SF随想録パンセ - Les Pensées de la Science-Fiction -

- SF的言語入門(その1) 言語編 -

おおむらゆう

SFやFantasyを読んでるとよく架空の言葉が出てくると思います。

細かく作り込んでいるのもあれば断片だけそれっぽく出しているものもあります。

そういった架空の言語も、リアルの言語についてちょっと知識があるともしかしたらもっと楽しめるかもしれません。 (逆に楽しめなくなったらすみませヌ。)

ということで、SF的言語入門 言語編です。

ちなみに、ここで書いた内容はWikipediaさんの言うところの独自の研究によるものなので、学術的な裏付けは一切ないのでご承知を。 あくまでそれっぽく見るためのものとして、私が接してきた言語からの知識からだらだらと書いただけですので。 あと、便宜上発音をカタカナで書きますけど、それも正確じゃないこともあるかと思います。場合によっては空耳のこともあるので注意です。

一応、母音というのは『あ、い、う、え、お』みたいな音のことで、 子音というのは例えば『か』から『あ』の部分を取った “k” の部分みたいなところのことです。念のため。


さて、世界のリアルの言語は大雑把に言って屈折語と孤立語と膠着語などの分類があります。

屈折語というのは英語などのヨーロッパ系の言語みたいに単語の形が変化するものです。 というか英語は屈折語の中ではその変化が磨り減ってしまっているので例としては適していないのですが……。

う~ん、ちょっと馴染みが無い人がいるかもしれませんがフランス語を例に取ってみましょうか?

『来る』という意味の動詞 venir ですが、現在形(厳密にはもっと細かい分類がありますけど)は、 “je viensジュ・ヴィアン”(私は来る)、 “tu viensチュ・ヴィアン”(君は来る)、 “il vientイル・ヴィアン”(彼は来る)、 “nous venonsヌ・ヴノン”(私達は来る)、 “vous venezヴ・ヴネ”(君達は来る)、 “ils viennetイル・ヴィアン”(彼等は来る)となります。 発音は似た感じになっていますが単語の形が変化しているのがわかると思います。 日本語のいわゆる活用みたいに単語の後に変化するところがくっつくだけじゃなくて、母音とか子音が変化してるのがなんとなくわかるでしょうか?

まだ例が悪いかな。

フランス語の祖先のラテン語で同じ意味を持つ venire ではどうでしょう。 カエサルの『来た、見た、勝った』(vini, vidi, vici)の最初の単語の元になったものです。 現在形は人称代名詞(英語の I とか you みたいの)は省略されて、 “vinioウィニオー”(私は来る)、 “vinisウィニース”(君は来る)、 “vinitウィニット”(彼は来る)、 “vinimusウィニームス” (私達は来る)、 “vinitisウィニーティス” (君達は来る)、 “viniuntウィニウント” (彼等は来る)となります。 発音が変化してますし、字面はなんとなくフランス語と似てるのがわかるでしょうか? というか、これぐらいの違いは親戚の言葉の中では『似て』いる部類になるんです。 とりあえずオールマイト(@ヒロアカ)ばりに『ウィニオー』(私が来た!)と言ってあげましょう!

あ、でもオールマイトのはどちらかというと、ego vinioエゴ・ウィニオーの方がいいかもしれないです。 ラテン語の人称代名詞は普通省略されるのですが、 使われたときは主語を強調することになります。 さらに文の先頭に来る単語は強調されるので、英語で言うなら “It's I who comes”. なので、まさしくオールマイトっぽいのでは?

さて、ヨーロッパ語は古ければ古いほどこの変化の度合いが多くなってきますね。 多分時代とともに外国人がその言葉を使う機会も増えたり発音がめんどくさくなったりして単純化したんでしょうね。 その行き着く先が英語なわけです。フランス語ですらラテン語よりも単純化してますね。

とまれ、同じ屈折語でもさらに中東のアラビア語を始めとする、 ヘブライ語や古代のエジプト語にバビロニア語なんかはもっと極端な変化をするグループに属しています。 基本的な3つぐらいの子音の間に入る母音が激しく変化するんです。 それでも文字の中に母音が無くても文章の途中のどこにあるかだけで意味が通じてしまうからアラビア文字やヘブライ文字に母音記号は原則ありません。 ですが、それはそのうちやる文字編でやることにしましょうか。 ヘブライ語は近代になってイスラエルが建国するまではほとんど死語に近い言葉だったので、 この母音が無い聖書とかに書かれた単語を再建しなければならず、 今イスラエルで話されているヘブライ語と、聖書の時代にユダヤ人が話していた言葉が同じように発音されていたかどうかはわからないそうです。

英語でも現在形じゃなくて過去形とかになるともっと形が変化しますね。

にゃあ。

ややこしいですね。


英語がどんどん変化が少なくなってきているのはなんとなくわかってもらったとして、そもそも最初から単語の変化が無い言葉もあります。

例えば中国語やタイ語なんかがそうです。これを孤立語と言います。

例えば中国語の『行く』だと『我去ウォチュ(私は行く)』、 『你去ニチュ(あなたは行く)』、『他去タチュ(彼は行く)』、 『我們去ウォマンチュ(私達は行く)』、『你們去ニマンチュ(あなたちは行く)』、 『他們去タマンチュ(彼等は行く)』となります。さっきと違うのがわかりますか? 『去(行く)』というのが、どの主語に対しても同じ形をしています。それどころか、(~たち)も『們』がくっつくだけで表現できてしまっています。 中国語では単語の形が変化しないで、そのかわり文章のどの位置に単語が出てくるか、 とか補助的な単語(『們』みたいに)が入るかどうかで意味が変わってきます。


日本語とかは膠着語と言います。単語として独立していない助詞がついたり単語の最後のところだけ変化した活用があったりしますね。

え? 活用と屈折語の区別がつかない?

日本語にはヨーロッパ語のように主語による変化はありませんが、意味によって動詞の活用があったりします。 『行か(ない)』、『行き(ます)』、『行く』、『行く(とき)』、『行け(ば)』、『行け』、『行こ(う)』 なんかはカ行五段活用とか言うと学校で習った記憶がありませんか? でもサ行五段活用だとかタ行五段活用だとかあってめんどいですね。

いや、実は五段活用はローマ字で表すと簡単になります。『行く』なら、 “Ik-a-nai”, “Ik-i-masu”, “Ik-u”, “Ik-u-toki”, “Ik-e-ba”, “Ik-e”, “Ik-o-u” ですね。 サ行五段活用の『話す』なら、“Hanas-a-nai”, “Hanas-i-masu”, “Hanas-u”, “Hanas-u-toki”, “Hanas-e-ba”, “Hanas-e”, “Hanas-o-u” です。 『行く』も『話す』も “Ik” と “Hanas” のあとに共通の音が入ってるのがわかりますね。 『あ』、『い』、『う』、『う』、『え』、『え』、『お』です。 (変格活用とかはまた違うのですが。。。) 共通の部分を言いたいから、『し』の部分はあえて “si” にしています。

この『あ』、『い』、『う』、……の部分が『行く』の意味の “Ik” の部分にくっついている、という意味で膠着という言葉が使われています。

韓国語やインドネシア語なんかが同じような変化をします。 インドネシア語なんて、部品が次々とくっついていくので、辞書を引くのに苦労するらしいですよ。


屈折語で有名なのは英語とかフランス語のグループのインド・ヨーロッパ語族とかアラビア語やユダヤ語、エジプト語などのセム・ハム語族などがありますね。

ヨーロッパ語はさらに、英語、ドイツ語、北欧の諸語なんかを含んだゲルマン語とか、 フランス語やイタリア語などラテン語の子孫のロマンス語、ロシア語やウクライナ語などのグループのスラブ語、 スコットランド語やウェールズ語なんかのケルト語、 それにヒンドゥー語のように古いインドのサンスクリットなんかの親戚であるインド・イラン語とかの分類があって、 結構古い時代にさらに古い言葉から分裂したんじゃないかと考えられています。 ファンタジーで定番のケルト語はインド・ヨーロッパ語のひとつなんですよ!

英語とドイツ語の両方を習ったことがある人は、これらの単語が似ていることに気付いたんじゃないでしょうか? まったくいっしょというわけではないですが。

例えば、『本』は英語では “bookブック” なのに対して、 ドイツ語では “Buchブーフ” です。似てるけど違うのもありますね。 “wayウェイ” と “Wegヴェーク” (道)に “eggエッグ” と “Eiアイ” (卵) みたいにイとグ(ク)が入れ替わっているのがありますが、これは英語の方がバイキングの言葉の影響を受けたからなんだそうです。 ドイツ語の方も “thisジス” に対する “dasダス” みたいに舌を歯ではさんで発音する“ð”(『ジ』と表記しました)が “d” に変化しています。 私は昔は th 音って t と h なのかな?とか『ジ』ってなんぞや、と思っていたんですが、 th でひとつの音になっています。 北欧語とかではまんま ð とかあったりしますし、ルーン文字でもこれを区別してます。 で、それが時代を経るときに発音が変化して d になっちゃったのがドイツ語なんです。 英語とドイツ語の間の違いは昔からこうやって規則的な変化があることが知られていたみたいです。グリムの法則なんていうのもありますし。

英語とドイツ語だけ比べてもおもしろいですが、フランス語がまじるとまたおもしろいです。

英語は11世紀のノルマン・コンクエストのため一時期フランスの支配下にあったものですから、 基本的な単語にかなりフランス語起源の単語が入り込んでいます。 英語で『牛』は “ox” なんですが、『牛肉』は “beef” ですよね。 これはフランス語の “boeufベフ” から来ています。 (oef はオの口でエと発音する) フランス語経由でラテン語もかなり英語には入っていますね。 英語というのは外来語がものすごく多くて、かなりの割合の単語が外国語起源らしいです。 ここらへんは やまとことば の比率が少なくて漢語や他の外来語が多い日本語と似た事情がありますね。

ところで、英語やフランス語は文字の綴りと発音が一致しないで苦労した人が多いのではないでしょうか?

ここにもある程度の法則があるんですよね。

英語ではアクセントがあると o は オウ になりやすいし a は エイ になります。 u はユーですね。 でも、アクセントがないとどれもあいまいな ア みたいな音になってしまいます。 アクセントがあっても、場合によっては アー みたいに喉の奥から出すような音になることもありますよね。 でも語尾のオーという発音は実は英語には無いんです。必ず オウ と u がくっつきます。 口がゆるんで閉まるイメージですね。同じように語尾のエーという発音もありません。 必ずエイと i がくっつきます。これも口がゆるむんでしょうね。 でもドイツ語には オーもエーもあるんで、ドイツ語を発音するときについ英語の癖でオウとかエイとか言ってしまうとナニカチガウヨになってしまいます。

フランス語では逆に二つの母音からなる音がひとつになる傾向があります。 ou は ウ になるし、 ai は エ です。

この綴りと発音の違いはあとになってついたものらしいです。 英語とフランス語の古い形を調べると綴りと発音が一致していたらしいです。 発音の方が変化してしまったのに表記の方がそれについていけなかったみたいですね。

単語や発音の似ているところは、欧米の人の名前を調べてみると特徴的なんでとっつきやすいかもしれませんよ。 ジョン John もジョバンニ Giovanni もイヴァンIvan (実際はキリル文字)もヨハンJohan も全部聖書に出てくるヨハネの変形です。 キリスト教徒が多いので、聖書に出てくる名前はそれぞれの国の言葉の発音の影響を受けて出てくるのですね。 イ (yi) の音はジ (gi, ji) の音に変化したり逆にジの音がヨ (yo) とかイ (yi) とかに変化したりするのは、言葉が変わるとよくあることです。 さらにグ (g) の音はジ (j) の音とも関係します。 ジはグの音とも関係があるんで、上の方の例のエッグ (egg) とアイ (Ei) が同じ元の言葉から来てることの説明にもなりますね。 イヴァンとかは v の音が入ってしまうので違うように見えますが、 v は w や u と関係があるんです。 例えばロシア語では v と w の区別があいまいみたいです。イヴァンはイワンとも言いますね。 ウラジーミルはヴラジーミルだったりします。 それでヨハン→ヨアン→イワン→イヴァンみたいな?

名前の対応表みたいのは、昔と違って今時あちこちにころがってるので調べてみるとおもしろいでしょうね。

まぁ、暗記するものじゃないですけど、こういった言葉同士の音とか綴りの違いを見てると、 他の言葉ももしかしたら同じような対応があるのかも?とか思えてきます。


同じ孤立語のタイ語はわかりませんが、 中国語は本来1音節のひとつの漢字がひとつの単語に相当していたらしいです。 時代が下るにつれて、限られた音だけでは表現しきれなくなってきたから、単語を重ねていわゆる熟語にして単語を増やしてきたのですね。

中国語にはほとんどお互いに通じないと言われている方言がありますが、 方言の間のいくつかの単語の発音はヨーロッパ語と同じような対応があるような気がします。

中国の方言同士を結ぶ役を果たしたのが漢字でした。 まぁ、詳しい話は文字のところでいずれやろうと思ってはいますのでここではあまり立ち入らないとして、 例えば日本語の『こんにちは』に相当する言葉に対応する方言を調べてみるとおもしろいです。

中国語の共通語である普通話プートンフアで言うところの『你好ニーハオ』ですが、 香港や広東で話されている広東語では『你好ネイホウ』ですし、 上海語では『儂好ノンホウ』(実際は簡体で侬好)、 台湾語では『你好リーホー』(もしくは『汝好リーホー』)と言うそうです。 大体日本で会話集や文法説明の本が揃ってるのはこの4つの方言ですね。 上海語では文字が違いますし、台湾語でも古い教科書では違う文字が割り当てられてますが、 どれも似たような発音が対応してるっぽいですね。

漢字は日本や韓国にも流れていますし、発音にも影響してるので、 それぞれの発音を比較することで、どの時期にどのような発音がされていたかもわかるようです。 漢字の音読みが中国語から来ていることを聞いたことがある人もいるかと思いますが、 同じ音読みでも漢音、呉音、唐音なんかがあって、違う時代の違う場所から日本に流れてきた発音があります。 例えば『力』は呉音では『リキ』、漢音では『リョク』とかです。全部そろっているわけではないですが。

このように漢字の音読みは古い時代に日本に入ってきたので、おもしろいことに今の中国語と発音が違っていたりします。 『一、二、三、四』も中国語の普通話では『イー、アル、サン、スー』です。 方言の方は古い発音を残していることがあるので、比較するとおもしろいです。 広東語では『ヤッ、イー、サム、セイ』、上海語では『イッ、ニ、セー、スィー』、台湾語で『ジッ、レン、サン、シ』みたいな感じでしょうか。

広東語とかの『ヤッ』は文字通り撥音になっていて、英語式発音の yat とは違うみたいです。 ヤと言ってから t の口と舌の形を作って止めるんだそうです。 他にも p とか k に対応するそれもあるみたいで。 これって日本語の、例えば『一回』の『イッカイ』に出てくる『ッ』と似てますね。 というか、多分現代中国語の共通語では失われた t という音が日本語や方言には残っていたということなんだと思います。

英語とかは強弱のアクセントがつきますが、中国語には声調と言って音の高さの変化で単語の意味が変わります。 上海語では若い人の話す言葉からは声調が失われつつあると聞きますが、 古代の中国語にも声調がなかったかもしれないという説もあるみたいです。 漢文の歴史的読みの関係から少なくとも唐の時代にはおそらく声調があったと思いますけど。 タイ語は中国語と同じように声調があってしかも孤立語ですが、 同じアジアにあって声調を持つベトナム語はなんと孤立語ではなくてどちらかというとインドネシア語の方が近いんだとか。

他にも中国語と方言からおもしろいものが見られます。 中国の普通話では『日本人リーベンレン』となると習ったことがある人がいるのではないでしょうか。 台湾華語(台湾の中国語)の会話の紹介でこれを『ズーペンレン』としてるものがありました。 日本語では『にほんじん』ですよね。 どうやらラ行とザ行とナ行の音が入れ換わることがあるみたいなんです。 音読みの『日』にラ行の音はありませんが、『にち』だったり『じつ』だったりしますね。 (多分、これらは『ニッ』や『ジッ』だったんでしょうね、本来は。) 台湾の台南は台湾語では『タイラン』となるみたいです。

こんな風に、色々と見てみるとおもしろいかと思いますよ。


SFなんかで出てくる人造語とかで、上みたいなことを考えてみてみると、 案外とこれってもしかして~を元にしてるのか?みたいのが発見できるかもしれません。

逆に上記みたいな発音の変化をちょろっと既存の言語に当てはめるだけで未来の言葉っぽく見えるようになるかもしれませんね。

ちなみに、傾向として言語は他の言語と接触しない状態では古い形を保存するらしいです。 宇宙船団が旅立ったあとで言葉がその中で変化するかというと、 中の言語が混じることはあってもまったく違う言葉になることはあまりなさそうですね。 逆にあちこちの言語と接触してると、お互いの影響を受けてかなり形が変化するらしいです。 日本語や英語が変化していったのはそういった理由なんでしょうね。 ローマ帝国のラテン語がロマンス語に変化していったのもそういった理由なんでしょう。中国語は元々方言が激しかったみたいですけど。。。

今回はもはやコピペのことを言うのはヤボでしょうね。

そもそも参考になったかどうかもあれですが。

それでも、ちょっとだけでも興味を持ってくれる人がいて、SFの中の言葉に想いを馳せる人がいたらうれしいかも。

ということでおあとがよろしいようで。