神の笑える妄想話

doru

第六章 螺旋

その一 傲慢の裏の真実

最初に言っておく。俺は傲慢でドSの性格の持ち主だ。なぜだかわからないが、額にはハート型の烙印のようなものがつけられている。

生まれつきのものかどうかわからないが、他の人間が調べても原因不明だ。 なんでも噂によると名前も言えないような大悪党と対決したときにつけられたとも言われている。

そしてそのとき俺を守るために俺のおやじとお袋は自らを投げ出して助けたとも聞かされている。 だがその戦いでおやじとお袋は大悪党にやられてすべて消滅して塵一つ、写真一枚も残ってない。

俺は親の顔も知らずに今まで生きてきた。俺は生まれながらの私生児といったところか。


俺の名前を呼ぶ声が聞こえる。大人になりきれていない変声期前特有の甲高い声で言いやがる。そいつは袴をはき高下駄をはいている。

俺に対する畏怖と羨望の眼差しで見てやがる。そりゃあそうだろう。俺の活躍を俺自身が軽い感じでわらべ文学を書いてみた。 初版が出たときは俺の物語を最初の二、三枚読んだだけで面白いと思って買った奴もいるらしい。 噂が噂を呼び、初版はまたたくまに売り切れた。そのうち世間の奴らは俺のことを天才だとか抜かしやがる。 版元は必死になって印刷してもすぐに売り切れて、品切れになるわ、版元に早く増版を出せと矢の催促よ。 版元はますます頑張って増版をいくら出してもいつも品切れで困り果てて最後は万歳してしまい、 他の版元にも手伝ってもらう始末になっているらしい。 そんなわけで俺の冒険と活躍を軽い感じで書いたわらべ文学は日本はおろか南蛮異国のよい子共同組合が推奨し、 わらべ文学史上まれに見る大ベストセラーとなっている。

塾内では大人しく普通の少年を演じている若き師範代の俺が外に出るとサイン攻めにあっているとなれば、 取り巻きの一人であってもこんな風に羨ましくなるものだ。

俺はそいつの名前を言った。そいつから見ればふてぶてしく言ったように見えただろう。 あくまで演技だ。俺はわざとハート型の額の烙印を前髪から少し見えるようにして見せつめた。 俺はこの烙印を見せることが、そいつに限らずこの世界全部のものに影響を受けることを知っている。 俺は特別なんだ。俺だけが大悪党に打ち勝つ力を持っているのだとわからせる最大の方法だと十分すぎるぐらい知っているのだった。

そいつは「この塾の影の支配者の番長とその取り巻きが君を狙っていると噂に聞いたよ。 君ぐらいの実力のものがそう容易く餌食になるとは思えないが注意した方がいい」と言いやがった。 その言い方が忠告めいて俺のカンに障る。なんだかわからないが腹が立つ。少しお仕置きをして懲らしめることにした。

俺は軽く呪のかかった竹刀を振り、馬鹿にしたように鼻で軽く笑ってやった。 そのとたんそいつの顔が赤くなる。俺が念入りに呪をかけて作ったぎあまんびーすで作りあげた股間の締め付けを感じたらしい。 俺が座興に今流行りのぎあまんびーずで作ったものをそいつは自ら喜んでつけている。こいつはドMの変態だ。


そいつは涙を浮かべながら懇願した。「ごめんなさい、ご主人様。わんわんわん私は犬です。 惨めな奴隷犬です。ご主人様の力をわからず恐れ多いことを言いました。 貴方様のお力ならばあんな番長でさえいちころであるのを忘れていました」

俺は慌てて「こんなところで変なことを言うな。まわりにどんな人が見ているのかわからぬのだぞ。 とんかちめ、場所を考えろ」と言った。俺はわざとこいつにいましめの呪術を使ったというのに矛盾しているなと思いながら、 さも嫌そうに舌打ちをしてやった。

俺はまた竹刀を軽く振りそいつにかけた股間の締め付けの呪文をといてやった。

俺の呪文で苦しんでいたそいつは安堵の表情になり「すまなかった。君のことはもう心配しないよ」と言いやがった。 俺とそいつは部屋が同じというだけでなく、夜の奴隷犬であることが他の者にばれていないかと注意深くまわりを見た。 同室の友人と変な遊びで夜な夜な楽しんでいるとまわりのものにばれては今絶頂の俺の人気に差し障りがある。

そいつには日ごろから注意しているのだがときどきぽかをする。ぽかをするたびに呪文をかけてやる。 これで何度目のぽかだ? 学習の能力のない奴だ。

奴は、もしこれで一般大衆に俺の変な趣味がばれて人気が落ちたら、 どんなお仕置きをされるかと考えると夜な夜な自分の股間をいじって遊んでやがる。 ときどきもれる喘ぎ声がうるさくてたまらない。でもそいつは出せない。ご主人様の俺からの言いつけを守る忠実な奴隷犬だからな。

もういい。講議が始まる俺はそいつの思いも知らぬかのように言い、次の教科を受けに陰陽料理術の教室に行った。

陰陽料理術の教室では嫌味な先公がいた。この先公は昔、大悪党の奴隷にもかかわらず、 何を考えてか裏切りをし、正義の味方に仲間入りしたのである。

それでも昔のことを思い出すのかそれとも俺の美貌に欲情しているのかときどきねちねちと嫌味な質問をするのである。

いけすかねえ野郎だ。今日も料理材料の一つであるバジリスクについて俺に質問攻めをした。

それに対し俺は「バジリスクは人間を石にしてしまうので捕まえるにも注意が必要です。 まずバジリスクを取る方法を説明します。バジリスクは下品な蛇なのでよく交尾しています。 そもそも蛇の生殖器はペニスが左右に二対あるのですが、バジリスクの場合雌雄同体で生殖器もオスメス二つあるので、 二匹はたがいにはめあいます。それは長い長い交尾です。何時間もしているときもあります。 バジリスクたちは交尾があまりに心地いいものだからついうっとりして目を開けていません。 だから人間はその間バジリスクに見られて石化することはありません。 交尾の最中に気をつけて人間の気配がわからないようにそっと二匹の鎌首を手で掴みます。 そうすることで二匹一度にとれ、比較的簡単に、陰陽料理の素材となるのです」と言って嫌みな先公に非常に的確な回答をしてやった。

「うむ」と嫌みな先公は言い返す言葉もなくうなづいた。誠に蛇を知り尽くしている言葉である。 もしかしたら俺は蛇語がわかり世界中のすべての蛇に精通しているのではないかと思ったほどである。


俺は乱取り合戦をするために会場に行った。乱取り合戦とは呪術使いの男にだけに許された競技だ。 乱取り合戦に参加する男たちはみんな下帯ひとつだった。

個人戦で下帯ひとつの男たちが絡み合うと誰が誰だかわからなくなるので、ゼッケンをかける必要がある。 俺の番号はいつも一番だった。美貌も一番、賢さも一番、呪術も一番、運動神経も一番、何から何まで一番だ。 俺にかなうものなどいない。誰も文句も言えず俺の全能力が一番なのを影で悔し涙を流している奴もいるのかもしれない。

俺たちは一人の係員の到着を待っている。 やがて係員がやってきて、ぎあまんがらすの中から乱取り合戦に参加する男たちと同じ数だけの丸薬を取り出した。 なんでも噂ではその丸薬は南蛮渡来の物とこの国のものとをぐちゃぐちゃ混ぜて作ったかなり特殊な丸薬らしい。 俺たちはいっせいに係員の手からその丸薬をとって、口の中に入れた。 するとまもなく丸薬の効果は一点に集中し、いつものあの感覚が起こり始めた。 くそっ、俺は歯軋りして耐えた。今出しちゃ乱取り合戦の前に不参加になってしまう。 俺は刺激しないように気をつけて竹刀にまたがった。俺は他のやつらを見た。下帯にすでに染みをつくっている奴もいる。 そいつはもう出しちまったのか。もう不参加決定だな。他の連中は俺と同じく気をつけて竹刀にまたがっている。 これは男にとって微妙なものだからな。ちょっとした刺激で出しちまう。

俺は頭の中で気をそらすために難しい算術を考えた。すると少しは収まったようだ。 俺は少しほっとした。いつもこの乱取り合戦に出るときはいつも難しい算術を考えることにしている。 それは誰にも言っていない。言えばみんな難しい算術を考えて少し収まる方法を覚えてしまう。

さあ、乱取り合戦がはじまりそうだ。俺はいつもの持ち場で竹刀にまたがって立っている。 他の奴らも同じように決められた持ち場で竹刀にまたがって立っている。

係員が笛を吹く。俺は竹刀に呪術を使い、ふわりと浮き上がった。 そして一気にスピートをつけて、隙のあるものを見抜いて、下帯ごしにものを強く握る。 そいつは一気に刺激を受けて俺の手にまでねっとりこびりつく。実はこの感触俺はいつも大嫌いなんだ。 でもしかたがないと悟っている。俺はまた獲物を狙って飛び回り、いろいろな奴らのものを掴んで出させてもう手はねちゃねちゃだ。 ますます嫌悪の気持ちが強くなる。それに他のこともある。俺がすべての奴らの攻撃目標なのだ。 俺のものを掴んで出したがる。俺は攻撃と防御を一緒にやらないといけない。 普通のやつらは同時にできない。できるところが俺が超一流と言うあかしだ。

「逃げろ! ぼくらの勇者、君は人気者なんだよ。 誰も君のものなんて握らせてはいけないぞ」俺を慕う少年少女たちが黄色い声援を送って来るのが聞こえてくる ような気がするがそんなものはしかとしている。そんなものを聞いていたら隙ができてものを握られて出して負けてしまう。

やがてまもなく笛がなった。

乱取り合戦で出さなかった連中は一斉に厠に行く。厠に行くのも俺が一番だ。 少しいじって厠の中に出す。俺は緊張の息がとかれほっとした。大も小も一緒くたの中では俺の出したものなどわからないはずだ。

俺はその後井戸に行っていって汚らしいものを落とすため全力でいつまでも手を洗うことにしている。 綺麗好きだと思われているので別段他の者は気にとめない。

汚らしいものが手からすべて無くなった後、俺は衣装を着て乱取り会場に戻った。

乱取り合戦の結果発表を見た。最高得点者の番号は一と書かれている。一は俺のゼッケン番号だ。 つまり一番の勝者は俺だ。これまで一度も二番になったことがない。いつも一番の勝者は俺になっている。

俺は一番の勝者としてみんなに手を振る。一斉に歓声がわきおこる。 一応笑顔を振りまくが俺の中には感動も何もない。いつものことだから慣れっこになっていることだからな。

そんな中、俺は考えた。

乱取り合戦中に俺のような一流のものを握って出させたら、そいつはずるをして自分のものをいじって出して、 すぐ降りるだろう。そいつはぎあまんがらすに俺の出したものを採取して、ただちにそれを冷凍保管するだろう。 その後、どこかの女のものと組み合わせて、その子供が少し大きくなったら俺に似た男か女かわからないが、 こいつらは夜な夜ないけない遊びをするだろう。俺の似た子供と知らないところでこんなことをされていると思うと全身におぞましい悪寒が走った。

俺の欺瞞の笑顔が凍りついたことがわかったのだろう。隣の選手は不思議そうな顔をして俺を見ているのがわかった。 俺はすぐに気を取り直してまた笑顔を作り出した。


俺は運動神経だけじゃなくすべてが一流なので今までいろいろな男のものは握ったことはあったが、一度も俺のものを握らせたことはない。

もし、俺の出したものを採取して、それをうまく活用したら、俺の出したものからたくさんの子供をつくり、最強の軍団を造って世界征服も可能だからな。

今までいろいろな悪の神通力使い結社が俺目当てに昼夜を問わず刺客を差し向けたが刺客たちはことごとく俺の念を入れた竹刀で去勢された。 そいつらはみんなおかま居酒屋に職種を転向させてやった。当然、俺のものから出させようとしたものは一人と帰ってくるものはなかった。 まあ自業自得当然の報いだな。


「のぞくんじゃないぞ」同室の奴隷犬にいつものように注意した。

俺は綺麗好きだから他の奴らの垢や出したものが入っていると気持ち悪くて堪らない。 乱取り合戦の後一番に一人で風呂に入るのがいつもの俺の日常パターンだった。 俺は衣装を脱いでまた全裸になった。風呂に入る途中、こつんと当たって、あるものが一つはがれて落ちたのを見た。 俺は深いため息をついた。これのせいで乱取り合戦に負けることができない。 実物によく似せて作らせているが、あいつらみんな持っているから、実物と偽者は触った感覚ですぐ見抜くからな。

俺は気分のいい時は「オレは世界で一番の美男子」という嘘八百の鼻歌を歌うこともある。だが今日は何故かその歌も歌う気にならない。

俺はいつも使っている薔薇の石鹸で全身を洗う。薫り高い薔薇の頭髪洗剤&頭髪柔軟剤の薫りがほのかに漂ってくる。 俺は一瞬その薫りに思わずうっとりして目を閉じた。

その後風呂から上がった後、呪術で他の者には見えないように細工していた場所から接着剤を取り出して、再びあるものをあるところに貼り付けた。

「あ~いい風呂だった」俺は心とは裏腹にわざと大きな声で言い、奴隷犬から桜色の手ぬぐいをもらい髪を乾かした。

俺と入れ替わりに乱取り合戦のイケメン連中が我先にと欲情のため浴場にとびこんで行く。 それは何故かというと同じ乱取り合戦仲間の提案で、俺のものが握られないなら、 せめて俺のフォロモンがしみ出たお風呂で一刻も早く欲情を感じたいというやつらの一致した思いなのかもしれない。


乱取り合戦仲間といっても、一人としてブサイクな男はいなかった。俺がよく見る恋愛ドラマでもイケメンの顔を見るのが好きだ。 俺自身面食いだなと思う。実際イケメンとブサイクの男とならイケメンの主人公のほうが視聴率があがるのは決まっている。

俺はイケメンが大好きだ。松花堂塾長に直接交渉をした。 もし俺が万が俺のものを掴まれることがあるのなら、ブサイクなのよりもイケメンに掴まれたいと言い、 その条件を飲まないと乱取り合戦に出ないと駄々ををこねたのである。 俺が書いたわらべ文学を書いた印税だけで世界で二十の指に入る高所得になっている上、その一部を松花塾に寄付している。 俺がいなければとうに松花塾は潰れているのじゃないかと思う。だから塾長も俺に対する待遇も特別だった。 塾長は俺の要求を飲み、乱取り合戦の相手はイケメンばかり集めたのだった。


ななつどき、天候が悪くなった。ひゅーひゅーと風が吹き、ごろごろと雷がなって、 大粒の雨が降り始める。校庭には鈴蘭、大麻、朝鮮あさがお、はしりどころなど毒草がわんさかと咲く中、 番長が一ケ月も前から果たし状を送ってきた。果たし状の行間から恋文らしいものをかすかに感じたが俺は完全にしかとした。

番長のそばにはブサイクなザコが数十人、うっきーうっきーといってはしゃいでいる。

番長は、先祖の体毛を練り込んだ学ランをきて、攻撃力が高まる下駄をはき、たばこがわりの葉っぱを咥えている。 そして俺との決闘に間違いがないように一か月も前から青天幕をはって待っているのだった。

一か月も風呂に入っていない姿は壮観だった。ひげはぼうぼうにのび、頭からはしらみがぽたぽた落ち、 身体からはもう想像も絶するニオイがしてくる。欲情の塊のような血走った目を俺に向けている。

おぞましい男。俺は一瞬思った。

それでも俺は美男子らしく、冷笑を浮かべ「時間通りにきても決闘はできる」と言った。

毎日風呂で薔薇の石鹸で全身を洗う綺麗好きで人気者の俺が、一ヶ月も風呂に入っていないしらみ飼いの男にいいよられるなんて、 今まで一度も考えたことがなかった。気持ちが悪い。吐気がする。それでも我慢して番長を見る。

「わいは貴方のことがずっと好きだった。ものにしたい」

口に加えた葉っぱがぴくぴく動く。番長が俺の前で愛の告白をして緊張しているのだ。

「馬鹿なことを……」俺はますます気分が悪くなったが、それでも美男子らしくふっと冷たい笑いを浮かべた。

「お前をわいのものにしたいっ!!」番長は、勢いをつけて下駄を俺に向けて投げた。 あわや俺のものに当たるかと思うと、俺の鋭い眼光を受けただけで下駄は勢いを失いストーンと落ちた。

「無駄な攻撃だ」俺は冷たく笑ってやった。

「ええい子分ども挑みかかれっ」番長は全員玉砕覚悟で叫んだ。

ざこがきゃきゃきゃと叫びながら、俺の近くに寄っていく。 だが、俺が神通力を発揮する前に、その美貌を受けただけで、じゃーと小便を垂らして萎えていく。

「ううむ、これならどうだ」番長はきていた学ランを脱ぎ、じゅばんを脱ぎ、ふんどしを外して、すっぽんぽんになった。

「これがわいのすべてだ。裸になるほどお前を愛しているのに、 どうしてお前は愛してくれないのだ」番長は、力の限り股間のものを高くして俺に向かっていく。

「むかつく男」俺は軽く竹刀を振るった。

番長のものは一瞬で更に大きく膨らみ、肉体の限界を超えたとき、一気に破裂した。 肉や血が分解されあたり一面が小さな肉片だらけになった。こうやって哀れ番長は去勢された。 今まで去勢された連中も番長と同じようにされていたのだった。

「もう、さいてー」そうつぶやくと汚らしい小さな肉片を踏まないように注意深く俺は帰って行った。

見ていないが、その後大雨が降り、もと番長のものだったものは、小さな肉片になって、 雨の血から流されて、下水道に入りただの汚物として処理されたと思う。


番長を去勢した後、俺と同室の奴隷犬は部屋の中で二人きりの濃密な時間を過ごしていた。

「締めつけられて千切れそうですぅ」奴隷犬は自分ものがびんびんになって ぎあまんびーずが食い込んでいるのを椅子の中から苦しい姿勢で俺に涙ながらに訴えた。

奴隷犬の誕生日に何が欲しいかと聞かれて、一物をいつも意識できるものが欲しいと言ったのである。 俺は奴隷犬が一番喜びそうなものを考えて、陰陽手芸店で行って一二〇Reaの透明びーずを二つと一〇〇Reaの青いびーずを買ってきて、 神通力てぐすで編んだのである。俺は手芸も趣味の一つである。男しては珍しい趣味であると思う。 そして股間にキラキラと光る海と空の輝きのような呪術びーずを作ったのであった。 呪術びーずには呪がかけられていて奴隷犬が俺に欲情して大きくなるたびに、びーずはきりきりと締めつけ、 奴隷犬に屈辱と快楽を与えるのである。奴隷犬は快楽と苦痛とともに俺の帰りを待っているのである。

だが今日だけはどうしても特別に俺は奴隷犬を苛め抜くわけがあった。 上流武家社会の子弟にだけ許される上品な趣味である人間座椅子遊びをしようと奴隷犬を無理矢理座椅子のなかに押し込んだのだ。 奴隷犬のはあはあ喘ぐ声を聞きながら薄笑いを浮かべる俺。

そして奴隷犬の顔に背中をおしつけて俺のかぐわしい薔薇とフェロモンの混じったものを思う存分嗅がすつもりだった。 俺の命令で忠実な奴隷犬はここ三月あまり出すのをとめられていた。

「ああ、ご主人様。お許しを…」

「何をだね」俺は優しく聞いてやった。奴隷犬が何を言いたいのかよくわかっている。 出すのをじらせばじらすほど奴隷犬は恭順になるのを知っている。わざと深く腰掛け体重をぎゅうぎゅうかけて奴隷犬を興奮させた。

俺は綺麗好きで自分の身体や部屋が汚れることを嫌う。 だから奴隷犬は座椅子の中で、ご主人様の俺が座る快楽に酔っているにも関わらず、 おもらしは許されていないのである。

奴隷犬は座椅子の外に出て半紙の上ではじめて出すことが許されているのだった。

奴隷犬が出す寸前までいっているのを知りつつ、じらしている。 俺はわざとくるくるっと形のいいお尻を揺らした。奴隷犬の熱い息が布地の中から背中にあたるのを感じる。

限界まできたとき、俺は座椅子から立ちあがった。中から奴隷犬がころころと出てきた。 そしてそそくさと床に半紙を敷き、敷いた直後にねばぁ~と白い液体が大量に出てきた。俺は思わず顔をしかめた。俺はねばねばが嫌いだった。

奴隷犬はあらかじめ置いていたちり紙で股間を拭き、出した半紙の処理をした後て、俺の目の届かないところでそれらを捨てに行ったみたいだ。


その後、俺は別室にある小さな台所に行った。普通の部屋にはこんなものはない。 俺が特別に塾長に言って造らせたのである。そこの棚から南蛮から取り寄せた高価そうな木の箱を出した。 木の箱の中には白い陶器に豪華な金と銀の模様が描かれたものが二つあり、取り出した。 なんでもそれらは南蛮言葉でてぃーかっぷと言うものらしい。俺はこういう物にこだわる。 南蛮人を呼び寄せ、作る道具を一通り買い、南蛮言葉でこーちゃと言う物を美味しく飲める最適な温度等を徹底的に教えてもらい、 その結果南蛮人にわらべ文学の印税の一部から金子を払ってやった。俺にぺこぺこ頭をさげて南蛮人は笑顔で帰って行った。

やがてやかんがわいて、南蛮人に教えてもらった通りのことをした。

二つのてぃーかっぷの一方にこーちゃから出た液体に特殊な丸薬を入れて溶けたのを見て、 小さな台所から出て、奴隷犬が待っている部屋にそれらを持っていった。 丸薬を入れたてぃーかっぷを乱暴にがちゃんと音を立てて奴隷犬の前に置いた。

「飲め」俺は奴隷犬に命令した。

俺はゆっくりこーちゃを飲む振りをして奴隷犬が丸薬を入れたことも気づかず一滴残すことなく飲んでいくのを俺は観察した。

全部飲み終わった後、奴隷犬はてぃーかっぷを見つめながら「美味しい」と言った。

俺は「よかったな」だけしか言わなかった。


真夜中、俺が寝床で横になっていると、耳元で何かが囁く音が聞こえてくる。 やはり来たか。あらかじめ着ていた装束を点検し、思い切り念をいれた竹刀を持って俺は立ち上がった。

俺は少し前から変な波動を感じていた。誰に聞いても変な波動は感じないと言われた。 どうやら超感覚を持つ俺にだけわかるものだと結論づけた。日を追うたびに変な波動は徐々にだが確実に強くなっていった。 そして今夜あたり来るのじゃないかと思った。

俺の予想は見事当たった。

名前も言えないような大悪党が復活しようとしている。大悪党こそ俺の天敵である。 俺と竹刀と同じ品物を使い、同じ神通力を持っていると言われている。

やつは強敵だ。どっちが勝つかわからねえ。だが俺は全力を出して戦う。

あばよ。楽しかったぜ。俺は心の中で丸薬の作用でぐっすり寝ている奴隷犬を見た。

準備万端なのを確めて、大悪党との戦いに出かけていった。


かあかあかあ、闇夜にカラスが飛ぶ。

大勢の気持ちの悪い一度死んで再び生き返った連中がぞろぞろ集まっている。全身にうじむしをたからせて、腐臭をそこら中に匂わせている。

俺は実際こいつらが大嫌いだった。普通の妖怪魔物映画は笑いながら見るが、この系統は一切見ない。始まると同時に何か理由をつけて逃げている。

この近くには墓場はないはずなのになぁと俺は思った。大悪党どんな理由でこいつらを集めてきたのかよくわからない。

大悪党の神通力で復活したのは間違いない。 ちっ気持ち悪いやつらだ。俺は舌打ちし、念をこめた竹刀を払ったとたんに死人どもは崩壊していった。

「気に入ったか」大悪党は俺を試すように言った。大悪党の漆黒の瞳を見た。その瞳からは奴がどんな感情を持っているかどうか読み取れない。

「気に入らん。悪趣味な奴だ」俺もそれしか言わなかった。 今までいろいろなやつらをからかってきたが、これ以上言えねえ。今はそんな余裕はまったくない。

お互い今のは挨拶代わりの序盤戦だとわかっている。

これからが本番だ。俺は本腰を入れて竹刀に更に念を入れる。一瞬の気の緩みが致命的なダメージとなることがある。 油断はならない。気を引きしめる。力がもし同格なら奴の弱点をつく心理戦を狙うしかない。

俺は竹刀を振った。同時にやつも竹刀を振る。 竹刀を振るたびにあたりの空気が異常を起こして火花が飛び、磁場を持ち、空間が歪む、次元がおかしくなっているのがわかった。

「もっと神通力を使え、そうすればいろいろなことがわかるぞ」大悪党は声を高々と張り上げ、呪術を使うように促す。

俺は大悪党を倒そうといろいろな呪術を使う。大悪党も負けじと同じ呪術を使う。 更に火花や磁場が乱れ次元の歪みが激しくなる。もうどこかの空間が口を開けそうな感じである。

「それ以上呪をかけてはいけない」どこからか飛び出してきたものがいた。 丸薬を飲ませてぐっすり眠っていたはずの奴隷犬である。俺は驚いた。丸薬に効果がなかったのか。 いやあるはずだ。奴隷犬が昼間陰陽料理術で食べたバジリクスの毒で中和されたのだろうと思った。

「それ以上神通力を使うと次元の扉が開かれてしまう」奴隷犬は俺の竹刀を力強く押さえつけた。 呪術を最大限にこめた竹刀を奴隷犬が持つにはかなりきつかったのだろう。 手からは煙が出て、嫌な匂いがし、手がただれて、血が流れていく。それでも奴隷犬は決して竹刀を離さなかった。

「うるさいっ」大悪党は奴隷犬に呪術を使う。奴隷犬の大脳を破壊しようとしたのがわかった。 だが奴隷犬はバジリクスの毒に守られてか、大脳は破壊されなかった。だが奴隷犬からは別の変化が起こり始めた。 石化現象だ。奴隷犬の手や足の末端から石化が起こり急激に全身に広がっていった。奴隷犬は昼間食べたバジリクスに当たったのだ。

くそっ馬鹿野郎。こんな大事なところでまたぽかをしやがった。 バジリクスを完全に焼けば、すべての呪いをはねかえす薬になるが、もし生焼きの部分を食べたのなら、 バジリクスクの毒が当たって石化現象が起こるのだ。強力な効果をもたらすものほど、 その効果が自分自身に跳ね返ってくると初等部授業を受けたときみんなで聞いたじゃないか。

「ご主人様さようなら、心から愛していました」完全に石化する直前に奴隷犬がそんなことをいいやがった。

奴隷犬の急激な石化で狼狽している俺の隙を大悪党は見逃さなかった。

無防備になっている俺を大悪党が一睨みすると握っていた竹刀がぽろりと落ちる。体中から力が急激に抜けていく。金縛りだ。

しまった、奴の術にひっかかった。心理戦で俺は負けた。俺は後悔したがどうにもならねえ。

殺される。俺は思った。

だが大悪党はそんなことをしなかった。

それどころか俺を貴重品を扱うように、すべての衣装を剥ぎ取り全裸にした。 股間に隠していた金的を剥ぎ取った上に、他の人に知られたくない場所を隠すために特別に作らせた人工皮膚まで剥ぎ取りやがった。

それから大悪党は全身の衣装を脱ぎすてて裸になった。 大悪党は今からすべてのことを教えてあげると優しく言って、俺の唇に接吻をして舌を絡ませたと同時に俺の隠していた場所に指を入れた。 それだけじゃなく指を盛んにこねくりだした。ひどい。 不覚にも俺は大悪党が優しいのかひどいのかわからない状態で必死で抵抗したが、大悪党の方が上だった。 最後は接吻と指に身体が負けて反応してしまった。

その後大悪党は髪の毛をかけあげた。そこには俺の同じハートの刻印がついていた。そいつは未来の俺だとわかった。

それからは言葉にもならないたまらない経験だった。

未来の俺が俺を犯す。これは誰にも理解できない。俺にしかわからないことだ。

未来の俺が自分の女陰に俺の男根を入れる。そして未来の俺の男根が俺の女陰に入れられる。 そのとき俺と俺の中の少女の意識が同時に悲鳴をあげた。つまり未来の俺が俺の童貞と処女を同時に失わせた瞬間だった。

俺は金的のない男根と女陰を同時に持つ両性具有者だった。さらに悪いことに心には男の意識と女の意識が同時に二つ共存していた。

長い間未来の俺と現在の俺の交尾は続けられた。未来の俺の女陰で締め付けられ、俺がイキそうになるととたんに緩められてイケない。 同時に未来の俺は少女の俺を同じように攻撃しているのがわかっていた。もどかしい思いのまま何度も続けられていた。

これはハジリクスの交尾そのものだと思った。はためからは恍惚しているように見えるがそんな生易しいものじゃない。 お互いイクかイクまいかお互いを結合して戦っているのだと理解した。

何時間も交尾は続けられていた。そのころはもう俺の金縛りは解けていた。 未来の俺と現在の俺は全力で交尾だけに集中し、盛んにお互いの腰を振っていた。

そろそろ塾内の見回りの係員のくる時間なのにあたりには誰もこない。 おそらく邪魔が入らないように未来の俺がこの交尾のためだけにあらかじめ以前から強力なシールドを張っていたのだろう。 そのシールドを俺は変な波動と勘違いしたのだろう。

犯される苦痛と喜び、犯す苦痛と喜び、女と男の性への喜びと快楽、わけのわからない

喜怒哀楽の感情すべてが混じっていた。

未来の俺と現在の俺、そして二つの体に、四つの意識が、同時に頂点を迎え、男の俺が大量の体液を放出し、 女の俺の子宮がすべてを受け止めたとき、すべての意識が共有し、目も眩むような凄まじい光の洪水が襲った。 俺はその瞬間次元の扉が開き、森羅万丈この世のほとんどすべてを理解した。

その直後視界はブラックアウトし、俺は眠った。



俺は目覚めた。見慣れない光景。やはり過去に飛ばされたな。

俺はこれまでいくつ重層世界をつくったかわからない。俺が理解した瞬間いくつもの微妙に重なりあった世界を見た。 そして、その端で俺の作った世界が崩れていくのも同時に見えた。

俺の手には竹刀だけはしっかり握っている。俺は確かに落としたはずなのに・・・・・・そうか未来の俺自身の優しさが、 俺が竹刀を失うと困ると思って未来の俺が飛ばされる瞬間に俺に握らせていたのだろうと考えた。

今の俺も甘いが未来の俺も甘いな。

俺が奴隷犬を失った瞬間をついて金縛りをかけたのも俺の傲慢さの裏に隠れた優しさを知っていた未来の俺らしい攻撃だった。

長時間だったが、あの一度きりの交尾で未来の俺と俺はまた俺を孕んでいるのじゃないかと思っている。

そして俺自身は俺を孕み続け、俺自身が戦い交尾しまた四つの意識が同時にイク瞬間だけ次元の扉が開き、 重層世界の上に神がいるのを見ることができる。俺は奴隷犬だけじゃなくすべての人間の人生を狂わす傲慢な神だけは許せねえ。 未来の俺も俺も同意見だ。俺は神を倒すだけのために永遠の地獄のような逃れることのない螺旋の中であえて自己繁殖の道を選んだ。

いつの日か神をぼこぼこにしてやると俺は決めている。

だが一瞬俺は不安になった。神もまた俺と同じ漆黒の瞳を持っていなかったか。 そして髪の間からハート型の刻印を見えなかったか。いや、これは俺の錯覚で思い違いだ。俺は急いで自分の考えを無理やり否定した。

とにかく裸のままではまずい。近くの家から服を盗むのが先決だ。俺は立ち上がり、何がいるかわからない道を一人で歩いて行った。


その二 螺旋の世界

かがり火がたかれている。見ると私は上半身裸で弓矢を打っている。私はどこかの武士になっていた。

矢を放つ。何本かが当たり、何本かが外れる。汗が流れる。汗がかがり火に照らされて光っている。 身体の弱い妻が乾いた手ぬぐいを持ってきている。私は手ぬぐいをとり汗をぬぐう。 それを嬉しそうに見ている姑がいる。私は笑う。妻も笑う。姑も笑っている。傍目から見ればごく普通の武士の家族に見えるだろう。

真夜中、私が一人で書物を読んでいると誰かが障子を開ける音がする。この開け方は妻ではない。姑だった。 寝間に身を包んで私にいきなり接吻をし、舌を入れてくる。 私は姑の胸に手を入れると乱暴に揉んだ。姑が嬉しげなあえぎ声を出す。 いつからこうなってしまったのだろうと疑問に思いながら、姑と身を重ねた。

私は姑に「こんなことはもうやめよう、私は妻を好きなのだ」と言ったことがある。 姑は私の汗をぺろぺろ舐めながら「離れられるの」と笑った。それは妖艶で残酷な笑いだった。 姑は私も知り得ない何からの手段で病弱な妻の命をこの世につなぎとめているらしい。 姑はつなぎとめるには力がいるらしく私自身を触媒にして、妻に薬として毎日飲ませていると言う。 そのために私は嫌々ながら姑と毎夜身を重ねるしか方法がないのだった。

ことが終わった後、私たちがまどろんでいると乱暴に障子が開いた。 寝間に大量の血を吐き、夜叉の顔となった妻だった。血を吐いたことで姑が調合した眠るための薬が効かなかったのだろう。 寝室に私がいないことで不審に思ったのかそれとも以前から私達の関係に勘づいていたのかもしれない。 後者なら妻は今までどんな思いをしていたのだろうか。 昼間は仲のいい夫婦のふりをし、夜間は自分の母親と身を重ねる夫を持つ女。私は妻が好きだっただけに心が痛んだ。

「裏切り者!」妻はそう叫び、やせ衰えた身体のどこにそんな力があったのだろうか、 あらん限りの力を出して、私を槍で突いた。そして驚く自分の母親の命も奪った。 私達を殺した後、私の下半身をずたずたに突き刺したところで、 妻は力の元の怒りが消えぬまま体力を消耗したのか大量の血を吐き絶命した。一つの部屋に三人の血まみれの死骸が転がった。



私がその男に目をとめたのは罪人たちを無間地獄に送りとどける道の途中だった。目を

落ちくぼませ青白い顔の亡者たちのなかでひとりだけ生命力のようなものを発していた。目の前にはすり鉢のようになった地獄の景色が見える。

たいていの者はおびえて隙あればあとずさろうとする。 しかし男は何かわりきったような感じをただよわせ獄卒の私が鉄棒でうながさなくてもしっかりした足取りで歩きつづけていた。

地獄の底からの冷たい風がぼろぼろになった衣服を引き剥がすほどはためかせている。 男の両足は氷と岩にいためつけられて爪は剥がれ皮は割け血まみれだった。 それでも辛さや恐怖を感じていないかのように、 かと言ってひらきなおった極悪人のような自堕落な様でもなく男はたんたんと無間地獄へつづく道をあるきつづけていた。

私はこの男に興味を持ち、突風がやむまでのわずかの休憩のあいだ男の近くに寄っていった。 私は牛頭人身の化け物である。そんな私が近寄っても男は気にとめた風もなく辺りをながめていた。 突然亡者たちが悲鳴をあげた。頭上から大粒の水滴がふってくる。



私は目覚めた。汚いせんべい布団から抜け出すとそこらにある冷や飯をしょぼしょぼ食べる。 暖かい味噌汁食べたいなと感じた。私には家族はいない。いや昔いることはいたがみんな死んでしまった。 胸にきりきりと激しい痛みが走る。もうあれからずいぶんたつのにまだ心の傷が痛むのか。 私は娘の仏前に手を合わして少し泣いた。かかあが流行り病で死んだとき、 幼い娘を大事に育てていこうと自分を励まし商売をつづけていくことができた。 これもみんな娘がいたからこそだ。その娘がこの世からいなくなった今私は生きているのか死んでいるのかわからない状態である。

私は江戸の呉服問屋の主人で娘はお屋敷に奉公させていた。 男手ひとつで育てた愛娘を遠く離れたお屋敷へ奉公に出すというのは行儀見習いという理由だけではない。 そこの家は男子にめぐまれずほかの家から養子をもらったのだけれど奥様は生まれつき病弱でお世継ぎもままならぬ有り様なのだった。 そこでひょっとして娘に若殿様のお手がついて懐妊、男子を産めばそのまま妾の身分におさまれる。 そうなればわが家も安泰、という計算もあったのだ。しかしある日花見の帰りに屋形船が沈んで娘は溺れ死んでしまった。 計算が狂ってしまい生きる張り合いもなくなり、悲嘆にくれていると妙な噂が耳にはいってきた。 どうやら娘は屋敷内である恐ろしい秘密を見聞きしてしまったらしいという。 そのために口封じのために事故に見せかけて殺されたのではないか、というのである。

しかしそのお屋敷は権力者と通じているらしくそんな噂に動きはじめた奉行所の捜査を握りつぶすほどの影響力を持っていた。 私は店を売り払い貯えをすべて使って人を雇い噂のでどころを捜させた。 その結果はっきりした証拠を得たわけではないが、どうやらそれが根も葉もないデタラメとは言い切れないということがわかった。



私は目を開けた。そばに倒れて苦し気に手足を動かしていた男もようやく身を起こすと大きくため息をついて前のように遥か遠くで立ち上る水煙を眺めた。

――「あれは無間地獄の入り口だ」私は説明してやった。

地獄とは忘却の海のなかの巨大な渦なのだ。この渦には樽にタガがはめられているようにいくつも氷の環がはまっていて、 それらは渦とおなじ速度で回転している。輪の数は全部で七つあって、しだいに小さくなっている。 そしていちばん小さい環の内側に無間地獄がある。おまえたちは自然に渦の中心にひきよせられていってそのなかに落ち込むのだ。

そのなかでどんな責め苦を受けるかは獄卒である私にはわからない。 忘却の海の波の音、風の音、氷のきしむ音が地獄全体にすさまじく鳴り響いていた。 氷の輪に蟻のようにとりついている亡者たちはみなそこをひとつひとつ渡って最後に黒い水煙に覆われた地獄の中心、 無間地獄へと向かわなければならないのだった。

死出の山、三途の川、十王の裁きというものはなく。地獄とはこうしたものだった。 しかし私自身はそれらの話を聞いた娑婆のことを覚えているわけではない。 この牛頭の怪物、獄卒の姿は自分ほんらいのものではない。 生前善行もつまないかわりに人を苦しめもしなかった私は罪人よりは苦しみの少ない牛頭人身の姿をあたえられたのだった。 そのかわり前世の記憶はまったく失われている。それはありがたいことなのかも知れないが、それでもときどき不意に思い出させられることがある。

ときどき忘却の海の水が吹き上がり滝のように流れ落ちてくる時がある。 その場にいる亡者すべてが逃げまどいぬれまいとするのだが隠れる場所もない氷の山の上でみな全身に水を浴びて濡れねずみになる。 そしてとたんその場に倒れて身体を震わせながら生前の悪行を夢みる。

私も水をかぶって前世の夢を見る。しかし牛頭の身体に封じ込められている私の魂は目覚めたときにはすべてを忘れてしまう。

亡者たちはふらふらと立ち上がり、闇のなかを歩きつづけ、やがて一行は渡し場についた。 隣り合うふたつの環は絶壁でへだてられていて、そのあいだには忘却の海の水が急流となって流れているが、 ここ一カ所だけは岸が低くなっていて泳ぎ渡ることができるのだった。 そうはいっても流れはほかと同じように強くて全力をつくしても泳ぎ着くことはできないこともある。 氷の環はときどきぶつかりあうのでぐずぐずしていると碾き臼で轢かれるようにすりつぶされてしまう。 亡者であってもすりつぶされる苦しみにはかわりなく、 死ねばまたふりだしに戻ってここまでの辛い旅をくりかえすことになるのでやはりみんな必死で泳ぐのだった。

獄卒である私は一段高い場所にわたされたつり橋を気楽にわたっていく。 亡者たちにはそれは見えず、まるで私が空中を歩いているように見える。 見えないだけでなく亡者には橋に触れることもできない。だから嫌でも激しい流れを泳いで渡るほかないのだった。 飛沫になってふりかかる海水に触れてさえ苦しまなければならないのに、 忘却の海の水にどっぷりつかってしまうのだからその苦しみはこのうえないものだった。 いろいろな忌まわしい思い出や罪の記憶が手足にまとわりついて泳げなくなり黒い水底に沈んでいっては必死に浮かび上がって、 向こう岸にたどりつくまでには息も絶え絶えになっているのだった。

一足先に向こう岸にわたった私はそうして亡者たちの苦悶を眺めていた。 助けてやりたい気持はあってもどうすることもできないのだ。 亡者たちを追立てる鉄棒を差し出してもそれに触れれば火膨れができ、かえって彼らを苦しめることになるからだ。

そうしているととつぜん足下が大きく揺れた。隣り合う氷の環がどこかでぶつかりあったのだった。 ちょうど滑りやすい氷の斜面に立っていたためにふんばれず、私はそのまま忘却の海に落ちていった。

この海は無数の人生の負の側面を吸い込んでいてその水に触れた者はそれらの記憶を自分のもののように体験する。 たちまち数限りない恐れや怒りや絶望の夢のなかにとらわれて私は自分自身を忘れてしまった。



いつのまにか私は水に浮かぶ死骸を恐る恐る十手でつついている。

――「しっかりしろ、へっぴり腰じゃないか」声に驚いて振り向くと上役の同心が立っていた。

――「おまえは土左衛門を見るとまるで意気地がないな」「へえ、どうも苦手なんです、 旦那」「このまえだってそうだ。 あの屋敷の女中の死骸が川に浮いているのを見てへどをはいていたそうじゃないか」 「めんぼくありません」私が言うと、 「じれったいな、どれ手をかしてやろう」と言って同心は十手を帯に刺し、死骸の着物の裾を持ってくれた。

「それ、いちにのさん」力をあわせてようやく岸にあげてみると死骸の顔は無惨につぶされていた。

「ううん、こいつはただの物取りじゃないようだ。見てみろ、背中から一太刀に切られている。 侍の仕業だ。顔をつぶしたのは身元を確かめられないようにするためだ。 最近行方不明になった者と言えば、花見帰りの船を沈めて女中を死なせた船頭だな。 間違いない。口封じだ」難しい顔をして同心は言った。事故にみせかけてはいるが、 あの船が沈んだ裏にはお屋敷のごたごたが絡んでいそうだ。おれたち町方にはいささかやっかいな事件だな。

私は同心の旦那と別れて番屋へ向かう。黄昏れる時刻で路地の暗がりがあの世への入り口のようにあちらこちらにぽっかり開いている。 目の隅になにか白いものが動いたように思えて私はどきりとして足をとめた。なんていうことはない。手水を捨てに表に出た長屋の娘だった。

年ごろの娘の姿を見ると川に身を投げた自分の娘かと錯覚して一瞬どきりとする。 頭をふってため息をつく。いまさら悔いても地獄へ落ちる定めは変えようもない。 欲望に負けて娘の身体に手を出した犬畜生のあさましさがひごとに呪わしく思えてくる。 かかあに死なれて親ひとり子ひとりで大切に育てたのに、自分で立派に咲いたその花を摘み取ってしまった。 このごろ毎夜うらめしげに目を開けた娘の死顔にうなされては跳ね起きるようになった。

たぶんあの女中の溺死体が年ごろも背格好もうり二つだったせいだろう。 十手捕り縄をあずかる自分がそんないまわしい過去を持つことはだれも知りもしない。 こうして一生自分ひとりの胸にとじこめて罪の炎に焼かれ続けるのは仕方ない。 これも自業自得。そうして苦しんだあげく死ねば間違いなく無間地獄へまっすぐ送り込まれるこの身だ……。



気がつくと鉄棒をにぎりしめたまま氷の岸辺に横たわっていた。 見るとかたわらにあの男が立っている。「助けてくれたのか」とたずねると彼はうなづき手をさしだした。 「牛頭人身といえどなんとなく見殺しにはできなかった」と笑う男に礼を言おうとしながらその掌を見て、 私はぎくりとした。刀の柄をとめる目貫が開かれた掌の肉に埋もれているのだった。

遺族が告別の思いをこめて棺にいれたのだろう。この男が生前大切にしていつも身につけていたものだ。 そうした品物は亡者の身体の一部に食い込んで地獄の底までくっついてくるのだ。男のは自分の尾を食らう蛇の形の目貫だった。

私は自分の胸にはめ込まれた根付に目をやった。男の目貫と同じように蛇をかたどっていた。 ふつうの人には嫌われる蟲をあえて身につけるものにもちいるのは、なにやら蛇に因縁があるのだろう。 この根付もまた男にゆかりのある品物に違いない。そしてこれは死んだ私の娘が溺れ死ぬ最後の瞬間に握り締めていたものだった。

忘却の海に落ちたことで呪縛が解けた。私は生前の自分を思い起こしていた。 まちがいない。この男こそあのお屋敷の領主――私の娘を手にかけた者たちのひとりなのだ。

不意にこれまでにない怒りと殺意がわきあがった。今まで持っていた親しみも消え、残っているのは怒りだけだった。 私は後先も考えず手にした鉄棒をふりあげると渾身の力を込めて男にうちかかった。 一度死んだものを殺したとて、もうどうすることもないとわかっていても、 理性と感情は違う。娘を殺した男に傷の一つでもつけないと気がすまなかった。

牛頭人身の怪力をもって振り下ろされた鉄棒は男の頭をこなごなに打ち砕いた。 男の身体がぴくぴくと痙攣するとそのまま真っ黒い海へ転落していった。

同時に鉄棒が真っ赤に灼熱した。地獄で罪人を殺めることは最大の罪であった。 私は「ぎゃあ」と叫んで鉄棒をとりおとした。私はすでに獄卒としての資格を失ってしまったようだ。 全身に激しい苦痛がまきおこった。身体がみしみしときしみながら変形していく。あまりの痛みに、私はその場に倒れてもだえ苦しんだ。


いったいどのぐらい時間がたっただろう。気がつくと私は同じ場所に倒れていた。 頭をおさえると角が消えている。顔はふたたび人間のものにもどっていた。 手で顔をこするとなにかが手の平にある。見るとあの目貫だった。私の身体はすでに別の者のそれ……私が殺した男のものに変っていた。



こうして私はあの男の罪と自分自身の罪とをともに背負って無間地獄への旅をはじめたのだった。 忘却の海の水を浴びるたびに幾度も幾度も前世の夢のなかでさまざまな形で蘇り死んでいき、 殺したり殺されたり何回も何回も数え切れないぐらい経験した。 それは怒りと憎しみと哀しみに彩られた果てしない輪廻であった。 殺された娘のために――好きな女はできたが、本当に愛していたのは私の娘だけだった。 私は娘を愛していたのだ――私の運命を変えたあの男にはどうして何の落ち度もない娘を殺すようなことをしたのか聞きたかった。 あの男に憎しみはないと言えば嘘になるが、娘を殺したわけを聞くために、 ふたたびめぐりあいたいがために私は自分から忘却の海の水をあびて無数の人々の記憶と同化してそれをさぐった。 時にはその夢のなかで船に細工をして町娘を殺したこともあった。 縁のある御屋敷の奥方に頼まれてそれをやったのだが、 半ば恐れていたとおり私は口封じのために待ち伏せされて切殺され顔をつぶされてどぶ河にほうりこまれて死んだのだった。

そんな悪夢のような繰り返しのはてにとうとう最下位の地獄、無間地獄に私は到着していた。 ひりひりと肌を刺す水煙でなにも見えず、氷の岸に立った私には真っ黒い渦がごうごうと音をたてて渦巻いている音だけが聞こえた。 その中にとびこめば底知れない渦の中心の穴に引き込まれていく。 私は後を振り向いたが霧のなかからぞくぞくと虚ろな目をした亡者たちがわらわらとわきだしてきていてもう戻ることはできなかった。

私は亡者たちに押し出されるようにして氷の崖から泡立つ渦のなかに飛び降りた……。


そうだった。私ははるか昔にそうして地獄を旅し、無数の前世を体験し、そして無間地獄に落ちたのだった。 底知れぬ闇のなかを落下しながら私はふいに気づいた。これは目覚めなのだろうか? それとも新しい夢のはじまりなのだろうか? 

無間地獄。それは無限なる夢幻の地獄だった。 はたしていつからここにいたのだろう? すでに私は自分がいつどこにいてだれであったのかもわからなくなっていた。 これが死後の世界なのかあるいは臨終のまぎわの悪夢なのか。あらゆるものが環型の宇宙をくりかえし循環しているのが感じられた。 私は娘の死を悲しむ父親であり、母親といまわしい関係をもつ領主であり、いやいやながら船に細工する渡守であり、 やとわれて町人を切る殺し屋であり、夫に裏切られた妻であり、 息子に欲情する母親であり……すべての罪とすべての苦痛が自分自身から発していた。 しかしそれなら、だれがその外側で私を罰しているのだろう? 

あるいは私を罰しているのは私自身の怒りと執念なのかも知れない。そう思いながらふたたび私は循環する夢のなかに飲み込まれていった。



かがり火がたかれている。私は上半身裸で弓矢を打っている。矢を放つ。 何本かが当たり、何本かが外れる。汗が流れる。汗がかがり火に照らされて光っている。 私は妻が手渡す手ぬぐいをとり汗をぬぐいながら彼女に笑いかける。しかし彼女は笑わずに私をうかがうように見上げている。



その三 扉

私は気が付くと地平線まで巨大な団地の前に立っていた。 近くに花でも咲いているのだろうか、耳触りな蜜蜂の羽音が聞こえてくる。その音を聞いていると何かを思い出しそうでいらいらしてくる。

巨大な団地にはどれも白い同じ形の特徴のまったくない扉が無数に並んでいる。

私はどうも記憶をなくしているらしい。自分の家がどれがまったくわからない。家の扉を開くと優しい妻と息子が私を迎えてくれるはずだ。

私はどうもその扉を一つ選択しないといけないらしい。 扉を開く機会は今回は一度きそれが正解の扉であればいいが、無事見つけられたら家に帰れるはずだと思った。

どの扉を選べばいいのか困惑している私がいる。

まだ耳触りな蜜蜂の羽音が私の集中を邪魔している。その羽音を聞くとますますいらいらしてくる。

一つの扉から一人の少年が出てきた。どこかであったような顔だか記憶にはまったく残っていない。 その少年は私に何か言っているようだが、何も聞こえない。

私は少年が出てきた扉を開けることを決めた。

私は扉のドアをまわすとあっさりと開いた。施錠はまったくされていなかったらしい。

中に入ると髪の長い美しい女がいた。しかも全裸だった。

私は男としての本能的な欲望がむらむらとわき上がり、女を無造作に押し倒し床に叩きつけた。

私は服を全部脱ぎ捨てて私自身を出した。

女は抵抗するようすもなく、むしろ私を誘うように自分から両足を開いた。

私を誘うようにこうやってあの少年も誘ったのだろうか。

私でも抑えきれない激情で一気に私自身を女の中に入れた。

とたんに私自身が感じたことのない快感が全身を襲った。

なんだこの女普通じゃあない。私の中でどこかで警報がなっているのを感じていた。

私自身を締め付ける力は物凄いし、決して放そうとしない。

私と女は一体になり盛んに腰を振り合い、女の中で私自身にまといつくようなものまでいる。

噂には聞いたことがあるがミミズ千匹とかいうのがこれのことだっただろうと思った。

私は全身に鳥肌を立たせながら心よさを感じて女の中に体液を放出した。

私自身を女の中に深く入れると、腰を更に強く振り、また体液を放出した。

私自身の要求を答えるかのように女も強く締め付け更に腰を強く振った。

何故何回も体液を放出できるのか私にもわからない。何かがおかしいと思っているが今の私にはわからない。

それでも私は何度も何度もやり続け体液を何度も何度も入れ続けた。

私がすべての体液を女の中に出し切ったと感じたとたん、おぞましい異様な感覚が私自身の先端に起こった。

それは容赦なく私自身の奥に入っていく。

連続して何度も何度も同じ物が入っていくのを感じた。

女の中から一気に私自身を引き抜いた。

私自身とぬえぬえと光る女の愛液を覆いつくすように大量の白い小さな動くものを見た

私には見覚えがあるものだ。うじむしだ。しかもそのうじむしたちが競争するかのように私自身の中に入ろうとしていた。

私自身を入れた女の中からもうじむしが大量に出ているのを見た。

助かりたい。

私は急いで私自身についたうじむしをむしりとりながらも次から次にうじむしは入って行き、さらに奥に侵入していくのを感じていた。

そんな私を見て、女はぽたぽた床にうじむしを大量に落としているにもかかわらず微笑を浮かべた。

そのとき私は悟った。この女は死だ。それもただの死じゃない。死の女神だ。

死の女神に私の残り少なくなった生をぜんぶ渡してしまった。

女神の微笑みは私自身に満足したことを意味する。そして女神から最大の贈り物、うじむしの形に変えた死をいくつも受け取ってしまった。

もう助からない。絶望と同時にすべてを諦めると思慮深く考えるようになった。

私は思い出した。私の息子とドライブ中、私はスピードを上げすぎて運転を誤りガードレールにぶつかった。そのとき二人とも死にかけていた。

そこで神々は私のためにまた邪悪なゲームを考えたのだった。 私は更に感覚は鋭くな外で耳触りな蜜蜂の羽がいっせいに大きくなるのが聞こえた。 神々がまたゲームに負けた私に喝采の拍手をおくっているのがわかった。

少年は私の息子だった。息子が言った言葉が今になってわかった。「おとうさん気をつけて」だった。

親子二人とも最悪の扉、死の女神がいる扉を選んでしまった。

親思いの息子だから、どこかで私を待っていると思う。これから親子二人で一緒に黄泉への道を歩くことになるだろう。

そしてまた私は死の女神から気に入られ、死をいくつも受け取った結果、最初は牛頭人身の獄卒になり、やがて無間地獄の輪廻の道をたどるだろう。

今回は人間としてもう少し生きたかった。氷の寝台に横たわったまま私は深い哀しみの涙を流した。