SF随想録パンセ - Les Pensées de la Science-Fiction -

- SF波動学 -

おおむらゆう

以前、音楽の話(SF音学 Tonic Musicology)で 音の波のことを、重力論の話(SF重力理論)のところで 重力波についてちょっと触れましたが、今回はもうちょっと「波」というものについて考えてみたいと思います。


ちょろっと数式が出てきますので注意。

波というのは数学的にいえば波動方程式 $\left(\nabla^2 - \frac{1}{c^2}\frac{\partial^2}{\partial t^2}\right) \varphi = 0$ の解となっていて、 1次元のときは $\varphi(x,t) = F(x+ct) + G(x-ct)$ という一般解を持ちます。 これは波には前進する部分と反対方向に進む部分から成ることを意味しています。

おもしろいことに、一般解にはサイン波もなにも入ってないので、SF音楽のところで出てきたサインカーブがなくても説明できるものになっているようです。

オイラーの公式 $e^{i\theta}=\cos{\theta} + i\sin{\theta}$ にあるようにネイピア数 (Napier’s constant e = 2.71828 18284 59045 23536 02874 71352 …) の虚数による累乗でサインカーブはあらわせます。

この $e^{i\theta}$ というのは微分しても積分しても同じ形が出てくるので、微分方程式では特別な位置を占めていたりします。

しかも、波動方程式の解をある区間に限って求めた結果は全てこの式の和によって書き表わすことができるのでした。


波というものは、発生源があってそこから周囲に伝播していきます。 1次元だったら、振動源の左右に波は広がっていきますし、3次元なら球面状に周囲に伝わっていきます。 わかりやすい例えは、2次元の水面に水滴が落ちたときに、同心円状に波が広がっていく感じでしょうか。

波の一番簡単なものは ばね の振動でしょうか。 ばね を引っ張って離すと、伸ばした分真ん中の方に引っ張られて戻りますが、中立の場所から行きすぎてしまいます。 すると今度は ばね が圧縮されて元に戻ろうとする力が発生します。 摩擦とか空気抵抗(それから ばね に発生する熱)を無視すると、この往復運動は繰り返し起きることになりますが、 これが単振動と呼ばれる振動になっています。これまたサインカーブになります。

単振動からイメージできるように、ひとつの ばね が伸び縮みしてるというのが基本の振動だと思っていればとりあえずは合っています。

ギターとかの弦の場合、指でかき鳴らそうとしたときに指がひっかかって伸ばされた箇所は、 その周囲の弦の部分の張力で引き戻されて元に戻ろうとします。そして、それが次々と隣の点に伝わって、全体的に弦が振動することになります。

それぞれの箇所が振動していて、それが横に伝わっていくのだという風に考えると、弦の端に到達して、 そこから反射して戻ってくる波も考えられます。弦の長さと波の波長がが丁度良いものになっていると、 弦の中で行ったり来たりする波が強め合ったり弱め合ったりして弦の真ん中の部分だけが振動する形になります。 普通は海の波のように波自身は進むものなんですが。こういう一箇所に留まっている波のことを定常波と言います。 真ん中だけが振動している波を、この弦の固有振動の基準振動だと言います。 波の腹の部分が2つになったり3つになったりする状態もありえますが、これらは2倍波、3倍波と言います。音だったら倍音と3倍音ですね。 これはSF音学でも出てきた通りです。弦の場合、両端が固定されていて振動できないので、常に内側のどこかが振動することになります。 となると、その中で取りうる定常波は基準振動の整数倍だけになってしまうのでした。笛のように管を振動させる場合、 管の開いてる方は弦と違って開放されているので、ちょうどその場所に腹が来ます。片方だけが開いてる管(閉管)の場合固有振動は3倍、 5倍と奇数倍だけが許されたりします。結局、この形状によって取り得る倍音の組み合わせが異なってくるので、 それが音を出す楽器がそれぞれ違う音色を出す原因のひとつになっているのですね。


弦とか ばね の例を見てると横方向に振動してるというのがわかると思います。

でも音そのものも振動ですよね。音ってどっちの向きに振動してるんでしょ?

弦が振動してるだけでは、それを音として感じることはできません。弦が振動すると、 同時に周囲の空気が圧縮されたり伸ばされます。つまり密度が変わるわけなんですが、 この密度の変化が次々と隣の点に伝わっていくのが音だったりします。

音は空気中を伝わって行って耳に到達します。空気の密度の差によって鼓膜が振動をおこし、 それが中耳の耳小骨の振動になり、最終的に内耳の蝸牛で電気振動に変換され、最終的に脳に伝わるのでした。

これはマイクロフォンの場合でもいっしょで、振動が電磁石の振動に伝わって電磁誘導で電気をおこしたり、 コンデンサーの容量が変化することで電流の量が振動したり、といった方法でアンプに音の信号が伝えられます。

弦などのように横に揺れてるものを横波、音のように密度が伝わっていくものを縦波と呼んだりしますが、 地面が揺れる地震の場合は縦揺れと横揺れの両方が混ざってるみたいです。

さて、さらっとマイクのこととか話していましたが、空気の振動はここで電気の信号に変化されます。

じゃあ、これは波なの?

結論から言うと波です。電流の強弱の変化が伝わっていくことになるのですが、それが波の性質を持っているので、 これを波ととらえることができるというわけです。ここから波の信号を取り出したり、逆に振動を電気信号に変換することができるからです。 それで同じものとして扱うのですね。縦波と横波と違って、性質が伝わってるものになるのですが。

電流が性質と行ってもわかりにくいと思いますが、電波のことを考えると少しわかるかな。(かえって混乱するかも。)

電気というのは磁場と電場のふたつが密接に関係しあっています。 実際は磁束密度とか電束密度とかも考える必要がありますけど。 コイルを動かすと電流が発生する、 とか、逆に電流の変化が磁場を変化させ、これがモーターとかの動きの元となったり。 これも以前出てきたことですが、電気の基本量はマクスウェルの方程式という4組の方程式で完全に表わすことができます。 この4組の方程式を変形すると、電場の振動を表わす波動方程式と磁場の振動を表わす波動方程式の2本になります。 そこから電場と磁場の振動が導かれるわけですが、激しい振動を考えると電場の振動によって磁場の振動が誘起され、 さらに磁場の振動が電場の振動を誘起し、それが次々と空間を伝わっていくことになります。 これが電磁波と呼ばれるもので、電波や可視光などがこれにあたります。 電場や磁場というと、もはや空間のどっかが伸び縮みするというわけではなく、 空間の性質が振動することになるので、かなり違うものになっていますね。


元の波の方程式の話に戻りますが、波の式って時間と空間について対称な形してるんですよね。 ということは時間方向にも波って振動してるんでしょうかね?

時間は方向が一方向で戻ることが無いものですので、そういう意味では時間方向には振動してないということになりますが。 これは時間の矢と呼ばれるもので、熱力学的観点から説明が試みられてきましたが、 まだ未解決の問題ということで。近年は素粒子論の観点からなんとか説明できないかという研究もあるようです。 まぁ、ここまでいくと今回の稿の範囲を逸脱してしまうんで。(範囲ってなんじゃい?)

さらっと流しましたけど、eの累乗は微分しても形が変わりません。 空間的なものを考えたときeの累乗は位置の振動をあらわしています。じゃあ位置の微分の振動って。 これは速度(実体は運動量)が振動してるという話になってきます。物理の話ではこの位置と運動量というのはひと組として考えられます。


空間的な普通の波についても、一般相対性理論では4次元の時空に拡張されます。 ここでは空間の性質は空間の曲率で表わされます。曲率があると空間を測る物差しのサイズが変わってしまうので、 場所によって距離が変わります。(時間も) これがいわゆるところの時空が曲がる、というやつなのですね。 一般相対性理論では曲がった時空は考えますが、空間のねじれは考えません。 ねじれはトーションという量で測られるのですが、古典的(量子論を考えないという意味で)の範疇では曲がりつまり曲率だけを考えるというわけです。

一般相対性理論の数学的な構造はかなり強力な制約を時空にもたらすので、 観測結果と合致するためには時空の次元は4次元よりも大きくなることはありえなくなります。 高次元になった場合でも一般相対性理論の形は変わらないので、時空の構造が変わってしまい、現実と矛盾してしまうのですね。 超弦理論とかでは高次元部分が量子論的なサイズまで小さくなってしまってるからマクロな領域に影響しないのだ、 という解決策を取るころでこの矛盾を解消しています。あちらの数学的構造もやたら強力なので、自由度が少ないんですよね。 その場合、時空の4次元分とその他の極小さい部分と分けて計算するみたいです。


話を戻して、一般相対性理論的世界での空間の振動は、この時空の曲がり具合、 というかその曲率を与える空間の距離の測り方の指針となる量の振動を考えます。ものさしが振動するんです。

空間がまったく曲がってない状態というのは、特殊相対性理論のミンコスフキー空間なのですが、 ミンコスフキー空間でのものさしからちょっとずれた量が振動すると考えて波動方程式を立てるみたいです。 ものさしそのものが振動すると考えて直接解こうとすると破綻してしまうので、あくまで振動成分は小さいんだよ、 という仮定のもとで計算するのだと。

こうして得られた波が、近年よく話題になる重力波です。空間のものさしが伝わっていくものなのですが、 厄介なことにこのものさしの振動を測るための道具が振動していても、 道具が振動してるのか空間のものさしが振動してるのか区別がつきにくいということです。 ものさしの振動はとても小さくて、温度を発生させる振動と区別するのも困難で、それで長年観測できなかったのだそうです。 近年は機械的な方法での重力波の観測から離れたやり方を使って観測に成功したということです。 なんでも波の干渉を使うということで、ここでも波が出てきたりしますね。


さらっと話しましたが、熱も振動と関係あります。量子論的な振動になってくるのですが。 分子そのものが振動してるときのエネルギーが熱だと言えるようです。動いている物体がエネルギーを持ってる、 というのはなんとなく納得してもらえると思うのですが、物体が壁に当たって止まってしまった場合、 そのエネルギーはどこに行ってしまったのでしょう? 実は運動のエネルギーが衝突の主観に物体を構成している分子に伝わって、 分子が振動をはじめることになります。それだから、運動のエネルギーは熱のエネルギーに変化してしまった、ということになります。

量子力学の基本方程式は波動方程式と呼ばれることがあります。いわゆる波の波動方程式と形が似てるためです。 実際に得られるのは普通の波の波動の平方根みたいなものになってるんですが。平方根みたいになっているので、 何かが振動してるのは想像できるが、何が振動してるのか最初はわからなかったでしょう。 実験から小さい物体は波と粒子の両方の性質を持ってること自体はわかっていたのですが。

古典量子論の基本方程式であるシュレーディンガー方程式の解は、 確率密度というものの平方根的なものだということが初期の研究で明らかになりました。

この確率密度の平方根的なもの(波動関数という)と物理量を表わす関数を組み合わせて積分すると、 マクロな世界での物理量と同じようなものが出てくることがわかってきたのです。

ミクロな世界ではこれは確率的になってくるので、結果は平均値のまわりでばらつきます。 しかも波動関数というだけあって、解によっては振動するものが得られたりして、それが量子が波の性質を持つことの証左とされました。


せっかく築かれた波動関数の理論ですが、ここに特殊相対性理論を組み合わせると途端に確率の波という考えが採用できなくなってしまいます。 シュレーディンガー方程式を特殊相対性理論に従って書き下した ディラック方程式やクライン・ゴルドン方程式は確率密度を与えてくれなくなってしまったのです。 その結果は、位置と運動量の計算結果が生成演算子と消滅演算子を連続的に真空に作用させることによって得られるようにするという、 第2量子化という定式化で説明されるようになりました。 真空という場に素粒子を生成したり消滅させたりすることからも場の量子論などと呼ばれるこの理論ですが、 現在素粒子論と呼ばれるものはこの場の理論をベースにしています。量子論と相対論は合い入れないから相対論は間違ってるんだ、 という人がいますが、一般相対性理論はまだ量子論といっしょにすることに成功してませんが、特殊相対論はとっくに量子論と融合してるし、 特殊相対論無しに素粒子の振舞を説明することはできないのでした。


で、量子論と一般相対性理論の融合はまだできてないと言いましたが、その候補のひとつとされてるのが超弦理論です。 量子は点とみなされますが、そうすると計算が発散してしまうので、大きさを持った極小の ひも を考えようというものです。 今はその ひも が時間とともに空間を掃いている面を考えることが多いみたいですが、実はここにこの稿での最後の振動が出てきます。

ひも の振動のモードによって、素粒子や空間の性質が出てくるのだよ、というのが超弦理論の結末らしいのですが、 かなり難解な数学的道具を駆使しないといけないので、理論の組立そのものが困難を極めている、 という話を聞いたのがそもそも20年以上前のことでした。

超弦理論で全てが説明できるようになった、という話はまだ聞いたことないので、その状態はまだ現在進行形なんでしょうね。


そもそもが相対論やら量子論の話が色々と出てくる上に、後半は数式無しに説明しているので、 何を言ってるのかかなりわかりにくかったのではないかと思います。 まぁ、こういう世界があるのだ、ということぐらいの意味合いで。 詳しくは各自調べてみてください。

さて、随想というのは思いを垂れ流した駄文だと評する人を見たことがあるのですが、まさにこの稿は駄文なので、いつものごとくコピーは駄目よん。

ということでおあとがよろしいようで。