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Bookreview


レビュー:[雀部]&[松谷]

スピリット・リング

ISBN 4-488-58701-1

ロイス・マクマスター・ビジョルド著
/梶本靖子訳/浅田隆イラスト

創元推理文庫 980円 '01/1/28
 十五世紀の北イタリア。大魔術師で王宮付きの金細工師でもある父親のもとで育てられたフィアメッタは、16歳間近の一人娘。自分では魔法の素質があると信じているが、女の子だということで、なかなか魔術の道には進ませて貰えない。せいぜい恋の魔法の指輪を作って、父親が制作中のブロンズ像のモデルをしている近衛隊長に、淡い恋心を抱くだけだった。
 ある日、姫君のご婚約の宴で、無毒化の魔法がかけられた金細工の塩入れを披露するたるめ、宮廷に赴いた二人を待っていたのは、姫君の伴侶となるべき相手、ロジモ公の反逆であった。黒魔術を使った指輪〈スピリット・リング〉による攻撃をどうにかかわしたものの、二人は命辛々逃れるが、その逃避行の最中に父親も命を落としてしまう。さあフィアメッタ、君はこの苦難にどう立ち向かうんだい?
 新感覚のミリタリーSF、マイルズ・シリーズで大人気のビジョルド女史の描くファンタジーの世界。運命の恋人トゥールとの出合い、また父親を指輪に閉じこめ利用しようとする魔術師との戦いを通してフィアメッタの健気さ、可愛さと強さを歌い上げた作品です。最後は、みんなで協力して敵をやっつけるという、わりとありふれた展開ですが、ストーリー展開の魅力で、読ませます。ファンタジー・ファン、冒険小説ファンにはお薦めできます。
[雀部]  ロイス・マクマスター・ビジョルド女史といえば、《マイルズ》シリーズが有名ですが、松谷さんは二作を比べられてどういう感想を持たれましたか?
[松谷]  フェミ感は、どうしてもあります。女性作家の場合、多かれ少なかれ作品には見え隠れするものだと思っています。
 《マイルズ》シリーズは、母の登場していない作品では、気づきにくいですが、スピリット・リングは主人公が女性(フィアメッタ)なので、強く感じますね。女性という立場を良く書いてあります。
 それと、どちらの作品も家族を強く意識していると思います。マイルズにしてもフィアメッタにしても父の影響がかなり強い。しかし母も負けてはいない。
 しかも、両親はしっかり愛し合っているのです(笑)。
[雀部]  なるほど、愛し合っている両親に育てられた主人公というわけですね。確かにそうだ。そして『名誉のかけら』でも、父親の方は歴戦の勇士ではあるけど戦争馬鹿のような描き方で、母親のほうがずっとバランスの取れた人間として書かれてますもんのね。
 マイルズは、体にハンディキャップを持つ青年なんですが、そのことが人物造形に深みを与えていると思います。フィアメッタは、そういう面での障害は持ってないのですが、これは女性であること自体がこの時代では障害であるという描き方だと考えて良いのでしょうか?
[松谷]  そうですね。女性であることはかなりのハンディキャップになっていると思われます。
 力があっても父の跡を継げるわけでもない。
 戦いに協力しようとしても拒否され、失敗すれば自分がその場にいて、処女(おとめ)ではないからではと疑われる始末。それでもあきらめず自分の立場に甘んじることなく、敵に立ち向かって行く辺りが、マイルズも同様、主人公だなと思います。
 それと、これもマイルズと似ていますが、フィアメッタの母親は異国人です。ムーア人(エチオピア人と書かれている箇所もあります)である母は、父の奴隷であったのではという話が出てきます(実際にはそうではない)。母の血が濃いフィアメッタは奴隷と間違われたり、差別的発言をされる時があります。しかし、この話ではそれほど大きな障害とは描かれてはいないようです。
 また、フィアメッタは違いますがキリスト教徒ではないことも、この時代、この話の中では障害の一つであるようです。
[雀部]  フィアメッタは、様々な事情で事件に巻き込まれ、心ならずも困難に立ち向かっていくのですが、決して万能な女性としては書かれてないですよね。そして確かにひとことで炎を起こすことができるんですけど、そのこと自体を作者は、あまり重要視してないような書き方です(ラストでは大いに役立ちますが)。
 それより16歳の乙女を等身大で描くことによって、読者により親近感を抱かせることに重きが置かれていると思いますが松谷さんはどう思われましたか。
[松谷]  そこまでは考えませんでした。
 そうですね。結婚や男性にあこがれて指輪を作ったりします。男性の裸をこっそりのぞき見たり、立派なドレスにはしゃいだりと本当にどこにでもいる様な16歳の少女が、困難に立ち向かっていく話です。
 ビジョルドという人は、本人は意識してないとは思いますが、ジュブナイルの枠をこえ切れないところがある気はしています。ヴォルシリーズにしても、『スピリット・リング』にしても成長物語なのです。
[雀部]  成長物語が得意だというのは確かにそうですね。『自由軌道』はちょっと毛色が違うと思いますが。
 女性が活躍するファンタジーの主人公というと、最近では『女神の誓い』『裁きの門』の女剣士タルマと女魔法使いケスリーのコンビがいますが、けっこう対照的だと思われませんか?
[松谷]  この作品は、女性をヒーローの添え物として描いたファンタジーに反発し、女性をヒーローそのものとして描いたアマゾン・ファンタジーとして書かれたものです。
 そのために、女性は万能であり、男性の存在は添え物になります。女性を全面に押し出し、女性を主張している作品です。
 『スピリット・リング』は、男女平等を理想にした、男性も女性も必要であるといった作品であると思われます。その点、かなり趣が違った作品です。
[雀部]  タルマ&ケスリーのほうは、際どい性描写も出てきて、確かにジュヴナイルではないですね。あ、違うか。性描写が出てくるからではなくて、既に大人となって自立している二人が主人公だからですよね。で、だいたい二人で事件を片づけてしまいますね。一方『スピリット・リング』では、物語の半ばからは鉱夫であるトゥールが大活躍をしますし。
 ところで松谷さんは、この舞台となった中世イタリアではなく、現代社会においても女性であることが障害になっているとお思いですか?
[松谷]  アマゾン・ファンタジーのテーマの一つに「陵辱と復讐」がありますから性描写の表現はありますね。
 女性であることが障害になるというのは、これらの物語に描かれているほどではなくても、現代でも構図としては変わっていないという気がします。どうありたいか、または自分がどうであるかということと、社会が許容する女性像がぶつかる事は、ささいな部分での衝突を勘定に入れれば、まだまだあります。
[雀部]  私は男だから、あまりそういう部分には気が付かないのですが、確かにあるでしょうね。なんせ男でも、男ならこうあるべきだという規範がいまだに存在し、それらしく生きるように求められる世の中ですから・・・・
[松谷]  『スピリット・リング』では、そういう衝突を、自分を受け入れてくれる男性と出会うことで、限定的にせよ解消しているけれど、『女神の誓い』では、そういう解決は選んでいません。確かに対照的というのか、ある意味、社会とは関係なく自分たちのルールでやっている、それを実現するだけの力を女神によって得ているという、反則的な、それこそファンタジーになっています。だからといって、『スピリット・リング』の方がリアルかというと、そういうわけでもないですね。理想的な平等性を、あくまで物語の中でうまくまとめたものだという気がします。錬金術的な調和と、作者が対等であるべきと考えている男女の関係とを、重ねあわせて描いた作品なのではないでしょうか。
[雀部]  『スピリット・リング』では、トゥールや修道院長、さらには死んだ大魔術師の父親、同じく死んだウーリや妖精のノームまでが協力して敵に対抗します。
 ロジモ公の元にトゥールがスパイとして行くことになるのですが、フィアメッタは、わりと大人しく修道院長の元で待ってますね。タルマ&ケスリーのキャラクターだと絶対に押しのけてでも行っちゃいますよ(笑)
 フィアメッタはそれほど危険を冒して忍び込むことには固執してません。ここらあたりは、男と女の間に本質的にある肉体的・精神的な違いは受け入れるという現実に即した描き方だと思いました。でも魔術に関しては、フィアメッタも自分の主張を断固として通しますから、これはジェンダーによる差別は、認めないぞという作者の主張のように受け取れましたが松谷さんは、どんな感じを持たれましたか。
[松谷]  そうなんですよね。
 何度か、「あれ、行かないの?」「黙ってるの?」という箇所があるんですよね。他に読んでいた本が良いのか悪いのかそこがとても気になってはいたのです。(かといって、フィアメッタにスパイ役は到底勤まるわけもなし)
 行動を起こすまでに、割と時間がかかります。最初のころ、銀食器の修理を任されてるだけで喜んでいた少女が、自分を否定され、侮辱され、行動を起こします。役割分担とともに、やりたいことがあれば、自分で立ち上れとも言っている気がします。やれる力はあるのだからと。
[雀部]  活き活きとした登場人物もこの本の魅力の一つだと思います。私は、嫌な奴なんですが、ロジモ公がなかなか魅力的に思えました(笑)こいつと悪い魔術師のヴィテルリの会話は、正に敵役にぴったり。なんせ「子供が産まれるときは、完全なる形態―男になるように努力するが、多くの場合は失敗し女が生まれる」なんて会話をしてるんだから、女性から見ると噴飯モノに違いないです。
 松谷さんは、どのキャラクターに心引かれましたか?
[松谷]  私も実はロジモ公は「いい男(笑)」だなと思いました。ああ、こういう人でないと大ボスにはなれないよなって思ったんですよ。親分肌ですよね。トゥールが好きですね、コボルトとの交流やスパイ先でのなかなかの演技。結構やるではないですか。
 ただ、トゥールは若いせいもありますが、「良い人」であって「いい男」にはまだ遠いです。
 これからフィアメッタのお尻に敷かれつつ、「いい男」になっていくのでしょう。
[雀部]  トゥールは、一見頼りなさそうだが、じつはやれる男という美味しいキャラですね。
 フィアメッタのお尻には敷かれるのは確定的でしょうが、なぁに、かかあ天下のほうが家庭は上手く行くというのは、歴史的事実ですからして(笑)
 ところで、物語の展開の上での不満は無かったですか?私は、大魔術師であった父親の霊とフィアメッタの対決が見られると思っていたのですが、ちょっとはぐらかされてしまいました。ここらあたりも、ジュヴナイルということを考慮したのかな。
[松谷]  フィアメッタがまだまだ若いせいですかね。特にジュヴナイルを意識しているとは思ってません。
 ただ、私は、ビジョルドはファザコンだと思っています。だから、いつでも父は師であるのでしょう。
 実を言うと、表紙を見た時に、ライオンの精がスピリット・リングに宿っていて呼び出して戦うのかと思ってたんですよ。話前半まで金と銀のスピリット・リングの精が最終的に戦う話だと思ってました。で、そんなそぶりもなかったので、寂しかったです(笑)。
[雀部]  ありゃ、ビジョルド女史はファザコンですか。う〜ん新説かも知れない(笑)
 まあ、男はすべからくマザコンであるという説もありますから、不思議ではないですが(爆)
 確かに題名からすると、リングが主人公であってもおかしくないですよね。
 最後ですが、松谷さんはこの本をどういう人に読んでもらいたいですか。
 もしくは、どういう傾向の本が好きな方にお薦めできるでしょうか?
[松谷]  どうでしょう。私はビジョルドだから買って読んだという人間ですからね。
 だから、ビジョルドの他の本を読んで気に入った人には、お薦めできる本だと思います。
 それと、ルネッサンスにちょっとだけ憧れている人、なんかいいんではないかと思います。衣装とか調度品、時代背景や文化も興味深いですし。
 それから元気になりたい人。私は読んでいて、精神が活性化しました。
[雀部]  私は、精神は活性化しませんでしたけれど、面白かったです(笑)
 全ての女性ファンタジー・ファンと冒険小説が大好きな少年少女たちにもぜひ読んで欲しいというか安心して薦められる作品だと思います。
[松谷]  女性の立場を描いた作品ではありますが、あまりそちら方面でばかり読んでは欲しくないです。そんなことを気にせずに読んで、そういうこともあるんだなと思って欲しいんですし、気づいて欲しいです。
 そして、気づく目を養って欲しいと思います。
[雀部]
48歳、歯科医、SF者、ハードSF研所員。
ホームページは、http://www.sasabe.com/
[松谷]
PDF製作担当。本職はDTPオペレーター。
カタカナが苦手で、カタカナの登場人物の名前を、必ずといっていいほど取り違える。
読書スピードが遅いので、決して趣味は読書とは言えない。


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