Book Review
レビュアー:[雀部]
『コスタ・コンコルディア』書影
『コスタ・コンコルディア 工作艦明石の孤独・外伝』
  • 林譲治著/Rey.Hori装画
  • ハヤカワ文庫JA
  • 1188円、Kindle版1129円(税込)
  • 2023.8.17発行

《工作艦明石の孤独》シリーズのスピンオフ作品。

150年前に植民されたドルドラ星系の惑星シドンには、人間のような知的生命体ビチマが居た。入植者から家畜同然の扱いを受けたビチマが、実は3000年前のワープ事故により遭難した恒星間宇宙船コスタ・コンコルディアの乗員の末裔と判明。彼らの人権回復が図られる中、ある遺跡でビチマの惨殺死体が発見される。緊迫するシドン社会に対し、地球圏統合弁務官事務所より調停官のテクン・ウマンが派遣されるが……

帯無しの書影、《工作艦明石の孤独》シリーズの書影、その他関連本はこちらから

前作の『工作艦明石の孤独4』のラストは大変なことになってましたが、こちらの方は極めて淡々と話が進みます。これは過去の史実を探求し、現在のあるべき立ち位置と将来に向けてのより良い可能性を明らかにするというスタンスの物語だからなのです。

さてさて、『コスタ・コンコルディア 工作艦明石の孤独・外伝』には、惑星の調停官とか弁務官が出てくるし、調停官と行動を共にする、φ50cmでAIと武器を搭載し偵察巡洋艦と接続されているドローンも出てくるしで、ネットでも《司政官》とか『引き潮のとき』を思わせるとの感想が多々あります。

全くそこは同感なのですが、このブックレビューは『コスタ・コンコルディア 工作艦明石の孤独・外伝」は『死者の代弁者』へのオマージュでもあるのではないかと思った、ただその一点からブックレビューを書いてます(汗;) 例によって盛大にネタバレしているので未読の方はお読みにならないで下さい。

まず、『エンダーのゲーム』と『死者の代弁者』の二作は、エンダーという主人公は同じであるものの、雰囲気・展開は全く違ったものになっています。この二作品に限らず《星系出雲の兵站》シリーズ、《大日本帝国の銀河》シリーズ、《工作艦明石の孤独》シリーズ等の異星人とのファーストコンタクトものは、謎解きの要素もあり徐々に謎が明らかにされていくという展開は共通していると言えますね。

『エンダーのゲーム』に敵対種族として登場する「バガー」は、《星系出雲の兵站》では「ガイナス」でしょうか。最終巻では人類と闘うことになった悲劇的な原因が語られます。

『死者の代弁者』のラストで、バガーとピギー族と人類が共に百世界と戦うという展開は、異星種族同士の共闘の可能性を示唆して、林先生のシリーズ全般に通じるものを感じました。

さて、“死者の代弁者”とは、死んだ人が語り得なかったことをその人に替わって語る聖職者として知られていますが、『コスタ・コンコルディア 工作艦明石の孤独・外伝』では、ビチマの遺体の検死の結果と生態系や特有な気候変動等の傍証を踏まえて、調停官のテクン・ウマンが生前の兄弟間の確執まで推理していく様は、まさに“死者の代弁者”と言えると思います。その流れの中で絶滅したと思われる“エレモ”の秘密も明らかにされますし(エレモの代弁者でもある)。

『工作艦明石の孤独 4』で、“ワープは本来的には知性体による文明を過去に移動させ、歴史の上書きを繰り返すことで、宇宙の自律性を複雑化・高度化させる機能”ということが明らかにされましたが、入植した人類に食料と見なされてしまった“エレモ”との遭遇は、いったい何を意味しているのでしょうか。作中でも語られるように、もう少し過去か未来にワープアウトがズレていたら起こらなかった悲劇とされていますが……

宇宙が到達する窮極のゴールは一ヶ所だけれど、そこにたどり着くルートは一本ではないということなのでしょうか?

そこらあたりを考えながら読むと更に面白いかも知れません。余計に分からなくなるかも知れませんが(汗;)

さてこれだけでは余りに少ないので、オマケとして各シリーズで林先生が常に言及されている各星系における人口問題について書いてみます。

というのは、《工作艦明石の孤独》シリーズの設定として、150〜200万人がマジックナンバーと考えられていることが分かっているからです(暫定自治政府とか暫定議会から「暫定」の二文字が取れる最小規模)

セラエノ星系 150万人 地球星系と切り離され、文明を維持するには微妙な人口とされる。3Dプリンタを製造できるマザープリンタ開発で乗り越えられるか。イビスの存在が文明維持にプラスに働く。
イビス 28万人+2万人(近日中に生まれる)=30万人 イビスたちが、惑星を離れて都市宇宙船に居住。どこまで文明を維持できるかは不明。
都市宇宙船タラース イビス+人類合わせて15万人 6500万年前の地球に転位。現在のセラエノ星系における狼群妖虎の再現人格の出現により、タラースのワープアウト後の消息が判明。妖虎の再現人格が存在するということは、白亜紀にワープアウト後数十年以内に(存命中に)、再現人格を(たぶんAIとして)構築できるブレークスルーが起きたということですね。多大なる文明の進歩の予感がします(笑)。
ドルドラ星系 200万人(ビチマ 55万人を含む) 3000年前にワープアウトした推定3000〜5000人の人類入植者(独裁政権からの避難者)は、様々な工夫を凝らし一部の文明の伝承に成功。150年前の再入植時には約20万人に増えていたが、やせこけた石器時代人のような姿になっていた(ビチマ)。ドルドラ星系は、まだ名前から「暫定」が取れてない。