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誘われて……へ?

林義典

 

 「――と言うわけです。わかってもらえましたか?」
 勤め先の近所にあるファミレスで袴田一郎は、同僚の下北由美に睨みつけられていた。
 「……は、はぁ」
 期待はずれの展開――それも意外な展開――に一郎は頭を掻いてそう返事をするのがやっとだった。手前勝手に期待して、ノコノコとついて来たことに後悔しても後の祭りだ。
 一郎の態度を理解不足によるものと感じたのか、それとも、優柔不断とでもとったのか、とにかく何かが気に入らなかったらしく、「しっかりして下さい! あなたの行動に人類の未来がかかっているんですよ!」と突っかかって来た。
 一郎は、その激しい剣幕に気圧されて、「ま、まぁ、まぁ……」と愛想笑いを浮かべるのがやっとだった。
 八月某日――夏の盛りとはいえ、効き過ぎた冷房は寒いくらいだが、一郎は額に汗を滲ませていた。
 何とかごまかそうとしていることが気取られたのか、由美は目を剥いて身を乗り出そうとした。
 と、その時、「コーヒーのお代わりいかがですか?」と気の抜けた声がかけられた。
 一郎と由美が声の方を見上げると、胸ばかりが強調された制服のウェイトレスがにこやかに立っていた。
 「結構です!」
 「ああ、お願いします」
 由美はムッとして、一郎はホッとして、二人同時に異なった返答をする。
 一郎のカップだけにコーヒーを満たすと、ウェイトレスは、「御用があればお呼び下さい」と頭を下げて離れて行った。
 気勢を削がれた格好の由美は、肩を竦めて溜息を吐いた。
 「……まったく……危機感がないにも程というものがあります……」
 ――いや、そう言われても……なぁ……。
 一郎としても、一方的に失望を押しつけられても困惑するばかりだ。
 間があいたのが良かったか、先程よりは冷静に由美は語り始めた。
 「それで、さっきの続きですが……」
 一郎はそれに適当に相槌を打ちながら、目の隅でさっきのウェイトレスが同僚達とこちらを伺いながら囁き合っているのを見ていた。どうやら、さえないカップルの別れ話だとか思われているようで、何やら報告会を開いているらしい。話が更に長引くようであれば、喜々として別のウェイトレスが水かコーヒーの補充にやって来そうだ。
 まぁ、確かに端から見れば、差し向かいで座っている男女がなにやらもめていれば面白がって当然といえば当然だが。
 「――って、聞いてます?」
 「あ、あぁ、もちろんですよ……。でも、なぁ……何かの間違いじゃないですか? 俺が、そんな……」
 「いいえ、間違いありません。袴田さん、あなたです。あなたなんです!」
 力強く言い切る由美の態度が却って一郎の不安を煽った。
 向こうのウェイトレス達の間では、「できちゃったのよ」とか、「不倫」とかの単語が飛び交っている。由美の興奮具合に比例して、彼女らの想像はますますエスカレートしていってるようだ。一郎は、勤め先の周辺にあらぬ噂が流布される予感に気が重くなった。
 ちらちらとウェイトレス達に気を取られる一郎にいらだったらしく、由美は額に手を当てて溜息を吐いて言った。
 「ここでは落ち着いて話が出来ないようですね」
 由美は立ち上がると、「良いでしょう、歩きながらでも説明は出来ます。時間もないですし……出ましょう」と一郎を促した。
 由美はレシートを無視して席を立ったので、何故か会計は一郎がすることになった。
 「ありがとうございました」
 会計を済ませて出て行く一郎の背中に、報告会を開いていたウェイトレス達の視線が妙に痛かった。
 ――この店には、しばらく入れんな……。
 「こっちです。来てください」
 さも当然のような態で一郎を促して、由美はさっさと歩き出す。一郎に奢らせたことに感謝する気はまったくないようだ。
 自分の意志とは関係なく世間を狭くした一郎は、肩を竦めて由美を追いかけた。

 袴田一郎は某健康食品会社に勤めている。優秀というわけでもないが、特別無能というわけでもないごく普通の社員だ。下北由美も同じ会社に勤めていて、やはり、優秀でも無能でもないごく普通の社員だ。二人は同僚ではあるが、所属部署も違うので特別親しい間柄というわけではなかった。同期入社ということで、お互い顔を知っているというだけの、挨拶する程度の関係だった。
 帰り際、その由美に一郎は、呼び止められた。今日は毎週欠かさず観ている特撮番組『特捜奉行トオヤマ』の放映日だ。一郎としては、さっさと帰りたかったのだが、由美につき合うことにした。
 急な残業の発生も考慮してビデオ録画はしていたし、何より、妙齢の女性から真剣な顔で、「チョッとお話があります」と言われて都合の良い期待を胸に抱かない程に朴念仁でもなかったからだ。
 そして、鼻の下をのばしてノコノコついて行った結果が先程の顛末と相成った次第だった。
 「速く! こっちです!」
 由美に急かされている一郎の姿は、端から見れば尻に敷かれている彼氏かダンナといったところだろう。渋々、一郎はついて行っている。
 「――で、先程の続きですが……」
 歩きながら由美は話の続きを始めた。
 ――やれやれ……。
 一郎は内心が顔に出ないように気をつけて由美の話に耳を傾けた。
 彼女の話とはこうだ。
 今、一郎と連れ立って歩いている下北由美は、実のところ下北由美ではない。別に、双子の片割れだとか、にせ者とかいうのでもない。身体そのものは下北由美だが、その身体を操っている魂が下北由美のものではないというのだ。
 彼女――つまり、下北由美の身体を借りている魂――は、袴田一郎に会うために未来からやって来たのだという。そしてそれは、一郎の今日の行動が人類の命運に関わる大事に連なっているのがその理由だという。
 「その行動を妨害しようとする勢力がいます。私はあなたの支援にやって来ました」
 ――どっかで聞いたような話だな。
 筋骨隆々の政治家の顔を一郎は思い浮かべる。
 「何かの実体物を過去に転送することは時間順序保護理論や質量保存の法則等を持ち出すまでもなく不可能です。ですが、物体は無理でもその他のものはどうなのか、と考えた人が居ます。
 輪廻転生というのを聞いたことがあるでしょう?
 何百年も前の記憶を持って生まれて来る、あれです。ついこの間死んだ者でなくても、何百年、何千年のスパンでそれらは起こっています。
 臨死体験というのもありますよね。意識不明の時、過去の風景や覚えのない場所――未来の風景とも思われますが――を見たという報告です。
 これらのことから、魂――精神――というものには時間の概念は存在しないのではないかと考えられたんです。
 そして人工的に仮死状態に陥って、肉体から離れた魂を対象となる過去の、あるいは未来の人物に飛ばすことにより、魂だけの時間移動を可能にしたんです」
 その時間移動法は、『ソウルダイブ』と名づけられ、彼女のような時間移動実行者は、『ソウルダイバー』と呼ばれているとのことだ。
 その際、対象となるのはソウルダイバーの魂と肉体の相性が合致した人物――つまりこの場合は由美――ということだった。
 「バタフライ効果を知っていますか?」
 北京で蝶々がはばたけば、ニューヨークの天気が変わるというやつだったろうか。
 「あなた自身は後の歴史に大きな影響を及ぼすことはありません。だからこそ、敵もあなたに目をつけたのですが」
 小物呼ばわりされたことに一郎の心は少々傷ついた。恐らく表情にも出ていたはずだが、由美は気にせず話を続けた。
 「今日のあなたの行動も、それ自体は未来に直接関係して来ません。しかし、今日のあなたの行動を妨害することによって、未来の出来事に変化を及ぼすのも可能なんです」
 ――うーん……。
 由美は一郎が自分の話を信じないとは思っていないらしく、その言葉に躊躇いはない。最初は、特撮番組が好きな自分の気を引くための愉快な冗談かもと思っていたが、その真剣な態度からそうは見えない。
 時間移動の話にしても、それを真実とした場合、輪廻転生や魂の存在を現実の事柄とするのを前提となければならない。いくらオタクな趣味の持ち主といえども、それは信じがたかった。
 バタフライ効果とか、時間移動とか言われてもピンとこないというのもあるが、何より、別に大出世すると期待もしていなかったが、小物呼ばわりされたことは、これからの人生がつまらないものだ、と宣告されたようで気に入らなかった。
 「でも、過去へ遡ることができんなら、もっと前に遡って俺の両親に乗り移るとかして俺が生まれなくすれば良いんじゃないの?」
 よくある疑問を口にして抵抗を試みた。
 「いえ、時間の流れには復元作用が働きます。事象をいじっても、時間が経てば修復してしまうんです。事象直前でなければ意味がないんです」
 つまり、一郎という存在が消えてもタイミングが悪ければ一郎の代わりの存在が現れるということらしい。これまた、お前の代わりはいくらでも居る、と宣告されたようで気に入らない。
 ――でも、なぁ……。
 この突拍子もない由美の話に、もしかしたら、と引っかかる部分が一郎には無いでもなかった。それで、つき合い良くノコノコとついて行っているのではあるが。
 実は、この袴田一郎、普通人にはない能力、いわゆる『超能力』を持っているのだ。
 持っているのは物体を手も触れずに動かす能力――念動力だ。
 ただ、動かせるのは軽い物に限られているし、定番のスプーン曲げもかなり集中して時間をかけないとなかなか出来ない。物心がついた時には、道端に転がっている缶を転がすとかして遊んでいた。子供の頃は誰にでも出来るものだと思っていたのだが、長じるにつれ自分の周りの友達とかにはそんな力がないことがわかってきた。得意がって見せた時期もあったが、時に気味悪がられたりして、今は『手品』として余興程度にしか使わなくなった。
 サイコロとかを自由に操れれば大金を手にするのも夢ではないのだが、移動する物体には念を集中できないのかそんな便利なことは出来ない。
 つまり、『超能力』と胸を張って威張れるような大層なものではなく、『特技』の範疇に入る使いどころがないものなのだ。一郎としては、履歴書の特技欄にも恥ずかしくて書けないものだとの思いが強く、ある種のコンプレックスにもなっている。
 一郎にしてみれば、自分自身がそんな非日常的な能力を有しているのに、他の非日常的な存在を許容しないというのではあまりに狭量にすぎるだろう、との思いがある。失礼なことを言われたりしているのに、渋々ながらもつき合っているのは、そういった理由からだ。
 まぁ、今まで話した内容を彼女が本当なのだと信じ込んでしまっている、というのが可能性として一番高いのだろうけども。
 ただ、少しばかり納得いかないのは、正気であれ、正気でないのであれ、由美が妙に偉そうにしているのと、その容姿があまりに普通すぎることだ。
 ――映画やドラマなんかで、タイムトラベルするのは、女子高生とか美少女と決まってるんだけど……。
 そう思うのは一郎のオタクな偏見に過ぎないが、確かに由美は至って平凡な容姿をしていた。
 ――ドラマチックな展開には、美女か、せめて好みのタイプでないとなぁ……。
 一郎は、そんな不埒な思いを弄びながら由美の後ろをついて行っている。

 一郎と由美は、寂れた商店街のアーケードを歩いていた。一郎は初めて来る場所だが、由美の足取りに迷いはない。二人は、さっきのファミレスからかなりの距離を歩いていた。
 商店の看板が退色して傾いていたり、シャッターが閉じられてから開けずに数年は経っていそうな店先があったりと、通り全体は寂れた雰囲気なのに、意外に人通りがあって結構賑わっている。一郎たちのような勤め人然とした格好の者も多いが、祭りでもあるのか、ゆかた姿も目についた。その所為か、何だかカップルがやたら多いような気もする。
 キョロキョロと興味深げにあたりを見まわす一郎に、由美は振り返りもせずに、「急がないと、私の敵対勢力もあなたと接触を図る可能性があります」と言った。
 「それって、どういうこと?」
 由美は立ち止まって、いらだたしげに振り返った。いつまでも、のん気な一郎に憤っているのだろう。
 「決まっているでしょう! 強硬手段に出て、あなたを行動不能にして歴史を変えようとするんです」
 「そのー、強硬手段で行動不能ってのは? もしかすると?」
 「最悪、あなたを殺害する可能性があるということです」
 「あ……やっぱり」
 引っ張りまわされている上に、不穏なことを力説されて一郎は顔をしかめた。
 ――やなこと言うなぁ……。
 与太とは思っているが、本当だった場合、自分を害する何かが来る、ということだ。一郎は暑さ以外の理由で汗が吹き出てきた。そんな一郎を無視して由美は歩き出した。
 「ウォーッ!」
 後ろで上がった叫び声に二人は振り向いた。
 見ると、そこには明らかに周りと異質な雰囲気を持った男が、意味不明なことを叫びながらフラフラと歩いていた。
 「キャッ」
 「うわ!」
 歩いていたカップルや会社帰りのサラリーマンやOLがおっかなびっくりで男に道を開ける。通行人達が道を開けていくその姿は、さながらモーゼのようだ。
 酔っ払いかとも思ったが、焦点の合っていない眼、手には包丁、口にはヨダレ――誰がどう見ても狂人の類だ。
 一郎は男を指差して言った。
 「ええっと……あれが、君の言ってた刺客?」
 「恐らくそうです。奴も私同様にソウルダイブによりここにやって来たんでしょう」
 由美は自信タップリに頷いた。
 「あ、やっぱり」
 本当に刺客としたら敵対勢力とやらも随分人材難のようだ。
 一郎は男と眼を合わさないように顔を背けた。しかし、男は自分にしか見えない何かを見つけたのか、それとも由美の言う通りだったのか、一郎を認めると真っ直ぐこちらに向かって来た。
 「さ、行きましょう!」
 由美は駆け出した。
 「あ、はいはい」
 一郎も由美を追う。いかに由美の話が信じられなかろうと、狂人が凶器と狂気を携えてこちらに向かって来るのは事実だ。促されるまでもなかった。
 さっきまで千鳥足だった男は、一転してこちらに向かって駆けて来る。
 別に肥満とかではないはずだが、運動不足がたたってか、一郎はすぐに息が上がってきた。
 男の足は意外に速く、二人にぐんぐん迫って来る。
 一郎は、振り向く余裕もなく駆けた。
 「キャッ!」
 聞き覚えのある声に振り向くと、由美が男に手を掴まれている。一郎は、いつの間にか由美を追い越していたようだ。
 「おい!」
 一郎は男の腕を掴んで由美と引き離そうとした。しかし、腕を掴んだものの男のものすごい力で跳ね飛ばされてしまい尻餅をつく。
 「は、離しなさい!」
 由美は何とか逃げ出そうとしているが、男は離しそうにない。
 一郎が座り込んだまま顔を上げると、男と眼が合った。一郎には、男がニヤリと笑ったような気がした。男は抵抗している由美を一郎に見せつけるように正対させた。そして、手にしていた包丁を振り上げた。
 飛び掛っている暇はない。
 一瞬の逡巡――その時、地面に転がっている缶が目に入った。
 一郎は精神を集中して、缶を転がした。ゆっくりと転がった缶は男の足をすくった。
 「ふぅわー!」
 奇妙な声を上げて男は頭から転倒した。
 「あ……」
 倒れた男はピクリとも動かなかった。
 「イタタ……」
 男と一緒に倒れた由美が立ち上がった。一郎は座り込んだままだった。
 「や、やった……」
 今までろくな役に立ったことのなかった超能力だが、初めて役立ったことに一郎は密かな感激を覚えていた。
 遠巻きに見守っていた通行人が集まって来て、男を覗き込んでいる。
 「息はあるぞ!」
 「警察だ! 警察!」
 「いや、救急車だ!」
 てんでに勝手なことを言って、やじ馬が騒ぎ始めた。
 このままでは、警察やらがやって来て足止めされるかも知れない。厄介なことになりそうだ、と判断したのか、由美は感激して座り込んでいるままの一郎の腕を取った。
 「さ、急ぎましょう!」
 由美に促されて、一郎は腰を上げた。やじ馬を掻き分け、二人はその場を急ぎ足で離れた。
 もしかしたら、今の事件が自分を必要とした理由だったのかも知れない、と一郎は期待して由美に尋ねてみる。
 「超能力? 何ですか、それ?」
 「いや、だから……さっきの……。へ……ち、違うの?」
 「超能力ですか……なるほど……。でも、今回、私はそんなことは聞いていません」
 「あ、そうなの?」
 「さ、急ぎましょう」
 ここで、その通りだ、とでも言われれば、コンプレックスの克服にもなったのだろうが、そう上手くはいかないようだ。拍子抜けした一郎を尻目に、由美はさっさと歩き出す。

 「ここです」
 そう言われたのは、堤防沿いの広場だった。あまり人が来ないのか、丈高い雑草が生い茂りその先にあるはずの河の流れを隠している。月明かりがなければ、とても踏み入る気になれそうにない。
 人類の運命を決めるにしては、随分な場所に思えた。
 由美は足元の人の頭ほどある石を指差した。
 「あなたには、これを移動してもらいたいんです……出来ますか?」
 「ああ……まぁ、そりゃね……」
 頷いた一郎は少し考えて、「あのー、もしかしてこの石を超能力で動かすとかじゃない?」と聞いてみた。もっとも、こんな重そうな石を移動させるなんて力はないが。
 「いいえ、そんな話は聞いていません」
 由美は首を振った。
 「あ、そう……やっぱりね」
 腕をまくって石を両手で抱え込んでから、思わず振りかえる。
 「どうしたんです?」
 「いや……こういう時、テレビや映画なんかだと、さっき倒した悪役が後ろから襲ってきたりするもんだからさ……」
 「何、言ってるんです? 早くしないと時間がありません」
 「あ、あぁ……ごめん。わかった」
 さすがに慣れてしまって、偉そうにされることにさほど怒りは覚えなくなっていた。それに、草むらとかに誰かが潜んで居るようにも見えなかった。
 「どっこいしょ、っと」
 石を持ち上げると、意外に重い。
 「ど、どこに……」
 「そこです」と、由美が指差したのは、元あった場所から一メートルも離れていない場所だった。
 言われた通りの場所に一郎は石を置いた。
 「こ、これで、良いの?」
 一郎は肩で息をしながら尋ねた。さっきの追いかけっこの時といい、もう少し運動することにしよう。
 由美が頷いた。
 「……何だかなぁ……」
 アッサリしたその態度に、一郎は鼻を鳴らした。これだけのためにあの騒ぎか、と思ってしまったのだ。
 あの刺客とやらも、わざわざこの程度のことを防ぐためにやって来て、すべって転んで倒されるとは少々情けない。
 それに、由美に至っては一郎に助けられている。まぁ、確かに「支援しに来た」とは言ってても、「助けに来た」とは言っていなかったが。
 ――いったい、何を支援しに来たのやら……。
 その拙劣さに呆れていると、「ありがとう、これで……」と、由美が頭を下げた。
 下げたと同時に、頭上で破裂音が響いた。
 「わぁ!」
 二人は、声を上げた。夜の空に色とりどりの花が咲いていた。
 祭りの余興か、花火を近所で打ち上げているらしい。一郎は、さっきの商店街にカップルが多かったことを思い出した。
 夜空に舞い散る花火を見ながら、フト、もうひとつの可能性があることに一郎は思い当たった。そう、彼女がある部分に関してうそを言っていた場合も考えられるということに、だ。
 つまり、由美が人類側の立場でやって来ていない可能性もあるということについてだ。
 『人類の未来』と由美は言っていたので、敵対者が『人類の敵』であると勝手に考えていたが、相手が何者であるかまでは聞いていない。もしかしたら、由美の方が『人類の敵』かも知れない。もしくは、自分の都合の良いように歴史を変えに来た犯罪者とかかも知れない。それに、あの刺客とかも、見た目はともかく、それを防ぎに来た人類側の代表とか、警官だったかも知れない。
 由美の中身――ソウルダイバー――が何者かの証明が出来ない以上、確かにその可能性もあるのだ。
 ――それに、さっきの奴は俺を襲わずに、彼女を襲った……。
 一郎は、もしかしたら、自分がとんでもない奴に協力してしまったかも知れないことに気がついた。
 一郎は、そこまで考えて首を振って笑った。
 それは、由美の言っている時間移動や魂のあれやこれやの話が全部事実であるとの前提で成立することだ。そんなことを真剣に考えるなんて、すっかり、由美の話に毒されてしまっていたようだ。
 それに、小物扱いされて振り回された上、悪人の片棒を担いだなんて思いたくもなかったし、何百年、何千年後か知らないが、そんな先の出来事に責任を負いようもないし、負う気もなかった。
 夜空の花火から視線を落とすと、由美がキョトンとして一郎を見つめていた。
 「……袴田さん?」
 そう言って、由美はキョロキョロとあたりを見まわした。
 どうやら、正気に戻ったらしい。無責任なことに、ソウルダイバーは挨拶もなく帰った――実際に存在すればだが――ということのようだ。
 「あの……私……ここは?」
 今までのことは覚えていないらしく、由美は少し混乱しているようだ。何をどう聞いて良いのか、考えあぐねているかのようにみえた。
 まぁ、気がついたら特に親しくも無い男と、人通りもない雑草だらけの広場にポツンと突っ立って花火を見上げていたのだ。混乱しない方がどうかしている。
 由美は、問い質したげに一郎を見つめているが、一郎もどう説明してよいやらわからない。ソウルダイバーも、どうせ帰るなら言い訳のひとつも残していけば良いのに。
 ――さて……と。
 女性に言い寄られ、変質者に追いかけられ、それを超能力で倒し、未来にチョッカイをかけて、花火を見て――とても、ひと言で説明できそうにない。
 普通、映画なんかだと、こういう劇的な出来事の後は、何かに希望を見出すとか、何かを克服するとかがあるものだが、そんな都合の良い変化が自分に起きたような気はしない。
 あえて挙げるとすれば、役立たずと思い込んでいた超能力で変質者から由美を助けたことで、それが自身の能力に対して多少の自信になりそうだ、ということぐらいだ。
 結局、今回の件では、何をどうしたのかよくわからないし何をしたのかも定かでない。
 フト、由美に乗り移っていたというソウルダイバーの名前も聞いていなかったことにも気がついた。
 未来の連中の拙劣さをバカにしていたが、間が抜けているところは、自分も大して変わらない。
 一郎は苦笑を浮かべた。
 苦笑する一郎を不審そうに由美が見つめていた。
 一郎は、「き、きれいですねー」と夜空を指差した。
 「え? ええ……そうですね……」
 一郎の言葉に由美は頷き、顔を上げ花火に見入った。
 一郎は、何とかごまかせたことに、ホッとした。とにかく、すべての花火が打ち上げ終わるまでに何とか言い訳を考えなければならない。
 今こそ助けが欲しい時だが、助けは来そうにない。
 一郎は言い訳を捻り出すために冷や汗を掻きながら、由美は華麗な花火の演舞に感心しながら共に夜空を見上げている。
 夜空に散った花火が、この奇妙な二人を照らしていた。

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