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シャンダイア物語

第六部 統治の指輪
第十三章 ジョール侯爵出陣

福田弘生

 早朝の戦闘でカインザー全軍二万一千の上陸を完了させたベロフとクライバーは、あえて地の利を捨ててシセの村がある山を下り、夕暮れまでに要塞に近い平地に陣を築いた。前方には巨大な要塞が黒々とそびえ、要塞を取り囲む町には小さな灯りが無数に灯っている。
 野営の篝火の横の丸太に座って食事をしているベロフの元に、クライバーが食べ物が入った椀を持ってやって来た。
「なあベロフ、マング・ジョールは要塞から出てくるかなあ」
 そう言ってクライバーはかつての師範の横にドッカと座った。ベロフは冷酷にも聞こえるような淡々とした口調で答えた。
「ソンタールの貴族だって人の親だ、息子を殺されれば復讐に来る」
「出て来なければ」
 ベロフは要塞に続く道を指差した。
「真っ直ぐに攻める」
 クライバーと一緒にやって来て、二人の斜め向かいに腰を降ろしたバンドンが不思議そうな顔をした。
「どうにでも攻めようがあるでしょう、敵は大軍だが戦闘は素人だ。囲んでしまえば兵糧攻めに出来るし、シセの村に砦を築いておびき出し、罠にかける事もできる。夜襲を続けて神経をすり減らせてから攻める方法もある」
 ベロフは首を振った。
「セントーンでセルダン王子達が待っている。もうこれ以上ここで時間を無駄に費やしているわけにはいかない」
 その時三人の前にびしょぬれの黒衣の男が立った。バンドンが笑顔で見上げた。
「シャクラ、無事だったか」
 シャクラは濡れた服を脱いで両手で持つと火にかざした。
「ああ、何とか」
「敵の魔法使いはどうした」
「二人は殺した。残り一人は目をつぶした、もう戦場に出て来る事は無いだろう」
 クライバーが膝を叩いて喜んだ。
「そうか、よくやってくれた。これで神官兵部隊が出てきても組織的には動けないな」
 シャクラが首を振った。
「神官兵は出てこない。神官は高位の指揮官がいなければ動けないからだ、そういうふうに組織されている」
 バンドンが思い出したように付け加えた。
「おおそうだ、傭兵ももういないぜ。どうも貴族とうまくいかなかったらしい」
 ベロフが残念そうにうなった。
「ガッゼンめ、俺から逃げたか」
 バンドンが肩をすくめた。
「ともかく次の相手は貴族だけだ」
 クライバーがカラカラと笑った。
「ならば俺達の勝ちだ」
 シャクラはその屈託の無い笑い声を聞きながら火の周りにいる三人を眺めた。
(この男達に魔法の相談は無理だな)
 観察力の鋭いバンドンがシャクラを見て尋ねた。
「どうしたい」
「お前達に話をしてもわからんと思うが、要塞の港の海底におかしな場所がある」
「どんな所だ」
「何と言うか海底が死んでいるような、海草も無い、魚も貝もいない岩場と砂だけの場所だ。ソチャプはそこを嫌って港に近付かないんだと思う、あそこで何があったか思い当たる事は無いか」
 三人のカインザー人は考え込んでいたが、バンドンがポツリと言った。
「デルメッツが死んだ」
「不滅の鷲か」
「ああ、あそこで死んでホックノック族が迎えに来て連れてった」
 シャクラは考え込んだ。
(始祖の生物の死は重要な出来事だ、デルメッツの死は何を残したのだろう)
 クライバーが腸詰めを炙って頬張りながら言った。
「セントーンに行ったらマルヴェスターに聞きゃあいい。お前の言う通り俺達にゃ魔法の事はわからん」
 シャクラはしばらく考えてから言った。
「いや、俺はセントーンには同行しないつもりだ。あそこに渦巻く魔法はまだ俺の手には負えない。しかしこの戦場にも一人魔法に詳しい奴がいそうだ、俺はそいつに聞いてくる」
 そして乾きかけの黒衣を頭からかぶって苦労しながら濡れた袖に腕を通した。
 バンドンが笑った。
「おい、ソンタールを捨てて何年になるんだ。そろそろその格好はやめたらどうだい、動きやすい服ならいくらでもあるぜ」
 シャクラはしばらく自分の格好を確かめていたが、
「そのうち考える」
 そう言い残して闇に消えた。

 その頃、要塞の一室で魔法使いメド・キモツは闇の総帥ガザヴォックに報告を行っていた。六角形の祭壇の上に青白いガザヴォックの上半身が薄く浮かんでいる。そのガザヴォックの影が冷たい瞳で魔法学校の教頭の一人を見下ろした。
「手こずっておるようだな」
 メド・キモツは顔を伏せながら怯えたように答えた。
「不手際申し訳ございませぬ。パンハルとドボーレが死に、私も光を失いましてございます」
「元より我らが仕えるバステラ神は闇の神。困る事ではあるまい」
「はい、以前より深く闇に接する事が出来ております。さて、ガザヴォック様にご報告申し上げたき事がございます。かつて魔法学校の生徒であり、行方不明になっていたシャクラと申す魔法使いがシャンダイア側に現れました」
「魔力の程は」
「生徒だった頃はさほどの者ではありませんでした。しかし何処で憶えたのか、シャクラは相手の魔法を吸収する事が出来るようになったようです」
 ガザヴォックの表情が険しくなった。
「まことか、なればかつてザサールが予知していた器の魔法使いが出現した事になる」
「何とそのような事をザサール様は予知されていたのですか」
 そこでメド・キモツはある事に気が付いた。
「シャクラは海の中に長時間潜っている事が出来ました。おそらく海中でも呼吸ができるのではないかと」
「どこかでザサールの魔法を受けたという可能性があるのか」
「わかりません。しかしパンハルとドボーレがたちどころにやられました。しかもシャクラはザラッカが残したコッコを今では自在に操っております。これはもはや獣の魔法使い級の力でございます」
 ガザヴォックは値踏みするような目になった。
「そなたに敵うか」
 キモツは悔しそうな顔で答えた。
「いえ。すでに我が力では抑えられません」
「ならば戦場には出ずに要塞にて控えておれ、戦ってもそなたの魔力を吸われるだけでは何の利も無し」
「ははっ」
「ジョール侯爵は要塞を持ちこたえられそうか」
「兵の数が圧倒的に多うございますので何とか守る事が出来るでしょう。神官兵と離脱した傭兵を抜きにしても優に敵の六倍はございます」
「カインザー戦士を侮るな。ジョールが崩れたら、いち早く戦場を離れよ」
 そう言ってガザヴォックの影は消えた。

 翌朝、ベロフとクライバーは兵にいつでも敵を迎え撃てるように準備をさせた。風は海から吹いている。クライバーと並んで立ったベロフが要塞を指差すと、二人の見つめる前で要塞を囲む都市の西の口から続々と兵が溢れ出して来た。
 まず総大将マング・ジョールの鹿の旗印が海岸を満たした。ピカピカに磨かれた兵達の鎧が太陽の光を反射してキラキラと輝いている。
 クライバーがそれを見て埃だらけの自分の兵を振り返った。
「いかんな、セントーンに行く時には少し綺麗にして行こう」
 ジョール軍に続いて色鮮やかな鳥の旗を押し立てたオルソート伯爵の軍が出陣し、規則正しい行進を行ってやや離れた山側に陣取った。クライバーが首をかしげた。
「大熊の旗は無しか、ゼンダは謹慎でもくらったかな」
 ベロフは無言でうなずいた。

 息子の死に激怒したマング・ジョールに要塞での待機を命じられたクラウス・ゼンダはダイレスと共に要塞に残っていた。要塞の高い塔のベランダに立った二人は海からの風を受けて対峙する大軍を眺めた。やがてダイレスが悲しそうな目をクラウスに向けた。
「侯爵は丸裸のようなものです。我々も傭兵も神官兵も魔法使いもいない」
 クラウスは辛そうに城壁を叩いた。
「ラムレスを死なせてしまったのが最大の失敗だった。私の責任だ」
「クラウス様の責任ではありません。ラムレス様が追いかけて出撃してくるとは思いもよりませんでしたし、まさかあの狭い坂に大軍を入れてしまうとは」
 クラウスは整然と並んだジョール侯爵とオルソート伯爵の軍を後方から見下ろした。
「せめてもの救いは侯爵が全軍で出撃してくれた事だ」
「意外でした。あれ程籠城にこだわっていた方が」
「それだけ苦しみが大きかったのだろう」
 マング・ジョール侯爵は自らが率いてきた六万の兵に息子の兵の残り二万。さらにオルソート伯爵の四万を加えて十万を越える大軍を繰り出した。クラウス・ゼンダの二万の兵と神官兵の一万は要塞に残っている。
 対峙するベロフとクライバーのカインザー軍は、ソンタール軍と二キロ程の距離を置いてこちらも整然と陣を敷いて機が熟するのを待っていた。

 同じ頃、要塞の別の塔のベランダからはメド・キモツが風の音の中に軍勢のざわめきを聞きながら戦況を察知しようとしていた。その時、突然後ろから声をかけられて老魔法使いはギョッとした。
「どうだね戦況は」
 メド・キモツは驚いて声のしたほうに顔を向けた。
「シャクラか、いつの間に」
「光と共に音まで無くしたか、先生」
「ふざけるな、音すら無くても周りの状況くらいわかるわい。しかしそこまで完璧に気配を消せるとは、ますますあなどれん奴だ」
「聞きたい事があるんだ」
 メド・キモツは鼻で笑った。
「戦闘が始まる、終わるまで待て」
 シャクラは恐ろしい笑みを浮かべてメド・キモツの肩に手をかけた。
「加減して魔法を吸えば、命を残してやる事も出来るんだぜ」
 メド・キモツは歯を食いしばった。
「生き残ってもガザヴォック様に死より恐ろしい罰を受ける」
「俺にもそれが出来るか挑戦する前に答えてくれ、ここの港の海底の事だ」
 メド・キモツは腕を組むと顎髭をさすった。
「うるさい奴だな。仕方無い、話してみい」
 シャクラはかつての教師に海底の様子を説明した。

 (第十四章に続く

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