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SF落語「ちょい能力」

稲戸麻見

 

 正夢というのがありますな。こないだも夢をみたんですが、その夢というのが美空ひばりが出てくる夢でして。ファンでもないのに変な夢をみたなーと思いながら朝刊を開くと、テレビ欄に「美空ひばり2時間特集!」なんてのがある。びっくりしました。こらひょっとしたら自分は超能力者やないかと思いまして、友だちやみなに言いましても信じません。というより「そんなもんが予知できて何になるん?」と言われる。
 なるほど、その通りで、仮にこれを予知能力としても、まあ大した能力やない。とゆうて、ほっとくのもまたもったいない気がします。それでなくともいまはバブルの頃と違うて、使い捨てはやめよう、資源は大事に使わないかん、身近にあるものを上手に使おうと、こういう時代でございますから…。

豊臣「おーい、徳川はん、いてるか」
徳川「おお、誰や思たら豊臣さんかいな。なんやねん、こんな朝早うから」
豊臣「どこが朝早うやねん。もう昼前やがな。相変わらずのんびりしとんな。いや、大家のことやねんけど」
徳川「大家がどないした」
豊臣「またけったいなもん発明しよったらしい」
徳川「ええっ! またかいな」
豊臣「そうやがな。人の趣味やから自由といえば自由やけど、迷惑なんはわしらやからな」
徳川「うーん。そういえば前にも、『電気のいらん手回し扇風機』を発明したゆうて、実験させられたことがあったわな。しんどうて全身汗びっしょりになって、あんな暑い扇風機ははじめてやった」
豊臣「電気のいらん手回し洗濯機ゆうのもあったな」
徳川「電気のいらん手回し冷蔵庫ゆうのもあったな」
豊臣「電気にうらみでもあったんやろか…いや、手回し冷蔵庫はなかったやろ」
徳川「まわそうと思たらまわせる」
豊臣「そういう問題やないやろ。いや、今度のは別にまわさんでもええねん。何でも超能力を使うらしい」
徳川「ほー。大家さんもトレンドに敏感やさかいな。世間でいうところの韓流か。で、その人も茶髪でめがねかけて、こう、マフラー巻いてポラリスがどうとか」
豊臣「だれが韓国の俳優の話してんねん。違うがな。チョー・ノーリョクやのうて超能力や。知ってるやろ。ほれ、たとえば予知」
徳川「むふふ。また、そんなことゆうて、わしに『赤ん坊がはいはいを始めて、つかまり立ちをして、その次に…』とか、言わそ思てるな」
豊臣「言いたかったらゆうたらええがな。めんどくさいやっちゃな。いや、その、今度大家の作った機械ちゅうのが何でも超能力を持った人間を必要とするらしいてな。いまあっちこっち行って人を集めてるとこやが、どうもまたこっちに影響が及びそうや」
徳川「やっぱり。あの大家も人が悪い。ふだんは家賃が滞っても大目に見てくれるさかい、つい何年も払わんとほったらかしにしてるけど、こういうときにはまっさきに実験台にしよるからな。恩を仇で返すゆうのはこのことや」
豊臣「いや、それは違うと思うが…。まあわしもあんたほどではないにしろ、時々家賃も待ってもろてる。嫁はんが産気づいたときには病院に連絡もしてもろた。子供が泣いてうるさいときもがまんしてもろた。恩義は大いに感じてる。協力できるもんならせなあかんがな」
徳川「協力ゆうても、超能力がなかったらあかんのやろ」
豊臣「うーん、そうやけど。あんた、超能力はないんか?」
徳川「そんなもんあるかいな」
豊臣「簡単に言いないな。あの大家のことやから、なんとかせないかんやろ。よう考えてみ。これまで何か予感があたったとかいうことがなかったか」
徳川「うーん…そや! 昨日のいま時分、ふと、何の根拠もなく、お告げのように『今晩あたりカレーとちゃうかな』と思たんや。すると…ほんまにカレーやった!」
豊臣「あんたとこは5種類くらいのメニューがくるくる回ってるだけやからな」
徳川「失礼な!…カレーと野菜炒めと魚の焼いたんと…3種類や」
豊臣「よけ悪いわ。まあ、それでもええやろ」
徳川「ええんかいな」
豊臣「しやけど、人数をある程度そろえないかん。このアパート、他におれへんか。予知能力のあるやつ」
徳川「うーん。そういえば2階の細川さんの奥さんは借金取りの来るのが何とのうわかるとゆうとった」
豊臣「おお、立派な予知能力や。しやけど、協力してくれるかな」
徳川「借金取りを怖がってるような家やからたぶん1回も家賃払てない。協力せんわけにはいかんやろ」
豊臣「大家もようそんなやつほっとくなあ。その隣の山之内さんとこは」
徳川「あそこはまあ…2、3回は払てるやろ」
豊臣「いや、家賃やのうて予知やが」
徳川「息子が何年か前、試験のヤマをあてたゆうてえらい自慢してたな」
豊臣「おお、そら予知…しやけど、あの息子さんは去年もおととしも入試に落ちていま二浪中のはずやで。たいした予知能力やないな。まあええやろ。数に入れとこ」
徳川「そや、1階のつきあたりの織田さん。あの人は由緒正しき超能力者かも知れん」
豊臣「というと」
徳川「なんでも言い伝えによると、織田さんのおじいさんはある日、突然ばたばたと暴れ出した。1946年のことや。その翌日に南海地震が起きた」
豊臣「なまずかいな」
徳川「それより昔、1923年の関東大地震のときはひいじいさんが猛烈に暴れまくった。あんまりひどう暴れたもんで箪笥が倒れてきたくらいや。ひいばあさんはひいばあさんである日、船に乗ってたときにその船が沈むことを感じ取って、いち早く逃げ出したそうや」
豊臣「なまずとねずみの先祖かい」
徳川「そういう血筋をひいてるもんで、地震予知連絡会も織田家には注目してて、ひそかにデータを収集してるといううわさもあるんやけど、その織田さんが何と、ゆうべ夜中に突然暴れ出した」
豊臣「ええっ!」
徳川「晩ご飯に食べたさばが古かったらしい」
豊臣「まぎらわしいやつやな…まあええわ。この際みんな数に入れとこ。えーと、あんたと細川さんと山之内さん、織田さん、それにわしやろ」
徳川「あんたも何か予知できるんか」
豊臣「ふっふっふ。実は今朝、どうも今日あたり大家が何かゆうて来そうな予感がしたと思たら案の定」
徳川「おいおい、ここでさげるなよ」
豊臣「心配すんな。まだもうちょっとあるわい。おお、言わんこっちゃない。あの声は…大家が帰ってきよったみたいや。早うみんなに集まってもらお」
徳川「ええっ。もう。かなんなあ。わし、朝から何にも食べてへんのに…」

 大忙しでアパート中かけずり回って、いやがるやつ、まだ寝ぼけてるようなやつをとにもかくにも引っ張ってきます。大家さんが帰ってきたときには何とかかっこがついてる。
 
大家「いやー、人を集めるっちゅうのはむずかしいもんやな。超能力をお持ちのかた、ご協力くださいゆうてもさっぱり集まらん。それがどうじゃ。このアパートだけでこんなに集まってくれるとは…やっぱり日頃から恩に着せといた甲斐があったな。むふふふふ。しかし、ゆうとくけど、今回必要なのはたいそうな超能力やないんでな。超能力といえるかどうかわからん、ほんのちょっとした能力。ゆうてみれば『ちょい能力』や。みなさん、グリッド・コンピューティングというのをご存じかな。え? 知らん? 新聞ぐらい読んどかなあかんで。まあええわ。教えといたろ。早い話、スーパーコンピューターでなくとも、普通のコンピューターをようけつないだらスーパーコンピューター並の仕事ができると、こういうことや。え? スーパーコンピューターがわからん? ま、ものすごい大っきな、性能もすごいコンピューターやが、値段もすごい。そこらのスーパーで売ってるようなもんやない…どこのスーパーやったら売ってる? いや、そういうことやのうて…とにかく、簡単に手に入るようなもんやないということや。ところが、普通の、だれでも持ってるようなコンピューター…え? 持ってない? ここのアパートの人間は誰も持ってない? そんなもん買うくらいやったら家賃払いまんがな、て開き直ってどうするねん。いや、ま、ええのや、そんなことは。いちいち言うてたら話が進まんやろが。えー、とにかく世間では普通のコンピューターをようけつなぐ、このグリッド・コンピューティングちゅうのんが注目されてて、すでに実用化されておる。エイズやアルツハイマー病の治療薬の開発、宇宙から降り注ぐ電波から地球外生命体を探索するっちゅうようなことに、すでに使われてるのや。そこでや。超能力ゆうと大したもんやけど、そうそうそこらにあるもんやない。一方、本人は超能力やと思てるけど、それほどでもない、中途半端な能力の持ち主はけっこういてるかもしれん。そういうもんをようさんつなぐと、ものすごい超能力と同じことができるはずやと、こう考えたわけや。わかったか」
徳川「はあ。なんや知りませんが、コンピューターをようさん、ぐりっとつなぐさかいぐりっと・コンピューター…でっか」
大家「まあそうやな」
豊臣「超能力やのうて、しょーむない能力でよろしいんですな。よっし!」
大家「変に自信ありげやな」
豊臣「それはもうばっちり…」
徳川「で、その、みんなの力を合わせてものすごい超能力者と同じことができる、というのはどんなことが」
大家「たとえば、同じ予知でも、地球規模の予知や。人類の未来はどうなるか、地球滅亡の日はいつかとか」
徳川「ええっ。ちちちちち地球滅亡でっか! そんなおそろしいもんがわかってどないしまんねん」
大家「当然、地球外脱出やがな。手をこまねいてるわけにいかん。心配しいな。今まで隠してたが、こうみえてもわしはNASAにコネがある。あのアームストロングさんとはファーストネームで呼び合う仲や。わしの分くらいは宇宙船の席を確保できるやろ。みなの分は補助席で」
豊臣「話が大きなってきたな。そうか、地球規模の予知…できるんかいな、このメンバーで」
大家「ものは試し。案ずるより産むがやすしや。では始めましょか。まあ人数はもうちょっと多いほうがええんやが、今日はあくまで実験ということでな。みなさん、この機械を頭につけて」
細川「なんですか、このヘルメットみたいなもん…ひももいっぱいついてまっけど」
大家「ひもやない、コードや。これをみなさんにかぶってもろて、みなさんの脳波を1個所に集めますんや」
山之内「せ、生命の危険はないんでしょうね」
大家「さー何しろ使うのはこれが始めてやからな〜へっへっへ」
徳川「こわがらしてどないしまんねん」
大家「みなさん、用意はよろしいかな。では、思いっきり意識を集中して…人類の未来やで、さー…集中して…じんるいの〜みらい〜」
徳川「人類の未来…うーん…うーん」
織田「うー、うー」
豊臣「織田さん! どないしはった」
織田「力んだら、トイレに行きたなってきました。なんせ夕べのサバが…」
大家「無理はしなさんな。早うトイレに行きなはれ…ああ、戻ってきた。大丈夫か。ほなもう1回。さー集中して」
徳川「うーん…あ、なんやろ、頬に傷のあるこわもての男がふたり」
豊臣「ほんまや、わしにも見える!」
細川「あー、それはうちに来る借金取り…」
大家「なんや、細川さんとこの借金取りかいな。まあええやろ。ここにいてるほうが安全ちゅうもんや。ほなもう1回。今度こそはがんばってや。さー、人類の未来〜」
徳川「うーん…あ、見えてきた、見えてきた。なんか丸いもんが」
豊臣「わしも見えてきたぞ!」
山之内「ぼくにも見えてきました。丸いです…丸くて、こんがりとして…上の方が…」
細川「上の方が…茶色くて」
織田「これは何かな…何かに似てる…あ、ひょっとしてこれは」
一同「たこ焼き!」
大家「ちょっと待てちょっと待て! なんで人類の未来がたこ焼きやねん」
織田「うーん…しかし、どうみてもそうとしか…」
徳川「あのー、ひょっとしたら、その…すいません、あんまりおなかが減ってたもんでつい意識が食べるほうに集中して」
大家「なーんや。予知やのうて、単なる食い気かいな。困ったやつやな。ほな、いまのたこ焼きのことは忘れて、もう1回!」

 一同気を取り直して「うーん…」とやり始めたそのとき。機械からバン!と音がして、その後キュルキュル、シュポシュポ〜ちゅうようなけったいな音がしたかと思うとうんともすんとも言わんようになった。

大家「あーあ、こわれてしもたがな。せっかくの発明品が…しゃあないな。これ以上続けるのは無理やな。みんな、ご苦労やった。今日のところはこれで解散や。徳川さん、早う何か食べなはれ。細川さんは借金取りが帰るまでここにいてる? まあ好きにしなはれ…」

豊臣「おーい、徳川はん、いてるか」
徳川「おお、誰や思たら豊臣さんかいな。なんやねん、こんな朝早うから」
豊臣「あんた、冒頭と同じこと言うてるな」
徳川「あんたが同じこと言うからやろ」
豊臣「ははは…ばれたか。それにしてもあのときはおかしかったな。あれから3か月くらいたつかなあ。人類の未来を予知するゆうて、みんなで一生懸命、ふうふうゆうて見えたのがたこ焼き…はははは。お、テレビ買うたんか」
徳川「ああ、買うたんやのうて、織田さんがしばらく入院してるんで、その間借りてるんや。ひさしぶりにまともに映ってるテレビ見たわ。テレビて映ってないと見ててもおもしろないからな」
豊臣「あたりまえやがな…おい、ちょっと待て。これ、見覚えないか」
徳川「あれっ。ほんまや。これ、あのときのたこ焼きとちゃうんか。声大っきしてみよ」
テレビのアナウンサー「…で、世界の科学者たちの懸命の努力にかかわらず、もはや小惑星の地球衝突は避けられない模様です。最後の時は刻々と近づいています。なお、この小惑星、まるでこんがり焼けたたこ焼きにソースをかけたようなその外見から日本の科学者たちはなかばやけくその親しみをこめて『たこ焼きくん』と呼んでいますが…」

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