| TOP Short Novel Long Novel Review Interview Colummn Cartoon BBS Diary |

BookReview

レビューア:[雀部]&[伊藤]

『蛍女』
> 藤崎慎吾著
> ISBN 4-257-79047-4 C0093
> 朝日ソノラマ
> 1600円
> 2001.10.30 発行
 首都圏郊外の石那村中郷という山村の出身で、「ITマガジン」の編集記者である池澤は、仕事の合間に故郷の近くでキャンプ場のあった武持山周辺の森を歩き回るのを楽しみとしていた。ある日、いつものように森を散策していた池澤は、管理棟のピンク電話が鳴るのを聞いて出てみたが、相手の気配はするものの応答はなかった。しかし、そこは閉鎖され遺棄された形のキャンプ場の管理棟で、電気などは止められて久しかったのだ。そういう事件が何度かくり返され、電話の相手から自分の名前まで呼ばれた池澤は、大学で同輩だったW大学理工学部助教授の南方の助けを借りて、その謎を調べることになった。  一方、武持山の斜面にミニゲレンデを造成しようとしていたグリーンパーク・リブレでは工事車両の暴走や、工事スタッフの失踪事件などが勃発していた。  極めてホラー的な導入部にも関わらず、SF的な展開を見せ、ほの甘い幻想的なラストへと続くサイエンス・ファンタジーです。著者は、超自然的な謎をそのままにしておけない性格のようで、あくまで科学的に解き明かすその姿勢はSFファンにも受け入れやすいと思いますね。

帯を信じるな!

雀部 >  前作の『クリスタルサイエンス』は、火星が舞台だったのですが、この作品は一転して、地球のしかも日本の山が舞台となるのですが、前作と比べてどうだったですか。私はちょっと物足りないところもあったのですが。
伊藤 >  そうですねぇ。
 まず言えるのは「帯を信じるな!」でしょうか。(笑)

 “最新の科学知識を駆使して、神の企みに迫る。
  最後に生き残るのは、森か人か?”

    ど〜こ〜が〜じゃ〜

 ま、もっとも帯の紹介文無しに題名だけ見ると、一瞬、大沢在昌センセあたりの新作かと思っちゃうんですけどね。

雀部 >  『雪蛍』(講談社)ですか?佐久間公、好きなんです(笑)中年ということもあって、鮫より好きなんだなぁ。
 植物に知覚能力があるというのは、まあ常識(食虫植物の動きとかネムノキの反応とか)の範疇に入るんでしょうけど、知能があるかというと、そこらは「トンデモ本」のエリアなんでしょうね。三上晃氏の『植物は警告する』は、第二回トンデモ本大賞を受賞してますが(笑)
 私的には、植物に知能があるというのは、夢があって良いなぁとは思っていますが、伊藤さんはどう思われますか。
伊藤 >  いやぁ。植物には高度な知性が立派に備わってますよ。うん。
 証拠もちゃーんとあります。世界中の多くの人々が目撃してます。
 しかし、誰も真実を口にしないようなので、敢えてここで明言致しましょう。

 「ミステリーサークルは麦知性体から人類へのファーストコンタクトですっ!」

    君は間違っちょる、O槻クン!! d(e_e)

 ……などという小ネタはさておき、個人的には生きとし生けるものが誕生から死に至るまでに発する電気信号は全て広義の意味では「感情」と捉えてよいのではないか、と思ってますんで、定義次第では「知性」と呼べるものをすぐにも“発見”出来ちゃうんじゃないでしょうか?
 もっとも、“○○によるネットワーキングで並列処理”というのは、あまりに我々に都合の良い「知性」ですけどね。

雀部 >  まあ、そういう虚々実々のところを、巧みな筆さばきで、いかに読者を丸め込むことが出来るかというのが、作者の腕でもあるわけですよね。
 構成としては、梅原さんのようにど派手にはせず、割と足が地についた堅実な展開で真実味を出そうとされていると見ました。藤崎さんて、どういう方だと想像されていますか。
伊藤 >  極めて正統派。なんちゅーか、「クリスタルサイレンス」同様、出て来るキャラに“藤崎慎吾”というヒトの真面目さというか、性格のノーブルさが現れている気がします。
 別に作者本人を知ってるワケじゃないし、作品が本人の性格と一致するとは限らないけど、でもでもやっぱりこのヒトは“真面目で善良な人”のような気がしてなりませぬ。
 主人公や彼を助ける大学助教授など、出て来るキャラは皆、根底になんかノホホンとしたモノが流れており、滅茶苦茶な劣等感やトラウマを抱えていたり、正義に燃えていたり、歪み切った欲望/野望にギラギラしているという事はなく、悪役……というにはちょっと哀れな潔癖症の「敵(?)役」とか、「螢女」となる女性とか、書き方によっては幾らでもドロドロデロデロオドロオドロと膨らませ得るものを、かなりアッサリと処理しちゃう。
 わざとそうしないんだか、出来ないんだか分かんないけど、まぁ、これはこれでこの作者の持ち味だと思うです。

ホラーとして見た場合、この作品はどうなんでしょう?

雀部 >  『クリスタルサイエンス』の女性主人公も、それほど恋愛に執着するタイプでは無かったですよね。現代女性なんだけど、割りとあたふたすることもある普通の女性として描かれていました。『螢女』に出てくる坂下螢子は古風で、男にすがってしまうタイプですが、これは作者の好みなんでしょうか。まあそういう女性じゃないと自殺しようなんて思わないから、話が成立しないか(爆)
 ところで、ホラーとして見た場合、この作品はどうなんでしょう?
伊藤 >  そうそう。
 初期条件と結果だけ見ると、れっきとした今風「ホラー」なんですよねコレ。
 誰もいないキャンプ場の廃屋の電話が鳴る。
 “たたり”起こる。
 「これが最後とは思えない……云々」で締め。
 う〜ん、一応狙ったのかなぁ?
 でも、恐怖を感じそうな要素を片っ端から解体してまっせ。
雀部 >  なんでも科学的に調べて、ある程度の結論を引き出していますね。まあ、それが現代科学と相容れるかどうかは別にして。
 公衆電話に、黄色い変形菌が取り付いていて、それを調べますよね。SFファンだと、ここで「お、これは普通のホラーじゃないな。少なくても、ビデオテープを見るだけで感染するような話では無い」って安心するでしょう(笑)
 瀬名秀明さんの作品だと、ホラーと言ってもかなり現代科学の裏付けがありますし、SF作家でもあるダン・シモンズのホラー・アクション『殺戮のチェスゲーム』なんかでも、超能力を現代機器で測定・分析するシーンがあり、恐怖の対象=未知なるモノという図式からすると、ホラー一直線では無いですから(笑)
伊藤 >  『植物』SFというくくりで見ると、ネタの取り扱いの武骨なまでの真正面さに心打たれますね。なんか、肌合いとしてクラークとかに相通じる「古き良き時代のSFマインド」を感じます。

“対話の可能性のある存在”

雀部 >  それは私も感じましたね。あの電磁場を攪乱するために、携帯電話を振り回すシーン。ここ、絶対に必要とは言えない箇所なんですが、森の反撃も超能力というわけではなく、ちゃんと現代科学の範囲内で処理できる現象に過ぎないという作者の主張が現れていると思いました。
伊藤 >  「科学技術」というもの自体が好きなんでしょうねぇ。
 これまた根拠レスな想像なんですが、このヒトはきっと「科学の力」というものに絶望していないんですよ。
 “色々間違った事もしでかしてきた。けれどやはり『科学』は人類を導く希望である”といった今時珍しいくらいピュアな理想を胸に秘めてるんじゃないかなぁ。
 帯の懸命な(笑)あおり文句に拘らず、『森』も決して倒すべき対象じゃないんですよね。むしろ“対話の可能性のある存在”として夢を感じさせる。
 たぶん、好んで「ネットワーク」を題材に選ぶのも“より良いコミュニケーションによって我々はより善き存在となる”という理想が裏にあるんじゃないかな。
雀部 >  「知性ある存在が相手なら、理解し合えるはずだ」というところでしょうか。
確かに『クリスタルサイエンス』でもそれを感じました。
 生態系としての森の描き方は、どうでしたでしょうか?藤崎さんは、メリーランド大学海洋・河口部環境科学専攻過程の修士ということで、そういう分野の専門家でいらっしゃいますが。
伊藤 >  あ! そうなんですか!
 道理で森で実験するシーンで学生達の描写が自然なわけだ。
 いい感じですよ、この研究室。和気あいあいとしてて。ちょっと憧れるな。
 でも「生態系としての森の描き方」という点ではあまり描写は詳しくないですね。
 リキを入れて書いてるのは「如何に我、森をネットワークと見倣すに至りしか」というところ。実は前作と今回とでは一見素材が違っているようでいて、全体の構成はビミョーに似てるんですね。ざっくり言うと前作は生身の女とネットの男の懸想。今回は生身の男とネットの女。次はネットの女とネットの男のペアか〜?(笑)
雀部 >  仮想現実世界での冒険ですか、流行りですけどね。でも仮想現実世界で、科学がどうのこうのと言ってもしょうがないから、やはりそれは無いでしょう(笑)
伊藤 >  あぁ! “しょうがない”なんて言ったら「内なる宇宙」書いたJ・P・ホーガン先生のお立場が!(笑)
雀部 >  ホーガン先生は、最近エスピオナージュ趣味に走っているから気にしないのでは(爆)
 この作品の根底には、“森の魔力(山ノ神)”があると思うのですが、日本は文明国では有数の山岳地帯が多い(80%)国土なので、森=山という感じなのですが、欧州なんかでは、平地の森のほうが普通ですよね。ホールドストックの『ミサゴの森』なんかを読むと、森に人の思いを実体化させる不思議な力があるとか書かれていますが、洋の東西を問わず森には、そう感じさせる雰囲気があるのかも知れませんね。
伊藤 >  ん〜、だから敬虔な気持ちを抱く人はシシ神様を見ちゃうし、一発当てようと思うヒトは行方不明の映画学校生のフィルムを掘り出したりしちゃうんですね〜。
 でも「山ノ神」がそのまんま“アレ”だったするストレートさは“不思議感”を醸し出すにはちょいナニ(笑)ですな。きっと「正体不明」のまんま説明が無い、なんてのは生理的に許せないんでしょうねぇ。
雀部 >  その意味では、やはりホラーではなくてSFだと。
 では、最後に藤崎さんの作品の魅力はどういうところにあると思われますか。
伊藤 >  そーですね。アイデアどうこうとか、プロットどうこうより、 “鶴書房のジュブナイルSFとかNHK SFドラマの主人公達がそのまま年齢を重ねたカンジ”が最大の魅力だと個人的には思うんですけど、どーでしょ?
 どこにでもいそうでいながら現実にはあまりいない「穏やかで誠実な人間」が、ふと巻き込まれた窮地に小さな勇気をみせる――これッスよ。
 その勇気の源が“胸に眠るほのかな想い”ってトコがまたいいですねぇ。
 こういう作品を生み出すノーブルさを秘めた方とはお友達になりたいですなぁ。

 

[雀部]
48歳、歯科医、SF者、ハードSF研所員。
ホームページは、http://www.sasabe.com/
[伊藤@trashメール]
行住座臥、いかなる時もスキあらばオチをつけようと、虎視眈々と機会をうかがうチョッピリお茶目なSF中年。
でも、元ネタが古いのでお若い方に通じにくいのが悩みのタネ。
コードネームは「老いたる霊長類のオチへの参加」(嘘)
http://www.sf-fantasy.com/magazine/cgi-bin/joke/index.cgi

トップ読切短編連載長編コラム
ブックレビュー著者インタビュー連載マンガBBS編集部日記
著作権プライバシーポリシーサイトマップ