第三章 銀河団のトラブルバスター編

第十八話 さんかく座銀河の片隅で

 稲葉小僧

「マスター。久々ですね、我々が主役での話って」


んー? 

何のことだかなー? 

知らんぷり。

お約束の漫才モドキをやってると、アナウンスが響き渡る。


「満員札止めのお客様方、よくぞ、この銀河一周レースに参加、あるいは勝ち札投票への参加、 ありがとうございます! さて、これから、銀河一周レースのコース説明とルール説明を行います……」


ここは、さんかく座星雲の小銀河。

Mナンバー、あるんかい? 

と思われそうな小さな銀河であるが、まあ、その辺は地球人と地元人では感覚が違うだろうね。

銀河一周レース? 

フロンティアが本気でレースに参加したら今の状態だとぶっち切りの優勝と違うのかい? 

と思われる方が多いのでしょうが、あいにく、このレースは宇宙船の大きさに規定がある。

あまりに大きすぎる(小惑星サイズを大幅に超えた今のフロンティアは、もう少しで衛星だ(今でも小さめの衛星と言える))宇宙船は参加不可。

よって今の俺達は中型搭載艇を出力アップチューニングして参加している。

プロフェッサーとフロンティアが本気になって改造した結果、元の搭載艇デザインは何処行った? 

状態になっているが、まさに「レース用宇宙船」という雰囲気だ。

ん? 

なんで、トラブル解決専門宇宙船クルーが、こんな大規模な賭けレース参加してるんだ? 

って……

それがねー、語るも涙、聞くも涙の物語! 

んじゃ、そのキッカケとなった出会いを回想してみようかね。


「おじちゃん、マッチ、マッチを買ってくれませんか? 小銭で結構です。マッチを買って下さいな」


この銀河、この星系に例によって例のごとく潜入して小金持ちの発明家という立場を得ること数カ月。

毎日毎日、発明のヒントを探すという名目で町を歩いていると、お約束のごとくスラムというか貧民街というか、 そんなふうな場所、酒場の前で、いたいけな少女がマッチを売っていた。

こういう光景、胸に響いて思わず俺は少女に駆け寄る。


「もういい、俺が全部買ってやるよ。今日は家に帰って、あったかい物でも食べて早く寝なよ」


カゴの中にある出来の悪いマッチを全て買い取り、其の価値の数100倍の紙幣を一枚渡す。


「おじちゃん、本当にありがとうございます。でも、もらいすぎです。お釣りがないの……」


「いいから、いいから。お釣りは、お駄賃だ。早く帰りな」


「おじちゃん、ありがとう……でもね、このお金、私のお金じゃないんだ……」


ん? 

どういうことだ? 

と、考える間もなく。


「おっ?! 今日は、いいカモ見つけたじゃねーか! さあ、其のカゴ、よこしな! 全部売ったんだろ! 上納金だよ、 昨日までと今日の分も入れて、この金額でチャラにしてやる! 明日も稼げよ!」


せっかく未成年労働を防いだと思ったら、これか……

チンピラが少女から全てを掠めとっていった。


「おじちゃん、ごめんなさい。でも私、少ないお駄賃でも良いから働かないと教会のお母さんに迷惑かかるから……」


ピン! 

ときた。

こういう場合、現場では解決しない。

上層部から手を回す必要があるな。


「いいよ、いいさ。じゃあ教会の、お母さんのところに連れていってもらえるかな? 俺なら色々な問題を解決してやれるかも知れないからね」


「うん。おじちゃん優しそうだから、お母さんに会わせても大丈夫だと思う」


俺は少女と手をつないで教会を訪ねることにした。

しばらく歩くと少女が教会と呼んだ場所が見えてきた。

スラムの外れ、市街地の端っこ。

いつも、こんな距離を、この少女は歩いて物売りをしているのか……

教会と名はつくが、いわゆる「バラック」

そこいらへんのガラクタや廃材を組み合わせて、家らしき格好にした物だ。

ちょいと地震があれば中にいる人たちごと、あっという間にペシャンコ。

政治が悪いというか何と言うか……

まあ中央星系は暮らしもモラルも良くて、こういう孤児や貧民はいないようだが、あいにくと、ここは、この銀河の縁。

開拓に沸く星系といえば聞こえはいいが、要は山師や半端者、乱暴者やお尋ね者達が集まる部分。

一山当てられる人間はいいが、そうじゃなければ運にも仕事にも見放され落ちるところまで落ちるのが、こういう世界の掟。

マッチ売りの少女のような境遇の子供たちを引き取って宗教施設として育てているのが「お母さん」ことシスター。

元々は、この星系へ中央星系の教会本部より派遣されてきたが、 本来シスターが就任するはずの教会支部は腹黒い闇の暴力組織に乗っ取られて今はケバケバしい色事ビルへと、その姿を変えていた。


シスターは、この惨状を見て、あまりの事に義憤を抱いたらしい。

教会本部が現場の実体を知ってシスターを呼び戻そうとした時には、 教会が持っていた倉庫にするはずの小さな土地に形だけでも建物を立て、教会と孤児院を兼ねた施設にしたようだ。

再三の帰還要請にも耳を貸さず、孤児たちと救いのない状況での戦いを続けているのが現在のシスターと子供たち……

俺は心の中で泣いたね。

あまりといえば、あまりの境遇。

俺が働いていた太陽系のブラック会社でも、ここまで酷くない。

銀河(星雲)で統一政府というのは確かに効率的かも知れないが見落としがあると、ここまで糞虫共がはびこるか。

全ての人民を救わねば、それは何もしないことと同じ。

政府の出張所も、ちょいと金積んで中を見させて貰ったが、裏の組織と結託してやがる奴の多いこと多いこと。

これじゃ何か犯罪が起きても上の組織に報告は行かない。

永遠に中央星系では「異常なし」状態が続くわけだ。

俺は、お母さんことシスターと本音で話し合うことにした。


「……とすると、教会が闇の組織、いわゆる暴力的組織に騙されたと……」


シスターとの長い話が終わって、俺は結論を述べる。


「はい、手固くて美味い儲け話だとか言って教会の土地を担保に出資させたらしいのですが、 それが偽装会社だとわかった時には、もう何も残っていなかったようです」

シスターの弁。

人の良い教会の司祭様や、それより上の管理者たちを詐欺で騙したのだろうが、それは今では何とも出来ない。

こうなったら俺の、ここでの活動資産をつぎ込んで……

とも思ったが、そんなもんで足りる金額じゃないとのこと。

何とか教会を乗っ取った相手に全額を叩き返し、一挙に教会を取り戻す手段がないものかどうか……

思案中の俺達に子供たちが、


「なにしてんの? お母さんも、おじちゃんも。それより、ほら、こんなもの配ってたよ! ねーねー、見に行こうよー、皆でさー」


と、見せてくれたのが銀河一周レースのチラシ。

よくよく読むと参加者募集中らしい。

トトカルチョも同時に開催されていて結構な掛け金が動くとのこと。

ピン! 

と、閃いた。


「シスター、ちょうど俺と仲間たちは高速宇宙船を持ってる。でもって、 この銀河一周レースに参加して優勝賞金のみならず、 ダークホースの俺達が勝つ確率なんて小さいだろうから俺達に代わってトトカルチョに参加して欲しい。俺達の優勝に賭けるんだ」


「でも、そのお金がありませんが……」


「心配ない。俺の今の全財産を預けるから、金額は大きいけど俺達の優勝にかけてくれ。 そうすればレース終了後に全額、その場でキャッシュで奴らに叩き返してやれるぞ」


「こちらとは何のゆかりもない貴方に全財産を賭けるまでさせては、あまりに心が痛みます」


「いやいや、金に興味はないんだ、俺達。ワクワクする事や悪い奴らを凹ませる事が楽しいんだよ」


と言うことでトラブル解決の一環として銀河一周レースに参加することになってしまった俺達。

事後報告ではあるが後の4人に報告・相談すると、


「ご主人様! なんとお優しい。これは私も是非とも参加させていただきますわよ、ええ。今回は私の正義の血がたぎります!」


おいおい、エッタは精神生命体の生体端末だろうが。

親は血も涙も持ってないぞ。


「キャプテン、是非とも私も参加させてくださいまし。不幸に陥れた奴らの情けない顔を見てみたいものですから」


まあな、ライムなら境遇から言っても、これに参加するのは確定か。


「我が主、私も今回はパイロットとして参加します。銀河一周というリスクが大きなレースは反応速度が物を言いますから」


ん、反論せず。

あとはフロンティアなんだが……


「マスター、今回、私は参加しません」


おや? 


「あれ? フロンティアなら、真っ先にマスターが危険ですから、とか言い出して来そうなのに」


「はい、リスクが大きく、そして、これほど規模の大きな宇宙船レースになりますと不正を計画する者達も多く出ますでしょうから。 私は、それを裏から潰します」


うわお、予想を裏切るほどの用心深さ! 

まあ、そうやってくれたほうが俺達には心強いけどね。

というわけで、俺達は銀河一周宇宙船レースにエントリーすることにした。

でもって、シスターには、俺達の宇宙船のエントリー番号に、この星での俺の全財産を賭けてもらった。

予想通り俺達は事前情報も何もない素人の参加者と見なされ、倍率は最大限になっていた。

この星のトトカルチョって倍率に上限がないんだね。

こんな大穴が当たったら胴元が潰れるだろうが。


「そうならないために胴元が裏で仕込んでるんでしょうけどね」


うちのフロンティアさん、この頃、表情を作ることを覚えまして……

今は、その中でも最新の作、わるーい企みの笑顔です。

超高性能な宇宙船頭脳体が悪巧みしたらどうなるか? 

俺には胴元と闇の組織の一斉壊滅しか未来が見えなかった……

で、フロンティアとプロフェッサー、2人が結託してレース条件に会う搭載艇を選び出し、 武器と装備を対浮遊物レーザーとトラクタービーム、斥力バリアだけにする。

あとはエンジンチューン。

フィールドエンジンを使用すると規定では大丈夫(そんな技術、想定外であるようで)なのだが、賭けの倍率を訂正されては面倒なので、 球形ではなく戦車砲の弾丸タイプに変形させて、後部に推進ロケットエンジンを取り付ける。

これで偽装は完了。

ちなみに推進用としては立派に使用できるものなんで、出発時や、その時々に応じて、 この後部ロケットも使う予定(フィールドエンジンも使うよ、普通に)

本来の球形艦デザインを、かなりのやっつけ仕事で加工したんで他の宇宙船のペンシルタイプや独楽形状のロケットなどと比べると 非常にダサいデザインとなっている。

横に並ぶ円盤型と比べると見劣り、するする。


「おーやおや、教会の救世主とお見受けしますが、こんなダサい宇宙船で銀河一周なんて 可能ですか? 発進時の衝撃でバラバラになっちゃうんじゃないですかね? プフフっ!」


笑いをこらえられないようだが、こいつが今回のレースでの優勝候補の一人。

腕もあり、宇宙船もペンシルタイプで機動性が良さそうだ。

ただ、こいつが闇の暴力組織と胴元が結託して参加させた悪人じゃなければ3枚目として適役だと思うんだけどね。


「いえいえ、ご心配なさらなくとも大丈夫ですよ。こちらは宇宙に慣れている4人のチームワークで勝ちますから!」


ライム、興奮しなくてもいいぞ。こいつは主役を輝かせるための噛ませ犬なんだからな。

はっはっはっはー! と笑いながら去っていく、優勝候補の誰かさん(名前も覚える気無し。 噛ませ犬だから)に同情の視線をちらりと送り、レース開始を待つ。

一応フロンティアはステルス機能全開で俺達の近くを航行してくれることになっている。

どんなトラブルや仕掛けがあろうとも大丈夫だ。


「5、4、3、2、1、Go!」


スタートだ。

スタートダッシュで出遅れる……

まあ、様子見です。

予想通り、スタートダッシュで後続を突き放そうと焦った宇宙船が突如現れた流星群に突っ込んでいく。

命に影響はないだろうが宇宙船は外壁に穴が開き、修理費が大変だろうなー。

焦る○○は貰いが少ないってね。

スタート直後で脱落者が結構な数、出てますな。

俺達の搭載艇と、優勝候補のカスタム宇宙船は共にゆっくりと発進していく。

この辺りは互いに心理戦のようなところもある。

そこから星系を出るまでは妨害なし。

レース管理委員会の監視の目が光ってるのもあるだろうが、あまりに妨害が多いと自分たちにも被害が出るのを恐れたためだろう。

星系を出ると超光速エリアに入る。

ここから監視カメラの数が、ぐんと減る。

さすがに超空間での小細工ってのは無理なようで(そんな超空間にとどまれる技術があったら今頃は中央星系で金の風呂に入ってる。 この宇宙の全ての物を跳ね返すのが超空間で、それを利用したのが跳躍技術)跳躍を終えてからの通常空間で仕掛けてきやがった。


「我が主、跳躍終了地点で救難信号です!」


と言われて行かない奴は冷血人間、宇宙に出る資格なし。

俺達搭載艇の回りの船も、遅かれ早かれ救助信号発信地点に最大加速で向かうやつばかり。

で、行ってみたら偽装信号発生器が1個、宇宙空間に浮いてた……

酷い、あまりにひどい! 

これは宇宙の共通モラルに明確に反する! 

あわててコースに戻るとレーダーには先行宇宙船が一隻。

こいつは噛ませ犬のカスタム宇宙船だな。

一隻だけということは、こいつは先の救助信号がダミーだと気付いてた可能性大。

ここまでやるかよ、おい。

プロフェッサーが表情も変えずに(フロンティアと違い、表情変化の機能を持ってないボディだから)静かに言い放つ。


「これは、いくらなんでも……私も本気になります」


フィールドエンジン効果で急な加減速にもGを感じることはないはずなんだが、 この時ばかりはカスタム化で取り付けたロケットエンジンがフルに動作するので、後ろに引っ張られるGを感じる。


「うぉっと! プロフェッサー、熱くなってるなー。無理もないけど」


フィールドエンジンで慣性を最小限にしてる所へ持ってきて、巨大なロケットエンジンが数基、最大加速で動作。

たちまち先頭を行くカスタム宇宙船に追いつく。

が、追いぬくことはしない。

最後の最後に、ぶっちぎりで優勝しないと、この鬱憤はおさまらないからね。

ちなみにフロンティアからの裏通信では、これらの監視カメラに映らない映像も、しっかりと録画して保存しているとのこと。

レース終了後に、ぐうの音も出ないように証拠として提出するのだそうだ。


超空間と通常空間を交互に一定区間、航行しながらレースは続く。

カスタム宇宙船側の小細工、段々と正体を現してくる。

ダミー救助信号発生器なんか序の口でスタート直後の流星群モドキの襲来やら、 宇宙デブりの溜まり場(俗に言う宇宙の墓場、サルガッソー宙域)には宇宙海賊モドキが隠れていたし、果ては……


「ここまでやるかい……」


超空間からの出現地点付近に小規模なデブリを多数置いておく。

これは本来、絶対にやってはいけない事で、超空間からの出現時に一定以上の質量があると空間重合(大爆発)を起こしてしまい重大事故になる。

そのため、この手の事故を避けるように超光速機能を持つ宇宙船には自動回避機能があり、 その地点への出現を回避し、もっと手前で通常空間に出ることになる。

これでアドバンテージを大幅に稼ぐカスタム宇宙船。

もう違反とか言うレベルの妨害じゃなく、宇宙航行そのものに対するテロ行為の次元である。

まあ、賞金とトトカルチョの金額を合わせれば、そんなテロも正当化されると馬鹿な欲に駆られた頭しか無いんだろうが……

そんなこんなで脱落者も半数以上。

トップグループのカスタム宇宙船と俺達のカスタム搭載艇がデッドヒートを演じ、セカンドグループは、どんぐりの背比べ状態。

そこから前半が天国とも思えるような地獄のステージが待っていた……


レースは中盤戦に突入した。

噛ませ犬のカスタム宇宙船は猛スピードで宇宙を疾駆しているし、その一派の仕業と思われる妨害も激しさを増してきた。

しかし、ここから特に注意しないといけないのは、そんな人為的な妨害などではない。

ここからは、この銀河でも未踏の領域に入るとのことで大宇宙そのものが参加宇宙船、宇宙艇の敵と化す。

ほら、こう言ってるうちに一隻のレース参加宇宙艇が重力の溝に落ち込んだ。

ブラックホールなどの重力井戸ほどではないが中性子星クラスの大きな星には重力の溝とも呼ばれる特異空間が時たま出現する。

星に引き込まれるような強烈な重力ではないが進路の空間を曲げてしまうため直進しているつもりで斜めに進んでしまう。

結果、大きくコースを外れてしまうことになり、そのタイムロスと修正するためのコース変更には大幅な時間を取る。

これで、あの宇宙艇は優勝圏外となったわけだ。

まあ、こんなものは小さい障害であり確認されていないブラックホールや大型浮遊隕石や浮遊惑星、 思いがけないエネルギー消耗空間や精神に作用する幽霊空間など枚挙に暇がない。

フルスピードで加速し、超空間に入り、また出て加速し……

を繰り返すうち残りの参加宇宙船、宇宙艇はレース初盤の30%も残っていない。

まあ救助船も後からついてきているので人命損失は無いのが救いではあるが、 ひどい場合は宇宙船が大破してしまい、レース後に借金だけが残った、なんてチームもあるとのこと。

でかいレースだけに金と技術のあるところが優勝しやすいのだろうが夢も希望もない状態に叩き込まれるのだけは勘弁願いたい。

まあ、俺達に関しては万が一にも、そんなことはないが(フロンティアというバックアップがあるからね)


あ、先行してた噛ませ犬氏のカスタム宇宙船が浮遊小惑星に引っかかった。

リアロケットエンジンのカバーの一部だろうが引っ掛けてしまい、燃焼ガスが真後ろに飛ばなくなる。

あー、今は大丈夫だろうけど、あまり無理させると、リアロケットエンジンが一基、吹っ飛ぶぞ、あれ。

カバーの一部に燃焼ガスが当たってるものな。

ロケットの燃焼ガスは非常に高温。

宇宙空間には熱伝導力の高い気体なんぞ存在しないので、じわじわと噴射カバーに熱が溜まる。

ゴールまで保たないかも知れないな、あれは……

俺達? 

大丈夫だよ。

少し先行してるフロンティアから宙域情報の詳細がリアルタイムで入ってくるから回避もラクラク。

見えない重力罠のような空間もロボットコンビの力でスイスーイ、です。

ちなみに、この情報、入手できるのは俺達のカスタム宇宙艇のみ。

まあ、サポートの巨大トラックが常に横にいる状態でレースしてる砂漠縦断レースカーだと思ってくれれば、あながち間違っちゃいない。

他の宇宙船が四苦八苦している状況で俺達が何やってるかと言いますと……


「はい、ご主人様。紅茶を入れましたので、どうぞ」


「おっ? すまないね、エッタ。いただくよ……うーん、久々のダージリンだな」


「キャプテン、スコーンも焼けましたので、どうぞ」


「おっ? 本格的じゃないか、ライム。よくスコーンなんてレシピあったな」


「えへへ、そりゃもう、フロンティアさんに、みっちり教えてもらいましたから」


などと、アフタヌーンティータイムを過ごしている。

操縦? 

ロボットコンビに任せておけば信頼性抜群だ。

今回、俺のテレパシーやサイコキネシスは封印している。

超能力はレース規定では違反ではない(そもそも想定外)

だが、あまりに有利になりすぎてレースが面白くないとのフロンティアの主張で絶賛、封印中である。

だから今回、俺は、ただの乗務員。

メインパイロットはプロフェッサー、ナビゲーターは陰の主役のフロンティア。

言わずと知れた、最強コンビである。

これで優勝できなきゃ、それこそ「神の悪戯」くらいしか思いつかないくらいのガチガチの出来レースに近い組み合わせだ。


さて中盤の未踏宙域も乗り切った! 

後は終盤からゴールまで一気に走り抜けるだけだ! 


太陽風も震える中性子星カーブ恐いものかとフルスロットル

土色ボディのフロンティア意地の強いはシリコン譲り

翔ける姿はアポロンの太陽行くぞトラブル無くすまで


「我が主、お願いですから、その調子外れの歌は止めてください。操縦に異常をきたします」


ちぇっ! 久々の一人カラオケなのに……


レースも終盤戦。

フロンティアクルーは影で暗躍しているフロンティア本体も含めて緊張感は無いのだが、こちらは違った。


「うぬぬぬぬ……こ、この2番手にピッタリくっついて来る邪魔なカスタム宇宙艇、何とかならんのか?!」


こちら、このレースの首謀者というか闇の暴力組織の元締めというか詐欺で教会を騙してくれた悪人というか……

まあ、そんな方たちである。

彼らが安心してレースを見ていられないわけは、トップのカスタム宇宙船に対し、 どんな策謀や罠を使ってもピッタリと後ろにいるフロンティアのカスタム宇宙艇のせい。


「去年はブッチギリでの優勝だったのに何故か、こんな、どこの馬の骨とも知れぬド新人が乗る、 それも、いかにも改造しましたって跡が残るような下手くそな出来のカスタム宇宙艇でエントリーしてきたガキ共に、 こんな肉薄されるんだ?! おかしいだろう絶対! お前ら、もしかして、あの宇宙船の改造費、 どこかでちょろまかして自分の財布に入れたか? そうでもなきゃ、こんな馬鹿なレースになるわきゃ無いだろうがよっ?!」


親分の一人に理不尽な怒りを叩きつけられる子分その一。

親分の飲んでいたアルコール度数の高い飲料を突然、顔にぶっかけられて目が痛いが、ここで逆らえば親分の怒りが更に増す。


「へい、すいません、ふがいない出来で。 しかし改造担当の奴の話では今までに見た事も無いような高価な素材と機材を使わせてもらって自分の理想の改造が出来たって言う事でしたが……」


「自分が満足したって結果がこれじゃ金をドブに捨てたようなもんだろうがよ! 違うか?! おめぇが、 この星でも有数のレース用宇宙船改造エンジニアだって推薦するから、わざわざ組の資金を引っ張り出して高い改造費も出したんだ。 それが、この結果じゃダメなんだよダメ! もし、このレースで優勝できなかったら、お前だけじゃない、 この組そのものが無くなるぞ。なにしろ、こっちの掛け金は全部、あの改造宇宙船に掛けとるんだ。 その金がパーになり、他の宇宙船がトップでゴールした日にゃ……この組そのものが、この星の暴力組織全ての攻撃目標となるだろうよ」


最後の台詞には言った親分も言われた子分も一筋の汗が流れる……

冷や汗だ。

こいつらは他人の命など気にもしないが自分の命がかかると途端に臆病になる人種。

だから、まさに「自分の命すら掛かった宇宙船レース」に、これほど関心がある。


うん、いい位置につけている。

トップに噛ませ犬氏のカスタム宇宙船が、 リアロケットエンジンに問題を抱えたまま直後につけている俺達の宇宙艇のせいでロケット噴射を小さくすることも出来ず、 ロケットエンジンカバーに無理を蓄積させながら、全力噴射を続けている。

俺達? 

俺達は、そろそろゴールの準備を……

あ、俺じゃなくてエッタとライムだよ。

2人共、いくら何でも、このノーマルスーツ姿じゃ、あまりに身体のラインが出て、どーのこーのと……

で、結局は、お着替えモードとなり自室へ引っ込んでしまった。

俺? 

俺はプロフェッサーと同じくノーマルスーツ姿さ。

男は車だったらレーシングスーツ、仕事だったらツナギか作業着、農家だったら野良着か作務衣! 

さて、レースも残りは数光時。

跳躍するほどの距離じゃないので後は推進剤とロケットエンジンの性能が物を言う世界だ。

じゃあ、少しだけどトップのケツをつついてやろう。

これでリアロケットエンジンカバーが寿命になる時間が早まる。


「プロフェッサー、ちょいと後部ロケットを吹かしてやれ。追い抜くなよ。並ぶか少し後ろくらいにするんだぞ。そうすりゃ、自滅するからな」


「アイアイサー、我が主。それにしても意地が悪いですね。フィールドエンジン全開にすれば簡単に抜けるじゃないですか」


「ふっふっふ、悪は根こそぎ叩き潰さないとな。こうすりゃ、まだ勝ち目があると思ってくれるだろ? そこで絶望に叩き落とす」


「いつもはフロンティアのことを腹黒いとか言ってるくせに、 いざ自分が企む時は相手を地獄の底に真っ逆さまに叩き落とすんですから……いいコンビだと思いますよ」


「なにか言ったか?」


「いーえ、なんにも。独り言です」


今はフィールドエンジンは6割くらいしか稼働させていない。

あまりに慣性を消すと搭載艇の動きに違和感が生じるため。

プロフェッサーが後部ロケットの推進レバーを数ノッチ上げる。

少し背中を押されたような感覚がしてカスタム搭載艇が加速される。

トップに、じわじわとだが迫っていく。

噛ませ犬氏のカスタム宇宙船は負けじとばかり、こちらも推進レバーを最大値に入れる。

あ、やっぱりリアロケットエンジンカバーが白熱化してきてる。

ゴールまで保たせようと思ったら推進レバーを下げれば良いんだろうが、すぐ横に俺達がいるので、それは出来ない。

エンジンカバーが吹き飛んでロケットエンジン本体がショックで吹き飛ぶ時間が少しでも伸びるのを奴らは神に祈っているんだろうな……

無駄だけど。


もう、ゴールまで数光分しかない。

俺達のカスタム宇宙艇は、じわじわと噛ませ犬氏を追い上げている。

もう船体の半分もリードはない。

俺は最後の指令を伝える。


「プロフェッサー、フィールドエンジンの出力を70%に。そして後部ロケットエンジンを最大出力に入れろ!」


「アイアイサー、我が主。フィールドエンジン出力70%、後部ロケットエンジン最大出力!」


ガクン! と背中を蹴飛ばされるような加速力、カスタム搭載艇はものすごい速度で噛ませ犬氏のカスタム宇宙船をぶち抜く! 

こちらの爆発的な加速力についていけない噛ませ犬氏。

そろそろかな? 

と思ったら。


バキッ! 

と音が聞こえるようなヒビがリアロケットエンジンカバーに入り、次の瞬間! 

ピカ! 

チュドーン! 

モクモクモク……

と、涙を流す骸骨が煙で表現されそうな状況で噛ませ犬氏のカスタム宇宙船のリアロケットエンジンが誘爆し、 あっという間に一定速航行になってしまう(ロケットエンジンが無くなった状態でも今までの速度は維持される、宇宙空間って奴は)

一気に加速度が無くなった噛ませ犬氏の宇宙船は、それでも健気にゴールを目指す。

俺達? 

とっくにゴールしてます。

トップで。

未だに2位がゴールしてきません。

数分後、ようやくセカンドグループから抜けだした宇宙船が2位に入った。

噛ませ犬氏、まだゴールしてません。

次々と抜かれてます。

結局、ビリじゃなかったが10位ギリギリにゴールインした噛ませ犬氏。

最後の最後に大逆転された末、自分の不注意でリアロケットエンジンまで全て無くなり、宇宙船そのものにも深刻な歪が発生とのこと。

フロンティアの暗躍は、まだ続く。

噛ませ犬氏の行動を全て記録したデータチップと、レース妨害に加担した一味を全て捕獲してパラライザーで気絶させた与圧室が、 そのまま星系中央警察の前に置かれていた。

即座に行動に移った警察と検察が今までにないほどの手柄と名誉を手に入れたことは言うまでもない。


まあ、それはともかくとして。

俺達は今、お母さんことシスターと一緒に、闇の暴力組織の本部事務所にいる。

あくまで、ここは表面的にはカタギの事務所となっている。


「さて、シスターが来られたということは、この本部事務所の買い戻しの件ですかな?」


社長、というか、まあ親分だな。


「はい、こちらに必要な金額は持ってきております。これで教会の土地と建物は買い戻させていただきます」


シスター、強いねー。

さすが孤児たちのお母さんだ。

女は弱し、されど母は強し! 


「そちらも、今回のレースで大損してるんだから、この金は欲しいんでしょ? だったら、正式に取引しようじゃないの」


そう言いながら俺とプロフェッサーがシスターの横に立つ。

まあ、俺のサイコキネシスを全開にしたら、このビル潰せるだろうけど、そこまで派手なことはやらない。

でも、こんな三下相手だったらテレパシーだけで偏頭痛起こさせて暴力沙汰は避けられるだろうが。


「まあ、こちらも金が欲しいのは本当だ。こちらに権利書がある。確認してくれ」


おっ? 

あっさり交渉に入るか。

金策がピンチってのは本当だったのね。


「じゃあ、このトランクに必要額の現金が入ってる。そっちで確認してくれ。双方が納得したら契約完了だ」


フロンティアにテレパシーで書類の内容と真贋を確認させる。

間違いありませんと返ってきた。

返事が早い。


「確認した。この契約書では一週間以内に撤去することになっているな。約束は守ってもらう」


「ああ、こちらも金額を確認した。一週間で我々は引き上げる」


その返事は想定済み。


「その引き上げには居住者も含まれるんだよな? そちらの手のものが住んでるのは契約違反だぞ」


再度の確認。


「くっ、見ぬかれてたか。仕方がない、このビルも土地も放棄する。居残り戦術は使わないから安心しろ」


さて、これで教会も子供たちもシスターも安心して暮らせるようになる。

その後、全ての居住者と会社組織が撤去した高層ビルには1階に孤児たちの住居とシスターたち教会職員の事務所と住居。

2階から上はボランティア団体や会社福祉事務所などが入り、段々と賑わってくるようになった。

ビルから去った暴力団体、どうなったかって? 

フロンティアの暗躍によって、いつの間にか2重帳簿が白日のもとに晒され、隠されたはずの詐欺や脅し、 ちょっとした暴力沙汰などの軽いはずの事件も、 もみ消し出来ない状況にされてしまい、にっちもさっちも行かない状況になり官憲の手入れを受けて一気に壊滅! 

ずいぶんと遅れてしまったが、教会への過去の詐欺事件も表沙汰となり、 資金の大半が裏金として保管されていたことが分かったため、教会に返還されることとなる。


「お金が還ってくるのね。じゃ、あの発明家の方達へ、お借りしたお金、返さなきゃ」


忙しい毎日を過ごしながら元シスター、現在は、この星での教会の女性枢機卿も間近だと言われる女性は発明家と連絡をとろうとした。

しかし、その家のあった場所は、もう使われていない更地になっているとのこと。

そこに住んでいた小金持ちの発明家は何処かに引っ越したとのことだが、連絡先は全くわからないと政府の役人が語る。


「まるで、この星から消えてしまったようです。飛行機にも鉄道にも道路の様々な箇所に設置されたカメラにまで一切、 姿が写ってないんですよ。いくら宇宙時代とは言え宇宙空港に行くにも航空機か車を使わないと……まるで存在すら消えてしまったようですな」


この言葉を聞いて元シスターは、こう呟いたという……


「神のなさることに人は関われませんわ。あの方達は本当に神の使いだったのかも……」


今日も宇宙は平和である。

人々に都市伝説を残しながらも、フロンティアは今日も宇宙を跳ぶ……



おまけその1銀河のプロムナード(短編その一)

うー、忙しい忙しい! 

私は、地球人のエンジニアの一人。

今、アンドロメダ大星雲と銀河系との銀河間超光速航路を整備している真っ最中。

ちなみに銀河系の近傍にある大小マゼラン星雲との直通超光速航路は、10数年前に完成しており、 今はそれぞれの銀河と銀河の直通航路で商業輸送や災害救助などの宇宙船団が、ひっきりなしに往復している。

そこで得られた最新技術で、より速く、より安全になったジャンプサークル技術を使い、 今現在、アンドロメダと銀河系をつなぐ超光速航路の整備中なわけだ。

最初の航路は、もう言わずと知れた伝説の宇宙船「フロンティア」が成し遂げたものであり、 それをジャンプサークル装置を用いて一定の距離で接続していくのが地球人たる我々の役目。

目の廻るほどの忙しさではあるが、名誉と誇りは誰にも負けないほどの大仕事であるから、これでヘコタレるわけにはいかない。

今日も今日とて、新しい人員が補充されてくる。

彼らも、歴史に残るであろう巨大航路の仕事に関われるとあって希望と期待を胸に、この銀河系外の虚無空間地帯へやって来たのだ。


さっそく、私は彼らに対し、必要な情報と技術の入っている教育機械を使うことを命じる。

あまりの巨大プロジェクトのため、教育機械を使わないと、 メンバー同士の情報共有も難しいのだ(ジャンプサークルの設置時に行う微調整には目標とするジャンプサークルとの同調も必要となり、 それが銀河系内とは比べ物にならないほどの遠距離になるここでは、互いの情報が食い違っていると微調整が難しくなる)

約一時間、最低限度の現場教育を済ませると、我々は現地の確認と最先端の仕事場へ向かう。

銀河系とアンドロメダの、ほぼ中間地点。

ここが、今のジャンプサークルの最先端であり、ここから先は、未だに各宇宙船の跳躍航法によってアンドロメダへ向かうしか無い。

一刻も早く我々技術者がジャンプサークルを設置、調整し、安全と信頼、そして、より速く目的地へ向かえるようにするしかない。

銀河系内のジャンプサークルは世代が古いものが多く、 太陽系にある当時は最大と言われたジャンプサークルでさえ現在我々が設置しようとしている 銀河―アンドロメダ直通サークルに比べたら直径が半分以下になる。

この最新式のジャンプサークルは、大小マゼラン星雲における対銀河系ジャンプサークル設置にて培われた技術の発展形であり、 一対のジャンプサークルの移動可能距離としては前代未聞の性能となる。

ちなみに、銀河系内のジャンプサークルの性能は、数光年の小規模なものから数千光年の大規模なものまで様々であった。

それが大小マゼラン星雲との航路設置時には、最大5万光年という高性能なものまで作成されるようになり、 その距離をカバーするために一度にサークル内に入れる宇宙船の数も大幅に増えた。

そのせいでもないが、必然的にジャンプサークルは直径が大きくなり、衛星規模から惑星規模と、なるべくしてなった。


最新式のものについては、もう言葉もない。

直径は太陽系でいうと木星クラス。

最大許容船舶数は、なんと一万隻を超す(標準型で1万2千隻。超大型の貨物船や観光船だと、約8千隻となる)

サークル内での跳躍効率についても今までのものより上がっているそうで、銀河系の各星間国家では、 この最新式のジャンプサークル装置に順次交換していく計画があるそうだ。


そして最新式のジャンプサークルには、もう一つ、かなり便利な機能が付属として用意されることとなった。

それは「超光速FAX信号レピーター」機能である。

銀河系内で爆発的とも言える勢いで増加してきた超光速FAX通信。

エラーは方式の都合上、かなり多いが、エラー訂正機能が強化された通信方式にアップデートされてから、 実際に宇宙船が向かわずとも遥かに離れた相手との情報のやりとりが簡単に素早くできるという事で大人気である。

なにしろ、これが発明、開発されるまでは電波や光、重力波でさえも光速度の限界を超えることは出来なかったので、 情報のやりとりは実際に宇宙船を跳躍航法で跳ばすことが一番早い情報交換手段だった。

ジャンプサークル内の空間は、それぞれのゲート一対においては、どの地点においても、 ほぼ等価な空間となるように調整されるため、この超光速FAXの信号中継装置としての実力も素晴らしいもの。

信号跳躍のための超空間は確かに別次元のものではあるが、そこに到達し、跳ね返る信号が経由するのは通常空間である。

よって、超空間でのエラーは避けようがないが実空間でのエラー発生原因が極小にできると実験で証明され、 このジャンプサークルを使う超光速FAX中継通信は、信頼度が跳ね上がることとなった。


ただ、この超高速FAX通信における問題が一つだけある。

それは規格だ。

エラーコレクションを、かなり頻繁に行うために、信号のやりとりには、かなり厳密な時間規定を必要とする。

銀河系内でも、これが初期には大問題となった。

それぞれの星系や惑星で、時間の単位が全く異なるためだ。

基本技術が発明、開発された地球の秒数単位で統一されると、最終的には決定したが、度量衡の問題は根が深いと、銀河系の各生命体は嘆息した。

跳躍航法は、ただのエネルギー保存法則が超空間でも適用されただけだが、通信規格はそうはいかない。

音声通話でも、光を中心とした映像通話でも、はたまた一部の生命体が使う重力波通信でも、この問題がつきまとう。

銀河系が、ほぼ統一された現在でも、まだ一部のローカル通信規格が通用する星系国家があるくらいだから根が深い。

銀河系統一評議会では、もう今までの通信は全てローカル規格として、 銀河統一規格で「テレパシー通信」を立ち上げようとしている部会があるようだが、まだまだ少数派だ。


おっと、話が逸れた。

今や毎日の銀河放送局でも取り上げられるトップニュースになるほどの巨大プロジェクト、銀河―アンドロメダ直通航路。

もう数100万人規模で取り組まれている巨大事業であるが、巨大サークルを設置していく部門は、それほど忙しくはない。

ジャンプサークル技術そのものは枯れた技術に入るので、設置と組み立ては流れ作業、つまりロボットが使われる。


問題は、その後の調整作業、それも、一対となるサークル同士の同調作業にある。

こいつばかりはロボット化できない。

センサーが鋭敏でも人間の直感と感情移入の能力がないと無理な仕事だからだ。

設置に数カ月、粗調整に数日、微調整に半年。

ちなみにサークルそのものの設置と組み立ては、もうアンドロメダまで完了している。

後は我々が頑張って調整していくだけなんだが……

こいつが大変な作業。

あっちのボリュームを回して良好になった部分があれば、その影響で、こちらの同調が崩れる。

同調コアの向きを0.1度変えると、全ての同調に変化が起きる。

小規模なジャンプサークルなら、それほど気を使う作業じゃないんだが、これほど大規模、 これほど遠距離同士だと、ちょっとした神経の使いどころが明暗を分ける。

私が担当しているのは、最新型ジャンプサークルの1割ほどの区画。

これでも微調整には、とてつもない時間と根気が必要だ。

これこそが地球人、なかんずく、日本人がジャンプサークル設置と運用に不可欠と言われる所以。

地球人でも日本人以外だと、神経症一歩手前になるくらいの神経質な作業が毎日のように繰り返されるからね。


さて、新人教育は終了。

私も受け持ち区域での交代時間だ。

今から8時間、微調整作業が続く……



おまけその2銀河のプロムナード(短編その二)


「おーい! 今から、模型でテスト始めるぞ―、計測器の用意はいいかー?!」


ここは銀河系中央技術試験所。

銀河系中(どころか大小マゼラン星雲からも)の、あらゆる最新機器、既存の技術を発展させたもの、 さらに研究段階ではあるが素晴らしい可能性を秘めているもの、とんでもない飛躍が見込まれるアイデア、 など等どうしてこうなった?! から普通はイメージすら浮かばんぞ「こんなもの」まで持ち込まれて試験と開発がなされる。

この技術試験所、以前は「未来技術開発研究所」と言われていた。

その目指すところは明快だった……


「超技術の宇宙船フロンティアよ、もう一度」


だ。

しかし、あまりにフロンティアという目標は遠かった……

それこそ銀河系どころか大小マゼラン雲、アンドロメダ大星雲の最先端にいる科学者と技術者を集めて頭を振り絞っても。

彼らは、しつこかった。

フロンティアの秘密を、その一端でも解き明かそうとして10数年が流れた……

さすがの彼らも、お手上げという言葉を使う他、無かった。

しかし銀河中央アカデミーは、この頭脳集団の解散を惜しんだ。

せっかく、この銀河系どころか近隣の星雲まで駆けまわっての最先端の頭脳と技術者を集めたのだ。


方向性を変えたら? 

という意見が誰からとも無く出た。


「超未来を実現するのではなく近未来を実現させようではないか。 こういう機会でもなければ天才科学者と天才技術者が出会うことなど無かっただろう? では、 これを1つの開発集団にしてしまうというのは?」


どこからも反対は出なかった。

どこでも同様ではあるが天才科学者も天才技術者も、己の高みに登ってくるような者以外、 相手にしない偏屈が多く、どこの星系や会社、大学でも持て余し気味だったからである。


「給与は以前にいた部署や研究室と同じ、個別の研究室・開発室と専用スタッフも付けよう。 どうだね? 会社の体裁は取るが実際には銀河統一政府と大小マゼラン雲統一政府、 そしてアンドロメダ統一銀河政府のバックアップ有りの官、民、産、軍の全てが合体したような技術試験所だよ」


この言葉に否と言える人物はいなかった。

それまでの大学、政府、民間企業でも実現できないような最新機器とスタッフ、 そして「殺人とバイオハザード、そして星の爆破」さえ起こさなければ、どんな研究でも許されるからだ。

この技術試験所から生み出された製品とアイデアは数年で万を超すものとなった。

その科学力と技術力、開発力から多くの科学者と技術者が就職先にと群れをなす。

自然と、ここには優秀な頭脳集団が集まる事となった。

それから数年後、いつまでも無名の技術試験所でもないだろうと、社名を変更する。


「株式会社銀河系中央技術試験所」


無骨な社名であるが全てを表す。

1年間で、どれだけ斬新でユニークで未来に夢が持てる製品が作られることやら……


それから10年後。

今、その開発室の一角で、とてつもないアイデアがテストされようとしている。

それは無名の在野の数学者が書いたレポートが発端だった。


「跳躍航法の可能性と、その速度・到達距離・安全性の向上に対する次元的考察」


通常なら、こんな怪しい題名に惹かれる開発者はいない。

しかし、その時、銀河系中央技術試験所の研究者は、スランプに陥っていた。

その研究者の研究対象は跳躍航法の効率化と安全性の向上についてだった。

けして、速度の向上を狙っていたわけではない。

その研究者が無名の数学者が書いたレポートに気付き、それを、ふと手に取る。

スランプ脱出の糸口にでもなれば……

くらいの気持ちだったらしいが、それが銀河系の大変革の入り口だった。

プリントされたそれを読みながら研究者の顔色が変わっていく……

青色からピンクへ、そして卒倒するんじゃないかと思うくらいの真っ赤に。


「こ、このレポートを書いた数学者と連絡をつけてくれ! とてつもない可能性を秘めている論文だ!」


そう叫んで自室に篭ってしまった……

自分でも、このレポートにある数学的結論の成否を検証するためである。

数日後、地球の極東部、無人島ではないが人口数10人の小さな島より無名の数学者が呼び寄せられた。

いきなり銀河系の中枢部に近い星系の、超の字がいくつ付くのかわからない大企業に呼ばれた数学者は、わけも分からずに戸惑っている。


「君の論文、というかレポートを読んだよ。あれは素晴らしい! とてつもない可能性を秘めている」


「はい? 私には何を言われているのか見当もつきませんが?」


お互いの話が食い違い、あっちゃこっちゃと行き違う。

数10分後、ようやく10年以上も前に自分が書いた数学的考察論文のことだと理解した数学者、こうのたまったという。


「あれは可能性を書いただけです。実現するなんて考えてもいませんよ」


先駆者とは、こういう者たちのことを言うのだろう。

自分では高い壁を乗り越えたことすら気づかずに、その価値も気づかずに過去へと流す。

開発室の研究者は高い地位にも関わらず、その頭を下げて、


「頼む! 私の研究を手伝ってくれ! 待遇と地位は相応のものを用意する。君が必要なのだ!」


土下座すらしそうな研究者に対し数学者は驚き、焦る。


「ちょ、ちょっと、頭を上げて下さい。わかった、わかりました! 私ごときが、 ここで何ができるか分かりませんが私で良ければ雇って下さい。こんな大会社に入れるとは、こちらこそ夢のようです」


ここで未来は決定した。


【映像化企画第十段X(エックス)計画銀河系と周辺銀河への道】


「はい、今夜のX計画は銀河系でも、あのフロンティア・ ショックに次ぐインパクトを与えたと言われる「ジャンプサークルの異次元空間化」プロジェクトについてのお話です。 お客様として今回は何と! あの計画の理論面をフルサポートされたプロフェッサー・ミナミこと南教授をお迎えしました」


「南です、どうぞよろしく」


「南教授は、あの巨大プロジェクトの最初期からのメンバーですよね。最初から、あんな巨大なプロジェクトになると分かっていて参加されたのですか?」


「いいえ、最初、私に声がかかった時には銀河系中央技術試験所という、 とてつもない超巨大企業からの話? ということで半分、嘘だと思ってたんですよ。 私は本来、数学者であって理論武装のみで現実に技術的なところは何も分からなかったんですから」


「そうでしたか! ところで、あの巨大プロジェクトのキッカケは教授の書かれた論文にあるとお聞きしました。 それについて、お伺いしてもよろしいですか?」


「はい、では……もともと、あの論文、というかレポートは私の個人的な数学的考察をまとめただけのものでして、 私自身は、あれが現実になるとは思っていなかったんです。このレポートの件で銀河系の中枢部にある銀河系中央試験所、 略して銀中験と言いますが、そこへ呼ばれた時には、 もうレポートを提出して十年以上も経過していたため何の件で呼ばれたかも把握してなかったんですから」


「え? ご自身でも呼ばれた理由が分からなかったんですか?」


「はい、その通り。三十分ばかり相手の方、 今の銀中験の副所長ですが双方ともに話が噛み合わずに両名とも「変だな?」と思いながらも話し合ってたということなんです」


「それは初めてお聞きしますね。お互いの現実と理想が、あまりに食い違っていたための笑い話となりますが、 それが、あんな巨大プロジェクトになるとは予想されました?」


「いいえ、最初にお話した通り、あのレポートは数学的な可能性を論じただけで現実化しようとする人がいるなんて思いませんでしたから」


「そうですか……いつも夢を語るのは理論家だと言われますが、 今回のプロジェクトに関してだけは開発者と技術者が理論よりも先に夢を見たということになりますね……では計画の推移をドラマ化した映像で、 この巨大プロジェクトの現実化と、計画につきものの困難と解決を、ご覧頂きたいと思います……」


このビデオを見つつ、疲れた表情の教授。


「はぁ……この番組のおかげで今更ながらとメディア各社の取材攻勢が激しいよ。なんとかならんもんかね?」


「無理だと思いますよ教授。実際に今の銀河系内と、将来には大小マゼラン雲、アンドロメダ銀河にも 、あのジャンプサークルの改良版が設置されることは決定済みじゃないですか。 まさに宇宙の交通網システムをひっくり返した有名人ですからね」


「私はね、有名になりたくないんだよ、これ以上。数年前に統一銀河理論物理分野最高栄誉賞、 などという勲章までもらうことになりノミの心臓が破裂するかと思ったんだから。もう嫌、引退して数学理論だけに引きこもりたい……」


「教授、そんなことができると思ってるんですか? あなたの頭脳は、 もうあなた一人の物じゃなくなってるんですよ。まあ、どうしても、というのなら、たった1つ手段がないこともありませんけど」


「何? あるのか?! どんな手段だ?」


「あなた以上の英雄、有名人に相談することです。宇宙船フロンティアの船長ですよ」


「そういう事か。希望を持たせないでくれ、フロンティアは半分、 伝説化した超高性能宇宙船だぞ。今頃、何処にいるのか……この銀河団すら飛び出してるかも知れない」


「そういう事です。かの地球人、もはや彼も伝説半分ですが……彼に匹敵する仕事をなした教授ですからね。逃げられませんよ」


「よしてくれ、あのフロンティアに敵う功績なんて誰も成し得ないさ。私の科学的功績なんて微々たるものだよ」


「嘘ですよ、それ。ジャンプサークルに次元位相をずらす装置をつけるなんて誰も考えつかなかったんですから」


「しかし誰かが、いつかは考えつく事だよ。思いがけずに私がいち早く理論的に可能だと思いついたまでだ」


「でも、それで跳躍航法の更なる高速化と高効率化、さらに安全性が理論的には100%に近くなったんですから」


「ああ、今までのジャンプサークルは跳躍航法のサポートツールでしか無かった。 私の改良は、それに微小だが次元位相をずらすという装置をつけたことだ」


「それにより跳躍航法の終了ポイントに、もし思いも掛けない確率で隕石やデブリが侵入してきたとしても、 位相をずらした宇宙船とでは重層事故が起きない事が重要ですよね。これにより、 それまで事故の確率が0にどうしてもならなかった宇宙船の跳躍航行も付属装置設置後のジャンプサークルを使う限りは事故確率は理論上、 0! 凄いことですよ」


「まあね、同時間、同位相で同一空間に2つの物体は存在し得ないという理論物理学の基礎。 これがあるからこそ跳躍航法の終了ポイントには何もない事が重要だったんだが、 宇宙の自然は確率的にありえないことでも可能にするからな。重層事故は悲惨だ 、重層した箇所が全てエネルギーに変わるわけだから……それこそ爆破して後に残るは残骸ばかり…… それが回避されるのは良かったんだが……しかしなぁ、こんなことくらい、フロンティアの彼がいたら、とっくに思いついていたんじゃないか?」


「しかし、現実的に今の銀河系にフロンティアは存在しません。次善策として歴史は教授を選んだのでは?」


「やめてくれ! 神の意志とか世界の意思なんてのは、まっぴらだ」


彼らの愚痴と反論は、いつまでも続く……

これが宇宙が平和であるという証拠のように、いつまでも……



おまけ銀河のプロムナード(短編その3)


ふぅ……

ようやく一息つけるか……

どうして、こんなことになっちまったのかねぇ、地球も太陽系も……

いや、どうして? の理由なら明確に分かるな。

この大騒動、大景気、仕事ラッシュ、まあ、どうとでも呼べばいいんだが、この賑わいの大元は一人の地球人のせいだ。

その地球人、もう半分以上は伝説になってしまっているが、そいつのせいだ。


それまでは地球人、というより太陽系文明は光速に縛られる駆動方法しか無い、宇宙では赤ん坊のような文明だった。

その伝説の地球人が最後に仕事をした痕跡が残っているのが木星。

その木星で絶対に何かが起きて、何か想像も出来ないモノに出会い、 超科学の産物である小惑星型宇宙船フロンティアに乗って、その男は一気に光速を超える事に成功した。

伝説の男が出会って、何をどうやって宇宙船フロンティアに乗ることになったのか? 

それは、今もって謎。

地球で辿れる、伝説の男の足跡は明瞭。

ある時期まではパッとしない成果しか上げられない普通の、どこにでもいる、極東地域、 地域名を言うなら、日本の、どこにでもいる、ありふれたサラリーマンだった。

しかし、仕事の成果や行動が一気に変化してくるのが、 この男が引き受けた火星企業の長期出張と、その次の、これも長期の木星圏出張である。

ここから男の人生が極端に変化する。


私は一介の出版局員であるが今現在、地球総督の依頼を受けて伝説の宇宙船と、 その船長となった地球人の足跡を辿り、その半生記をしたためている。

この仕事、厄介である。

一応はフロンティアが地球圏から飛び立ってから半世紀が過ぎて通常の記録は全て開示され極秘事項も一般開示されるのが普通なのだが、 この男については特別機密事項でもあるのか、未だに開示されない記録がある。

これは異常事態。

普通、どんな人間であろうと(大統領や総理大臣などという 昔の指導者クラスにさえも)本人死亡後50年経過すると自動的に全ての記録が開示されることになっている。

今回、本人は生きているのだろうが地球圏から姿を消して「失踪扱い」となって50年経過しても、なお極秘ファイルに指定されるような記録がある。

この男、当時の地球政府の秘密調査官か何かだったのだろうか? 

それなら理解できる。

しかし通常のサラリーマンであり政府の調査官は兼ねていたようだが、それも仕事上の「公然の秘密」だったようで。

こうなれば開示されている記録を徹底的に調査するしか無い。

私は部下の増員を申請し、もう一つ、記録の開示権限を大幅に上げてもらった。


数週間後、私のデスクの上には膨大なる記録の山が生まれていた。

これが全て一人の地球人、ある一定の時期までは誰の目にも止まらぬ普通のサラリーマンの記録である。

異常である。

異常な数、異常な功績、異常なバイタリティ、異常な……

もうやめよう、虚しくなってくる。

地球上で仕事の記録や功績を見る限りは、あまり大したことはしていないように見える……

が。

見かけに騙されていたことに気付いたのは、とある元政府高官と会えたからだ。

彼は伝説の男の地球政府の方の上司だった。

彼の功績は絶対に見かけだけのものではないと口を酸っぱくして言われた。


「楠見糺、タダス・クスミ。どのように呼んでもいいが見かけの記録に騙されちゃいけないぞ、君。 とは言うものの、この私も見かけの記録に騙された一人なんだがね」


と、彼の話は始まった。

彼は現在120歳。

元・太陽系防衛組織の長を務めていた男である。

切れ者であると有名であった現役でも若い頃、まだ役所の下っ端課長だった頃に伝説の男と出会い、部下にしたそうだ。


「楠見の仕事は地味に見える。しかしな、見方を変えると驚異的なトラブル解決能力が見えてくるんだよ」


そう言って彼はデータの読み方を指示してくれる。


「いいか? 通常は、どんなに優秀なエンジニアであっても仕事の失敗率というものがある。 天才エンジニアと呼ばれているひと握りの者達でさえ、その失敗率は数%になる。 しかしな、楠見の仕事、トラブルシューティングに失敗の2文字は無いのだよ。 仕事の予定期間はオーバーしても彼の仕事に失敗したトラブルシューティングは、いいか、一件もないんだ」


ふむ、そう読むか。

時間がかかっても完璧な仕事を成すタイプの人間だったらしいな。


「しかし、それは伝説の男「タダス・クスミ」が完璧主義者だったからだとも読めますが? このデータが何を示していると?」


ふふっと笑ったように見えるのは老人の顔に表情が見えたからか。

それまで一切の喜怒哀楽を見せないと有名だった彼が微笑するとは。


「君も私と同じ間違いを犯すところだったな。 楠見のデータには担当した企業とトラブル内容の抜粋しか書いていないから見落とすんだよ、誰もがな」


「何を見落とすんですか?」


「彼のトラブルシューティングの件数と、その種類だよ」


改めて言われて見直すと、確かに。


「これ本当に一人の人間が担当してた仕事ですか? 10人とかのチームじゃなくて?」


「ようやく気がついたか、そこに。クスミは、どうやら隠れたエスパーだったようだ。 超知能とテレパシーが使えたようだな、このデータから考えるに。 まあテレパシーは弱いものだったかもしれんが超知能は本物だろう。 私が現役の頃に気づいていればクスミを太陽系から出すことはしなかったはずなんだがなぁ……今でも悔やむよ」


「待って下さい。あなたの言を信じるなら超能力者なのに、それを隠して、 わざわざ賃金の低い派遣社員なんて底辺の仕事に就きながら、 やってることは完璧に上位クラスのエスパーと変わらん成果となっているという事実しか待っていませんよ……無茶苦茶な話じゃないですか」


「しかしな君、どうやってもデータと成果を突き詰めて詳細に調べれば調べるほど楠見の化け物じみた力が背後に見えるんだよ。 ちなみに大企業であればあるほど楠見の力を見抜いていたようで、未だにトラブル発生時は楠見の真似をしろというのが現場の鉄則らしい。 実際に今でも効果があると聞くぞ」


「そんな優秀なエンジニアが、なぜに貧困にあえぐような真似をしてまで自分がエスパーであることと特殊な力を公表することを避けていたんでしょうか?」


「さあな、私は楠見じゃないから彼の思いは分からんよ。しかし……あ、これはオフレコでな。 これから話すのは楠見の仕業だとは決定づけられていないことだ。まあ私は楠見の仕業だと断定するがね」


「ええ、結構です。ファイルにするにも推測だけでは記事に出来ません」


「あのな、地球で宇宙船の全艦艇に対し、特に宇宙軍の艦艇に対してはファームウェアの全面改修が秘密裏に出た事は憶えているか?」


「ええ、あれは唐突だったと過去を知る人間は皆、驚いたと言ってますね。 それも軍用艦艇のファームウェア全面改修ですからね。費用も時間もとられて、 その間に極地紛争でもあったら出られる艦艇がなかったと冷や汗かいたと言ってました」


「うん、それなんだがな……バグを見つけたのは、どうも楠見じゃないかと私は見ている」


「え?! そんな事、記録も何も残ってませんし、あのバグ事件は軍の内部で発見されたんじゃなかったんですか?!」


「違う。ある時、何処とも知れぬところから一通のメールが来た。 誰とも分からぬように追跡すら出来ぬように巧妙に軍工廠あてに送られてきたメールなんだが 受け取って中身を見て驚いた! 完全だと思っていた軍の艦艇に、それも枯れて安定したはずのファームウェアに致命的なバグがあるという報告、 そして、その対処方法まで添付ファイルに書かれていた」


「初めて聞きました、その話。それで、そのメールの大元がタダス・クスミからだと? その証拠も何も無かったわけですよね」


「だからこそ、だよ。軍に送りつけるメールに送り元が不明なんて普通はありえないだろう? あまりの大事に、 それこそ秘密裏にではあるが大量の人員を割いて送り主を探したよ。 しかし手がかりすら見つからなかった……そこまでのハッキングができる人物で軍が知らないなんてのは消去法としてみても残るは……だよ」


「そうでしたか。しかし、惜しいというか太陽系から飛び出て正解だったというか、 どう考えていいのか理解不能になってきましたよ、私自身。 太陽系内で今もいたとして果たして彼が自分に満足する仕事なんて、あったんでしょうかね?」


「それには即答できる。無いよ」


「あっさりと、まぁ(笑)」


「地球だとか太陽系だとかで縛れる人間じゃないね彼のような人種ってのは。 まあ、だからこそ銀河系でも狭すぎて楠見を取り込めなかったんだろうし。機械生命体だっけ? 楠見を永久皇帝に祭り上げようとしてたってのは。 そんな地位や権力、金や色でも無理なんじゃないかねぇ、楠見を1つの星域や銀河に縛り付けようとするのは」


「1つの銀河でも無理ですかね?」


「だって実際に銀河系もアンドロメダもマゼラン星雲も飛び越えて行っちゃったわけだしね、楠見のやつは(笑)」


広大なる自宅を辞するときに、いみじくも彼が呟いたのを私は聞き逃さなかった。


「楠見が帰ってくるとすれば一時帰郷で遥か遠くへ行く準備をする場合くらいかな? それくらいしか 私には楠見が銀河系に戻ってくる意味が思いつかないよ」


今日も今日とて、あの伝説の地球人、タダス・クスミは何処かの銀河で何処かの誰かを助け、 トラブルを当然のように解決し、それが日常であるかのように報酬も求めずに去っていくのだろう……

彼によって、いくつの銀河、いくつの星、いくつの命が救われていようとも彼には、 これから彼を待つであろうトラブルの解決しか頭にないのだろうか? 

故郷の銀河系に彼が再び戻ることはあるのだろうか? 

私の思いなど無限の宇宙に比べて微々たるもの……


後日、伝説の地球人についての半生記は出版された。

感想は太陽系人と、それ以外の星系、銀河の者達についてが全く違っていた。

太陽系に住む者達は誇り高き太陽系の先駆者として憧れを抱き(一部は別)それ以外の生命体は、 とてつもない偉業を成し遂げつつある一人の太陽系人の伝説とも言える過去が理解できるただひとつの本として爆発的に売れたことは間違いない。


本人に、そのことを知らせようにも今、楠見糺は何処にいるのかもわからない……

ただひとつ、明確にわかっているのは今も宇宙が平和であり続けているのは 楠見を始めとする宇宙船フロンティアのクルーたちが今もトラブル解決を行っているからである……



おまけその4(銀河のプロムナード短編その四)


私は、とある地区の教育問題担当委員。

文部教育担当大臣からのお墨付きを頂いている、由緒正しい教育評論家である。

この頃、私も楽ができている……

ということは、言い方を変えれば、私の出番が減ったということなのだが。


「はぁ……もう20年早く産まれていればねぇ、私の活躍の場が、いくらでもあったんでしょうけれど……」


愚痴も出ようというものだ。

10数年前に、教育改革として試験的に導入された「教育機械」。

これが、あまりに素晴らしい成果を上げたがゆえに、私達「教育問題評論家」は、お役御免に近い状況になってしまった。

そりゃそうだろう、それまでは、教える方も、教えられる方も(いわゆる、教師と生徒)人間同士で、相性やら人間性の問題やら、様々な軋轢があった。

それが、教育機械という、とてつもなく優秀な機械教師が出てきた。

それまで隠れた犯罪素質を持つ教師やら、テロリストじみた考え方してるけどペーパーテストは優秀な教師やら、 とんでもない「似非教師」が多かったところに、理想的な「知識を有効活用するために作られた機械」が出てきたのだから。

あっという間に学校には「教育に情熱を感じる本物の教師」しか残らなくなり(当たり前だ。 身体の使い方を教えるか、それとも情緒・情操教育関係しか教師の場所が無くなったんだから)似非教師は全て排除される。

生徒の問題も、ごく一部を除いて、あっという間に問題は解決する。

いじめ? 

教育格差? 

問題行動? 

そんなものは、あっという間に解決する。

なにしろ、機械が教えることは全て同レベルにして高レベル。

通常の大学院ですら教えないような事まで、わずか10歳未満の子供に教えている。


ごく一部とは、いわゆる「天才児」たちのこと。

通常の子供が天才児と同様になるのだから、天才児はどうする? 

これが問題となる。

あまりに地力が違うため、一般生徒と天才児を同じに扱うことは無理である。

しかし、教育の平等を謳うためには、これを何とかしないといけない。

結局、採用されたのは「飛び級」制度。

昔懐かしいというか、一部の国では習慣となっている制度ではあるが、これが適当と判断された。

こういう事があったがゆえに、世の中は、概ね平和となる。

教育問題が叫ばれたのは、教育機械が試験導入されてしばらく経った頃まで。

それ以降は、ばったりと声が上がらなくなった。


「モンスターペアレンツなんて声も、昔はあったのよね―……馬鹿みたいな親は教育機械でデータとして 出されたものに反論なんか出来ないってことに気付いたら、馬鹿が収まったようだけど」


子供の可能性とか、教師が悪いとか、親馬鹿を地で行く馬鹿な大人たちは、 蛙の子は蛙という現実を突きつけられて、夢から覚めてしまったようだ。


「先生、気を落とさずに。まだまだ世の中に問題点はいくらでも有りますって!」


マネージャ(秘書とも言う)が気遣ってくれるが、そんな言葉じゃ立ち直れない。


「それもこれも、全ての原因は、あの伝説の地球人と、 宇宙船フロンティアよ! 余計なことしてくれたわ! 宇宙に平和をもたらすだけでよかったのよ!」


そう、全ては宇宙船フロンティアと、その船長のせいだ。

もともと、銀河系に教育機械などというものはなかった。

睡眠教育は、様々な段階で試験的に実施されていたが、 色々と問題点があり、実用的なものになっていなかった。

そこに、宇宙船フロンティアからの電撃的ニュース! 


アンドロメダ大星雲の平和的トラブル解決したから、銀河系から使節団と平和条約締結交渉団を出してくれ、と、いつもながら唐突な要求。

おっとり刀で、フロンティアの搭載艇に使節団と交渉団が乗り、アンドロメダへ行ってみると、もう交渉の舞台は整っていて、細部を煮詰めるだけ……

さくさくっと平和条約や相互救援条約が締結され、そのお返しにとアンドロメダ側から贈呈されたのが、教育機械一式。

銀河系へ持ち込まれたそれが、中央技術試験所で、銀河系生命体用に改良されたのが、わずか数ヶ月後。

量産体制が整うと、あっという間に銀河中に教育機械が流通していった。


今まで、各々の星系で子供の教育に苦心していたのが、見事に解決! 

面白いことに、長い教育期間でなくとも済むために、社会労働人口が数年で倍近く増加することになる。

特に太陽系では、どれだけ労働人口がいても仕事に困ることがないので、これは政府も社会も歓迎する。

まあ、子供を労働させるなどという事は、さすがに無いが(ただし、 飛び級の天才児は別。超知能やエスパーの素質があるものが多いため、 政府の直轄特別組織に組み入れられて、子供でも政治や宇宙救助組織の士官スタッフとして特別に教育される)


これから、私達のような「文句を吸い上げて声高に叫ぶ」タイプの評論家は衰退していくだろう……現に、 もう若いけれど実践的な教育問題専門家が登場してきている。

宇宙は平和だけど、私は不満だ。

一言だけ、言わせてもらいたい。

フロンティアの、バカやろーっ!