスポーツ関係の方は一斉に休みをとっているのでRENZ装着者と楠見がだだっ広いグランウンドを貸し切りにしているのだが。
このようにして帝国に対抗する力は着々と蓄えられていく……
銀河は辺境地区から変わっていった……
最初は帝国情報部への日常報告からだった。
「この頃、辺境地区がずいぶん平和になったな。定期報告が「特に異常なし」で済ませてきてる頻度が多くなったようで」
ここは帝国中央情報部、辺境担当の一角。
中央部、周辺部、辺境部と担当が別れていて、それぞれの部署で持ち寄られた報告書や定期報告を一定の日時でまとめ、総合会議を行うように決められている。
中央部、周辺部は過去から安定していたが辺境部は反抗勢力が未だに残っているのだろう、いつまでもきな臭い報告が絶えなかった……
数年前まで。
それが、この頃になって辺境地区の情報部員からの定期報告が、平和な地区になったと報告する日々が続いている。
帝国の支配体制が長年続いているのに、いつまでも辺境地区だけが騒がしいというのは上層部への報告としても恥ずべきことなので情報部としても10数年前からテコ入れしてはいるのだが、どうにも反帝国勢力の力が衰えず、その行動を抑えるどころか情報部員まで反抗勢力の目標になってしまい、危険すぎるので一定範囲の星域には手が出せない状態になっている……
それが、ある一点から反抗勢力の仕業と思われる事件や事故件数が低下しはじめ、この頃では「報告すべきことはありません」状況が続いているということなんだが……
「いや、それおかしくないか? 数年前の事故や事件の件数を思い出してみろよ。今じゃ中央と辺境の事件・事故数が入れ替わっているんじゃないかと思われるくらい辺境部で何も無いって報告が続いているんだぞ……辺境部で政情が安定するって事自体、おかしくないか?」
「でもなぁ……辺境部からの民間メディアニュースを集めてみても、この頃は平和なもんなんだぜ? 俺達の裏情報だけならまだしも民間のニュースまで平和だと言ってるんだ、間違いないだろ」
「ううむ、しかしなぁ……俺は20年前まで辺境部で調査員やってたんだ。あの頃は酷かったねぇ……テロ一歩前としか思えん破壊活動から、あらゆる開拓における妨害活動まで事件や事故のない日が無かったんだぞ。それが数年で中央部より安全で平和? 信じられるかよ!」
彼の心配は、もっともな事。
彼が辺境部で調査活動を行っていたときには、ちょっとしたテロ行為やサボタージュ、事故に見せかけた反帝国運動なんてのは日常茶飯事だった。
それが彼が中央部に戻ってきて未だ8年も経っていないのに、この数年というもの辺境からのニュースや調査報告で争いごとそのものが治まったのではないかと思われるほどに事件や事故を聞かなくなっていた。
「いやいや、それがなぁ……俺の同期が昨年、辺境へ調査任務で行ったときのことなんだが……治安は中央部より良くなってて、経済すら回転率が中央部より良かったと聞いている。そいつの言うには、どっちが中央なのか分からんほどだったとさ。ただ……気になったのは……」
彼は、その一言が気になる。
「気になった? 民衆も平穏で経済も普通どころか凄い勢いで回っているのなら、万々歳じゃないか」
「いや、それがなぁ。治安を守って経済を回している中心人物たちが、どうも中央から送り込まれた政府系や経済系の人物たちじゃ無いそうで。まあ、それならそれで辺境が栄えてるのは帝国にとっても御の字だろうが、ちょっとばかし疑問点があるんだよ」
「ほぅ? その疑問点とは?」
「辺境部だぞ辺境部。そこで売られている商品の品質が帝国中央部と同質、あるいは民間どころか軍部の基準に近い品質だとしたら? これが同じ中央部なら、あり得ることだろうが、辺境部でだからな……あり得ないことだと思う……あるいは中央部や軍部の情報が漏れている? まあ軍の方針や計画が漏れているわけじゃないだろうが、辺境の民間企業が軍規格のものを大量生産するというのはなぁ……」
「うむ、そういう方面での疑問か。商品、特に軍用品の品質が上がったのはGK重軽工業って会社が参入してからだと言うのは、お前も知っているだろう。実はな、あそこは軍への納品量より民事品の納品量のほうが多いんだ。それでいて軍へも民間へも同質の、高い品質の物資や装備を作っている。本当なら軍の意向で民事品は軍のものより品質を落とすはずなんだが、あそこは別なんだそうでな。この頃は中央より辺境部へ工場を移しているそうなんで、それで辺境部が潤っているんだろう……情報部としては喜ぶべきなのか憂慮すべきなのか複雑なところだが……」
とりあえず、この会話は、ここで終了することとなる。
惜しかった、実に惜しかった……
帝国中央情報部は反乱の芽を掴んでいたが摘むことなく見逃してしまった。
歴史が戻ることはないが、ここで帝国中央情報部が、もうひと押しして入念にスパイを送り込んでいたら、また歴史は違ったものとなっていたのかもしれない……
「そうかぁ。それじゃ、懸念材料が解消したということで辺境部は監視の目を緩めることにするか。余った人材は中央に戻して、こちらのテロ予備軍たちを監視する任務に就いてもらうとしよう。こっちも大変なんだよ、反帝国デモなんてのが、あっちでもこっちでも開催されてるんだから」
神ならぬ人の判断が一番大切な機会を掴むことを止める。
そして徐々に辺境部から中央に向けて、経済の形をとった戦いが仕掛けられていく……
GK重軽工業株式会社。
ここの入社試験は他のものとは一味違っている。
それが一年中行われているというのも相当に変わっているが、それはそれで人手が足りないということなのだろう……
「あーっ! 惜しかったなぁ……今年も入社できなかった。はぁ、また三ヶ月後の社員募集にかけるかぁ! この点だけはGK重軽工業に感謝するけど」
入社試験に落ちた者たちのグループだろうか。
学生、あるいは転職組か、どちらでも良いのだろうが試験に落ちたにしては顔色が明るい。
目的の企業が一年中、社員募集をしているというのもあるのだろうが、よほど、この星の経済状況が良く、失業保険も潤沢に貰っているのだろう。
「そうそう、落ち込んだって仕方がない。入社試験に落ちたら最低でも三ヶ月経たないと次の社員募集に応募できないのは癪だけど、他の会社じゃ一年後だからな。それまで失業保険で食いつなぐさ」
「学生の俺なんか失業保険も出ないから、またアルバイトで三ヶ月だけどね……だけど、あそこの会社、なんで一年中、社員募集してるの? 毎日毎日、数百人単位で試験受けてるよね。学生の卒業月なんて数万人単位になるっていうじゃない。下手すると、あそこの社員数、この星の住人の数より多いんじゃないかな?」
「ああ、それな。入社試験で面接レベルまで行った先輩が面接の時に疑問だったんで聞いたんだと……答えは何だったと思う?」
「えー、もったいぶらないで話してくださいよ! 大企業の7つの謎とかいうタイトルで、この前も下世話なメディアが受付に突撃してたんですから」
「それがな……人手が足りないから常時募集してるんだと。労務と総務の課長に真面目な顔で回答されたらしいぞ。人手が余ってて普通の会社だろうに、いくら社員雇っても足りなくなるなんて、どんな仕事させてるんだろうな?」
「俺が大学で受けたGK重軽工業の会社説明セミナーでは通常の研究、開発、生産が中心だって講師が言ってた。口さがないメディアでも、あそこは優良企業だと言うばかりで悪い噂を聞いたことがない。裏仕事はやってるんだろうが、どんな組織体系になってるんだろうなぁ……」
「こりゃ、都市伝説に過ぎないんだろうがな、こんな話が、まことしやかに伝わってる。年に一割ほどの社員が部署異動とかで他の部署……まあ他の星の支店や支所、営業所に行くらしいが、その中の数割が何処かに消えるらしいんだと。消えた奴は戻ってこないって話だ。この損耗? 人員が多いんで年中社員募集しなきゃならないんだってさ」
「その消えたって人たち、今は何処にいるんでしょうね?」
「さあ? 案外、会社から特別任務でも与えられたんじゃないのかな? それとも……それこそ会社の裏任務で頑張ってるとか。ま、そんなことより次のチャンスを目指して!」
かんぱーい!
の歓声に消されてしまったが、この会話。
半分当たっていた……
今日も今日とて、GK重軽工業の名を消して、その代わりにRENZ(簡易版)を身体の何処かに装着し、軽宇宙服を身にまとい、多少野暮ったく見える制服を羽織った自称「宇宙パトロール隊」の面々が、あっちの星、こっちの星とトラブル解決に走り回っている。
彼らの活躍はメディアでは語られない、ニュースになることもない。
影に生きる宇宙パトロールには未来に待つ平和で自由な銀河宇宙のビジョンのみが生きがい。
トラブルが解決したら跡を濁さずにその場を去る……
次の任務、新しいトラブルが彼らを待っている。
裏や陰で活躍する「宇宙パトロール(自称)」隊員が増えていくにつれ、辺境部でのトラブルは激減していく。
それが辺境から銀河周辺部へ拡大するのに数十年以上かかった。
周辺部へ拡大した宇宙パトロール(自称)隊は辺境と同じくトラブルに対応して、それを解決していく。
銀河帝国の中央情報局、辺境支部では掴めなかった異変の内容と原因が、ようやく中央情報局本部にもたらされたのは辺境部から周辺部へと宇宙パトロール(自称)隊が活動を拡大したから。
中央情報局本部では今まではテロやその他の犯罪に対応しているのが精一杯だったがトラブルが辺境でも周辺部でも激減してくるにつれ、その原因と内容に関して人員と諜報活動に回せる余裕が出てくる。
「おい、辺境部と周辺部で犯罪や、その一歩手前のトラブルが次々と減っているのは知ってるか?」
中央情報局の課長が自分の配下に伝達する(俗にミーティングと呼ばれる)
「はい、課長。数十年前までは辺境部も周辺部も犯罪発生率に比べて検挙率が低すぎるって苦情が毎日のように上がってきたようですが、このところ辺境部と周辺部を合わせた犯罪発生件数と中央部の犯罪発生件数が逆転しているとまで言われてますよね。どうなってるんです? 人口比で中央部の方が多いのは確かなんで犯罪発生率が中央部の方が高くなっても仕方ないとは思いますが……これは変でしょ? 何で我々の目が行き届かない周辺部や辺境部のほうが犯罪発生件数が低くなってるんです?」
「ああ、君らも認識してたか。上部では、その原因を探ってたんだが周辺部で、その原因と思われる組織が活発な活動をやりだしてな、それでようやく掴めた」
「で? 課長、原因って何だったんです? もったいぶらずに教えてくださいよ」
「まあ待て。ちょっと内容的に微妙なんで会話じゃなくてデータで教えよう……こいつだ」
課長の端末から各自のビューワーへデータが転送される。
グラフや数値の次に、その原因と目される組織名が記され、そして、その活動内容が明かされる。
「……課長、これ本当だとしたら我々中央情報局の仕事を完全に横取りしてますよね。それどころか我々以上の行動力と人員、そして、その敏腕さと組織力の固さ! これ銀河中央情報局って組織は不要なんじゃないですか? この自称「宇宙パトロール」? ってのに全面的に仕事預けちゃったほうが楽だし確実ですよ」
その発言を聞いて課長は苦笑いを浮かべる。
「おいおい、選りすぐりのメンバーであるはずの中央情報局本部勤務が何を言ってる? まあしかし、この数だけ見たら我々が怠慢だったと言われても反論できんな。何しろ我々が手に負えなかった辺境部のテロリスト集団すら、いくつも鎮圧・壊滅させてるんだ。方法と人数は報告には上がっていないが、ずいぶんと少ない人数だったのだろうと思われる、とも書いてあるな。こちらの諜報員は、すでに辺境部では全て面が割れ中央部へ強制送還されているので現状は何も掴めないが周辺部からの報告では、ずいぶんと活発に動いているらしい……らしいというのは周辺部でも銀河中央情報局に所属する、または密に関係する個人名や団体名、果てはスパイ活動の内容まで次々と暴かれているからだ」
「ああ、それで納得しましたよ、課長。このところ周辺部や辺境部の各支部から戻ってくる奴らが多すぎると思ったんですが、それが理由だったんですか」
昔は情報局の人員が少なくて任務と人員のやりくりに苦労したものだがなぁ……
課長はため息をつく。
以上、銀河帝国は情報という面で自称「宇宙パトロール隊」に駆逐されかけている現状。
しかし、まだ帝国には宇宙軍が残されている。
表面上の平和は拡大し続けている。
銀河が平和な以上、宇宙軍を下手に動かせないのは政治家の常。
それは帝国を統括する皇帝にしても同様だった。
自分のスパイ組織が次々と潰されていくのは苦々しいものがあるが、かと言って疑わしいだけで宇宙軍一個艦隊は派遣できない。
これをやったが最後、帝国を構成する公国や自治星系などの中小勢力の反発を招いてしまうのは確実だ。
帝国議会は諜報組織への予算減少へ方向転換しようとしているし、皇帝は現状把握のためにも軍を派遣したいのだが、側近と議会が、それを認証しない。
帝国議会は連日のように大荒れになっている……
帝国議会が機能しなくなっているうちに、そろりそろりと忍び足でやってくるかのように辺境からの影響は中央部にも浸透していった。
いつの間にか流行でもあるかのように中央にもファッションの一部でもあるかのように見える形でRENZを装着した「一般市民に見えるものたち」が増えていく。
最初は何も社会に影響しない程度の力しか発揮しない、そのRENZ集団は徐々に、しかし限定的に、その高い能力をちらつかせつつ、地域の支配層に近づき、また、その能力を買われてか選挙で地域の統括主任、更に上の統括官へと推挙されるものまで現れていく。
そのRENZ装着者たちの集団は何も(表向きは)繋がりがないように思えて、その地域の諜報組織に注目されるような事件や特異なことが起きることはない。
しかし……
「ちょっと、これ見てくれ。首都の地域ブロックごとの生活安全度グラフなんだがな……少し変なところがある」
銀河中央情報部の課長が部下に意見を求めてきた。
「何です課長? このところ辺境も周辺部も、それどころか中央部も平和じゃないですか。何が問題なんですか?」
聞かれた部下は、このところ事件らしい事件が起きていないせいか、すっかりだらけているように見える。
「いや、平和なのは良いんだ。しかし……これを見てくれ。このグラフは、こともあろうに首都に存在するスラム街の治安度と生活安全度のグラフなんだ……ちなみに、こいつが同地域の2年前のグラフな」
課長が示した2つのグラフは、とても同一地域のものとは思えない。
2年前のグラフでは治安度も生活安全度も最低レベル。
飲料水でさえスラム街では安いものは信用するなと言われるほどだったのが……
現在のグラフでは、ほぼ100%に近いくらいに高まっている。
「え? これ本当にスラム街のグラフですか? どっかの開拓星とかじゃなくて?」
部下も呆れるほどに、そのグラフの地域が同じだと思えない。
「この原因、何だと思うか?」
課長、何か不穏な空気を感じたのか?
しかし部下は、こう返答する。
「RENZってブランドの装飾品を身に着けたグループがいましてね。そいつら何かの宗教団体か、それとも反政府集団じゃないかということで我々も数年前に徹底的に、その集団を洗ってみたんですよ……課長も、その時に捜査班の一つの主任でしたよね。どうなったかというと……」
「知ってるよ。装飾品を身に着けてるってことだけ共通で、そいつらに何の繋がりも発見できなかった。しかし共通する事項はあったんだよな」
「そうです……超の付くほど優秀で、そして地域トラブルの解決が素早くて確実。トラブルの相手同士に遺恨さえ残さぬ始末の良さ! そういう人間たちが何処からか入ってきて、ついには首都の汚物溜めとまで言われた厄介なスラム街までキレイにしちゃったということですよね」
課長は部下の報告に異常なものを感じ取る。
「ちょっと待て。集団で首都に転居してきたんじゃないのか? そのRENZ装着集団は」
「いいえ、個人で、あっちこっちからやってきてるんですよ。まあ同一星系ですと個人移動は自由ですけど違う星からは大型の貨客船か、あるいは軍の移民船に乗るしか無いので集団移動にはなりますが。でも、そいつらに何も繋がりがないのは事実なんですよね。いや、一部だけ共通点があった集団が」
課長は、それに縋る。
「な、何だ? その一部の者たちの共通点ってのは」
「GK重軽工業って会社の社員です。まあでも、あんな超大企業、周辺企業まで入れたら、ほとんど姉妹会社か提携企業なんで何の不思議もないんですけどね」
「おい。それは軍の重要な取引先だろうが。はあ、そんな大企業までRENZの装飾品を付けるのが流行ってるのか……世も末だね」
「ですからね、課長。これは帝国の一般市民が円熟して社会が成長した証じゃないかと……課長? どしたんです?」
部下のように社会が成長したとは、とても思えない課長だった。
しかし、そう考えるような者は、そうそう出るはずもなく。
いつの間にか平和になった社会と宇宙に対し議会は沈黙。
何もしなくても社会と宇宙が平和になるのなら、これ以上の手出しは無用とばかりに、いつもの既得権益と他人の利益を少しでも貪ろうとする腐敗議会に戻ってしまう。
皇帝と、その周辺も自分たちに不利益がない限り、焦って動かないよとばかりに議会と社会を無視する生活を続けていく……
それから数十年後……
「これより帝国議会を開催する! 主たる議題は……帝国制の廃止と自由主義を主とした共和制への移行である!」
いつの間にか議会はRENZを持つ者たちで全ての席が埋められていた。
議長も定年制で新しい議長となり、その議長の腕にはRENZが光っている。
皇帝は、それまでの自堕落な生活が祟ったか、その逞しかった全身から覇気も筋肉も全て失われて久しい。
それまで議会に顔すら出すことの無かった皇帝が久々に議会に出席すると唐突に、この議題である。
怒り心頭に来た皇帝は発言しようとしたが自堕落な生活は若年性痴呆症を発症させていて、数秒後には自分が何に怒っているのか分からなくなる。
怒りに我を忘れて何かを喚いている皇帝を無視し、帝国議会は議題を粛々と成立させていく。
数時間後、もはや帝国ではない「連邦共和国議会」で元皇帝の居場所はなかった。
皇帝の直轄領だった中央星系の一部だけが元皇帝の所領となり、皇帝はボケた頭脳が判断を鈍らせている間に議会から追放されて所領星への宇宙船に乗せられて、中央部でも端っこの星系へと送られる。
連邦共和国議会の議長は郷と楠見に何度も頭を下げた。
「どんな礼をしたら良いか分からん! あなた達、ガルガンチュアクルーには、とても返しきれぬ恩がある。できることなら、この銀河にとどまって、今しばらくで良いので我々を導いてほしいのだが……無理だろうな」
「議長、あなた達の陰の努力ですよ、これは完全な無血革命、それも完全な成功を収めた非常に稀有な例です」
「師匠の言う通りです。ガルガンチュアが何をやったって、あなた達の不断の努力が無けりゃ、いつか社会革命は潰えてしまう。成功を遂げたのは、あなた達の力です」
今では宇宙軍すら球形艦ばかりとなった元銀河帝国、今は銀河連邦共和国では、国、いや銀河を上げての壮行会が開かれる。
いつもは固辞して、そのままスタコラサッサとばかりに銀河を去るガルガンチュアだが今回は敢えて壮行会を受ける。
「いやー、議長ら元の漂流船団乗員たちは、なんのかんので100年以上、俺達とともに働いてたからなぁ……同僚主催のパーティにゃ出席しなきゃいかんだろ」
とは未だサラリーマン根性の抜けない楠見の言である。
なんのかんので一ヶ月以上の壮行会となった星系と銀河に別れを言い、ガルガンチュアは次のトラブルを求めて宇宙を征く。