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 エアロックの船内側扉を密閉してウィリアムは一瞬躊躇った。通常の船外活動の手順だったらここで真空ポンプを働かせるところだが、いまそれをやったら外部へのハッチが開かなくなるだろう。彼はスイッチにのばしかけた左手を意味もなく握ったり開いたりしながら右手で開閉ロックを解除した。
 こわごわ船外につきだしたヘルメットの上に水平線が斜めにかかっている。サガは水面に第三エンジンのカウルをつっこんだ形で静かに浮かんでいた。液面が衝突の衝撃をやわらげてくれたらしくこれといって船体の破損はない。しかし集合ノズルがすっぽり水に浸っているため姿勢制御エンジンが始動できない。使える探査ロボットがない今、状況を確認するためには誰かが外にでるほかなかった。
 周囲三百六十度をウィリアムは慎重に見回した。観測窓をふさいだあの虫たちはいまでは一匹も見ることができない。普段は姿をあらわさないのにサガが接近してきたら急に集団で反応した――ということは、やっぱりカシルの推理したとおり船体についた雨水が目当てだったのかもしれない。やがて陽光が水分を蒸発させてしまったためにいまのところゴキブリたちは影を潜めているというわけだろう。しかししょせん仮説は仮説、ふたたびどこからともなく大量にわき出てこないとも限らないのだ。たとえ生命の危険はないにしても好んで全身にたかられたくはなかった。視野を塞がれると面倒だし、なによりウィリアムはもともと六本足の類はどうも苦手なのだ――以前『蜘蛛』にあやうく廃棄処分されそうになった記憶は生来の嗜好を補強こそすれ、やわらげてくれるはずもない――。

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