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BookReview

レビュアー:[雀部]&[VALIS]&[アトラン]

火星ダーク・バラード
『火星ダーク・バラード』
> 上田早夕里著/KATSUHIRO YAMANASHI/SEBUN PHOTO
> ISBN 978-4-7584-3372-3
> ハルキ文庫
> 980円
> 2008.10.18発行

第四回小松左京賞受賞作品で、'03/12/8にでた単行本『火星ダーク・バラード』の大幅改訂版

粗筋:
 火星の治安管理局の第二課第三班に所属する水島烈は、相棒である女性局員神月璃奈とともに、女性を殺すことに快感を覚える連続殺人犯ジョエルを追いつめ、身柄を確保した。ジョエルを護送するために、璃奈と列車に同乗した水島は、突然列車が揺さぶられ明かりが消えると同時に、巨大な恐竜に襲われ、水島は携帯するFV弾を発射する拳銃で応戦するも怪物は倒れず、意識を失なってしまう。無傷で目を覚ました水島は、FV弾で撃たれて死んでいた璃奈の殺人容疑がかけられてしまう。
 ジョエルの捜査から外されてしまったにも関わらず独自で調査に乗り出した水島だが、数々の妨害がありさらには生命までも脅かされることになった。しかし真相を探り続ける水島の前に一人の美しい少女が現れる。その少女アデリーンは、“超共感性”と呼ばれる特殊な能力を持つように遺伝子デザインされて生みだされた新しい人類だった。


『ショコラティエの勲章』
> 上田早夕里著/岩郷重力BOOK DESIGN
> ISBN 978-4-488-01750-7
> 東京創元社
> 1500円
> 2008.3.25発行

粗筋:
 絢部あかりが勤めている老舗の和菓子店“福桜堂”。その二軒先に店をかまえる人気ショコラトリー“ショコラ・ド・ルイ”で、不可解な万引き事件が起きた。その事件がきっかけで、あかりはルイのシェフ・長峰と出会う。ボンボン・ショコラ、ガレット・デ・ロワ、新作和菓子、アイスクリーム、低カロリーチョコレート、クリスマスケーキ―さまざまなお菓子をめぐる人間模様と、菓子職人の矜持を描く。

 帯に“お菓子をめぐる人間模様と菓子職人の矜持を描いた連作”とありますが、まさにその通りです。
 上田さんのお菓子に関する蘊蓄が楽しいですね。
 上田さんが隠された蘊蓄を語るとき、長峰シェフの心意気が花開く。
 一番好きなのは巻頭の「鏡の声」かな。一番ケーキと直接関係ない分野を扱っているようで、食べ物の本質をついていますね。

(もう一枚の画像は、『ショコラティエの勲章』に書いて頂いた上田さんのサイン)

ショコラティエの勲章 サイン

雀部 >  2008年10月に『火星ダーク・バラード』(上田早夕里著)の文庫版が出ました。
 単行本の方との違いはというと、「第六章 選択」が付け加えられたのをメインとして、かなり手が入っています。
 まず、両方に共通する設定についてお聞きしたいと思います。
(単行本の『火星ダーク・バラード』著者インタビューはこちら)
VALIS >  人類の進化というのはSFにおける普遍的なテーマですよね。
 進化した人類の新しい能力が超共感性というのは、「機動戦士ガンダム」のニュータイプを彷彿とさせますが、その共感力が他人の感情と共振しエネルギーを生み出すという設定は非常に興味深かったです。共振力で動くプログレッシヴ宇宙船とか、ベスターの「虎よ!虎よ!」みたいに水島とアデリーンが地球や木星に宇宙ジョウントするとかいった妄想が思わず頭の中を駆け巡りました。
雀部 >  ですね。理屈は分からないけど(笑)
 この超共感性という設定がないと、『火星ダーク・バラード』は成立しませんし、またそれを上手く生かしたストーリー展開になっていたと思います。
VALIS >  本文内でも逃亡するアデリーンを追って、かつての仲間が嫉妬や怒りに燃えて襲撃してくるシーンがありますね。
 人類はどれだけ進化しても、人間の根源的な情動から完全に逃れることは不可能なのでしょうか。
 超共感性という秀でた能力を持った彼らにとって、愛情・友情といったプラスの感情だけでなく、憎しみや嫉妬というマイナスの感情すら一般人の数倍のスケールで共感してしまうのであれば、それは辛い未来でしょう。
 かといって全人類が煩悩を捨て去った未来が良いかというとなかなか意見の分かれるところです。
 ひょっとすると超共感性の行き着く先は完全な相互理解による全人類の統一意識体なのかもしれません。
雀部 >  そ、それは人間としての楽しみが無くなるかも(笑)
 『終わりなき平和』なんかは、超共感性を前面に押し出した展開でちょっとエンタメ性には欠けていた気がします。
雀部 >  水島&アデリーン、神月璃奈&ユ・ギヒョン等々の人間関係はどうでしたでしょう。
VALIS >  アデリーンの「私があなたの正直な欲求をどこまで読んでいるか、全部教えてあげたい。ひとつ残らず洩らさずに」という台詞にドキドキしました。まったくプログレッシヴの彼女を持つと大変です(汗)
その後に続く水島の台詞「ただの劣情だ」という台詞もなかなかハードで、プラトニックな愛が貫かれるストーリー中、このくだりは唯一の濡れ場だと思われます(笑)
雀部 >  上田さんの一番ダークなバージョンを期待していた身としては、ダークさが足りなかった感じなんですが、どうだったですか?
VALIS >  私の感想としては結構ダークなエンディングだと思っていたのですが(笑)
 結局二人は離ればなれになってしまいますし、アデリーンを操るために水島を人質として利用しようとする火星政府の悪役ぶりも際だっています。お前らの思い通りになってたまるかと死を覚悟する水島には涙を禁じ得ません。
 ただ、そのままあきらめてしまうのは水島らしくありませんね。もう一度奮起して、火星政府に一泡吹かせて欲しいです。死ぬなら前のめりに死んでください。
 ラストで街に戻る水島の力強い歩調に、一筋の希望を見いだすのはうがちすぎでしょうか?
雀部 >  男水島メインバージョンとしての完成度は素晴らしいと思います。あの頑固ぷりたるや素晴らしい(笑) SFとしては、もっと設定を生かしたダークなバージョンが出来そうではあります。
VALIS >  おっしゃるとおり「これぞ男の中の男!」って感じですよね。
 自分が女性ならきっと惚れてます(笑)
雀部 >  皆さんが書くとしたらどういう結末にされますか。私は、フォボスは衝突して欲しかったんですが(笑)
VALIS >  SF者としては軌道エレベータに衝突するフォボスというシチュエーションは身震いしますね。
雀部 >  ですね。私も衝突したらどうなるんだろう。『レッド・マーズ』状態かなとドキドキしちゃいましたよ(笑)
VALIS >  Googleのサービスで火星の地表図が見られる「Google Mars」というサービスがあります。これを見ながら読むとより楽しめます。
 マリネリス峡谷と軌道エレベータのパヴォニス山の位置関係を見ると、「ああ、倒れる軌道エレベータがちょっと南半球側に逸れたら、マリオネス峡谷は壊滅だな」とか「ゲラシモフ博士の研究所のあるクリセ平原はここか」などにやにやできること請け合いです。
雀部 >  英語だ(笑)
 まあ、なんとか分かりますが(汗)
VALIS >  個人的にいいなと思う終わり方は、フォボスの衝突を完全にはかわしきれず、軌道エレベータは傷つくも倒壊はまぬがれますが、その代償としてアデリーンは能力の限界を超えてしまい、水島の腕の中で息を引き取るというラストです。
 基本アンハッピーエンド好きなのです。だから文庫版のラストも好きな終わり方ですね。
雀部 >  アトランさんは元の単行本の方を読まれてどうでしたでしょうか?
アトラン >  一読して、大沢在昌さんの『新宿鮫』やら少し古いですが平井和正さんの『アダルト・ウルフガイ』やらを思い浮かべつつ、非常に楽しめました。
 男性作家の方が、少しセンチメンタルで叙情的なのかなとも感じましたが、未来の火星社会の構造や細かな生活感が、よく設定されていると感じました。
 上田さんと同世代で、日本のSFが勃興し、そして今のホラーやら、ミステリーやらにその要素を拡散され、縮小されきっている現状を見続けて来た人間としては、今後の活躍に期待します。
雀部 >  では、文庫版のほうはいかがだったでしょうか。
アトラン >  やっと文庫版、読了しました。
 単行本版の結末、忘れてしまってましたので、違うとは分かっていても、どう違ったっけと、そちらも少し読み返しました。
 確かに皆さんおっしゃるように、水島のキャラクターや性格、孤高の精神がビンビン伝わるハードボイルドなラストになっていて、2冊、見比べると、文庫本の方がマンガ学会の言葉で言う「キャラが立っている」気がします。
 ただ個人的には、水島とアデリーンには幸せになって欲しいので、単行本側の方が「確実に」逃げのびれそうなので、いいかなと思います。
 VALISさんには、申し訳ないのですが、ハッピーエンドが好きなので、2冊とも両者が生き残っているこのままのラストでOKです。
VALIS >  いえいえ、私も二人が生き延びることにやぶさかではありません(笑)
 いつか再び巡り逢えるといいですね。
アトラン >  今回の作品で、一番印象的だったのは、「選択」です。
 上田さんの作品のキーワードは、僕的には生き方の【選択】を登場人物が常に問われているような気がします。
 今回は、プログレッシブとしてどう生きるかというアデリーン、彼女の足枷にならない生き方を探し選択しようとする水島、彼の監視役のユ・ギヒョン、そして殺人犯のジョエルにまで、その生死を【選択】させる結果になっています。
 ある意味、このプログレッシブ計画を知った人類社会全体にもその選択を迫る形になっているのではないでしょうか。

 僕は、個人的にもSFファンとしても、大好きな異形コレクションの短編「魚舟・獣舟」においても進化の【選択】が描かれていた訳です。
 上田文学の主人公たちの物語に自分が心惹かれるのは、この【生き方の選択】を迫られる姿に、共感しつつ、その行方を固唾を飲んで見つめてしまうからではないか、と思います。
 僕自身が、今、自分の生き方の選択を迫られる状況下にいるだけに、それらがより痛切感じるのかも知れません。
雀部 >  確かに、【生き方の選択】は上田さんの一面を現すとても適切な言葉だと思います。
VALIS >  生き方の【選択】とは言い得て妙ですね。そうなると、璃奈が現場を離れて結婚するという生き方の【選択】をした矢先に殺される悲劇が更に胸に迫ってきます。
アトラン >  よかったです。共感して頂いて。
 僕自身が、何十年も得たかった童話を創作する翼を諦めたその瞬間に、偶然、手に入れることが出来まして、ちょうど1年が経ちました。
 好きな童話や小説、絵本を創作が無理なら、せめてその研究がしたいと、放送大学院へ 入学を志した時期が、1年前で、上田さんの作品との出会いもちょうど、その頃です。
まだ30枚ほどの短編をウロウロしている段階ですから、この先、そんな若葉マークがどうなるのか分かりませんが、いつか「ダーク・バラード」のような魅力的な主人公たちの生き様を描いてみたいものです。
雀部 >  『火星ダーク・バラード』で唯一ここをもう少し掘り下げて欲しいなあと感じたところがあります。まあこんなことを感じるのはコアなSFファンだけだと思いますが(笑)
 プログレッシブは火星生命体の遺伝子を導入した遺伝子を持っているわけですが、それがあまり筋に絡んできてないと感じるんです。これだけ魅力的な設定なのに。
 私の考えた悲しい結末だと……、
1.軌道エレベータとフォボスがどうにか衝突を免れる。
2.アデリーンと水島はつかの間の穏やかな時間を過ごす
3.軌道エレベータを振動させた時に扱った巨大なエネルギーが契機と
 なり、火星生命体の遺伝子が身体面にも影響を及ぼし始める
4.火星生命体の遺伝子により次第に変貌を遂げていくアデリーン
5.身体の変化が精神に影響を及ぼすようになってくる。
6.徐々に人間でなくなっていくアデリーン
 水島に人間であるうちに殺して欲しいと言うアデリーン
 アデリーンを救おうと模索する水島
7.しゃべれなくなるアデリーン。
 身体の一部を使って床に「わたしをころして」と書くアデリーン
8.半狂乱になりながら、アデリーンだったものを焼き払う水島

 こういうラストもありかな(笑)。ダークなのとは違うかもしれないけど……
アトラン >  その筋だと、ゾンビ映画、遊星からの物体Xっぽくなりますね。
 それまで積み上げた人間ドラマを否定する形になります。
 水島は、苦しみと対峙しながらもがいてこそ、彼の生き様が光るので、別の主人公の方がいいような。
 むしろ、萩尾望都さんの『スターレッド』のように、全宇宙規模につながる「超人類」的騒動に巻き込まれて行く方が、良い気がします。

 木星に旅立ったアデリーンが、外宇宙人らしき謎の存在に連れ去られて、その知らせを聞いて己の無力さを酒場で酒で紛らす水島の前に、ある人物が訪れる。
 それは、アデリーンに託されたメッセージを届けに来たもう一つの外宇宙人だった…。彼女は全宇宙の命運を握る存在になったのだ。それを救えるのは、水島だけだという。(レンズマン、ペリー・ローダン、はたまた亡くなった野田宇宙元帥が喜びそうな第一級のスペースオペラにしてもらえませんか。)
雀部 >  『エンディミオンの覚醒』を上回る物をぜひ(笑)
アトラン >  筋だけだと、何かしら、どこかの小説に似ちゃいますよね。
 要はアレンジの仕方。
 その点、上田さんの人間ドラマの筋立ては、極上だと思います。
雀部 >  ですね、上田さんの手腕を持ってすれば、同じような筋でも全く違った人間ドラマになる気がします。
VALIS >  水島とアデリーンのその後がすごく知りたいですね。文庫本版のラストを読むと特に……。
 大人になったアデリーンと水島が火星政府と地球政府、プログレッシヴたちを相手取って戦う「火星ダーク・バラード 2nd season」などはいかがでしょうか?
 アデリーンと水島にこだわらずとも、木星に向かうプログレッシヴの未来も知りたいですね。
雀部 >  火星で起こっていることが地球で起こらないはずはないだろうということで……
 そのころ地球でも、秘密裏にエウロパで採取した生命体の遺伝子を組み込んだプログレッシヴのグループが誕生していた。しかし、それがマスコミの知るところとなり、怪物としてプログレッシヴたちは迫害を受けるようになる。
 火星のアデリーンは、心の奥底にわき起こる微かな囁きに悩まされるようになっていた。 まさにそれは、圏間基層情報雲(ISEIC)の広がりが、太陽系全体にも及び始めた兆しであったのだ。そのことに気が付いたアデリーンは、地球のプログレッシブたちに会ってきて欲しいと水島に懇願する。勇躍地球へと旅だった水島の前途には……
 う〜ん、二番煎じか(笑)
(次号へ続く)


[VALIS]
居住地:大阪
ハンドルネームの由来:P.K.ディックの小説「VALIS」から
趣味:読書、TRPG、カラオケ、iPhone
mixi上田早夕里コミュニティの管理人をさせていただいています。
SFのみならず本なら何でも読みます。
最近レコーディングダイエットで13kg痩せました。
[アトラン]
中学生以来、云十年のSFファンです。
ハインラインや、ラリー・ニーヴンは好きでした。ティプドリー・ジュニアも、ソーヤーも、ブラッドベリィも好きです。日本では、平井和正なども。
本格派からは馬鹿にされるペリー・ローダンも大好きなので、HNがその登場人物名になっています。その他、スティヴーン・キングから、萩尾望都まで。
もちろん、それら以外のファンタジーから純文学、ミステリ、児童文学までなんでもござれです。マンガでは「ジョジョの奇妙な冒険」当たりも好きでした。

一応、1年ほど前から創作を初めて、眉村卓小説教室に在籍したこともあります。
ただ、ここ9年ほど、大学の通信課程にハマっておりまして、京都造形芸術大学と慶応義塾大学を卒業して、今は放送大学大学院で、「絵本とストーリーマンガの表現の違い」を研究しております。マンガ学会と絵本学会の会員でもあります。
[雀部]
いわゆるコアSFとはひと味違う上田さんのSF。良い意味でSFファンを裏切る展開にハラハラドキドキしながら読んでます(笑)

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