第三章 銀河団のトラブルバスター編

第十一話 大マゼラン雲へ(注、ここでは、ヤ○トもガ○ラ○も出ません)

 稲葉小僧

小マゼラン雲を後にして、俺達フロンティアクルーは一路、大マゼラン雲へと向かっている。この旅路、今までの跳躍よりも慎重にならざるを得ない。

なぜなら、いわゆる「マゼラニックストリーム」と言われる星間物質の濃い空間を跳ぶから。

あまりに跳躍航法で超長距離を跳ぶと計算上よりも到着地点がズレる可能性が高くなるため、 たまに実空間(アインシュタイン空間とも言うね)に出るが、その時に見るマゼラニックストリーム内の景観は見応えがある。

近くの空間には何も無いように見えるが少し離れた空間の異様さは特筆すべきものだ。 こりゃ、銀河間を跳ぶ宇宙船だけに許された景観だね。でもって、景観を見るのに飽きた俺達クルーが、何やってるのかというと、何もやってない。


実空間に、たまに出るとフロンティアは搭載艇を繰り出して、いつものごとく星間物質やデブリなどをかき集め、通常業務の船体拡張だ。

プロフェッサーは、このところ宇宙地図に興味が移ったらしく、小マゼラン雲で貰ったスターマップのデータ整理に余念がない。

地球で作られていた大小マゼラン雲のマップについては大まかに過ぎて使い物にならないのだそうで、最新マップにデータ書き換え作業中。


でもって、後の俺達3名のロボットじゃない生命体3人組は、 というと……地球の映像・音声文化(ぶっちゃけ、特撮やアニメ作品の事)の視聴と解説に、かかりきりになってる状態。

俺が太陽系ひとりぼっちの宇宙ヨットで旅してる時に持ってたビブリオファイル (特選映像満載の特撮やアニメ(20世紀から21世紀にかけて作成された2D版だけど)の作品データ満載チップ) データに俺以外の女性(不定形生命体なんだが、まあ通常は女性形態とってるから女性とみなそう。 精神生命体の有機端末に関しては、こいつは最初から女性形で作られてたから問題はないが)陣が食いついてしまった。


「まったく、どこに興味を惹かれたのやら」


俺がつぶやくと、


「ご主人様、これは立派な教育資料ですわよ。 それも、ここまでロールプレイを様々なシチュエーションで描いた作品は珍しいです。地球人の文化レベルは、ここまで進んでいるのですね」


「おいおい、エッタ。これは、あくまで娯楽作品。 適正年齢が15歳以上だった頃の大昔の作品だぞ。こんなもので文化レベルがどーのこーの言われてもだな」


「いいえ、キャプテン。私も、この美麗なる映像とストーリーには高い文化の香りを感じます。 キャプテンは灯台下暗しで、この作品の良さが理解できないんだと思います」


「いや、あのな、ライム。そいつは魔法少女物のアニメでも、 かなり先鋭的な作品だぞ? こいつを理解するなら魔法少女アニメよりも美少女ゲームや エロゲ……ゲフンゲフン! 特殊なゲームを経験しなきゃ歴史的な経緯が分からんぞ」


などと、ワイワイキャーキャー言ってアニメや特撮の作品データを次々と閲覧していた。


「そんな静止画を錯覚故に動画として見るような物が大昔には溢れていたのですか、地球や太陽系には」


「いや、フロンティア。これが作られた年代は今から数100年前の話で、 その頃は太陽系に人類が広がるなんて夢のまた夢だったんだよ。第3惑星、地球の小さな島国、日本という局所地域で作成された物語なのさ」


「へー、マスターの星って急激に発展したんですね。 あまりに急激に発展しすぎた星間文明は急激に滅ぶのが常識だったのですが、その点でも地球や太陽系文明は特殊だったのかも知れませんね」


「ああ、そうかもな。地球という一つの星から太陽系に広がるのは月から火星に至るまでは長かったが、 それからが早かったと言われているよ。まあ、そうしないと地球上の地域国家の支配権争いが、 もう少しで互いの絶滅になりそうな雰囲気もあって。でも、それが圧力となって宇宙開拓が進んだとも言えるが」


「ふーむ。地球って危ない時期があったんですね、そう考えると」


「そうだな。まかり間違えてたら、お前と会うどころか俺が宇宙ヨットなんかで旅することもなく、地球は死の星となっていたかも」


俺は、その可能性のほうが高かったと言うネットニュースを昔、見たことがあって、 ここまで同族嫌悪の傾向が強かった地球人類が、なぜに宇宙進出しただけで、 ここまで地球統一出来るくらいに結束できたのか、その時には全く理解できなかった。 今なら理解できるが。多分、ご先祖の遺伝子に刻まれていた根本命令が発動したんだろう。


「狭い地球にかじりついて、お互いに殺しあってどうする?! 宇宙は、もっと厳しいぞ! その殺しあうエネルギーを宇宙開拓に向けろ!」


とね。ご先祖(先史文明)には、いくら感謝しても、しきれんよ、こりゃ。


大マゼラン雲、無事到着。さっそく、搭載艇を放出して情報収集に当たるフロンティアチーム。

小マゼラン雲と違い、ここには大きな戦争は無いとの印象を受ける。 数日後、情報収集と大マゼラン雲内の主要言語の辞書情報も終了し、俺達は、これからの指針を決めるために久々の会議を行う。まず、議長の俺から。


「さて、皆。大マゼラン雲での活動の前提条件は整った。 ここで、これからの行動予定を決めるため、皆の意見を聞きたいのと、どういう形で星雲内の生命体と関わるかを討議したい」


「大前提として提案します。マスターの性格上、トラブルに関わらずには居られないでしょうから、 マスターの生命が100%保証される状況でなければトラブルには関わらないほうが良いと主張します。 できれば、お隣の小マゼラン雲でのトラブル介入のように宇宙船から一歩も出ない形で関わるのが理想的ですね」


フロンティア(頭脳体)が提案してくる。これはもう習慣というか定形パターンというか。頼りにしてます、フロンティア。

次いで、プロフェッサーが。スターマップから顔を上げると(このところスターマップに入れこんでるな。人間だったら「休めよ」と忠告するほど)


「我が主は例え自分の生命が危険にさらされようとも他人の危険や災難、 トラブルに介入せずにはいられないという厄介な性格してますからね。 いっそ大出力のテレパシー使って神の立場で介入してみるってのも面白いのではないでしょうか?」


こいつ、俺の性格を無意識構造まで精査しやがった過去があるからな。否定できんのがツライがトラブル介入は止めないからな。


次、メイド姿のエッタ。この頃は武装の扱いに精通してきたようでフロンティアの提供する個人武装の取り扱いにかけては抜きん出てやがる。

狙撃能力にかけてはロボット2人より上って、どういうことだ? 


「ご主人様が自由意志により決定されることなら私達は全力でアシストするだけですわよ。 もちろん、ご主人様の身の安全もガッチリとガードする準備は整っております。 メイン武器が未だに使えない宇宙船よりも小回りがきく搭載艇で敵集団を殲滅する快感は、シミュレータで味わって以来、やみつきですの」


フロンティア(頭脳体)が顔をしかめる。落ち着け、フロンティア。未だに能力全開と行かないのは自分でも分かってるだろうが。

フロンティアは、ずいぶんと船体が大きくなって、今じゃ直径50km超えとなりましたぁ! パチパチパチ……まあ 、この時点で、ほとんどの宇宙船、宇宙戦闘艦と比べても最大級なんだが、あと百倍のサイズにならないと主砲が乗せられない。

乗せても照準がつけられないという贅沢極まりない悩みを抱えているのが今のフロンティアだ。

俺は正直、今の状態でも無敵だと思っているのだがフロンティアには不満らしい。 こりゃ、絶対に何かあるよな(人間ならトラウマになっていそうな過去が、さ)

まあ、無理に聞こうとは思わないので放っておいているが。フロンティアが設計性能を100%発揮出来る状態になることは俺にとっても利益だから。


おずおずと発言しだしたのは不定形生命体のライム。現在では不定の基本形に戻ることは少なく、できるだけ女性形態になっていることが多い。


「あの~この大マゼラン雲でキャプテンが望まれている事は何でしょうか? それが分からないと私は発言が出来ません」


「うん、そうかもね。じゃあ、俺の希望を言うよ。俺が、この大マゼラン雲でやりたいと思っていることは……悪しき宗教の撲滅だ」


「悪しき宗教の撲滅、ですか? すいませんが、キャプテン。特定の宗教が悪いと決定している理由は?」


おっ?! ライムは言葉尻を捉えて判断するのが上手いな。そう、俺は全ての宗教が悪だと決めつけているわけじゃない。

この数日間、搭載艇群による情報収集で判明したことから、この星雲内の特定の宗教が悪しきものだと判断した。


「搭載艇からの報告で特定方面の星域から聞くに耐えない情報が入ってきた。 こともあろうに、この大マゼラン雲内で人身御供や奴隷売買、魔女狩りや拷問、火刑や磔などという、 とても知的生命体とは思えない所業の数々が行われているという報告だ」


この指摘にライムも顔色を変える。こいつらの種族も迫害されてきた過去があるから。


「キャプテン、特定方面の星域から、と言われましたが、その他の星域では、どうなっているのでしょうか?」


俺が答える前にフロンティアが、


「それならマスターに代わって私が答えましょう。問題の悪しき宗教のはびこっている星域の周辺では、 ぽつぽつと影響が出始めているようです。しかし、そこから離れた星域には、まだ悪影響は及んではいないようですね」


「ふむ。我が主が取り組むには最適とも言える大きな問題ですな。私も、このトラブル介入には賛成しますよ」


「宗教は根が深いですからね。ご主人様が船外に出て活動されるなら護衛は任せて下さいませ」


ふふふ、頼もしいクルー達だ。俺達は、ゆっくりと時間をかけて問題の星域に近づいていった……


大マゼラン雲内の、とある寂れた一地方星系の、さらに片田舎……ここにも悪しき宗教の弊害が広まっていた。

ここは寂れていはいるが立派な町の広場。その中の一団高くなっている場所に首に縄を掛けられた女性と、やたら派手な衣装を着た男性がいる。


「ここに立つ女は罪あるものである! こともあろうに教会への寄進を断りおった! そればかりか 娘を教会へ行儀見習いとして送り出すこともせずに家の中に隠しておった! この女、 罪深きものにして教会に反逆の意思ありと見た。よって、たった今から市民の身分を剥奪し奴隷となることを、我、教会の神父として命令するものなり!」


とんでもない事を言い出すバカは、どんな奴だろうと顔を見ると。 おや? 隣の小マゼラン雲の支配的生命体「水素呼吸生命体」ではなく、 明らかに酸素呼吸生命体、それどころか銀河系の過半数を占めるタンパク質生命体そのものではないか。 どうやら、大マゼラン雲の中で水素呼吸生命体と酸素呼吸生命体との支配権争いがあり、勝った種族が酸素呼吸生命体だったようだ。

負けて追われた水素呼吸生命体は、仕方なしに隣の小マゼラン雲へ種族ごと移り住んだと。マゼラン雲の戦いの歴史が見えたところで、俺は目の前の不条理に介入する。


〈その女の処罰、我は認めぬ!〉


強大なテレパシーを、広範囲に放つ。俺が発信元だとバレないように、だ。 理不尽極まりない刑罰を無実の者に負わせようとした自称神父は、突然に頭の中に響いたテレパシーに驚愕する。

とりあえず事前調査では、この大マゼラン雲の生命体にも大したエスパーはいないことが判明している。

せいぜいが、極度に集中して、ようやく相手の表層意識を読める者、紙コップ程度の物を数センチ移動させることが可能な者……それくらいが関の山。

さーて、この強大なテレパシーに、どう反応するのやら……


「な、何? 何だ、この頭の中に響く声は?! お前たちの中に悪ふざけしている者がいるのか?!」


おーおー、エセ神父が逆上してやがる。ま、無理もないがね。悪しき宗教の巣窟「教会」という、 宗派も無けりゃ祀る神や仏すら無い邪教の集団が星系の支配権を一手に握って好き勝手やってるんだから。 それに異を唱える奴なんか、いると思えないんだろうね。でもね……ここに、いるんだよ。さて、もう一つ、ぶちかますか。


〈我は真実の神なり。邪教の信者よ、神の罰、汝が受けよ!〉


と、テレパシーで宣言すると俺はサイコキネシスを発動する。現在、俺のサイコキネシスも発達してきて数tくらいの重量ならば軽く空中に飛ばせる。

という事で、そこいらへんの岩を、不安がって、それでも民衆の前でいきがってる自称神父の目の前に落としてやる。 誤差は数mm、うん、俺の超能力も、ずいぶんとレベルが上がった。

目の前に重量300kgはありそうな岩が空中から落ちてきた。あと数10cmずれていれば確実に死んでいたという事を自分で納得して自称神父は気絶する。

それを確認し、俺は群衆の前に出て行く。罰を受けていた女性を助け起こし、縄に触れながらサイコキネシスで縄をバラバラにする。

ちなみに俺はフード付きのマントを被っている。少しは顔が見えるが、大っぴらに公開したくないのだ。

群衆が息を呑む。さっきの自称神父に下った神罰と俺の使った力とが、ほぼ同じだと認識したのだ。

俺は女性に語りかける(ここで翻訳機は使わない。ここの主要言語は、ほぼ一種類だったので睡眠教育機器で短時間詰め込みやって言語を覚えた)


「貴女は、もう自由です。何処へ行くも何をしようと自由です。宗教、神は貴女を縛るものではありません。 この男は悪の宗教に陥った者。そんな宗教は神が許しませんから」


女性は何が起こったのか、まだ理解に苦しんでいるらしい。


「あのー、あなたさまは、どういう御方でしょうか?」


いい質問だね。せっかくだから答えてあげよう。


「神の声を伝えるもの、です。私自身は貴女と同じく生きているものですが、 私は神の声を聞くことが出来ます。神は貴女を助けよと私に告げられたので、私は、ここに来たのです。間に合ってよかったですね」


ようやく自分が助かったのだと理解すると女性は泣きだした。 無理もない、教会の権力に逆らえなかったんだよ。ここで俺が待ち望んでた奴らが、おっとり刀でやって来る。 自称神父の同類、教会の下部組織の面々だ(つまりは、暴力で支配するほうね)集団(20名位はいるな)で俺達を取り囲み (高い位置にいる俺達が逃げないように四方を囲んでる状態)誰何してくる。


「おめえさん、何者だい? 神父様を脅かすのはいいが、俺達は騙されねぇぞ。 何かトリックでも使ったんだろうが?! しかし、この人数じゃ、そんなものは通用しねぇぞ!」


あー、ワンパターンだなー、こういう奴らって。とは言っても、殺すほどのことじゃないし。 じゃあ、完全ステルス状態で待機してる搭載艇群に頼むかな。では、その前に……


〈神の使徒に手を触れるな! 汝ら罪深きものに、天罰が下るであろう〉


テレパシーで事前通告だ。


「だ、誰だ?! 頭の中に響いてきやがる。おめーがやってるのか? いますぐ、こんな意味の無いことはやめろ!」


凄む暴力要員達。でもね、俺がやってるけれど喋ってないんだよ。テレパシーは直接、思考を頭に叩きこむんだ。俺は最終通告を述べる。


「あなた達は自分が何をしているのか本当に理解していますか? 罪なき人を罪に陥れ、 更に教会の名の下に暴力をふるい、わがまま、欲しいままに振る舞う。 そんなことをして神の目から逃れられるとでも? いや、今から、あなた達は報いを得るのです」


強めに設定変更しておいたパラライザーが、ステルス状態で見えぬ搭載艇群から無数に発射される。 弱めに設定しておけば当たった瞬間に崩れ落ちるだけだが、強めに設定しておくと当たった瞬間、猛烈な痛みが襲う。

ギャーっ! という、ユニゾンにも似た悲鳴の合唱を聞きながら、俺は最初の計画が成功しているとフロンティアから報告を受ける。

寂れた街にある「教会」の末端構成員(信者は除く)に至るまで全てパラライザーで無力化したとのこと。

教会の地下には、あくどい事業や布教で溜め込んだ活動資金や上納金が、たっぷりと貯めこまれていた。 これら全てを教会とは無関係とフロンティアが調査・判断した町長や警察機構(警察官の中にも教会とグズグズの仲になっていた奴もいたようで、 そういう奴はパラライザーで無力化が完了している)へ知らせる。

もちろん俺達が手を出したのは、か弱き女性が無実でありながら奴隷に落とされるという事件から救ったことだけ。

後のこと? 関係ありません、だいたい、私の身体は1つです!と、ほぼ同時に起こった教会への反逆と強襲事件は俺達とは無関係とされた。

証拠なんか、あるわけないしね。さて、これを発端として俺達は、悪の宗教組織「教会」の抹殺・壊滅へと乗り出した。


PS、

救いだした女性? あのあと、どうなったかって? 普通の市民で宗教になんか興味なかった女性だったんだが、 この事件で神への愛に目覚めたらしい。街にある接収された教会の建物を借り受けると「真実の神への愛を実践する」という宗教を立ち上げてしまった。

旧来の「教会」とは違い、神への愛を実践するのが目標のため、強制的な寄進も無し、 寄付の強要も無し、やることは「他人が嫌がる公共トイレの清掃、下水のドブさらい、草むしり、道路の掃除、 看板や目印の修復作業」などを主にしていた。だんだんと、前の「教会」とは全く違う宗教だと市民が認識を変えて、 これが他の地方へと広がっていく事になろうとは、俺も予想していなかった。

数10年後には、この女性、名を変えた「神への愛、実践教団」の総理事長となり、子供や老人、 または貧しい人々への無償奉仕を星域を越えて実践する巨大組織となったそうな……


上記の街よりも少し都会化されたような街。そこに一人の男がやって来た。男の風体は、何の変哲もない市民と思える。

しかし、その背丈は2m近くにもなり、その纏う雰囲気は、その消えない笑顔とは裏腹に、人とは思えないものを感じさせた。

男は、街にある「教会」を一直線に目指して歩いていた。強い風が吹くとも、 男の歩調は決して乱れず、ある種の格闘技でもやっているかのような着実な一歩々々、しかし、その歩行速度は速く、 目の錯覚かと思わせるようなスピードでもあった。教会の前にたどり着く男。そして、決して大きくはないが異様に通る声で語りかける。


「通行中の皆さん、この「教会」には悪人しかおりません。どうか、教会の悪事を暴くために私に被害程度を教えて下さい」


ぎょっ?! とする通行人達。

「教会」が悪の巣窟であることは薄々理解しているが、この男のように、悪事を教えてくれ、などと、 教会の出入口の前でおおっぴらに聞く人物など、今までにいなかったから。

男の、得体の知れない行動に警戒した通行人達は、蜘蛛の子を散らすように通りからいなくなる。

代わって、何事かい? と教会・その隣の教会関係団体の事務所からも、ぞろぞろと、 見るからに阿呆面して暴力しかコミュニケーションは知りませんという奴らが出てくる。


「おっ?! そこのお兄さん、いい度胸と根性してるね、ああ? 教会の目の前で、なんつー事を言い始めるんだよ?!」


と言いつつ、バックハンドで裏拳を男の顔面に叩きつける! バキッ! と見事な音がして……

飛び上がって痛がっているのは、裏拳を叩きつけた暴力の専門家らしき男のほうだった。


「いでーよー、兄貴ーい、いでーよー。折れたかも知れねー……」


あまりの痛みに気絶することすら出来ず、鼻水と涙と、漏らしてしまったか小便まで垂れ流しながら悶絶寸前まで行っているチンピラ。 兄貴分とおぼしき男、ようやく登場。


「お兄さん、殴ったほうが骨が折れるなんて器用な事、普通の人間なら無理ですな。さぞかし名のある格闘家、 あるいは裏の仕事のプロですか? ここは、ワシラの顔を立てて、引き下がってくれません?」


と言いつつ、袖の下らしき通貨(紙幣だ)の束を渡してくる。それに対し、たった一人で対応している男は、 この暴力集団に向かって未だに一言も発していない。

さっき語りかけていたのは群衆であり、この男には街のダニやネズミに対して語る言葉は持たないようだ。と、思いきや……


「お前たち悪の巣窟にいる人間に対し最後の一言だけ忠告と宣言を今から行う。 即刻! 今すぐに「教会」とは縁を切れ! 暴力や薄汚い小細工に頼らず額に汗して働け! 真っ当に太陽の下を歩ける 人間になれ! そうしなければ今すぐにでも真なる神の罰が下るぞ」


と、長い台詞を叫んだかと思うと、片手を上げる。そして、


「神の名を汚した愚か者共よ! 神の罰を受けるが良い!」


と男が朗々たる声で叫ぶと、その瞬間、暴力沙汰に慣れているであろう男たちの目前に、得体の知れぬ映像が浮かぶ。

なんだろう? と思った直後、体中に激しい痛みが走り、片手を上げた男以外、その場に立っているものはいなくなる。

遠巻きに、この騒ぎを隠れて見ていた群衆は、反応が2つに分かれる。

大喝采、よくやった! と喜ぶ人々と、何が起こったのか分からずに理解不能に陥っている人々。

ともかく、男は暴力のたぐいを一切、振るっていない。ただ、片手を上げて宣言しただけ。

奇跡? それともマジック? ただ一つ分かるのは、これで、この街から「教会」の影響が金輪際綺麗さっぱり消えたという事だけ。

ちなみに、おっとり刀で駆けつけてきた街の警察機構も群衆の証言で、男は倒れている者達に一切の手出しをしていないことは確認している。

それどころか警察機構の中にも同時刻に悲鳴を上げて倒れてしまった者達がいた事で「教会」と警察機構の一部の癒着が証明されてしまった。

男には罪は無かったが、得体の知れない事件の重要参考人として事情を聞かれることとなった。

以下、その事情聴取のやりとりの一部である。

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「名前は?」


「プロフェッサーと呼んで欲しい。正式な名前は発音不可能だろう」


「じゃあ、とりあえずプロフェッサーさん。教会へは何をしに?」


「聞くまでもないでしょう、悪の巣窟へ、神の罰が下るぞと最終通告に行っただけです」


「神の罰が下る? あんた、ああなることを予想してたってのかい?」


「私がやったことではない。しかし、ああなることは分かっていた」


「その、神様かい? 神様が罰を下したって?」


「言うまでもない、真実」


「話が分からないんだが。あんたがやらせたことじゃないんだね? マジックか何かでタネを仕込んで、あんな大量虐殺を」


「ん? 殺してはいない。数日間、麻痺状態にあって身体を動かすことが出来ないだけで、 その後は自由に動けるようになる。神は人と違い、殺すことを喜ばれない」


「ああ?! 麻痺してるだけだって?! おい、上長に知らせてこい! 死人は出てないそうだ」


「後、何か質問は?」


「ああ、殺人でなきゃ、あんたを長時間引き止められないからな。あと1つだけ、これからどうなるんだ?」


「ああ、それは簡単に答えられる。このマゼ……この宇宙から「教会」の勢力を全て殲滅するのが神の計画であり、もう決定した予定だ」


「この宇宙から! でっかい計画だね、さっすが神様。あんたの出番もあるのかい?」


「神のご意思次第ですな、それは。しかし、死人が出ないことは保証しますよ、警官殿」


と言って、男はドアを開けて出て行った。ここまでが公式記録として残っている。

しかし、公式記録では記されていない事が1つだけあった。部屋を出た男の姿は目撃されているが、警察機構を出た姿は、誰も見ていない。

裏口も正面口も、見張りの者がいたにも関わらず、誰も出て行く男の姿を見ていない。あれだけの背丈の大男、見間違えるはずもない……

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「プロフェッサー、ご苦労さん。手が足りないんで応援してもらったが、なかなかの役者だね」


俺は、フロンティアに戻ってきたプロフェッサーをねぎらう。


「もう、これで勘弁して下さい、我が主。やはり私はスターマップの更正作業のほうが性に合ってますって。次は頼まれても、やりませんからね」


「すまんすまん、しかし助かったよ、プロフェッサー。エッタもライムも別任務で同じような事をしてもらってたからね。 今回だけは物理的な手が足りなかっただけだ」


「で? 我が主の計画としては順調に進んでいるのですか?」


「ああ、辺境星系の「教会」拠点は、ほとんど制圧できたと思う。次からは包囲の網を絞っていく段階だな」


「疑問があるのですが、我が主」


「おや、何だい? プロフェッサー」


「こんな、ちまちまして時間と労力ばかりかかる計画じゃなくて中枢部を急襲してやればよかったのでは?」


「ああ、それも考えた。でもな、それをやって、もし万が一、幹部や中枢部の者が逃走した場合、 シラミつぶしで探しまくることになるだろ。それが嫌だから辺境から、 ゆっくりと網を絞っていって奴らが気付いた時には逃げられる隙間すら無いように着実にと」


「そうでしたか。確かに逃げ場すら無いように追い込むなら、ソッチのほうが確実かと。 しかし、我が主を敵に回すと、これほど理詰めで追い込まれることになるんですね。恐ろしい……」


「俺もね、出来れば、こんなハメ手は使いたくないよ。しかし、今度ばかりは俺も鬼になる。悪しき宗教は宇宙にはびこるガン細胞だからな」


ちなみにプロフェッサーは警察機構から普通に帰ってきた。屋上に行って、 そこに降りてきた搭載艇に乗って帰ってきたが、完全ステルスの搭載艇だったがために、 あたかもプロフェッサーが警察機構の建物内部から消えたように見えただけ。


辺境(っつーか「教会」の勢力圏においての辺境ね)宙域のクリーンアップは終了したので次は中央部の星域を残して、周辺部のお掃除お掃除……

俺の目の前に、やたらめったらな巨大さで周辺の住環境を台無しにしている建物がある。言わずと知れた「教会」だ。

ただし辺境星域と違い、周辺部宙域では、さすがに人口と貿易額が段違いなのか、明らかに成金趣味丸出しという品のなさ爆発の建物となっている。

辺境部とは違って、こんな建物を建てるくらいだから政治や経済と結びついてる強さが段違いだよね、こりゃぁ……

こういう場合は政界や経済界に潜り込んでるライムやエッタに、先行工作をしてもらってるんだ、これが。

政界では警察組織と合同で賄賂や恐喝、強請り、ショバ代など不法な事を全て裏から暴き出し (エッタとライムのコンビに不可能はない。ライムには相手の表層意識を読みとる技術があり、 エッタは……隠れた得意技が見つかった。不滅の精神体から生まれた生体端末らしく、 ものすごい推理力があったのだ。うっかり一言漏らせば、その一言から二重帳簿の隠し場所を推理し、 黙っていれば誘導尋問で表層意識に隠し場所を思い出させ……尋問ではなく普通に1時間も会話していれば 相手の裏の裏まで読みつくす! なんてチートな奴だろう。ちょっとエッタとの付き合い方、 考えなおそうかな?) あちらこちらで関連団体への捜査や会計監査が強制的に行われていた。 これが、わずか一週間もかからずに、ってんだから、凄いよね。

まあ、そんなこんなで政治的、経済的にやせ細ってしまった「教会」を最後のチェックメイトの一手を進めるために俺がやって来てるって事だ。


「「教会」の関係者と当事者たちよ、耳を澄ませて、よく聞くが良い! お前たちの行い、 神を題目に暴力と金で民衆を押さえつけて来たこと、今すぐに懺悔せよ! そうしなければ、 この我が言葉が終わると共に、この教会にいるもの、隠れている者も全てが白日のもとに晒される事となるだろう!」


あ、チンピラに混じって教会の当事者たちも出てきたな。なるほど、中央に近くなってきたから100人以上もいるわ、いるわ……さて、と。


「出てきたな、ウジ虫、ゴキブリ、毒虫共が。神の手と罰が怖くなければ、逆らってみるか?」


煽ってみたら、おーおー、怒り心頭だ。


「てめえ、いい気になってるんじゃねーぞ! どこかに仲間でもいるんじゃにかと思ったら、 たった一人でノコノコ出てきやがって。叩き殺されてーのか、てめえは!」


「はっはっはっは。神に守られている私が、おのれらウジ虫集団になど 恐れを抱くものか! 今から神の罰を行使する! その前に、建物の中には今、 誰もいないな? 隠れている者がいるなら今が生き延びるチャンスだぞ?」


「おう! てめーの相手するために全員が出てきてらあ! 覚悟しやがれ、この大馬鹿野郎!」


「それは良かった。では、神の罰が下る、今こそ!」


俺が手を上げ、それを卸した瞬間。まばゆい光の束が空より降り注ぎ、ちょうど「教会」の建物を包み込んだ。

数秒後「教会」の建物は地下を含めて、何も存在しなくなっていた。 すっぽりと切り取られたような区画が、そこにさっきまで建物があったことを示している。

しかし、地面があっても、そこに建物の痕跡すら無い。 100人を超える「教会」の関係者と当事者達は腰が抜けたのか、へなへなとその場に崩れ落ちる。

あまりの光景に思考がついて行けないようだ。俺は、その集団に思考停止という安らぎを与えてやる。

もう一度、右手を上げて、それを下ろすと、集団行動でもあるかのように、バタバタと気を失い、本当に地面に倒れていく。

今回も、おっとり刀で警察機構が駆けつけてくるが、いつものこと。俺は一切の手出しをしてないので、罪に問われることはない。

メディアでは「神の奇跡」とか尾ひれをつけて大げさになっているようではある(建物の消失現象のこと)

まあ、あれは、ちょっとしたフロンティアの実験を兼ねたサイエンスマジックだ、実は。

ビーム転送の理論を思いついたというフロンティア(どっかの文明に、 そういう古代技術の図版が残っていたらしい)だが、まさか生体実験はできないので生体反応のない建物という大きなもので実験を行った。 まあ、実験は成功したんだが問題も残った。建物のビーム転送は成功したが建物自体が表裏反転していたのだ、それも4次元的に。

3次元としては異常なかったのだが入口開けて入ったら裏庭へ直行してたとか、 リビングへ行くドア開けると屋根裏部屋に出るとか複雑怪奇に入り組んだ空間になってしまった。

いくらなんでも、これでは恐ろしくて生体実験は出来ない。先は長いな、フロンティア……


さて、辺境も押さえた。周辺部分も掃除完了。ついに中央部へ! とは言うものの、中央部の周辺組織からの丹念な叩き潰しね。

ほら、****でも一匹見かけたら30匹は隠れてるっていうじゃないの。だから根っこも潰しとかないと、またワサワサ湧いて出てくるんだから……

俺を含めて今回はオールスターで「教会」関連組織の叩き潰し計画を行う予定になっている。

頭脳体グループ(フロンティア、プロフェッサー)は会計面から、ダミー組織や、 見かけ上は関係ない会社(経営陣が「教会」の関係者や当事者)の脱税を徹底的に暴く。

裏帳簿も探ってないのに、そんなこと可能? という疑問は頭脳体グループに失礼だろう。

支出と収入の差を徹底的に探れば、通常帳簿からの脱税は推定・追跡・発見が可能になる (まあ、生命体に不可能な演算能力じゃないと、こんなことできないけどね)

そしたら……出るわ出るわ、中央星域の一割近い会社組織の裏に「教会」が絡んでいる事が判明した。

この情報、匿名扱いとして、中央星域の中央税務局へとタレこむ。膨大な検証データをくっつけといたから、これから中央税務局は大騒ぎになるだろう。


エッタ、ライムのコンビには、また違った面からアプローチしてもらう。

宗教面には、色が付きもの。とはいうものの潜入捜査とかではない。 ごく普通に政府のアンケート調査を装い、その手の店を訪問してもらうだけだ。 ただし、やってることは普通でも、このコンビが組むと普通じゃなくなる。 普通のアンケート用紙を渡して回答をしてもらっているライムが回答者の表層意識を読み、その手の店の裏の顔を暴いていく(男じゃ、こうはいかない)

ライムについては建物の盲点・弱点など徹底的に洗い出してもらう (ものすごい能力だと思うが、ライム自身は、さらっと「当たり前にできること」とか言ってる)

このアンケート調査で「教会」に関わりがあると見られる店に関しては、詳細な報告書をつけて中央警察組織の作戦部へ匿名郵便を送る。

当然、警察組織も俄然、働き出すこととなる。


俺は? と言えば「教会」の中央本部(中央教会?)以外の教会を、 これも「神の使徒」を名乗って、神の怒りや奇跡を装いつつも徹底的に大掃除。 それにしても、中央部に、これほど「教会」が多いとは思わなかった。本気で、


「これ、終わりがあるのか?」


とか思った。しかし、丹念に虱潰しで、あの町この町と搭載艇で駆け巡った甲斐があり、 今、俺が目にしている「教会」で枝葉や手足の切り離しはおしまいとなる。長かったなぁ……

俺の目の前には様々なメディアで他の「教会」が、いかに神の罰で潰されたか理解したのだろう、 救いを乞う(似非ではあるが)悔い改めた者、そして、あくまで自分の利益と権力に拘る大馬鹿者達の2つに分かれていた。 俺は数百人はいるだろう「教会」関係者に向かい、こう最後の言葉を静かに言い放つ。


「さて、罪を悔い改めたという者、絶対に悔い改めない者。どちらでも良い。お前たちの巣食っていた悪の巣窟は、今ここに消え去る」


俺が右手を上げ、下ろす。その瞬間「教会」であった建造物は最上階から消えていく。 当然、生命体が存在しないことは確認済みだから、こんなパフォーマンスが出来るんだけどね。

熱も何も感じず、しかし確実に最上階から、何かの見えない巨大なる生物にでも食われていくかのように消えていく「教会」

あまりの光景に俺以外は言葉もなく立ち尽くしている。しばらくして消滅してしまった 「教会」跡を見ながら、呆然としている奴らに向かい、俺は再び、語りかける。


「悪の巣窟は滅びた。もう逃げ場はないぞ。しかし、安心するがいい、神は死をよしとしない」


俺は再び右手を上げ、下ろす。今度は強めに調整されたパラライザーの光を受け「教会」に関係していた者達は崩れ落ちる。

建物が消えていくように見えたのは、実は出力調節された原子分解銃のせい。 フロンティア本体には原子分解砲のでかいのが積まれているが、さすがに搭載艇には……

ということで、通常よりも出力を絞った原子分解砲を搭載艇群から放ち、じわじわと建物が消えていくように演出したわけだ。

あ、ようやく地元の警察組織がやってきた。

参考人聴取は受けるけど、俺本人は、今回も語りかけただけ。無実じゃ無いけど、無実だ。 さーて、最後に残るは中央部も中央部。この大マゼラン雲の悪の巣窟、 中央大教会(警察で事情聴取受けてる時に聞いた。これが正解なんだそうだ)だけだからな。 経済的に、権力的に、そして、宗教的にも、お次で消えてもらいましょうか! 



ここから「教会」側からの視点ですので、お間違えの無いように。



「おい! なんだ、この収入計算は?! 地方教会からの収入が全く計上されておらんではないか?!」


怒鳴り散らしているのは中央大教会の枢機卿を務めている人物。 これまで有り余るほどの金の山に埋もれて執務するのが普通の状況だったのだが、今日に限っては、そんな悠長なことをやってる暇がない。


「枢機卿様、ある時期から地方教会収入が全く入ってこなくなっているのです。 理由は分かりません。どうやっても連絡はつかず地方教会の責任者どころか関係者とも連絡が全く取れない状況なのです」


主計担当している司教達が異口同音に告げる。 中央大教会は、実は地方教会からの資金により経営が成り立っていると言っても過言ではないため、このままでは中央大教会は資金的に干上がる。

巨大宗教組織が倒産など笑い話にもならないため、主計担当は皆、必死になって異常事態の原因解明と解消に走り回っている。 今のところ何も解明されてなく、解決の糸口も無かったりするが。

主計担当枢機卿は教皇の間へ急ぐ。今のところ財政を立て直す事は不可能な事態だが、それでも教皇の名案を期待して。


「主計担当の枢機卿よ、この「教会」に起きつつある異常事態の原因は分かったのか?」


この事態にあっても余裕の顔を崩さない教皇は、低い声で主計担当枢機卿に問うた。主計担当枢機卿は、さすがに落ち着いていなどいられず、


「教皇猊下! まことに不甲斐ない部下達ではありますが必死になって情報収集中であります! 早急に原因は解明できるかと思われます!」


この報告に噛み付いたのは中央大教会の裏戦力を預かる枢機卿である。


「主計担当枢機卿、光るものしか扱わぬそなた達では地方教会からの 資金と通信途絶の原因は永久に分からんのではないか? 我ら裏の戦力集団は、もうとっくに原因の一つを掴んだぞ」


その言葉に教皇が驚いたように、


「何? 主計でも入手できなかった情報を裏戦力のそち達が入手したと?」


裏戦力担当枢機卿は、うっすらと笑いを浮かべた顔で、


「はい、教皇猊下。このところの地方教会からの資金断絶、通信途絶は見知らぬ組織の介入があったそうです。 組織名も地方教会を壊滅させた方法・手段も未だに不明ですが神の罰だという台詞を吐いておりますゆえ「教会」に反逆する勢力だと断定できまする」


それを聞いた教皇、おや? という顔で、


「地方教会は壊滅させられたと? 中央大教会に連なる「教会」の数は無数にあったはずだが」


「それについては主計担当の私が。中央大教会を中心とする「教会」組織は、 ここを除くと地方教会だけで200超、関連団体を含めると500を超します。 現在、この地方教会だけではなく全ての関連団体による寄付・収入が全く無くなっております。 それだけでなく地方教会からの通信は途絶し、関連団体は次々と「教会」との絶縁を宣言・実行している状況です」


教皇は、でっぷりと太った身体を動かすのも面倒だが、喋るにも疲れるという風に、


「主計担当枢機卿よ、そうするとだな。この中央大教会に入る資金は、ほぼ無くなったという事でよろしいか?」


主計担当枢機卿は、それに答え、


「入る資金が無くなったどころではありませぬ。どこから情報が漏れたのか分かりませぬが、 わが教会組織としての裏資金のほとんど全額が星系警察組織の脱税捜査によって差し押さえられてしまっています。 表の資金も裏帳簿のデータが捜査側に渡ったようで資金が凍結され使えなくなっております」


教皇は、


「主計担当よ。そうすると我らは、ここから」


主計担当枢機卿は、


「そうです。逃げることも不可能、それどころか交通機関を使用しようにも金銭が全く使えない状況になっております」


裏の戦力担当枢機卿が一言。


「そんなもの、一時は個人の財産を使えばよいではないか。皆、個人資産は有り余るほどあるだろうに」


主計担当枢機卿、首を横に振り、


「いいえ、それも無理です。中央大教会だけでなく地方教会や関連団体の個人資産についても、 ある一定以上の地位にある者の財産は全て星系警察に漏れ無くデータが渡っているようで、これも事件対策で凍結されました。 教会の敵対組織というのは恐ろしいほどの情報収集能力を持つようです。つまり、我々は資金的に、もう死に体となっています」


「そうか。後は、この中央大教会に、その組織の使者か代表が現れるのを待つしか無いということだな、我々に残された手段と行動は」


教皇が諦めたように言う。それに対し、裏の戦力を率いる枢機卿は、


「ワシは、ワシは諦めぬ! 我が戦力を全て使い潰しても、敵対勢力は倒すのじゃ!」


主計担当枢機卿が、それに応えるように、


「枢機卿、裏の戦力を動かすにも経費がかかりましょう。しかし今の「教会」に動かせる金は全くありませぬ。これで、どうしろと?」


裏の戦力担当の枢機卿は、それを聞いて激昂! しようとして無駄なことに気付いた。


「どんな戦力をもってしても情報と資金を奪われたら何も出来ないということか。情けない……」


教皇は肩を落としながら、いみじくも呟くのであった……



ここから視点は楠見となります。



俺達が「教会」を情報・経済面から絞り上げて、もう一滴の資金も出ない(使えないように凍結したのと、 資金の流れを断ち切ったのが効いたみたいだ)ようにしてから一週間。

俺は最後に「教会」の悪逆非道な行いの中心人物の顔を見てやろうと中央大教会にやって来ている。


金の切れ目が縁の切れ目。

「教会」にいた下働きや司祭以下の者達は、とっくに中央大教会にはいなくなっている。 がらーん、とした広々した空間に、それまでは結構な重厚さで権威を象徴していたのであろう銅像や石像が、 何の意味もなしに置かれている(銅像は、鋳潰そうとしたんだろうが、あまりに重すぎて動かせなかったんだろうな)

金や銀で作られていたのであろう像が乗っていた台の上には、もう何もない。 去る人々により、台から撤去され、それまでの給金代わりに鋳潰されてしまったんだろうな。

いやー、自分でやった成果ながら、ここまで効果的だとは思わなかったよ。


俺は、人のいなくなった空間(ホールだったんだろうね、ここ。 人気がないと寂しいもんだ)を建物の奥へ向かって歩きながら、そんな感慨に耽っていた。

しばらく歩くと中央大教会の「これより一般信徒、入ること厳禁」と書かれた札が目に入る。 当然、護衛も以前はいたんだろうが、今は誰も俺を止めるものなどいない。

ご丁寧に大きく作られた扉を開けて、ご禁制の空間に入っていく。


あ、襲撃があるかも知れないから気をつけてくださいね、とはフロンティアやプロフェッサーから口うるさく言われていたので、 サイコバリアくらいは張っている。

物理的に今の俺を殺そうと思ったら小惑星並の質量兵器ぶつけるか、テラワット級のレーザービームでも浴びせなきゃ無理だ。


それからしばらく歩く。ついに「教皇」と書かれてある扉に突き当たる。神殿とか聖なる部屋とか書かないのは、俗世にまみれた邪教だから。

扉をあけて、中に入る。贅沢な造りだ。一般市民や騙された信徒らの浄財を、こんなバカな事に使いやがって! 部屋の中を眺めているだけでムカムカする。


「誰だ? まだ教会に残っていた者がいるのか? 我の望みを聞いてくれないか?」


声がする方へ振り向く。ああ、醜い法衣に包まれた、まるまる太った豚野郎が、ここにいたわ。


「教皇様とお見受けします。お初にお目にかかります。「教会」を、ここまで追い込んだ張本人です。 もう二度とお目にかからないでしょうが、あなたの教会組織を破滅に追い込んだ「敵」の顔くらい、お見せしようかなと思い、ぶらりとやって来ましたよ」


俺の言葉に少しは残っていた敵愾心がうずいたのか、腹が減って動けないはずの肉体に鞭入れて教皇は立ち上げった。少しは見なおしてやろう、今だけ。

声を上げるのも辛いのだろうが、それでも教皇としての最後の意地か……


「よかろう、最後の最後に宿敵の顔が見られて余は満足だ。1つだけ聞かせてくれ……なぜ、なぜに「教会」を、 ここまで追い詰めた? そなたの技量なら組織をそっくり乗っ取ることも容易だったろうに。壊滅させては旨味も何も無かろう?」


はあ……こいつ、どこまでも「豚野郎」だわ。最後の最後に宗教の最高指導者が吐く言葉じゃないぞ、それは。

俺は教皇に言い聞かせるように声を少し張り上げて話す。


「教皇、貴様、骨の髄まで腐りきってるな。俺は「教会」が、まともな宗教教会であれば何もしなかった。 それを、宗教組織でありながら「教会」は人身売買、奴隷許容、暴力礼賛……もう宗教組織と呼ぶのも馬鹿らしい。 俺は、こんなものがこの世にあってはならぬと思ったので叩き潰したまで。ちなみに俺は創造主は信じるが神などという者は無いと思ってる。 この宇宙は生命体が手を取り合って生きていくのが自然だと思ってる」


「は、ははは、そ、それだけの事で、この「教会」を破滅させたのか……そなた、神の使いを名乗っていたそうだが神の使いでは無かったという事だな?」


「そう、この宇宙、大マゼラン星雲の者ではない。俺は銀河系より、やってきた」


「人に非ずという事なら同じようなものか。そなた「教会」を破滅させて次は何を目論んでおる?」


「俺には、この大マゼラン星雲を平和な宇宙にするという大きな目的がある。今回はゴミ掃除だ」


それを聞いて狂ったように笑う教皇に、後から来た星系警察組織の者達がお縄をかける。はー、終わったかなぁ……

まあ、教皇と最後に会話してたのは俺一人だったんで、当然に、参考人として同行を求められる。

教皇の衣服にも触っていない俺なんで、会話の内容を聞かれたのだが、ここは真実を話してやる。

相手が信じるか信じないかは、別だけどね。30分位で「もう行って良いよ」とか言われたんで、信じてもらえなかったんだろうなぁ……無理もないけど。

似非宗教組織を叩き潰したので、これで大マゼラン雲での役目は終わったか? と思ったんだが……


中央部でなかったのが、せめてもの幸いだったと思いたいが……宇宙震の勃発である。

フロンティアが今この瞬間に、この大マゼラン雲内にいるのが運命なんだろう。ということで何も考えずに緊急出動! 

およそ2000光年近くを30分未満の時間で跳び、大被害を被った星系を俺達の使えるだけの力を使って最大限に救助する。

もう隠れてなんかいられるわけがない。目前の惨状を何とかしたい一心で、搭載艇全てを使い、俺の持てる全ての能力も、 クルー(俺以外の2名とロボット2体)にも、全ての能力を使い救助に当たれと明言する。それからは、仕事が速かった……


土砂崩れや土石流の被害者達は、テレパシーとサイコキネシスで居場所の確認と救助、呼吸停止や心停止直後くらいなら、 超強力テレパシーとサイコキネシスで心臓や血流を無理やりにでも動かし、 蘇生させる。生き埋めになってる人たちについては搭載艇のトラクタービームや斥力ビームをあちこちで使用し、土砂も建物も浮かせて救助する。


高層建築物倒壊に関しては、倒れている物には搭載艇群を派遣、救助。倒壊寸前の物に対しては俺かロボット組を派遣し、可能な限り救助していく。

(サイコキネシスやロボット組の怪力で救助される人たちは、生きていることも不思議だろうが、目の前で起きていることも不思議だったろう)


少女クルー組について俺は全く心配しない。不定形生命体の実力も、精神生命体の生体端末能力も理解していたから。

救助者達のケアや怪我の治療、そして後から来る救助組織への橋渡しを着実にこなしていく。

星系の半分以上が宇宙震の被害に遭ったのだが、俺達の神速とも言える素早い救助作業により、驚くほどの少ない死傷者数であった。

(それでも、救えなかった人々の多かったこと)


災害発生より30時間以上経って、ようやく隣の星系や中央星系を含めた救助隊が到着した。

その時には、もう生存者は99、9%以上、救いだしてたけどね。

ちなみに救助困難だと思われる地点から重点的にやってたから、あとは簡単に救助できるところしか残ってない。

俺達の引き継ぎ報告を受けて救助隊は無言……災害現場じゃなくて、綺麗に片付いてる地点も多いから、救助作業に支障は出ないはずだよ、と言ったら、


「これは宇宙震災害現場じゃない。救助訓練現場ではないか?!」


とか言われた。その後、中央星系より災害現場視察と言うことで官僚や軍、施政組織の長達が来た。

あまりに整然とする災害現場に、ここは違う現場ではないか? とか言う声が上がる。救助隊の隊長たちは救助作業の進捗状況を聞かれて、口ごもる。


「我々が到着した時点で、もう救助作業はほとんど終了しておりました!」


大隊長が、我々は引き継ぎを受けただけです! と正直に報告。そして俺達が紹介される。


「この方たちが、我々よりも先に救助に来て、全ての主要な救助と瓦礫の撤廃を完遂させていたのであります! 我々は、やることがありませんでした!」


大隊長、泣いてた。この後、俺達の素性を公開する。相手にとっちゃ、驚きどころの話じゃない。しかし、施政担当者の一人から質問が出る。


「もしや、あなた方ではありませんか? 地方星系から中央星系にまではびこっていた似非宗教集団を壊滅に追い込んだのは。 教祖、というより元教皇を名乗っていた犯罪者の手記に、神の使いに近い、この宇宙の外から来た者によって破滅させられたと書いてありました。 半信半疑だったのですが、これで確信しました」


「ええ、その通りです。宇宙を旅してて、あまりに見苦しい似非宗教組織だったので、 これが大宇宙に拡散していくことは有害だと判断し、壊滅させました。本当なら、 それで大マゼラン雲を去るはずだったのですが、この宇宙震災害。もう何も考えずに駆けつけましたよ」


それから、今回の救助作業に関しての礼を、という話になったので、


「ああ、それなら瓦礫をいただきます。我々の宇宙船、まだまだ小さいので」


とだけ。あとは全て、表彰も礼状も全て断る。そして、今回のような緊急出動を可能とする宇宙救助隊の設立を提案する。

一度、銀河系で設立と指導まで立ち会った宇宙救助隊である、俺にとっては手慣れたもの。

必要な設備や装備は銀河系の宇宙救助隊の物と同じ設計図があるので、それをコピーしてあげる。

ちなみに、こういった激甚災害には巨大救助母船も必要だが、本当に必要なのは救助作業機器を小型艇に積み込んだものが最適なのだと話す。


この大マゼラン雲内では、大規模な宇宙船の運用は普通に行われているが、超小型や小型宇宙艇のような汎用搭載艇は運用されていないとのこと。

目から鱗がボロボロ落ちましたと言われ、俺も嬉しい。ともかく、この大マゼラン雲でも宇宙救助隊の設立は確定事項となった。

半年後、無事に設立された「大マゼラン雲宇宙救助隊」の建物を目にして、俺は満足している。


あっちこっち、施政者や軍関係者、財政責任者との面談を重ね、汎用救助組織の設立が緊急課題だと説き伏せる。

証拠は、あの宇宙震の災害救助現場のビデオチップ。これを見せてやると、ぐうの音も出ない担当者達。

金銭面に関しても、俺の設計図やアイデアに関する料金は一切、要らないと明言してやると、さすがに相手も折れる。


災害救助に関して、一刻も早く現地へ向かうために、宇宙空港に隣接する区画に宇宙救助隊の本部を設立。

そして、設計図から汎用救助艇の本格生産ができるまで、そこで訓練に次ぐ訓練! どんな災害現場だろうが、 クルーと現場のコンビネーションを切らさぬようにする。

救助機器に関しても慣れてもらう以外に道はない。 どんなデザインでも用途によって最適化されている物もあるため、迷うこと無く的確な使い方をせねばならない。


まあ、そんなこんなで今日は救助隊が正式に発足する日。そして、発足式が終わればフロンティアは大マゼラン雲を去る。次の宇宙が俺を待っているのだ! 


巨大宇宙船フロンティアが、大マゼラン雲を去ってから、およそ一世紀あまり。 今では伝説となった宇宙船フロンティアと、そのクルー。とりもなおさず、船長である伝説の地球人。

夜になると、星の中に銀河系を見上げて、憧れに近い感情を持つ人も多かった。そこへ、緊急通報に近い一報がもたらされることとなる。


「緊急通報! 緊急通報! 隣の小マゼラン雲より大型の宇宙船が接近中! 太古にマゼラン星雲内の 支配権力闘争に敗れたメタン・水素呼吸生命体の宇宙船と思われる。敵対意思は今のところ感じられないが特別警戒態勢に入る。 宇宙救助隊も出動要請に備えて待機されたし!」


宇宙戦争の再来?! と、緊急出動体制に備える宇宙救助隊の面々。 ちなみに、この時点では大マゼラン雲内に宇宙救助隊の支部が無数に存在し、 ここ中央司令部では汎用救助艇を無数に搭載した巨大救助船も鎮座している。しばらくして……


「特別警戒警報、解除! 特別警戒警報、解除! 小マゼラン雲からの宇宙船は友好の使者を運ぶ物だった。 どうやら、小マゼラン雲も伝説の船、フロンティアに助けられたらしい」


助けられた者どうし、というのも変だが、もともとは1つの銀河だった大小のマゼラン雲に住む生命体。ある程度の相互理解はある。

しかし、今回の小マゼラン雲からの使者は驚きも連れてきた。銀河系からの使者まで同行していたから。夢にまで見ていた銀河系からの使者と、その提案。

銀河系をモデルにした氾宇宙救助組織の設立と、その航路設定のための技術支援、 そして、平和な宇宙を作り出すための支援組織の設立と、その大マゼラン雲内での行動許可。

その後、一挙に数100年は技術が進んだと言われる「奇跡の10年」が、大マゼラン雲に訪れる。


銀河系・少マゼラン雲・大マゼラン雲を1つに結ぶ「銀河を結ぶ橋」の建設と、その技術協力。

これが完成すれば、大マゼラン雲からも小マゼラン雲からも、銀河系へ通常航行で一ヶ月かからずに到着できる。

激甚災害時には、制約を取っ払うために、実質、3つの銀河を1日かからずに踏破できる状況になる。

こうなると困るのが通信の問題。重力場通信・光通信、電波や有線を使っても、あまりに時間がかかりすぎる。

で、持ちだされたのが、銀河系で実用化された「転送技術」これは実は銀河系内だけなら危険は無いが、 銀河を超える距離だと、そのデータの受け渡しにエラーが出る率が高くなりすぎて、生命体は送れない。

ただし、このデータを送る物は、どんな搬送波でも良いので、何も意味を持たない超空間の波動を利用して、 データだけを送る。送信側で送りたいデータを意味のないデータに変換し、 受け手側で意味のないデータを意味のあるデータに変換し直す。エラー率が高くても、 超空間波動なら再送でも時間はかからずに送れる。ネットワークには組み込みづらいが、ファクシミリのような通信には、もってこいだった……


銀河から銀河へ、書類一枚送るのに、60秒! 

そんな宣伝文句で、銀河間通信に使えるFAXは地味に売上を伸ばしていくのだった。今日も宇宙は平和である。