SF随想録パンセ - Les Pensées de la Science-Fiction -

- SF時空学 -

おおむらゆう

長らく間をあけてしまいましたが、久し振りのパンセです。

元はといえば、アニメのシュタインズゲートでブラックホールを利用したタイムリープの設定が出てきたのを見て思いついたことなんですが、カー時空のブラックホールは理論が自然に時間遡行を予言しているのですね。

今回はそんなカー・ブラックホールによるタイムトラベルとタイムパラドックスについて話していきたいと思います。


アインシュタインの時空についての方程式であるアインシュタイン方程式というのは、複雑な微分方程式の形をしていて、簡単には解くことができませんが、ある制約を設けると比較的簡単に一般解を求めることができます。

時空に球対称性を取り入れて求めたのがいわゆるシュヴァルツシルト時空というもので、ブラックホールから十分に離れた箇所ではニュートン力学のいわゆるケプラーの法則を満足します。

  • 第1法則: 楕円軌道の法則
  • 第2法則: 面積速度一定の法則
  • 第3法則: 調和の法則

アインシュタインの時空は計量と呼ばれる行列の形で決定されるのですが、一般には座標変換によって大きさの変わらない四次元的な線分の長さを表わす式でその計量を表わすことが多いです。

つまり、計量を $\{g_{\mu\nu}\}$ ( $g_{\mu\nu}$ を成分とする行列) としたときに、四元ベクトル $dX$ に対して線分 $ds$ が次のようになります。

$$ ds^2 = dX^T \{g_{\mu\nu}\} dX = \sum_{\mu=0}^{3}\sum_{\nu=0}^{3} g_{\mu\nu} dx^\mu dx^\nu $$

$dx$ とかの肩についている記号は累乗じゃなくていわゆるインデックス(添字)で、四次元時空では上付きの添字と下付きの添字のベクトルを区別します。

これは3次元ではいわゆるピタゴラスの定理に相当するもので、こんな形になりますよね。

$$ S^2 = X^2 + Y^2 + Z^2 $$

$(X, Y, Z)$ の座標軸の取り方は自由にできますが、常に $S$ の長さは一定です。

4次元に拡張したミンコフスキー空間ではこれがこんな形になります。

$$ S^2 = (cT)^2 - X^2 - Y^2 - Z^2 $$

$c$ が光速、 $T$ が時刻なのですが、時刻と位置の座標の符号が違ってるのがわかると思います。 $c$ がかかるのは単位を揃えるためです。

座標が原点にずっといて、 $X=0, Y=0, Z=0$ のままになっているとき、 $S^2 = (c\tau)^2 = (cT)^2$ としたときの $\tau$ は時刻と同じものになります。物体が移動してると $X, Y, Z$ がローレンツ収縮で変化するのですが、計量の定義から $\tau$ は常に同じになります。この $\tau$ を固有時間といい、観測者の主観時間(実際は感覚的なものではなくて、観測者が計った時間のこと)を意味します。つまり、観測者が同じ固有時間を観測したとしても、その間に経過する時間は座標の取り方(等速移動する速度)によって変化するという、これまたローレンツ収縮の結論が出てくるわけですね。

余談ですが、アインシュタインの有名な $E=mc^2$ というのも、静止質量 $mc^2$ が計量であらわされる変化しない量で、運動エネルギー $E$ と運動量 $p=mv$ を用いて $(mc^2)^2 = E^2 - p_x^2 - p_y^2 - pz^2$ となりますが、これはいわゆる運動エネルギーの保存則と運動量保存則がいっしょになったものになっています。動いていないとき、 $p=0$ になるので $mc^2 = E$ となるわけですね。


さて、重力のある世界に戻って、シュヴァルツシルト時空を考えると固有時間は以下のようになります。

$$c^2\tau^2 = \left(1-\frac{r_s}{r}\right) c^2dt^2 - \left(1-\frac{r_s}{r}\right)^{-1}dr^2 - r^2\left(d\theta^2 + \sin^2\theta d\phi^2\right)$$

これがいわゆるシュヴァルツシルト解のブラックホールの時空を表す式となっているわけです。

この式は $r=r_s=\frac{2GM}{c^2}$ の半径のところで時刻と動径方向の計量成分が 0 になってしまい、$dt$ と $dr$ は不定、つまりどんな数値となっても $d\tau$ が変わらないという状態になります。これは座標の取り方だけの問題ではあるのですが、この半径は事象の地平と呼ばれています。

シュヴァルツシルト解は球対称で、電荷を持たない時空を意味しますが、天体が回転をしてるときはシュヴァルツシルト解とならないことが知られています。それがいわゆるカー解というものです。

カー解は回転に関するパラメータを導入して以下のように表わされます。

$$\begin{align}d\tau^2 =& \left(1-\frac{2Mr}{\Sigma}\right)dt^2 + \frac{4aMr\sin^2\theta}{\Sigma}dtd\phi - \frac{\Sigma}{\Delta}dr^2 \\ & - \Sigma d\theta^2 - \left(r^2+a^2+\frac{2a^2Mr\sin^2\theta}{\Sigma}\right)\sin^2\theta d\phi^2\end{align}$$

ここで $c=G=1$ となるようになっていて、 $\Sigma=r^2+a^2\cos^2\theta, \Delta=r^2-2Mr+a^2$ となっていて、 $M$ や $a$ は質量や回転に関係するパラメータだそうです。

この解はシュヴァルツシルト解よりもかなり複雑で、ある条件を満したカーブラックホールは、シュヴァルツシルト解での事象の地平の外側にエルゴ領域というものができていて、ブラックホールに落とした物体をそこから回収することでエネルギーを得ることができるとされています。そして、このエルゴ領域を使うことで時間の遡及、つまりタイムマシンができるのだ、というのです。

このあたりのことはかなり専門的な書籍や論文でないと扱ってない内容で、どうも簡単には説明できないものみたいです。

私も専門書にトライしてはみたのですが、入口で挫折しています。(ブランク長いしね。)


さて、ブラックホールでのタイムマシンというのはどういうものかというと、先の固有時間がどんな座標で見ても一定となることから、観測者が時間を経験している間に、外の世界の時間が戻ってしまっているような状態なのだと言うことができるのではないでしょうか。

時空に沿って移動しているので、過去というのはそのまんまその人が経験した過去と同じものであると言えます。

では、過去に戻ってからあとの自分はどのような世界線をたどるのでしょうか。

物理の世界では因果律が重要になってきますが、つまり原因があって結果が得られるということです。

過去に戻ってきた自分はそれまで過去の人や事と干渉してこなかったので、そこであたらしい関係を築くことになるんじゃないかと。彼はあくまで自分が経験してきた時間に影響を受けたものだけしか関連してないので、過去に戻る前に歴史がどうであったということとは元来無縁の存在のはずです。彼は過去に戻っても自分の主観時間を生きてるだけで、元の世界線でこうであったという結果(まだ起きてないけど)には影響されないはずなのです。

つまりどういうことか。

彼が親を殺そうが殺すまいか、その後の未来とは関係が無いということです。

では元いた世界はどこに行ったのか。

他の人もそれぞれの主観時間を生きているというのがミソだと思うのです。主観時間はいわばそれぞれの現在を起点として未来にむかって生えているわけで、過去に戻ったタイムトラベラーの主観時間と交わることはありません。過去に戻ったタイムトラベラーは、過去のある時点を起点として、また彼の主観時間をすごしていくし、周囲の人もそうなります。

これって、もはや前の時間と過去に戻ったあとの時間は別物と考えて良いんじゃないでしょうか。

いわゆる平行宇宙物の考えの大本のアイディアだと思いますが、物理現象を素直にたどっていったらそうなりそうな感じです。

そうなればもはや親殺しのパラドックスは発生しないことになりますね。親と結婚してしまうことになっても、それは元とは別の時間なので(近親交配の問題はあるとして)問題は無いと思われり。

もちろん、人一人の影響は普通はそんなに大きなものではないので、周囲の時間線との干渉のなかで、そのタイムトラベラーのやらかしたことはやがて歴史のなかで埋もれていくというのが実際のところなのではないかと思うのでした。

こう考えたらどうでしょう。タイムトラベラーは過去に戻ったのじゃない。過去のある時点に自分の主観時間を接木しただけなのだ、みたいに。


物が物だけに、今回は数式だらけになっていますが、数式を解くとかそういうことはやってないのでこんな道具を使ってるんだ、というガジェット的にとらえてもらうのが良いかもしれませんね。

カーブラックホールの中の運動を記述するためにはどうしても数値計算でがりがりやらないといけなさそうなので、そのせいなのかこの分野を本格的にリアルに描いた作品というのは寡聞にして知りません。(もしかしたらあるのかもしれませんが。)

こういうところとか、素粒子論のかなり高度な数学が必要とする分野とかをまともに扱う人って案外と少なさそうなので、専門の方で計算するだけの根気のある人は作品作りにチャレンジしてみてはどうでしょうかね。

では、毎度のことですが、ここでの内容はあくまで雑記であって必ずしも裏の取れたものではありません。コピペしてテストで×をもらっても当方では感知いたしませんのであしからず。

ということでおあとがよろしいようで。