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BookReview

宇宙消失 『宇宙消失』
グレッグ・イーガン著('92)
原題:"QUARANTINE" by Greg Egan
山岸真訳
岩郷重力カバー
ISBN4-488-71101-4 C0197
創元SF文庫 700円 '99/8/27
粗筋:
 2034/11月、突然空から太陽系の惑星以外の星が徐々に消えていった。太陽を中心とした半径120億キロの不可視の球体内部に人類は閉じこめられたのだ。その球体は<バブル>と呼ばれ、誰が何の目的で設置したか分からないまま33年が過ぎた。
 元警官でバブルの<子ら>と呼ばれるテロリスト集団に妻を殺されたニックは、ある日不思議な依頼を受ける。それは、管理の厳重な精神病院から抜け出した先天性脳欠損症の患者を探して欲しいというものだった。自分では動くことも叶わぬ患者がどうやって密室状態の病室から出られたのか、その調査にオーストラリアにある新香港にやってきたニックは、潜入した生化学研究所で捕らえられ、服従薬を飲まされてしまう。
独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆1/2
 最初はテンポの良いハードボイルドタッチで、お話が進んでいくのですが途中から話が大風呂敷になり、宇宙全体を俯瞰する様はまさに圧巻。
 これだけの長編のメインアイデアが、**だけというのも凄い。<バブル>の謎と、脳欠損患者の失踪が有機的に結びつく手際の見事さに唖然呆然。特にハードSFファンに大推薦できますね。人間原理とかシュレディンガーの猫とかに全く興味のない人には、ちょ っと辛いかも知れませんがね(苦笑)


順列都市順列都市 『順列都市(上・下)』
グレッグ・イーガン著('94)
原題:"PERMUTATION CITY" by Greg Egan
山岸真訳
小阪淳カバーイラスト
ISBN4-15-011289-4 C0197
ISBN4-15-011290-8 C0197
ハヤカワ文庫SF 上巻620円、下巻620円 '99/10/31
粗筋:
 2045年、裕福な人々は自らの肉体をスキャンし<コピー>と呼ばれる電脳空間で生きる存在となることも可能になっていた。成功した保険外交員であるダラムは、<コピー>となる実験を繰り返し、何度も<コピー>の自殺という結果に終わるうちにある画期的な理論を思いつく。それを用いれば、この宇宙の終焉にも無関係に、本当の永遠の不死(仮想空間上での)を得ることが出来るのだ。資金を集めるため、ダラムは富豪たちのコピーに、格安の資金提供で、永遠に存在することの出来る環境に移行することを約束する。
 ソフトウェア・デザイナーのマリアは、偉大な人工生命研究者が考え出した人工宇宙オートヴァース内で、ひときわ成功する人工生命体モデルのプログラミングに成功する。それを嗅ぎつけたダラムは、マリアにTVC宇宙で惑星全体のデザインと、知的生命体に進化する可能性の大きい原始有機体のプログラミングを依頼してきた・・・ 
独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 う〜ん、力技ですね。この宇宙が終焉しても無限に増殖し永遠に続くセル・オートマトン(TVC宇宙)なんか騙されたような気分です(笑) オリジナルとコピーの差違とは、人間存在とは、そして永遠とはの根元的な問いかけに対してイーガン氏が出してきたのがこの作品とも言えますね。
 大向こうを唸らせる大仕掛けのお好きな方には大推薦。一生懸命理解して読もうとすると頭が痛くなります(これも私のことだな)

祈りの海 『祈りの海』
グレッグ・イーガン著('94)
原題:"Oceanic and Other Stories" by Greg Egan
山岸真訳・編
小阪淳カバーイラスト
ISBN4-15011337-8 C0197

表題作は、ヒューゴー賞受賞、ローカス賞受賞

ハヤカワ文庫SF 840円 2000/12/31
収録作:
「貸金庫」
 だいたい数週間毎に、異なる人間の肉体の中で目覚める男の日常を描いた短編。 ほぼ限定された地域内で、ほぼ同じ年齢(歳の差が数カ月以内)の千人あまりの男たちの誰かに生まれ変わる(わけではないですがのです。
「キューティ」
 四歳になったとたんに死亡するように運命づけられた人工の赤ん坊を妊娠し、出産し育てる男の物語。
「ぼくになること」
 幼い頃から脳の働きを模倣しその完全なるコピーとなった<宝石>を頭の中に組み込んで生活している人々。普通、脳の働きが衰退する30代までに、人々は脳を切り捨て、永遠に働き続ける<宝石>がその後の思考を司るのだ。
「繭」
 母体から胎児へ血液成分が供給される際の関門<胎盤>の機能強化により、薬やホルモンの影響から逃れて成長できるようになることが意味するのは・・・
「百光年ダイアリー」
 光検出器を逆露光させることによって、逆転銀河からの情報を得ることが可能になり、人類はみな未来から送られた自分の日記を見るようになっていた。
「誘拐」
 最愛の妻ロレインのコピーが誘拐された?誘拐犯は、そのコンピュータ上で走る模造ロレインを苦しめない代わりに、50万ドル支払えと要求するが・・・
「放浪者の軌道」
 ある日、人類はある種の<しきい値>を超え、精神的に不可逆の変化を被った。互いの価値観や思考・信念が共有されるようになったのだ。その結果、競合する思考体系が忠誠を求めて争い、最終的には力の拮抗した境界でその版図は落ち着いた。そして、どのアトラクタにも影響されずに彷徨う人々も僅かに存在した。
「ミトコンドリア・イヴ」
 ミトコンドリアのDNAを、たどることによって先祖を特定し、人類は一つだという教義を広めている<イヴの子どもたち>に雇われて、EPR分析法によるより厳密なDNA分析器を開発した男の発見した事実とは・・・
「無限の暗殺者」
 無数の平行世界の境界を崩壊させ、世界の存続を危うくさせるミュータント化したSジャンキーを倒すために<渦>に送り込まれる男の運命とは。
「イェユーカ」
 ナノテクにより、血中成分を分析・診断・処置する指輪により、あらゆる病気から解放された先進国の人々。しかしアフリカ諸国では、ひとつの共有ユニットを一千万人以上の人が使う割合であった。もはや先進国では用が無くなって来つつある外科医は、まだ癌患者で溢れているアフリカに赴任する道を選んだが。
「祈りの海」
 溺れかけた人間に訪れる神との邂逅。もしそれが単なる体内麻薬の作用だとしたら、それを教義としている宗教は・・・
独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆☆
 どの短編も最新科学を扱いながら、問題意識に満ちた珠玉の作品です。個人のアイデンティティと、それを人類全体の問題として扱う手際は見事ですが、厳密な意味では、どの短編も結末が無いような気もします。イーガン氏の物語は、長編も短編も基本的にはワンアイデア・ストーリーだと感じました。 

[雀部]  さて、『祈りの海』の解説を、あの瀬名秀明さんが書いてらっしゃいますが、『パラサイト・イヴ』と「ミトコンドリア・イヴ」は、同じミトコンドリア・イヴが主要テーマなんですが、長編と短編ということを別にしても随分印象が違いませんでしたか?
[彼方]  そうですね、一言で言うと『パラサイト・イヴ』の方は、生化学系SFの味付けしたホラー小説。「ミトコンドリア・イヴ」の方は、ちゃぶ台返しがあるものの直球の短編ハードSF。というような印象を受けました。
 と括ってしまうと、なんか身も蓋もないので(^^;、もうちょっと補足すると『パラサイト・イヴ』は、ミトコンドリアをネタにして、長編の利を活かしてホラーらしく恐怖心を煽りつつ、ミトコンドリアや生化学に対する知識欲を満たしてくれて、一方「ミトコンドリア・イヴ」は、ミトコンドリアの特徴である母系の家系を追える性質から、量子論を絡ませ「量子古遺伝学」なるものを作り上げつつ、Y染色体によって父兄の家系を追えるというアンチテーゼを出して、最後には主人公がちゃぶ台を投げ出してしまうという、短編らしく本筋一直線なんだけど、色々楽しめるストーリになってますね。
[雀部]  卓袱台投げ〜 (#`_´)ノ ‾┻━┻ (笑)
 瀬名さんのは、まあホラーだからああいう話になるのはしょうがないんですけど、イーガン氏のも、後一歩踏み込んで欲しかったなぁ。もひとつ(笑)、『BRAIN VALLEY』と「祈りの海」はどうでしょう?
[彼方]  どうでしょう(^^;。えっと、正直「祈りの海」に出てくるテクニカルタームというか科学的要素が、ストーリとどう絡んでいるのかよく分からないんです(^^;。どうも宗教色が濃く感じられちゃって、個人的にその様な作品て一歩引いちゃっうものですから、さらっと読み流してしまったからかもしれませんが。一方『BRAIN VALLEY』ですけど、「祈りの海」の作品紹介にあったテーマをうまく長編にしているなと感じたんですが。
 『祈りの海』の解説からすると、瀬名さんはイーガン氏にかなり影響を受けている様ですが、グレッグ・イーガンをモチーフにして長編を書かせるには瀬名秀明に。と思うことしきり(^^;。 
[雀部]  ま、最近の流行ではありますね。『デヴィル・メサイア』(北野安騎夫著)なんかでも、ある特定の思想を持つ人間の脳細胞だけを破壊するなんてアイデアも出てきます。ドーキンスの提唱した“ミーム”が一人歩きをしている(笑)
 そもそもイーガン氏は、ストーリーテリングという点からみると、そんなに上手な作家じゃないと思うのですが、彼方さんはどう感じられました?
[彼方]  そうですね、最初に読んだのが『順列都市』で、アイデア的には面白かったのですが、ストーリ的にはよく判らなくて以来、毛嫌いしてたのですが、短編集である『祈りの海』を読んでみると凄く面白かったので、言い方はちょっと悪いですけど、イーガン氏ってアイデア勝負の短編向きの作家だなとは思いました。少なくとも長編向きの作家とは思わないです。
[雀部]  早川書房の「SFが読みたい!2000年度版」の、ベストSF1999海外編でベスト1に輝いた『宇宙消失』なんかも、波動関数の終収縮ノ関するメインアイデア(というか、この本の全てのアイデアがこれに収斂しているといっても過言ではない)は、SFの魅力を存分に味あわせてくれるものの、主人公のキャラクター的には物足りないところがあったと思います。私は感情移入し難いというか、キャラが立ってないというか、学術論文を読むような感じも受けたのですが?
[彼方]  学術論文というのか、とにかくテクニカルターム盛りだくさんで、読んでてわくわく感はあるのですが、確かにキャラクタに感情移入しづらかったです。と言うか、怒涛のような背景描写に台詞が飲み込まれてしまって、話の筋が混乱しているようにも思える箇所があり、読みにくく台詞を追うのがやっとで、キャラクタの裏設定と言うか背景まで、読み切れませんでした。演劇で言うと、役作りが出来てない役者が、なんとか与えられた台詞をしゃべってる状態。てな感じでしょうか。
[雀部]  そういう感じは、良く分かります。しかし、あのアイデアで、長編を書いてしまう力技には、恐れ入ってしまいますね。だからインパクトがあった。普通の作家だとアイデア勝負の短編にしちゃうんじゃないかな。
[彼方]  短編にしないと話がとっちらかってしまって、書いてる本人も収拾つかなくなってしまうのではないかと(^^;。
 それなのに、ちょっと読みづらい部分はあったけど、アイデアで押して一気に読ませてしまうのはさすがです。
[雀部]  この、太陽を中心とした半径120億キロの不可視の球体を設置した謎の存在というのはどういうモノを想像されます?形なんかは、そもそも想像の埒外でしょうが。私は、シュレディンガーの子猫、あの猫が生きている状態と死んでいる状態が重ね合わさっている姿を知覚することができる存在に違いないと想像しているんだけど(笑)
[彼方]  いやもぉ、二次元世界の生命体が三次元世界を想像するようなもので(^^;。量子論状態をマクロで認識できる存在なんて、そーゆーのが存在するんだと無理矢理納得するしかないです(^^;。
[雀部]  納得出来ない(笑)ところで『順列都市』に出てくる“オートヴァース”という概念も良く分からなかったんですよぅ(爆)
 あれは、ホーガン氏が『量子宇宙干渉機』でやった、近接する平行宇宙の資源を活用しちゃうという理論なんですかねぇ?
[彼方]  私は、【コピー】と【オリジナル】は区別つかない、ならば【コピー】の世界で作ったモノは現実と同一であって、【コピー】の世界で無限に永遠に増殖する世界を作ってしまえば、それは現実のものになる。と、もっともらしい理論で仮想現実を現実にしてしまうものだと思います。ちょっとニュアンスは違いますけど、アニメの『トップをねらえ』で、第4世代型超光速恒星間航行用超弩級万能宇宙戦艦エクセリオン (だったかな)が周辺宙域の理論を書換えながら進んでいくのと似たようなものかなと。
 『量子宇宙干渉機』の場合は、まがりなりにも現実にあるものを利用しますけど、『順列都市』の場合は、でっちあげたものを利用しますから、ちょっと違うのかなと思います。
 って、コピーとか現実とか、書いててもなんだか判らなくなってきた(^^;。
 イーガン氏って、現実と仮想現実の境界を、理論立てて言いくるめて(^^;ぼやかしてしまうのがうまいですよね。『順列都市』の場合、それがうまく活かされて、無限に増殖する順列都市を作っちゃった(^^;。
[雀部]  イーガン氏は、SF色が非常に濃い作品を書いてる感じがするんですが、文系の人には取っつきにくいでしょう??? または、どういう人に読んでもらいたいでしょうか。
[彼方]  理系・文系というか、テクニカルタームがダメとか、少しでも理論立ててあると頭から難しいと決めつけて読まない人とかいるじゃないですか(^^;、そういう人には難しいでしょうね。
 読んでもらいたい人というと、誰が書いたか忘れましたが(^^;「最近、辛口のSFが少ないとお嘆きのあなたに」という感じでしょうか。
[雀部]  小松左京氏が若かりし頃の熱気を感じたりしました(笑)
[雀部]
48歳、歯科医、SF者、ハードSF研所員
ホームページは、http://www.sasabe.com
[彼方]
コンピュータシステムのお守となんでも屋さん。アニメとSFが趣味。  最近、ハードなSFが少なくて寂しい。また、たれぱんだとともにたれて、こげ ぱんとともにやさぐれてるらしいヽ(^^;)ぉぃぉぃ  ペンネームの彼方は、@niftyで使用しているハンドルです。


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