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SF俳句ノススメ

海外のSF俳句(SciFaiku)とその翻訳

中条卓

この連載を通読してSF俳句に興味を持たれた読者の中には、恒信風SciFaiku.com それぞれのウェブサイトを訪れて彼我の俳句をつぶさに研究された方が、ひょっとしたらいらっしゃるかも知れない。そんなあなたはきっとこう感じたはずだ:「日本語と英語という違いを抜きにしても、ずいぶん雰囲気が違うじゃないか」。あなたの直感は正しい。ひとことで言ってしまうなら、恒信風の中であなたが見いだすのは「SFのテイストを感じさせる俳句」であり、一方、海外の SciFi-jin(SF俳人)たちが目指しているのは「俳句の姿をしたSF」なんである。あるいはこうも言えよう:SF俳句はまず何よりも俳句であろうとし、SciFaiku はSFであろうとする、と。もちろん両者の交わったところには俳句としてもSFとしても鑑賞可能な秀句が存在するのではあるが。

例えば SciFaiku.com のトップページに掲載されている次の句を訳してみよう。

Bathing
her reptilian skin --
small bubbles on glossy green...
湯浴みする
彼女の爬虫類の肌
そのつややかな緑に纏わる小さき泡よ…

仮に三行詩ふうに訳してみたが、これを5−7−5の俳句として訳すのは不可能とは言わないにしても大変な力わざである。

湯浴みせる女の緑の肌の泡

…これでは reptilian (爬虫類の)というキーワードが抜け落ちてしまうし、この語に作者が込めているかも知れないダブルミーニング(意地の悪い・二心のある)がまったく表現されていない。私の見るところ、この句は三行目の途中までは単なる比喩として読むことが可能なので、シャワーを浴びる恋人の肌を爬虫類に喩えているんだろうな…と思って読み進んだ読者は最後の green という語にショックを受ける、つまりこの彼女というのが少なくとも地球人ではなくて爬虫類の進化したエイリアンだかなんだか、まあそんなようなものだというのがわかって得心する仕組みになっているのであるからして、その仕掛けを何とかして日本語に移してやらにゃあいかんのだ。

行水の蒼き蛇身に光る泡

…少しはましになっただろうか。単なる入浴の代わりに「行水」という夏の季語をあしらって、より俳句っぽくしてみたわけだ。爬虫類(は・ちゅ・う・る・いで5音)ではあまりに長すぎるので、ここではヘビに登場してもらった。ヘビに変身するのは女と相場が決まっているから「女」も省けて好都合である。日本語の「あお」は「みどり」よりも短くてしかも青〜緑までを幅広くカバーする便利な単語である。しかしこれではまだ、最後にショックを与えてやろうという作者の意図を十分に反映した訳とは言えない。ちなみに歳時記には

行水の女に惚れる鴉かな 高浜虚子
行水の恥じらひつゝも立膝す 吉川青蓮女

といった句が引かれていて、行水というのはやはり若い女の姿を連想させてエロチックな気分に浸らせてくれる語のようだ。そこでさらに改訳する。

行水の泡立つ蒼き蛇身かな

蛇をできるだけ後ろの方に置いてみたわけだ。あわだつ・あおきで頭韻も踏んでいる(元の句は skin - green で脚韻を踏んでいたりする)。これなら夏の句会に出してもなんとか通用しそうな気がするではないか。あれ? これだとどこがえすえふなのかわからないぞ ^^;)

…と、かくも SciFaiku の和訳は難しい。これに対して逆方向、つまりSF俳句→SciFaiku の翻訳は、簡単とは言わないにしてもこれほど難しくはない。これはひとえに日本語と英語の音韻構造の違いによる。第1回で英語俳句を仮に「5−7−5音節の三行詩」と定義したが、これ、実はあまりいい定義じゃないんだな。早い話が、5−7−5音節イコール合計17音節の中には17文字の俳句よりもはるかにたくさんの意味を詰め込んでしまえるのである。例えばあまりにも有名な「古池や蛙飛び込む水の音」に含まれる単語をみてみよう。

池(2音) pond(1音節)
蛙(3音) frog(1音節)
水(2音) water(2音節)
音(2音) sound(1音節)

あるいは飛び込む(4音)と jump in(2音節)…平均すると英語の1音節が日本語だと2音になってしまうのである。この関係は歌詞を考えてみるとわかりやすい。例えば「雨に歌えば」の冒頭:

Rain drops keep fallin' on my head(雨粒が僕の頭に降り続けている)

カッコの中をメロディーに合わせて歌えるもんなら歌ってごらん。まず無理でしょ? 日本語なら、例えば「雨は降り続く」ぐらいが関の山だよね。

というわけで、なんだか今回は翻訳の話になってしまったけれど、予定されていた回数はこれでおしまいなので、最後は SciFaiku.com のトップページからリンクされているウェブページからいくつか SciFaiku を拾ってきて翻訳を試みる。原句とその逐語訳、最後に俳句訳というのも変だけど、日本語の俳句にできるだけ近づけた意訳の順に並べるので、まあ味わってみてください。

the eggs are hatching
after a million years -
delayed invasion
(Yvonne Aburrow)
卵が孵ろうとしている
百万年の後に
…遅すぎた侵略
百万年遅れて宇宙虫出り
pointless length of time--
living several lifetimes
dreaming the same dreams.
(Oino Sakai)
時間の長さに意味などない
いくたび生を受けようとも
同じ夢を夢見るばかり
転生も無駄なれやまた同じ夢
chilly dawn --
   dew streaks
on the rocket nozzle
(Tom Brinck)
寒い夜明け:
露が筋を描く
ロケットの噴射口に
朝冷のロケット・ノズルや露流る
lone human
200 sleep years distant
writing to the dead
(Todd Hoff)
孤独なヒトが
200年の眠りを隔てて
死者への手紙をしたためている
凍眠より目覚めて死者へ文を書く

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