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Author Interview

インタビュアー:[雀部]

セカンドムーン
『セカンドムーン』
> 上杉那郎著/ケッソクヒデキ装画
> ISBN 978-4-7584-1105-9
> 角川春樹事務所
> 1700円
> 2008.2.18発行
粗筋:
 西暦2012年、衛星打ち上げ事業の存続を賭けて種子島から飛び立ったロケットGIII8号機は、大気圏突破を目前にしてコントロール不能に陥り自爆。打ち上げの責任者であるスペースノヴァ社(旧宇宙開発事業団)の小百合は、前任者で元恋人の内村から、失敗の原因は宇宙兵器の攻撃だと教えられ耳を疑う。世界の裏勢力が未知の技術入手に暗躍する中、小百合達はその正体を追うが、小百合の兄・修司が搭乗する国際宇宙ステーション・フリーダムがその攻撃を受け日本列島へ落下し始める……。
 人類の科学力を凌駕するテクノロジーで造られた兵器の目的は何か。そしてフリーダムに搭乗する日本人クルーと、落下地点となる日本に明日はあるのか!

『フラッシュ・オーバー』
> 樋口京輔著/西口司郎装画
> ISBN 978-4-04-873182-9
> 角川書店
> 2000円
> 1999.9.25発行
粗筋:
 群馬、新潟間を結ぶ世界最長の谷川トンネル坑内で、核燃料輸送トラックを先導する県警パトカーが、横転したタンクローリーに激突、さらに車数台が玉突き衝突して炎上した。現場は白煙と炎に包まれ、非常電話の回線も途切れた。新潟県警高速隊長の河合が避難坑へ脱出しようとしたその時、突如現れたテロリストが機関銃を乱射。部下が射殺されるのを目撃した河合の全身は凍りついた。まもなく「光の旅団」を名乗るグループから犯行声明が…。前線を埋め尽くす機動隊、自衛隊員。映像を追うテレビ・クルー。誰が、いったい何のために?
フラッシュ・オーバー

緑雨の回廊
『緑雨の回廊』
> 樋口京輔著/安藤克昌装画
> ISBN 978-4-12-003003-1
> 中央公論新社
> 2000円
> 2000.5.10発行
概要:
 夫の失踪の痕跡は、埋蔵金の眠る巨大ダムの底へとつながっていた。曼陀羅が解き明かす境界へ妻は一歩を踏み出した。

『黒姫伝説殺人事件』
> 樋口京輔著
> ISBN 978-4-88862-896-9
> 新潟日報事業社
> 1600円
> 2002.3.31発行
概要:
 「黒姫のお池を守って…」謎の言葉を残しゲレンデで無惨に殺された親友。真相を求める旅は晩冬の湯沢、黒姫高原、刈羽、糸魚川、石打を結ぶ。伝説と現代社会の闇が交差する長編ミステリー。
黒姫伝説殺人事件

黒の七夕
『黒の七夕』
> 樋口京輔著
> ISBN 978-4-06-210544-6
> 講談社
> 2200円
> 2002.7.5発行
概要:
 地下鉄工事のルート変更に伴う、きな臭い噂の数々。どうして手抜き工事が平然とまかり通ったのか? 復旧に投入された潤沢な予算はどこから捻出されたのか? そして親友は、なぜ死を選ばなければならなかったのか? 憎むべき敵。それは地方土建というシステムそのものだった。
 地下鉄工事をめぐる、地方ゼネコンのどす黒い闇。愛する女を救うため、男は命を懸けて立ち上がる。

雀部 >  今月の著者インタビューは『セカンドムーン』で、第8回小松左京賞を受賞された上杉那郎先生です。上杉先生よろしくお願いします。「小松左京マガジン」28巻で、上杉先生が、歯科医だということを知り驚いていたんですよ。歯科医でSF作家というのは、今まで聞いたことがありません。もちろん非常に羨ましいです(笑)
 最初にお聞きしたいのは、なぜ小松左京賞に応募されることになったかということですが。
上杉 >  これまではマイケル・クライトン路線とでも言うのでしょうか、テクノロジーの齟齬で生じる物語を書いてまいりました。書きたいものを素直に書いてみたらSFだった、ということです。小松賞を選んだ理由は、応募資格が“不問”だったせいです。
 他のSF新人賞は、“新人に限る”でしたので、既にデビューをはたしていた僕には、小松賞しかなかったのです。
雀部 >  マイケル・クライトン路線ということですが、それはどういう作品なんでしょうか。
上杉 >  僕が敬愛する宮部みゆきさんが言ってたことです。僕が書いてきたものがどうやら、それらしいんですけど、実のところよくわかりません。仕掛けが大きくて、理系で、ヒューマン・エラーがからんで、って感じだと理解しています。
雀部 >  あ、なんとなく分かります。『ライジング・サン』とか『タイムライン』あたり。
 私は、むしろアクション(パニック?)映画かなとも思いました。『タワーリング・インフェルノ』とか『スピード』とか。
 そう言えば『フラッシュ・オーバー』('99)の帯に宮部みゆき先生の推薦の言葉がありました。この本と『黒の七夕』がその路線にあたりますね。どちらもワクワクしながら読ませて貰いました。
 この『フラッシュ・オーバー』が、第十九回横溝正史賞佳作を受賞して文壇デビューを果たされたのですが、第十八回にも「稜線にキスゲは咲いたか」で奨励賞に選ばれてますね。特に横溝正史賞を狙われた理由がありますでしょうか?
上杉 >  今も胸を張れませんが、文章が下手だったんです。ダラダラと長いだけの駄文を引き締める力が無かった。ほとんどの新人賞が原稿用紙500枚前後の規定でしたが、横溝賞だけが、比較的、長い原稿を受け付けてくれた、それだけです。
雀部 >  長編向きの作風であると。素人の私が言うのもなんですが、文章力はおありだと思いますけどねえ。展開もスピーディだし、無駄な部分もないですし。
 『フラッシュ・オーバー』は、核燃料輸送に関連しておこるトンネル内での一連の事件が描かれています。これは上杉先生の地元を舞台にされてますよね。
上杉 >  原発予定地の出身なもんでして、執筆当時、住民投票をやる、やらないで、故郷の小さな町が二分されていました。悲しみと怒りにまかせて書いた作品です。高村薫さんや真保裕一さんあたりの影響を強く受けていますね。
雀部 >  『ホワイトアウト』や『神の火』あたりでしょうか。
 原発予定地というと過疎の町だったんですか?
上杉 >  地方にはありがちな、公共事業にどっぷり依存した町です。新潟市の中心部から直線距離で二十㎞未満、いくら土建屋さんや族議員が頑張っても、原発の立地には無理があったんでしょうね。電力会社は計画を撤回しました。ちなみに僕は、原発そのものに反対でありませんでした。が、住民投票には微力を添えた経験があります。化石燃料の枯渇のため、温暖化防止のために必要ではあると理解しています。
 ただし、ほんのひと握りの人だけが富を得るからくりになっていたのが許せませんでした。いっそのこと、原発のある町は電気料金タダ、なんてやってくれたら富(迷惑)の分配も均等で、案外いけると思うのですが、電力会社は考えてみてくれないかなぁ。
雀部 >  そうすると、町が大電力を使う工場を誘致したりして。あ、それで一本書けますね(笑)
 二作目の『緑雨の回廊』は、ダム建設と地方の黄金伝説を絡めたお話でした。第一回小松左京賞受賞作家の平谷先生が、〈ラ・クラ〉という雑誌で「平泉夢想紀行」という連載をもたれていて――河北新報に『沙棗 義経になった男』も連載中――〈歩き筋〉などにも興味があったので、とても面白く読みました。このアイデアは、元々温められていたものなんでしょうか?
上杉 >  出版社の意向です。担当さんが、建設省のお偉いさんにコネがあったものでして、ずいぶん突っ込んだ取材をさせていただきました。いい想い出です。
雀部 >  そうなんですか。要望された意向にこたえるというのも、プロ作家の努めですね。
 さて、三作目『黒姫伝説殺人事件』は一転して、女子大生と医学生のコンビが主人公ですが、これも色んなところの伝説が出てきますが、これは全部実在する伝説なんでしょうか。
上杉 >  実際の伝承です。ローカル的にはけっこう有名です。
雀部 >  あらま、地元では有名だったとは(汗)
 『**伝説殺人事件』というと、私なんかはどうしても内田康夫先生の浅見光彦シリーズを連想してしまうのですが、意識されてますか。
 あ、カミさんがミステリファンなもんで、私も一通り読んでます(笑)
上杉 >  新潟で売ることしか考えてなかったので、ベタなタイトルにしてしまいました。内田先生の『伝説』シリーズは、ほとんど読んでいますので、たぶん、突っ込みが入るだろうな、と思ってたら案の定でした。
雀部 >  そういえば、『黒姫伝説殺人事件』の出版元は新潟日報事業社ということで、地元ですね。これも出版社の意向だったのですか。
上杉 >  プレゼンは僕からいたしました。読書好きの人、よりは地方紙を読む人、を意識した結果です。TV的ということですね。知っている土地を舞台に、話し慣れた方言で書かれたら、読みやすい。『火サス』のノリです。
雀部 >  確かに浅見シリーズは、数多く火サスでドラマ化されてますね。
 四作目の『黒の七夕』は仙台の地下鉄工事にまつわるゼネコンのどす黒い闇を描いたパニック・サスペンスで、元東北大生としては存分に楽しませてもらいました。
 三作目までと違って、宮城県が舞台なのですが、仙台を題材としたのは何故なのでしょうか。
上杉 >  仙台に住んでいたことがあるからです。アパートは太白区の八木山、職場は宮城野区の鶴代にありました。雀部センセなら、具体的に位置関係がわかるっちゃ?
雀部 >  んだっちゃ(笑)
 一年生の時は野草園の麓の萩が丘に間借りしてましたから。野草園から八木山を通って、キャンパスのある川内まで歩いたこともあります。そうか、あそこは光るのか(笑)
 同じところに住んでいた先輩が、地質学と工学部の方で、工学部の先輩はトンネル掘りが専門でした。工学部の先輩は国鉄に就職されました。地質学のほうも化石を掘ったりするんで、穴掘りの話はよく聞かされました(爆)
 あそこらへん、本当に休火山とか地下水脈があるんですか?
上杉 >  工学部からも見える太白山は、火山の芯の部分が残ったものです。釜房ダムの付近にも、死んだ火山があるようです。断層や地下水脈はどこにでもありますんで、あまりはっきり場所を明示して書きますと、実際にお住まいになっている方に不安を与えますんで、ねえ……。
 ちなみに太白山で、小説のような事は起こらないと考えます。
雀部 >  はい、地元関係者は安心してください(笑)
 舞台に関して言うと、トンネル、ダム、地下鉄と巨大土木工事関連ということで、とても土木関係にお詳しい。
 歯科医と土木はあまり結びつかない気もしますが(笑)
上杉 >  付け焼き刃の知識です、所詮。今ではすっかり忘れてしまいました。書けと言われれば、なんでも取材して書くんでしょうね。逆に歯医者のことは書きたくないです。
雀部 >  歯科医が登場する小説というと、サドの歯科医だったり、入試問題漏洩事件がらみだったり、あまり良いイメージがないです。二時間ドラマでは、法歯学がらみのものはありましたが。ここはぜひ小説の世界における歯科医の地位向上に一肌脱いで下さいませ(笑)
上杉 >  そうですよねー。法歯学以外ではインレーに毒物を仕込むとか、国家試験漏洩くらいしかネタは無いっスね。歯科医の地位向上の件ですが、アイデアはあるけれど、全国の善良な歯医者までもが迷惑をするはずですので封印しております。これ以上は、突っ込まないでください。
雀部 >  残念です。
 SFと言えば、映画になって戻ってきたアシモフに救われたとおっしゃっていますが、どの作品でしょうか。
上杉 >  『アイ・ロボット』('04公開)です。アシモフには申し訳ないですが、原作より面白かった。
 原作を読んだ人には、たいてい、映像のほうが出来が悪く感じるものですがフォレスト・ガンプと共に、僕的には例外となりました。
雀部 >  面白かったけど、原作の味とはあまり関係ない作品ではありました(笑)
 アシモフ氏以外でお好きなSFというと?
上杉 >  アシモフだけです。純粋にSFで好きな作家と言えるのは。
 強いてあげるなら、三十年ほど前の宮崎駿と、カール・セーガンでしょうか。
雀部 >  どちらも“SF作家”じゃないですね(笑)
 先程名前が出てきたマイケル・クライトン氏とかスティーヴン・キング氏とかはどうでしょうか。
上杉 >  読んだことないんですよ、じつは。めっちゃヒマな病院に勤務するまで、読書というものをしたことがありませんでした。それからは貪るように読みあさったんですけど、作家になるためでした。つまり文章の勉強ですね。海外の作品は、どうしても訳者が挟まるので、あまり参考にならず、よく言われる視点の不統一が気になりました。それでも人気があったパトリシア・コーンウェルなんか読んではみたんですけど、好きになれませんでしたし、娘が読んでいたハリー・ポッターなんか最初の数ページで本を閉じました。アシモフを読んだ時期は、ずっと逆上って中学時代です。
雀部 >  勉強のための読書は、読んでいてもあまり面白くないですね(笑)
 経歴を拝見すると“病院勤務、整備士、トラック運転手等を経て診療所を開業”とあり、なるほど小説に活かされているなあと納得したのですが、めっちゃヒマな病院勤務を辞められて、他の土地の病院か歯科医院に勤務することは考えられなかったのですか。
上杉 >  考えませんでした。元々まったくの天涯孤独だったので何処へでも行けたのですが、結婚後は、女房子供を義父母から遠ざけたくない気持ちが働きました。単身赴任って手もありましたけどね。ちなみに、当時でも新潟の勤務歯科医は手取りで二十万を下回ってました。したがいまして、歯科以外の職の方が金銭的には良かった。そんなわけで、病院を辞めてからしばらく、某有名百貨店で臨時社員として働いていました。歯科医としてじゃなかったけど、めっちゃ楽しかったなあ。もともと歯科には未練や思い入れが薄かったんでしょうね。
雀部 >  今でも、インターンを終えたばかりの新米歯科医の給料はそんなもんでしょう。首都圏でも、衛生士のほうが高いのが一般的ですよね。
 臨時職員というと何を担当されていたのでしょうか。
上杉 >  商品の出庫、入庫です。肉体労働ですね。
雀部 >  ガテン系のお仕事だったとは。
 『セカンドムーン』は、出だし部分から謎をはらんだスピーディな展開と面白さでグイグイ引き込まれてしまいました。読ませて頂いて、映像が浮かぶというか《インディ・ジョーンズ》シリーズを観ているような面白さですね。影響を受けられた、又はお好きな映画とか映画監督さんはいらっしゃいませんか。
上杉 >  スティング、羊たちの沈黙、シンドラーのリストなど……SFとは関係ないものが多いです。
 監督は断然マイケル・ムーア、それと、やっぱり宮崎駿。
雀部 >  『シッコ』は、身につまされました。日本も将来ああなる可能性ありますよねぇ。
上杉 >  いや、すでになっていると思います。特に歯科、さらに新潟は。県外の歯医者が想像する以上だと思ってください。それにしても『シッコ』は笑えませんでしたね。
雀部 >  『2001年宇宙の旅』はどうだったでしょう。『セカンドムーン』と根本では繋がってるような感じを受けましたが。
上杉 >  意識しませんでしたが、(以下ネタバレです)、マイクロマシンが登場するくだりは、似てしまいましたね。
雀部 >  投稿されるくらいマンガがお好きだったそうですが、影響を受けた作品とか作家はいらっしゃいますか。
上杉 >  投稿したのは少女マンガです。一度きりでやめました。才能ないみたいなんで……。影響を受けたマンガ作家、作品は大友克洋『アキラ』、荒木飛呂彦『ジョジョシリーズ』、漆原友紀『蠱師』ですね。
雀部 >  実は今日、米子の自衛隊駐屯地の横をクルマで通ったんですが、戦車やヘリが置いてあったのでちょっと止まって見て来ました(笑)
 『セカンドムーン』には、自衛隊とかの装備がリアルで詳細なので、実に臨場感が出ました。ひょっとして、架空戦記とかを書かれるご予定はありませんか。
上杉 >  まったく考えていません。自衛隊のくだりが、作中ではいちばん苦労しました。そもそも、軍事が苦手なんです。
雀部 >  えぇぇ、そうなんですか。軍事が苦手であの描写ですか、筆力ですねえ。
 小松先生が感心されていたのが、ロケットの打ち上げとか宇宙空間での攻防のリアルさなんですが、あれはもう小説の神が降りてきて、す~っと書けたとかいうようなことは?
上杉 >  ガッカリされるかもしれませんが、ネタ元はテレビです。NHKの『クローズアップ現代』や『プロジェクトX』をビデオに録り、音声を拾い上げて組み立てていきました。種子島やJAXAに取材に行ったわけではありません。
雀部 >  そうなんですか。想像力と緻密な考察のたまものですね。
 ネタ帳とかはつけられてないのですか。
上杉 >  つけていますけど、うまくいっているとは言えません。あとで読み返してみて「なんじゃこりゃ?」ってなものばかりです。また、誰かに先を越されたネタもあります。最近では、鈴木おさむさんの『ハンサムスーツ』ですね。ほとんど同じアイデアなんでビックリしました。
雀部 >  『ハンサムスーツ』ですか。SF的といえば言えなくもないなあ(笑)
 「小松左京マガジン」29巻に受賞後第一作の「ミラクルビュレット ~奇跡の弾丸」は、病院勤めの経験を活かされた臨場感たっぷりのパンデミックの話でした。11月の終わりに「新型インフルエンザ対応合同訓練の実施」というのを受けてきたんで、また読み返してみたら、改めてなるほどと感心しました。上杉先生は、歯科医がパンデミックに際してどういうことで貢献できるとお考えですか。
上杉 >  まったくないと思っています。もし大規模感染が起こったら、ウイルスを喰らう前に診療所をたたもうと思ってます。マジで 。
雀部 >  ありゃ。私もパンデミックが確実だったら、診療は休んで引きこもり生活ですね。子ども達にも買いだめしておくように言ってあります。感染は免れないにしても、ワクチンが出来る前と後とでは天国と地獄の差がありますから。
(以下、ネタバレにつき白いフォントにして一応隠します)
 ネタばらしちゃいますが、この細菌のように見えるけど実はウィルスというのは、小松左京先生の『復活の日』へのオマージュとも取れますが、これは偶然でしょうか。
上杉 >  偶然だと思います。スイマセン……。
雀部 >  上杉先生が作家になろうと思われたきっかけになった川田先生の『白く長い廊下』は良くできた医療ミステリですが、この分野の作品を書かれる予定はおありでしょうか?
上杉 >  書く気はあるんげすけど、『昨今はこの手の作品が多くてねえ』、と複数の編集さんに、口をそろえて言われました。小松左京マガジン掲載の『ミラクルビュレット』はボツになった医療もののひとつで、そのパイロット版なんです。本来は700枚の長編でした。
雀部 >  『白く長い廊下』も「ミラクルビュレット ~奇跡の弾丸」も、ラストは元カノとの将来を暗示して終わってますが、これは意識されてますか?
上杉 >  本来のラストはすごいことになっています。まあ、出版されることはないでしょうけど。ということで、川田先生の『白く長い廊下』は、まったく意識しておりませんでした。
雀部 >  凄いラストって、ちと興味があります。(以下も白いフォントで)
 AZTにも効果があったもののそれは一時的なもので、実はエイズそのものに、その病原菌を骨抜きにする作用が見つかり、全人類がエイズに感染することを余儀なくされたという悪夢を想像しちゃいましたよ(笑)
上杉 >  そんなんじゃなくて、『もののけ姫』のラストみたいな感じです。SF的です
 (ここまで白いフォントで)
雀部 >  『白く長い廊下』に登場する女性と小百合を比べると、あちらのほうのキャラが強い女性に書かれている気がしました。仕事は出来るがどこか弱い部分もあるという設定は、上杉先生の女性の好みなのでしょうか(笑)
上杉 >  モデルがおります。WHO防疫官の進藤先生。あんな感じです(と思うのですが)。
雀部 >  え、進藤先生なんですか。まあ個人的に存じ上げているわけではないんで(笑)
 では、ミステリの四作品に登場する女性たちにもモデルがいたりしますか。
上杉 >  他の作品にもモデルはおりますが、ほとんど実名です。みなさん、出演?を快諾して頂きました。なので実名でないのはカッコいい(実際はご苦労な部分もあるのでしょうけど)イメージだけを拝借した進藤先生だけですね。お会いしたことのある間柄ではないので。
雀部 >  そうでしたか。そういえば、私も名前の方が、某先生の短篇に端役で登場しました(前もっての連絡はなかったんですが(笑))
 「小松左京マガジン」での小松左京先生の受賞者インタビューで、「作家になるために開業した」とありますが、開業してからそんなに自由時間が取れてますか?
上杉 >  新潟は宇宙でいちばん歯医者が“濃い”土地柄ですから、勤務医だろうが開業医だろうが、時間はたっぷりあります。カネは無いけど……。
 勤務医を辞めたのは、経営側から受ける心の枷を嫌ったからです。
 なにせ、あまりにもヒマなもんですから、医局で文庫を読みあさったんです。
 そうしたら、不謹慎だって怒られましてね……。他にもいろいろありますけどそんなとこです。
雀部 >  ありゃま、そんなに暇なんですか。
 新潟市の人口が81万人くらいで、歯科医数が八百人とすると、約千人に一人ですね。うちの支部が、人口4万人で、歯科医数が21人ですから、約二千人に一人です。なるほどそりゃ濃いわ。
 以前、病院歯科に勤務されていた時は、一日に診察される患者数は何人だったんでしょうか。
上杉 >  4~8人。新規開業、しかも十五年前で、この数字です。すごいでしょ?
雀部 >  病院歯科じゃなければ潰れてますね(笑)
 『セカンドムーン』のストーリーは、いつ練られたんですか?
 いくら暇でも、仕事中は時間が細切れになっちゃうんで難しいと思いますが。
上杉 >  五年前です。宇宙開発事業団(現JAXA)のH2ロケットが立て続けに墜っこち、東大の小柴先生がノーベル賞をもらった時期に相当します。これがモチーフになっているわけです。
雀部 >  そう言えば、スーパーカミオカンデも出てきましすね。
 日本のロケットが落ちたのに、中国が有人ロケットの打ち上げに成功したりしてました。
上杉 >  焦らなくていいと思うんですよ、ニッポンは。JAXAの方は神舟(中国の宇宙船)が軌道飛行したとき、「ソユーズの焼き直しにすぎない」と負け惜しみを言ってましたけど、あれ、みっともなかったですね。
雀部 >  というと?
上杉 >  中国は国威発揚のためにやっているんだし、日本は非効率、無責任、無説明仕事のツケが回って来たんだと思います。商業衛星の打ち上げで欧州や中国に負けるのは仕方ない、と諦めて、国民の暮らしぶりが改善してから宇宙へ再チャレンジ、でいいんじゃないかな。 今、塗炭の苦しみを味わっている国民が、宇宙開発を支持してくれるはずがない。 国際競争力よりも、まず国民が安心して暮らせること。ここら辺の感覚が、政治に欠けていると思えてなりません。あー隔靴掻痒!
雀部 >  実際執筆されたのは何時なんですか。
 また、延べ何日くらいかかりましたでしょうか。
上杉 >  足掛け五年はかかっているわけですが、ぶっ続けに書いてたら三カ月ほどでしかありません。執筆は主に早朝、午前3時~6時くらいが多いです。
 デビュー以来、続けているスタイルです。
雀部 >  え、それではいつ寝られているんでしょうか。
上杉 >  午後9時には寝てますね。かつては久米宏さん、今は古館さんの顔を観たことがありません。休前日は夜更かししますけど。
雀部 >  かなりストイックな日常とお見受けしましたが、一番の楽しみは何でしょうか?
上杉 >  食うこと、寝ること以外にはありません。強いて言えば、もうすぐ水面から顔が出せる、と信じて必死にもがき苦しんでいる……そんなヒロイズムを楽しむことかな。自虐的に過ぎますけれど。
雀部 >  夜間無呼吸症候群の既往歴があるそうですが、もう完治されましたか?
 平谷美樹先生が、やはり夜間無呼吸症候群にかかられていて苦労されているんで。
上杉 >  治ってないと思います。今のところ治す気がないんで。大望が叶う頃、自然に治るんじゃないかな。
雀部 >  現在は、歯科医と作家の二足のわらじ状態だと思いますが、今後のことについて奥さんから何か言われるようなことはありましたか。
上杉 >  ありません。勝手にやれば、ってなところです。
雀部 >  出版社からの要望があれば、もっと執筆時間を増やされる予定はありますか。
上杉 >  本当はもっと書きたいです。だけど作家専業になっても、そう長時間は書けないでしょうね、引き締まった文章が。一日に何十枚と書いても、ダラダラと分厚い本ができるだけです、と売れっ子作家の誰かが言ってたなあ。長い小説が好きな方もいらっしゃるでしょうが、僕はダメです。
雀部 >  同感です。SFでも、最近はむやみに長いのが多くて(笑)
 ま、それはそうとして、お好きな火サスで多くの原作を提供している内田先生のように、シリーズものを書かれる気はありませんか。
上杉 >  たぶん無理です。ムラっ気の多い方なんで。
雀部 >  筆名を変えられるきっかけになったのが、映画化もされた某超有名マンガの登場人物と名前の読みが同じだったからと聞きましたが、作家としてはやはり気になるものですか。
 キャラ設定が悪役のエロいオヤジだし(笑)
上杉 >  気にしました。原作者は、実名が存在する場合に備えて手を打ったようですが、やっぱ気になりました。もしかして、僕を知っている人?
雀部 >  読者ということはありそうですね。
 変えられたペンネームの上杉那郎は、数ある大名のなかで名君中の名君といわれた上杉鷹山(うえすぎようざん)から頂いたそうですが、実行力のある人物ですねえ。今生きてらっしゃったら、ぜひ首相になっていただきたいものです。
上杉 >  まったくです。清貧の思想、これって上に立つ人ほど必要だと思います。なのに、「ホテルのバーは安い」なんて言いきれる人が、どうして庶民派なんでしょうねえ。所詮、乳母日傘でお育ちになったぼっちゃんには、塗炭の苦しみを味わっている庶民の心はわからない、ってなところでしょう。
雀部 >  上杉鷹山の生涯とかの歴史書を書かれる予定はございませんか。
上杉 >  ございません。憧れの方なので、僕の未熟な筆力では畏れおおくて書けません、きっと。
雀部 >  今回は歯科医業と作家業でお忙しい中、インタビューに応じて頂きありがとうございました。最後に、現在執筆中の作品、近刊予定などございましたらお教え下さい。
上杉 >  ワームホール型タイムマシンのテイストをふりかけた、熱血野球恋愛青春小説です(なんのこっちゃ)。
雀部 >  ?
 赤瀬川隼さんの『球は転々宇宙間』みたいな?(全然宇宙は出てきませんが(笑))
上杉 >  違いますねえ。わりとシリアスな感じ。久保帯人さんの『ブリーチ』と 映画『三丁目の夕日』を合わせて、大リーグボール3号をレッドソックス・松坂大輔が投げたような感じです(やっぱ、なんのこっちゃ)。
雀部 >  そういや、『ブリーチ』一番隊副隊長は雀部長次郎ですね。
 雀部長次郎のような登場人物が、昭和30年代に、バットを避ける魔球を投げて活躍する小説を期待してます(笑)


[上杉那郎]
歯科医師、作家。1962年、新潟県生。日本歯科大卒。現在は新潟市にて小児歯科を開業。
歯科業界の将来に不安を感じ、小説家を目指す。日本推理作家協会会員。
'99年に『フラッシュ・オーバー』で、第19回横溝正史賞佳作を受賞し作家デビュー。
[雀部]
歯科医師。上杉先生と違って文才無し(汗)
正直、上杉先生の才能がうらやましいです(笑)

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