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シャンダイア物語

第六部 統治の指輪
第四十二章 ベクド大聖堂の決闘

福田弘生

 

 トルマリムの港近くに聳えるベクド大聖堂は、直径三十メートルほどの球形の屋根を持つ建物だった。その建物を円形にとがった塔がぐるりと囲み、それぞれを繋ぐ低い建物の屋根には色鮮やかなタイルが貼り付けられている。セルダン達がその低い建物にある入り口に入ると、大理石が敷き詰められた長い廊下が待っていた。壁には小さな木枠に入った絵が並べられている、それはセントーンの歴史を物語るものだった。
 二人が廊下を抜けて中央の円形の建物に入ると、巨大な天井を支える何本もの柱が光と闇の縞模様をつくっていた。二人はその大きな部屋の床の中心に描かれた、六角形の星型の模様の上で向き合った。
 魔法使いが黒いフードをあげると金髪で細面の顔が現れた、セルダンはちょっと意外な感じがした。
「サルパート人か」
「ご名答、君の城にもこんな顔の医師がいたろう」
 そう言って魔法使いは細い剣を抜いた。セルダンは巨大なカンゼルの剣を構えた、しかしその剣からはいつもの振動するような力は伝わってこなかった。魔法使いは剣の先で小さな円を描くと、素早くセルダンの胸めがけて突きかかった。セルダンは剣の柄に近い所で相手の切っ先をはじき、剣の平らな部分で大きく横になぎ払った。魔法使いは軽く後ろに下がってこれをよけた。
「殺さずに気絶させるつもりか」
「殺したら魔獣が解放されてしまうからね」
 光と影の縞模様の中、二人はしばらく無言で剣を交わした。
 黒い秘宝の魔法使いの中で、剣の技では最強の黒い剣の魔法使いザラッカを倒したセルダンにとって、冠の魔法使いの剣技はそれ程の脅威ではなかった。しかし、セルダンは少しずつ自分の反応が落ちてきているのに気付いた。セルダンは黒い冠の魔法使いに問いかけた。
「君は疲れないのか」
「いや疲れるよ。しかし私の剣は細く突きの動作に無駄は無い、君はその巨大な剣を振り回しているだけだろう」
「そうか、ベロフ師匠にまた叱られてしまうな」
 セルダンは剣を縦に構えて体の中心のブレを修正した、これで無駄な動きが抑えられる。
「どうしたセルダン王子、カンゼルの剣は神の力の出口。この地に魔法が絶えていようと、その剣の向こうには無限の力があるのではないか」
 セルダンは剣の切っ先を見上げた。
「どうやら魔法は出てこられないようだよ」
「そうか、魔法がこの空間を拒否しているのだな。ならば魔法にこの空間に出てくる気にさせればそこにミセルネルが生まれるのだ」
 セルダンが不思議そうな顔をすると、魔法使いは残念そうに肩をすくめた。
「君に言ってもわからんな」
 魔法使いは攻撃を再開した。セルダンは魔法使いの攻撃を受けながら機会をうかがった。時の流れを剣の散らす火花が刻み続ける。セルダンは戦いの中で、天井から差す光が陰った事に気付いた。そして次の瞬間、巨大な天井と壁を崩して巨大な竜が聖堂の中に着地した。黒い冠の魔法使いは驚いた。
「竜か、なぜ古き獣がデヘナルテとなった場所に来る事が出来るんだ」
(僕はただの生き物だから、外に突っ立っている怪物とは違う)
 竜が崩した壁の向こうの海上に、七本腕の魔獣の姿が見える。魔法使いはニヤリとした。
「お前も十分に怪物に見えるがな、どうしてここに来た」
 竜は首を上げて魔法使いを見下ろした。
(戦いの決着を見届けるため、そして残った者を運ぶため)
 セルダンと魔法使いはうなずくと剣と剣を合わせた、その時セルダンは魔法使いの剣の微妙な変化に気が付いた。
(アンタルの存在に動揺したのだろうか)
 逆にセルダンは竜の存在に心を支えられた、たった二人の戦いから、その先に広がる戦いが見えてきたのだ。しかしこの魔法使いは、どこまで行っても一人のはずだった。
(僕は一人ではない、僕は巨大な魔法の一部なんだ)
 セルダンは剣を肩の上に上げると切っ先を下げて構えた、魔法使いはセルダンの気配の変化に気付いた。
「やる気か」
「ああ、君を倒す、魔獣の事はその後に仲間達と一緒に考える」
 セルダンは厳しく攻め込んだ。魔法使いは懸命の抵抗を見せたが、本気になった剣の王子の敵ではなかった。セルダンは全身に力がみなぎるのを感じて巨大な剣を軽々と操った。やがて魔法使いの細い剣をカンゼルの剣が砕くようにへし折ると、魔法使いは崩れるように膝をついた。
 セルダンはうつむいた魔法使いに慎重に近づいた。その時、魔法使いはセルダンの剣をつかむと自分の胸に突き立てた。
「しまった」
 魔法使いの赤い血がドボドボと床にしたたった、そしてその体からぼんやりとした黒い影が立ちのぼった。その手には細くてギザギザした黒い冠を持っている、影が低い声で言った。
「礼を言うぞ剣の守護者。ガザヴォックによってあの魔獣に結びつけられた我が運命は、カンゼルの剣による死でしか解放できない。しかしこれまで黒の秘宝の魔法使いが死ぬと、魂ごとガザヴォックが秘宝を回収していた。だがここデヘナルテにはガザヴォックの魔法は届かない、これで私はこの冠と共に解放される」
 セルダンはゾッとした。
「だがその姿は魔法の姿じゃないのか、カンゼルの剣だって魔法が無くなったこの場所では君の運命を切り離せないんじゃないのか」
 影は低く笑った。
「魂は人間本来の姿、カンゼルの剣は存在そのものが魔法。君はついさっき、自分が剣から魔法を引き出した事に気付かなかったのか」
 セルダンは崩れた壁から海面を見た。魔獣はしばらくじっと二人のほうを見つめていたが、やがて落ちるように海中に消えた。セルダンは魔法使いの魂を振り返った。
「どこに行ったんだ」
「エルセントだ、あそこはあの魔獣を引きつける魔法に満ちている。セルダン王子、一つ教えてやろう。今、君は新しい可能性を産んだぞ」
 そう言って黒い魔法使いの魂は消えた。
(行こう王子)
 アンタルから声が届いた。セルダンは緑色の巨大な竜を見上げた。そして剣を鞘に収めるとアンタルによじのぼって首を軽く叩いた。
「行こう、エルセントへ」
 竜の仔は大きく羽ばたくと聖堂の屋根をさらに壊しながら飛び立った。

 黒い冠の魔法使いは、魂の通う空間に入った瞬間にガザヴォックの気配を感じた。
(まさか)
 次の瞬間に魔法使いの手元から黒い冠が奪い去られるように消えた。そして巨大な圧力が全身にのしかかって来た。魔法使いの魂は懸命に力を振り絞って鳥の姿に変身した。鳥の体から淡い光が発すると、ガザヴォックの圧力がやや減じ、やがてその気配が薄れて消えた。
(やれやれ鳥の魔法はきくわけか)
 黒い冠の魔法使いゼリッシュの魂はかろうじてガザヴォックの手から逃れた、しかし魂だけでは何も出来ない。
(宿る肉体を手に入れなければ)
 黒い鳥はソンタール本国に向けて進路を変えた。
(すべての魔法はやがて、グラン・エルバ・ソンタールで決着する)

 (第四十三章に続く


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