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Interview


奇憶

『奇憶』
ISBN:4-396-32816-8

小林泰三著

インタビューア:[雀部]

祥伝社 381円 2000/11



[雀部]  今月の著者インタビューは、平成12年11月10日に、『奇憶』を出された小林泰三先生です。小林先生、よろしくお願いします。
[小林]  よろしくお願いいたします。
[雀部]  詳伝社文庫創刊十五周年記念特別書き下ろし作品とありますが、このアイデアはいつ頃からあたためていらっしゃったのですか?それとも、依頼を受けてから考え出されたのでしょうか。
[小林]  実は数年前、ある出版社から新雑誌が創刊されることになり、創刊号に掲載する原稿を依頼されました。ところが、諸般の事情から結局その雑誌の創刊はなくなってしまったのです。全体で百枚を越える構成だったこともあって、他の雑誌に掲載するのも難しく、そのままになっていたのですが、祥伝社さんから中編の文庫化のお話があり、それを機に全体的に書き直したものが今回の『奇憶』になりました。
[雀部]  なるほど、そういう経緯があった中編なんですね。しかし、出版業界もかなり厳しいようですね。  主人公の直人くんの自堕落ぶりがなんとも情けなくていい味出していると思うのですがどなたかモデルがあるのでしょうか(笑)
 親元を離れての大学生活を送られた人は、どこかしら思い当たるところがありますよね。
[小林]  特に実際のモデルがあるわけではありません。ただ、大学時代に多くの友人と付き合った経験が生かされている部分もあります。
 僕自身は学生時代に一人暮しをした経験はないのですが。(笑)
[雀部]  じゃあ、あのガールフレンドに振られるところなんかも?
 わたし「そ、そうなんだよなぁ」と昔を思い出して甘酸っぱい気持ちになってしまいました。まだ若かったですもん。
[小林]  僕の周りにいた人間はみんなうぶで、失恋で大打撃を受けたやつが続出してました。今の学生さんたちもこんな感じなんでしょうか? 同じように純粋だったらいいのにと思いますが……(笑)
[雀部]  うちの長男が、大学生なんですが、そんなものみたいですよ。世代による相違より各個人による相違のほうがデカイのではないでしょうか。
 このお話は、まあジャンル分けするとすれば、ホラーに分類されると思うのですが(表紙にもホラーと書いてあるし)、途中で平行宇宙についての相対性理論や量子論を引っぱり出しての説明が、小林先生らしいというか。
 やはりああいうところは、理科系の血が騒ぐんでしょうか?(笑)
[小林]  理科系というよりは、SF 者の血でしょうか。ああいう説明部分がなくても、小説としては成立するんでしょうが、やはりないと寂しい気がして入れてしまいますね。
[雀部]  ああいう科学の説明の部分は、うちのカミさん(国文科卒)なんかだと、さっぱり分からないと飛ばし読みをしちゃうんです。つい先日も、DNAなんたらかんたらというのが分からないと言っていたので、分かりやすく解説してあった雑誌を読ませて教育しました。ぶ〜ぶ〜言いながら読んでましたけど(苦笑)
 それと、突然『透明惑星危機一髪!』の書名が出てきた箇所は仰け反っちゃいました。キャプテン・フューチャー、お好きなんですか?
[小林]  ハミルトン自身の文体なのか、野田宇宙軍元帥閣下の文体なのか、とぼけた味わいがあって、大好きです。単行本未収録短編が掲載された「S-F マガジン」も持っています。最後期の短編などはキャプテン・フューチャーの精神的葛藤なども描かれていて、深みが増しているような気がしますね。『透明惑星危機一髪!』は60年前の1941年に書かれた作品ですが、全然古びていません。
[雀部]  う〜ん、'66/8月臨時増刊号<スペース・オペラ>特集号の「鉄の神経お許しを」でしょうか?あろうことかグラッグがノイローゼになっちゃうという。
 あ、こっちかな。'83/7月臨時増刊号<キャプテン・フューチャー・ハンドブック>。野田昌宏大元帥閣下の書かれたフューチャーメンも載っています。
 ということは将来「ジャンク」(『肉食屋敷』所載)のフューチャー・メン版も読めると期待しても良いのでしょうか(笑)
[小林]  おお。すらすらと発行年や号数が出てくるのはさすがですね。持っているのはハンドブックの方です。「鉄の神経お許しを」はスペースオペラ・アンソロジー『太陽系無宿』に収録されていたのですが、このハンドブックは残りの短編全部と野田宇宙軍元帥閣下が書かれた長編が掲載されています。この増刊号が出た時、「どうせすぐ単行本になるんだろうなあ」と思って買うのを少し躊躇したのですが、現在に至るまで、出る気配はないので、買ったのは大正解でした。
[雀部]  ちょっと突っ込んだ質問かも知れませんが、この本では“物心”がつくということは、波動関数収束することを意味しているような気がしましたが、どうなんでしょう?
[小林]  コペンハーゲン解釈によると、波動関数は観測と同時に収束することになっています。で、この場合観測とは何かという疑問がわいてきます。「シュレディンガーの猫」では猫が知覚することは観測と扱われていません。つまり、波動関数の収束は人間だけが持つ能力ということになります。この能力を獲得することがすなわち物心がつくことだというアイデアです。物心がつくまで、人は世界を選択することができないのです。
[雀部]  や、やはり!小林先生の作品は売りがホラーだとかミステリだとかで安心していると、とんでもない仕掛けがしてありますね。そういえば「酔歩する男」(『玩具修理者』所載)も波動関数がネタに使われていてひっくり返った覚えがあります。
 こういうホラーにSF的な仕掛けを仕込んでおかれるのと、最初からSFとして書かれるのでは、書き方に違いがあるのでしょうか?
[小林]  創作上の手法の話になりますが、同じテーマでも、ホラーの場合はたいてい日常から物語が始まります。そして、なんの説明もなしにいきなり常識を超えた現象が主人公の身に降りかかるわけです。それに対し、SF では必ずしも日常から始まらなくても、宇宙空間や未来世界でもいいわけです。そして、まず主人公がおかれた状況の説明から入るわけです。それから、本題が始まる。
 つまり、SF では最初に世界のルールが提示されるわけですが、ホラーではルールの提示は後回しにされたり、最後までされなかったりします。SF ファンは立ち位置が気になり、ホラーファンは足元の覚束ない感覚が好きなのかもしれませんね。
[雀部]  現在はホラーの分野で活躍されている小林先生ですが、やはりそれは“SFと銘打つと売れない”という状況と関係があるのでしょうか(笑)
 いや別にホラーでもミステリでも面白ければなんでも良いんですけどね。
[小林]  まず、ホラー大賞デビューというのが大きいですね。ホラーの賞でデビューしたら、ホラー作家だと思われるのが自然ですから、自然とホラーの仕事が増えてきたのです。でも、最近は自分で SF 作家だと機会あるごとに主張しているので SF 関係の依頼も増えてきました。
 '90年代に SF 系新人賞がなかったというのも、現状の遠因です。(笑)
[雀部]  以前にsf-mlというメーリングリストで、SFの復権のために挿し絵付きのSF本を提唱されていましたが、小林先生ご自身は、挿し絵のついた本を出される予定は無いのでしょうか?
[小林]  今のところ、予定はありませんが、是非やりたい企画ですね。出版社の皆さんいかがですか?(笑)
[雀部]  SFマガジンの年代別SF特集1として、50年代のSFの小特集が組まれてた際に、小林先生は、フィリップ・ホセ・ファーマーの解説を書かれていたと思いますが、他にお好きなSF作家(ホラー作家)はいらっしゃいますか?
[小林]  ジェイムズ・ブリッシュ、フィリップ・K・ディック、ラリー・ニーヴン、アシモフ、ハミルトン、E・E・スミス、ラヴクラフト、ロイド・ビックル、ミヒャエル・エンデ、トールキン。すぐに思いつくのはこのぐらいです。大事な人を忘れているような気もしますが。
[雀部]  SFファンであることが、お仕事に役立ったという経験はおありでしょうか。
 無い場合は(笑)お仕事でやっている経験が、小説を書く上で思わぬところで役立ったという事は?
[小林]  SFファンであることが、仕事に役立ったという経験は、あんまりないですね。ただ、作家になってから、上司に報告書や論文の文章を直されることが少なくなったような気がしますが、気のせいかもしれません。仕事が小説に役立ったことは全然ないですねぇ。(笑)
[雀部]  最後に。『虚空の救世主(仮題)』(角川)という本を、五月に出されるそうですが、どういう本かご紹介頂けませんでしょうか。
[小林]  以前出した『密室・殺人』はホラーとミステリの融合と謳われていましたが、実際はホラー風ミステリでした。それと同じく今回はホラー風ハード SF になる予定です。宇宙空間が舞台となっている部分もあります。現在、9割以上完成しているので、期待しておまちください。
[雀部]  宇宙が舞台のホラー風ハードSFなんですか、それはとても楽しみです。
 今回はお忙しいところ、インタビューに応じていただきありがとうございました。
 SF者(笑)として、ますますのご活躍を期待しております。
[小林泰三]
'62年、京都府生まれ。研究者として企業に勤務しながら小説を執筆。
'95年『玩具修理者』で日本ホラー小説大賞短篇賞受賞。
他に『肉食屋敷』『ゆがんだ闇』『人獣細工』等
[雀部]
48歳、歯科医、SF者、ハードSF研所員。
ホームページは、http://www.sasabe.com/

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