
Yoh クモハさま、アニマ・ソラリス賞受賞おめでとうございます。
今回、九頭見さんと二人で選考したのですが、私は初めてのことなのでちょっと緊張しました(汗;)
緊張の選考会でした。
当初、最終候補作品はSFが三作品でしたが、「アニマ・ソラリス賞なのでSF、ファンタジーの両方の作品を」というオーダーで選考することを確認したりと、共通理解(コンセンサス)をきちんと定めて選考を進めました。
メールで選考会をしましたが、顔を見て話さない分、誤魔化し一切無しで選考しました。見解の相違があったとき、どうしようかとかも浮かびましたけど。
アニマ・ソラリス賞に選んでいただいて、ありがとうございます。
Twitterでも発言しましたが、まさか! という思いです。
もっと生きのいい、若い方が受賞されるんだろうな、と思っていました。
3000歳の土偶には関係ないや、と。
SFテイストを高く評価していただいて感無量です。
十分生きのいい作品でしたので(笑)
X(Twitter)で見逃していたのですが、カクヨムSF研の「アニマ・ソラリス賞最終選考会を振り返って」というのがあったのですね(汗;)
先ほど聞いて、私、なんか上から目線で感想を言っているように聞こえて、恥ずかしくて変な汗が出ましたよ(大汗;)
すみません。(^_^;
ただ雀部さんもSF者として経歴の長い猛者(失礼かも)ですから、ある種の畏敬の念があります。
友達のように接して良い物かも分かりませんし。ただ共感することもありつつ、すごく勉強にもなった選考会でした。
ところで、ほかの執筆者の方で雀部さんをご存知の方もいまして、東野司さんのファンクラブ 《ミルキーピア》のお話をしてくれた方がいたのですね。
執筆者インタビューの際に話題に上ると思いますが、やっぱりネットでのご活動が凄いんだーと思ったのですよね。
なのでそういう方もお聞きになる配信に対して失礼がないように、という気持ちが先走ってしまいました。
さて、植叢びーいんぐの面白さを語っていきましょうか。
まず、そのぶっ飛んだ設定にわくわくしました。これからどういう展開になるんだろうと。この設定はどこから思いつかれたのでしょうか、かまわない範囲で教えて下さい。
そもそも稲作を憎んでいました(笑)。
これを説明するにはちょっと長くなるけど、いいのかな。
長いのはいっこうにかまいません(笑)
縄文時代にずっと関心がありました。既出作『御免羅臼(おめらす)』の発端が縄文時代ということもあり、結構な数の資料を読み込みました。縄文にはなく弥生時代に出現するものの代表が、稲作と戦争(ムラ同士の)です。正確に言えば水田稲作です。植物としての稲は自然栽培の陸稲(おかぼ)としてすでに存在していた地域もあったようです。大陸から技術が持ち込まれた水田稲作は日本の気候に合ったのでしょう。いままで狩猟採集生活を送っていた頃とは違い、余剰が発生すると「財」として貯蔵されます。結果、それを奪い合う戦いが起こります。すごくざっくりですが、こんな感じ。
だから思ってしまったわけです。水田稲作が入ってこなかったら、戦いは起こらなかったんじゃないかって。実際、そのケースが南と北にあります。琉球と蝦夷。北海道のアイヌと呼ばれる民族は、明治時代が始まるまで自然と共存した狩猟採集文化を保っていました。
まあ、稲が入ってこなかったら縄文人が激減して滅びていたかもですから、どちらがいい悪いじゃないんですけどね。ともかくそのこだわりがずっとあったわけです。
水田稲作で、日々の食料調達に余裕が出来て、文化文明が進んだとも言えますしね。
平谷美樹先生の『精霊のクロニクル』(2009)がその時代(稲作が大陸から伝わってきた頃)の話で、その時に稲作についてと日本人の遺伝子について、ちょっとだけ勉強しました(汗;)
で、小説の展開の上で、稲作嫌いと人体の水田利用とがどう繋がったのでしょうか。
嫌いなものと嫌いなものを掛け合わせてみました(笑)。
嫌いというのは言葉が過ぎますが、地球環境にとって一番脅威なのは人類だという説(人新世など)には一理ある気がします。
矛盾の塊であることは承知しています。クモハも人型だし、お米は食べます。それに娘夫妻が米農家になってしまい、憎んでばかりもいられなくなりました。
だからあらためて「稲」について勉強したんです。なにしろ日本で一番多く栽培されている草ですから。そしたらこの植物がただものじゃないことがわかりました。成長点の位置とか、非脱粒性の突然変異とか。面白くなってきたんです。
で、毛穴に植えてみたらどうだろうと。
そこから稲を毛穴に植えるという発想がでてくるのが、凄いですね。
皮膚に植物を植えるというのは、人間にとって自傷行為でもあると思いますが、V・ブラムは美容整形と自傷者を並べて“心の内部が切断される恐怖を、身体という外部を切断することでコントロールする”、“自傷行為(美容整形)を通して、社会秩序や制度や家族生活の構造・精神を失望や断片化から保護する”と論じているので、最初はそっちの方向から思いつかれたのではないかと感じたんですよ。
そんな論理的な発想ではないです。
「脱毛」の広告って電車内でもよく見かけるのですが、毛穴から除去することができるのなら挿入することもできるのではないか、と思ったこともきっかけかな。それをまずファッションから始める。そこには隠された意図があるかもしれない。ないかもしれない。
食糧不足はいつか起こります。酸素不足も起こるかもしれない。余剰資源である人体をそれに使うのは、ある種理にかなっているかもしれない。そんな感じで展開していきました。多数の人を一定の方向に動かすにはどういう戦略を取ればいいかとか、現実に起こっていることにも則して考えましたよ。
理にかなっているかどうかは定かではないのですが、「月経樹」と同じく筆力で納得させちゃうところがクモハさんの持ち味ですね。
身体改変というと、私のようなオールドファンは、まずサイバーパンクを連想するのですが、クモハさんのお好きなコード・ウェイナー・スミス氏にも通ずるところもあると感じました。
そういう意味では、私たちはもうサイバーパンクを生きていると思います。およそ実用からかけ離れたネイルや、動きづらいファッション、繁殖と結びつける必要がない恋愛関係、あるいはAIとのバディ関係。
人体改造をファッションと見せかけて食料を植えさせる(自主的にですが、控除があることで後押しをしている)ことは、サイバーパンクに見せかけた国家戦略です。一言で言うと「ダサい」。それに抗するミナクの理由が「役に立つ存在でありたくない」。
クモハさんの作品からは、そういう反逆精神が見てとれることが多いですね。食料を植えると控除があるからという部分には笑ってしまいましたけど(笑)
そういえば、先日『東京銀経社アンソロジー 真子と鏡』関係者で、Xのスペースで雑談(?)をしたときに、蒼桐さんが“二頁目でツボにはまった”という意味のことをおっしゃっていましたね。
「植叢びーいんぐ」で私がツボに入って大爆笑してしまったのは、“十億総田んぼ”というフレーズが目に入ったときでした。
それまでファッションの話として読んでいて、侵襲性の技術を扱ったフィジカルな面に踏み込むSFとしてある程度構えていたところに“十億総田んぼ”という昭和のお役所的なセンスを感じる(有り体に言えばダサい)フレーズが入ってきたことで、「食うのかよ!」と突っ込んでしまったからです。
クモハさんはファッションと稲作を絡めたくだりも大真面目に書かれていると思うのですが、真面目であるがゆえに、そのミスマッチさが面白かったのです。
あれは「控除」という言葉で生活感を出し「十億総田んぼ」に繋げる流れです。
ダサさは狙いました。
やはり(笑)
わたしがツボったのは、“感覚が極限まで開かれたとき、背中の稲穂が一斉に出穂し、花を開かせた。”の部分です。「おお、凄ぇ!どんな感覚なんだろう」と想像するととてもエロチックでした。
ありきたりじゃないSexや快感を描くことには、いつもチャレンジしています。感じてくださって、嬉しいです。
もう一つ、蒼桐さんが、“そういえばクモハさんにうかがおうと思っていたことがあった”とおっしゃってましたね。
クモハさんにうかがいたかったことは、本当に大したことではなく、タイトルの「植叢(うぇる)びーいんぐ」は、「Well being」で「より良き人生」のような意味を込めたのですか?といったことでした。
あ、それは私もうかがってみようかと。←便乗(汗;)
ええ、そういうつもりです。
植える→(植叢:うぇる)→ Well being:身体だけではなく、精神面・社会面も含めた新たな"健康"。もちろん皮肉たっぷりに使っています。
ぼくのツボは、老王芳の存在が面白いと思いました。著者校の際に図版をつけて植物図鑑をつけたらどうかという雑談をメールでクモハさんとしたんですね。
出てくる植物に何かこだわりの点などがあればお聞きしたいです。
エリアンサス、猫じゃらし(エノコログサ)、ススキ、スズメノテッポウ、ヒメコバンソウ、タカキビ、イヌビエ、ジュズダマソウ、カラスムギ
作中に出てきた草の名前をざっと拾ってみました。
どれもイネ科の植物で、ほとんどは雑草と呼ばれている草です。「イネ」が「役に立つこと」の象徴だとしたら、例外はありますが雑草は「役に立たない」「邪魔なもの」の象徴だといえるのではないでしょうか?
クモハは雑草が好きなんです。
あとは名前の響きで選びました。実際の植物を知っていて、選んだものもあります。
最後のシーンを彩るヒメコバンソウは、かわいいのでぜひ検索してみてください。
ヒメコバンソウ、調べたらヨーロッパ原産なんですね。散歩する道にも生えてます。
市内と隣町では、マコモタケ(イネ科)が特産なんですよ。残念ながら食べられます(笑)珍味と言うほどではないですが。
マコモタケは根が太いですから、アレを植えたらかなり大変かと。
まあ、痛そうです(笑)
根のすぐ上あたりの茎の部分を食べるので、太くないと食べ応えがないし。
すみません、脱線しました(汗;)
あのままストーリーを続けて行ったら、老王芳はどうなるのかなあと作者も興味津々です。そのうち粘菌共生タイプが出てきたりして(笑)。
粘菌共生タイプではなくても、植物を生やして光合成したエネルギーをATPとして人間の体内に取り込めたら、食料問題の解決の一助になるかも。あまり植物から搾取していると、植物が知性化して反逆するかもしれませんけど(汗;)
アイリンたちが狙っているのは間違いなくそれ(光合成したエネルギーをATPとして人間の体内に取り込む)ですね。植物と動物は互いに循環して生きていっていますが、さらに一歩進めて共生のような形に持っていきたいのでしょう。
もう人間ではなくなるかも知れませんが、地球は人間だけのモノではないし。
もう一つ、スペースでクモハさんから話題にあがったのがマンガの『フールナイト』。陽がささなくなり、酸素が薄くなってしまった地球で、人間を植物に変えて酸素を生産する話が、アイデアが似ていて気になったとのこと。
はて、なんか読んだような読んでないような話だなあと感じていたら、隔週刊のビックコミック・スペリオール誌で読んでました(恥;)まあ、こちらは霊花になった人間の捜索と、人間の憎愛がメインテーマのようなので、すっかり失念してました(汗;)
「植叢(うぇる)びーいんぐ」は、切り口がファッションからなので、似ているとは感じなかったですし。私は頭が薄くなってきたので、頭になにか植えたいです(笑)
クモハさんは、どこに何を植えたいでしょうか。
雀部さんには「スズメノ……」とつく草を植えて欲しいです。
スズメノカタビラというのもいるみたいですが、やはり可愛さからするとスズメノテッポウですね(笑)
クモハはどちらかと言えば、作中の「代理母」タイプで身体改造は最後までやらないと思います。でも、もし植えるならエノコログサ、中でもキンエノコログサがいいですね?。髪の代わりになびかせます。
『フールナイト』は人間の植物利用がもっと直裁的で残酷で、物語としては強いです。だから憧れます。ジワジワ殺されるのは物語になりにくいですから。あえて書いているのですが、(読んでから)立ち直るのにしばらくかかりました。
まあ強い物語が傑作とは限りませんからね。クモハさんにはクモハさんの道があるし。
作風からすると、SFマガジン系というよりは、「小説すばる」とか「オール読物」系の雑誌が似合ってそうですが、賞に応募とかの予定はないのでしょうか。
賞を狙って書くのはあまり得意じゃないのです(冷や汗)。でも大きな海に泳ぎ出る時なんだな、というのは感じています。
まず締め切りをおぼろに頭に叩き込んでその賞との相性を想像して、気の合いそうなところに出してみましょうかね。消極的に聞こえるかもしれませんが、これも恋愛みたいなものですから。相思相愛にならないと。
そういう意味では雀部さんとは相思相愛?
はい!(笑)
賞獲り、お待ちしております。