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BookReview

レビュアー:[雀部]&[栄村]

火星ダーク・バラード
『泰平ヨンの未来学会議』
> スタニスワフ・レム著、深見弾訳
> 集英社
> "Kongres Futurologiczny" by Stanislaw Lem
> 1400円
> 1984.06発行
> ISBN-13: 978-4087730586
 

栄村>

 泰平ヨンを主人公とした連作シリーズで語られる物語――なかでも未来の地球を舞台にした『未来学会議』や、その続編となる『現場検証』に登場する別の星の生き物たちは――彼らの文明のテクノロジーが高度に発達し欲望を満たす力をもっているにもかかわらず、けっして皆が幸せというわけではありません。ヨンは、一見、完璧と思われる別の星や未来の文明社会を深く知るにつれ、しだいにその社会の破綻に気づき、嫌悪と恐怖の念をつのらせてゆきます。

 レムは、この未来学会議の話で、古くからの人間に対する考えかたが、テクノロジーが極度に進歩した現代でも通用するのだろうかと問いかけます。欧米では古くから神がつかさどる世界は完全なものであり、人は、完全に善良か、あるいは幸福になって、その究極の目標に達するという考えをもって生きてきました。しかし、いまや人間の世界は古い考え方ではとらえられなくなるほど大きくなり、ますます複雑化し、変貌してしまったように見えます。

 物語の中でシミングトンは「最大多数のための最大幸福というベンサムの夢は実現されました」と語ります。ベンサムはイギリスの近世の思想家で、「快楽や幸福をもたらす行為が善である」という考えをもとに幸福と利益を人生の目的とする考えを説きました。これには全知全能である神は善であるゆえに、その創造物たる人間の自然の欲望や性向の中にはおのずから神の善なる要求も宿っているという考えがあるように感じるのですが、ベンサムの言う正しい行為や政策とは「もっとも多くの人たちが、もっとも大きな幸福をうける」ことを目的としたものでした。そこでは個人の幸福の総計が社会全体の幸福であり、社会全体の幸福を最大にすることがもとめられています。

 しかし、もし人間の本能が痛みをさけてよろこびや快楽を求めるようできているのだとしたら、「未来会議」では精神化学という洗練されたテクノロジ−が、人々に金箔をかぶせた墓場を用意していました。人類が追いもとめていた願望、すなわち最大多数のための最大幸福は実現されまたようにみえます。しかし、それは幻覚剤などの薬品による現実の犠牲、実際の人生の犠牲のうえになりたっているものでした。シミングトンは、文化とは、かつて、人は善人でなくてはならないと人間が人間を説得することだった、とヨンに話します。これは社会がなりたち存続してゆくためには自身の願望をおさえることがもとめられてきたということでしょう。人が社会を存続させてゆくのに必要な抑制をうけいれる動機は、個人的に大きな利益を得る期待です。社会が人間によってなりたっている以上、個人がおこなった善は、その人の銀行預金口座に入金されるように評価されなくてはなりません。しかし、この未来世界では、個人の願望を薬ですべてかなえることで、共同体の抑圧から人を解放しました。しかし、そうなると社会全体の利益を守ろうとする提案は、その力を失います。人が気まぐれな願望をすべて満足させることのできる完全な力を手に入れたとき、人間関係はばらばらになり、自己本位が子供じみた退行へとむかわせる落とし穴が生まれてきます。

雀部> なるほど、偽りでも「最大多数のための最大幸福」が実現されると社会は崩壊の危機にさらされてしまうと。確かにそれは、凄い矛盾だなぁ。
 レム氏は、人類の未来とか、人間の文明についてどういった考えを持っていたんでしょうね。
栄村> 人間を導いてゆく願望、そしてそこから生まれてくる危険をはらんだ未来の姿というものは、レムの小説のなかでも大きなテーマです。
 87年に発表された「Peace on Earth (地球の平和)」では、人類は長い間もとめてきた世界平和を達成しようと、すべての国の兵器は月に移されています。この時代、月は地球上の各国の領土に比例して分割され、兵器開発と生産は月面の工場でのみ行われることがジュネーブ条約で決められていました。これにより地球から大量絶滅の危険は消滅し、恒久的平和が訪れるはずでした。しかし、条約に地球で戦争が勃発したときは、月からただちに兵器をおくりこむという条文が残されていたため、だれもが想像もしなかった問題がおこります。他国の施設への諜報活動と自己保存を優先的にプログラミングされた自動機械が戦闘をはじめ、月と地球との通信は完全に途絶してしまいます。状況を知るため調査がおこなわれるのですが、どれも失敗し、最終的に泰平ヨンが派遣されます。そこで彼が見たのは、人々が予測していた以上の事態でした。
 太陽エネルギーを動力に、月の土壌を原材料につかって増殖、突然変異する能力をもっている兵器システムは、生物進化の原理にそって設計されていましたが、さらに、そこから新しい世代の兵器が誕生していました。一種のマイクロマシン、共生バクテリアのような種に変化する能力をもっている「Selenocytes(セレノサイツ)」と呼ばれる存在で、今や月はそれによって支配されています。
 「セレノサイツ」は、旧世代の兵器システムを一掃したのち、今度は人間に好奇心を懐きはじめ、隙をねらってヨンの宇宙船を道具として地球を侵略します。コンピュータ・ウイルスの形態に変化し、地球上のすべてのコンピューターとプログラムに攻撃をかけます。総コンピュータ化された21世紀、攻撃は人類に対してたった一日だけでした。インフラストラクチャー、工業基盤、通信情報システムなどすべてがダウンし、人類は文明崩壊の大惨事の瀬戸際に押しやられてしまいます。
雀部> なんと「Peace on Earth (地球の平和)」は、23年も前の作品なんですね。それでいてテーマも展開も古びていないとは……
栄村>

 泰平ヨンシリーズをはじめ、レムの一連の小説を読んでいると、遠い未来や別の星の文明が描かれているなかに、彼が現代文明について彼が抱いていたひとつの仮説がうかびあがってくるのですが、それについてはPeter Swirskiが97年に刊行したレムとのインタビュー集「A STANISLAW LEM READER」の序文でくわしく説明しています。このなかで書かれているのは、わたしたちの問題と争いは自分自身の目的、願望、計画そのものにあるということです。一部を紹介すると、わたしたちの住んでいる社会は空虚感や停滞感をひどく嫌います。そのため計画や目的といったものは日々の生活の中に浸透していますが、小さなたくさんの改善は、わたしたちがもっと劇的な変化をのぞんでのことでしょう。改善のなかでも−−たとえば政府の新しい政策や、技術革新など大きな変更が起こったときは、前もって考えていた以上に、もっとひろい範囲でながく続く影響があらわれてきます。

 文明が進んでゆく勢いには、ひとつの傾向があります。変化にさいして文明を崩壊させるよりむしろ、変化をとりいれ、順応するというものです。しかし、社会があたらしい事柄に適応する能力(柔軟性)にはかぎりがあるため、ある程度の圧力はうけいれるものの、ストレスがあまりにつよければ、社会は完全に力をうしなうか、さもなくば、根本的にあたらしい安定した姿になります。これは丸い大きなお椀めがけて、上からボールを落とす姿をイメージすればとらえやすいかもしれません。上から落とされたボールが安定した状態になるのは、椀の底でとまるときです。毎回、人の手がボールを椀めがけて落としますが、ボールは、はずみで椀からとびだそうとするものの、重力の力で下にひかれ、底でとまり安定した状態になります。ボールはある段階までは、説明したうごきをとるでしょう。しかしこのバランスが破られるとき、たとえばボールに強い力が加えられたときは、椀の外側にとびだし、遠くにころがってゆきます。ボールはやがてとまり、そこで安定した状態になりますが、これは今までとは完全に異なるあたらしい安定状態です。

 人間の願望とそれを実現するテクノロジーによって領域を広げ、ますます複雑化し、想像をこえて急速に変貌してゆく世界。いまや歴史には一定の目的に向かって進んでいるものであり、しかもそのあゆみには一定の法則があるという考え方も、変化のあまりの激しさの前にその確信が揺らいでいるようにみえます。この世は無限の善に満ちた世界ではなく、またある目的に向かって進歩している世界でもない。人は願望の導く進歩のもと美しいガラスばりの快適な温室へ向かって歩んでいると思いこんでいるものの、実はむきだしのコンクリートの壁と作業台があるだけで、命をけずる激務を強いられる場所へと向かっているのかもしれません。先にあげたボールと椀のイメージでいえば、いまのわたしたちの社会は、すでに強い力を加えられて椀をとびだし、どこで静止するのか、ころがる先に何が待ちうけているのかさえも予測がつかず、ひたすらはずみでころがり続けてゆくボールにたとえられるかもしれません。ある変化だけでは文明に大惨事級の影響をあたえないとしても、いくつかの不安定要因の結びついた結果、事態は深刻になるかもしれないのです。

 今世紀に入りますます不可解な様相を見せはじめた世界の中で生きるわたしたちは、この制御不能に陥りはじめた文明のなかで、いったい何を念頭において生きていかねばならないのでしょうか? これに対する答えはレムとのインタビューを終えたPeter Swirskiが、「A STANISLAW LEM READER」の中でこう語っています。

「……相乗的に作用する組み合わせが、文明を不安定にして崩壊させていくか、あるいは、まったく新しい、そして予想できない仕方で再構築するかどうかを予測することは不可能でしょう。しかし、わたしたちは、これらの要因が持つ、いわば、文明の椀から外に投げ出そうとする衝撃のどんな徴候をも見逃すまいとする調査を止めてはなりません。
 経験と後からの知恵は、いろんな点で、これらの新しい潮流と現象が、おそらくわたしたちの日々の生活の一部となることを教えています。さらにこのプロセスが、誰かのいかなる故意の計画なしに起こることも教えています。実際、文明の激変に対するおきまりの反応は、「あまりにも小さく、あまりにも遅い」ものです。結果として、このような文明の激変が持つあふれんばかりの可能性、斬新な技術、法にそった倫理的な先例などの事柄は、けっしてはっきりと理解されません。そして、そもそもそれらを持ったほうが前より暮らし向きがよくなる、ということが常にあるわけではないのです。」

雀部> 栄村さん、ご紹介ありがとうございました。
 インタビューした、Peter Swirski氏の見解もなかなか含蓄が深いですね。
  

 *文中の引用は集英社版「泰平ヨンの未来会議」深見弾訳による。参考にした文献ならびにサイトは以下のとおり。
「A Stanislaw Lem Reader (Rethinking Theory)」by Peter Swirski (Northwestern University Press)

「Buddhism, Paul Tillich, & Cybernetics: Stanislaw Lem’s The Futurological Congress & The Star Diaries」by John Rothfork (Northern Arizona University) 
http://jan.ucc.nau.edu/~jgr6/lemfutr.html



[栄村]
レムの30年来のファン。「砂漠の惑星」を読んだのが、SFに本格的に身を入れるきっかけとなりました。彼が亡くなる前に一度、ポーランドを訪れたかったのですが……。
生前、レムが言っていたように、インターネットで世界中から情報が入ってきて便利になる反面、駆けめぐる膨大な情報のために、ますます世の中は複雑化し全体像が掴みにくくなっているような気がします。彼のような広い知識と視野をもつSF作家は、これからますます生まれにくい状況になっているのかもしれませんね。
[雀部]
スタニスワフ・レム追悼ブックレビューから一年半(汗)
お待たせしました。今回は、絶版本の『泰平ヨンの未来学会議』を取り上げました。

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