[3−14]

「うん。たぶんいま船を運んでいるのは自転にともなう遠心力で外殻へと運ばれ内側から赤道部分にぶちあたった西むきの気流が、南北両半球に向かうときにコリオリの力で東むきに偏向した――その風のはずだな」
「地球で言うところの偏西風?」
「そういうことになるね。ここでは緯度による寒暖の差がほとんどなく亜熱帯の高気圧帯も存在しない。だから地球の貿易風にあたるものもなく、部分的な乱流はあっても球殻全体で西から東へ向かう基本的な大気の流れがさまたげられることがない。その意味でこの世界は地球より木星に近いと言えるかもしれない……」
「だから台風が発生することはないはず――でも以前それらしい雲をちらりと見たことがあるわね」
「なにか別のメカニズムがあるんだろうな。木星に大赤班があるように――おいおいそれらも理解できるようになると思うよ」
「それまで何年かかるかわからないけど……」
 ウィリアムがそれに答えようとしたとき、とつぜん『サガ』の船体になにか無数の小さなものが雨あられとぶつかる音が聞こえた。
「こんどはなんだ? この音は?」
「ほら! 見て!」
 カシルが観測窓を指さして叫んだ。ウィリアムはいっしゅん何が起こっているのかわからなかった。窓の表面に無数の黒い斑点が現れみるみるその数を増しつつあった。
「黒い雪? 炭化物の浮いている空域につっこんだかな?」
「そうじゃないわ! これ生きている! 『サガ』が襲われているのよ!」
 ウィリアムはぞっとした。斑点だと思ったのは羽をひろげると掌ほどあるゴキブリに似た生き物だった。数かぎりないそれらがぺったりと船体にとりついてきているのだ――彼の脳裏に脈絡のないまま、ふとずっと以前に見た蜜蜂を身体中にとまらせた地球の養蜂家のイメージが浮かんだ。
「でもどうして? 何かこいつらを刺激するようなことをしたのかな?」
「まずいな。観測窓だけじゃなくカメラのドームにもおしよせてきている。外が見えなくなるわ!」
 すべてのモニター画面がうじゃうじゃ動く黒い虫たちで埋め尽くされそうになっていた。
「レーダーにきりかえるんだ。早くしないと衝突する。そこら中に岩だの水玉だのがごろごろ浮いているぞ……」
「うーん、だめ。レーダー波も妨害されている……」
「ちくしょう、この虫の群れが撹乱してるんだ。波長を変えて――」
 そう言い終わる前にカシルが何かを叫び、ついでショックとともに轟音が船体を打ち鳴らした。はずみで投げ飛ばされ内壁の内張にいやというほど叩きつけられて彼はいっしゅん息がとまった。

つづく

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