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シャンダイア物語

第六部 統治の指輪
第六十七章 指輪

福田弘生

 

 ライケン・ジマハールは高速艇でミルバ川を下っていた。
 兵はミルバ川の南岸に布陣したまま、いつでもエルセントに押し出せるようにしてある。しかし、今そのエルセントにいる黒の巨獣の危険さはライケンが一番良く知っていた。陸を離れる前にライケンはミハエル侯爵に指示をしていた。
「聖宝の守護者達が怪物と決着をつけるまで、私は海上にいる。獣が暴れたらすぐにエルセントから離れるから、お前も軍を率いて南下し、再度のエルセント攻撃に備えろ」
 実務家のミハエル侯爵はテキパキと命令を下して軍勢を整えた。

 城壁の石床を叩き続けていた獣が顔を上げた。その黒い瞳を見つめて、スハーラは涙を流した。
「何て哀しい怪物なの、ルドニアの霊薬で一度解放されたのにまた戻って来た」
 獣の魂が打つ暗黒の波動があたり一帯を圧した。獣がしがみついている城壁が黒く変色し始めたのを見てブライスがうなった。
「まずいな、城ごと崩れ落ちるぞ」
 マルヴェスターがアーヤを振り向いた。
「アーヤ、床の色を保つのだ」
 アーヤが怒った顔をした。
「どうやって」
「得意だろう、おかしな色で飾り立てるのは」
 アーヤがイーッと顔をしかめて指輪を床に近付けた。突然床に黄色い帯が出現して黒い領域を押し返した。獣はたじろいで動きを止め、ベリックが興味深そうにしゃがんで石床に触ってみた。
「ちゃんとした石だ、でも黄色い」
 アーヤがプリプリして言い返した。
「何が悪いのよ」
 その床を見つめていたセルダンが、思いついたように線を越えて黒い領域に踏み込んだ。エルネイア姫が叫んだ。
「危険よセルダン、そこは獣の領域、剣の魔法も消えてしまう」
 セルダンは首を振った。
「思い出したんだ、黒い冠の魔法使いを倒した時、トルマリムの大聖堂の周辺では魔法が消えていた。でも僕はその空間の中で剣から魔法を引き出した」
 セルダンは黒い境界の中でカンゼルの剣を振り上げ、城壁の上で獣の体を支えていた腕に突き刺した。獣は驚いたように剣に刺された腕を見た、そこにはつややかな石の光があった。
 クラハーン神の神官デクトが感心したように言った。
「獣は自ら魔法を消滅させた、その空間の中で今度はセルダン王子の剣によってかつての石像の体を取り戻している」
 セルダンがよろめいた。
「これは体力を使うなあ」
 マルヴェスターが守護者達に手を振った。
「何をしておるお前達」
 マルヴェスターの指示に従って、守護者達はセルダンの横に並んだ。中央にセルダンが立ち、その左にブライス、その左にスハーラ。セルダンの右にベリック、ベリックの右にエルネイア、そしてエルネイアの右にアーヤが立った。マルヴェスターが満足気に言った。
「これがアイシム神の石像の聖なる宝の配置」
 スハーラの横に知恵と癒しの神エイトリが出現してスハーラの腕に触れた。するとスハーラの手の中でリラの巻物が光った。光はブライス、セルダン、ベリック、エルネイアと流れ、最後にアーヤのアスカッチの指輪に届いた。
 光の魔法の発動に苦痛を感じた獣は、城壁の上に体を押し上げ、ついに巨大な黒い七本腕の怪物が立ち上がった。
 アーヤはその獣に向かって、左手の中指に光る指輪をかかげて宣言した。
 「アイシム様の光の名の元に、去れ、黒き獣」
 獣の足元で炭と化して黒く崩れた城壁が復活した。おびえた獣は床を崩そうと何度も足を叩きつけた、しかし石はびくともせずに硬いままだった。そして床の上を後ずさった獣は、足を踏み外して真っ逆さまに地上に落下した。獣は城壁に手をかけようとしたが、石は獣の手を拒んだ。マルヴェスターが厳かに言った。
「小さなミセルネルの誕生だ、ようやくこれを意思の力で行えるようになったか」
 セルダンがたずねた。
「ミセルネルは黒の神官の言葉ではないのですか」
「いいやシャンダイアもソンタールも同じアイシム神、バステラ神の国だから言葉は同じだよ」
 ブライスがつぶやいた。
「サルパートのエスタフ神官長が聞いたらとびあがって否定しますね」
 守護者達は壁に駆け寄って下を覗き込んだ。獣はしばらくグッタリしていたが、すぐに起き上がり、海をめがけて走りだした。スハーラがマルヴェスターに尋ねた。
「どこに行くのでしょう」
「取りに戻るのだ、一番大切な物を」
「大切な物ですか」
 ベリックが気付いた。
「魂だ、あの獣の本当の魂は別の所にあるんだ」
 ブライスが肩をすくめた。
「どこにあるんだ」
「たぶんライケンの戦艦」
「なぜ」
「今この世界で黒い冠の魔法使いに関係のある物があるとすれば、そこしかないでしょう。アンタル」
 ベリックはバタバタと近寄って来たアンタルに飛び乗った。
「海上のライケンの艦隊の上に行って」
(砲撃されるよ)
「大丈夫だ、それどころではないはず」

 (第六十八章に続く


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