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BookReview

レビューア:[雀部]&[彼方]&[志麻]&[たまこ]&[崎田]

『ウロボロスの波動』
> 林譲治著/福留朋之画
> ISBN 4-15-208430-8
> ハヤカワSFシリーズ Jコレクション
> 1600円
> 2002.7.31発行
設定:
 2100年、偶然から発見されたブラックホール・カーリーは、我らが太陽との衝突軌道上にあった。カーリーの軌道を改変し、その周囲に人工降着円盤を設置することによって、火星のテラフォーミングさらには太陽系全域を網羅するエネルギーシステムを確立する計画が立ち上がっていた。その中心になっているのが、AADD―人工降着円盤開発事業団―である。
収録作:
「ウロボロスの波動」
カーリーを中心にした直径4050kmの巨大環状構造物ウロボロス。中心人物の一人であるチャップマン博士が、事故に巻き込まれたのか、居住用モジュールに高速で激突し死亡した。その原因を探るシステム管理部門のメンバーは、博士がAIのシヴァに加えた変更点が怪しいと気づくが……
「小惑星ラプシヌプルクルの謎」
長さが1kmちょっとの長方形の小惑星。それにマイクロ波送受信システムを設置し、エネルギー中継システムのノードに仕立てようとしたのだが、それがなぜか作動不良に陥ってしまう。その原因を探りにガーディアンのメンバーが向かう。
「ヒドラ氷穴」
軌道エレベータを乗っ取ったテロリスト達。その解決に向かったガーディアンだが、そのテロは囮だった。その隙に火星へと降り立った殺し屋のラミアを阻止するべくガーディアン達の追跡が始まった。
「エウロパの龍」
氷に覆われたエウロパの海。そこに穴を穿って潜水したソードフィッシュ号は、「巨大生物らしきものに追われている」とのメッセージを残し連絡を絶った。調査に向かった潜水艇コバンザメは、同時にエウロパに知的生命体が存在するかどうかを見極める任務を帯びていた。
「エインガナの声」
冥王星からも遙か離れた深宇宙。自走式探査プラットホーム・シャンタク二世号は、矮小銀河エインガナの精密観測を行うためにここまでやってきたのだ。AADDの人間50名と、10名の地球人が生活するシャンタク二世号と、地球人のみが乗船している宇宙船ディスカバリー号との連絡が突然途絶えた。
「キャリバンの翼」
天才少女アグネスは、カーリーにナノマシンを突入させる実験を始めようとしていた。彼女に付けられた護衛・紫怨は、かつてはラミアと呼ばれた女殺し屋だった。なぜ師匠・神田紫蘭は、紫怨を選んだのか。その疑問はやがて……

『帝国陸軍ガルダ島狩竜隊』
> 林譲治著/高荷義之画
> ISBN 4-05-401944-7
> Gakken
> 800円
> 2003.1.20発行
粗筋:
 昭和19年、ビスマルク諸島のガルダ島に航空基地建設の命を受けた海軍設営隊が上陸した。トラック島防衛のために送り込まれた彼らだが、米軍によりトラック島が陥落し、補給も届かない状況に追い込まれた。自活を始めたある日、数人の兵士が穴の中に消えるという事件が起こる。後を追った兵士達が見たものは、太古さながらの世界と、恐竜だった。

林先生の作品の魅力

雀部 >  今月の著者インタビューは、昨年('02/7月)ハヤカワSFシリーズ Jコレクションから『ウロボロスの波動』を出された林譲治さんです。林先生よろしくお願いします。
>  お久しぶりです。こちらこそよろしくお願いいたします。
雀部 >  前回からもう3年弱経ったんですね。
 インタビュアーとしては、林先生の大ファンで、去年『大赤班追撃』のブックレビューを一緒にやった彼方さんと、リキの入った林先生のファンサイト「Platform」を運営されている志麻ケイイチさんです。彼方さん志麻さんよろしくお願いします。
彼方 >  よろしくお願いします。
志麻 >  はじめまして。どうぞよろしくお願いいたします。
雀部 >  あと、『ウロボロスの波動』を高く評価されている女性読者代表として、崎田さんとたまこさんにも加わっていただきました。
 崎田さん、たまこさんよろしくお願いします。
たまこ >  はじめまして、たまこと申します。作品を楽しんだうえにこのような企画に参加させて頂きまして、大変お得な気分です。どうぞよろしくお願いします。
崎田 >  初めまして、降着円盤をネタに使ったSFと聞いて興味を引かれて読ませて頂きましたが、ミステリーとしても面白い小説ですよね。
 特に私は冒頭2話のハードSFミステリーっぽいテイストが好きでした。
 それにしても「階級のない社会」を描くには、やはり女性を主人公にした方が、やりやすいんでしょうか?
>  それはあると思います。いまの日本の社会状況から考えると、女性ばかりだして、トントンくらいかなと。ただ男性がまったく登場しないのも不自然なわけで、その辺のバランスは難しいとは思います。特にAADDの内部では、それが当たり前の社会なので、あえてその事を指摘する人もいない。
 じっさいは家族のあり方とか、色々と書いていかねばならない点はあるのですが。
雀部 >  志麻さんにとって、林先生のファンサイトを開設される原動力となった作品の魅力とは、どういうところにあったのでしょうか。
志麻 >  はじめて林氏の商業誌ベースでの作品に触れたのは「大日本帝国欧州電撃戦史」シリーズです。
 うならされたのは「兵隊元帥欧州戦記」シリーズでした。
 林氏の作品が他の仮想戦記と大きく違ったのは、奇妙なリアリティと人間中心に描かれる作品世界でした。
 まるで史実としてこういうことがあったのではないか、と思わせるような不思議な現実感がまとわりつく構成と描写に魅せられました。
 「Platform」にも書かせていただいています、ひとつのキーワード「彼を信じちゃいけない」という感覚が、林氏の作品に共通する世界観ではないか考えています。
 氏の作品にはとてつもない調査と分析が背景にあることがうかがえます。作品の中ではさらりと語られる数字や事実。たとえば太平洋戦争当時の海軍の命令系統ひとつ取っても、ひとつふたつの資料にあたったものではない、充実した研究が読み取れます。それが架空の世界においてノンフィクションを読んでいるような錯覚を覚えさせます。
 また資料だけに頼ることなく、魅力的な人間を描き出す力においても、林氏はすばらしい才能で楽しませてくれます。
>  人間を描くとかいう話になると、こうであるべき水準にはまだまだ到達していません。だから例えば菅浩江さんの小説などを読むと、この人はどうしてこんなに人間という物を描けるのだろうと、感心してしまいますね。

 海軍の命令系統などはようするに、システムとして国家なり組織の意思決定のメカニズムにもっとも興味があるからです。人間という存在自体が、一つの非線形的な反応をする情報処理系だと思うのですが、それが集団としてシステムを構築するとき、全体としてどのような機能を持つようになるか。それが一番興味のある部分です。

 もっとも私の軍事をはじめとする戦略的な考え方は、すべて谷甲州さんから学んだと言っても過言では無いと思います。いわゆる軍事知識なんかは調べればわかること、さして重要ではありませんが、基本認識を会得できるかどうかは非常に重要だと思います。そうした点で谷さんとの出会いは大きかったと思います。
志麻 >  私は林氏の作品の魅力のひとつにネーミングセンスがあると感じます。
 『ウロボロスの波動』に登場する「ドラゴンスレイヤー号」「ラプシヌプルクル(アイヌの龍)」。
 「カーリー(ブラックホール)」に「シヴァ(高性能AI)」などなど。
 登場人物は物語の中で会話するだけでも、とても広範囲の教養を要求されます。
 これらの素敵な名前を駆使しながら、林氏得意の掛け合いによる会話で、登場人物の人物像を掘り下げていく。
 わかりやすく明快な手法で、私は大好きです。
>  まぁ、その辺は、単にボロがでないうちに逃げきっているというのが真相かもしれません。

古典芸能をどう描くか

崎田 >  人間の描き方としてひとつ興味深かったのは、ガーディアンのチーフである神田紫蘭が、AADDメディア部門古典芸能グループの幹部でもある講釈師として設定されていて、他のメンバーから「チーフ」ではなく「師匠」と呼ばれていることです。AADDのような社会においては、直接生産に結びつかない「芸能」という分野に携わる人間が、却って尊敬を受けると考えられたのでしょうか?
>  じつはこのシリーズの中で、古典芸能をどうするかはかなり大きなテーマです。というのも、それをどう描くかというのは、最終的なテーマとも密接にかかわるので。
 まずAADDを中心とする太陽系社会を考えたときに、地域のコミュニケーションという問題と、色々な文化が接触する中で太陽系の文化が生まれると考えました。これもたぶん火星などの惑星環境とパラ・テラフォーミングされた衛星とでは違うでしょうが。
 そうした中で地球の文化は捨てられるものではない。しかし、それをそのまま周囲の環境も考えずに踏襲されるはずもない。環境の違いと異文化との接触の中で、新たな文化が生まれる。ただAADD社会の中でもそれはまだ試行錯誤の段階で、幾つものグループがいろいろな試みを行っている。イスラム落語とか、アフリカ系漫才など、ベースとなる文化と演芸のロジックが、従来は表裏一体だった物が、宇宙という環境がそれを分離し、再結合させる。
 そう言う中で、神田紫蘭が師匠として知られるのは、彼女が古典芸能グループの幹部だからではなく、講釈師という立場で一つのAADDの文化に地球古来の各種古典芸能をどう組み込むかについての、一つの思想的な提案を行い、それが賛否両論ある中で、高く評価されたからなのです。

 もう一つ重要なのは、彼女のいわゆる本職はガーディアンにおける危機管理なのですが、同時に古典演芸についてのエキスパートである。そしてAADDにおいて、彼女は本職以上に古典演芸の方面で評価されている。社会における評価軸は、決して職業や地位ではなく、その個人の最も秀でた部分で評価される社会であるということでもあります。まぁ、紫蘭さんに限って言えば彼女は本職でも有能なのですが、危機管理担当者はあまり社会で本職に関して注目を浴びない方が仕事がやりやすいというのもあります。

 別の面で、AADDの社会で古典芸能を描くことが重要なのは、文化をどう継承するか。師匠から弟子という教育方法は、見方を変えれば人間の暗黙知という情報をいかに伝えるかという問題でもある。そしてこれは人工知能という異質な知性体や異星人――も登場する予定です――という独自の文化や意識を持つ存在に人間の暗黙知をいかに理解させるかという問題ともつながるわけです。
崎田 >  暗黙知による師匠から弟子への教育というと、最初に連想されるのは「拈華微笑」ですが、作品全体を流れる東洋的なイメージは、やはり地球人のそういった部分を地球文化の核として描かれているからなのですね。
 そうした文化が異星人の思考にどのように受け止められるのか、特に講談などのような言語を用いた芸能が異なる概念を持つ者の間で果たしていく役割など、興味が尽きないところです。今後の展開が非常に楽しみになって参りました。
>  ありがとうございます。ただこれも理屈ではこうなるはずと分かっていても、現実の古典芸能についてある程度知っていないとならないので、その方面に中途半端な知識しかない人間としては、えらいことに手をつけてしまったなぁ、と言う想いもあります。まぁ、難しいから楽しいのもたしかですが。

人工降着円盤のエネルギー

雀部 >  む〜、そこまで考えられていたとは。読みが足らなかった(泣)
 『ウロボロスの波動』は、ブラックホール・カーリーが、太陽の重力圏に入ってきていて、しかも将来的には太陽に落下する可能性大ということで、このブラックホールをどうにかしようという計画が背景にありますよね。このカーリーの周囲に人工降着円盤をつくってエネルギーを得る計画なんですが、作中では既に実用化されているらしい核融合エネルギーや太陽エネルギーを利用することに比べてどういう利点があるのでしょうか?
>  このAADDの出てくるシリーズは、太陽系内が話の中心となる時代がだいたい一世紀と考えています。この一世紀の間でも、人工降着円盤の目的や意味が太陽系社会の変化により微妙に変わって行く。それが話の前提となってます。それで最初に人工降着円盤が建設されはじめた時点では、そのエネルギーの主要な目的は、火星のテラフォーミングを進める点にありました。大量のエネルギー投入で火星のテラフォーミングを急激に進める。それによって得られる利益により、人工降着円盤の開発費を賄う。それが初期段階の構想でした。
 ですからこの段階では、他のエネルギー源とは異なり、惑星開発とリンクしています。
雀部 >  なるほど、最初は火星のテラフォーミング用だったんだ。
 確かにその設定が、各短編の背景にも影響してますね。
>  一応、どれくらいのエネルギーが供給できるかの見積もりは計算してまして、地球全表面に供給される太陽エネルギー量以上の水準を維持できます。質量エネルギーの変換効率も太陽電池や核融合よりもはるかに高いので、エネルギーのコストは圧倒的に有利です。特にテラフォーミングなどの巨大プロジェクトでは、その経済効果は圧倒的です。
雀部 >  おお、ブラックホールの人工降着円盤ってそんなに効率がよいのかぁ(し、知らなかった^^;)
>  また人工降着円盤のエネルギーを利用して反物質の量産も行われるようになります。これは人工降着円盤にエネルギーのスケールメリットがあるからですね。
 ちなみに人工降着円盤も開発から一世紀の間に色々な周辺技術の進歩から地道にエネルギー変換効率を向上させているので、総エネルギー出力は時間と共に上昇しています。それもコスト面での競争力を確保します。
 忘れてはならないのが、人工降着円盤のエネルギーを太陽系全域に分配するエネルギー転送システムが建設されていることです。この転送システムの存在により、太陽系内の天体は、安価で潤沢なエネルギーを利用することができます。人工降着円盤という心臓とエネルギー転送システムという血管で、はじめて核融合や太陽電池よりも有利なエネルギーシステムが構築できるわけです。
雀部 >  エネルギー転送システムは「小惑星ラプシヌプルクルの謎」で登場してますね。ただし故障してますが(笑) これらのエネルギーの分配系の問題とか、ロジスティックな問題まで綿密に考証されたバックグラウンドが、林先生の作品の魅力の一つでもあります。
 それと、まだ作中では明らかにされていないのですが、ブラックホールをどうやって誘導するかという問題がありますねぇ。これのアイデアがまた楽しみなんですけど、もうお考えになってますか?
 ブリンの『ガイア』では磁場ゲージを使ってましたが、相手が火星に匹敵する質量だとアンカーも少なくとも惑星レベルの質量がないといけませんよね。
>  そこはかなり頭を悩ました部分です。人工降着円盤から取り出すエネルギーのことを考えると、ブラックホールの質量は大きい方がいい。しかし、それを移動させるとなると逆に質量は小さい方がのぞましい。
 誘導させると言うか、軌道改変のためのシステムは当初から考えていました。
 短編の「ウロボロスの波動」に登場するCSSというのは人工降着円盤建設の足場であると共に、天王星にブラックホールを誘導するための装置の一部でもあります。
 この先、小説に書くかもわからないので、あまり詳細は書けませんが、外部からブラックホールに質量を投入し、ペンローズ散乱などを利用して、少しずつ軌道を変えて行くような手順になります。じっさいCSSのアンカー質量など無いに等しいのですが、ブラックホールに質量を投入して、ブラックホールから必要な運動量を取り出して、その運動方向を変えるわけです。
 そのためにウラヌス・ドラゴンという巨大な装置や中継磁気レンズなどが存在していることになってます。もっとも必要な投入質量を計算すると、嘘でしょう!という数字になってしまうんですが。
崎田 >  降着円盤からエネルギーを取り出す仕組みって、確か摩擦によるガスの加熱を利用して光として放出させるんでしたよね? 相当に熱いしまぶしいだろうと思うのですけど、その辺の問題は既にクリアされていることになっているのでしょうか?
>  クリアと言うか、実用段階には到達しています。ただシステム全体の放熱機構の問題はなかなか重要で、時代と共により効率的な物が開発されて行きます。
 結果的にこれにより人工降着円盤のエネルギー効率が向上することになります。

 じつはこの冷却機構の基礎技術に関して密室で殺人事件が起こるという短編を考えたのですが、話の展開から論理的に導かれるタイトルのために、これはまだ書かれていません。まぁ、「密室・殺人」じゃぁ、仕方ないですね。小林さんに怒られてしまう。
彼方 >  ブラックホールの軌道変更については、是非知りたいところだったりしますので、続編を楽しみにしています。けど、今の説明聞くだけだと、何か適当な物を投げつけて軌道を変えるみたい(^^;。
 軌道変更に磁気レンズって、どう関係するんですか?ってのは読んでのお楽しみでしょうか(^^;?
>  まぁ、簡単に言えば、ガスジャイアントからの水素などを移動中の人工降着円盤までどうやって運ぶかということです。計算するとタンカー宇宙船の運行では全然問題にならず、根本的に異なるシステムが必要となるわけです。
 あとブラックホールの軌道が、離心率の大きな軌道ということもあって、変化させるべき速度成分が比較的小さいというのも大きな条件です。だから最終段階では、天王星の角運動量がブラックホール側に移ることで加減速を行うという作業も必要となります。
彼方 >  確かに、ちまちまとタンカーで運んでられないでしょうねぇ(^^;。ガスジャイアントからブラックホールへの水素運搬とか、天体レベルでの角運動量の移動とか、なんとも壮大な太陽系の変化が見られるようで、太陽系保護運動みたいなのがうるさそうですね(^^;。
>  あると思いますね。異常気象なんかは人工降着円盤のせいとかいわれそうですね。太陽系の重力バランスが壊れて天変地異が起こるとかあれこれ。
雀部 >  まあ、ブラックホール自らが動いてくれるように算段しないとしんどいですよね。というのは、先日TVで『ゴジラ対メガギラス』という特撮映画をみていたら、ゴジラをやっつけるのに、ブラックホールを発射してそれにゴジラを吸い込ませるという兵器が登場していました。そんなに簡単にできるなら、日本のエネルギー事情は、もっと改善されていたはずですよね。で、宇宙空間から、ゴジラめがけてブラックホールぶつけるという設定。ということは、モロに地球と衝突コースなんです(笑) ブラックホールが地球のマントルつらぬいたりしたら、どういう影響があるんでしょうか?
 映画を見ていたら、重力に逆らって地上の色々なものが吸い込まれていったから、少なくとも地球より質量が大きくないといけませんよね。
>  言ってしまうと脚本の問題だと思うのですが、普通、マイクロブラックホールを対ゴジラ兵器に使うなら、ブラックホールを撃ち込んで、体内からホーキング輻射で焼き尽くすとか、ブラックホールの蒸発で吹き飛ばすとか、そういう使い方をすると思いますね。
雀部 >  そっか、ホーキング輻射は考えなかったなぁ。急速に蒸発するようなブラックホールを打ち込む手も良いかも。近所迷惑ではあるけど(爆)
>  じっさいにマイクロブラックホールが地球の内部に入ったとしたら、表面積が小さいことと、輻射圧の問題から、そうそう急激に地球を飲み込んだりはしないはずです。人類の種としての寿命が続いている間は、あまり心配する必要は無いと思います。

マッドサイエンティスト

雀部 >  そういえば前述の『ガイア』でも、あまり心配はないみたいに書かれてました。
 最初の「ウロボロスの波動」の冒頭で既に死んでしまっているチャップマン博士。好きだなぁ。文中でも、博士が秘密裏に行ったプログラム変更が死因となったのが明らかにされているんですけど、この博士、マッドサイエンチストの鑑のような人ですね。 そういえば『帝国海軍ガルダ島狩竜隊』に登場する永妻博士もそうとうなもんですね。ひょっとして林先生はマッドサイエンチストに憧れていらっしゃるとかありませんか?(笑)
>  たぶん私の作品に登場するマッドサイエンティストは、じつは自分をまっとうな科学者だと思っています。世間とは立脚している公理が異なるだけで。多くはコミュニケーションの問題ではないかと。
 難しいのは、組織で研究ができる科学者はだいたい正常な科学者と世間は判断する。しかし、組織に依存しないで自分で何でもこなしてしまう人間は、マッドサイエンティストと判断されやすい。だから研究意図よりも、研究手法で判断されてしまう面が強いのではないかと思います。

 たとえばゴジラ映画で例えるならば、メカゴジラとかスーパーXなどという兵器はアホ以外の何者でも無いわけですが、現実にその研究開発をしている科学者や技術者は、政府のちゃんとした研究に従事しているが故に、まっとうな科学者と世間は判断する。メカゴジラなんてアホロボットを製作していても、「まぁ、林先生のご主人って政府の大事な仕事をなさってるんですって、凄いわねぇ」と言われるのが普通ではないかと。逆にインターネットの黎明期に活躍した科学者は、いまでこそ評価されますが、個人で活躍した部分も大きいため、当時は限りなくマッドサイエンティスト的に思われていた。だからそれがいかに社会に大きなイノベーションをもたらす可能性を秘めていても、「ねぇ、林先生のご主人、あちこちのコンピュータをつなぐ研究をしてるんですって、怖いわねぇ」という具合になる。
雀部 >  政府の仕事=立派な仕事という一般人感覚もどうかと思うんですが、日本人には伝統的に「お上のやること」には、寛容というか諦めというか、そういう意識がありますよねぇ。特にモノがでかくなればなるほど、想像力が追いついていかないので、大本営発表を鵜呑みにしちゃう(笑)
>  ことビッグサイエンスと呼ばれる物に関しては、個人の科学者の暴走よりも組織の暴走の方が、目立たないのではないかという気がします。チャップマンはともかくとして、ガルダ島の永妻博士に関して言えば、そもそもガルダ島に航空基地を建設するという海軍の構想自体がマッドなわけなんですが、そのマッドさよりも永妻の方が分かりやすいという構図はあると思います。何しろ海軍のマッドが無ければ、あの話は成り立ちませんから。
雀部 >  日本海軍って、そんなにマッドな組織だったのですか?(笑)
>  これはかなり複雑な話になりまして、色々な角度から検証されなければならない問題です。たとえば戦争指導の体制について大本営というのがあったわけですが、制度として大きな問題を含んでおりまして、制度に忠実であればあるほど合理的な戦争指導が不可能な構造になってました。
 また海軍内部に関してもトップマネジメントが機能していないなど、の問題もあります。組織内に存在した差別構造も、無視はできないでしょう。
 簡単に言えば海軍も陸軍も武装した官僚機構であって、いまの日本が抱える官僚機構の問題はすべて陸海軍も持っていたわけです。科学的根拠のない不合理な軍事作戦と、今日の不合理な公共事業と、両者の決定されるプロセスにそれほど大きな差異はないはずです。

 よく誤解されますが、組織の問題点を指摘するのと、その組織に所属していた人の評価は別であって、それを混同しては本質は見えない。勇敢な水兵がいたという事実は、将校が有能であったことの根拠にはなりませんし、組織の構造に問題点が無かったことの証明するわけでもありません。
雀部 >  インターネットのお話が出ましたが、地球が旧態然とした縦割りの軍隊類似組織として描かれているのに対してAADDは、インターネットのように頭になる部分がどこにも無い横並びの組織形態として描かれてますよね。これは、その違いを際だたせるほうが、話が面白くなるという面もあると思ったのですが、小説を書く上では、どちらのほうが書きやすいというのはおありですか?
>  AADDと閉塞的な地球社会は、じつはどちらもモデルはいまの日本です。
 日本の社会にあるある種の人々の考え方や行動を拡張したのがAADDであり、別の閉塞的な側面を拡大したのがあの世界における地球社会です。
 思い入れがあるのはもちろんAADDの側なんですが、難しいのもこちらです。社会制度、文化、経済システムなど全部一から考えていかねばならない。
彼方 >  地球社会のモデルが日本だというのは凄く判りやすいですね。「エインガナの声」での謝罪云々のくだりはとても日本らしいと思いました。しかし、AADDのモデルも日本にあるとは思いませんでした。うーん、どんなところなんだろ。
>  まずもうじき統合されますが、宇宙科学研究所ですね。もちろんISASはAADDではないのですが、色々なヒントはありました。あと私も所属しているCONTACT Japanのスタッフですね。組織としては小さいですが、機能や動きは参考になりました。これ以外にも上手く機能している小さな組織というのは、大なり小なり参考になりました。たとえば山手線恵比寿駅西口近くの焼き肉屋の店員の動き方なんか、情報の流れはどうなっているかを追って行くとなかなか参考になります。
 あと、反面教師的な問題を数多く抱える組織の話から、逆算して見るということもあります。「社会メールが効果的に活用されていない!」ような組織は要注意。
雀部 >  なんと、焼き肉屋さんの店員の動きも参考になるとは。
 しっかし、どちらもいまの日本がモデルなんですねえ。
 AADDなんて、意識の面からいうと人種以上の差違があるだろうし。
>  以前に森岡浩之さんと宇宙SFについて居酒屋で話したことがあるのですが、宇宙SFを書く場合に考えねばならないのは、拠って立つ文化が地球とは違うので、単語レベルで考えなければならない事が多いことかもしれません。
 同じ単語でも意味が違うかも知れないし、宇宙独自の何かならそれに新たに名前を与えるという作業が必要になる。星の光り方でも可視光、赤外線、紫外線、X線で独特の表現があるかもしれませんし。
 もっと細かいことを言うと、時制の問題があって、光速近い速度で移動してる宇宙船と地球との通信の時制とか、極端に重力の強い環境での時制なども考えなければならないかもしれません。なにしろ主語となる人の物理的な立場を記述した上で、その人の座標から観測した対象者の状態を表現するような表現は日本語には無い。あるのは1Gの地球表面という一様重力場における光速が無視できる近距離での時制表現ですから。
 まぁ、じっさいに小説にするときは日本語で行うわけなのですが、書かれなくても考えておくべきことはあるわけです。
雀部 >  それで森岡浩之さんは、アーヴ語まで開発しちゃったと……
>  あと個人的なことを言えば、科学者にはなりたかったですね。
雀部 >  やはり。読ませていただいていて、そういう感じを何回か受けましたから。
 『ウロボロスの波動』においても、ターニングポイントでキーとなっているのは、総て科学者ですし。

社会の文化はそれが存在する自然環境の影響抜きでは考えられない

志麻 >  林氏の作品では組織と決め事の描写が多いですね。
 私が魅せられている部分なのですが、ご自分の中の理解と読者への提示は、どのようにバランスしているのでしょう。
 AADDの描写はかなり人間臭い部分があると思うのですが、実際に想定されたバックグラウンドは、さらにとてつもないと感じます。
>  テクノロジーの発達が、社会をどう変容させるかという問題から考えたためだと思います。高度な情報通信技術が存在するという環境の下で、それらをもっとも効率的に活用できる組織形態のありかたからAADDという形態を考えました。
 極度に物資が不足している条件下で、初期の宇宙移民の人々が生存するために作り出したというのが基本設定としてあります。言葉を変えれば、社会の文化はそれが存在する自然環境の影響抜きでは考えられないという、その点ではごく当たり前の物です。
志麻 >  「自然環境の影響抜きでは考えられない」
 とても説得力があると思います。社会や技術の向かう方向が地球とは違ってくる可能性がありますね。
 必要とされる製品や情報、そして人間へのアプローチがどんどん変化していきそうです。
>  たぶん私がテクノロジーに関してもっとも関心のある部分が、その部分にあるためだと思います。テクノロジーは現代社会において環境を構築する大きな要素でもありますから。また複数の目立たないテクノロジーがシステムとなることで、あらたなパラダイムが見えてくることもある。
 最近伺った話ですが、日本の自動車がキーを回して一発始動が可能になってすでに久しいですが、これを可能とした技術は一つではないそうです。鋳造技術の向上や、エンジンオイルなどの品位の向上、生産ラインの問題など、複数の技術の向上の結果、信頼性の高い自動車が生まれた。ここの要素技術は線形的に性能が向上していたとしても、集合体としての技術は非線形に性能が向上する。そうなると社会への影響も非線形かもしれない。その辺の変化に興味があるのはたしかです。
たまこ >  ウロボロスの波動を読んでの個人的な感想は、アポロの事故かプロジェクトXかと思いきや、アクションに早変わりしたりと盛りだくさんで、コアなファンから私のような新入生まで広く楽しめるなあ、と思いました。
 AADDなどの組織に関しては、かなり誇張して書かれていて地球との対立をはっきりさせるためにあのような形にしたのかと思ってました。
>  たぶんAADDでの日常生活レベルは、描写としてはそれほど大きな違いは無いのではないかと思っていましたので、意図的に違いを強調した部分はやはりあります。
 設定として、月が地球とAADDの一番の接点となる地域なので、相互接触という面で、月の話は必要かなとは思ってます。
たまこ >  同じAADDの人間でも、ウロボロスにいる人と火星に定住している人、また月で地球人と接触しながら暮らしている人とでは、メンタリティが違ってくるはずだと思います。月の話や内部のドロドロもぜひ読んでみたいです。
>  やはり月はAADDの中でもかなり特殊な世界だと思います。二つの異なる文化の接触点ですから。同時に、地球側にもAADDの影響を強く受ける人が多い場所でもあるわけです。だから地球人の中には、社会システムとしてはAADDの方が優れているとわかっていながら、でも地球人として生きて行く道を選ぶ人もいます。逆はほとんどありませんけど。
たまこ >  より良いとわかっていてもそれを選べない状況が背景にある物語はドラマチックでしょうね。そこらあたりは是非、続編を……。

100年間の年表は一応作ってあります

彼方 >  林先生の作品で気になっているのが、ウエッブシステムなんですが、AADDの組織形態と合せて良く描かれていると思います。あれだけの情報を処理するのに必要な処理能力を考えるとスゴイものがありますね。
>  100年先の未来ということもありますが、たしかにかなり高度な能力が求められるのは間違いないでしょう。あの世界では、ウエッブがある段階を越えると、人生のすべての経験を記録するというレベルにまで到達することになってます。重要なのは彼方さんが指摘なさっているように、単体のウエッブでは無くウエッブシステムであるという点です。一言でいえばコンピュータがメディア化しているからこそ、組織形態にも大きな影響を与えることが可能となったわけです。
 さらにあのシステムは人間の意識における情報より能力を拡大する方向に発達する予定です。意識における情報処理能力が向上すれば、人間が理解できる外部世界の認識もかなり変化するはずです。できれば年内にその黎明期の話が書ければと思っているのですが。

 ウエッブシステムに関して言えば、先日も堀晃さんとも話したのですが、基本的な発想の原点には堀さんの情報サイボーグがあったのだと思います。社会的エリートの情報サイボーグがダウンサイジングして、皆様にお求めやすいお値段になったのが、AADDのウエッブシステムなのかもしれません。
彼方 >  ウエッブシステムによる意識の拡大というと、後書きや短編の前にある文章からすると、カーリーの中にいるらしい存在や、その背後にいる存在とも絡んで来るんでしょうか。ウエッブシステムがどの様に発展・進化して、地球社会・AADD・カーリーの中や、その先の存在とどう絡んでいくのか楽しみです。
>  ありがとうございます。でも、とりあえず一通りのことを書いて行くだけでもあと10年はかかるかなぁ。
雀部 >  なるほど。堀さんの情報サイボーグといえば『侵略者の平和』と同時期に出版された『地球環』にまとめられました。堀さんの情報サイボーグ・シリーズやトリニティ・シリーズは、設定や背景が一貫した「未来史」に基づくシリーズではなくて、それぞれ単発のアイデア・ストーリーとして書かれているということなんですが、林先生の『ウロボロスの波動』所載の短編は、一貫した「未来史」に基づいて書かれていると考えてよろしいでしょうか。
>  このシリーズに関しては事前の準備として100年間の年表は一応作ってあります。短編の執筆に従い手直しはしてますけど。未来史という意味合いよりも、どの時代ならどの程度のテクノロジーやエネルギー量まで利用できて、人口はどれくらいだろう、という見積もりをするための物ですね。
 だから言葉を変えれば、ある時代を舞台にしたときに、できないことは何かをはっきりさせるための年表ともいえます。できないことがはっきりすれば、できることも絞り込まれ、目的と制約条件の中からストーリーは自然と絞り込まれて行きますので。

 だから短編など執筆前に色々と計算するわけですけど、99%は何が不可能かを確認するためなので、そういう意味では計算結果が直接小説に反映される部分はひどく少ないですね。計算結果の大半はつかわれないことが承知の上での作業です。これはいい話と思って調べてみると、その時の惑星配置からその話が成り立たないのを、未練がましく色々計算してどうやっても成り立たないことを確認して止めるとか。

 もっとも「宇宙船は6時間後に到着する」みたいな一行のために半日計算でつぶしたりすると、自分が凄くアホなことをやっているような気になることもないではないですけど。
彼方 >  うーん、目から鱗というか、出来ないことをはっきりさせて、何が出来るかを決めていくのは珍しいんじゃないかなと。でも、これも林先生らしい考え方だと思います。確かに、このように考えていけば、話を進めていっても不整合が起きにくいですからね。話を作っていく上では、難しいと思いますが。
雀部 >  私のようなオールドSFファンは、「未来史」というと、真っ先にロバート・A・ハインラインのそれを思い浮かべるのですが、影響されたところかはおありでしょうか。
>  ハインラインとかクラーク、アシモフ、ニーブンといった作家はもうSFの基礎科目というか、ベースなので影響されていないわけはないですね。AADDの人間の基本的なメンタリティなどは、ハインラインが原点にあるのかもしれません。個人的には私は「夏への扉」よりも「月は無慈悲な夜の女王」のほうが好きなんですが。
雀部 >  そういわれれば、ハインラインって「地球 vs その他の惑星」の政治的側面を含めた対立を描いた作品をたくさん書いてますよね。
 それと『ウロボロスの波動』の背景には、ハインラインが『月は無慈悲な夜の女王』で言っている<タンスターフル>(無料の昼飯など無い)があると感じましたし。

AADDの経済活動

志麻 >  私は林氏の作品が巧みに回避しているお金の面を、一度つっこませていただければと常々考えていました。
 「ガルダ島の永妻博士」や「連合艦隊秘史 覇龍の戦録」における「第二石油」(常温核融合)などなど、科学者にとって戦時というのは波に乗ると最高に幸せな時間だと思うのです。
 よく言われるように、航空技術、核開発や宇宙計画も戦争の構図がなければ、これほど早く実用化されなかったことでしょう。
 しかし戦時ではない未来を舞台にした経済活動としての技術開発を描くことは、実はものすごく大変ではないのかな、と想像します。
 林氏が作品の中でよく言われているように「戦艦大和は公共事業」に他なりません。
 では「人工降着円盤」を作るために、どのような受注合戦が企業の間で繰り広げられたことか。
 素材産業や機械関係だけではなく、金融業界や保険業界でも熾烈な入札があったことでしょう。私はコンピュータのソフトウェア業界に身を置く者ですが、受注のためには仕様策定から食い込みを図り、有利に誘導することを行います。なにはともあれ受注すること! こういった経済活動は、形を変えながらも本質を違えることなく未来にまで続くものだと信じます。
 林氏が描く緻密な技術と組織。さらにドロドロのお金絡みというのも、ぜひ読みたいな、なんて思います。
>  これもちゃんとやらないとならない部分なんですが、AADDの社会は、金という物に対する考え方が、根本的に地球と異なるというのがあります。水や空気をはじめとして競合的な資源があまりにも多いため、最大の人命を保障するために、資源活用の合理性は絶対条件となります。このため彼らにあるのは、所有権ではなく、資源に対するアクセス権なんですね。高度な情報技術がそのアクセス権の管理を保証する。
 このため金というのが経済活動を管理するための生産物指標という意味しか持ち得ない。また地球的な意味での受注競争が成り立つほど、資源に余裕が無いため、これまた実働部隊は最適な生産資源活用で動かざるを得ない。
 ただ競争自体はあって、それはアイデア段階の競争であり、手持ちの資源と目標とを比較計量し、もっとも優れたアイデアが採用され、それによって実際の計画が開始される。ただしアイデアを出したチームが、工事を請け負うとは限らない。それはもっとも優れた工事チームに委ねられ、アイデアチームはまた別のプロジェクトに関して動いて行く。そういう状況なので地球の企業文化も通用しない。
 まぁ、AADDにもドロドロはあるんですが、これも彼らの文化の中でのドロドロなので、他所の文化ではよくわからない可能性もあります。

 AADDの経済活動が、どうしてこうまで地球の経済活動と異なるかと言えば、SFだからというのとは別に、既存の企業文化の中でテクノロジーが利用される地球の組織に対して、テクノロジーを効率よく利用するために組織が再構築されたのがAADDだからとなるでしょう。だからAADDが宇宙の組織というのは、必然でもあります。宇宙空間で生存するということは、地球以上に生活の中にテクノロジーの存在が不可欠ですから。彼らは呼吸という行為を行うためだけでも、背景にテクノロジーが必要なのです。
志麻 >  なるほど。納得しました。
 アクセス権というの新しい概念ですね。宇宙という人類が自然には存在するはずのない環境下での経済概念が、現在の経済法則で語れるとは限らない部分ですね。ましてやAADDという利益団体ではない巨大組織の中にあっては、人の管理が姿を変えている以上、金の管理もまた変化するということなのですね。
 既存組織との経済活動において、そのことを常にアピールして新しい商取引モデルを構築していく姿を妄想して楽しませていただきます。林氏の作品は組織描写が練り込まれているからこそ、バックグラウンドを楽しむ土台になりうると感じます。これがまた林氏の物語の楽しみです。

意識活動の継続こそが不死ではないかと思います

彼方 >  あぁ、今回のお話でAADD側の経済活動について、あまり描写がなくて林先生らしくないなぁと思っていたのですが、このお話ですっきりしました。AADDならではの経済活動がちゃんと行われていたのですね。
 ところで、各短編の前にある文章を読むと、偶然と必然ということに重点が置かれているようですが、偶然と必然というテーマに思い入れがおありですか?
>  あるとおもいます。意識の活動の中で、何が偶然と判断されるのか。偶然とは意識が拡大すれば消滅する物なのか、それとも偶然は常に偶然であり続けるのか。
 またカオスや量子論的な問題は、本当の意味で偶然という現象の根拠足り得るのか。そう言う意味では、意識という物はどのような変化を遂げて行くのかという興味かもしれません。
たまこ >  ヒドラ氷穴の章で言及されていた不死についてなんですけど、殺人事件の被害者のウエッブに残された記録や、エージェントプログラムの反応に故人の振る舞いを見るとき、不死ということを連想します。
 私たちにとって不死とはいかなるものか、歓迎されるものなのか、否か。
 また、不死のテクノロジーはいずれ実現する日が来るのでしょうか。
>  どのレベルでの不死を想定するかにもよると思いますが、私は意識活動の継続こそが不死ではないかと思います。意識活動という表現をしているのは、普通に生きていても人間の意識は変化しているためです。ただ人間の意識は肉体と不可分な部分があり、単純に意識を機械にコピーしただけでは問題の解決にはならない。肉体という枠組みが人間の意識という物を規定している部分は無視できないと思っています。ただ同時に肉体が意識の足枷となる可能性も考えなければならない。

 宣伝になってしまうのですが、じつはこれに関連した話を早川JAで書きました。10月発売のはずです。
たまこ >  では人の意識と肉体との関わりは、期待してしばらく待ってます(笑)
 人間の意識の発生が偶然だとするのなら、マシンにもその偶然がある可能性も捨てきれないと思います。また、すでにあるのに私たちが気付くことができないのかもしれません。AIは自発的な意識を持ち得るかどうか。作中だとほのめかして終ってますが、この点どうでしょう。
>  するどい指摘を……。

 自発的というのが微妙な点ですが、まずAIにとって観てみると、人間社会というのは周辺環境であるわけです。そしてAIが周辺環境に何かの方向で最適な適応を行おうとしたときに、人間が環境の大きな要素なので、否応なく人間に反応せざるを得ないということはあると思います。ですから人間とのコミュニケーション能力が先に成立して、意識は後から構成されてゆく、ということも可能性としてはあるかもしれないと思います。

 あと作中ではAIとひとくくりにされておりますが、それぞれに構造も違うはずで、仮に意識を持ったAIが幾つか誕生しても、構造が異なるAI同士はコミュニケーションがとれない可能性も考えられます。そう言う中で、AI相互の最大公約数的なプロトコルは彼らにとって一番の周辺環境要素である人間ということもあるかもしれません。人間がいるから、異なるAI同士が意思の疎通がはかられるとか。
たまこ >  なるほど……。動物には動物なりの形で意識がある、と思いますが、彼等と人間は様々にコミュニケーションできるから、彼等には意識がある、と私たちが思うわけですよね。アイコンタクトとか。
 AIに意識があることを確信できるとしたら、どんなコミュニケーションなんでしょうね。考え出すとグルグルしてしまいますが(笑)確信できる日が来るといいなと思います。
志麻 >  これからもすばらしい作品を楽しみにしています。
 どうもありがとうございました。
崎田 >  面白いお話をお聴かせいただきありがとうございました。
 今後の展開、特に異なる知性体同士でのコミュニケーションが生みだしていくであろう新しい文化の描かれ方などに大いに期待させて頂きます。
たまこ >  作品の事だけでなく色々お話をうかがえて、とても楽しかったです。新作を楽しみにしております。参加させて頂きありがとうございました。
雀部 >  今回は大変お忙しいところ、インタビューに応じていただきありがとうございました。
 林先生の魅力的な作品の裏には、シンクロナイズド・スイミングの演技を支える見えない脚の動きの如く、膨大な考証に裏付けられた確固たる背景があるのを実感させていただきました。
 10月発売のハヤカワ文庫JA、楽しみにしています。


[林譲治]
1962年北海道生まれ。臨床検査技師を経て、'95年『大日本帝国欧州電撃作戦』(共著)でデビュー。《焦熱期の波濤》《兵隊元帥欧州戦記》シリーズなど、確かな歴史観に裏打ちされた架空戦記で人気。最近は、《侵略者の平和》『暗黒太陽の目覚め』『大赤斑追撃』等々のハードSFを発表し、期待を集めている。
HomePage:http://www.asahi-net.or.jp/‾zq9j-hys/index.htm
[雀部]
50歳、歯科医、SF者、ハードSF研所員。
ホームページは、http://www.sasabe.com/
[彼方]
コンピュータシステムのお守となんでも屋さん。アニメとSFが趣味。最近、ハードなSFが少なくて寂しい。また、たれぱんだとともにたれて、こげぱんとともにやさぐれてるらしいヽ(^^;)ぉぃぉぃ ペンネームの彼方は、@niftyで使用しているハンドルです。
[志麻]
はじめまして。志麻ケイイチといいます。
林譲治ファンサイト「Platform」管理人をさせていただいております。
林氏の作品に惚れ込み、拝み倒してのファンサイトオープンとなりました。
作品中に現れるパロディやジョークを集めた「林譲治カルト」や「林譲治大年表」などなど。様々な企画を皆様と楽しんでいます。
ex:焦熱の波涛 2巻P206
「そうだ、あれが我々の待ち望んでいた大和だ」−潜水艦トリガーのエリック艦長のお言葉。いうまでもなく「宇宙戦○ヤマト」沖田艦長の名台詞。
などなど。生真面目な林氏の文体から時々飛び出すウィットに飛んだ会話が素敵です。
掲示板には、林氏もご参加いただいております。まるでファンの一人のようになにげなく会話が飛び交っています。気楽にご参加いただければ幸いです。
これからも林譲治氏の作品をどうぞよろしくお願いいたします。
[たまこ]
ふと気付いたらSFが一番好きなジャンルになりつつある本読み、たまこと申します。
古本屋に行って、くたびれた50円くらいのSF古本を探すのが今の楽しみです。駅構内の出店にけっこう掘り出し物があるのです。見逃せません(笑)。
よろしくお願い致します。
[崎田]
小学生と中学生の二人の娘を持つ主婦です。
趣味はショッピングとテレビドラマを見ること。
得意な料理は肉ジャガで、特技はワープロを打てること。
どうぞよろしくお願いします。

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