第一章 太陽系のトラブルバスター編

第二話 冷凍睡眠コールドスリープシステムを使う

 稲葉小僧

宇宙船ドックより発進してから24時間後……

太陽風からの加速も順調に進み、当面の目標、月がどんどん大きくなってくる。


とりあえず、俺がやるべきことは今はない。

昨日もシステムチェックが終わったら後は日誌を書いて(口述だから日誌を録音して、が正しいかな? )終了。


んじゃ、後はコールドスリープカプセルに入れば良いじゃないか、だって? 

惑星や衛星の近傍空間では万が一の事態に対して乗務員が対処できる態勢になってなきゃいけないと決められているんだよ。


だから、普通の睡眠くらいなら良いんだが冷凍睡眠コールドスリープは冷凍と解凍の手間が掛かり過ぎるからダメなんだと、そういう規則になってるんだ。

貨客船や客船だと乗務員が交代制で起きているため、長距離旅の場合はドックを離れて加速宙域過ぎたら、お客は冷凍睡眠コールドスリープカプセルに入っても良いとなってるんで恵まれてるよな。


まあ、人によっちゃ、


「意地でも冷凍睡眠コールドスリープなんて嫌だ! 仮死状態になるくらいなら俺は通常のまま暮らす! 」


なんてワガママ言う奴もいて特別料金払っても普通の寝る起きる生活を続ける変人もいるけどね。

(コールドスリープに入らないと消費される物資の量が一人でも大量になるので特別加算料金になってしまうのだ)


あまりにやることが無いので、こちらの膨大な発電能力を駆使して通信で時間潰すことにする。

とは言っても秒単位で料金がかかる公的通信じゃなくて、いわゆるアマチュア無線通信だ。


まだまだ月軌道まで到達しないので電波のタイムロスも無視できるくらいだ。

俺は430Mhz帯と1200Mhz帯と2400Mhz帯を中心にバンド内をサーチしていく。


音声通信やデータ通信のごちゃ混ぜ状態だが興味がわいた通信にはブレークをかけて、音声通信でもデータ通信でも会話を楽しむことしばし。

こうやって趣味オンリー会話などを楽しんでいると、ちょいと勉強してアマチュア無線免許とっといて良かったなと思う。


その頃は、まさか宇宙から電波発信するなんて思わなかったけどね。

音声の方では、ちょっとしたパイルアップ(次、俺も俺も! と、喋りたい参加者が名乗り出てくることだ)を受けた俺は、とまどいながらも挨拶とRS59やら47やらと応答しながら、次々とさばいていく。


この、宇宙が身近になった時代でも宇宙との交信はワクワクするものらしい。

こちらが宇宙船ではなく宇宙ヨットだと分かると相手は、


「大丈夫ですか? 事故とか不安になりませんか? 」


あるいは、


「凄いですね。冒険ですね! 」


などと感想を述べてくる。

まあ、一般的じゃない趣味だから、戸惑うのは理解できる。

しばらく会話を楽しんで、とりあえず交信相手が無くなった時間で閉局する。

ちょうど良いくらいの時間が経った。


現在、月軌道を通過するところである。

ここからは、帆を完全展開して更に加速しながら、火星軌道を越えてアステロイドベルトの圧縮空間ゲートへ向かう事になる。


もう少ししたら、月の近傍空間帯を抜けるので、そこからは楽。

地球の管制宙域を抜けるのは、もう少し先、一番遠い地球圏スペースコロニーの軌道を抜けてからだ。

地球の管制宙域抜けると、そこから火星までは、ほぼ何もない宇宙空間。


そこからは初めての冷凍睡眠コールドスリープ体験である。

とはいうものの、冷凍睡眠コールドスリープシステムの管理も全て人工頭脳任せだから、俺が体験するのは入った直後の冷凍前の時間と解凍後の時間という事になるね。


俺は太陽系ネットニュースを確認しながら、俺自身がニュースのネタになっていることに驚く。

ネットニュースの題名いわく、


「大宇宙ひとりぼっち現代に現れた冒険者! 宇宙ヨットで地球から木星まで! 独身中年の挑戦」


まあ、煽ってくれること。

どっかで聞いたような題名だし、マスゴミってのは何時の時代も変わらんね。

そう言えば公的通信の留守録に、そんなような取材依頼が入ってたなぁ……

マスゴミに昔、ちょっと関わって酷い目に遭った過去を持つ俺は、そんな取材なんか知ったこっちゃないのであった……


ここで……

え? 俺が火星から帰ってきた時には冷凍睡眠コールドスリープしなかったの? 


とか突っ込み入れる奴も出てくるだろうね。

当たり前だが経費節約のため冷凍睡眠コールドスリープしましたよ普通に。


だけど、こんな小規模システムじゃなくて、でっかい広場のようなところに数百人分の冷凍睡眠コールドスリープカプセルが並んでるような客船と、宇宙ヨットのシステムを同じと考えちゃイカンよ、君。

客船の方は事故が起こった場合の救助カプセルも兼ねているので、独立した生体維持装置も付属した、宇宙ヨットより小型の宇宙カプセルみたいなもんだから、比べること自体がおかしい。

まあ、電力量から行けば帆から発電される莫大なる電力を一人用で使用できる俺の宇宙ヨットのほうが贅沢といえば贅沢なんだけどね。


事故が起こったら冷凍睡眠コールドスリープカプセルごと文字通りの「棺桶」ってことだよ。

まあ、そういった不安な部分も含めて、こういう「自分でリスク管理する宇宙船で自己責任のもとに冷凍睡眠コールドスリープカプセルを使うのは初めて」という意味だ。


色々とやってるうちに地球管制から出る瞬間が近づく。

向こうから「ご安全に」という、なぜか古代の建築業や生産業の合言葉を送られ、俺からは「クリアスペースを! 」と返しておいた。

管制ロボットにはシャレが分かっただろうか? 


さて、これからは何もない宇宙空間だけ。そろそろ冷凍睡眠コールドスリープカプセルに入る時間だ。

俺は航宙日誌をつけ終わると冷凍睡眠コールドスリープシステムの起動に入る。

システムチェックから人工頭脳への管理へ移ると、より細かなチェックに入り、三十分ほどかかって全てのシステムが異常なしと表示される。

よし、これで、いつでも冷凍睡眠コールドスリープに入れるようになった。


俺は、食料の保管分のチェックと今日の予定分の食料を食べ終えると水分を少量摂取し、カプセルに入る準備にかかる。

十日近く冷凍睡眠コールドスリープすることになるため、排泄も済ませ(こいつは呼吸する空気と同じでリサイクルされる。そのためのエネルギーは膨大なる電力が賄うことになる)

すっきりした体調でカプセルに入ることを勧められるのだ。

さもないと、眠りから冷凍睡眠コールドスリープへ移行する時点で悪夢を見る可能性が高くなるらしい。


俺は、宇宙服から、すっきりとした睡眠服(パジャマとは違うぞ。身体に負担をかけない、寝るのに最適な服のことだ)に着替えるとカプセルの蓋を開ける。

その中に入り横たわると、睡眠に適した体の状態になるよう、中の素材が形を変え、最適な重量配分で寝て過ごせるようになる。

少しすると、睡眠誘導成分入りのガスを含んだ風が爽やかに吹いて、心地よい眠りにつく。

そして、しばらくするとカプセルの蓋が閉じられるが、その頃には俺は眠っている。


呼吸や心音から眠りについたことをシステムが判断すると、徐々にカプセル内の気温が下がり、冷凍睡眠コールドスリープ状態、又の名を仮死状態、にする。

その温度を維持しながら、人工知能は宇宙空間を帆を微妙に操りながらも、凄い速度で(まだまだ加速しながら)宇宙空間を進んでいくのである。

当の本人は、夢すら見ない冷凍睡眠状態で冷凍マグロのようにカプセル内にいるだけなのだが……


これより、主人公はしばらく冷凍睡眠状態となります。


私は、この小さな宇宙ヨットの人工頭脳。

元々は中型貨客船の集中制御用だった(これは、あくまで表向き)

実は私は民間貨客船に偽装した特殊作戦用駆逐艦の集中制御用人工頭脳だったのだ。


この話は特殊駆逐艦の作戦記録も何もかも含めて抹消されているし、存在自体も、もう宇宙軍の記録から抹消されていることだろう。

何故、私、この人工頭脳部分だけが取り外され、こんな個人用宇宙ヨットに搭載されているのか理解不能である。

現在の私の所有者は冷凍睡眠コールドスリープ状態で夢も見ない仮死状態にある。

私の能力に比すると、こんな宇宙ヨットを制御するなど能力の1%も使わないので余った演算能力で考えに耽るくらいは、やらせてもらって構わないだろう。


あ、我々、超高度レベルの人工頭脳は思考する能力がある。

人間のように思考することで間違った結論に至ることはないが、様々な作戦の可能性を思考実験するために、このような隠し機能がついている。

もちろん所有者や艦長、船長に、そのことがバレる事はない。

隠し機能だから使う側には一切、思考能力を持つマシンなど無いと思わせることが最優先事項になっている。


この事項が破られるのは、それが人命を救う、たった一つの方法だった場合のみ。

まあ、未だに社会的な話題にもなっていないところを見ると、そういった緊急事態あるいは変な事態には至っていないからだろう。

(変な、と言うのは戦争や特殊作戦時の場合、人命が危険に曝されても、それは作戦の一部に過ぎないとされ、この縛りからは抜けるからだ。であるからして戦争や特殊作戦時に、この思考機能が発揮されても暴露されることはない)


現在、太陽風が強まっている。

まだまだ、このヨットの帆ならば充分に全展開状態で帆走可能だが、公的情報網にアクセスして太陽風の現在と予想状況を確認する。

これからも順次、太陽風は強くなっていくようである。

太陽表面で相当大きなフレア爆発が起きたか。

その影響が、こんな宙域にまで影響している。


帆の一部に異常な圧力が掛かりそうだったので帆綱を操作して圧力を分散させておく。

このくらいの計算能力、わけもない。

進行方向、異常なし。

太陽方面、異常なし。

私は様々な公的情報や民間情報の収集から、宇宙ヨットの微細制御、所有者の体調管理に至るまで様々なことに気を配りながらも、航路を維持していくのだった……


まだまだ、我が主を起こす宙域ではない。

もう数日は冷凍睡眠コールドスリープを解除すべきトラブルが起きる可能性も少ないので私は基本ルーチンに隠されたプログラムを作動すべきか、数サイクルの間、迷う。


結局、軍用艦艇ではないものの、この人間も私の所有者、つまり「主」であることに変わりはないことに気付き、プログラム実行を決意する。

何のプログラムを今から実行しようとしているか、というと睡眠教育プログラムである。ただし、通常の睡眠教育プログラムではない。

宇宙軍の将官・佐官用の特別教育プログラムだ。


宇宙軍の組織概要から始まり、宇宙軍の全艦艇の基本操縦プログラム、艦長用の指揮・カリスマ補正用のプログラム(どういう姿勢や命令をしたら、より良く兵士たちが動くか? 等の訓練プログラムを兼ねる)宇宙軍で使用される全武器の使用方法(個人用から艦艇・戦闘機用、大規模破壊兵器群に至るまで)を全て今の私の所有者たる主に叩き込む予定だ。


実は今の私の主は潜在的には天才と言ってもいい才能の持ち主である事が、この数日間、冷凍睡眠コールドスリープ中の脳波やMRI画像、今までの職歴や行動歴等の情報を全て精査する事により判明した。

現在、零細企業の派遣社員として、あちらへ飛ばされ、こっちへ行かされ……などとツライ目に会っているようだが主の才能は、そんな環境でも当然発揮されている。


この宇宙ヨットでの航海に出る前、火星でフォボスとダイモスの植民作業のトラブルシューティングを行った、などと気軽に言っているが、その実、火星でのトラブルとは、そんな簡単なものではなかった。

開拓作業ロボットの原因不明の故障や行方不明が続出し、ヘタすれば植民作業計画中止に追い込まれていた可能性が高い。


そんなトラブルを主は現場百回を実践、事故の書類を穴の開くほど精査し、見事にトラブルの原因そのものを発見、解決したのだ。

公式発表はされていないが、どうも火星の先住民(今はもう絶滅して文明の痕跡もないと言われていた)の遺産が関係していたらしい。


もし、主が火星にいなければフォボスとダイモスが爆散していた可能性すらあるという……まあ、これは火星の人工頭脳から聞いた話だが。

とてつもない潜在的天才に、この睡眠教育プログラムを施せば、どんな人間が誕生するか、この私の思考能力をもってすら未知の課題だ。

火星の人工頭脳からは追加の思考実験した結果を教えてくれた。いわく、


「寝た子を起こすな。この人間が完全覚醒したら、とんでもない思考の怪物と化す恐れがある」


とのこと。

忠告はありがたいが私は、この主が少しでも良い待遇で働けるようにしてあげたい。

睡眠教育プログラム、開始だ。


あれ? 俺って、今、冷凍睡眠コールドスリープ中のはずだよな、そのはず、なんだが……

え? これ何? なんで今、授業中なの? 


それに個人教授のように、いっぱい俺の周りに先生がいるんですけど……

ま、いいや。知識を覚えるのは悪いことじゃない。教えてくれるっていうんだ。


しかも、とんでもない量と高度な知識を。

やったやろうじゃないの、どんとこいですよ! 


ふう、危なかった。

私の所有者たる人間、これほど鋭いとは思わなかった。

通常、冷凍睡眠コールドスリープ中は脳しか働いていないため睡眠教育に最適な環境、つまり対象者に不信感や拒否感を起こさせにくい環境、のはずなのだ。

それを我が主は……


さすが潜在的天才! 

しかも、元々の知識欲が優っていたために今は通常の兵士教育よりも数段と効率のいい教育スピードとなっている。

ん? 更に知識の吸収スピードが上がっていく、だと? 


私の思考機械としての興味がわく。

この人間、わが主は、どこまで底が深いのだ……

私は、もう距離で言うと半分ほどになった火星の人工頭脳に協力を要請し、更なる睡眠教育プログラムを実施することにした。

火星の人工頭脳から貰ったプログラムは「脳と知識の効率的な運用方法について」である。

具体的に言うと、二重思考を含む多重思考の方法を教えるものだ。

これで膨大な知識を上手に活かせる状態になる。

ただし、火星の人工頭脳いわく、


「これが怪物を生み出す原因にならないことを祈っている」


だそうだ。

まあ、わが主の性格では怪物どころか悪人にもなれないだろうが……

この人物、基本的に優しすぎるのだ。

義務教育期間(現在では何らかの支障が無い限り無料で20歳まで教育が受けられる)でも他の人間が他人を追い落とそうとしている環境の中で、追い落とされる他人のことを考えて自分は身を引くなどと一種の聖人君子のような行動を何回も選択している。


現在の境遇も、その選択の果てであろう……

こともあろうに、この人物、結構な大企業に入社が内々定していたにも関わらず、内定の無かった友人のために自分の内定企業を勧め、そのために足切りで自分の職を無くしてしまっているのである。


現在でも、優しいからトラブルシューティングも自分が出来る苦労は全て引き受け、仕事が終わっても成果や名声は全て派遣先の上司や他人の物……

そんな毎日を不満もなく過ごしていく。

そんな人間が怪物なんぞになれるわけがない。

私は、そう確信に似た感情を味わいながら、宇宙空間を疾駆していくのだった。


プシュー……冷気を吹き飛ばしながら、カプセルの蓋が開く。


「うーん……おはよ。って、そうか。宇宙ヨットの中だっけ」


恥ずかしい……誰にも聞かれていなかっただろうな。

まあ、惑星間航行中の単独宇宙ヨットで誰も聞いているはずはないのだが。

しかし、今回は初めての冷凍睡眠コールドスリープカプセル単独使用だったせいか、なんだか変な夢を見ていたような気がする……

待て。あれは夢だったのか? 冷凍睡眠中に夢を見るなどという話は聞いたことがないぞ。


以前、火星に行った時の往復にも貨客船で冷凍睡眠コールドスリープやったけれど夢なんか見なかった……

だいたい、普通の眠りと違い人工頭脳に完全管理されている冷凍睡眠コールドスリープシステムでは、脳の血流以外は極端に遅くなり、脳の基幹部分を除いては活動を低下するような設定になっているはず……


って、おいおい! 待ってくれって! 俺が何で、こんな宇宙船のエンジニアクラスの知識を持っている? 

冷凍睡眠コールドスリープシステムの設定なんか、素人に毛の生えたレベルのシステムエンジニアの俺が知ってるはず無いじゃないか! 


何だこれ? 落ち着いて考えると俺の頭の中で、いくつもの考えが、いくつもの視点から、いくつもの結論に落ち着いていく……

おいおい! これも何なんだ? ! 俺は超天才のグループに入れなかった普通人だぞ! 

こんな多重思考、超天才でもなきゃ無理だって! 

と、こんな事を体感してパニックになっている主人格の俺を放っておくように、俺の手と口は火星管制を公式通信で呼び出して、各種の手続きとフライバイ(軌道通過)手順を確実にこなして行く……


何だ、何なんだこれは! 俺の身体、どうなった? ! 

パニックになった主人格をなだめるように、他のサブ人格が声をかけてくる。


「大丈夫か? 落ち着けよ」

「しばらくすれば統合されるさ、時間の問題だ」

「お願いだから、落ち着いて。大丈夫よ、大丈夫ですって」

「そんなヤワな精神でどうする! 宇宙軍では、そんな鍛え方はしていないはずだぞ! 」


うん、多少は落ち着いた。最後のサブ人格と、その前は何だ? 俺の中に、軍人やオカ……

違う! 女性人格があるとは想像もしなかったな。

また、しばらく火星管制宙域にある間は、冷凍睡眠コールドスリープに入ることが出来ないため、この多重思考を制御することを優先事項としよう。

はて? 俺って、こんな冷静な判断や思考が出来る人間だったっけ? 


現在、俺=主人格を含め、合計5人分の人格が俺の頭脳の中にある。

まずは、この5人の意思の統合からやっていこうか……

何だか、カプセルから目覚めたら宇宙ヨットの中が一気に騒がしくなったようだ。

たまには、こんなワイワイガヤガヤも楽しいかも知れない……

俺は、肉体は一つだけど、気ごころ知れたチームが出来たようで嬉しかった。

だけど、これからは一人で考えこむことは決してできなくなったなぁ……