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シャンダイア物語

第六部 統治の指輪
第三十七章 落陽

福田弘生

 

 ユマールの将ライケンが市民避難の期限と定めた七日目の夕方が来た。市民の避難を指揮したブライス王は、最後に南の門から出た市民がライケン軍の中央の道を通り、見えなくなる所まで遠ざかったのを見届けると馬にまたがって門の外に立った。そして父親ゆずりのよく通る大きな声で叫んだ。
「ライケン、すべての市民の避難は完了した。我々はエルガデール城で待っている、いつでも攻撃してこい」
 そう告げ終わると、王は馬首を返してガランとしたエルセントの中を走り抜け、エルガデール城に駆け込んだ。ブライス王の後ろで巨大な城門が重々しい音をたてて閉じられ、堀の跳ね橋が巻き上げられた。
 夜が来ると、空には禍々しい橙色の月が昇った。冬の凍てつく空気の中には血にまみれた鎧と剣の放つ、鉄の臭いが漂っている。その臭いが届かぬ高い城の城壁の上を、金髪のハンサムなアントン少年が歩いていた。アントンは城壁から夜の闇に輝く敵軍の篝火を見つめている父を見つけて近づいた。
「父さん、話があるんだ」
 カインザーの紅の男爵レド・クライバーは、振り返って腕を組むと壁によりかかった。
「なんだい」
「僕の友人にバルトールの王様がいる」
「ああ、賢い王だ」
「彼に頼まれた事がある、父さんは反対するかもしれないけど断れなかった」
 レドは不思議そうな顔をした。
「俺がお前に何かをしてはいけないと言った事があったか、友人は大切にしたほうがいいぞ」
 アントンはニッコリした。
「よかった、僕はカインザーのバルトール・マスターになったんだ」
 父はしばらく眉を寄せて複雑な表情をしていたが、やがてあきらめたようにボソッと言った。
「お前自身が責任を持ってその役目を果たせるのならば俺はかまわないが、母上には話すなよ」
「やっぱり心配するよね」
「俺が心配しているのは母上がお前を利用して、おかしな商売を始めないかという事のほうさ。ポーラはそういう事が嫌いじゃないからな」
 アントンはカインザーにいる頃、地下商人のクチュクを相手にひそひそ話をしていた母を思い出した。
「そうだね父さん、母上には妹の世話に専念してもらわないと」
 レドはアントンの肩をポンと叩いた。
「そういう事だ、息子よ」
 それから二人は肩を並べて大地に空の星をばらまいたような篝火の群れを眺めた。

 ベリック王のもう一人の大切な友人のエレーデは、城の窓の灯りや篝火に照らされて不自然に明るい城の厩で、老馬の尻尾に付けられたボロボロのリボンを引っ張って独り言をつぶやいた。
「おじさまはどこにいるのかしら、この戦闘に巻き込まれなければいいけれど」
(サシ・カシュウは旅の達人、危険な所には近づかないよ、お嬢さん)
 老いた馬は少女をなぐさめた、その声に驚いたように少女が問い返した。
「ああ、そうね。あなたは一番長い相棒だったんでしょう、おじさんとの旅はどうだったの」
(いい主だった、サシ・カシュウは私には跨らないで軽い荷物だけを運ばせてくれたんだ)
「それなのになぜ尻尾にリボンを巻かれたの、これは蹴り癖がある馬に付けるのよ」
(馬としてのプライドだよ、時々不機嫌なふりをして蹴り上げなければ、私は馬だと思われなくなってしまう。サシはそれを知っていてリボンを巻いてくれたんだ。お嬢さんも二三度蹴り上げさせれくれればわしの主になってもらっても良いぞ)
 エレーデはクスクスと笑った。
「遠慮しとく」
 老馬は残念そうな顔でうらめしげに少女を見下ろしていたが、やがてあきらめてバフッと息を吐いた。その息を顔に浴びたエレーデが顔をしかめて言った。
(あなた歯を磨きたいと思った事は無いの)
(誰がそんな事を思うもんかね)
(そっか、残念。このお城のエルネイア姫が馬の歯を磨くのを趣味にしてるの、頼んであげようかと思ったんだけど)
 馬は震え上がった。
(そんな恐ろしい事を頼まないでくれたら、蹴り上げさせてくれなくてもお嬢さんの言う事を聞きますよ)
 エレーデは馬の首を叩いて笑った。
(いいのよ、話し相手になってくれてありがとう。ここが戦場になるという不安で死にそうだったけど、少し楽になった)
 そう言ってエレーデは干し草を掴むと、馬の体をブラッシングしてあげた。

 明日からの戦闘に備えて部屋に戻って休もうとしていたベリックの元に、フスツの部下のトリロがやって来た。手先の器用なバルトール人は濁った乳色の盾を大事に抱えている。
 ベリックがたずねた。
「その盾はどうしたの」
「お忘れだと思いますが、ロッグで拾ったザークの爪です。そろそろこの大きさの盾を持っても良いでしょう」
 ベリックはやや大きそうに見える盾を受け取って腕に付けてみた。そして自分がわずかの間にずいぶんと成長している事に気付いた。
「盾をもう一つ分、ザークの爪は残っているかな」
「ええ、最後の盾は王が成人されてから作らせていただきましょう、絶対にこの戦いを生き延びてください」
「ああ、約束するよ」
 トリロと別れたベリックが盾を手に城の廊下を歩いていると、ある部屋からアーヤやエルネイア姫の声が聞こえてきた。ベリックがドアをノックして中を覗いてみると、そこではアムロリラ女王、エルネイア姫、巫女のスハーラがクッションに埋まりながら議論をしていた。
「どうしたの」
 アーヤが机の上に置いてある紙を顎で指し示して言った。
「忘れ物を見つけたわ」
 ベリックは近寄ってその紙に描かれた図を見た。中央に一つの丸、その周囲に六つの丸が描かれていて、周りの丸は線で繋がれている。
「シムラーの島の図じゃないか」
 アーヤは中央の島を指さした。
「ここに行ってないわ」
 ベリックはうなずいた。
「うん、クラハーン神は大地の座にいたのだから、わざわざ天の座に行く必要は無かった。その証拠に大地の座からは天の座への道は繋がらないで、そのまま出発点の舞の座がある島に繋がったじゃない」
「だからおかしいの、天の座に何かがあるんだわ」
「なぜ今頃そんな事を言いだしたの」
「だって他にする事無いんだもん。これまでの事を色々考えていたら、シムラーの旅でのおかしな事に気が付いたのよ」
「クラハーン神は君の守護神だろう、聞いてみたら」
 アーヤは不機嫌な顔になった。
「だって全然応えてくれないんだもん」
 アーヤが目の前に金色の指輪をはめた手をかざして見つめた。
「この指輪ってどうやったら力を出せるのかしら」
 ベリックは肩をすくめて、ブツブツ文句を言うアーヤを後に部屋を出た。そして数メートル歩いた所で蒼白になって部屋に駆け戻った。
「アーヤ、君、その指輪にどういう力があるのか知らないの」
 アーヤが憮然として答えた。
「あたり前じゃない、誰も教えてくれないんだもん」
 横にいたエルネイア姫が両手を広げてあきらめたように言った。
「一番の忘れ物はそれなのよ、六人の守護者の中でアーヤだけが聖宝の力も使い方も知らないの」
「しまった、マルヴェスター様に聞いておけばよかった」
 ベリックはすぐに部屋を出るとマスター・リケルを呼んだ。
「リケル、マルヴェスター様に連絡を取って指輪の使い方を聞いてきて。この城どころかシャンダイア全体の運命にかかわる事だと思う」
「承知いたしました」
 リケルは緊張して答えた。走り去るリケルを見送ってベリックは北の方角に顔を向けた。
(セルダン王子、早く帰って来て)

 陽が昇る東の大国セントーンの首都に朝が来た。南の城外で華やかなラッパの音が、そして西の城外で重々しいホラ貝の音が鳴り響いた。
 南からはきらびやかな鎧のライケン本隊や様々な貴族の鎧を着たユマール軍が、西からは濃紺の鎧のキルティアの軍がなだれ込むと道々を満たした。兵達はエルセントの中央でぶつかりあい、もみ合うようにしばらく勢力争いをしたが、やがてその流れを小高い丘の上に聳えるエルガデール城に向けた。
 鎧の擦れ合う音、戦士達の悪態、叫び声、馬蹄の響き。エルガデール城の者達は、兵の移動がこれ程の騒音を引き起こす事に驚き、おののいた。そして丸一日その騒音が都市を満たし続けた。
 城の最も高い塔の上から敵軍の様子を調べていたベリックは、ミルバ川を渡り終わったライケン軍が、その一部を残して川沿いに陣地を築き始めたのに気がついた。
「さすがだ、あれじゃあベロフ男爵の軍がやってきてもわずか一万の兵じゃ何も出来ない」
 ヤーン伯爵率いる艦隊もエルセントの港に続々と入港した。しかし城までは艦砲射撃が届かないため、その砲を用いる事は無いだろうと思われた。
 こうしてライケン、キルティア併せて約四十万の兵は、四万の兵が立てこもるエルガデール城を幾重にも覆うように包み込んだ。
 ユマールの将ライケンは、ベロフ男爵の軍をあまり脅威と考えてはいなかったが、北からやって来るロッティ子爵の四万の兵には注意が必要だった。そのためロッティ子爵が到着するまでの三週間で決着をつける気だった。その事はキルティアも知っていた。対する城側も一か月耐え抜けばいい事を知っていた。実はこの戦いではソンタール側に一時的に魔法が無く、シャンダイア側には魔法があったが、エルガデール城の若者達は魔法の使い方を知らなかったため、勝敗は単純に力の差で決まりそうだった。
 エルガデール城の城壁には十二の門があったため、ブライス、ベリック、リケル、フスツ、クライバー、アントンがそれぞれ二つの門を守る事になった。レンゼン王は城の作戦室の中央に陣取り、バンドンは元盗賊だった手下を引き連れて都市の中に散った。

 このユマールの将と東の将のエルセント侵入を見て、エルセントの北方に布陣していたマルヴェスター率いるトラゼール勢が動きを開始した。トラゼール勢は急ぎ足で移動すると、キルティアが侵入した西の門の外側に北から半円を描くように陣を敷いた。マルヴェスターはトラゼール勢の指揮官であるドロスタ男爵に細かい指示を与えた。
「よいか、キルティアを封じ込めてはいけない。封じ込めればエルセントの中で大暴れするだけだからな、少しずつ引き出して少しずつ叩くんだ。中で何かが起きてキルティア軍が外に出てきたら、素通りさせて後ろから攻撃するように、くれぐれも追い込んではならん」
 このトラゼール勢の動きで、東の将は西の城門を守るために兵を割かなければならなくなった。

 さらに遠く北方からエルセントの戦いの情勢をうかがっていたマコーキン、パールの軍も、エルセント市民脱出の報告を受けて動きを開始した、最終局面が近いと判断したのだ。二人の率いる軍は南東に向かって発進し、南下を続けているカインザーのロッティ子爵の軍を追う体勢に入った。これで最後に動いたマコーキン軍が最も有利な位置を取る事になった。

 ・・・・・・・・・・

 ジェ・ダンの塔の横で待機していた竜の子アンタルとルフーの長レイユルーは、ランスタイン山脈に沿って北に向かっていた。アンタルが、魔法が北に動き出したのを感知したのだ。アンタルが空から道案内をし、レイユルー率いるルフーの群れがこれに従った。移動しながらレイユルーが上空のアンタルに問いかけた。
(テイリン師は間違いなくこの方角に移動しているのだろうな)
(うん、テイリン師とアイシム神、バステラ神の影響下の魔法がそれぞれ一つずつ)
 その時、レイユルーの横に一匹のルフーが並んで報告をした、それを聞いてレイユルーが速度を上げた。
(アンタル、テイリン師の行く先を予測できるか)
(わからない、でも一度テイリン師と僕と馬と話ができる少女が立ち寄った村がこの先にある、魔法に満ちた村だった)
 レイユルーは、そこだと思った。
(いいかアンタル、敵が近づいている)
(誰)
(レリーバとデッサ、そしてマーバルが我々と同じ方角に向かっている、先回りしたい)
(デッサが来るの、嬉しいな。始祖の生き物と会ってみたい)
 レイユルーはベッとつばを吐いた。
(生やさしい相手ではないぞ、期待するな)
 アンタルが速度を上げた、レイユルーとルフーの群れもその後を追って、流れるように荒れた大地を駆け抜けた。

 (第三十八章に続く

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