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BookReview


未完 先祖物語−遺伝子と人類誕生の謎−

『未完 先祖物語      
−遺伝子と人類誕生の謎−』

ISBN:4-89706-657-3

大野乾著

レビュー:[卓]&[雀部]&[NIS]

羊土社 2500円 2000/12
 世界的な進化論学者、大野乾博士の遺作となったエッセイ集。人類誕生の謎をめぐり独創的な進化論を展開している。



[卓]  今回取り上げるのは昨年物故された遺伝学の泰斗、大野乾(おおの・すすむ)博士の遺作となった「未完 先祖物語」です。どこかで耳にしたことのある名前だと思っていたらその世界では超のつく有名な学者さんだったんですね^^;)
 この本は進化論についてのエッセイシリーズ3部作の最後となる予定だったもので、前2作(「大いなる仮説」「続 大いなる仮説」)はともに羊土社から刊行されています。「実験医学」という雑誌に連載されただけあって医学・生物学研究者向けの内容ではありますが、門外漢の私が読んでも大変面白い、知的刺激に満ちた本でした。
[雀部]  大野博士が有名になったのは'60年代後半、アメリカのシティ・ホープ医学研究センター在任当時に提唱された「遺伝子重複説」からですね。生物は、同じ機能を持った遺伝子を一つだけでなく、いくつも持っていることがあります。例えばヘモグロビンの遺伝子は、十数個もあります。中には十万、百万と重複している遺伝子もあります。大野博士は、こうした遺伝子重複によって、生物が生きていくうえに悪い影響を与えることなく新しい形質を突然変異によって獲得することができると予想したわけです。また性決定遺伝子の分離も、国際的に高く評価されているようです。
[NIS]  今回の本は、生物学者以外の方々にも楽しんでいただけるような生物学の本ということで、「先祖とは何か」という切り口で書かれていらっしゃいますね。
[卓]  いやーなんと言うか、真のインテリゲンチャとはこういう人のことだろうと^^;)…生物学にとどまらず人類学や考古学、世界史に至るまでその博識には驚かされました。
[雀部]  いやまったく、プーシキン、デュマからロマノフ王朝まで考察の対象なんですから。
[NIS]  ご先祖さまについて分子進化学的考察をしている訳ですが、その考察の深さとユニークさには、感動をおぼえました。
[卓]  「理論生物学(theoretical biology)」なる言葉は初耳でしたが、大野博士は生物学界のアインシュタインとお呼びしたくなるような予言者だったんですね。
[雀部]  あ〜、生物学界のアインシュタインは言い過ぎのような気も^^;世界的な進化論仮説として有名なのは日本では、浅間一男「成長遅延説」、今西錦司「棲み分け理論」あたりですね。
[NIS]  あと、なんといっても木村資生「中立進化説」ですね。
[卓]  あ、アインシュタインと言ったのは現実のはるか先を読んだ理論を提出してきた点についてです。脊椎動物が高度の進化を遂げた背景には創世期における連続2回の四倍体化があったとする仮説は1970年に提唱されたものですが、この仮説が分子遺伝学的に裏付けられたのはなんと1993年になってからだったという…
[NIS]  独特の観点からのはっとするような独創的な論述が、次から次へと出てきますね。
[卓]  こういう独創的な thinker は日本からはなかなか出ないですね。いたとしてもたいてい海外に流出してしまう。大野博士もご多分にもれず、大部分の業績は海外で挙げられたようです。私がこの本を読んでいて目からうろこが落ちる思いをしたのは8章の冒頭、血液型に関する記述で、ちょっと引用すると「そもそも、血液型Aの人は一生を通じてB型赤血球に遭遇したことはないはずである。それにもかかわらず、必ず抗B型抗体をもっている。B型抗原と同じ抗原を持った細菌が環境中に蔓延しているからである」というくだり。同じ血液型どうしでないと輸血できないというのは小学生でも知っていることだし、その後も何度も学校で習ったけど「なぜそうなのか?」という疑問は抱いたことがなかったもんね。
[雀部]  あ、私も私も。私は先祖代々遺伝で伝えられてきたものかと思っていた^^;
[NIS]  しかし、こうしてみると、我々の進化に関する認識は、未だにダーウィン進化論にとらわれていることが多いような気がしました。
[雀部]  というか、まだまだダーウィン進化論は、生きているでしょう。ヘレナ・クローニン女史なんか、ばりばりのダーウィン進化論信奉者ですが、色々新説を持ち出してきてるし。モディファイすれば、とうぶん生き残るのでは(笑)
[卓]  そうですね。この分野は最近になって指数関数的に情報が増えていて、これからも新しい知見がどんどん出てくると思いますが、そのスピードが速すぎて学校教育にはなかなか取りこめないんじゃないでしょうか。その点でもこういった一般向けの啓蒙書の役割は重要だと思います。
[NIS]  学術用語が日常会話に使われるほどポピュラーになる頃には、その学術用語がからんでいる分野の知見がすでにかなり変貌を遂げていたりしますね。進化論の場合だと、「生存競争」などの言葉は日常会話でも用いられますが、進化論を離れて一般的な日常会話でこの言葉が用いられる時にも、その言葉はやはり「生存競争が生物をよりすぐれたものに進化させると科学的に証明されているらしい」という認識を持って使われているのですね。そこを「進化論も変わってきてね、今はこういう考えが主流になっていて……」と説明して納得してもらうのは、並大抵のことではありません。生存競争という言葉自体は日常会話に残ってもいいが、実際にはその言葉が現在の進化論の中でどのように扱われているのか、そういうことを一般のみなさんにもぜひ知ってもらいたいんですが……
[雀部]  日常会話で使われる「生存競争」は、生き残りゲームみたいな感じで使われてますよね。生存競争によってあまり学習したとは言えない、同じ過ちを犯す人が多いみたいですが(爆)
 まず、学校の先生がこういう本を読んで、最新の知見を知っておくべきでしょうね。でも、最近の学校の先生は理科に弱いというからなぁ。なかなかパソコンを扱える先生も増えないそうだし。
[NIS]  理科に弱いどころか、科学そのものについて否定的な見解を持つ学校の先生も増えているといいます。そういう時代に、一冊やそこいらの啓蒙書が何ができるか、心細くも思えますが、逆にそのような時にこそ、科学に関心の無い人々の心に届くような科学の本が必要なのかもしれないと思いました。
[雀部]  アメリカでは、進化論そのものが神の教えに反しているからと教えない学校もあると聞きましたが、こういう原始の生命体同士が共生して生き残っていくというのも神の教えに反するんでしょうか。
[卓]  さて大野博士はヒトをヒトたらしめたのはごく少数の突然変異であったはずという洞察から、類人猿と原人にはなくてネアンデルタール人と新人にだけ存在する形質を探し、ついにそれを発見したと書いておられます。このへんもまた示唆に富んだ大胆な仮説ですね。
[雀部]  大後頭孔が、チンパンジーや原人に比べて三倍近く太いと言うんですけど、ここは延髄・椎骨動静脈・副神経・脊髄動静脈等々が通っているので太くて当たり前なんですけどねぇ。舌の運動神経が頭蓋から直接で出てくる孔は、舌下神経が舌下神経管、舌因神経が頚静脈孔からですから、これは大野先生の書き間違いでは?
[卓]  どうなんでしょうね。foramen magnum という解剖用語がヒトとそれ以外で別のものを指しているとか^^;)
[NIS]  ついに書かれることのなかった、まぼろしの最終章が読みたかったです。「エピメテウス的進化」の話になるはずだったということですが……
[卓]  先見の明を持つプロメテウスに対して後知恵しか持たないその弟のエピメテウス。進化はつねにハインドサイトによって起こるのであって、決してフォーサイトによるものではないということをスペインの野生のウサギを例にとって語られたインタビューが代わりに紹介されていますね。ところでSFではプロメテウス的進化論が取り上げられることが圧倒的に多かったのではないかと思いますが、どうでしょう?
[雀部]  SFの場合は、そこらあたりまであまり考えている作家が居ないような(笑)
 ベアの『ダーウィンの使者』は、ハインドサイト的なDNAの変異をおこすお話だったような気がします。
[卓]  内容については申し分のないこの本ですが、ちょっと残念だったのは表記が一部統一されていないために読みにくくなっていること。著者が亡くなってしまったので訂正できなかったためとは思いますが。
[NIS]  原人が発見された場所の図に日本の東北地方も載っていますね (^_^;) つくづく罪なことをしてくれたなあ(>藤○君)
[雀部]  ありゃほんとだ。まあそれでこの本の価値が下がるわけでもないですが。
[卓]  最後になりますが、この本を例えばどういう人たちに薦めますか? 私は子供に読ませたいと思ったけど、中2じゃちょっと無理かな^^;) あと、血液型心理占いに凝ってる人、というかあれを占いじゃなくて生活指針にしている人には8章だけでもぜひ読んでいただきたい。
[雀部]  動物占いってのも流行ってますけどね。歯科用のものもあったりしますが(笑)
 生物で、進化論をやるときに、ぜひサブテキストとして使って欲しい本です。ぜひ全国の高校の図書室には一冊!
[NIS]  家系図や自分のルーツに興味のある方には絶対にお勧めです。あと、進化や生物といったキーワードに直接関係なくても複雑な系統を扱う必要のある人、たとえば伝承文化や古武術の研究をしていらっしゃる方々など、たまにはこういう別な観点からの「系統」の考え方について読んでみると、良い意味で刺激になるのではないでしょうか。
[卓]
放射線科医。本誌編集長。
[雀部]
48歳、歯科医、SF者、ハードSF研所員。
ホームページは、http://www.sasabe.com/
[NIS]
生命科学系。合気道者。某合気道場掲示板でSFタイトル合戦を展開中。

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