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Author Interview

インタビュアー:[高槻真樹]

『樹環惑星――ダイビング・オパリア――』
> 伊野隆之著/奥瀬サキカバーイラスト
> ISBN-13: 978-4198932510
> 徳間文庫
> 762円
> 2010.11.15発行
その森は、自らが産み出す多様な化学物質で、会話をしている。有毒な雲をいただく森からなる広大な低地帯と、断崖で隔てられた高地、それが惑星オパリア。この星で起こる異常は必ず森に原因がある。そんなオパリアで新型の森林熱症候群が発生し、患者が激増。生態学者シギーラは原因究明のため、二十年ぶりにこの樹環の惑星に降り立った。第11回日本SF新人賞を受賞した、冒険SFの傑作。

■伊野隆之さんインタビュー『樹環惑星――ダイビング・オパリア――』 (2010年10月11日/伊野邸へ電話インタビュー/聞き手・高槻真樹)

高槻> 何よりもまず、舞台となる惑星オパリアの設定の緻密さに圧倒されました。ひょっとすると、シミュレーション用のソフトウェアバージョンがあるのではないかと思ったのですが。
伊野> いやいやそんな難しいことしません(笑)もっぱら頭の中だけですよ。作品を書き進める途中で、設定らしい部分を別ファイルにコピーしていくと、自然に惑星の描写みたいなのが積み重なっていく。それをまた参照しながら書き進めていきました。予想外でした?
高槻> ええ、まあ(笑)過去の作家さんで少し似ているなと思ったのは谷甲州、ブライアン・オールディス、フレデリック・フォーサイスといったあたりでした。
伊野> 谷甲州さんは『航空宇宙軍史』とか好きでしたが、実はあまり意識していなかったですね。ブライアン・オールディスは…やっぱり『地球の長い午後』でしょうか(笑)
高槻> いえ、どちらかというと『マラキア・タペストリ』でしょうか。世界を葉一枚まで克明に作りこむ、というところが。
伊野> あーなるほど。ディテールを意識した作り方という部分では似ているのかもしれません。僕の場合は舞台となる惑星を作って、その惑星を観光するという感じで書いていきました。選評では動物が出ていない生態系に疑問を呈されましたけど、僕らに親和性のある環境にはしたくなかったんです。動物が出てくるとどうしても、動物かわいいよね、という感じになってしまいますから。
高槻> 土台とした作品の一つにル=グインの「世界の合言葉は森」がありますね。
伊野> 土台にしたと言うより、意識したと言っていただいた方が語弊がないかと(笑)。ル=グインは大好きなんですが、あれを今なぞると当たり前の植民地侵略もののメタファーとなってしまって、弱い方を味方しなきゃとか思ってしまう。それはやりたくなかった。
高槻> 決まりごと・約束ごとを外していこうというのは、意識してやっておられたんですか。ここが山田正紀さんが解説で「新しい」と書かれた原因の一つとも思われますが。
伊野> いや、ほとんど意識していませんでした。選考委員長の山田正紀さんから「新しい」と書いていただきましたが、自分ではよくわかってません。オパリアの企業側の視点からも書いた方がいいのではないかとも選評で言われましたけど、これもなぜ書かないかを補強する形でそのまま行かせていただきました。本当に悪いやつは意図して悪事を働くものですが、企業の行動は無知に基づくものですよね。企業は操り人形でしかないんです。ならばあの程度の描写が妥当かなと。
高槻> 逆に言うと本当の悪役というのは出てきませんね。
伊野> …苦手なんでしょうね(笑)
高槻> 登場人物も感情をあまり表に出しませんね。
伊野> あまり感情的にふるまうようなシチュエーションに登場人物が入っていないというだけだと思うんですけどね。まずこの物語の主人公の一人であるシギーラは、学者としてこの惑星を調べたいという動機があり、望んでこの星に来ていますよね。これに対して、ジーマは自分の予定していないシチュエーションに放り込まれて何をすればいいのかわからず、グダグダ動いている。結果として感情を爆発させる状況に置かれる人が出てこなかった、ということなのかもしれません。
高槻> 受賞後第一作の短編「冷たい雨」では、逆にかなり情念を感じる展開ですが、それでも最後は感情が数値化されて表現されます。やはりこれは伊野さんの持ち味なのでは?
伊野> 持ち味というよりは関心のある部分かもしれません。それほど意図的かと言われると困ってしまうんですが。僕自身あまり感情の起伏が激しくないようなので。
高槻> 普通の小説で感情をほとんど描かないということはめったにありません。そこが伊野さんの「新しさ」の原因の一つかとも思うのですが。
伊野> 観測対象としての「感情」というのはあって、現象としての感情を外側から観測するのは面白いなと思うんです。そういった部分が出ているのかもしれませんね。本人は地でやってこうなんです(笑)
高槻> しかし山口さんは美少女ロボが出てくるような対極の展開で、本当に伊野さんとは凸凹コンビですよね。
伊野> いやいや意外と近いものを感じますよ(笑)受賞の言葉で僕は『描かれたものが現実にフィードバックする』というのがあり、山口さんは『二足歩行ロボットの名前はなぜASIMOなのか』と書かれた。結構サイエンスやテクノロジーへの立ち位置は近いところにあるのかなと思います。僕は山口さんの作品をすごく気に入ったんですが、僕らが普段捉えているヒューマニティというのをテクノロジーは拡張していくんだというのが大変意識的に描かれていた。これは僕も意識的に作品に盛り込んでいたことです。
高槻> それはわかります。ただ、書かれたものだけから判断する読者としては、同じ出発点から随分違う方向へ来てしまうんだなと。伊野さんの作品は感情を排しているにもかかわらず非常に読みやすい。それは、山口さんのドライブ感のある記述法とはかなり違いますよね。人間関係の描き方は非常に独特で、結末部ではかなり驚かされました。
伊野> 排したつもりはないんですが、多分、小説書きとしての僕の中の優先順位の問題だと思うんです。世界観があって、その上に今回であれば「オパリアの熱病」という要素が乗っていて、さらにその上に人間ドラマを乗せていくという構造なんですよ。だからどうしても人間ドラマの優先順位は下がってしまった。
高槻> いや、必ずしも感情の描写がなくちゃいけないということでもないと思うんですよ。山田正紀さんが解説で書いた「新しさ」というのはこういうこともあるんじゃないですか。感情が描写されなくてもここまで面白いストーリーが語れたら問題はないのだ、というのは結構驚きの発見でした。
伊野> どうしても自分の関心のありようが惑星そのものや社会や星間評議会機構などの政治・統治システムに関心が向いてしまうからですかね。僕がこの小説の中でどういうものを書きたかったかというと、自分が触っている対象をちゃんと理解していないといけないということなんですね。まずこの惑星が低地と高地で分断されていて仮想的な対立関係がある、というところからストーリーを作っていく。次に星間評議会機構についても何枚かの設定書ができてます。この作品にはもともと『時は未来、所は宇宙』的なプロローグがありました。実はそこから書き始めているんです。しかしいざ投稿する段になってこれはいらないなあと思ってカットしたんですよ。
高槻> つまりまずきちんと土台を組むことが大事で、逆に言うならその土台は読者からは見えなくても良いということですね。
伊野> そこは逆に土台をきちんと組まないと、たとえば領事を間に挟む対立関係がちゃんと描けない。直接の理由は今回の物語の主題にはならないわけですからね。
高槻> なるほど、それがいわゆる「行政SF」と評された部分なわけですね。フレデリック・フォーサイス的なポリティカルフィクションと表現しても良いと思いますが。政治家同士の腹の探り合い・パワーゲームという側面を強く感じます。
伊野> フォーサイスは読んだ記憶がないです。基本はSFの人だから。僕は公務員なので、地が出てしまったんでしょうか。どうしても、相手の様子を見ながら落とし所を探ってしまうんですね。眉村卓さんの《司政官》などのインサイダーSFについても共通点を指摘されたことはあります。これは読んだこともあるし好きですが、やはり意図したものではないんですね。惑星を舞台に書くということは、惑星をいかに統治するかという問題になってくるわけですから、確かに《司政官》的な観点になると思います。
高槻> また、ル=グインの「世界の合言葉は森」に戻りますが、どちらかというとエコロジーではなくファーストコンタクト的な方に物語が進んでいきますね。
伊野> 僕の投稿時のタイトルは『森の言葉/森への飛翔』ですから。ル=グインを意識はしているけれど、それをなぞるアプローチは絶対に避けなきゃいけない。あれはあれで大好きな作品ですけど、それはやってはいけないことです。オパリアの社会の分断を意識していて、自分の惑星の資源から隔絶された人々、適切な利益配分を巡る軋轢のようなものも描こうと思いました。
高槻> なるほど。ただ、この作品の舞台の場合は、惑星まるごとであるにもかかわらず人間の住んでいるエリアがとても狭いですよね。
伊野> もともとこの惑星の設定というのは、高地があって、森に包まれた低地があってそこを飛んで上がったり下がったりというのを書きたいなというのがまずあったんです。そうなると、高地があまりでかいと高地らしくならないんですよ。高地がこぢんまりしているとなると、どうしてそこにだけ人が集まっているかを描かないといけない。そんなわけで、この作品の舞台は一つの惑星であるにもかかわらず、どこかの島一個分ぐらいの広さしかないということになる。現に人が降りてきているのはこのパンタラス高地周辺しかない。そういう状況というのは多分あり得て、そこにフォーカスを当てたとしてもそれは一個の惑星の象徴にはなるのかなと思いました。
高槻> それぐらいの大きさだと、アメリカ大統領とか国連事務総長を主人公にした時と違って、その地に住んでいる一般の人々の姿がちゃんと見えますし。
伊野> そうです。この惑星の場合、首相の感性は一般の市民とさほど乖離していないわけですよ。僕らが日ごろ知り得る範囲というのは限られますよね。地球上で生活していますけど、地球全体が認識できるなんてことはあり得ない。人が知り得る範囲というのは所詮この程度なんではないかと。だから、一生懸命に高地の周りを旅する話なんです。それでリアルにその情景を描き得るスケールというのは所詮この程度なんじゃないでしょうか。実は高緯度地帯では氷に覆われていてとかあるんですが、書いたのはほんの一部なんです。それを踏まえた上で人間の居住区域はこのぐらい、ならばこんな生活をするだろうと。つまり、惑星全体を組み立てつつも、人間の住むエリアに焦点を絞って物語を組み立てていったわけですね。
高槻> なかなか印象的なのが多足歩行機をはじめとするガジェットです。
伊野> そこも実は山口さんと似てるなあと思いました。SFの楽しさって意外とガジェットとかの部分が大事じゃないでしょうか。
高槻> スカイダイビングが重要な役割を果たしますが、ご趣味なんですか?
伊野> いや、やったことはないです。一回バリ島でパラセーリングをやった程度で。あくまでみんな想像で書いたことですよ(笑)ただ、スキューバダイビングはやってます。あれも無重力の楽しさですから。上下動の感覚が心地いいんですよね。それを描いた部分はあると思います。
高槻> なんだかマニュアルにそのまま使えそうなほど書き込まれているんですけど。
伊野> 実はカイトサーフィンを参考にしました。一時期興味を持って調べまして、カイトサーフィンが海の上でやっていることを空に移してみた、というところですか。そういう意味ではご指摘のとおりシミュレーション的ですね。まずオパリアがあるんです。そこに必要なものをはめこんでいく中で、スカイダイビングが必要になったということです。
高槻> オパリアの設定を思いついたのはいつぐらい?
伊野> むっちゃくちゃ前ですよ。それこそ20年くらい前(笑)
高槻> だからこそ、コンピュータシミュレーションを作らなくても、頭の中に完全に惑星を構築できたということでしょうか。
伊野> いや、実際は書き始めて発見したことの方が多かったと思います。作品の冒頭に地図がありますけど、これが実は大きくて、こういうのを描くと、具体的なイメージが浮かんでくるんです。
高槻> いや、こちらは最初にこれを見たもんだから、当然シミュレーションソフト版があるんだと思ってしまった(笑)だってこれ、40キロのスケールゲージが描かれてるじゃないですか。
伊野> 人間がどの位の速度で歩けるかなとか考えていくわけです。実際低地の森を歩くわけですから。このぐらいのエリアじゃないと歩けないでしょ。道路もない山道ならどの位かかるかとか、ひとつひとつつぶしていけばおのずと答えが出ます。まあ、そういう発想がシミュレーションとかいうことになるのかもしれませんね。本人はまったく意識していなかったわけですが(笑)。
  (2010年10月11日/伊野邸へ電話インタビュー/聞き手・高槻真樹)


[伊野隆之]
1961年生まれ。東京都在住。東京理科大学卒業後、国家公務員として勤務の傍ら執筆した『森の言葉/森への飛翔』で第11回日本SF新人賞を山口優氏と同時受賞。選考委員長である山田正紀氏らに異星冒険小説として高く評価された受賞作が、『樹環惑星――ダイビング・オパリア―― 』として徳間文庫から刊行された。
[高槻真樹]
1968年生まれ。第5回日本SF評論賞にて「文字のないSF―イスフェークを探して」で選考委員特別賞を受賞。新参者にもかかわらずなぜか現在、評論賞受賞者チームの代表を務めている。評論賞チームの公式ブログもよろしく。

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