第3部 革命2(魔法物語)

第5章 パストゥール

   ChapterV Pasteur
        例外の無い法則はない。この法則さえも。

 太陽系政府議会は、地球解体法の最高責任者兼執行委員長として火星のフランス地区出身の若い議員ジャン・パストゥールを選出した。とは言うものの、現状としては政府最高議会の議員の中でこの任務をこなせそうな若い議員が他に見当らなかっただけなのではあるが。ベテラン議員の中でいちばん行動力のあるカッパー・ステイト議員は、この法案に対して反対する議員の最有力者であって、しかも悪いことに、もしこのような任命をされたとしても、それに対し拒否権を発動できる数少ない議員のうちの一人でもあった。事実、この法案自体でさえ彼の拒否権発動にあい、あやうく否決されそうになったのであったが、幸いにも賛成票がこれを覆すことができたためにようやっと通ったという始末である。それはともかく、この計画は停滞気味である太陽系内経済を建てなおし、さらには大量の貴重な資源を回収する機会あたえてくれるはずであった。
 ジャンはこの仕事に対して誇りをもっていた。なにしろ、あの地球を解体するほどの大仕事の最高責任者である。このことは後々まで言い伝えられ、彼の名もこの仕事とともに歴史に残るであろう。
 さし当って、彼はまず地球上を実際に調べてみるつもりであった。地球上にておろかな最終戦争が勃発して以来の政府の調査団、ないしは探査機がすべて行方をくらましてしまっていること自体は、彼にとって何の問題もなっかった。何しろ探査船は何十年も前に最後の探査船が音信不通になって以来、一隻もだされていなかったから、昔の情報などあてにはできない。それにジャンが乗っているのは最先端の技術を駆使したASDC社特製のジャン専用船ソレイユなのだから、昔とは条件が違いすぎる。
 ソレイユは今、地球を回る軌道上にあった。かつてガガーリンが青かったと形容して以来、数多のアストロノーツによって賛美されてきたこの生命の惑星も、今や生命ひとつ存在しない死の星と化している。たしかに他の星に比べれば水も酸素も圧倒的に多いのであるが、放射能汚染のためそのままではあと数十年は使えそうにない。それにもかかわらずまだ「手の付けられていない」土地が大量に存在する。すなわち、その資源はすべてそっくり太陽系共有の財産として自由に利用できるのだ。
 ジャンは船室より地球を見下ろしていた。
 それでも地球は青かった。
 でも彼の胸の奥にはその感動に酔いしれる余裕はなかった。今の彼にとっては仕事こそがいちばん大事だったのだから。
 ブザーがなって、誰かが入室許可を求めていることを告げた。
 彼がドアを開けるようコンピュータに告げると、エルコックが入ってきた。彼はもともと政府関係の仕事にはついていなかった人間だったのだが、この仕事に関しての専門家であったために、地球解体作業の副責任者として抜擢されたのであった。事実上の作業の監督は彼がやることになっていた。
「どうしたんだ一体?」
「い、いえ。着地地点について……」
「ふむ、どこか適当な場所でも見つかったのかね。」
 ジャンは彼に椅子を勧めながら言った。
「はあ。北米大陸の中央付近に金属が集中している場所がありまして、おそらく都市跡かもしかしたら鉱山かもしれないということです。調査場所としてもちょうど良いのではないかと思うのですが。」
 ジャンは少し考えてみた。たしかに今回特にこれといった目標がない以上、そのような場所に行ってみてもいいかもしれない。
「わかった。ただし、そこから十キロばかり北にいった場所に目標を定めるように船長にいってくれ。そこから地上車で移動するようにしょう。」
 エルコックが一礼して去ったのち、ジャンはラジオのスイッチを入れた。ちょうどはやりのバンドである和楽器バンドの「月光」の演奏が行なわれていた。月光のエレキシャミセンやコト・ベース、ワダイコズがビートルズナンバーを奏でるのを聞きながら、いつしかジャンはまどろみに落ち込んでいた。

 そこは大戦前のヨーロッパであった。ジャンはそこに一度も行ったことが無かった。何しろ彼が生まれる何年も前に地球は最終戦争を起こし滅んでしまっていたのだから。でも、そのようすは祖父よりきいたことがあった。彼の生まれたヨーロッパドーム群は地球のその環境に似せて作られたという。小さい頃から何回もジャンは地球とはこういうところだったのだろうと思い巡らせていた。今彼はそこにいた。港には船がとまっている。山は緑におおわれ、日の光が地上に濃い影を映しだしている。煉瓦や木で作られた家々の煙突からは暖炉の煙が流れだしている。
 ジャンは辺りを見回した。生の日光が眩しい。水星でみた太陽はぎらぎらしているだけで、自然の苛酷さを象徴しているにすぎなかった。太陽系政府の本部がおかれている金星は雲が厚くて日の光を直接拝むことはできなかった。彼の生まれた火星でも太陽は見られたが、それは小さくか細く思える。木星より遠くではそれは全天で一番明るい星にすぎない。しかし彼が今みているのはまさしく生命の源、恵みの太陽の姿であった。
 その姿に感動しながら、ジャンはなにかの音が聞こえるのを感じた。なにか大事な意味があったような気がしたのだが……
 ジャンは無理矢理、夢の世界から頭を現実の世界に引きずり戻した。静かな音はたちまち耳障りな電子音へと変わった。船長が呼んでいる。彼は呼び出しのスイッチを切り、コントロールルームへとむかった。
 船はすでに地上へおりていた。エルコックとジャンの秘書であるラウールの監督の下で、地上の観測作業が続けられていたが、ラウールが船に接近する未確認物体を発見したのであった。各種センサーからの情報を再構成してディスプレイ上に投影されたその物体は非生物的な物のように見えた。ジャンが入ってきたとき、ちょうどそのデータの解析が始まるところであった。
「立体像にしろ。」
 ラウールの声に反応して、ホログラム投影装置が起動した。
「なにか人工物のようですな。」
「拡大して調べてみましょう。目標物を三倍に拡大。」
 コンピュータによる計算は一瞬でおわり、今度は単色ではあるが細部まで確認できる像が得られた。
 それは五十九年型の超旧式エアカーのオープンカータイプといった形をしており、操縦席のあるべき位置には人型の生命体ないしは機械が乗っている。
「温度分布からいってあれは生命体ですよ。」
 ラウールのことばに居合わせたみんなは顔を見合わせた。
 確かにいかに大規模核戦争が起こったとしても生命が完全に地上から姿を消してしまうわけではないことをジャンたちは知っていた。また限られた条件ではあるが、知的生命体すら短期間なら生存する可能性もあった。しかし、あれから五十年もたっているのである。地球解体プロジェクトは地上に残された生命体の「移植」についての項目もあったが、知的生命体の生存は前提されていなかった。すなわち、もし地上に知的生命体が残されていた場合、それは理論上ありえないことではあったが、もし彼らが今見ているものがその通りの物だとしたら…… 彼らは人権を法的に認められないことになる。彼らは法的には死人なのだ。
 そうこうしているうちに、その物体は目で確認できる距離まで近付いていた。そこで始めてジャンは物体がひとつではないことに気が付いた。レンズごしに見る彼らは確かに人のようである。ただ、いかなる放射能防護装備も付けていなかったが。
「外は……大丈夫なのか?」
「いえ。生命にすぐ影響をともなうほどではないですが、線量当量はしきい値ぎりぎりですよ。もし彼らが何の防御もしていなかったとしたら、体内にかなりの放射能がたまってることになりますね。もし、一時的に外に出たものだとしても、あれだけの時間外にいたのだから少なくとも彼らはもう子供産めませんよ。」
 これは大切なことだ。もしあのように行動するのあれらの常だとしたら、なんで今まで生き残ることができたというのだ。それともジャンたちがここにあらわれたことはそれだけのリスクを犯すに値する出来事なのだろうか。では、彼らに対してどのように接していけばいいというのだろう。ジャンにはこの時彼らに人権が存在しないことなどすっかり忘れていた。
 エアカーの一団は、ソレイユの手前十数メートルのところで停止した。一行の代表らしき人物が両手を上にあげて歓迎の意を表した。その時ジャンは思わず窓の方に身を乗り出した。彼らは太陽系内で一般的な金星の日本語の代わりに、最近再び権威を取り戻してきた英語で声をかけていたのである。彼は英語をほとんど話せなかったが、そのことばだけは聞き取れた。
「こんにちは。わたしたちはあなた方を歓迎いたします。」
 ジャンは取り合えず彼らにあってみることにした。船は船長に任せラウールとエルコックとあと二人のクルーをつれて宇宙服に身を固めて外に出た。英語圏で育てられたエルコックが通訳を買って出た。
 「地球人」は砂よけの厚い衣と日除けのつばの広い帽子をかぶっている以外は何の特別な装備をしていないのが近付いたことでなおさらはっきりした。ただ、ジャンは宇宙服の外に着けたマイクがなにか聞き慣れた音を拾ったような気がした。彼らは始終にこやかに友好的に対応を続けようとしていた。そこで彼らが自分たちの町に案内してくれるといってきたときも、ジャンは喜んでついていくことにした。
「いいんですか。彼らはもしかしたらひじょうに小型の放射線防護装置を開発しているようなテクノロジーを持っているのかも知れませんよ。そしてついていったとたん、後から刺されてしまうんだ。」
「エルコック、滅多なことを言うもんじゃないよ。どのみち計画の遂行のためにはいずれ彼らと接触しなければならないんだ。」
「でもやな予感がするんですがねぇ。もしかして昔の調査隊が戻ってこなかったのも、みんな奴らにやられちゃったからじゃないんですか。」
「馬鹿なこと言ってないでさっさと行け。」
 ジャンは船長に一言報告してからさっきから待っていた現地人のエアカーに乗せてもらった。そこで再び耳慣れた音を聞いて彼は運転する現地人にたずねたが、彼は日本語もフランス語も解さなかったので、答えは得られなかった。
 ジャンは寝ていたので気付かなかったのだが、彼らが目標にした金属の固まりはひとつのドーム都市であった。すぐに現地人たちがそこから来たのだということがわかった。彼らはそこをガブレリアと呼んでいた。
 ガブレリアの南側には後で備え付けられたらしい、巨大なエアロックがあって、一行はそこから中に入った。エアロックの内外にはかなりの人がいて、ジャンたちは驚いた。中央の大通りの左右にはかなり幅のある花壇に花が植えられていて、そのさらに向こうには石や木で作られた住宅が並んでいる。道の正面には泉があり、街の中央付近には巨大な鉄の城がたっていて、向こうの方はかすかに工場のようなものが見える。
 エアカーはエアロックの内側でいったん立ち止まってから、そのまま大通りを抜けて泉のそばにある大きな館の前でとまった。ジャンたちを案内してきた男が先頭にたって彼らを中に案内した。居間らしきところに案内された彼らはそこに、紫色のマントを着けた女性が座っているのをみつけて、それがこの屋敷の主人で、もしかしたらあの城に住むと思われる王ないしは酋長のような人物の代理人かなにかではないかと見当が付けられた。
 ジャンは彼女が信頼に値する人物であるという直感を得て、重い宇宙服のヘルメットを脱いだ。それをみてあわててラウールや他のスタッフもこれにならったが、エルコックだけはがんとしてこれを脱ごうとはしなかった。部屋には芳しい匂いが漂っていた。
 彼女は英語で自分がフェリス・クラヴィーレという名であることを告げたが、ジャンはこれに太陽系標準語として制定されてから百年以上たつ、金星の日本語でこたえた。
「はじめまして。わたしは太陽系政府の代表としてやってきましたジャン・パストゥールというものです。もしできるのなら、日本語か{フランス語}{フランセ}でお願いしたいのですが。」
 最後のことばに彼女はちょっと反応を見せた。エルコックの通訳にうなずいて、フェリスは片言のフランス語で話し始めた。少し試してみただけのジャンはこれを聞いて驚くと同時に喜んだ。
「わたし・にほごしりません。でも、フランス語・少し・わかります。わたし、フェリス・クラヴィーレ。ここの・ガブレリアの・{王}{ロワ}。{王ノヨウナモノ}{ライクロワ}。{わかりますか?}{ドゥーユーアンダスタン?}」
 最後の方には英語が少し混ざってしまったけど、十分理解できる程度の物であった。
「ええ、わかります。ところで今日我々が参りましたのは……」
「すみませんが、今日は儀式、ある。お話は、明日。お休みなさい、ごゆっくり。」
 一方的に会談を打ち切られ、少々むっとしたジャンだったが、素直にその申し入れを受けた。エルコックに通訳させて、船と連絡を取るのでいったん外にだしてほしいと頼むと、そのままそこを退出した。部屋を出るとすぐにエルコックがそばにやってきた。ジャンはそろそろこの心配性の青年と付き合うのが億劫になってきてた。予感は的中した。
「やっぱり罠じゃないのですか。こっちを安心させといて、夜中のうちにぶすっと…… あんなにいそいで会談を打ち切るところがますます疑わしい。」
「たしかにそれは変だとは思うがな、そこまで神経質になる必要はないだろう。そんなに心配ならば船に帰るか?」
 冗談で聞いたつもりが、エルコックがうなずくのをみてジャンは不機嫌になった。
「わかった。それならば船で留守を頼む。責任者が二人とも危機に陥ったのでは計画に差し障りが出るからな。」
 エルコックはなぜそのような賢明な判断をもっと早くださなかったのだろうといった顔つきで、一礼してジャンの前を去った。そのときになって、ようやっとジャンたちに中に英語を話せる人間がいないことに気付いたが、彼はかたをすくめてすましてしまった。

 ジャンたちのあてがわれた部屋は同じ館の中にあった。そんなに豪華といった作りではなかったが、居心地は抜群であった。
 床に入って半刻ほどたったとき、ジャンは戸をたたく音を聞いた。
「ラウールか?」
 返事が無いので、気のせいかと思ったジャンは再びベッドに戻った。しかし、目を閉じるとすぐまた戸をたたく音が聞こえた。ガブレリアの人かもしれないと思ったジャンは英語を使ってみた。
「{誰だ?}{フーアユー?}」
 やはり返事はない。いや。若い女の笑い声が聞こえたような気が……
 ジャンは足音を忍ばせて戸のところまで行くと、いきなりそれを開けた。
 ジャンはたしかに影のようなものを目の前に見た。
 あわてて廊下の左右を見回すと、曲がり角のところを影が消えるのを見付けた。彼は迷わずそのままの格好でそれを追った。曲がり角のところを曲がると正面に戸がひとつある以外そこにはなにもなかった。戸が閉まる音はしていない。が、他に行き場はないはずだ。ジャンが戸を開け放つと、そこには血色のいい巻き髪の老人が座っていた。
 突然の侵入者に彼は悪態をつきかけたが、その侵入者がジャンなのを確認すると、フランス語に切り替えた。
「驚いたぞ。わしはこれからきみを呼ぼうと思っていたところなのじゃ。アルベールはもう呼んできてしまっていたのか?」
「いえ。グラントム、わたしはまだここにおります。」
 部屋の奥の方から、若い男が出て来ながら言った。老人はなにか言い返そうかとしたが、ジャンが目を白黒しているのに気が付いて自己紹介を始めた。
「こりゃ失礼。わしは王室付きの魔法使いでトマ・ジャルダンと申す。もっともみなはグラントムと呼ぶがの。」
 ジャンは自分のことを{偉人}{グラントム}と呼ばせているこの自称{魔法使い}{マージ}を眺めた。魔法使いってなんのことだ?
「それよりも、客人よ、なぜ貴方はわしがきみのことを呼ぼうとしていることを知ったのかね。」
「誰かが私の部屋の戸をたたいたのです。それに女性の影が見えました。笑い声と一緒に。その影があなたの部屋の方に見えたのです。」
「それで、その影を追ってここにきたというのか。しかしきみここには先程からきみ以外入ってきていないよ。」
「?」
 老人と奥から出てきた男とは素早く視線を交わした。
「ムシュー・パストゥール。きみの追ってきた影というのは、おそらく{妖精}{フェ}じゃよ。」
「妖精だって?」
「さよう。それでもこのガブレリアに妖精が戻ってきたときには正直言ってわしらも驚いたがの。ともかく、きみは今興奮しすぎているようだ。話はやはり明日にしよう。」
 グラントムはアルベールにジャンを送らせた。来るときはほんの十数メートルにしか感じなかった廊下が、実は曲がりくねったかなり長い道程だったことを知り、ジャンは狼狽した。

 ベッドに戻ってもジャンは寝付けなかった。
 もし老人の言う妖精が本当に妖精なら、魔法使いもまた本当の魔法使いなのか?
 ジャンは、ラグナレクの十数年後に「保護」されたというエスパーの一団のことを思い出した。もしかしたら、彼らの言う魔法使いというのも一種のエスパーなのかもしれない。しかし、だとしたら、これは大問題を起こしかねない。議会はあれ以来エスパーというものにかなり神経質になっているのだから。
 今でこそいわゆる超能力と呼ばれるものが存在することは周知のこととして扱われているが、その頃はまだ未知の物であって、彼らを受け入れることによる社会の不安を気にして、つまり中世の魔女狩りのようなことが再び起きることを恐れ、彼らの行動半径を彼らの小惑星だけに限ることでなんとか乗り切ったのである。結局はそれは彼らを一ヶ所に閉じこめる、自由を奪うことになってしまったが。今の議会にさらなる問題を抱え込むだけの意欲はありそうもなかった。ことによるとかなり安直な方法に頼ることになるかもしれない。
 そんなことを延々と考えているうちにだんだん目が冴えてきてしまった。ジャンは起き上がって宇宙服の掛けてあるハンガーのところまで行った。そこには緊急用の飲み水が貯えられていたからである。
 しかし結局彼は水を飲み損ねる結果となった。再びあの笑い声を聞いたのである。しかもこんどはもっと身近に。
「誰だ。」
 英語で、そしてフランス語でもう一度言って彼は待った。
 答えの代りに白い影がジャンの目の前にあらわれ、彼の身を包み込んだ。視界が真っ白に変わり、何も見えなくなった。彼は辺りを見回してみたが、白い平原が果てしなくつづくだけであった。すると突然目の前に人影があるのに気が付いた。
 彼の目の前二メートルほどに突然あらわれたその人影は、歳の頃十五、六の髪の長い少女であった。白い、今にも透けそうな肌に、薄い衣をまとっているその乙女は消え入りそうな笑みを浮かべている。
「{誰だ}{キエス}。」
 ジャンはもう一度フランス語で繰り返した。
「{あなたの友達よ}{トナミ}。」
「お前が、……妖精?」
 少女はジャンのそばまで来て、そのほほに軽くキスした。
「お前じゃないわ。アリスという立派な名前があるの。私はあなたが気にいったの。」
 ジャンは少女の肩をつかもうとしたが、手は彼女の体を通り抜けてしまった。ジャンは驚いて自分の手と少女をみくらべたが、我にかえって少女に尋ねた。
「友達と言ったな。では教えてくれるか? 妖精とは魔法とはどういうことなんだ?」
 アリスはジャンの手を握った。今度はちゃんと感触がある。
「妖精は色々なものに潜んでいる魂のようなもののことよ。でも、普通の人には見ることができない。魔法は力よ。もしくはあなたたちの言う科学とはまったく別の原理で作用する科学のことなの。」
 少女、いやこの妖精はジャンの目をとらえじっとそれを見つめた。
「ここにきてくれた人の代表があなたでよかったわ。あなたは選ばれた人なのよ。」
「選ばれた?」
「そう。そのために、ここの人たちはあなたに頼みごとをするでしょう。あなたはそれに対し努力するけど、あまり芳しい結果は得られないと思うわ。それはあなたの運命がそれとは別のところにあるからなの。」
 アリスはそのままジャンの体を抱き締め、ジャンの体に吸い込まれるように消えてしまった。
「明日のことは心配しなくていいわ。」
 消える寸前にそんなような声を聞いたような気がした。彼がふと気付くと、ベッドの上に彼は座っていた。いつのまにか夜は明け、部屋には朝日が差し込んでいた。
「……夢だったのか?」
 ジャンは頭を振って立ち上がった。ちょうどその時戸をたたく音があり、ジャンはあわてて入り口の戸を開けた。しかし、そこにいたのは昨夜会った魔法使いのところにいたアルベールだった。
「お目覚めですか、ムシュ・パストゥール。グラントムがお呼びです。」
 ジャンはそのまま素直に彼にしたがって老人のもとへと行った。
 部屋には簡単な食事が用意されていて、老人がその前で待っていた。ジャンが来たことに気付くと彼はにこやかな表情でジャンを迎え入れた。
「昨夜はゆっくり休めたかね、客人よ。」
 ジャンはそれを否定しようとして、ふと、気分が爽快なのに気付いた。やっぱりあれは夢だったのだろうか。
「どうやらゆっくりと寝れたような気がします。」
「えらくはっきりせぬ答えじゃの。また妖精でも出たのかの。」
 ジャンは一瞬答えるのが馬鹿馬鹿しいような気もしたが、一応昨夜の経験について話してみた。ただ、アリスのいった言葉の半分はぼやかして話したが。
「おどろいたの。妖精の姿を見たものはこのガブレリアにすらほとんどおらんのじゃよ。最近ようやっとここいらで見れるようになったがの。ましてや、妖精の名を聞いたものや、触れたことのあるものなぞここでは聞いたことも無いような話しなんだぞ。神にあった人ならわからぬが。これは、ひょっとすると貴方は思ったより重要人物なのかも知れぬの。」
 食事中は二人は天気とかガブレリアの町並みについてとか、当たり障り無い会話に終始した。
「さて、本題じゃが。」
 食べおわったところで、グラントムは切りだした。
「実のところ言って、わしらは貴方等の訪問の意図を大体のところ知っていたのじゃよ。」
「知っていたって? まだ……」
 まだこのことは議会の外の人間すらほとんど知らないのだと言いかけてやめた。ここは驚かされることばっかりなのだから。
「ああ、うっかりしておった。貴方等のところでは占いの的中率は高くないのじゃったの。わしらとて、百パーセントの的中なぞ望めんがの、じゃが当たることは当たるし、貴方等の目的も大体なら推測できるのじゃ。だが、わしらだけ知っているということでは不公平じゃからな。おぬしも、ここにきて戸惑うばかりじゃったろ。」
「私は九惑星全部の生活習慣について、大体のところはわかっているつもりでした。でも、そこでは占いも魔法も、ましてや妖精なぞ迷信以外のなにものでもなかったのですから。ただ魔法に相当するかもしれない力は最近発見されましたが。」
「それなら、占いもすぐにわかるじゃろ。占いは魔法じゃよ。」
「そういえば、未来を予測するような能力についても聞いたことがあったような。」
 そこでジャンは、ソレイユの内部からESPセンサーを働かしていたことを思い出した。ガブレリアの方角からはESPの反応はまったく無かったはずだ。ジャンの考えを読んだのか、グラントムが言った。
「魔法は今のところこの星以外では効力を発揮しないのじゃよ。いや、できないというのが正しいかの。魔法というものは相似原理と感染法則にのっとって作用するのじゃが、この相似原理のため、外の世界では魔法が封じこめられているのじゃ。簡単にいってしまえば、魔法を信じる人がいないとこれは使うことができないのじゃよ。わしの記憶が正しければ、十八世紀か十九世紀ごろからラグナレク、いや、{先の大戦}{ハルマゲドン}のときまで魔法を信じるのは一部の未開民族のみになってしまったはずじゃ。それがわしらの言うところのラグナレクによって科学的合理主義が滅び、生活の必要性から魔法使いが力を持ち出したのじゃ。しかし、残った魔術師の大多数をしめたのが西洋魔術--いわゆるところの白魔術と黒魔術じゃった。白魔術師等は世界中に散らばり土着の魔術を吸収していった。そして黒魔術の方は、神に滅ぼされるよう選ばれた男、ガブリエル・ジョハンスンによってガブレリアの町に集められた。」
「ガブリエル・ジョハンスンといえば、たしか{惑星警察}{ナインプラネッツポリス}に追われたジョハンスンのことですか? 彼のことは歴史の教科書にキャプテン・アレフの功績とともに書かれていますよ。」
「そうか、歴史にまでのったのか。それはともかく、ガブレリアには当時のこっていた科学技術者のほとんども集められた。そこで、科学技術と黒魔術が融合し、体系づけられたのじゃ。当時の文献は今だに残っていて、わしらもそれを引用したりすることもある。さっき言った相似原理や感染法則といった言葉もこの当時できたものなのじゃ。ところが、これほどの人数の黒魔術師が一ヶ所に集まったのは歴史上初めてのことじゃった。もともと黒魔術は悪魔の名の下に術を行なううえに、狂信的な科学者というものは善悪の判断すら怪しくなるものなのじゃ。ガブレリアには邪気が充満し白魔術師たちの生活は圧迫されることになる。長い圧政の下、多くの犠牲も出た。その状況に終止符を打ったのが聖ニコラスじゃった。」
「{サン・ニコラ}{サンタクロース}?」
「いや、聖ニック。ニコラス・フランシス=ロジャーという男じゃ。彼が自分の命と引き替えに黒魔術師とジョハンスンを討った。そして聖ニックの遺言により、フェリスが王となり地上に残されたすべての人がこのガブレリアとオーストラリアドームに集められた。聖ニックはまたもうひとつの遺言を残したのじゃ。つまり、町の中心にある鉄の城を封印し守り続けることじゃった。ニックは神に会った人じゃといわれている。わしらは彼の遺言を尊重せねばならんのじゃよ。」
 老人は立ち上がり掛けたがジャンがとめた。
「待ってください。我々の通訳が船に帰ってしまったのですよ。あなたが通訳をなさってくださいますか?」
 グラントムはジャンを見下ろしていった。
「妖精が心配するなといったのじゃろ。」
 ジャンは何か判然としないところがあったが、仕方なく老人につづいて立ち上がった。
 廊下でラウールと他の二人と合流した。
 彼らは昨夜の部屋でなく、外の方へ案内された。城を右手に望み、泉の左にある雑木林を左手に見ながらしばらく行き、林が切れたところで彼らは林の縁にそって曲がった。すると正面にはかなり大きめの建造物が見えてきた。近付くにつれそれがローマ時代の円形劇場のようなものであることがわかった。林の横の道はそのまま円形劇場につづいていた。中に入ると、すぐ正面の騎士の像が目に入った。ここに祭られるような英雄は聖ニック以外に知らなかったが、ジャンはその像こそが当の聖ニックではないかと思った。彼はその像の顔にどこか見覚えがあるように感じたが、ついに思い出せずに終わった。像のすぐ足元に玉座が据えられていた。フェリスはすでに玉座についていた。
 案内してきたグラントムたちはここでどこかへ行ってしまい、通訳を当てにしていた彼らは戸惑った。
「安心していいわよ。」
 そんな声が聞こえたような気がして、ジャンは仲間の方を見回した。だが彼らにはその声は聞こえなかったらしい。
「私が通訳してあげるから大丈夫よ。」
「アリス?」
 今度はさっきよりはっきり聞こえたが、やはり仲間たちには聞こえていないようであった。まあ良い。通じなくてもともと、その時はグラントムが手助けしてくれるだろう。
 ジャンは円形劇場の客席にあたるところに居合わすガブレリアの人たちをぐるりと見上げてから、フェリスにむかい会った。
 彼は簡単に、しかし要点を押さえて政府の決定した地球解体計画について説明をはじめた。彼が話しはじめるとともにアリスの声がそれを英語に同時通訳しはじめた。初めてそれを聞いたガブレリアの人たちは驚いたが、すぐにその内容の方に注意を向けた。ジャンは自分の立場と、その任務について説明をはじめた。しかし、内容そのものの方は、アリスの声以上の反応を得ることができなかった。逆にジャンの方が、彼らが事態を把握仕切れていないのではないかと心配になってしまった。
 ジャンの話が終わったところで、フェリスが口を開いた。アリスは今度はフランス語でジャンたちに対して同時通訳した。
「ムシュー・パストゥール、私たちにはその計画に対して意見を言える立場にないのでしょう? 私たちとしても、この計画事態に反対する意志はありません。ただ、私たちは遺言を守らなくてはならないのです。聖ニックの。私たちはこのガブレリアとあの城を守っていかなくてはならないのです。私たちがこのガブレリアにとどまれるように、力を貸していただけないでしょうか。」
 ここでようやっと、ジャンは自分の公式の任務については簡単に解決してしまって、逆に彼の方にガブレリアから依頼が来たのだということに気付いた。ジャンは息を飲んだ。その困難さに思い当ったからだ。もしかしたら地球解体作業の責任と同等、いやそれ以上かもしれない。政府の仕事は、ほとんどアウトラインが決まっているし、実際の監督はエルコックなど別の人間がやることになっている。だが、こちらは、事実上孤立無援の戦いを強いられることになる。
「すみませんが、これは私の一存で決定するには大きすぎる問題です。しばらく時間をいただけませんか。ここにいる仲間たちとも話し合ってみたいものですから。」
 アリスの通訳を聞いて、フェリスはほほえんでいった。
「あなたは妖精の、いえ、運命の選んだ人です。あなたがどのような判断をくだされても私たちはそれに従います。」

「あなたはどう思いなんですか、ムシュー・パストゥール。」
 ジャンに割り当てられた部屋に四人が集まったところで、ラウールが尋ねた。
「正直言って、どうしたらいいのかわからないんだ。」
「でも、我々はあなたの決定に従いますよ。」
 ラウールの宣言に他の二人がうなずいた。
「しかし、私がやろうとしていることは、君たちを巻き込んでしまうだろう。場合によっては地位も名誉も失うことになるかもしれない。少なくとも議会からの風当たりは強くなるぞ。」
「あなたが、議会の外でどう呼ばれているかご存じなのですか。」
 スタッフのひとりが言った。
「でも、私たちはそれを承知であなたのところで働いているのです。あなたの持つ『何か』がきっと現状をかえてくれると信じて。」
 ジャンはため息をついていった。
「もう一度考えてくれ。地球に人類が生存していたことだけでも大問題なんだ。しかも法的には彼らには人権がない。いや、生きていることすら認められていない。その彼らの主張を認めさせることは事実上不可能なことだろう。私はその不可能に挑戦しようとしているんだぞ。」
「でも、それができるのはあなたしかいない。誰かがやらなければならないことだ。たとえ、それが私たち三人を巻き込む結果になろうとも、臆しちゃいけないはずです。私たちより彼らの方が悲惨なことになりかねないんでしょう。それに、私たちはあなたの決定に従うといっているんだ。」
 ジャンはふっと微笑んだ。
「わかったよ、ラウール。君たちが反対しても私は彼らにつくつもりだったのさ。ただその時は君たちに迷惑のかからないように早めに手を打っておきたかったものでね。実を言うと私は共犯者を探していたらしい。」
 ジャンは二人のスタッフの方を見た。
「そういえば君たちの名前を聞いていなかったな。」
 さっき口を開いたほうが答えた。
「ジョゼフ・ノワールです。ジョーと呼んでください。」
「ダヴィト・アヴラモヴィチ・ルドニコフ。」
 さっきから黙っていた方の男が答えた。
「なんだ。君はフランス人じゃなかったのか。」
「はい、ただ、フランス系ドームで育ったものですから。」
 ジャンはうなずいて一同を見回した。
「わかった。ジョーはソレイユに連絡を取って現状を報告。エルコックに政府議会に臨時召集をかけるように連絡させてくれ。ラウールとダヴィトは一緒にきてくれ。」
 ジョーが出ていってから、一行はグラントムの部屋へと向かった。彼らの部屋で知っているのはそこしかなかったからだ。だが運よくフェリスもその部屋にいた。
「女王フェリス陛下、私には連邦議会の決定を覆すほどの力がありません。しかし、私たちの力の及ぶかぎり努力することを誓いたいと思います。」
 フェリスは立ち上がってうなずいた。なにか英語で話し掛けた。グラントムがそれを通訳してくれた。
「いまから君はガブレリアの太陽系政府に対する全権大使に任命された。もっともわしらにとってのプライベートな全権大使じゃがな。」
 フェリスはジャンの耳元にひとつの単語をささやいてからグラントムにうなずいてみせた。
「いまのは君の真の名じゃ。とっとくがよろしい。じゃが誰にも告げてはいかん。」
 ジャンはこの約束を守ったので、彼の真の名は歴史に残っていない。
「それでは、さっそく仕事にかかりたいので、これで失礼させてもらいます。」

 ソレイユに戻った彼らを、やけににやにやしながらエルコックが迎えた。
「政府に連絡を取ってくれたかねエルコック。これからは忙しくなるぞ。」
 なおもにやにやしながら、皮肉な口調でエルコックはこたえた。
「私にとってはそうですが、あなたにとっては必ずしもそうではないはずですよ。」
「どういう意味だ?」
 ジャンはようやく彼の態度がおかしいのに気が付いた。
「臨時議会は先ほど閉会したんですよ。審議には長くかかりませんでしたよ。ただひとりの男をある責任から外して別の男をその任務につける決定が下されただけですからね。」
「なんだって?」
 まだわからんのかとばかりに、エルコックは説明した。
「端的にいってしまえば、ジャン・パストゥール議員は地球解体作業の責任者の任を解かれ、エルコック・マレー議員がその後任につくことになったのです。あなたはしくじったのですよ。」
「エルコック・マレー議員だって?」
「臨時議会で投票がありましてね。幸い議会に空席がひとつあったものですから。」
 ジャンは自室へと戻った。なんてこった。さっそくけちがついた。
「でも、困難は承知のはずでしょ。」
「アリス、ついてきたのか? しかし、妖精はガブレリアにしかいられないんじゃないのか。」
 ジャンは部屋のなかを見回したが、今度はアリスの姿を見ることはできなかった。
「ガブレリアには強い魔法使いが何人もいるから、いることが楽なの。ここにもその強い魔法使いがいるのが理由のひとつ。」
「強い魔法使い?」
「そう。ジャンはガブレリアで名前をもらったときからその資格を得たの。もともと潜在能力はあったんだけどね。そして、もうひとつの理由は、地球の外でも非科学的な能力に対してそれを受け入れ得る下地ができつつあること。最近はESPを否定しようとする人はあまりいないでしょ。」
 ジャンは虚空をにらんでいった。
「なんでそんなことを知っているんだ。」
「あなたの知っているこことはみんな知っているわ。」
「なんで姿を見せてくれないんだ。」
「あなたの意識が開放されていないから。半分まどろんでいたりして潜在能力が開放されていないと、私は視覚的な姿を維持できないの。」
 ジャンはふっとため息をついた。
「今はそういう話をしているときではなかったな。まず何をすべきかを考えなければ。」
「まずはあなたの仲間を集めなくちゃ。彼らのことは信用できると保障するわ。私の話を信じてくれて、その忠告にしたがってくれたから。」
「連中にも声をかけていたのか。」
「裏切られたような気分?」
「いや……それよりも、ラウールたちを呼ぶか。」
 ジャンは一瞬自分の心を読まれたような気がしてどきっとした。出会ってまだそれほどでもないのにジャンにはアリスのことがかなり気になってきていた。
 ラウールたち三人はすぐにやってきた。問題の解決の糸口はダヴィトがもってきた。
「もし、あなたが議会相手にガブレリアのことで戦おうというなら、ぜひともカッパー議員を仲間に付ける必要があります。」
 カッパー博士! なんで今までその名を思いつかなかったんだろう。
 しかし、議会の大多数は彼を単なる変人としかみなしていなかったことを考えると、不思議ではないのかもしれない。でもカッパー議員は個人では一番力のある議員でもあるし、今生きている議員のなかでももっとも年長な者のひとりでもある。ジャンのような若いまだ影響力もあまりもてない議員にとって、そのような議員の助力を仰ぐことは必然だった。しかも、特に大事なことであるが、彼は地球解体作業に反対していたではないか。
「あと、魔法の問題について、エスパーたちについて少し研究したほうがいいかも知れません。」
「ともかく、地上に残った人たちのために、できるだけのことはしてやりたいですよね。」
 ジャンはうなずいた。
 窓にはたった今去ったばかりの地球が映っていた。
 緑は見えない。でもそれは青く美しい星だった。

(第七回に続く)


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