Author Interview
インタビュアー:[雀部]
『障害報告:システム不具合により、内閣総理大臣が40万人に激増した事象について』
  • 長谷川京著
  • anon press
  • Kindle版660円(税込)
  • 2023.8.2発行

「障害報告:システム不具合により、内閣総理大臣が40万人に激増した事象について」

商売柄マイナンバーカードの不具合にたまに遭遇するのですが、そうした紐付けがひとたびグシャグシャになってしまうと……あっと驚く結末も読みどころです。

「エイリアンステイツ・51からの大統領選遊説」

合衆国憲法を厳密に適用すると元がエイリアンでも市民になれるし、出生した時点で米国市民なら、大統領にもなれる!

「極道會襲名式〈ヤクザバース・トランザクション〉」

壊滅した東京と、メタバースで生き残りを賭けた闘いを続けるヤクザ組織に未来は?

「EXO2100決勝_五年目の真実_最終版_本当の決定稿_完成バージョン.xls」

エクセルを使う世界的ゲーム大会に秘められた真実とは。

「太古から現代に紡がれる日本文化の歴史シリーズ:第抵シ撰シ托シ回 死亡遊戯〈デスゲーム〉」

「竹取物語」をルーツとする死亡遊戯の過去〜未来の系譜。

書影が見えない方、その他の掲載作の紹介と関連本は「長谷川京先生著者インタビュー関連本」参照

雀部  >

今月の著者インタビューは、昨年の8月にanon pressから短編集『障害報告:システム不具合により、内閣総理大臣が40万人に激増した事象について』を出された長谷川京先生です。長谷川先生初めまして、よろしくお願いします。

長谷川 >

よろしくお願いします! なんかドキドキしますね。公私共に敬愛する田場狩先生が昨年に行われたインタビューを見習い、明朗快活ハキハキと、簡潔でテンポよく感情表現豊かな受け答えを心がけます!(驚)(笑)

雀部  >

いえいえ、そんな。そんな風におっしゃられるとこちらが恐縮してしまいます(汗;)

この短編集が出されるようになったのはどういう経緯からなのでしょうか。

長谷川 >

元々、作家でデザイナーの青山新さんらが主催するメディア『anon press』に二か月に一度ぐらい掲載していただいたのがきっかけです。それが短編集になるぐらいの量になったので、Kindleにて出版していただきました。

電子書籍しか無いにも関わらず、『本の雑誌』や『SFが読みたい!2024年度版』など複数の雑誌で言及をしていただいて、とても嬉しかったです。

雀部  >

『SFが読みたい!2024』のベスト総括に“《anon press》も青島もうじき、長谷川京らのSF短編集を刊行した”とありましたね。

そういえば『小説すばる』2022年12月号に、“Japasese Flash Fiction(千字一話)、日本初のフラッシュフィクション連載!”ということで、「帰ってくれタキオン」が掲載されてました。商業誌掲載、おめでとうございます!

長谷川 >

ありがとうございます!最大たった千文字以内というのはすごく難しかったですが、とても楽しかったです。

タキオンやシュレディンガー音頭など、学生時代に物理学を学んでいた頃のネタがいろいろ出せたのも嬉しかったです(笑)

雀部  >

おもいっきり笑わせていただきました(笑)

ゲンロンSF講座のプロフィール欄を拝見して“ 京都の方で物理学(自己組織化する大腸菌)を研究した”と書いてあって、大腸菌と物理学の関係って、まったく想像がつきませんでした(汗;)

長谷川 >

ご興味をもってくださりありがとうございます! 僕が研究していたのは大腸菌がたくさん集まった時どういった集団行動をするか?という研究でした。魚の群れが(リーダーがいないにも関わらず)なぜあんなに見事な魚群となるのか?のほうがひょっとしたらイメージしやすいかもですね。

とはいえ、魚はなかなか大量には飼えないですが、大腸菌は簡単に増えて、仕組みがシンプルなため、モデル生物として有用なので、研究してました。

それがなぜ物理学と関係するかと言うと、物理学には統計物理学という分野があり、これは原子のようなミクロなモデルから始まって、系の熱力学的(巨視的な)な特徴を表すを関数を構築するということが可能だからです。

というわけで、一匹の大腸菌をモデル化し、巨視的な全体の運動を理解するのに物理学の理論が非常に有用になるんですよね。

雀部  >

統計物理学というのがあるんですね。ググってみただけだとさっぱり分かりませんが、ミクロ現象からマクロ現象を再構成する手法だということだけはわかりました(汗;)

分子生物学の福岡伸一先生や、ひょっとしたら西田幾多郎先生の影響はうけられているのでしょうか。

長谷川 >

福岡伸一先生は、高校の時にめちゃくちゃハマりました! 特に『生物と無生物のあいだ』とかすごく読みました。西田幾多郎先生は、学生時代に哲学の道の近くに住んでいたので、何度か読もうとして挫折してしまいました(笑)

生物と物理の関係ではまった本でいうと、金子邦彦先生と大学時代に偶然お会いして、そこから先生の『生命とは何か—複雑系生命科学へ』などの著作を読み、物理学から生物を行うおもしろさについて学びました。

雀部  >

なんと金子先生にお目にかかったことがあるのですね。

長谷川 >

あと、小説だと、大滝瓶太先生の「花ざかりの方程式」を読んで、こんなにも美しく数式を物語にできるのかと衝撃を受けました。たぶん数式を物語にするって理系出身者が一回は考えることだと思うのですが、既にここまでやっている人がいるなら、その線はもう無理だな、とも思いました(笑)

雀部  >

腐海に埋もれていた掲載誌のSFマガジン2020年8月号を発掘して読んでみました。

数式が物語になるって?と思いましたが、なんとも叙情的でリリカルなお話になっていて驚きました。まあ数学部分に関してはちんぷんかんぷんなんですけど(汗;)

作中の“なぞなぞを解かずに解く方法”とか“学問境界近傍で言語の意味性は確率的に揺らぐ。かれはこの揺らぎを「詩情」と定義した。”とか書いてあって、疎いながらもゲーデルみたいだなあとは思いました(汗;)

大滝先生の「花ざかりの方程式」は数学が主題なんですけど、長谷川先生が小説を書くうえで、物理と生物学がどのように結びついているのかも興味があります。

長谷川 >

物理学の少ない原理から演繹的に複雑な現象が導かれるのがずっと好きでした。僕が書くのはエンタメですが、総理大臣が増えた障害報告書とか、極道のメタバースとか、こうすれば原理的に物語が発展するだろうというのを決め、そこから調べながら書いていくのはやっていることは同じかなと自分では思います。

反面、小説と理学の大きな違いは、その原理は間違っていてもいい、間違っていたほうがおもしろいことだと思っています。間違った考えから発展して考えるのが、物語の大きな魅力だと自分では思います。

雀部  >

それはなんとも統計物理学的な創作方法と言えますね。よくわかってませんが(汗;)

円城塔先生の著者インタビューの際に、金子邦彦先生の『カオスの紡ぐ夢の中で』の話題が出てきて、この本の中で“ひょっとして物語というのは、複雑系研究の方法として人類が産み出した、最高の手法なのではないだろうか”とあって、妙に納得したのを思い出しました。

著者インタビューでも時々うかがったことがあるのですが、突然創作の神様が降りてくるとかは無いのですね(笑)

長谷川 >

『カオスの紡ぐ夢の中で』は学生時代に読んですごく面白かったのを覚えています! こうした小説もありなんだととても驚きました。

SF創作講座に通っていたときは、月イチで神様が降りてくるといいなと何度も思っていました(笑)。とはいえ確実に梗概を出していくために、いろいろなところからアイデアを手にいれようと、ノンフィクションの本やポッドキャストなどをよく参照していました。たとえば、「極道會襲名式」ならば、極道という日本特有の民族に、イスラエルの学者が参与観察を試みた『ヤクザの文化人類学』とかですね。

あと、特定の作品というわけではないですが、ポッドキャスト『researchat.fm』は科学だけでなく、さまざまな分野についての話題が非常に豊富で面白く、散歩の時とかずっと聴いてたりしています。

雀部  >

普段からの蓄積が重要ということですね。

『ヤクザの文化人類学』はググってみると随分評価の高い研究書なんですね。なるほど、こういうのが根底にあったから〈ヤクザバース〉に説得力が出てくるんだ。

長谷川 >

少しゲンロンSF創作講座寄りの話にはなりますが、この講座は毎回テーマが与えられ、それに対応する物語の梗概を書き、見事選出されると、次の回に講評してもらえるというシステムです。

皆が同じテーマで作品を考える関係上、どうしても同じような内容の梗概が被りやすいという難しさがありますが、参加していた頃はテーマが発表される前からいろいろ考えておいて、いざテーマが発表されたらストックの中からうまくそのテーマを掛け算して物語を生み出す、というようなことをしていました。

SF創作講座で目立つためには独特の個性が重要だと自分では思いますが、テーマありきで考えると想像の外に出ていかないので、そこは注意すべきかなと考えていた故ですね。

雀部  >

そこらあたりは、SF作家を志している諸氏にとても参考になりそうですね。テーマを掛け算する際にはどういうことに気をつけられていたのでしょうか?

F・ブラウン氏のショートショートを書く秘訣は、出来るだけ異質のものを組み合わせることだったと思います。

長谷川 >

講座に通っている最中は、小説以外にも全然知らないジャンルの本にいろいろ手を出して読んでみて、そのなかで面白いと思ったものを覚えておくようにしてました。

そしてお題が発表されたら、それを軸としつつ、自分がおもしろいと思ったいろんな分野の文化の構造や考え方を、まったく異なる文化や技術と組み合わせたりをしてました。ゲーム文化にエクセルを注入してみたり、極道世界をメタバースに異化してみたりですね(笑)

雀部  >

なるほど。そこらあたりの創作方法も参考になりそうですね。

長谷川先生はゲンロンSF講座に二期在籍されてましたが、創作に対するモチベーションはどうやって保ってらしたのでしょうか。

長谷川 >

難しいですが、ゲンロンSF創作講座のおかげで、誰かが読んでくれていることが保証されているから、でしょうか。

もちろん、ゲスト講師の方々や主任講師である大森望先生が必ず読んでくださったことは大きなモチベーションの理由ですが、それ以外にもゲンロンのコミュニティの方々やさらにその周りの人々などが読んでくれるのはすごく力になりました。

あとは単純に書きまくると決めていたからですね。講座に参加するまで1,2作しか書いてなかったので、とにかく書きまくってやるぞ、という(笑)

雀部  >

ありがとうございます。そこらあたりもSF作家を目指す方々に参考になりそうです。

ところで、作品の舞台としてゲーム(仮想現実とか「偽景」とか)が登場しますが、ゲームはお好きなのでしょうか。

長谷川 >

実はゲーム自体はほとんどやらないのですが、有名なゲームが生み出された背景や、ゲームを取り巻く文化にはすごく興味があります。フィクションであるゲームが、実際の僕らの生活に影響を与えたりするのがすごく面白く感じてしまうのかもしれません。

雀部  >

あ、そうなのですか。ゲームはそうとうお好きなものと思ってました(違;)

長男と孫はゲーム大好き人間なのですが、私はのんびりと「ユーロ トラック シミュレータ 2」をやるだけなので、あまりよく分かってません(汗;)

長谷川 >

「偽景」もゲームが社会にどう影響を与えて現実社会をどう変容させるのか、みたいなことを書きたかった気がします。書いたときのこと全然覚えてないですが(笑)

あるいはあるルールに別の解釈を与えたり、まったく別のルールを作ることで、いかに新しいゲームを作るかにとても興味があります。

「EXO2100決勝_五年目の真実_最終版_本当の決定稿_完成バージョン.xls」はまさにそういった考えから生まれたものです。

雀部  >

拡張子の"xls"が付いた題名なので、最初何かと思いました(笑)

私はエクセルでイラスト書いたりする人にも驚くくらいの初心者なのですが、この作品には笑わせてもらいました。こういうことを思いつく人の頭の構造を見てみたいと思ったのも、著者インタビューをお願いした要因の一つです。(←変な理由ですみません)

長谷川 >

あと、ゲームではないですが、憲法や法律をいかに解釈するかという意味だと、「障害報告:システム不具合により、内閣総理大臣が40万人に激増した事象について」、「エイリアンステイツ・51からの大統領選遊説」とかもそうですね。

雀部  >

「障害報告:システム不具合〜」は、レポートの体裁をした短編で、ぶっ飛び方が尋常じゃなかったし、落ちも決まっていて大いに堪能させてもらいました。題名からだけではどういう事象か全く想像がつかなかったです。

そういえば、ゲンロンSF創作講座での最初の課題作品だった「無色(むしき)で彩(あや)なす」は詳しい梗概というか、良く出来た報告書を読んでる気がする短編でした。参考文献てんこ盛りだったし、商売柄興味のある分野がテーマだったので面白く読んだのですが、専門的すぎて講師の方々には受けないのだろうなぁと思ったのは内緒です(汗;)

「障害報告:システム不具合〜」は、最初から報告書として書かれようと思っていたのでしょうか。それとも書かれているうちに報告書になってしまったとか?

長谷川 >

もともとアンソロジー企画の『異常論文』のコンペのために書いていた作品だったので、たしか形式が先だったと思います。『異常論文』の方は載らなかったですが、同じく樋口恭介さんが行っている《anon press》に掲載されたため、日の目を見て本当に良かったと思いました。

僕は本職はエンジニアなのですが、幸いにも一度もやばいやらかしはなく、障害報告やインシデントレポートみたいなのは書いたことなかったので、人生初の障害報告書がこれになりました(笑)

雀部  >

それはラッキーなのかも(笑)→“やばいやらかしはない”

作中(「5G」「5GⅡ」掲載作も含めて)で、AI(仮想人格)が自意識を持っていることが多いと感じたのですが、将来的にはどうなるとお考えでしょうか?

前述の『生命とは何か』に、“脳の認知過程を考える上でも最初にシンボルで表現される論理ありきという人工知能の立場とは異なって、状態のダイナミクスのなかから、いかに状況に依存したルールが形成され、固定されるかという見方は重要である”とか“ヒトの認知過程が計算機と異なって、始めからルールや機能モジュールが与えられていないという点に対応している。ヒトの思考過程は、間違ってもエラーをはきだして止まるのではなく、困ったらルールを書きかえて先に進められる”とか書かれていて、そういう人の思考回路を模したOSを搭載した人工知能だと可能性があるのかなと考えています。

長谷川 >

専門家でないので、未来予測みたいなことはもちろん言えないですが、個人的な興味としては、ルールの中で人工知能があるフレームの中で、なにかを最適化するようなガチガチに問題を解くよりも、柔らかく、なんかへんなことが起きても「ま、いっか」で別の形を模索するような、そうした世界で生まれる、あり得たかもしれない自然の姿に興味があります。これはAIよりも、ALifeと呼ばれる研究分野がひょっとしたら近いかもしれませんね。

雀部  >

「ALife」、初期のヤツはPC内で飼ってました(笑) 時間が経つと増えていたりして、でも直ぐに飽きてしまって(汗;)

長谷川 >

最近だとマイクロソフトのサービスであるCopilotは、サービスの名前(副操縦士)の如くすべてがAIで決めるのではなく、人間とAIが相互に補完しながら作り上げていくようなイメージで売り出してますが、それが更に発展して、AIと人間が共生してそれぞれのフレームを壊していくような世界のほうが、楽しそうだなと思います。

個と個が相互に与える非自明な作用とその時に生まれる社会的なマクロな現象に興味があります。逆にあまり個に対してはそこまで興味はなく、人間にも機械側にも、意識があってもなくてもどっちでもいいなとおもいます(笑)

雀部  >

集団同士のマクロな相互作用というと、それだけでSFぽいですね。

“意識があってもなくてもどっちでもいい”というのは、凄い達見の感じがしますが、これは小説を書くうえでの話でしょうか?

長谷川 >

たしかに、ちょっとラディカルでやばい感じになりますね 笑

なにをもって意識とするかは、かなり複雑な議論になるので、これは意識だ/意識じゃないの議論にはあまり興味はないなという。

反面、これを意識と呼んでも別にいいんじゃない?みたいな話には興味があります。そういう意味で非平衡系のつくる非自明な構造や、勾配の計算をしていると、なにかが創発的に生まれる(ように見える)機械学習のモデルにはすごく興味を惹かれました。

雀部  >

なるほど。そういう専門分野でのお話だったんですね。

ところで、「ゲンロンSF創作講座」のリンクで“本作品は投稿者の希望により、公開を停止しております。”となっているものが増えてきてますが、これは改稿されて新たな短編集として登場する予定なのでしょうか。

長谷川 >

五期の最初の頃の作品は、まだ書き始めて一年か二年目の作品なので、単純に恥ずかしいからですね (笑)

多分インターネットアーカイブを漁れば出てくると思うので、もし興味あったら読んでみてください……いや、やっぱり読まなくても大丈夫です(笑)

ただ、アイデア自体は気に入っている作品はあるので、なにかの折に全然別の形で生まれ変わらせることができるといいなと思っています。

雀部  >

今回はお忙しいところインタビューに応じていただきありがとうございました。

生まれ変わった短編(笑)と新作を楽しみにお待ちしております。

[長谷川京]
京都の方で物理学(自己組織化する大腸菌)を研究した後、東京で機械学習のエンジニアとして広告系の開発をして、今はサーバーサイドエンジニアをしています。(ゲンロンSF講座のプロフィール) Xではこちら
[雀部]
最近法律関係のSFを読むことが多いのですが、ゲンロンSF関係者に限っても今回の長谷川先生の短編、竹田人造先生の『AI法廷のハッカー弁護士』、新川帆立先生の『令和その他のレイワにおける健全な反逆に関する架空六法』とバラエティに富んでいて、まだまだジャンル的に広がりが出てきそうです。