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シャンダイア物語

第六部 統治の指輪
第四十四章 ミルバ川の戦い

福田弘生

 

 ソンタール帝国の貴族、デット・オーレン男爵は東の将キルティアの軍に参戦するために兵を率いてセントーン王国にやって来た。セントーンに入った後はキルティア軍の本隊を離れ、セントーン大陸をうろうろした後、結局当初のもくろみ通りにユマールの将ライケンの軍に加わる事が出来た。
 しかしライケンはこういった多くの貴族達を簡単には信頼しなかった。そのため、オーレン男爵はエルセント攻めの際には後方のミルバ川に配置された。当初ライケンはミルバ川の両岸に兵を置いていたが、本隊がエルセントに入城したため、ミルバ川のエルセント側に長大な陣地を築いてそこを守らせる事にした。
 これまでずっと大軍の中にいたオーレン男爵は、このエルセント戦で負けるとは夢にも思っていなかった。特にソンタール五将の最高位にいるライケンの配下となってからは、この戦争を辛抱して耐え抜けば、首都に帰ってから栄達の道が開けていると信じるようになった。そのためには何か一つ手柄を立てたかったが、これまではその機会に恵まれていなかった。そこにカインザーのベロフ男爵率いる一万の軍が現れた。
 まだ三十代と若く、栗色の髪の見た目の良い男爵は、絶好の機会がようやくやってきたと喜んだ。
 到着したベロフ軍は、河口付近から延々と続くライケン軍の陣地を避け、さらに渡ってくださいとばかりに設置されている軍隊用の橋も避けて、上流の農民や商人が使う橋に移動した。しかし三万の兵をライケンから任されているオーレン男爵はあわてなかった。軍隊用の橋にも堅固な防塁が築いてあったため、そこは少数の兵で守れると判断したオーレン男爵は、すぐさま軍の本隊を上流に移動させた。
 敵軍と平行に進みながら、オーレン男爵は対岸の兵のあわれな程の少なさに内心同情すらおぼえていた。夜になり、ベロフ軍は密かに三隊に分かれたが、ソンタール側の誰もそれに気付く事は無かった。
 一夜明けた早朝、紅のマントを羽織った派手な戦士に率いられたカインザー軍が橋を渡り始めた。オーレン男爵は弓兵を前面に立てて一斉に矢を射かけた。しかし実戦経験の少ない弓兵達は突撃してくる生粋のカインザー軍の勢いにおびえて、矢はカインザー軍の手前に落ちたり、左右に外れたりしてあまり役に立たなかった。
 それを見たオーレン男爵はすぐに巨大な盾を手にした屈強な兵を押し出して分厚い陣をしいた。しかし緑の要塞以来、戦いに飢えていたカインザー兵士達は、躍り上がるように盾を乗り越えてライケン軍に襲いかかった。
 上流でベロフ軍とライケン軍の乱戦が始まった頃、下流の陣地のほうで騒音がわき上がった。指揮所にいたオーレン男爵が何事かと思って下流のほうを眺めていると、馬に乗った兵士が走って来て報告した。
「カインザー兵が、軍隊用の橋の手前の防塁に攻撃を仕掛けています」
「そんなに簡単に橋を渡らせたのか」
「いえ、橋の下からわいて出たのです。攻撃が始まるまで誰も気づきませんでした」
 オーレンは蒼白になったが、敵の兵数では下流もここも突破される事は無いと自分を安心させた。
 そこに両脇を兵士に抱えられた、血まみれの兵が運び込まれて来た。兵は苦しげな声で報告した。
「オーレン様、市内の兵の世話をするはずの市民の中に、カインザー兵がまぎれていました。現在、我が陣地の内側で荒れ狂っています」
「数は」
「およそ二百」
「それっぽっちか」
「しかしおそろしく強いんです」
 兵はほとんど泣き顔になって、悲鳴に似た声を上げた。
 三か所への同時攻撃で浮き足だったライケン軍は、クライバーの部隊に圧倒されるようにじょじょに引き始めた。そのカインザー兵の後ろに、ベロフによって鍛えられたセントーン兵が続いた。セントーン兵は橋を渡ると、カインザー兵の後ろをすり抜けるように上流に移動した。それを見てオーレン男爵は叫んだ。
「下流の城門まで戻れ、敵を城内に入れるな」
 オーレン男爵は軍を密集させるように、エルセントの入り口の巨大な門の前に引かせた。さすがにそこは数において劣るベロフ達には崩せなかった。

 ユマールの将ライケンは、この一連の戦闘の報告を聞くと手にしたグラスを床に叩き付けて激怒した。
「愚か者が、何のために三万の兵がいるんだ。いいか、オーレンに命じてベロフの軍を釘付けにしろ。西に回られてトラゼールの残党と合流されてはやっかいだ」
 参謀のミハエル侯爵は、青ざめてライケンの言葉をそのままオーレン男爵に伝えた。

 渡河を完了したベロフとクライバーは、一度は引いたソンタール軍が再び前進を始めたのを見てさすがに驚いた。近くの茂みからからひょっこりと顔を出したバンドンが報告した。
「意外や、敵さんの志気は落ちていません。こいつは背を向けたら一気に襲いかかられますよ」
 クライバーも剣を背に背負ってうんざりしたような声をあげた。
「ライケンの軍は戦闘は下手だし弱いんだが、行動は的確で妙に生真面目に戦うんだよなあ」
 ベロフが髭をなでながら苦い顔をした。
「ライケンは他の将とは違うな、従った貴族達は家の命運をかけているんだ」
 バンドンがうなずいた。
「そういう事です。セントーンの各都市を破壊したのは東の将キルティアですし、エルセントに火を放ったのもそうです。しかしその分キルティアの兵は傷付き、数を減らしています。ライケンはほとんど破壊をしていません。独立して動いているらしい黒い冠の魔法使いがトルマリムを破壊した程度で、ライケンの軍は兵を増やし続けています」
 ベロフは険しい顔になった。
「なる程、セントーンがここまで追い込まれたのもうなずける」
 クライバーがエルセントの高い城壁を見上げた。
「あれを越えても、その向こうもライケンの軍だ。せめてもう少し外側の城壁を守っていれば城内との連携作戦も取れたんだが」
 バンドンがきょろきょろして首をすくめた。
「嫌な感じですね、蟻地獄につかまっちまったんじゃないですか」
 ベロフが真顔でバンドンを見つめた。
「ああ、正直なところ、川の向こう側にいる頃より行動の選択肢が減ってしまったよ。どうやらライケンを見くびっていたらしい」
 クライバーがカラカラと笑った。
「いいじゃねえか、俺は城内よりここのほうが楽しい」
「しかしお前がいなければ、エルガデール城で戦闘を指揮する者が足りなくなる」
「抜刀隊がいるだろう、バンドン、連中は市内に入ったんだろう」
「ああ、二百人、ほとんど欠けること無くエルセント市内にもぐり込んだ。後は市内にいるバルトール人達がエルガデール城に連れて行ってくれるでしょう」
 クライバーはベロフに片目をつむってみせた。
「いいだろ、師匠」
「いや、お前はエルガデールに戻れ」
「なんでい」
 クライバーはブツブツ文句を言いながら、バンドンに押されるように城壁のほうに消えていった。こうしてベロフ軍はエルセントの南の城壁の外でユマール軍とのにらみ合いに入った。

 (第四十五章に続く


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