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シャンダイア物語

第六部 統治の指輪
第四十九章 目覚める者

福田弘生

 

 エイトリ神はミリアが描いた六角形と、レリーバとアタルス達兄弟を調べるように見回した。そしてテイリンに目を移して言った。
「足りない物があるな」
「そうですね、テイリンの力の覚醒にかかわる物」
 ジェ・ダンの声が届いた。
(モッホの粉を持つ男がおるぞ)
 ミリアは怒ったような顔で西の小屋に声をかけた。
「出ていらっしゃい」
 小屋の扉を細く開けて暗殺者イサシが顔を覗かせた。
「また捕まっちまいそうだなあ」
 ミリアがあきれた。
「イサシどうしてここに。テイリン、あなた達よく一緒に旅ができたわね」
 イサシはブツブツ言いながら歩いて来ると、懐から小さな袋を差し出した。
「退屈な旅だったが、俺たちゃ別に仲は悪くなかったぞ。さあ欲しいのはこれでしょ、おっそろしく純度が高いから気を付けたほうがいい」
 ミリアは袋から粉を少し手の甲に振ると、舐めてみた。
「ああ、これは危険ね。あなたは前回捕まえた時にこれを飲んだのね」
「危うく死ぬところだった。ジザレはとんでもない物を平気で持たせる」
「マスター・ジザレには一度会わないといけないわね」
 そう言うとミリアは袋をレリーバに渡した。
「これを少し舐めてみて」
 レリーバは指先に粉をつけるとそれを口にした。
「バステラ神の神官には珍しくも何ともない物だけれどね。もちろん普通の人間や下位の神官ならば命にかかわるだろうが」
 しかしすぐにレリーバの瞳の色がめまぐるしく変り始めた。
「だがあたしはあまり好きじゃない、人格が安定しなくなるからね」
 ミリアはティズリに言った。
「ティズリ、レリーバの瞳が黒くなったところで止めて」
 ティズリは面食らったような声を上げた。
「どうやって」
「血を凍らせてしまうの」
 若い魔女はニヤリとした。
「それは楽しそう」
 レリーバが憤然とした。
「あたしは嫌だよ」
「大丈夫、あなたは凍ったくらいで死にはしないでしょう」
 ティズリはレリーバの手を握ると、レリーバの瞳が黒くなった時をみはからって一瞬にしてレリーバの血を凍らせた。黒い瞳のレリーバはヒッと一声つぶやいたあと、悲しそうな目で立ちすくんだ。
「寒いわ」
 ミリアが声をかけた。
「しばらくの辛抱よ、その瞳の色のあなたが一番素直に心を見せてくれるから」
 次にミリアはアタルス達兄弟にモッホの粉を渡し、三人も慎重にその粉をなめた。ミリアはテイリンに素早く言った。
「テイリン、水が必要なの」
 テイリンはエイトリ神の顔を見た、知恵と医療の神はうなずいた。
「そなたが知っているタルミの里の水を再現するのだ」
 テイリンはまず左の手で雪を掬うと手の平の上に乗せた、次に右手で雪を掬って今度は口に含んだ。そして左手をしばらく揺らすと雪が溶けて水になった。テイリンはその水を舐めて首をかしげた。それから今度は右手で雪を掬い、右手を揺らして水をつくった。左手、右手と交互に雪をすくい、変化させ、味を確認するという動作をしばらく繰り返した後、テイリンはうなずいた。
「たぶん、これだと思う」
 ミリアは懐から革袋を取り出した。テイリンはそこに雪を詰め込み、変化させて水にした。ミリアは革袋に入った水をアタルス達の元に持って行くと、アタルス達はそれで順番に口を湿らせた。アタルスは嬉しそうな顔をした。
「懐かしい味だ」
 ミリアは次に黒い瞳のレリーバに袋を渡した、レリーバはその水を静かに飲み、黒い瞳に涙を浮かべた。
「さあ始めるわ」
 ミリアは金と銀の六角形の中心の井戸の横に立った。マコーキンが立ち上がろうとすると、ミリアがその肩に手を置いておしとどめた。
「あなたはそばにいてくれたほうがいいような気がする」
 ミリアがアタルス達兄弟を向き、テイリンはレリーバのほうを向いた。そして二人は心の中で何かを念じ始めた。
 やがてアタルス達が崩れるように倒れた。そして倒れた三人の体から白い影が立ち上り、三人の若者の姿になった。ミリアが泣きそうな声で言った
「ペテアロス、ランドリムム、ロンザムお帰りなさい」
 その時、テイリンが悲鳴にも似た声を上げた。
「レディ・ミリア、レリーバの様子がおかしい」
 ミリアが振り向くと、レリーバの美しい白い顔の色が紫色に変色していた。エイトリ神があわてて言った。
「失敗だミリア、レリーバが死んでしまう」
 ミリアは両手で口を覆った。
「レリーバの体内の毒が作用したんだわ、最初に浄化するのはそこだったのよ」
 ミリアはティズリに言った。
「レリーバの血を」
 若いティズリは言われるままに今度はレリーバを丸ごと凍らせた。レリーバの対角の上に立っているペテアロスが細い声を上げた。
「キリバ、カリバ、エリバはどうなるんですか」
「わからない、でも何とかしなければ」
 ミリアがテイリンに助けを求めるような目を向けた。
「何かできないの」
 テイリンは力を求めるように両手を見つめて首を振った。

 井戸に腰かけていたマコーキンは、目の前に居並ぶ人物達を不思議な思いで見つめていた。
(戦場での人の命など、あの魔法使いの投げた礫程も小さい。なのにこの者達は数百年の時を隔てて、なお魂を通わせあおうとしている)
 ミリアの悲鳴のような声が聞こえた次の瞬間、音が消えた。そして井戸の底からかすかな音が聞こえてきた。
(何の音だろう)
 視線を動かしたマコーキンの目の前に降る雪が、空中で静止した。マコーキンの周りのすべての物が止まった。ミリアもテイリンもエイトリ神までもが静止した。テイリンの襟元からてんとう虫がマコーキンに向かって飛んで来て、目の前を飛び回った。
(何かが起きたようだ)
 マコーキンはミリアやレリーバの会話にジェ・ダンという言葉が出てきたのは知っていたが、それがてんとう虫だとは思いもよらなかった。
「話しかけているのはてんとう虫か」
 ジェ・ダンはブンブン怒りながらマコーキンの襟元に飛び込んだ。
(わしはすべての虫達の始祖だぞ、ただのてんとう虫では無い。それより時の停止に気づいたろう)
「ええ、ミリアかテイリンの魔法のせいですか」
(それは違う、二人ともそんな力は持っていない。そもそも、この出来事自体がおかしい。レリーバ達の魂の解放がそれほど大きな事件だとは思えないのだ)
「しかしソンタールの黒の秘宝を守る神官が関わっています。しかも翼の神の弟子、メド・ラザードの娘、さらにはテイりンやエイトリ神」
(顔触れは錚々たるものだが、元になった事件はこの村の三組の男女の話だろう。これだけの魔法の存在が集まって、三組の男女の魂の解放だけにとどまるわけがない)
「最重要なのは誰です」
 そこに別の声が割って入った。
(わかるでしょう)
 マコーキンが見上げると、巨大な山猫が立っていた。
「デッサ」 
(空間が止まった、これはガザヴォックの魔法よ。ミリアやエイトリ神のような力のある者も止まったわ)
「なぜあなた達は止まらないのです」
(古いから、ガザヴォックよりもエイトリ神よりも古い存在だからよ)
「ではなぜ私は止まらないのですか」
(それが先程のそなたの質問の答えかもしれない。私はこの作用の中心にいるのはテイリンだと思っていた、だが別の存在の重要性が増しているようね)

 (第五十章に続く


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