SF随想録パンセ - Les Pensées de la Science-Fiction -

SF音学 Tonic Musicology

おおむらゆう

音学(というか音楽なんですが……)とは言っても、本来は半分ファンタジー、半分SFっぽい話です。

音というものは直接人に働きかけてくるものだから、かなりメンタルなものですよね。ある意味、 人には絵画とかよりも音の方が影響力があるのかもしれません。

そんなわけなのか、音楽はオカルティックなものと結びつけて扱われることがあったと思われます。

ということで、音楽っぽくない音楽の話をしてみましょう。


1. ピタゴラス音律

音は空気の振動、つまり波です。 実際は空気の振動だけとは限らないのですがね。

sine wave

サインカーブというものを聞いたことがあるかもしれませんが、ぐるぐる回る回転を表わすものだと思ってもらえばいいかと。 音はこのサインカーブの重ね合わせでできています。

ギターのような弦をふるわせると、一番目につくのは両端が固定されて中央だけがふくらんだ形の状態だと思います。 これがサインカーブの半分になっています。

普通は波は海の波のように山の部分が移動するのですが、弦などでは両端が固定されてるので、 ちょうど弦の長さに対応した幅で、山が移動しないでふるえる形になります。 この時、1秒間に弦がふるえる数を周波数といいます。

管楽器とかの場合は片方がふさがっていたり、両端が開いていたりしますが、その場合も管の長さに従って波の形が固定されます。

弦の話に戻って、弦のふるえるパターンは山の数が1つ、2つ、3つ、……と整数個の場合がとりえます。

山がひとつのときの周波数を1倍としたとき、山の数が増えるごとに2倍、4倍、8倍と周波数は変化していきます。

大雑把に言って、この山の数が上がるたびに1オクターブ上がります。

演奏とかに縁が無い人でも、楽器とか歌とかでドレミの音階を習ったことがあるかと思いますが、 例えばドの音からひとつ上のドの音までを1オクターブ octave と言います。つまり1オクターブ上がると周波数は倍になるわけです。

周波数が上がると音が高くなるといいますね。1オクターブづつの音の高さだけだと、 音楽としてはつまらないものになってしまうので、さらに音を分割することになります。

wave

弦の例で、波が3つあるうちの2つめのところの節のところをおさえると、 その長さのところで山が2つある状態になります。その時の音の高さは山が1つのときの3/2の周波数になります。

キー周波数比
^^^^A♭(2/3)6
^^^E♭(2/3)5
^^^B♭(2/3)4
^^F(2/3)3
^^C(2/3)2
^G(2/3)
D(1/1)
A(3/2)
E'(3/2)2
B'(3/2)3
F''#(3/2)4
C''#(3/2)5
G'''#(3/2)6

それのさらに3/2倍とか2/3倍とかを組み合わせていくと、オクターブの中身が細分化されてきます。

こうして作られて音階をピタゴラス音律 Pythagorean tuning といいます。

音の組み合わせで、基音と3/2の周波数の音の組み合わせを完全5度、基音と4/3の音の組み合わせを完全4度と言うそうです。

例えばD(レ)の音を基準にした場合、周波数の比は以下のようになります。 左の表ではオクターブ下の音に^をつけて、オクターブ上の音に'をつけてみました。

普通のドレミ…の音階にするには、上記のオクターブはなれた音は周波数を2倍、4倍したり、1/2倍、1/4倍とします。 例えば、^^FをFにするには周波数を4倍します。

このような作り方をしているため、ピタゴラス音律は完全5度と完全4度について、この組合せから全ての音程を作ることができるのですが、 ただ、3度については純正でなくなるので、この音から全ての音を作ることはできなくなるそうです。


2.色々な音律

この話では音程のことを詳しく語るのが目的じゃないのではしょりますが、音階(音律)はピタゴラス音律のあとで、 いかに和音をうまく響き合わせるようにできるか、そして、移調(基音をずらす)して他の楽器と合わせたときに矛盾の無い音にすることができるか、 ということを考えて変遷してきたみたいです。

Wikipediaさんを見てみると、中全音律とか純正律、平均律とかのよく知られたもの以外にも色々な音律が考えられてきたことがわかります。

ピアノで演奏する場合、移調も、他の音と合わせることも考えないといけないので、 妥協案として1オクターブを12等分に分割して、他の音律との差ができるだけ小さく、 それなりに和音が響くように作られた平均律がよく使われるようになりました。1オクターブで周波数が2倍になるので、 分割は対数で行わないといけなくなります。そのため、半音の間隔は $^{12}\sqrt{2}$ になるように作られています。

なんか、平均律は完全な和音から少しはずれることがあるので、 バイオリンのようにフレットが無い楽器や、息の強さで微妙に音程を変えられる管楽器では、 演奏者が平均律から微妙にずらして他と音を合わせるということをしてるみたいですね。

ハーモニー(調和)といいますが、必ずしも周波数が整数比にならなくても、人にとって心地良い音になることはあるそうで、 一概に平均律が悪いというわけではないとのことでした。

ちなみに、1オクターブを12分割するのではなく、他の分割数を用いる方法も世界中をみわたすとあるようです。


3.半分、半分

音階を作るとき、1/2とか1/3といった音の高さから1オクターブ12音が自然に出てくるように、 他の分野と同じく音楽でもマジックナンバー12(=3×4)が出てきます。 結局人の生活では10進法よりも12進法の方が歴史的によく使われるのはこのあたりが関係してるんでしょうね。

全然関係無いですが、異世界物で貨幣の単位を10ごとに区切るのがよく使われるのですけれど、 中世ヨーロッパでは12進法による貨幣単位の方が用いられたこともあるようです。 それに月の単位が「偶然」にも12カ月だったり、時間の単位60が12×5だったりというところからも、 12という数字は昔から使われてきたものだということがわかります。

2, 3, 4 と複数の数で割り切ることができる12はなにかと便利だということですね。


4. 波の重ね合わせ (ちょっと理系なお話)

音というものは普通はサインカーブだけでできているわけではないです。波の形が色々なパターンになって現われていたりします。

実はこの波の形の違いが音色の違いとなり、音の周波数が同じでも違う音であると認識することができるようになります。

人の声も、楽器の音色も、みんなこの波の形(波形)が違います。

じゃあ、この波の形はどこから来るのか?

ものすごく振動が激しくならない限り、音は『線形』な『微分方程式』の『波動方程式』で記述することができます。

線形ってなんじゃ、というのは、波を足し合わせたものもやっぱり波動方程式の解になっているということです。

わかりにくいですね。 周期的な形をしている波は全て、サインカーブの大きさと周波数を変化させて足し合わせた結果で現わすことができるということです。

弦の話で、ひとつの弦に対して複数の周波数の波が存在し得るということがわかったかと思うのですが、 実際に弦から出ている音というのは、この色々と出ている波がみんな足し合わされてできてる、ということになります。

弦の場合、一番周波数が低いサインカーブの音の大きさが一番大きくなっていて、その周波数が全体の波の音の高さに対して支配的になります。

この一番低い周波数の音を、その波の基本的な周波数を現わす音ということで基音 Fundamental tone と言ったりします。

基音の整数倍の周波数の音(倍音)が重なって音ができているのですが、 このように周期的な波を波の足し合わせであらわしたものをフーリエ級数といいます。

弦の波は弦の振動で発生するわけなんですが、その振動は空気の密度の変化として伝わって耳に届きます。 耳で聞くことができる音は、こうした空気の密度の濃淡が伝わってきたものになっています。 (空気以外でも音は伝わりますけど。)

音と同じような性質を持った波というものは世の中に色々とあります。

光とか電波も波なのですが、こちらは何かの濃淡ではなくて電場と磁場が交互に変化する波となっています。 電磁誘導というのがあって、変化する電場は変化する磁場を生じさせ、変化する磁場も変化する電場を生じます。

これはマクスウェル方程式という微分方程式によって導かれる性質なのですが、 式を変形すると電磁波の波動方程式が作られます。

電場 $\vec{E}$ と 磁束密度 $\vec{B}$ に対して、 $$ \left\{ \begin{array}{} \frac{\partial^2 \vec{E}}{\partial x^2} + \frac{\partial^2 \vec{E}}{\partial y^2} + \frac{\partial^2 \vec{E}}{\partial z^2} - \mu\epsilon\frac{\partial^2 \vec{E}}{\partial t^2} & = & 0 \\ \frac{\partial^2 \vec{B}}{\partial x^2} + \frac{\partial^2 \vec{B}}{\partial y^2} + \frac{\partial^2 \vec{B}}{\partial z^2} - \mu\epsilon\frac{\partial^2 \vec{B}}{\partial t^2} & = & 0 \end{array} \right. $$ という関係があります。

実は音の波動方程式もこれと同じ形になっています。弦の振動も空気の振動も。

ちょっと試してみればわかるのですが、例えば $E$ だとか $B$ だとかにサインカーブの式 $E=\sin(kx-\omega t)$ を入れてやると、 この式が成立するのが確認できますが、この $kx-\omega t$ のところを整数倍しても結果は変わりませんし それぞれのサインカーブの式を足し合わせても結果は変わりません。 これが波の重ね合わせの正体となってます。

電磁波の方程式では電場にも磁束密度にも $\mu\epsilon$ というのが入っていますが、 真空中ではこれは定数になります。 $c=\frac{1}{\sqrt{\mu\epsilon}}$ としたとき、この $c$ が光の速度になります。

座標のところとは別のところに速度が入っているので、違う速度で動いている人からの相対速度で この式を表そうとすると矛盾してしまって波動方程式が成立しなくなってしまいます。

つまりAさんにとって速度cだったとき、Aさんから速度vで遠ざかっているBさんから見た速度は、 例えば石とかをAさんが投げたときならBさんから見た速度は c-v となりますが、 光の場合はこうならないというのです。波動方程式には c-v の入り込む余地が無いですから。 これが特殊相対性理論の光速度一定の意味なんですね。

音の話なのに光に脱線してしまいました。

量子力学のシュレーディンガー方程式というのもこれとは違う形なのですが波動方程式と呼ばれていて、 その結果が波の重ね合わせで表現できます。 波であり粒であるという性質もここから来ていますね。


SFやファンタジーの世界では和音をモチーフにすることがよくあります。 色々と調べてみると単純な原理を積み重ねることで複雑なことが成されていることに気付かされます。

例によって、誰もいないとは思いますけど、コピペしてばつくらっても知りませんので。

この稿を機会に色々と興味を持つ人がいたらうれしいです。

ということでおあとがよろしいようで。