スペース・ガールズバンド

小林こばやしあお

私たちはもうずっと長い旅をしている。それがどれだけ長いのか、私たちはすでに忘れてしまった。御霊琴ごりょうきんが真空の宇宙をかき鳴らす。音などしないのにも関わらず鳴り響いている。

私たちはたったいまからステージに立とうとしている。前奏をドラムとベースが演奏し始める。

場面はずっと前の海辺に戻る――。


耕太の足跡は浜辺に続いている。それが私の知る、大好きな彼との時間を作る。

「今は違うよ」

「え?」

「手、繋ごっか」

私たちの地球がのこり十年というあたりで終わりを迎えることを知った人類は巨大な世代間宇宙船でフロンティアへ向かう事に決めた。

私たちの時間は疾うに残り少なくなっていた。私は耕太の手を握った。

気がつけば、遠くへ広がる天の川が見えた。船外の活動は極力控えろとのことだった。巡回トラムで船外と船内の連絡通路を浮遊するのが私の楽しみだ。船外活動用のドローンが忙しなく動き回る様子をただ眺めている。私たちはきっとどこまで行けるのだろう。それを願ったのに、願いは容易くも壊れてしまった。

陰翁斑と呼ばれる謎の病はあっという間に、世代間宇宙船に広まってしまった。私たちはワクチンの開発を急いだ。でも船員の二〇パーセントが命を落とした。私の恋人、耕太も例外ではない。

私にはこの頃の記憶がない。陰翁斑の熱にうなされていただけじゃないだろう。過度のストレスが私に降りかかったのだ。

となりにいた耕太がいない。涙すら流すことができず、悲しみは胸のずっと奥で燻り続けた。船外へ行って、自殺しようか……、そう考えたこともある。出来なかったのは何故だろう。ベッドで横たわる私に小ヴィジョンの向こうで枯れるほど激しい歌声が響いた。ミュージック・チャンネルの音量を上げる。その音がすべてを上昇させていくようで心地いい。私は生命力をふたたび胸の奥に宿した。

バンドの名前はヘヴン。彼らの音が私を救い上げた。

気づけば私はギターを始めていた。


調和はその日、訪れなかった。

何度も練習を重ねた音は、耳からこぼれ落ちていくみたいでじれったい。胸倉を掴むようなそんな音が欲しい。座り込むと、隣にいたミカと目が合う。ミカは私より三つ下の子で話題に微妙に困る年齢差だ。私はにっと笑ってごまかす。ベースのマルちゃんはベリーショートの髪をかきあげる。やっぱり私だけ妙に浮いている気がする。ギターを始めたのは遅かった。しかも陰翁斑のあと。音の感覚は明らかに病気の前と後じゃ、違い過ぎる。もうそりゃあ、絶望的に――。

マルちゃんが急に前奏を弾き出した。ギターを構え、音を聴く。もう一曲、なんて聴いてない。声が枯れている。水が飲みたい。

「待って、待って!」

「何?」

「少し休ませて!」

ミカに視線を送ると、彼女がニカッて笑ってその場を収めてくれた。


喉を通過する透明な水が、私を癒してくれる。

巡回トラムで一区画分の距離を進む。そのあいだ、私はこれまでのことを考えている。

バンドメンバーを揃えたのは、かれこれ三か月前だ。それまでは必死でギターの練習をしてきた。指の先が固くなることを知ったし、とにかく頭を使うのだと気づいた。トラムのむこう側に赤い星が見える。赤い星は三か月前もあんなふうに見えていた。あれから私たちがどれだけ努力しても赤い星の位置は変わらないのだろうと思う。耕太がむかし、こんなことを言っていたのを思い出す。

(宇宙ってさ、音が鳴るものらしいぜ。それもブラックホールだって音を奏でられる)

下らない話だと思っていた。銀河団はガスで出来ているから、それを媒体にして音が鳴るらしい。宇宙のハーモニーが存在するなら、私にも教えてほしいよ。

マルちゃんからフォンに連絡が入る。

「カスミ、いまどこ?」

「巡回トラムでリフレッシュ中です」

「なら、そこから見えるよね?」

「と言いますと?」

巡回トラムの窓に巨大なギターが見えた。目を擦る。巨大なギターだ。

「は……?」


巨大なギターは御霊琴と言った。

「何だい、それは?」

ギターに見える。目を何度も擦って赤くなったくらいのところで、マルちゃんの返事を聞く。

「御霊琴、噂には聴いていたけれどデカいねぇ」

「あれ、何なの?」

「世代間宇宙船時代最後の遺物だって話、知らない?」

「遺物って言うと?」

「質問を質問で返すな。それはそうと、地球が終わる最後の日に打ち上げられた宇宙楽器戦艦とでも言うのかな……」

「楽器戦艦ってなによ……」

「とにかく、宇宙のパワーを溜め込んでミューズも驚く音楽をフェスる代物らしい」

「マルちゃん、それ意味わかって言ってる?」

「フィーリング命ですからぁ!」

御霊琴自体の情報は簡単に集めることが出来た。御霊琴は地球消失時に亡くなった人々の魂を癒すための楽器らしい。

「ああして、御霊琴が私たちの世代間宇宙船と肩を並べている風景って異質じゃない?」

「まぁねぇ……」

後ろで縮こまっていたミカがマルちゃんを見て、

「あれ! 見てください」

御霊琴から光が差し込んでくる。光が私の額に差す。私の意識がふわっと浮いた。私の肉体を離れて、意識が御霊琴へと入った。はっきりと言おう。私が御霊琴になったのだ。高笑いをしている場合ではない。

「マルちゃん、マルちゃん、何これ?」

「カスミ、繋がったみたいだね」

「へ?」

気づけばいつものバンドメンバーが周りに立っている。

「演奏を始めるよ……」

ベースがすごい音量で胸倉を掴んでくる。迫力が違う……。

「仮想現実空間、御霊琴だよ……、やっぱりそうなんだ……。欲しい音が出せるって聞いてたんだ」

マルちゃんはうっとりとした顔で言った。

ミカのドラムもいつもと違う気がする。いや、御霊琴を通して欲しいと思っていた音をブーストしてるんだ……。

これなら……、歌える、歌える、歌える! 

私たちは演奏した。どこまでも楽しくて、いつまでも……。私は歌えたんだ。