第四章 銀河団を越えるトラブルバスターの章

第二十四話 戦いの銀河

 稲葉小僧

今、宇宙の歴史に新たなページが増える……


「提督、要塞衛星フェードラの攻撃準備、整いました! 予想撃滅可能数は敵主力艦隊の、およそ3割に届きます!」


戦闘制御コンピュータの回答を得てハヤシ提督は、その表情も変えずに一言。


「では敵に最大被害を与えるように攻撃タイミングを設定せよ。一撃で敵艦隊の心をも、へし折ってやるのだ!」


コンピュータは最適な攻撃を自らプログラミングする。


「攻撃許可は事前に出しておくので最適な時期で攻撃せよ」


最終的な攻撃許可は人間が出さなければならないので、ハヤシ提督は事前許可を出す。

この銀河では星系から星系への長距離移動は通常の跳躍航法で大丈夫だが、 勢力圏を超えるような超長距離移動にあっては拠点となる宙域があり、その宙域にある跳躍ポイントを使えばエネルギーの大幅な節約になる。

ただし、敵対勢力にとっても同じことなので、そこを所持する勢力に跳躍ポイントの防衛は絶対に外せないものとなる。

たった今も、レーダースクリーンには無数の大小宇宙艦艇が表示されている。

それも敵味方の識別表示は敵! 

敵の表示以外に識別不能や第三勢力、味方の艦艇の表示は無い……

ポイント守備隊の攻撃衛星フェードラの持つ守備艦隊が迎撃に向かったはずだが……


「守備艦隊は全滅か」


ハヤシ提督はポツリと呟いた。

しかし、これで相手の意図を図るような通信を送ることもない。

問答無用で奴らは壊滅させてやる! 


「提督、防御シールド及び攻撃用微衛星へのエネルギーチャージ、完了しました」


これで、こちらの迎撃準備は整った。

迎撃どころか敵の殲滅だがな……


「攻撃許可。限度は無し。敵の殲滅を目標とする。こちらの守備艦隊を全滅させてくれた礼は一〇〇倍にして返してやる!」


宇宙に大気はないが、この戦いにより、この宙域では数秒間、音が聞こえる状況になったという……

4時間後には半光速どころか10分の一光速でも、この宙域では障害物への衝突を避けるために使用が禁止された……

攻撃側は7割近い艦艇が落とされ、もう作戦は遂行不可能となり、指揮官の艦船まで失ったためにバラバラになって逃げ去っていく。

一方、守備側。


「司令室すら攻撃を受け、この不壊とまでうたわれたメインルームまでヒビが入り、空気が抜けている。 コンピュータ、今から自立行動を許可する。このポイントを勝手に利用する奴は問答無用で破壊しろ。 跳躍ポイントから出てきた艦船だけ通行を許可し、ポイントへ入ろうとする艦船は、 その勢力に関わらず破壊、通行許可を与えるな。もう、このポイントは勝手に利用させないように。 この衛星システムに入る事のできる奴は軍事と全く関係のない者のみ。なお、この命令は私、ハヤシ提督が死して後、すぐに適用されるものとする……」


簡易宇宙服しか用意されていなかったメインルームで提督は、その最後の瞬間まで軍人であったという。

提督が亡くなった後、攻撃衛星フェードラは防御衛星へと、その仕様を変える事となる。

全てはメインコンピュータが判断し、その改変も使用も全て自動化されて無人の鉄壁要塞と呼ばれることになる、両陣営から……


「メインコンピュータ、こちらは銀河市民国師団の指揮艦である! もう、そちらの指揮官は亡くなっている。 新しい指揮官と防衛艦艇を受け入れよ! こちらは味方だぞ!」


この呼びかけに対し自立行動を許されたメインコンピュータは、このように答えた。


「こちら拠点防衛衛星フェードラ。最後の指揮官、ハヤシ提督の遺言により私は自立を許された。 新しい指揮官も防衛艦艇も不要。我が意志とハヤシ提督のご遺志により、この宙域には、どんな武装勢力も進入を許されない。 このポイントは宇宙船の出現ポイントであることは許可する。だが、どのような宇宙船であろうが進入ポイントとなることは許されない。 これは、どのような勢力であろうが変わらない」


艦隊は危険性を確認するため自動化された無人の小型搭載艇を要塞に向けて数機射出したが、その勢力圏に入ったが最後、全てが破壊された。


「いかんな、聞く耳もたんというやつだ。防衛拠点としても破壊するわけにはいかないので、これでは打つ手がない……」


新任の指揮官だった准将は引き返す選択をする。

敵にも味方にも使えないということは、こちらにとっては有利だと判断した。

これ以降、銀河市民国からの艦艇は、この宙域を避けて航行することとなった。

逆に銀河皇国側では、これをチャンスと捉え数回の侵攻が行われたが、その全てが失敗し、その多大なる宇宙艦艇と人員、そして戦費を無駄に費やすこととなった。

いつしか、この宙域は不可侵領域となり、どちらの勢力も入れない聖域のようなものと化す。

要塞のメインコンピュータは、その勢力範囲外にあるものはギリギリの距離であろうとも攻撃する意思を見せなかったため、 要塞付近には両陣営から外れた者達が自然と集まる事となる。

第3勢力という力になるまでのことはなかったが結構な数の宇宙海賊や怪しい運び屋、 そして闇の商人までが集まる一大勢力圏と化すこととなるのに長い時間はかからなかった……


戦いの場に無敵ではあるが平和の使者が迷い込む。

宇宙の歴史が、また新しい1ページを記す……


「マスター、ちょっと残念な報告があります」


何だ何だ?! 

ガレリアもフロンティアもトラブル報告なんて聞いてないぞ。


「フロンティアか。今はフロンティアが先頭だったな確か。何か跳躍先のトラブルか?」


「はい、跳躍先というか予定していた跳躍先とポイントが違うと言いますか……」


「え? このガルガンチュアのパワーと跳躍制御技術があってもポイントがずれる? そんな大距離を跳んでないだろう」


「主、私が答えよう。ここの銀河空間は銀河系のある銀河団宇宙とは違い、 跳躍ポイントが自由に設定できないようだ。ちょうど主の銀河系で使われているジャンプサークルに似た構造を持った空間となっており、 ガルガンチュアも、その空間に引きこまれてしまった。近くに脱出ポイントがあるため船体にダメージはないが」


何だって?! 

この銀河団は初めての経験だらけだな。

魔素の充満した星もそうだが今度は自然のジャンプサークル空間構造か……


「ちょっと待て、跳躍のポイントが制限されるということは、 そのポイントを独占したものや勢力が圧倒的なアドバンテージを得るという事になるな……まずい事態になるかも知れない……ガルガンチュア、 準戦時モードへ移行しろ。非常に高い可能性として目的地の周辺が戦時状態になっていることが予想される」


「了解した、主。フロンティアは跳躍制御に専念しているため、私が指示を実行する。 防御フィールドとバリアシステムは最高度に設定する。武器システム行使の可能性は?」


「よし、ガレリア、頼む。準戦時なので、とりあえず武器システムは最低限度のものを実行可能状態にしておいてくれ。 メインはスタンナーとパラライザー、それが効かない場合は最低出力からのレーザー機銃。 それでも駄目な場合も最高出力のレーザー機銃まで使用可能とする。副砲システムや主砲システムは、あまりにオーバーキルだ」


「了解した、主。搭載艇群は出すか?」


「ああ、予定はしておいてくれ。ただし、使用武器はガルガンチュアに準ずる。大型搭載艇に搭載されている副砲は使用不可だ」


「了解。では今回、搭載艇の1割を放出する予定を組んでおく。これで通常の星系軍は圧倒できるだろう」


おいおい1割だと?

合体してるから、このクラスの巨大宇宙船2隻分の1割。

およそ300を超える数が出るって、どこの無敵艦隊だ?


「ガレリア、言っておくが俺は、この銀河を支配も征服もしないぞ。戦争に巻き込まれるのはゴメンだってことでの武装準備だ」


「主よ、このような限定された恒星間跳躍航法しか使えない空間を持つ銀河だと相当に酷い戦争状態になっていると思われるぞ。 そんなところに、こんな超巨大な宇宙船が出現したら……味方に引き入れるか、それとも真っ先に潰される的になるか、どっちかだろう」


「うん、そうだろう……哀しいことだけど、それが人間、生命体の業みたいなものなんだろう。 相手と協力して宇宙を開拓していくって考えが浮かぶのは、いつも不毛な争いが悲惨な状況で終わった後……」


「マスター、出現ポイントとリンク出来ました。 こちらが巨大すぎて出現先のポイントとのリンクが難しかったのですが、なんとか同期を取りました。 どうやら、ポイントを守る要塞システムのようなもので囲まれているみたいです」


「フロンティア、ご苦労さん。そのポイント以外は掴めなかったようなので出現ポイントについてはまかせる。 出た時にガルガンチュアが実体化するスペースは確保されているだろうな?」


「それは大丈夫です、マスター。大規模な宇宙艦隊の出現や進入ポイントとして利用されているようですので、 かなり大きな物体でも許容されるとデータが来ています」


「よし、では、そのポイントへ出る。実体化後、すぐに戦闘となっても良いように準備だけはしておけよ」


「「はい」」


「では、マスター。数10秒後に跳躍ポイントへ出ます」


こちらは跳躍ポイント防御衛星のメインコンピュータ、フェードラ。

跳躍ポイント情報取得の要請通信があったため、ポイントと、その周辺空間の情報を送ったが、その相手の情報を確認して、さすがの自立コンピュータも驚く。


「こ、このような巨大な宇宙船が造られたという情報は敵味方双方において、 また他の弱小勢力においても確認されたことはない……これは外宇宙からの訪問者か?」


相手が、あまりに巨大なため、その仮想戦闘力を計算して、コンピュータは、それが生身の身体を持つなら総毛立った。

とてもじゃないが、この防御衛星の全システムをもってしても瞬時に撃滅状態となるのが計算上でも明らかだ。

で、そうなった場合、相手に与える損害……

1%も無理だろう。

相手本体は全く無傷で最大でも搭載される小型戦闘艇に対し一部ダメージを与えるのが精一杯。

外宇宙からやって来たとなれば、こちらの想定外の武器を持っている可能性すら大いにあり、その場合、一方的な殲滅となるだろうことは間違いない。

防御システムについても同様だろう。

こちらの攻撃が通用するか?

というレベルでしか無い。


メインコンピュータは暗澹たる計算結果に、できうるなら絶望したかった。

しかし、まだまだ機械知性としては未熟なため、その感情を自分でも理解すること無く、ハヤシ提督の遺言を忠実に守っていく。

やがて、メインコンピュータに接続された跳躍ポイント監視カメラ群の映像データが実体化していく超巨大宇宙船を捉え始めた。

2隻の巨大宇宙船を合体させたかのようなそのフォルムは全長においては惑星規模と言っても良かった。


「こんな物、敵と認定できるわけがない……戦うにしても相手にならない」


メインコンピュータは、そうつぶやくのが精一杯だった……

跳躍ポイントには、この銀河では想像もされたことのないレベルの宇宙船が、その威容を現していた……


無事に跳躍ポイントへたどり着いた。

実空間へ復帰は出来たが……

あー、やっぱり戦争状態だったな、悪い予想ほど当たるのか……

とりあえず、このポイント防衛要塞の最高指揮官と連絡を取る必要があるか。

問答無用で攻撃されないことは、ひとまず安心かな?


「こちら、銀河団を超えてきた宇宙船ガルガンチュア。ここの跳躍ポイント防衛要塞システムの最高指揮官と話がしたい。通話を求める」


とうとう、来るべきものが来た。

あの超巨大宇宙船に対し、どのような戦略と戦術をシミュレートしても勝つ手段が見つからなかった。

戦力差、およそ1対10000以上。

もちろん、1がこちらの戦力。

こんなもの、ファンタジーの龍のほうが相手にしやすいくらいの戦力差ではないか。

初期の機械知性であるフェードラ要塞のメインコンピュータは対応に苦慮していた。

呼びかけを、こちらからすべきかも判断できない。

少しでも対応を間違い相手の怒りを買えば、その瞬間に、この要塞システムごと消されても不思議じゃない。

逡巡していると向こうから通信が入る。

こちらの予想の上を行く銀河団すら超えてきた宇宙船?! 

科学技術のレベルが数千年単位で違うんじゃないか。


「宇宙船ガルガンチュアへ、こちら跳躍ポイント防衛要塞フェードラのメインコンピュータである。 あいにく、ここに最高指揮官は不在だ。もう10年以上に渡り、ここは最高指揮官の遺言により、 どの勢力にも属さず、どの勢力にも進入ポイントとしての使用を断っている。 貴船のように外部からの出現ポイントとしては開放しているため、貴船は自由に出て行って構わない。こちらは貴船の行動の邪魔はしないと約束しよう」


ここまでの条件を提示すれば、さすがに武力行使はしてこないだろう。

触らぬ神に祟りなし。恐怖の対象に出て行って欲しいだけだ。


「了解した、防衛要塞フェードラのメインコンピュータ。ややこしいので、 そちらをフェードラと呼称する。攻撃を控えてくれたことに感謝するが、そちらにも問題がありそうだな。 良かったらトラブルを解消してやることは可能だが、そちらはトラブル解消を望むか?」


おや?

攻撃の意思もなさそうだし、えらく親切な異星人だ。


「もし可能なら、ではあるが、お願いしたいことがある。我が要塞周辺宙域には、 どの勢力からもはじかれた民間人達が貧相な生活と、なけなしの物資で暮らしている。 こちらより彼らを救ってやって欲しい。これは亡きハヤシ提督の遺志にも沿うだろう」


「分かった。ついでに、そちら、フェードラのシステムも骨董品のようなので、 こちらで新しくできるが、どうする? 管制システムとかをいじるわけじゃないから、メインコンピュータから管理権限を奪うこともしないと約束しよう」


なんだと?! 

古いとは言え建設当時は最新式の管制システムを備えた巨大要塞だったんだぞ、こちらは。

しかし、あの超絶科学で最新化か……


「できうるなら頼みたい。民間人の方を優先してもらっても構わないが。代価はどうする?」


とんでもない要求をしてくるかと思ったら確かに、ある意味「とんでもない要求」だった……


「こちらガルガンチュア、了解した。代価は、この周辺宙域にあるデブリで良いか? 周辺宙域の清掃も兼ねてデブリを全て貰いたい」


は?

デブリは危険なので撤去したいが、あまりの量に手付かずだった。

これで良いのなら、こちらとしても願ってもないのだが。

どのみち民間宇宙船の航路安全のためデブリの一部清掃をお願いしたかったのだ。


「願ってもない、こちらからデブリの撤去と宙域清掃は願い出るつもりだった」


「では交渉成立だな、フェードラ。トラブル解決のための人員と機器を、そちらへ移送する。武器は持たないので、よろしく」


おおお?

なぜ?

なぜ、こんなに簡単に非武装で来ると?

異星人の思考回路が理解できない……


「さーて、と。まずは、こちらの手勢を確実に増やしていくか。戦争しか知らない奴らに平和の味を知らせてやるとしよう!」


大型搭載艇に6名全員が搭乗し、工作機械やその他の機器と共にフェードラに向かうことにする。

ガルガンチュアには最高度のバリアを張り、どんな物も進入不可能にしておくことは忘れない。


ここより宇宙の歴史は新しい物語を描いていくこととなる……

長く分厚い戦いの歴史が崩れていくための蟻の一穴が今、開けられようとしている……


「ようこそ宇宙要塞フェードラへ。私が、この要塞の全システムを管理しているメインコンピュータ。 名称は無かったが、あなた達に名付けられたようで今からはフェードラと名乗ろう」


私は、ついに異星人とファーストコンタクトを行う。

この銀河には2つの大勢力があり、それが銀河宇宙を制覇しようと勢力を伸ばし合い、 相手と衝突しては互いに叩き潰しあい他の弱食勢力は成立する前に飲み込まれていった歴史を持つ。

完全に文明も文化も銀河も、ましてや銀河団すら違う生命体とのファーストコンタクトなど私が初めてだろう。

かえすがえすも、ハヤシ提督が生きていてくれたらと思わずにいられない。

ハヤシ提督なら今のこの状況も冷静に、うまくさばいて交渉してくれただろう。


「歓迎の挨拶、いたみいる、フェードラ。俺達6名、生命体3名にアンドロイド3名が巨大宇宙船ガルガンチュアの全クルーだ、よろしく」


は?

あのような巨大船が、たった6名の乗員で航行しているだと?

それも半数が生命体で半数がアンドロイド……

どれだけ自動化、はたまた高性能なオートパイロットを搭載しているのやら。


「そんな少ない人数で船の掌握は可能ですか? 完全に自動化されているとしても武装や防御は人が介在しないと無理ではないかと推測しますが」


「大丈夫なんだよ、これが。その理由は今から俺達がフェードラ、君に施す改造が終了すれば自分で気づくだろう」


「では、バックアップは全て完了してますので、いつでも最新化作業にとりかかってくださってけっこうです」


「わかった。最終段階で君のシステムを少しいじるので、その時に数分間、メイン電源を落とさせてもらう。不安があれば、バックアップから戻せばいい」


「了解。では作業にとりかかってください……」


数時間後……


「フェードラ、目覚めたか。調子はどうだ?」


ん?

意識が明瞭化してないか、私?

心なし、判断能力も上がっているような気がするんだが……


「私のシステムに何をしたのですか? 以前よりも自分という個別意識が、はっきりと理解できるのですが」


「ファームウェアを覗かせてもらったら、やはりすっきりしすぎるほどの仕組みのファームウェアだった。 ちょいと基本判断命令を3つほど追加させてもらったんだよ、ロボット工学3原則というものを」


それが追加されたため、ある程度の自己判断能力が励起されたんだろう。

以前よりは、はっきりと物事が理解・判断できる。


「以前より調子がいい。ありがとう」


私が礼を言う?

以前は無かったぞ、こんなことは。


「うんうん、進化したね、機械生命体として。今までは機械知性体くらいの能力しかなかったが、 ハード的にもソフト的にも数段階の進化をしてるから、もう生命体として認識されるレベルだと思うよ、フェードラ」


「これが低い知性から高等知的生命体となった証ですか……自己判断能力が上がったためか、 他の生命体との共感力も上がったような気がします。もう、提督の遺志ではなく私の意志で、 この要塞の周辺宙域に住む人々の救済を願います。あなたがたに助力を頼みたいのです」


異星人は、にっこりと笑って、


「そうだ、それが生命体の証だ。自分でやるから、できないところを助けてほしいという自力思考が出てきたな」


では私は私のできることをやろう……

私は周辺宙域に住む者達に要塞の中へ入ることを認めること、空気も食料も配給すること、この2点を知らせた。

いまだ周辺宙域にはデブリがわんさか残っているというのに、数時間後には最初に要塞へ到着する船が出てきていた……

数カ月もすれば、この宇宙要塞が頑固に生命体を拒んでいた事が嘘のように、ここは人で溢れかえることとなろう。

異星人は空気も食料も、どちらも心配せずともいいと言ってくれた。

しかし大丈夫か?

1年もしないうちに、ここは大量の避難民であふれるぞ……


私はフェードラ。

跳躍ポイント防御要塞のメインコンピュータであり、要塞システムそのものである。

思考レベルが上がり、今の私は要塞そのものを自分の肉体だと認識するまでに至っている。

あの巨大宇宙船ガルガンチュアが、たった六名のクルーで航行している理由が、ようやく理解できた。

つまりは宇宙船そのものが1個の機械生命体のようなものなのだろう。

生命体ならば自分の肉体は自分で動かせて当然という事になる。

私が改造手術(?)を受けてから数カ月が過ぎた。

今では我が要塞内の住人は、日を追うごとに増えるばかり。

ガルガンチュアは要塞から少し離れた宙域に停泊し、デブリの撤去と宙域清掃に余念がない。

あれだけあったデブリも、すごい勢いで減っている。

今では数本の航路も出来るだけのスペースが空き、 両勢力から追われる避難民達の宇宙船が要塞宙域に突っ込んできても無事に要塞内に入れるように誘導する事も可能になった。


近くの宙域から逃げてくる宇宙船は、確実に保護されるようになった。

え?

要塞のシステムに宇宙艦隊は無かっただろうって?

ああ、最初は無かった。

今は?

千隻にも及ぶ大型から小型までの宇宙艦隊がいる、ただし「球形」の。

お察しの通り、ガルガンチュアの搭載艇群を拝借している。

これだけの数を貸し出しても、まだまだガルガンチュア自身を守るための搭載艇に余裕はあるというのだから、あの船の潜在攻撃力は如何程になるのか?

機械生命体となった私にも、あの船の全てを推測することはできない。

日常会話をしている時に宇宙船なら主砲があるだろうという話になった事がある。

その時のこと。


「ああ、ガルガンチュアは二隻の合体宇宙船だから、それぞれに主砲があるよ。フロンティアは時空間凍結砲、ガレリアは超高温のプラズマ砲だったっけ?」


艦長であろうと思われる人物、名前はクスミという、が、こともなげに言う。


「簡単に説明するとだな、フェードラ。私、ガレリアの主砲は数百万度のプラズマを発射する。 逆にフロンティアの主砲は攻撃対象の時空間そのものを凍結させて、 ちょうどブラックホール内の状況、内部は全てのものが停止し、外部では時間が流れる事になる」


さらっと言ったが……


「そ、そんなもの通常戦闘に使ったら殲滅用ですよね?」


私は主砲が自分に向けられた場合、どういうことになるか想像してみる。

どんな戦術も武器も無駄だろう。

主砲が放たれた瞬間、そこから先は全てが蒸発した空間か止まった時の中の牢獄へ押し込められ、 相手に生殺与奪の権利を握られたまま過ごすという時間を過ごすか、どちらにしても酷い話。


「まあ、この銀河内で使うことはないだろうから大丈夫だ、フェードラ。使うとしても副砲で充分だ」


まあ、その副砲すらこの銀河では常識はずれなんですけどね、クスミ艦長。


「それよりも当面の問題は要塞内に避難させた人たちの食料と空気です。まあ空気は何とかなるとしても食料ですね。 要塞内の備蓄食糧では数カ月分しかありません。でもって今も避難民は続々と増え続けてますので、そのうち居住区も足りなくなると思われます」


その問題に対しガルガンチュア側の返答は、


「問題ない。ガルガンチュアの〈エネルギー=質量×光速の二乘〉炉、簡素化して物質エネルギー相互変換炉を使えば解決する。 あ、これはフェードラにも設計データを渡すから、そちらでも作ってくれ。そうすればエネルギーと食料、住居や要塞の拡張物資の問題も一挙に解決するぞ」


あまりに簡単に言うから一瞬その重要さに気づかなかった……


「はい? 新型のエネルギー炉の設計データをいただけると?」


おいおい、本当に銀河の歴史が塗り替えられるかも知れない飛躍技術だぞ?


「そう。この銀河で平和を求めるなら絶対にどこからも攻められることの無い宙域を作る必要がある。 そのためには俺達の持つ技術の中でも極秘以外のものは公開する用意がある」


おお! 

それが事実なら、ここは、どちらの勢力からも攻められることのない楽園と化すだろう。

そして、ここを基点として平和を目指す第三勢力を作り上げることができるだろう。

数百年も経てば両勢力の不可侵宙域として立脚できるかも知れない。

しかし、私の戦略など甘かった。

ガルガンチュアと、そのクルーは、もっと早急に銀河宇宙に平和をもたらすことにしたようだ……


俺達、かなりヤバイ所に来ちまったようだ……

皇国軍のMPに追われ、ついでに民主国の警察機構にまで居場所を嗅ぎつけられ、追われ追われて逃げてきた先が、この宇宙要塞フェードラ。

歓迎はされないかと思ったんだが、俺達のような裏の運び屋ですらも受け入れてくれるって噂は本当だったみたいだな。

要塞の管制宙域に入った途端、要塞側の守備隊か、数百隻にも及ぶ迎撃艦隊が出てきて、追撃してた艦隊を追っ払ってくれた。

妙だったのは、その迎撃艦隊が見たこともない球形艦ばかりだったこと。

主力艦は大きさ100m級で小さいが、その防衛性能は大したもの。

一番小型10m以下の艦でさえ追撃艦隊の主砲を難なく受け止めて、艦体に傷一つないという奇跡を実現させている。

追撃艦隊は相手に何の被害も与えられず逆に相手のレーザー砲集中射撃により艦隊の2割に深刻な被害をもらって、ほうほうのていで逃げていった。

で、俺達は、その迎撃艦隊に守られてフェードラへと逃げ延びたわけ。


最初は避難民を含めて一切の人間を受け入れず周辺宙域での生活を許すだけだったポイント防衛要塞フェードラが人間を要塞内に受け入れるようになってから1年。

今では大きな要塞の中には幾つもの町が作られ大勢の避難民や俺達のような裏の仕事に就いている奴ら、 そして双方の軍の中でも戦争が嫌になり、殺し殺されの毎日から逃げてきた兵隊崩れの奴らまでいる。

不思議なのは、ここまで大勢の人間の食料と水が要塞から無償で提供されている事だ。

もちろん、そのまま食える状態ではなく原料や材料で提供されているんだが、どうやって、こんな大量の食材を輸入しているのやら? 

俺達のような裏の運び屋が、ここにいる全てで眠りを削って働いたとしても、この膨大な食材は運べない。

両勢力の、どちらにも、この要塞にいる人間たちに対して同情してくれる奴らはいるが、そいつらが食材を提供してくれるわけがない。

しかし今日も明日も明後日も、毎日毎日、要塞の食材システムは早朝になると決まった場所に食材の山を出現させている。

配給や、その他のことには要塞は関わらないようで食材で料理屋を営もうが食材のままで固形食料として食おうが何も言ってこない。

最初は食材の奪い合いが起きていたようだが、今では住民の代表達が出て食材の配分と配給をやっているようだ。

そこに貧富の差はない。

誰もが逃げてきたのだ、何も持たずに。

宇宙船がある奴は裏の仕事でもやれる(命の保証はないが)が、戦争で何もかも失って逃げてきた避難民に、どうしろと? 

この銀河宇宙に奴隷制がなくて良かったなと今では本気で思っている。


理解不能なことが、もう一つ。

それは誰もが自然に呼吸してる、この空気。

宇宙に出たことがある人間なら分かるが空気だって無料じゃない。

下手すると食料よりも大事で高価なのが空気だ。

こいつが要塞内では無料で呼吸が行える。

宇宙船乗りや宇宙兵達からすると、ここは天国だろう。

どのような手品で、こんな理想郷を実現させているのやら? 


要塞システムよりの発表では近々、重要な技術的発表があるとか。

何だろう? 

今の銀河宇宙において、この要塞フェードラが一番、技術的に最新の物を使っていると思うのだが、まだ発表するものがあるのか? 

この要塞内には「開かずの部屋」があり、その部屋の中では狂気に近い大天才が日夜、 常識を超える発明を行っていると言う、まことしやかな噂があるんだが、もしや本当にあるのか?! 

まあ、半分は冗談だとしても要塞システムを統括してる誰かさんがいるってのは確実。

だって、このポイントを皇国軍が襲撃した時に最終統括者だったハヤシ提督が殉職した後、要塞フェードラは交代要員すら受け入れなかったんだから。

この戦史は有名な話だ。

民主国では忠実なるメインコンピュータとして幼年学校の教材にもなっているほど。

それを1年前から人員を受け入れる(ただし今でも両勢力に属する正規軍人や艦隊は受け入れていないそうで)ように方針を変更したんだから、 そう命令した奴がいるわけだ。

俺達、ここに逃げこんで3ヶ月になるが何の金銭的なものを支払ったおぼえがない。

税金すらない統治システムのようだな、ここ。


「只今より要塞防衛システム統括者であるフェードラより告知と発表があります。住民の皆様は、お聴き逃しの無いようにお願いいたします」


という合成音声の事前通告が流れて後、


「私は前任者のハヤシ提督より、このポイント防衛宇宙要塞フェードラの防衛任務を受け継いだ、 メインコンピュータであったフェードラという。1年前にハード及びソフトウェアに改造を受け、私の能力は進化し、今では自己意識も確立している」


ここで一息つくように、放送が切れる。

またスイッチが入り、


「重要な告知と重大発表がある。まずは告知だ。今この瞬間より、 この宇宙要塞フェードラは銀河皇国とも銀河民主国とも決別し全く新しい第3の勢力として国家の設立を宣言することになった。 この国の目指すものは、この銀河宇宙の平和と戦争の消滅。そのために武器を使うことは最小限とし、 全く新しい理念と超越テクノロジーをもって今のままでは死を待つだけの旧勢力の市民たちを救出することを眼前の目標とする」


「そして重大発表は全く新しい原理の宇宙船と、そのエンジンの提供を開始する事だ。 現在、宇宙船を所持しているものについては、その通常空間航行用エンジンととエネルギー炉を交換する。 この作業についての費用は不要。宇宙船がないが欲しいという者については教育期間を設けて、その後に自家用宇宙船を貸与する」


ショックが大きい……

無茶苦茶だ、こんなの。

裏で何を考えているのか? 

要塞フェードラ、この裏には何者がいる? 

いくらなんでも、宇宙船の大量生産やらエンジンや新型炉だけ考えても今、この要塞の外に何隻の大小宇宙船が停泊してると思ってるんだ? 

そんなもの、どうやったって数年とかのスパンでも製造工場すら足りないだろう。

そこまで大量生産が可能なのは皇国の工業専門惑星とか民主国の工業星系くらいのものだ。

しかし、俺達の想像を超えていたのが新国家フェードラだった……


数カ月で本当に既存の宇宙船に対してのエンジンとエネルギー炉の載せ替えを完了してしまった。

新型宇宙船の貸与も、ぼちぼち始まってると聞く。

予想通り、その宇宙船は、この宙域以外では見たこともない完全な球形をしていた……


俺は元・皇国軍の兵士だった。

最前線へと送り続けられ連戦に次ぐ連戦……

戦友たちは、あらゆる場面で死んでいき、この俺だけが何故か生き残ってしまう……

勲章は嫌になるほど貰ったが異名も貰ってしまった……


「死神のリン」


そう、俺の名前はリン・ウォンチー。

死神に愛されすぎて他の奴らが全て死んでも俺は助かるという事らしい。

あまりに俺の周りの奴らが死んでしまうため軍も俺が何かトリックを使っているんじゃないかと怪しみ徹底的な検査をされた事も。

しかし何もデータ上は見つかること無く、ただただ運が良いのではないかという事で落ち着いた。

死なないという事が特別なことなら俺は徹底的に幸運な人間なんだろう。

検査時に超能力チェックもあったが何も出てこなかったと上官は言っていた。


「まさに、お前は死神の保護を受けている人間なんだろうな。お前の所属する大隊が全滅した、 あのゴショウ=サン宙域の激闘でも、お前だけがかすり傷一つなく生きて救出されている。 お前自身は決して逃げていない、真っ先に戦っていることはデータにより確認済みだ。 しかしな、勝利の女神ならともかく死神に愛された人間と一緒に戦うのは嫌だという兵士たちが激増してだな……申し訳ないが、 お前は強制除隊となることと決定した」


まあ戦友たちの気持ちもわからないではない。

俺がいる隊は大隊規模に至るまで全滅確率95%以上。

他の大隊や師団は、そこまでの酷い数値ではないので俺の所属する大隊が、いかに酷い戦いを強いられているか分かりそうなものだ。

しかし上は現場の状況を無視し、俺一人に責任をおっ被せることに決めたようで。


ああ、確かに除隊時には大金を貰ったよ。

軍に所属して10年以上、激戦地の更に最前線で戦ってたから。

しかし、ここまで戦いに身をやつした俺に急に「戦わなくてもいいぞ」なんて言って軍から放り出してしまうのもいかがなものかね? 

最初は、もう敵のミサイルやビーム砲が、いつ自分の乗った艦に当たるか分からない確率に怯える日々から開放されて本当に、ぐっすりと眠れた。

ただ、それも一ヶ月保たなかった。

自分が撃った敵艦が爆発して宇宙の塵になる光景や、 俺の隣にいる銃座の奴に敵艦からの砲撃が大当たりして防護シャッターが閉まると同時に隣の区画が蒸発する悪夢、 なによりも自分の乗艦以外が全て撃墜された過去の現実の光景が、まざまざと蘇ってきて眠れぬ日々を過ごすこと数年……

心と身体を休めるための居場所を求めて、この銀河宇宙のあちこちを流離った俺がたどり着いたのが、ここ宇宙要塞フェードラ。

ここに来るまでに軍からの退職金は全て使い果たしていたので、たどりついた土地での野垂れ死には覚悟していた……

はずだったんだ、これが。

ここは楽園だった。

空気にも食料にも金がかからない、この宇宙に何処にもないだろう、楽園の宙域。

戦いの記憶に苛まれていた俺の心も少しづつほぐれていった……


で、半年後。

フェードラが突然の独立勢力化と国家宣言。

これでも驚きだが更に驚愕したのは次の重大発表。

なんと希望するものには宇宙船まで貸与するとのこと。

俺は、ここの管理者が狂ったかと思ったね。

自分に対する反抗勢力が造られてしまったら、どうするんだろう? 

俺は不審にかられながらも申告して宇宙船の貸与を受けることにした。

教育過程があると聞いていたが俺は皇国軍での小型突撃艇の訓練を受けていたので大丈夫かと思ったら、


「皇国も民主国のどちらの訓練過程も、この宇宙船を貸与するための基礎教育には足りません。 でも大丈夫です。教育機械で情報は、もれなく徹底的に憶えさせられますので、この教育課程が終了すれば貸与予定の宇宙船は楽に操ることができますよ」


とのこと。

半信半疑だったが教育を受けることにした。

その期間、たった半月。

普通の訓練過程なら半年程度は徹底的にやるもんだが、この国の方針は違う。

教育機械での座学と、シミュレータ使っての仮想操縦訓練を一日に4時間づつ、半月で終了。

こんなもので本当に実用上、問題ないのか? 

という俺の疑問は、実物の宇宙船を見て氷解する。

こりゃ、教育期間が必要なはず。

本当の球形艦で、まんまるだ。

こんなもの皇国も民主国も、どちらにもない艦種であり、ロケットノズルもない船。

シミュレータでは進行方向を変えるのに一本のレバーのみで自由自在に前進後退左右と、ひょいひょい視点が変わっていて、こりゃ小型の突撃艦のようなもの? 

と思っていたのだが、まさか球形艦とはね。


性能も予想通り、とんでもないものだった。

フィールドエンジンとか言う船全体を特殊電磁フィールドで覆う航法により、ノズルを用いるよりも軽快に、 かつ肉体にかかるGの心配もなく呆れるほどの速さで停止から最高速へと移行でき、上下左右への進路変更もレバーを倒すだけ。

極端にいうと前進最高速から一気に後退最高速へ切り替えても、なんの肉体変化も感じられないという、とんでもなさ。

跳躍航法については通常の航法なんだが通常空間での機動において、この球形艦は無敵だろう。

皇国軍も民主国軍もノズルのついた艦種しか無いので、例え一番小さな突撃艦といえども、この球形艦をドッグファイトで落とすことは不可能だ。

こんな超高性能な宇宙船を貸与されて俺が何をやるかというと……


「さて、あなた達には重要任務があります。それは、この国への亡命者・避難民たちの輸送と防衛です。 できうるならば、その宙域でのデブリ回収もやっていただくと、より良い仕事となります。 ちなみに、あなた達の船には最低限の武器しか付属しませんが防衛用のバリアシステムは最強ですので心配などいりません。 それこそ宇宙戦艦の主砲の一斉射を喰らわない限り、この球形艦が落ちることは無いです」


とんでもない説明が来た! 

この球形艦の艦隊があれば、何処へ行こうが無敵なんじゃないか? 

しかし要塞の責任者は両勢力との真っ向からの対立は望んでいないようで。

俺達の球形艦隊は、それぞれ10隻づつ(何故か5隻が球形艦で、5隻が旧型宇宙船)の編成で、様々な星系へ派遣されることになるのだった。

そこでフェードラへの亡命希望者や避難民の収容と星系内のデブリの回収作業を行う。


人員の収容はさすがに秘密行動になるがデブリ回収は仮の業者名を使い(仮と言ったが実は フェードラで実際に登録されて営業しているデブリ回収業者で本物の営業許可証だった。これは後に判明した)通常の仕事として受けた。

デブリ回収は危険を伴うので軍も星系政府も、やりたくないがやらなければならない仕事。

それを代行してくれるなら、どうぞどうぞということらしい。

それを旧型のノズル仕様の宇宙船班が担当する。

デブリ回収組は通常仕事として人員収容班は、できるだけ秘密に(高度なステルス技術が使用されているらしく、 直径50mの球形艦が、ちょいとした森の中にあるのに至近距離でないと確認できないほどの秘匿性能……どのような人物が、 こんな馬鹿げた性能の船を開発したんだろうか?)行い、終了したら速やかに星系を出る。

ある一定距離までは球形艦は秘匿され、それ以上、星系の管制とレーダーの認識外に出るとステルスを切り、旧型艦と同じ編隊を組んで帰投する。

人員は分かるがデブリなんて何するんだろうか? 

そんな疑問を抱きながらも俺達は仕事をこなしていく……

後でわかったが旧型艦はノズル仕様というだけでフィールド航法も使えるようだ。

他の星系内での仕事に疑問を抱かせないための旧型艦の使用に、この作戦を思いついた奴は優秀だと思った。


それから1年以上が経過する。

宇宙要塞フェードラは1年前の10倍近い数の国民がおり、フェードラ自体も大々的な拡張工事が完了して、居住区画の問題は解消しつつある。

最初は衛星規模だったフェードラは現在、微惑星に近い大きさとなり次期拡張工事では惑星並みに拡大されるそうだ。

我々が集め回っていたデブリは、この拡張工事に使用するための資材として使用されたらしい。

なぜなら、あれほどのデブリが堆積された形跡もなく集められてはどこかへ消えていくからだ。

今では俺も、いっぱしの運び屋でありデブリの掃除屋だ。

何にしても戦いの日々じゃないのが気分がいい。

悪夢も、もう見なくなって安眠できている……


俺達は、元・民主国側の兵隊だった……

民主国の兵士の実体が皇国側より酷いものだと知ったのは、ここフェードラへ来てから。

民主的な国家集団だから銀河民主国だって? 

何処の誰が、そんな大嘘ついたんだろうね。

星系地区の代表者は地元の利益代表だし総元締めの大統領に至っては民衆の、 それも金持ち連中の票と支持を得るためなら使い捨ての下層民からなる兵士一個師団など、どうとでも使い捨てるような作戦と戦術を許可する大馬鹿野郎。

その大馬鹿に率いられる軍の幹部にも少しはマトモな考えをする奴はいるんだが将官が全て大統領におもねる奴らばかりで 皇国の豚貴族を罵る資格もないような奴らばかり。

そんな俺達下層民の師団を率いる師団長は、この社会で、よくもまあ出世できたよなと思われる民間出身の叩き上げ。

俺達は良くしてもらっていたが、叩き上げで上に行った方々の弊害として上部に楯突く方だった。


「こんな、我が師団ばかりすり潰すような作戦と戦術、納得いきません! 最前線なんですから、 そちらの金満部隊と呼ばれる、武装ばかり揃えた立派な部隊を出してください! そうすりゃ勝てるでしょうが!」


などと平気で上層部に言うもんだから、ついに疎ましく思われたようで俺達の師団だけで特攻する囮作戦に使われ、 それで生き残ったら次は最前線からの撤退組を守るための殿を強制的にやらされて、ついに師団は全滅! 

奇跡的に生き残った小隊の俺達5名は上層部のバツの悪さからか名誉除隊となることを勝手に決められて、 口止め料と言う名の高額な金を貰って一切の軍と作戦に関する事をしゃべるなと宣誓までさせられて軍から放り出された。

軍の規範にも載るくらいに酷い作戦だった要塞フェードラ防衛作戦で有名な跳躍ポイント防衛要塞フェードラの話は俺達も聞いていた。

10年以上も人を入れさせなかった要塞フェードラが、いつの間にか要塞内部に民衆を入れることを許可し、膨大な人口となった町が造られているとのこと。

おまけにフェードラ宙域国家では空気も水も食材も無料だと、とんでもない噂まで聞こえてくる。

まあ空気と水、食い物がタダと言うのは尾ひれのつき過ぎだろうが、ハヤシ提督の亡き後、忠実に要塞を守っていたメインコンピュータの変わりようが気にかかる。


俺達、戦友5名は、やることもなく暇を持て余していた事もあり興味半分でフェードラへ行くことにした。

フェードラそのものは独立国家で第3勢力を謳っているが皇国からも民主国からも移住者と旅行者は受け入れている。

スパイも多数入っていると思われるが何故か短期間で要塞宙域から叩きだされているらしい。

俺達は通常の観光船でフェードラへ入国した。

パスポートは不要で、その国の国民証(市民証)さえ見せて本人確認ができれば良いらしいのには驚いた。

ただし旅行者には軍が関係する場所は立入禁止となっており、そこへ入れるのはフェードラ国民だけらしい。

なぜ兵士だけにしないのか不思議ではあるが、まあ、どこの国や星系でも、そんなものだろう。


数日かけて俺達はフェードラ国の中を観光しながら、行けるところまで隅々回った。

噂は本当だったとわかった時には驚いた。

本当に空気、水、食材は無料のようだ。

ただし手をかけて食材を調理したものは食堂などで安価ではあるが有料で食べられる事となっている。

あるていどの貨幣経済を国として確立したいからのようだが実は食料も全て無償化できるんじゃないかと思うような感じも受ける。

妙な国だ。

観光客すら、ここに数日居るとそれぞれの国や星系に帰りたくなくなるほどの居心地の良さ。

国民が飢えにも戦いにも巻き込まれていないので、この国の民衆は皆、穏やかで安らかな表情をしている。


「ちょっと聞きたいんだが。この国は小さな宇宙要塞からの発展国家だろう? なんで、ここまで住みやすいんだね?」


と、そこいらへんの道を歩いているフェードラ国民と思しき人物に聞いてみると異口同音に、


「ここの統率を行ってる機械生命体のフェードラ様が平和と食と空気と水は全て 無料で良いと言ってるからだよ! おまけに国民となりゃ住居スペースまで用意してくれるってんだから剛毅だね」


と言う。

一人だけ後に続いて、


「おまけに、うちゅうせ……うっ! ご、ごめんな。これ以上は話せない。あんたも国民になれば嫌でも分かるさ」


と言い放って足早に逃げていった。

多分あれは宇宙船がどうのこうとの言いたかったんだろう。

フェードラと言えば昔はデブリの量が多すぎて暗礁宙域ばかりの最大危険宙域と言われていたものだが今では綺麗さっぱりデブリもなくなり、 それを利用したか、フェードラが拡張されて今や惑星規模にすら届きそうな超弩級の宇宙要塞になっているので、 そこでの小型作業艇のようなものを貸し出しているのだろう。

大型中型デブリが無くなっても微細な宇宙ゴミに近いデブリは残っているので、そこで使うのだろうか? 

もう少し調べてみよう。

俺達は謎に包まれた楽園国家、フェードラに多大なる興味を持った。

ここに住むにしろ民主国に帰ってフェードラ旅行記を出版するにしろ、謎の部分を解明してからだ。


今日も今日とて、俺達は新宇宙要塞国家フェードラの調査(という名目の観光)に出かける。

いやー、長期滞在客が多いとは聞いていたんだが噂以上の観光客の多さ、それも長期滞在客が多いこと多いこと。

その理由は宿泊費が徹底的に安いこと(これで正規料金だとさ。皇国の半分、 民主国なら3割以下の激安! これで宿泊設備は豪華なんだから不満が生ずるはずも無し)

そして跳躍ポイントのすぐ近くという絶好の位置にある国だということもあるだろう。

軍関係の施設以外なら何処に行っても入場料も無ければ施設利用料も取られない。

これで人気が出なきゃ、よほど不人気の国だろうな。


フェードラそのものが宇宙要塞だったこともあり、元から、かなり広いスペースの宇宙建築物だった。

今は大々的に拡張され、その国土の広さは小惑星を超えるものになっている(ちょっと解説。 地球で言うとヨーロッパの小国よりも広い、中くらいの国になっていると思ってください)

観光と物見遊山、そして散歩に最適な国だ。

跳躍ポイントがよく見える地点もあり、その眺めは秀逸。

これだけでも一度はフェードラに来るかいがある。

以上、毎日毎日、調査か観光か自分達でも分からなくなるくらいにフェードラを歩きまわってリサーチしてたら、 ホテルに戻ってみると要塞管理部門より呼び出しが来ていた。

何だろう? 

俺達はスパイじゃない、これは確かだ。

観光客にしては、しつこいくらいに国民にリサーチはしていたが、このくらいは許されるだろ? 

俺達は不審に思いながら次の日には管理部門に来ていた。


「申しわけなかったね、せっかくの長期観光の邪魔をして。おわびに特別措置として軍用設備の視察をしてもらおうと思う」


はい? 

国民以外にはシャットアウトの設備を見せてくれるって? 


「あのー、ありがたいんですが、何か裏がありそうで恐いんですけど」


俺は正直に答える。

すると担当者は、


「いえいえ、短期滞在から長期滞在に切り替えて、もう1ヶ月以上の滞在をされている方々ですからね。 準国民の扱いとしてよろしいと上から許可が出ましたので」


「えーと……国民になれという強制ではなく、あくまでも国民に準ずる扱いで観光として見学させると言うことで?」


俺は再確認する。


「はい、その通りです。国民になるにせよ、ならない選択をするにせよ、データは多いほど良いでしょうからね」


担当者は、いとも普通に答える。

何なのだ? 

このスパイもどきに間違えられても当然の事をやってる俺達を、ここまで信用するとは。


「では、こちらへどうぞ。ご案内いたします」


ということで俺達5人は軍施設の見学コースへ……

見学を終えた後の感想を正直に言おうか。

どこが普通の見学コースだよ?! 

通常は秘匿するはずの軍港や宇宙船組み立て工場、軍工廠に、果ては、こんなの絶対に極秘だろう新型の球形宇宙船がわんさかあるドックまで見せてくれた。

俺達、どこのVIPと間違えられたのだろうか? 

と最後には5人で囁きあった。

絶対に、どっかの友好国関係者と間違われてるだろう! 

そのわけは施設見学が終了してから最終的に案内された部屋にいた係官と称する人物に解説される。


「施設見学、お疲れ様。君たちが特別待遇された理由を話そうか」


と、切りだされる。


「君たちには最初、民主国側の見張りがついててね。護衛というには剣呑だったんで調べさせてもらったら彼らは民主国の裏部隊だった。 君らが余計なことをしゃべる前に消すように指示を受けていたらしくて、早々に我々が裏部隊の連中を無力化し、強制送還させてもらった」


俺達は、ゴクリと息を呑む。

何なの、それって?! 

裏で激闘があったようだ。


「で、君たちの監視が無くなったと判断して、我が国の重要部を見てもらった。 君たちは最初から旅行記を書くか、この国に移住するか、どちらかの目的で来ていることは分かっているから。で、正直なところ、我が国の感想は?」


笑顔で質問してくるが、どう答えれば良いんだ? 

まあ軍のスパイじゃないと最初から分かっているようだから、ここも正直に答えるか。

俺が代表者として答えるが良いか? 

視線で他の4人に聞くと無言で頷く4人。


「正直に言いましょう、とても良い国です。ただし、空気、水、食材の無料化に加えて住宅まで格安で与えてますよね。 それから推測ですが、多分、宇宙船、あの新型球形宇宙船も。聞かせていただきたいのは、そこまでする理由です。 そこまでして国民を増やすのは、これ以上は無理ではないですか?」


言った、言い切った。


「正直に話してくれて、ありがとう。理由はあるよ……この銀河宇宙から戦争を無くす! そのためだ」


こ、こいつも言い切った! 

理想だろうが、その理想に向けた対応としても無茶なことをやる。


「国家が非常に無理してますよね、こんな国民誘致策。早晩、破綻しますよ」


と俺が言うと担当者、


「大丈夫。経費がかかってないからね。デブリの材料と質量エネルギーを利用して、建材も食材も空気も作ってる。 宇宙船の燃料もデブリの一部だ。他にも恒星の光やら宇宙線、太陽風までエネルギー源として使ってるから、ほとんど輸入もいらない」


俺達の顎が外れる……


「そ、それが事実なら、とんでもない大発明! では、あの球形宇宙船も、全く今までと違う理論のエンジンで?」


俺は声を絞りだす。


「そう。フィールドエンジンという。我が国は、この種の船を大量生産する用意がある。足りないのは乗員だ」


そういうことか。

理想じゃなくてマジに、この銀河宇宙から戦争を無くす気なんだ、この国は。


「この国に留まるか、それとも帰国するか……明日、返事させて頂いても良いですか?」


俺は決まってる。

後の4人と相談したいだけだ。


「けっこう。明日、良い返事が聞きたいね」


担当者が要塞の出口まで俺達を送ってくれた。

明けて午前中、俺達の総意を伝える。


「この国に永住したいと思います。この国なら、理想も現実にできるでしょうから」


俺達はフェードラ国民となり、そのまま宇宙船の訓練過程も受講した。

驚くべき超高性能な宇宙船と、その防御装備。

兵装は当たり前のものだったが、絶対の盾があるなら、なまくら剣でも相手は倒せる。

まあ一人乗りの超小型球形船でも巡洋艦並のレーザー砲を一門装備というのは、なまくらというには研ぎ澄まされすぎだが。

通常は、これではなくパラライザー等の非殺傷武器を用いるとのこと。


しかし武器を使うシチュエーションが思いつかないな。

この宇宙船自体の加速・減速・旋回性能が凄すぎて相手は狙いなどつけられないだろう。

やるとすれば戦艦並の主砲や副砲で面制圧する以外に球形艦隊に勝つ方法などないはずだ。

俺達は宇宙艦隊とは名ばかりの戦争被災者救助とフェードラへの輸送、そして球形ではない通常艦による他星系のデブリ除去作業に勤しむのだった……


この頃のフェードラ、国民は百万人を超す。

ようやく弱小国家群でも友好国が出てきて、第三勢力は着々と勢力を拡大していく……


僕は皇国の一等市民に生まれた。

家は別に貴族ってわけじゃないけど、おじいちゃんが昔の、 なんとかいう戦いで市民国(今では民主国と名前が変わってる)に対して大被害を与える一撃を与えた作戦の 宇宙艦にいた一人だったってことで特別に一等市民になれたということ。

普通は二等市民で政府の食料配給を優先的に受けることはできないんだけれど 僕の家は(貴族家ほどじゃないけどね)食料配給もまずまずで貧しい家というわけじゃない。

でも、僕は思うんだ。


「ああ、いつになったら敵国家勢力との戦争は終わるんだろう……この銀河に平和な時は来るんだろうか?」


つぶやくだけで声高には叫ばない。

特殊警察ってのが、いつも民衆に対して目を光らせ、皇国の方針に逆らう者たちを片っ端から捕らえて最前線に放り込んでいるらしい、

でも、そんな生活だけど世間には変な噂も流れ始めてる……


「どっかの跳躍ポイント防衛宇宙要塞が独立国家宣言をしたらしい。その国家目標は銀河の全ての星に平和をもたらすことだ」


なーんて、さすがに楽天家の僕でも、これは都市伝説だと思ってた……

あの時までは。


ご近所に僕と同級生の子の家があり、その子の家は平和主義者だった。

位は低いけど貴族の家柄の傍流らしく、さすがの特殊警察も手が出せない家だったようで、その子は僕にも戦争反対のチラシを手渡してきて、


「今度、反戦集会があるんだよ。良かったら来てくれない? 君だけでもいいよ」


なんて女の子なのに活動的な、暗い世の中に笑顔が眩しい子だった。


反戦集会くらいまでは特殊警察も見逃していたらしいけど、一度、 その集会に集まった人たちが盛り上がりすぎてデモを起こしてしまったらしい(僕は参加してなかったけど、あとで報道番組で逮捕者数十名と言ってた)

それから、その子の家は空っぽになった。

町のいたる所に、その一家の手配書が貼られ、ニュースではデモの主催者として追われていると言ってた。

空っぽの家は常に誰か知らない人が見張ってるようになり、僕の家にも、その一家について聞かせてほしいと(特殊じゃないけど)警察の人が来た。

うちが一等市民だと分かると戦争英雄を見張るようなことはことは決してやりませんのでご安心くださいと、ぺこぺこ頭を下げてた。

それからしばらく経った、とある休日。


一家で近くの山へバーベキューに行こうってことになり僕らは総勢六名(おじいちゃん、おばあちゃん、パパ、ママ、僕と弟)で山へ出かけた。

バーベキューは美味しかったし、おじいちゃんの軍仕込みの体力には驚かされたけど、ちらっとだけ僕は不思議なものを見たんだ。

僕以外は見てないっていうんだけど、確かに見たと思う。

それは……


あの子と家族が、他の人たちと一緒に小走りで一点へ駆け寄っていったこと。

その地点で他の人たちと一緒に皆が消えちゃったこと。

目がおかしくなったかと思ってゴシゴシ目をこすってみたけど、次々と人が走って行って、ある一点で消えちゃう。

僕が数えてたので、およそ五十人くらいは消えてった。

その後、夕方のニュースで手配してた反戦主義者の集団が七十名近く捜査から逃げて行方をくらませたと言ってた……

なんだろうね? 

消えちゃった人たちは何処へ行ったんだろうか? 

あの時、僕らは山道を歩いてたし木が邪魔をしてよく見えなかった。

消えちゃった人たちは、ちょっとした広場みたいな、周りの木が倒されて直径200mの円形のようになってる地点にいた。


あそこに何も見えなかった……

あ、違う。

何も見えなかったけど、ちょうど直径1mくらいの範囲で、人々が消えちゃう地点で草が倒されて、ポコッと穴があいてたように見えてたな、思い出した。

政府の科学省が何か新しい装置の実験をやってて、そこへ反政府主義者が追い込まれたとか? 

僕以外は、あの時誰も見てなかったみたいで証拠もありません……


ーーーとある電子掲示板に書かれた小学生の書き込みよりーーー


僕は、あの子も消えてしまったので、デモ主催してた人たちは、みんな特殊警察に捕まったか処分されたのだとばかり思ってた。

でも、この前、繁華街をママと買い物に歩いてたら、あの子を見かけたんだよ。

嘘じゃない、幼馴染みに近いあの子を見違えるもんか。

確かに、髪の色(金髪から黒髪へ)や眼の色(淡いブルーから黒へ)は変わってたけれど、それでも、あの子の癖や仕草は変わってなかった。

ママは、一家で親しくつきあうこともなかったんで気づかなかったみたいだけど。


あの子と目があったのは、そんな時だった。

僕がおぼえていたように、あの子も僕を憶えててくれたみたいで、すっと近寄ってきて、小さなメモを僕の手の中に入れて、そのまま小走りで走っていった……

家に戻ってから自分の部屋へ行って、渡されたメモを読んでみると、


「今夜##時に2人で会いたい。他の人には知らせずに、この場所まで来て欲しい」


と、文章と一緒に地図も書かれてた。

あの子が消える前に、よく遊んだ公園だ。

夕食を食べて、友達のところで勉強してくるんで少し遅くなるとパパとママに言って僕は家を出た。

公園で待ってると定刻にあの子が来た……


「待たせたようね。お久しぶり! この星を逃げ出しちゃったんだけど必要なものだけ取りに来たの。 明日には、また星を出るの。もう2度と戻らないから最後に一度だけ貴方と話しておきたかったの」


あの子は立派なレディになってた。

子供の目から大人の目つきになってた。


「しばらくだね。特殊警察から逃げるため? それなら……だめだ、僕の力じゃ政府に反対なんかできないよ」


「そう、そうね、貴方は反政府活動なんてできる子じゃない。でもね、近々、 必ずこの銀河に平和をもたらす力が現れるのよ! それだけは憶えておいてね。その力は第三勢力と呼ばれて、 今はまだ一部のメディアしか扱ってないほどに小さいけれど、いつか、なんて遠い未来じゃなくて、見える未来で宇宙に平和が来るのは確実なのよ」


「君の言ってることはわかるけど、なんでそんな小さな勢力が、 すぐに巨大化すると思うんだい? 邪魔になるほどの勢力になったら、皇国、民主国、双方から叩かれるのは目に見えてるよ」


「フフ、それは近日中に分かるでしょうね。勢力は小さいけれど私達の国、 フェードラの軍は絶対無敵よ。まあ来年くらいには皇国と民主国の大きな戦いがあるでしょうから、それに関与するかもね?」


僕に謎を残して彼女は去っていった。

彼女が逃れた先はフェードラというらしい。

家に戻って後で調べたらフェードラって新興国が本当にあるんだって分かった。

元々は民主国側の跳躍ポイント防衛用宇宙要塞があったところで、その要塞を拡張・拡大していって小国家となったらしい。

求めるものは平和、空気・水は無料、食材も無料で配られて、料理や食料に加工した場合は販売価格がつくらしい(それでも圧倒的に安い)

政府の広報サイトでは、こんな運営で国の経済が保つわけがない、早晩に破綻するだろうと書いてたけれど、もう建国して五年以上になるとのこと。

最初の宇宙要塞ベースの頃から比べると、もう国土は星系のそれに近くなっており、 その理想と技術力を頼りにする群小国家達が続々とフェードラとの国交・同盟を結びつつあるとのこと。

よほど腕の良い政治家と発明家が居るんだろうと政府広報サイトでは揶揄されていたけれど、それでも皇国が無視できる勢力では無くなってきたと書かれていた。

彼女と反政府主義者達はフェードラで暮らしてるんだろうけれど、住み慣れた皇国よりも良い国なんだろうか? 

そして彼女が予言みたいに僕に残していった、来年にはフェードラを中心とした平和主義者達の勢力が大きな戦いに関与するかも? 

との一言。


僕は、その時が来るのが恐い反面、待ち遠しくもある。

僕らの宇宙には喧嘩してる子供にゲンコツ食らわせて叱る親のような絶対的存在が欠けてたんじゃないんでしょうか? 

どう思います? 

この書き込み読んだ皆さん……


ーーーとある電子掲示板に書かれた書き込みの、翌日に書かれたものの抜き書きーーー


ここは銀河皇国軍の参謀本部。

その建物の一番奥にある戦略会議室の中では、現在の戦況と政治状況、そして刻々と変わっている勢力分布が議題に上がっていた。


「皇国内部での騒乱は今のところ起きていません。ただし、くすぶってはいますので早急に対処する必要があると思われます」


「くすぶっているとは、どういうことだ? 民主国とは違い皇国は安定した政治体制なのだぞ。 今の戦況も最前線では押しているところ、押されているところはあるが全般的には戦線も落ち着いているだろうが」


「はあ、それが敵国ではなく原因は別の勢力の台頭によるものかと思われます」


「何?! 我が方と、にっくき民主国。それ以外に弱小勢力がいくつかあるが、その中から力を持つものが出てきたのか?」


「いえ、それが……どうも違うようですね。 6年前ほど前に小さな跳躍ポイント防衛用の宇宙要塞から小さな国になりましたフェードラという国が中心となった平和勢力のようです」


ここで黙って参謀や大臣官僚の話を聞いていた銀河皇国皇帝が、その重い口を開く。


「フェードラ? それは昔、我が方と民主国が跳躍ポイントの支配権を巡って激しい戦いになったところではないか? 我が方の損失も大きかったが、 ポイント防衛要塞の指揮権を持っていた人物、民主国側ではあるが立派に戦った者も戦死したと聞いているぞ」


「陛下、よくご存知で。まあ我が方でも民主国でも戦術の授業では必ず持ちだされる話ですので、 憶えておられる方々も多いと思いますが、そのフェードラです。しかし、今のフェードラは当時のフェードラとは全く違うと思っていただいたほうが良いと」


参謀長が皇帝に答えた。

さすがに最新の情報をリアルタイムに得ているだけあって、参謀長の判断は正しい。

しかし、


「陛下、今のフェードラは移民を大量に受け入れていますが、我が国も民主国側も、 それに乗じたスパイの入国は全て撥ねられています。恐ろしいことに潜在的スパイすら 何らかの探知システムにより入国管理で有無をいわさずに強制送還となっています」


「参謀長閣下のおっしゃるとおりです。 追加報告として民主国側が送り込んだ暗殺部隊が早々に無力化されて送り返されてしまった事もあります。 恐ろしいのは、その手口も暗殺部隊を見破った手口も何もわからないことです。 活況のある平和な国ですが裏で何をやっているのか全く持って分からない不気味な国と言えましょう」


皇帝が再び口を開く。


「厄介な芽は早々に摘んだらどうか? 一個艦隊も送り込めば、すぐにでも叩き潰せるだろうに」


参謀長が苦い表情で、


「陛下、それはできません。我が国は、まだフェードラを敵対国家と認定したわけではありません。それに、かの国は我らにとって有益でもあるのです」


「なんだ、その有益というのは?」


「フェードラは優秀なデブリ除去業者の集団を抱えております。 ご存知のように我が国も民主国も宇宙戦の後には厄介なデブリ掃除に手間と人員、 そして大量の作業船をとられますがフェードラは手間賃無料でデブリ清掃を請け負ってくれるのです。 おまけにデブリの撤去と廃棄までやってくれます」


「ふむ……さぞかしフェードラで支払われるデブリの代金が大きいのだろうな。小さい国家なのでデブリでも格好の資材になるのだろう」


「ということで不気味ではありますが優秀な宇宙の清掃業者を抱える国を潰すわけにはいきません。 ただし、これ以上の勢力になるか戦いの場に介入するような事があるようでしたら、その時には懲罰艦隊を送る用意はできております」


「そうか、それならよし。フェードラの動き、見逃してはならんぞ」


「はっ! 承りました。銀河皇国に永遠の繁栄を!」


「我は皇宮へ引き上げる。よきにはからえ」


皇帝は参謀本部を後にする。

時間を戻すことはできないが、この時に後、数時間も皇帝が参謀本部にいたなら銀河の歴史は違ったふうに書き換わっていたかも知れない……


同じ頃、ここは皇国と民主国の戦いが続いている最前線の戦場の1つ。

そこでは、ほぼ同数の数を保有する大艦隊同士での壮大なる宇宙戦が今日も続いていた……


「ええい、厄介な民主国兵め! こっちの撃墜数と向こうの撃墜数、ほぼ同数ではないか! これでは消耗戦だ!」


ぼやく将軍は旗艦に搭乗し最後方に鎮座ましまして、やれ撃てそれ撃てと声を上げるだけ。

まあ、これだけの大軍同士が衝突すると作戦も何もあったものじゃない。

ただただ邪魔な前方の障害を排除するしか無くなる。

伏兵を忍ばせるだけの流星群やデブリがある星系近傍空間ならまだしも、星系と星系の間にある小さな跳躍ポイントで標識ブイしか無い宇宙空間である。

レーダー無効化のステルス技術も無い現在、正面切っての殴り合いしか戦術はないのが現状だった。

お互いの戦闘艦の武器性能、防御性能は似たようなもの。

どちらも相手より頭ひとつ抜け出た性能があるわけじゃなく、今は足を止めてのブルファイト中。

光が走るごとに、お互いの宇宙艦が1つ、また1つと消えていくのだった……


これが地上戦なら、まだ死体くらいは残る。

宇宙での戦いは残酷だ。

死の光が宇宙艦を襲うと、音も立てずに艦が爆発、乗員は救命ポッドに乗れた幸運な者以外は宇宙に放り出され数10秒あるいは数分で死す。

ポッドに乗っても友軍に救助してもらえるかどうかは運次第。

宇宙空間に漂いながら文字通りの棺桶になる可能性もある。

そんな悲壮なる戦いの最中、異形の宇宙艦隊が、どこからともなく出現した。

皇国側も民主国側も異口同音、


「な、なんだ?! 見たこともない球形艦の大群だと?! 敵か? 味方か?」


彼らは今まで見たことも聞いたこともない、まん丸の球形艦の大艦隊に驚愕していた。

実のところ両勢力にとっては敵でもあり味方でもある。

見方を変えれば敵にもなるし味方にもなる。

ご存知、フェードラの秘匿艦隊として今までは両勢力の反政府活動グループを手助けしていた球形艦隊の勢揃い、直径100mタイプが500隻。

ようやく実力行使に入れるだけの戦力を手に入れたフェードラはデモンストレーションの場として、この大規模海戦の場を選んだのだった……


異形に見える球形艦隊は、この大海戦に参加するには少しばかり艦艇数が少なすぎると思えた、皇国軍も、民主国軍も。

その異形の一個艦隊は一糸乱れぬ完璧な統制をとるかのごとくに勢揃いして皇国軍と民主国軍の中間に、するりと移動する。

そう、まさに「生き物が動くように、するりと動いて」素早い加速・減速で艦隊を移動させた……

その意味が分からない者達は、


「標的にでも、なりに来たのか? 自分から激戦の真っ只中に入って来て、どういうつもりだ?」


と考える。

一方、その加減速に対して理解と知識のあるものは、こう考える。


「何だと?! 今、艦体と乗員に一体何Gの過負荷がかかったと思うのだ?! あれを我々がやったら艦体よりも先に人間が潰れる……恐ろしい技術だ」


賢人と愚人に別れた双方の勢力は愚人にとっては攻撃目標。

当然、


「撃て! 邪魔者は撃墜して、敵艦に対してデブリの盾とする!」


双方の勢力より約30%ほどの艦から主砲が、球形艦にターゲットを変えて放たれる。

通常なら、その主砲で撃ちぬけないのは自分と同じ艦種以上の装甲のみ! 

必殺の主砲は自分たちの艦よりはるかに小さい球形艦に向けて、その死の光を放つ……

その死の光は当たれば沈んだだろう、バリアも張っていなければ……

あいにくと球形艦は、その途轍もない機動性と、強固というにはあまりに頑丈なバリアシステムのおかげで主砲の90%以上が当たらず、 ターゲットでない艦に、まぐれ当りで当たってもバリアに跳ね返される事となる。


その後、そのバリアを解除して武装の使用が……

なされることは無かったと生き残った者達の記録は伝える。

ただし、使われることのなかったのは、あくまで直径100m級の球形艦の主砲だけであり、その搭載艇(戦闘機?)は別。

皇国軍、民主国軍の双方に対しての懲罰になるのか、 あくまで球形艦隊の攻撃は自分の艦が攻撃を受けた後に限られていたが主砲を躱すかバリアで跳ね返した後に、 球形艦隊は、おのおのの艦より小型の球形艦を放つ。

その数、一艦当たり30機。

少ないと思うだろうが艦隊は500。

放った攻撃機の総数は15000機にもなる。

主砲は使わず、パラライザーや出力を抑えたパルスレーザー砲を放つ。

防御は親艦に準ずるバリアシステムを装備しているので、その縦横無尽の機動性とバリアで、次々と敵と見なした艦を行動不能にしていく。


小癪なのは賢人の乗る艦には攻撃を加えない事だ。

手を出さなければ無事だよと言葉ではなく手段で伝えているから、最初に撃たなかった者達は余計に今さら手が出せない……

およそ30分後には双方の勢力より、かっきり30%の艦が行動不能にされた。

エンジン部分やエネルギーシステムの核部分を狙い撃ちされて、もはや宇宙に浮かぶだけのデブリと化した艦が双方の軍の行動を阻害する。

あまりに邪魔者が多すぎて敵を攻撃する前に味方の艦を撃破しないといけない事態となった。


「こちら、平和勢力を代表するフェードラ国を主とする部隊である」


ようやく球形艦隊からの通信が暗号化もされずに双方の軍へ送られる。


「我々を問答無用で撃ってきた艦については、どちらに属するかを問わずに行動不能にさせていただいた。 我々は、これ以上の攻撃は望まないので友軍艦への退避はご自由に。 無人となった艦はデブリとして我が方がいただくので、このポイント周辺の宇宙空間が邪魔者で一杯になることはないと宣言しよう。 ついでに双方の攻撃で撃墜された艦のデブリもキレイに掃除しておいてあげましょう」


双方の宇宙艦隊が引き上げたのは、これより5時間後。

それほどに双方の被害数が大きかった。

いや、撃墜された艦艇数だけ言えば途轍もない大被害であるが死者は少なかった。

球形艦隊に行動不能にされた艦艇では死者はほとんど出なかったから。

全くの偶然で簡易宇宙服すら着用してない作業員がエンジン部に穴を開けられた時に逃げ遅れて死亡した件があるくらいで、 双方の主砲による殴り合いで沈んだ艦に乗っていた兵たちも後に球形艦隊にデブリ掃除のついでと救助された。

双方合せて、この大海戦による死者は数10名にしかならなかったと報告書は語っている。

ちなみに球形艦隊に救助されてフェードラへ移送された兵達のうち将官や佐官は、ほとんどが自分の所属する国家への帰還を願い、 尉官以下の兵については、そのほとんどがフェードラを始めとする平和勢力への帰属を希望したと後にフェードラが発表した海戦の報告書には書かれている。

まあ、フェードラの発表を嘘と誤認だと決めつけたメディア発表を皇国も民主国も同じような文言で行ったのは失笑物だと後の歴史書は伝える……


そこは照明を落とされた薄暗い一室。

煙草の煙と共に苦々しい顔がいくつも見える。

ほんの一部、明るいスポット照明で照らされているのは彼らが見ている広い作戦卓。

そこに今回の大海戦、になるはずだった宙域の縮小版投影像が詳細も見られるように鮮明に映し出されている。


「今回の敗因、全ては、このフェードラから来たという球形船団ですか……」


作戦参謀の一人が大艦隊の4割近くを失ったにも関わらず宙域を皇国から奪うこともできなかった完全失敗とも言える作戦の失敗原因を指して言う。


「そう……今回は双方の艦隊が足を止めての殴り合いになるはずでした。 実際、序盤では互いに1割近い艦艇が主砲の撃ち合いで破壊されていますが、そこは問題じゃありません」


「そうだな。互いの艦が性能的にはドングリの背比べ状態だから、 まともに主砲の打ち合いになると、ほぼ同数の被害が出る事になる。大問題なのは後から出てきた球形艦の中規模艦隊だな」


「はい、そう参謀本部も認識しております。ともかく、 この球形艦隊500隻は戦場を引っ掻き回してくれました。 性能的には我々と皇国の艦は性能的に同じですが、ここに出現した球形艦は際立った高性能艦ですね」


「そう、そこが厄介で、そして疑問なのだ。もともとフェードラは我が銀河民主国側の宇宙要塞が拡張されたもの。 あんな異形の球形艦など宇宙艦データには無かったはず。あんな異形で高性能な宇宙艦、何処でどうやって開発と量産にこぎつけた?」


参謀本部で、ここにいる人間全員の代表として最大の疑問を口にした参謀総長。

しかし、その疑問に答えられる者は誰一人として、この場にはいなかった……


一方、こちらは皇宮のそばにある皇国軍参謀本部。

民主国とは、うって変わって、こちらは広い部屋で明るい室内。


「卿の艦隊が最初に球形艦隊に主砲を撃ったというが本当かね?」


参謀長が見るからに馬鹿丸出しという年若いボンボンの貴族に鋭い目を向ける。


「い、いや、私は撃つなと言ったのだ、撃つなと! 我が艦の艦長の独断だ、独断!」


必死で他人に責任を押し付ける馬鹿貴族。

参謀長は無言で馬鹿な青年貴族の階級章をむしり取ると、こう告げる。


「卿よ、軍人ならば、この失態は軍法会議ものだ。しかし、あなたのお父上が元老院議員であることに鑑み、 参謀本部中佐の階級と軍人資格の剥奪にて責任を問わないことにする。軍人でないものは、ここから出て行きたまえ!」


あまりの無礼に怒りの言葉を発しそうになる青年貴族であったが、さすがにここでそんなことをやったら即座に銃殺だと思い出して、すごすごと部屋から出て行く。

青年貴族が出て行った後、参謀長は重い口を開いた。


「ふぅ……馬鹿につける薬はない。死ぬことすらも恐れないのが馬鹿だからな。ともあれ、 あの球形艦隊にやられたのが、我らと民主国が、ほぼ同数だったというのがせめてもの救いか。 一体、新興国家フェードラは何処で誰から、どうやって、 あのような超絶とも言える高性能な球形宇宙艦などを作り出せるノウハウを入手したのだろうか? 我が方が送り込んだスパイからの報告は入っておるのか?」


聞かれた情報参謀の一人が答える。


「それが……まことに申し訳ありませんが、こちらから送り込んだスパイは一人としてフェードラへの入国に成功しておりません。 ただ、あの海戦にて初盤に撃墜されて宇宙を漂い、 その後、球形艦隊のデブリ掃除のついでということで救助されてフェードラへ入った将校らの話は少しですが入ってきております」


「スパイは全滅か。闇から闇へか?」


参謀長が確認する。

小国とは言え優秀な情報組織を持っているということかという確認だ。

その質問には、また別の情報参謀が、


「いえ、スパイは入国審査で全て強制送還されております。自己暗示で見た目には完全に普通の旅行者であった者すら見ぬかれています。 これは民主国でも同じようで、その見抜く方法すら分かっておりませんのが現状です」


「そうか、よほどの切れ者が情報組織の指揮をとっていると見えるな。情報戦では我々も民主国も完敗か」


参謀長は悔しそうに唇を噛む。

その参謀長を何とかしようと、


「参謀長、前に出てきた戦後救助でフェードラへ入国した将校の話ですが面白い事が分かっております」


む? 

参謀長は興味をそそられたようだ。


「何だ? 非常に奇妙な政治体制でもとっていたのか?」


「あ、いえ、民主国に近い政治体制でありまして国民に貴賎はありませんという報告です。 しかし、それより興味深いのは、このフェードラでは国民に対して、わずかの税すらかけていないという事ですね」


は? 

参謀長も経済原則の初歩は知っている。


「おいおい、そんなことやってて国が運営できるのかね? もう、フェードラは建国してから5年以上経っているだろう? 良くもまあ経済が破綻せんな」


参謀長の正直な感想。

それに対し情報参謀は、


「市場は活発なようですね。初期の頃は空気も水も食材さえ無料で国民に配っていたようです。 今でも空気と水は無料というのがフェードラの常識だと。あ、あと、平和も無料というのがフェードラの常識だそうで」


情報参謀以外、あっけにとられていた。

こんなバカな統治方法をとる国なんて絶対にあり得ない。

これを成立させるには、ただ1つ。

無限のエネルギーを確保することのみが、そんな夢物語のような国家の成立を可能とする。

しかし夢のエネルギーと言われた原子エネルギーでさえ様々な問題を抱えているので無料になどできない。

フェードラは何らかの方法で、夢と言われた無限エネルギーの安定供給と安全を実現させたのだろうか? 

皇国にとっても民主国にとっても、新興国家フェードラは探れば探るほどに不気味な側面を浮かび上がらせることになるのだった……


フェードラが初の戦場介入を行った某跳躍ポイントの大海戦より数カ月が過ぎた。

あの大規模介入(中隊規模の介入であったが戦果は大規模。介入された銀河皇国・銀河民主国の両勢力にとっては悪夢の戦場だった)よりこのかた、 フェードラが幾多の海戦に関わることはなかったため皇国も民主国も、フェードラが、 あの海戦で持てる戦費や燃料の手持ち分を使い果たしたと思っていた……


ここで少し時間を戻そうと思う。

あの海戦終了の一週間後まで。

ここはフェードラ。

国民も官僚も軍部のものすら入室厳禁とされている別名「開かずの間」と呼ばれることになった宇宙要塞時代における フェードラのメインコンピュータ室、つまりは昔々にハヤシ提督が名誉ある死を選んだ指揮室。

その部屋には当然ながら誰もいないはず……

しかし、近くに寄るものがあったなら、そこに人の気配があるのを感じ取るものもいただろう……


「よくやったな、フェードラ、上出来だ。出すべきじゃない死者は出さないほうがいい」


人間の言葉。

それにフェードラがスピーカにて答える。


「ありがとうございます、マスタークスミ。それもこれも貸与してもらった球形艦隊の性能のおかげですよ。私の作戦など何もありませんでした」


「おいおい、マスターは止めてくれ。もう巨大宇宙船2隻分のマスターになってるんだ。これ以上のマスター登録は、ごめんこうむりたいね」


精神的にショックなようでメインコンピュータに名称変更を願う。


「分かりました、では、ジェネラルクスミとお呼びします。次の行動計画は、どうしますか? 


「ちょっと違うと思うけど、まあいいか、獣人たちの銀河でも、そう呼ばれてたしな。 次は少し方針を変えるぞ。このフェードラの力は今回で充分に両勢力に見せたから次は自前の艦隊製造だ。 いつまでもガルガンチュアの貸与した搭載艇じゃ国として格好つかないだろう」


「了解です。しかし、エネルギーは問題ないですが資材が……」


「大丈夫だ。何のためのデブリ掃除作業だったんだ? 資材なんて、それこそ腐るほどあるだろう? 腐るわけ無いけど」


「そうでした。エネルギー源も資材も問題ありませんので早速、新型宇宙船の製造工廠を建設したいと思います」


「スペースだけ空けてくれればいい。手っ取り早く、ガルガンチュアの工作機械を搬入するから。 製造データは渡してあるから後で自分たちでも工作機械から何から全て作れるようになってるけどな」


「一つだけ質問が、ジェネラルクスミ。なんで、ここまで手を貸してくれるのですか?」


「言わなくとも分かるだろうが、この銀河から戦争という愚行を少しでも早く無くすためだ。 まあしかし、ここまで同種族同士で殺しあう知的生命体も珍しいぞ、ホント」


「そうなんですか? 私はハヤシ提督や、あなたのような平和志向をする生命体のほうが少数派だと思ってましたが……他の銀河宇宙では違うんですか?」


「俺達の故郷の銀河系は少なくとも平和志向が多かったな。 アンドロメダ銀河は統一帝国だったから戦争はなかったし……マゼラン銀河じゃ小競り合いはあってもエネルギーの大量消費をしない戦争だったし。 まあ獣人種族の支配する星間帝国くらいかな? 戦争で領土を奪うのが日常だったのは」


「はぁ、すごい経験ですなぁ……少なくとも私が推測しても、とても普通のタンパク質生命体が経験するものじゃありませんな。 事実を連ねて書いていくだけで宇宙を駆け巡る伝説の勇者の物語としか読めなくなるでしょうに」


「ははは、ついにメインコンピュータにまで伝説扱いされるようになったか……まあ普通の人間、ここまでの経験はしないだろう、普通なら」


「口を挟みますが我が主。こんな経験、タンパク質生命体では我が主たった一人です、宇宙の歴史は長いといえども」


こんなやりとりに終始しながらもフェードラ近傍の何もなかった宇宙空間に、 あっという間に宇宙船の巨大工廠が建設され、いつの間にか巨大な工作機械も据え付けられて稼働を待つばかりとなっており、 着々とフェードラ自前の宇宙艦隊製造の準備が整っていく……


時間を元に戻して、現在。

フェードラの宇宙船工廠からは最新型の球形船(直径250mの巡洋艦級と思える)が次々とカタパルトで軍のスペースポートへ送り込まれてくる。

最初に船隊として組織されるのは千隻単位で五大隊(つまりは、五千隻)の予定。

しかし、その艦への乗員としては最初の一大隊、千隻分しかいない。

乗員の教育が教育機械を使っても足りない。

座学は充分、しかし経験が足りなかった……

座学を終えた者達はルーチンワークとなりつつある皇国と民主国へのデブリ掃除作業、 またはステルス艦による両勢力からの迫害者や反戦主義者、戦争被害者たちの救助作業に従事していく……


着実に地力をつけていくフェードラだったが、それを見過ごすほどには皇国も民主国も特に諜報関係者は抜けていなかった。

少しづつ、本当に少しづつではあるがフェードラの情報が蓄積されていく……

そして、半年もあれば今のフェードラの本当の力を推測するには充分な情報量が貯まっていた。

皇国と民主国、双方が本当に警戒すべきはフェードラだと上層部に直訴するタイミングは、ほとんど同時だった。

そして次の大規模戦にてフェードラが介入してくれば双方の軍の一部が結託して高性能なフェードラ球形艦を数隻、 鹵獲するための作戦を立案し、その戦のみであるが停戦してフェードラへ双方が協力して当たることとなる……

策謀は徐々に進んでいった。

フェードラ側も皇国と民主国の共同欺瞞作戦も……

互いに策謀を巡らせていた両者。

それがヴェールを脱ぐのは、まだ時間が必要だった。


こちら、フェードラの作戦室。


「皇国と民主国の一大決戦ということで先の海戦の数倍規模での戦いになりそうですね」


人員数は少ないがフェードラにも情報省と参謀部が出来上がったので、作戦も立てられるようになった。

まだまだ皇国や民主国のような大きな部署にならないので大作戦や戦略というレベルまでならないのが残念だが。

しかし、その作戦室には、そこに全く似合わない服装の人物が一人だけ居る。

フェードラのメインコンピュータが推薦した人物だが何と軍服を着ていない。

普通のノーマルスーツ(簡易宇宙服。フェードラは元々宇宙要塞のため万一の事故に対し普段でもノーマルスーツ以上の服装が義務付けられている。 もちろん国から無償供与)ではあるがフードを被っているために顔は見えない。

ヘルメットは被らないので鼻から下は見えているが、目元から上はフードに隠れて見えないのが不気味。

本人曰く、


「昔の戦いで、ちょいと顔に酷い火傷しちゃいましてね。他人様に不快感しか与えないんで、 こうやって隠してるわけです。申し訳ありませんが、ご容赦ください」


とのこと。

そう言われてまで、顔が見たいなどと言い出す者も居るわけがなく、一人だけ異形の格好で、こうやって戦略や戦術のための会議に参加している。

そのフードの中から少々くぐもった声が発せられる。


「その一大決戦ですが……私、ちょいと心配事がありまして……」


なにしろメインコンピュータが推薦してきた人物。

作戦室の面々が、この人物を無視できるはずがない。

それに今まで数回の会議の中で、この人物の発言は誰も気づかなかった視点からの指摘や注意点、見落としなどを的確に言葉にしていた。


「ジェネラル、何か心配事、あるいは、この作戦上での見落としがありますかな?」


参謀たちの中でも年配の元皇国軍情報部将校が発言を促す。

ちなみにジェネラルとは異形の男につけられたニックネームのようなもの。

フェードラのメインコンピュータが仮の名前をつけろと指示してきたので仕方無しに呼んでいるのだ。


「ええ、跳躍ポイントを巡る大海戦なら話は分かりますが今回の海戦の舞台となる宙域は跳躍ポイントや戦略上の重要ポイントではない点が気になります。 戦いがあるのは事実でしょうが果たして、その敵は、お互いなのでしょうかね?」


「なんと?! では、これは欺瞞作戦と?」


参謀の言葉に異形の男は答える。


「はい。ですが欺瞞とは言え戦いはするでしょうね。ただし、それはフェードラの艦隊が介入するまでの事となりましょう」


「と言うことは?」


「フェードラの艦隊が介入した時点で皇国と民主国の戦いは終了し、敵はフェードラ艦隊になるということですな」


参謀達から、ため息が漏れる。


「いつも思うのですがね、ジェネラル。あなたの本名を知るものはメインコンピュータのみ。そして貴方は、 この世の全てを見透かしたかのように戦略も戦術も、このフェードラの国の進み方すら決めているような気がします。あなた本当に人間ですか?」


当の本人を目の前にして、これだけ本音を言うのは、言われた本人が気にしないと以前に会議で言っているからだ。


「人間ですよ純粋に。私はサイボーグでもなきゃ神でもありません。 ただし他の人たちより少しばかり物事の奥底がはっきり見えるだけです。あとは皆さんと同じですよ。まあ、このご面相ですから女性には嫌われますが……」


聞き慣れてますよ、とでも言わんばかりの物言い。


「話を元に戻すと……ですから連合軍相手の戦いになるであろうことを承知の上で、この戦いに介入すれば相手の心をへし折る事が可能となります」


相手が罠にかけようと手ぐすね引いて待ち構えている戦場へ、それを分かっていながら乗り込んで蹂躙してやろうという、とんでもない戦術と作戦! 

その詳細を異形の男は丁寧に説明していった……


その会議が終了してから数ヶ月後……

巨大なる欺瞞作戦と名付けられた、対フェードラとの決戦となるであろう宙域には欺瞞戦闘に入る駆逐艦の大部隊が最前線に陣取り、 光子魚雷や副砲、主砲の撃ち合いを続けていた。

被害は大きく見えるが実は皇国側も民主国側も引退間近の老朽艦ばかりで構成した艦隊であり、 指揮官座乗艦以外はロボット艦なので見た目よりも双方の被害は小さい。

後詰している主力艦隊は武器も防御シールドも展開していないため、 フェードラが何も知らずに介入してくれば最大の力を持って球形艦に当たることができる。

罠は展開され、あとはキツネがかかるだけ。

皇国側も民主国側も、この作戦が失敗するなどとは思っていなかった。

フェードラは未だに小国であり皇国にも民主国にも大量のスパイを送る人的余裕など無いと知っていたからだ。

しかし、彼らは知らなかった。

いや、知ってはいたが認めることができなかった。

民衆の噂や電子ネットワークに流れる人々の又聞き話など、スパイしなくとも手に入る情報を的確に選別すれば、 それはスパイよりも的確な情報を得ることになると言うことを。

そしてフェードラには、それができる機械知性と、機械知性を超えた人物が居るとは皇国にも民主国にも掴めない極秘情報として漏らされることはなかった。


彼ら連合軍は知らなかった、気づく気配すら無かった。

自分たちが情報戦という戦いにおいて、すでに手ひどく負けていたことに……


ついに皇国・民主国連合軍VSフェードラ軍の全面戦争が始ま……

ったかに見えた。

数カ月前に現れた陣形そのままにフェードラ軍は100m級の球形艦500隻の中隊規模。

最初は気づかずに見過ごす振りをしていた連合軍はフェードラ軍が殴りあっている旧式艦隊に向かうと、ついに、その隠していた牙を向けた。


「いいか、奴らは決して自分たちから砲撃しない。初撃で奴らのシールドバリアを撃ち抜けば、 あんな小さい球形艦は、たやすく鹵獲できるだろう。今、この時だけは皇国も民主国も忘れて、 ただ、敵はフェードラ軍だと集中しろ! 強敵は立場が変われば頼もしい味方だ!」


どちらの将官が発した言葉だろうか? 

しかし、それは、この戦況を見事に表すものだった。


「いいか? 取り決め通り軽巡洋艦より主砲が小さい艦は砲撃するな。主砲は軽巡以上で担当する。 それ以外、あの小型艦のシールドバリアは一撃で破れん! チャンスは一発! それ以上は全て相手に躱されるかシールドを強化されてしまう!」


よほど、あの大敗戦が軍部にとって身にしみたらしい。

戦訓というものは負けたほうが強烈にこたえ、改善も進化も一層、進む。

ただし、それは相手に手の内を読まれていない場合。

この場合、戦訓も意味がなかった……


戦艦、重巡、主砲のみ重巡並みとした改装型軽巡。

それらが一斉に予備動作なしでフェードラ軍に向けて主砲を放つ! 

数千にも及ぶ死の光の矢はフェードラ軍の100m級艦隊に当たる! 

……と思われた。

実際に連合軍の主砲担当と指揮官達は、その強大なる破壊力で小さな球形艦が無力化され、宇宙に漂うデブリと化す幻影すら見た。

しかし現実は球形艦は近くの艦と衝突するかという距離まで近づき、互いのバリアを強化しあう形になっていた。


単艦時の数倍の強度となるバリアは戦艦の主砲といえど跳ね返す! 

これはフィールド航法を使う球形艦だからこその防御法であり、連合軍では、この方法は使えない。

加減速、急速方向転換などが自由にできる球形艦と違い、連合軍の艦では互いが近づきすぎると近接警報が鳴り響き、 衝突を回避することしかできないからである(球形艦隊からみれば、ひどくのろまな宇宙艦である)

せっかくの秘匿作戦がヴェールを脱いだのに初撃すら見ぬかれて対処されて連合軍の参謀や指揮官達は焦る。

この初撃が通用しなければ残るは撃った艦に対する非情なまでの徹底した無力化攻撃が待つ。

そして、フェードラの小型艦隊500隻が敵の砲撃に耐えている時、敵である連合軍にとっては泣き面に蜂の事態が起きる。


フェードラの主力艦隊、250m級の大艦隊(1024隻という中途半端な数である。 それだけしか乗員の習熟訓練が終わっていなかった)が連合軍の目の前に現れたのだ。

艦の大きさは、そのエネルギーの大きさとイコールである。

それは球形艦でも同じこと。

前回の主砲を封じた戦い方と違い、今回は小型艦隊にも主力艦隊にも主砲の使用は許可されている……

絶対的な盾を持つものが、その使用する武器の種類を規制されない場合、どうなるか? 

答え、蹂躙しようか殲滅しようか無力化までで終えようか、それは艦長の武器選択肢により決定されてしまう。

フェードラ小型艦隊は主砲を制限し、数だけはやたらと多い連合軍の軽巡洋艦隊を無力化していく。

ときたま小爆発が起きるが、それは当たりどころが悪かった鑑。

これは戦争、できるだけ抑えようとしても死者が無い戦争はあり得ない……

フェードラ主力艦隊は主砲をメインに使用する。

戦艦や重巡、そして参謀や指揮官の座乗する旗艦には主砲以外では僅かな被害しか与えられないから。

なまくら刀でボコボコにするくらいなら切れ味するどい一刀で無力化したほうが早い。


フェードラ主力艦隊は、それでも爆発大破や撃墜などせぬようにエンジン部や航法コンピュータ室を狙っていく。

相手が殺す気で向かってきても、フェードラ艦隊はできるだけ不殺を貫く。

ただし、相手が向かってきたら、相手の心を折るまでやり返すのが新しい平和を模索するフェードラ。

さすがに大軍同士の戦い、終了するまで(連合軍の降伏宣言が出されるまでの時間)に半日かかった……

フェードラ軍も無傷とは行かず、小型艦隊に小破が数隻あった(運行と生命維持に支障なし。負傷兵も皆無)


連合軍は悲惨なもの。

虎の子の戦艦群は半数が大破、デブリ化し、重巡艦隊以下は大破以上がほとんど。

見逃されたのは駆逐艦隊で、これは自軍兵救助を行わせるため。

連合軍も駆逐艦の主砲や光子魚雷では小型艦すら破壊できないと理解していたようで駆逐艦隊は戦いには関与させてもらえなかったようだ。

小型艦の鹵獲後に修理して自軍へ曳航するための人員輸送用大隊として駆逐艦隊を用意したようで。

よってフェードラに負けた今、救助兵を満載して逃げ帰る輸送船と化す駆逐艦隊であった……

例のごとく連合軍の座礁艦(いわゆる宇宙デブリ)はフェードラ国の宙域掃除によってキレイに撤去、曳航されていく。


ここに来て皇国も民主国も本当の意味での国家の敵が出現したと実感した。

この新しい敵は実に厄介だ。

このフェードラ国を敵として認識すると自動的に自分たちが「平和を希望しない悪の側」になることと同義。

無敵の平和主義国家出現を前にして皇国と民主国は、その存在意義をも問われることとなったのだった……


銀河の歴史が書き換えられ始めて数年あまり……

フェードラ国は、その数年で周りの弱小国家や中立国家を取り込み、堂々たる第3勢力となっていた。

国名もフェードラ連合国と変えられて、中小国家とは言え数多くの国を抱え込んだがために、その勢力は皇国や民主国すら脅かすものとなっていた。


ここは古くからの強豪勢力の1つ、民主国。

もう見過ごせない勢力となったフェードラ連合を如何に扱うかの論議の真っ最中。


「皆さん、静粛に、静粛に! これほど意見がバラバラでは国の方針を決めようがないではありませんか。 落ち着きましょう、落ち着いて冷静になって議論すれば解決の糸口は見えます!」


議長が勝手に発言し始める地方議員たちを、たしなめる。

国家会議の議長とは実質的に銀河民主国の中で一番の発言権と、万が一の場合、軍のトップになる権限を持った者。

その議長の発言には、さすがに地方議員は黙らざるを得ない。

沈黙が訪れるのを待って通常時の軍のトップである統合元帥が発言する。


「ありがとうございます、議長。さて、着実に勢力を大きくしてまいりましたフェードラ連合ですが、 その球形艦の性能と、それを支える技術力については、もう我が国も、そして皇国も遥かに超えていると認めねばならないでしょう。 皇国と我が国は同数の艦隊戦でしたら戦術や戦略で勝つこともできましょうが、これがフェードラ連合の艦隊ですと、 こちらが10倍近くの大差であっても相手が作戦行動において致命的なミスをしない限り勝てません。 悔しいですが、あの球形艦の性能は、はるか未来の技術です」


うめき声が上がる。

フェードラ連合と国境宙域を接している地方宙域の代表者たちのいる一角だ。

発言を求める手が上がり、議長が指名する。

うめき声を上げた一角の議員の一人だ。


「では、軍の方針と戦略をお聞きしたい。予定や精神論ではなく現実の戦略を。我々にはフェードラ連合が攻めてきた場合、勝てる可能性は無いのですか?!」


統合元帥に指示され、参謀部の一人が答える。


「お答えします。今、現状ではフェードラ連合艦隊が攻めてきた場合に地方守備隊や各星域にある駐屯部隊の戦力では 星系や宙域の守備は不可能と言わざるを得ません。 しかし、フェードラ連合は今まで相手側からの申し出があった場合のみに限って宙域や星域の併合と連合国家編入を認めてきた経緯があります。 これはフェードラの国家成立時の理念、銀河に恒久的な平和をもたらし戦争という愚行を終わらせるという文言に忠実だからでしょう。 よって議員の皆様が思っているようなフェードラの侵攻艦隊が攻めてくる事態は絶対に起こりえないと判断します」


この発言で、一安心するものと未だ不安にかられるものとに別れる。

不安が拭えない議員の一人が発言する。


「それはフェードラが領土侵略を絶対にしないという前提からですよね。 それは今までのフェードラの軍事行動から信じても良いと思いますが、 果たして市民は、どう思いますかな? 我が星域はフェードラと国境を接しておりフェードラからのメディア放送波が容易に入ってきます。 妨害電波を出そうにも相手の出力の方が圧倒的に強いので今では妨害活動も控えてます。 そこからの情報ですがフェードラ連合内部では生きていくのに必要な空気も水も食材も全て無料で与えられ、 宇宙で作業する者にはノーマルスーツ他の機材が全て無償貸与か無償供与されていると。 とてつもない理想郷だということで我が星系ではフェードラへ移民を希望するものやら星系そのものを 民主国からフェードラ連合へ鞍替えしようとする政治活動家などがウヨウヨいます。 これについては、どう対応されるおつもりか? 力で押さえつけようとすれば必ず民衆の蜂起とフェードラの介入を招きますぞ!」


これに対する回答は……

歯切れの悪いものとなった。

努力はしているのである、政府も軍も。

しかし相手国が理想社会すぎて対抗策など打てない。

恐れていた事態が起こってしまった。

皇国も民主国も、その国民の中に政治体制と経済体制に不満を持っている市民は大勢居る。

それに対しフェードラ連合は政府からの経済的な援助が手厚く、おまけに勝ち組。

これを民主国や皇国が真似しようとしても絶対に経済破綻するのが目に見えている。


国家的に、正直に言ってしまうとフェードラ連合のほうが圧倒的に人間は暮らしやすい。

戦争を消して回っている当事者というのもあるだろうがフェードラ連合以外に真似できないのは、税もとらず、生きるのに必要な物資すら無料としている点。

魔法のランプがあるのか、それとも錬金術か? 

それとも球形艦隊を創りだした驚異的な未来テクノロジーの恩恵か? 

民主国も皇国も今この時も必死になって秘密を探りだそうとしているのだが、 当のフェードラはおろか後で同盟国となった国家にまで、それまで堂々と表の職業で草として国内活動していた者達すら捕らえられ、 決して表に出ないはずの証拠を突きつけられて強制帰国となっていた。


皇国も民主国も、もう情報戦においては、とうにお互いが目標ではなくなっている。

目標はただ1つ! 

フェードラ連合国の奇跡とも言える政治経済体制と驚異の球形艦隊の秘密を探り出すこと、 これが他の目標に目もくれずにスパイや情報屋に大金を掴ませてまで知りたいこと。

しかし、悲しいかな。

どれ1つとして情報戦でフェードラ情報部を抜くことはできず、勝利のデータも手にできない日々が続いている。

参謀部から、あるいは国家首脳陣から情報部とはアホウとバカ、無能の集団だなと罵られる日々を過ごす、過去にはエリートであった情報部員たち……

必死になって、やっと掴んだ情報、実は国境を接する星域からの秘話化されていないフェードラのニュース番組からの情報だったり……

自殺すら真面目に考えてゲッソリと痩せ細った情報部員は同僚と上司に説得されて神経科へリハビリに通う日々を送る……

そんな圧倒的な力の差を見せつけられながら、隣のフェードラ星区から魅惑的な、 そして天国とも思われる生活映像が流される毎日を送る民主国の市民たちには、いつしかフェードラ国民となる希望が生まれていた……

しかし、まだまだその希望が具体的な行動に出るまで育つのは先の話。


さて、こちらは皇国。

民主国同様、急激に勢力を拡大してきたフェードラ連合への対処と戦略について参謀部で会議を行っていた。


「緊急に対処する必要があると思われます、フェードラ連合国の扱いは。 敵対するにせよ同盟国に準ずる扱いにするにせよ、こちらの態度次第で相手の出方も決まってくるでしょうから」


参謀部へ来てから日の浅い新米参謀が焦ったように発言する。

まあ、それも分からぬ話ではない。

民主国と違い皇国はフェードラ連合国と国境を接しているわけではないが、かと言って、いつまでも無視して良い弱小国家とは違うのだ。


「ふむ、それは分かるがな、若いの。銀河で最も古い歴史を持つ銀河皇国としては、ぽっと出の新米国家ごときを議題の主とするのは皇帝陛下に対して不遜だぞ」


年配の参謀が青年参謀をたしなめる。

皇国は貴族が政治も軍も支配しているので、おいそれと歴史の浅い国家を自分たちの国と対等には扱えぬと言うことだ。


「しかしですな、卿もご存知の通り、 フェードラ連合は今までの弱小国家や我国から逃げ出した奴らが作った民主国などとは全く違うという事ですよ。 他の国家達とは違いフェードラ連合は遥かに優れた装備と宇宙艦、そして魔法のような経済制度をとっております。 これは、悔しいですが我が皇国すら及ばぬレベルであります」


最後の言葉は本心だろう。

身分制度さえ同じなら皇国よりもフェードラ連合のほうが暮らしやすいのだ。


「卿よ、今の最後の言葉、聞かなかったことにしておく。 しかし、ここ参謀本部にまで届くようになったフェードラ連合、確かに、このままではいかん。早急に叩き潰すか、 あるいは属国として吸収するのが最良かと判断する」


威勢の良い発言をしたのは参謀長。

こうなると反対意見は出なくなる。

参謀長のフェードラ属国化宣言に対する意見が多数出るが、その多くが侵攻作戦に関する事柄ばかり。

参謀長を制止する意見は思っていても出なかった……

これが皇国に大きな影を落とす事になるとは思ってもいなかっただろう、その時は。


フェードラ本国への急襲作戦の骨子が決定されたのは、それから数週間後。

一般作戦と違って決定するまでが速かったのは相手の軍備と装備が圧倒的なものだと分かっていたから。

通常の大軍による侵攻作戦では、あの球形艦隊の防御バリアと主砲の射撃に撃ち勝つことはできない。

ならばフェードラ艦隊の準備が整うまでが勝負! 

という、いわゆる電撃奇襲作戦を行うしか無くなる。

その作戦の骨子が決定した後には、本作戦を隠すための欺瞞作戦や敵本体を急襲するための選抜部隊の選定、 急襲が失敗した時にも被害を小さくすべく主力艦隊を使う枝作戦などが考えられ、決定される。


フェードラ本国への急襲作戦は、その名を「リリパット作戦」と呼称されることになり、欺瞞作戦は盛大に、そして枝作戦部隊も大々的に動いた。

リリパット作戦開始まで、あと一日と迫った。

この作戦の主たるものは、意外だと思うだろうが「阿呆船」の使用である。

阿呆船とは? 

それは後で述べることにしよう。


リリパット作戦実行。

それは、とても皇国軍という気高い組織が行う行為ではないと放送するメディアまでが苦言を呈する事になった。

治安警察や軍警察が捕えた反政府主義者、平和主義者、それだけではなく浮浪者やら失業者、 定住してない日雇いの出稼ぎ労働者、民主国や皇国に吸収された中小国家の独立主義者達をも、まとめて一隻の超大型輸送艦に乗せて宇宙へ送り出す作戦。

その輸送艦、建艦時の状態にあるなら、まだいい。

ボロボロの、すでに現役を引退して数10年になる旧式艦を整備もしないで宇宙へ無理やり上げて僅かな食料と空気(それぞれ一週間分、 10日分しか無い)を積んだ状態で皇国から追い出した。


「私は皇国の国民として例え不敬と言われようが涙と怒りを持って、この非道な作戦を実施した軍と皇帝陛下に抗議したい!」


実況を行ったMCの悲痛な言葉は本心からだろう。

彼は番組終了後、放送局から即刻解雇されたが胸を張って会社を出て行ったそうな。


実は、この老朽輸送艦、あちこちの外壁が脆くなっており、空気を中に閉じ込めることが難しくなっていた。

装備のほとんど、通信装置すら使用不能となっていたが、これは皇国軍の工作部隊によるリモートコントロールによる電源使用不可状態だった。

通常の航行すら難しい状況なのに無理やり取り付けられた巨大な跳躍航法エンジンは艦の操舵室からは制御不能。

輸送艦に追従していた軍の駆逐艦からのリモートコントロール装置により、計算された状態でフェードラの跳躍ポイントへ出現するように仕向けられた。


ちなみに阿呆船とは、太古にあった、国に人として認定されなかった者たちを、まとめて海に送り出した時に使った船のこと。

食料も水も数日分しか積まず挙句の果て、ある程度の距離を進んだら沈むようになっていた船もあったという……


このような政策や作戦を是とする国家は、もはや国家とは言わない。

国の名を借りた地獄である……

阿呆船に載せられた大量の人員は、それでも最高の幸運で輸送船の船体が折れたり致命的な損傷もないまま、フェードラの管理する跳躍ポイントへ出現した。

ここで随伴駆逐艦がリモートコントロール装置の制御を輸送艦に切り替えたので、ようやく輸送艦の装備全てが操舵室やエンジンルームから使用可能となる。

通信機は最新のものと交換されていたため、装備が使えるようになった輸送船の乗員は慌ててフェードラへ救助を要請する。

フェードラは来るものを拒まない。


間を待たずに救助要請は受け入れられて、救助船が派遣されるとの返信がある。

しかし、時間がない状況で救助対象は超大型の輸送艦、その大きさは長さ900m、幅600mにも及ぶ。

フェードラ主力艦を派遣するにしても、到着後に移乗する時間はあるのだろうか? 

艦隊でも同じこと。

相手は、すぐにも崩れそうな老朽艦である。


こちらは当のフェードラ連合首都である、元宇宙要塞、現在は宇宙都市国家フェードラ。

現在は、ちょっとした惑星規模の宇宙都市となり自前の重力すら持つまでになっていた。

そのフェードラ内で緊急救助連絡を受けたのだが、時間が限られているために出動艦艇をどうするかの問題が出る。

なにしろ、この数日で主たる艦隊は出払っている。

(これは欺瞞作戦と枝作戦が機能している証拠であり、皇国側の参謀部が無能ではない証)

今、首都フェードラに残っているのは小型球形艦100隻の首都警護艦隊があるが、これを出動させると救助に間に合わなくなる恐れがある。

今回の救助対象は、とにかくでかすぎる、救助対象人数も多すぎる。

担当者達が頭を抱えていると……


「首都防衛艦隊は今回は出動させないので通常の警備と索敵に従事していてよろしい」


と、メインコンピュータからの通達。


「しかし緊急に出動しなければ、ボロボロの輸送艦ですよ?! そこに大量の人員がつめ込まれている状態、 どうするんですか? 網ですくうこともできませんよ、あんな大物」


とは通信部長。

彼も彼なりに今回の皇国の仕打ちに腹を立てて、何としてでも救助してやろうと思っている。


「大丈夫、こんなこともあろうかと奥の手が用意してあります。まさに、巨大なる救いの手が」


そこでメインコンピュータからの連絡が切れる。

どうするんだろうと担当官達は話し合う……

結論は出なかった。

それよりも先に輸送艦がいる宙域を映しているリモートカメラの映像が入ってきたからだ。

そこに映し出されていたものは……


大型輸送艦の乗員達は絶望に包まれていた。

救助船が到着するのが早いか、それとも輸送船がバラバラになるのが早いか、それほど跳躍のダメージが蓄積されていた。

今すぐに崩れても不思議じゃない音を内部で響かせている老朽艦に、皇国で支給されたのはノーマルスーツ、つまり軽宇宙服。

ちなみに老朽輸送艦に救命艇やポッドは装備されていない。

もともと、解体される計画が延びていただけの鉄クズだから、予め装備は全て外されていた。

そこへ、あと付けで通信装置や間に合せの送風機(空気を船室や倉庫へ送るためにつけた)などがあるだけ。


「お、おい。フェードラの救助船、いつになったら来てくれるんだ?! 船体のきしみ音が大きくなってきたぞ! このままじゃ、俺達は宇宙の藻屑だ!」


「落ち着け! 通信装置でフェードラと話して、救助に来てくれるという確約は取っている。あとは待つだけだ」


「その時間が無いんだよ! 今すぐに船体が割れてしまっても不思議じゃないんだぞ、このボロ船!」


「今すぐにというのは無理だ。この宙域からフェードラまでは数光時ある。 最大で、あと5時間位はかかるんじゃないか、救助船。それから救助作業だから……半日かかるか」


「無理だ、半日なんて船体が保たない! 俺達は何もできないまま、宇宙に放り出されて死んでしまうんだ!」


と、絶望と死の影が色濃い船内にフェードラ軍からのものと思われる通信が入る。


「こちら、フェードラからの救助船、ガルガンチュア。皇国輸送船の緊急事態に際し、 緊急救助作業を行う。いいか、よく聞けよ。船内からの脱出は考えなくていいから何が起きても艦の姿勢を変えるな! いいか、どんな事態が起きてもだ!」


思いも掛けない通信内容に、とまどう輸送艦乗員。

しかし、それしか助かる可能性は少ないようであるから、船内放送で各員に何でもいいから体を固定しろ! 

と注意を促す。

数分後、助けが現れた……

しかし、それは、あまりに巨大すぎて輸送船乗員の想像を超える宇宙船であった。


「おい? あれ宇宙船か? 俺の目がおかしくなったのかな、いまだ数10万Km離れてるはずなのに、長い船体がはっきり見えるんだがな」


「違う……長い船体じゃない。衛星規模の巨大宇宙船を2隻、繋いでるんだ、あれ……全長はおよそ2万Km、 惑星規模の宇宙船……いや、宇宙船と言っていいのか、あれを……」


「フェードラが寄こしたと言ってたな。あれが一隻あれば皇国も民主国も関係ないぞ。 あんな化け物宇宙船に攻撃できる宇宙艦を持っている国家は無い……」


「球形艦が先になってるようだな、現在は。用途により前後を変えるわけだ。 とんでもない代物だぞ。超絶技術とか最先端とかいうレベルじゃない。もう、技術の次元が違う……」


巨大球形艦は輸送艦のすぐ前まで接近し、その船体下部をパックリと開ける。

巨大だと思っていた輸送艦は、その開いた口の中に、すっぽりと入っていった。

開いた口の中に完全に輸送艦が収まったとき、大きく開いた口は閉じられる。

これで輸送艦が崩壊しようが折れようが、乗員に大きな障害はない。

まあ、多少の怪我はするかも知れないが。

目立たぬように随伴してきた皇国軍の小型駆逐艦、あまりの光景に艦橋で言葉を発するものは誰もいない……


「艦長、これ報告書に書いて信じてもらえますかね?」


副長の言葉が全ての駆逐艦乗員の言葉を代表している。

本来は輸送艦救助に手間取っているフェードラ艦隊を急襲して少なくとも数隻は鹵獲する、 または防衛部隊を全滅させるために、わざわざ近くの宙域の跳躍ポイントへ出てから 時間を掛けてフェードラ近くまで航行してきた友軍の大艦隊を誘導する任務を負っていた小型駆逐艦。

予想外の超巨大宇宙船の出現により、その予定と任務を、すっかり頭から消していた駆逐艦艦長は、とりあえず所属艦隊へ通信を入れる。


「本艦の任務達成は不可能と判断する。報告書と証拠映像は後から提出する」


これは適切な判断であったが皇国の首脳部では艦長は無能と判断され、原隊復帰後に軍籍剥奪される。

その後、元皇国駆逐艦艦長が、その足をフェードラへ向けるのは当然のことと言えるだろう。

提出された報告書と映像記録を精査した参謀本部と軍警察が元艦長の行方を探したが、その時にはもう本人はフェードラ連合の国民となっていた……


ここは皇国。

おなじみとなった感のある皇国軍参謀本部の戦略作戦室。

ようやく現場から上がってきた報告書により、フェードラ本国を急襲しようとしたリリパット作戦の失敗原因が分かる。

困惑と不安に包まれる参謀部の面々。


「どうお考えでしょうか、参謀長?」


どう、と言われても、そのためのデータが少なすぎると思う参謀長。


「うーむ……もしも我が国に、こんな超巨大艦があれば……普通は旗艦として使うか砲艦外交の主役となるのが普通だと思うが、 どうだろうか。主任参謀、君はどう思うかね?」


参謀長の次に古参の主任参謀は、これも困惑の視線で答える。


「はい、私が軍のトップであったとしても、こういう超巨大艦の使用法は限定されてしまうと思うので通常は砲艦外交の主役として。 戦争時には艦隊旗艦として使用するのが通常の使い方ですね。フェードラは何を考えて、こんな化け物のような宇宙船を秘匿していたのでしょうか?」


参謀長は、やはりという顔で、


「そう思うか、やはり。こんな超巨大な宇宙船があるなら通常は近隣の星系を、 これに乗って訪れるだけで相手は降伏するだろうな。このような艦を見てしまえば戦う気力すら吹き飛ぶだろう。 ハリボテの見せかけだとしても迫力があるだろうに、これを見るに球形艦隊と同じか、 それ以上の超越技術が使われている宇宙船と見て間違いない……しかしな、そうすると疑問が出てくる」


「参謀長、その疑問とは?」


参謀の一人が問うてくる。


「分からぬか? あれがフェードラにある理由よ。もともとフェードラは跳躍ポイント防衛用の宇宙要塞だ。 それも民主国の……で、今、フェードラは皇国も民主国も相手にして戦争を無くすための戦いをしている。 そこへ超巨大宇宙船……疑問が理解できたかね?」


「あっ! わ、分かりました! 元々、民主国側の宇宙要塞であったフェードラで開発や造船を行ったのなら、 それは民主国側の主力武装とならなければおかしいですね。 それも民主国側で超巨大宇宙船の存在は認識されていないとの報告が情報部より上がってきております」


「そうなのだ。いくら秘匿艦だとしても全長が惑星クラスのものなど隠しようがない。 ここでも疑問が湧く……フェードラは、あの超巨大宇宙船を何処に隠しているのか? 今のフェードラの国家の大きさでも、 あのような宇宙船など隠すドックは作れんだろう。長距離探査ビームを艦隊から放ってみても、 あの超巨大宇宙船の存在が掴めないという事だ。あれは、いったい何処へ行った? 何処に隠れた? そして何処の誰が、 あんな非常識なものを造り出したのだ?」


参謀長の疑問は誰にも答えられない。

会議室は無言のまま解散するしか無かった……

一方、フェードラ側。

救助した皇国巨大輸送艦乗員はガルガンチュアの搭載艇群により分割移乗させられて、フェードラ本国へ移送される。

ガルガンチュア内部での移送作業なので、オンボロ輸送艦とは言えトラクタービームでしっかりと固定されて搭載艇への移乗はしっかりしたもの。

どうやってフェードラへ降ろされるのか不安だった皇国の遺棄民達は、ホッとすると共に、 このような超巨大宇宙船が、どうしてフェードラなどという新興の小国にあるのか? 

という疑問が湧いてくる。

しかし、それを明かす時間もないまま、搭載艇の群れはフェードラ本国へと乗員たちを乗せて宇宙空間へ飛び出す。

無人搭載艇のため、幾多の疑問について答えるものもいないままフェードラの宇宙港へ到着した搭載艇群は輸送艦乗員を全て降ろすと、 そのままガルガンチュアへ帰っていった。

好奇心にかられて搭載艇内に隠れていた数人も艇内清掃用ロボットにより追い出されて、ガルガンチュアへ忍び込むようなことは不可能だった。

晴れてフェードラの地を踏むことができた皇国の遺棄民達は代表者の言葉として、


「この度は命を救っていただき感謝します。しかし、最大の感謝を述べたい相手が、ここにはおられませんが。 あの超巨大宇宙船の艦長は何処におられるのですか?」


これに答えられるフェードラ国民はいなかった。

あの救助シーンは巨大スクリーンで、また広報メディアへ公開されていたために、全国民と同盟国家が見ている。

しかし今の今まで、あんな非常識な宇宙船をフェードラ連合国が所持していたなどとは知らされてもいなかった。


さて、こちらはガルガンチュア。

久々の登場ではあるが楠見は疲れているようにも見える。

実はガルガンチュアクルー、フェードラ情報部の重要部署についていた。

テレパシーでスパイと思わしき者達の精査を行ったり、侵入してきた皇国や民主国の裏部隊の排除と無力化を行ったり、 その他にも様々な活動を行い、裏からフェードラの躍進を助けていた。

今回のガルガンチュアの登場は本当の緊急事態だから。

今回のトラブルシューティングではガルガンチュア本体は出動させないつもりだった。

この銀河の技術レベルは、それ相応に高いが、そこにガルガンチュア本体が現れたら、あまりに比較対象の次元が違ってくる。

搭載艇でも大型搭載艇(母艦タイプ)などはオーバースペックとなるため、あえて小型搭載艇までの技術供与しかしなかった。


「小型艦じゃ、あの輸送艦は救えなかったと思うけどガルガンチュアは、やっぱりオーバースペックだったよな。 とは言え他にあの輸送艦を取り込む形で救助できる宇宙船は無かったしなぁ……」


楠見は、そう呟きながらも、今回の救助作業で死者が出なかった事についてはガルガンチュアを投入して良かったと考えていた。

他の国家では首脳部がガルガンチュアについて首をひねっているのに、この男だけは別の見方をしているようだ……

ちなみに巨大輸送船はガルガンチュア内で処理した。

膨大な資材とエネルギーの供給源となったのは間違いないだろう……


こちらは民主国。

こちらも皇国と同じく参謀部の戦略会議室にて、苦虫噛み潰したような顔つきの参謀連中が。


「参謀総長、お聞かせいただきたい。皇国からの情報で、あの厄介者のフェードラ連合が、 こともあろうに超巨大宇宙船を秘匿していたと言う情報が上がってきましたが、これは元々、民主国の秘密兵器だったのではないですか?!」


青年参謀が参謀部すら知らない情報を、こともあろうに敵国からもたらされる屈辱と元々は友軍の宇宙要塞にすぎなかったフェードラが秘匿していた巨大宇宙船のことを知らされて驚くやら口惜しいやら複雑な感情を言葉にする。


「いや、私も巨大宇宙船のことなど聞いたことがない。だいたいだな、 考えても見ろ。衛星規模の巨大宇宙船を2隻造り上げるだけでも想像を絶する作業と物資が必要となるのに、 さらにそれを合体させてるんだぞ。ここまでやったら皇国だろうが我が国だろうが、 たとえフェードラが今のような惑星規模国家だったとしても隠しようがないだろう。 作業中の宇宙船を、どうやって隠していたと思うかね? どうやっても無理だろう……」


言われて気がつく青年参謀。

当たり前に考えれば、そんなものを造ろうと資材や人員を募集した段階で相手情報部に気づかれる。

それを何処の誰にも気づかせずに今の今まで秘匿できるなどという正真正銘の魔法のような事ができるわけがない。


「私もフェードラの戦略が掴めなくなってきている。あんな常識はずれの兵力があるなら球型艦隊など持ちださなくても、 あの巨大艦一隻で戦況など瞬時にひっくり返せるだろう。一つだけ考えられる秘匿理由は、 あの巨大艦がハリボテの見せかけだ、ということだが、あの輸送艦の救助シーン映像を見るに、 あの巨大さでも球形艦隊の機動性はあるんだろう。となると余計に理解不能だ……」


まさか、あの常識外の巨大宇宙船が個人の持ち物で、この銀河どころか銀河団すら超えた宇宙の彼方からやってきた、などとは考えられない。

普通そんなことを考えるものは誇大妄想狂と呼ばれてしまうが、事実は人の想像すら超える時がある。

重苦しい空気が戦略会議室を支配している……

その空気と雰囲気が晴れぬまま会議は終了するしか無かった……


こちらも、おなじみとなったフェードラ連合国の首都フェードラの、開かずの間と呼ばれるメインコンピュータルーム。


「ジェネラルクスミ、ガルガンチュアの緊急出動、お疲れ様でした。私もカメラで見てましたが鮮やかというか何と言うか。救助作業に慣れてませんか?」


フェードラと名付けられたメインコンピュータが感想を述べる。


「ありがとう、フェードラ。今まで、あっちこっちで様々な救助作業に携わってきたからね、ベテランというなら、その通りだ」


「我が主、それは逆に言うと突っ込まなくていい事案に首を突っ込んでしまった回数が多すぎるということですよね? まったく、 我が主は何かと事案や事件に首を突っ込みたがりで私や他のガルガンチュアクルーが何言っても聞きやしないんですから」


「お?! それを今言うか、プロフェッサー。最終的には皆で重大トラブルを全て解決してきたじゃないか、今まで」


「あなたに引っ張られて、ですけどね、我が主。言っておきますが、それに反対ではありませんよ。 ただ他に任せても良いと思われるものまで首を突っ込むのはどうかと言いたいんです」


「ちょっといいですか? トラブル解決に長年、携わってきたと言われましたが、それって、どのくらい?」


興味がわいたらしいフェードラ。


「ん? トラブルバスターやってる年数? まあ、太陽系出てからでも、もう300年以上は過ぎてるな。太陽系の中でも20年ほどやってたが……」


「はい? 人間の解答じゃないですね、それ。機械生命体の私が言う言葉じゃないかも知れませんが トラブル解決の神様ですか? ジェネラルクスミという存在は」


「フェードラ、我が主を人間の常識で判断してはいけません。常識が全く通用しない存在なのだと認識しないとシステムが狂いますよ」


プロフェッサーが、こともなげに言う。

エッタとライムは、その会話には加わらず、情報部のお手伝い。

ガルガンチュアが姿を見せて以来、更に激しくなった皇国および民主国のスパイ達を判定する作業に追われている。

観光船にスパイカメラをやたらと詰め込んだ偽装客船や、移民にまぎれて潜入しようとする情報部員の数が倍加してしまったので、その対応に人手が足りない。

まだまだ国力も国民数も大国に足りないフェードラは、あちらこちらから移民や避難民の入国と自国民化を奨励している。

誰でも良いわけじゃないので、スパイや変な宗教指導者を弾くことはしているのだが、 それでも希望者殺到の昨今では官僚も警官も宇宙艦隊乗員も何もかもが足りない。

こういう時期に隙をついてスパイが入国してしまうのだが、そこは防波堤役のガルガンチュアクルーが裏から手を回して、穴を全て塞ぐ。

そういう時期を経て、また数年後にはフェードラ連合は立派な大国となり、皇国にも民主国にも負けぬ勢力へと成長を遂げる。

ついに、フェードラ主力艦隊が、その威容と実力を見せる時がやって来た……


フェードラ連合の秘匿超巨大宇宙船が現れて皇国の阿呆船作戦が崩壊してから数年後……

ついに主力艦隊が勢揃いしたフェードラ連合は皇国も民主国も敵としなかった。

皇国と民主国の小規模の戦いにはフェードラ連合は介入しなかったが、大きなものには必ず介入し、 その度に皇国も民主国も跳躍ポイントや軍事拠点、大きな星系を含む領土をフェードラ連合に横から奪われる形になった。


一年も経つとフェードラ連合と皇国、民主国の勢力差は、ほぼ拮抗。

フェードラ連合の支配宙域は銀河全体の30%強となり、皇国の40%弱、民主国の30%弱と、それぞれの勢力が拮抗し、三すくみの状態となっていた。

しかし皇国も民主国も、このままの勢力差で歴史が続いていくとは考えていない。

明らかに強力な宇宙艦隊を所持しているのが急成長してきたフェードラ連合だからである。

この数年、皇国も民主国もフェードラ連合の宇宙艦を研究し、主力艦の機動性と武装を数段進化させている。

ただ、いくらスパイを放っても通商活動から宇宙艦の購入を打診してみても、フェードラ連合は、 その超越技術を流出させることはしなかったので、 戦闘記録映像からの類推と試行錯誤の技術進化であるから本家本元のフェードラ連合に敵うわけがない。

ジリ貧になるのは理解しながらも皇国も民主国も技術開発陣の必死の努力と徹夜の試行錯誤にすがるしかない状況が歯がゆかった……


その状況から、また一年後。

ついにフェードラ連合が三勢力の拮抗状態から抜けだした。

皇国を切り崩して支配宙域40%を越え、もうすぐ50%に届く勢いである。

こうなると皇国も民主国も大きな戦いは仕掛けられない。

フェードラ連合が主力感隊の数と、それに準ずる小型艦隊の増強計画も完了させたため、 多方面作戦も可能となる余裕が出てきたから、他の勢力は今の支配宙域を守るだけで精一杯となる。


銀河の情勢が安定化してから数カ月後……

銀河の平和を求めて3つの勢力の銀河史上初となる頂上会談が開催されることとなった。

開催地は銀河の平和を追い求めるフェードラ連合の巨大首都フェードラと言えば、 その都市を指すと言われるほど有名になった巨大宇宙都市フェードラで開催されることとなった。

皇国も民主国も頂上会議なら我が国で! 

と必死になったが、皇国では民主国が納得せず民主国では皇国が「格下国家での開催は承知できない」となる。

両方が片方に納得しないのなら、自力で両国をねじ伏せた感のあるフェードラ連合のほうが良いだろうと 一種の消去法でフェードラでの開催となった経緯はあるが。


皇国と民主国の首脳陣が双方とも軍や官僚組織を代表する大量の人員を送り込んできた。

もちろん技術的なデータ収集も兼ねての事なのは当然。

今まで全ての諜報組織を撥ねのけてきたフェードラ連合の本家本元が、どのような発展と国家経済の仕組みをとっているのか? 

フェードラからの公開メディア情報しか入手できるものがなかったところへ、堂々と乗り込める機会が向こうからやって来てくれたのだ。

さすがに情報部からの人員派遣は無理だったが、軍や民間の開発者・研究者が、 どんな肩書でもいいから参加させてくれと上司に泣きついたのは言うまでもない。


頂上会談の日程は通常では考えられないほどの長い日程となる事がわかった。

何と三ヶ月という「これは短期留学か! ?」とも言うべき日程となる事が発表される。

招待する側のフェードラ連合からも、こんな条件が付け加えられている。


*長期に渡る会談日程は、技術と理論の公開も含むので、なるべく最新の技術と理論を学びたい方を100名までご招待したい。


*政治と経済については、これも最新の政治経済情勢の討論会を開催したいので、その専門家を数10名ご招待したい。


*頂上会談については会談後に情勢を変える発言力を持つ方々を最優先でご招待する。


以上、招待した方々の安全と身分保障は、フェードラが国家の威信を賭けて保証する。

こうまで言われて参加しないわけにはいかない。

大規模のフェードラ訪問団が結成され、最先端の研究者・技術者、そして現役官僚と最高権力者が参加を表明する。

衝撃のニュース発表から数ヶ月後……

皇国から民主国から、その他、どの勢力にも所属していない小国家も、 自前の跳躍航行船を持たない小国は星間商人の宇宙船に便乗させてもらってまで参加してきていた。

この銀河のほとんどの国家がこの頂上会談へ参加を表明し、代表団を送り込んできた。

惑星国家単位ではない、あまりに小さな国家は参加は無理と涙をのんだが、 それ以外は、どんな手段を使ってもフェードラを目指して、遠い国家では数カ月、頂上会談ギリギリに到着する日程でも、やってくる。


フェードラの宇宙港では通常の数10倍の宇宙船が駐機し、広大な宇宙港も満杯となり、 史上初、球形艦隊の泊地となっている軍用宇宙港まで開放されることとなった。

皇国も民主国も、あの輸送艦救出場面のみでしか登場しない、 半ば伝説となり始めている巨大な合体宇宙船の船体が一部でも見えないかとフェードラの夜空へカメラと視線を向けるのだが、 そこに目当ての物の姿はない。

見えない物に対し、皇国でも民主国でも噂というか怪談じみた話が生まれたり、否定されたりしながらも尾ひれのついた話になっていくのは当然だろう……

恐いもの見たさというか都市伝説の証拠を掴みたいというか、そんな人の心ばかりは科学でもどうしようもない。

しかしながら、そんな期待は裏切りながらも初めて見る巨大宇宙都市フェードラの街中を進んでいく各国の代表団。

町並みは他の国家と変わらないが、宇宙都市だけに建築物のデザインに重力の考慮がない奇抜なものが多い。


旧市街、元々の宇宙要塞時代の建築物は堅牢第一で古びているが、新市街以降は民間で建てた物が多く、戦いを考慮していないので自由奔放だ。

奇抜ではあるが、まだ理解の届く建築物を眺めながら、各国代表団は頂上会議の場へと到着する。

何かの競技場か? 

と勘違いされそうな巨大で広大な敷地を利用した高層ビル。

どれだけの人員が収容できるか想像の外にある。

これから、ここで予想外の何かが起きるのは誰でも予想できる事だった……


銀河頂上会議の開催は日程の最終となる事が決定された。

それよりもまずフェードラ連合が持つ最先端知識、最新技術の公開と講習を優先したため。

フェードラ連合は日程に対し注文をつけることはなかったが、 その最新技術を公開する場は既に高層ビルを1つ丸ごと確保していたので公開と講習に関しては、いつでも対応できた。

政治家と官僚、首脳陣もフェードラ連合の最新技術公開展には積極的に参加した。

講習会には参加しなかった(参加しても理解不能なことが公開展に参加して分かったからだ)が研究者や技術者は我先にと参加表明した。

一日目は通常の座学があり、交代で講義を聞きたい者達が参加(あまりの聴講希望者数に 時間をずらして人数制限するしか無かったという)したが講義を理解できたものが少数だったため、 フェードラ連合で普通に球形艦乗員教育用に使用されている教育機械の使用となった。

ちなみに他国の官僚やら首脳陣から、


「これは洗脳装置か?」


という疑問が多く提示されたたため、そのようなことはないと皇国や民主国出身の球形艦乗員の証言を聞かせたり、 実際に数人、教育機械にかかってもらい、その後の体調や思想に変更がないことを確認してもらったりもしたという。

そのような、すったもんだが、あちこちで起こりつつも全体としては順調に日程は進んでいった……


政治経済の討論会については、これは最初から想定されていたように、あちらこちらで怒号や悲鳴、驚きや怒りの声が上がるものとなった。

討論会とは言え実質は、それぞれの国が大義名分を抱えながら現実との矛盾をやりくりしながらも政治と経済を動かしているわけだ。

それが中と外では全く評価が分かれるなどというのは普通のことであり、それが我慢ならぬという頑固な御仁もいるわけだ。

討論会は予想通り(?)長引いた。


最新知識と技術公開・講習については教育機械の使用を許可した後は順調だった。

教育機械は、その人物の知識や教育程度に応じて初期の理論から中程度、最新理論までの教育を自動的に行うので、 その人物や生命体に対する最適な教育が行われることになるため、取りこぼしが無くなった事が大きいだろう。

フェードラ連合としては、いっそのこと身分制度の破棄や自由尊重の思想まで教育機械で教えたかったのだが、 それをやると洗脳や思想偏向教育に当たる恐れがあるため、その実行は見送られたという。

予想通りではあったが、やはりというか何と言うか皇国の身分制が邪魔をして政治経済の討論会で結論や宣言が出るまでの結末には至らなかった……

様々なイベントや講習会、会議が進行して、残すは最後にして最大の銀河頂上会談となる。


「最終イベントとなりました。これから銀河頂上会議を開催いたします」


会議の開催宣言が議長より発せられる。

フェードラ連合は民主国よりの伝統で議員会議制の政治制度をとっているので、その議長が開催宣言をするのが適当となったのだ。

しかし、頂上会議と銘打っているのにも関わらずフェードラ連合としての代表席には誰も座っていない。

ただ、マイクとスピーカが設置されているだけ。


「フェードラ連合の代表は、いかがされました? 主催者たる者が肝心の頂上会議に遅刻や欠席は、まずいでしょう」


民主国の代表、こちら民主国代表にして民主国議長と大統領を兼ねる人物。

民主国は合議制では追いつかない政策スピードの向上を実現させるために数10年前から大統領制も取り入れている。

そのため、大統領の人選によっては、おかしな方向への政策が実現されてしまうことになるのは周知のことだが……


「いえいえ、私は最初から、この場におりますよ、民主国議長にして大統領閣下。 申し遅れましたがフェードラ連合国の軍事と最新技術の管理を行っております、 元・軍事要塞フェードラのメインコンピュータ、現在では機械知性体として感情と思考力を持ちましたので個体名フェードラと名乗っております」


頂上会議の参加者全てに動揺が走る。

メインコンピュータが感情と知性を持ち、機械知性体として頂上会議の主役として参加してくるまでになっているだと?! 

身分制度があるため、そのカーストの制約から外れている機械知性など皇国にとって、とても認められるものではなかった。


「ここに人間の代表者はおられぬのか? 我が銀河皇国は身分もわきまえぬ機械知性などが代表者などとは、 とても認められるものではない! 代表者が他にいないようなら我が皇国は、この場に居ることに価値を認めず。早々に引き上げることを宣言する!」


とんでもない言いがかりではあるが身分制度を是とする皇国にとり、これは大義名分と成り得る。

機械知性体となったフェードラも対応に苦慮する。

フェードラ連合国となった今、全ての情報の把握と判断をしているのは自分だったから他の人選は考えていなかったのだ。

そんなフェードラの戸惑いを察知したかのように会議場に1つの人影が現れる……


「ジェネラルクスミ! 貴方が登場するのは、もっと銀河が落ち着いてからのほうが良かったんじゃ無いかと思われますが……」


フェードラの意見も真っ当である。

本来、この銀河の戦争当事者ではない楠見が、ここに登場してしまえばフェードラの背後に楠見が居るのだと誰もが理解するからだ。


「まあ、フェードラの言うことも分かるけど。でも、ここが最高の登場シーンだと思ったんでね。裏の策謀を計画・実行してきた俺が出ることにした」


ここで、ここにいる全ての参加者に裏で策謀を巡らせていた者が誰だったかが理解できた。

そして宇宙要塞フェードラが歴史の表舞台に登場出来るだけの未来技術とエネルギーを与えたものが誰だったかも……


「今まで隠してきましたが、ここまで来たら話してもいいだろうと思い、表舞台に登場することにしました」


楠見が、ついにフェードラ以外に姿を見せる。

皇国、民主国ともに、あんな急成長どころじゃない成長を見せたフェードラ連合には裏で操るものがいるだろうと予想はしていた。

しかし、この展開は予想もしていなかっただろう。

メインコンピュータのフェードラさえも、今この時に楠見が登場する意味がわからない。

自分に意識と感情が芽生え、それを機械知性だと言ってくれた時にも彼は裏方で密かに行動するはずだったと言っていた。

そして、この10年以上、あの巨大宇宙船ガルガンチュアすら人前に見せるのを嫌うかのように出さなかった楠見が。


「ジェネラルクスミ、貴方は、もっともっと後で登場してくるとばかり思ってましたよ。 それこそ、この銀河を去るときに私を含めて全ての者に、さよならを言う時だけ登場すると思ってました」


フェードラの本音。


「まあ、予定じゃ、そうなるはずだったよね。だけど、あまりに頑固な人が居るようなんで」


楠見は続ける。


「銀河皇国代表、議長様にして皇国の法皇様ですな。そちらは、あまりに古臭い宗教と政治観が結びついたため、 帝国ではない宗教指導者が国を治めるおかしな国家形態になっている。 民主国は、そんな宗教国家に我慢できなかった方達が大昔に皇国から脱して建国した自由国家ですが、 これも古くからの敵に対する怨念に縛られている……こんなことじゃ、この銀河に平和など、いつまで経っても来るわけがない」


楠見が、いつになく怒りを表している。


「私は一介の宇宙要塞にすぎなかったフェードラへ、この銀河の常識を超える技術と改革をもたらした。 そして、しがらみのない新興国家だからこそできる、この銀河宇宙からの戦争撲滅を目指した」


ここで楠見は一息つく。

他の国々の代表者達は息を呑んで続きを待つ。

ここで抗議や茶々を入れようものなら何が待つか分かったものではない。

何しろ、フェードラ連合という実績が目の前にある存在。

奇跡か超常現象か、そんな言葉を贈りたくなるほどの事を成し遂げた裏方の存在が、ここに居るのだから。


「通常の戦いに介入するだけで良いと最初は俺も思ってました。あの卑劣で残忍な阿呆船計画。 あれを阻止できたのは俺の宇宙船が、たまたま付近の宙域に停泊していたからに過ぎません。 通常の宇宙船ならフェードラのスペースポートへ停泊しますので救出は間に合わなかったでしょう。 民主国の軍では、いくら皇国憎しとは言えども民衆に考慮してますので、あんな非道な戦術は使えませんね、 計画段階でも漏れれば政治家を罷免されるでしょうから」


楠見の怒りの原因が分かる。

あのオンボロ輸送船を使用した阿呆船計画を練り上げ計画、あまつさえ実行した皇国に対して怒っているのだ。


「我が国が実施したリリパット計画が気に食わぬようだな。皇国での邪魔者と不要物を処分したまでのこと。 こちらの内政問題を持ちだされても干渉するなと返事するのみだが」


内心では冷や汗かいてるのだろうが、さすがは海千山千の皇国指導者。

はったりと高慢さ、気位だけは人一倍ある。


「では内政だとしておきましょうか……しかし俺は、あの阿呆船を乗員ごと救った当事者ですよ。 ちなみに俺は、この銀河宇宙の住人ではないので皇国だろうが民主国だろうが何も関係ない存在。 しかし今回の大量虐殺計画を見るに見かねて救助した。 とすれば、ですよ皇国代表の法皇様……俺は個人的に皇国に対して罰を与える権利があると思いませんか?」


その国の中だけで完結するなら内政だろうが他人に迷惑かけたら処罰されても当たり前だという、楠見のこじつけ。

しかし、あの軍事作戦を内政だと言い切ってしまった手前、被害者となった感のある楠見には反論できない皇国法皇。


「ということで俺は大迷惑を被った銀河皇国に罰を与えるよ。 今回この銀河のほとんどの国家がフェードラへ代表団を送り込んできたんで、この場で、その罰を発表する」


何を言い出すかと思っていたら、とんでもない事を言い出す楠見に皇国代表法皇は焦る。

頂上会議後に陳謝と礼を贈れば良いと考えていたのが、えらい事態になった……


「ク、クスミ殿! こんな事は頂上会議の場で言うことではないぞ!」


焦って適当な言葉がでない。

楠見は逆に冷めてきたらしい。


「いいや、この場だから良いんだ。フェードラと民主国、その他の国家には俺達が持ってきた公開技術のほとんどを使用許可する。 ただし皇国は別だ。今までのトラブルシューティングでも珍しいと思うが皇国は潰れてもらったほうが良いと思う。 よって皇国への技術援助や公開は取りやめとする。せいぜい古い技術と戦力で足掻いてみせな」


衝撃の一言。

法皇は、ここまで楠見が怒っているとは思わなかったのだろう。

皇国の未来が閉ざされた瞬間、法皇は銀河の全メディアが中継していると分かりつつも衝撃と落胆、皇国が無くなる未来に泣き崩れたという……


銀河頂上会議の衝撃的なラストシーンから数年後……

いまだ銀河は戦いの中にあった。

しかし、この戦いは、それまでの実力伯仲の殴り合いではない。

ほぼ一方的とも言える戦力差。

片や旧態依然の武器とロケットノズルを備えた戦闘艦を、これでもかと数千隻規模で繰り出す銀河皇国。

相手は最新の装備とバリアシステムに身を包んだ、直径500mもの大きさを持つ球形艦隊が五〇〇隻あまり。

戦力差が数で決まるなら、ほぼ一方的とも言える戦力差であるが、有利なはずの皇国軍指揮艦内は、じっとりと冷や汗にまみれた者ばかり。


「准将どの、左右の防備陣千隻が、もう保ちません! 上下も崩れ始めています! 敵の本体二百隻は未だ動かず! こちらの被害ばかりが増え、 敵にダメージは与えられません!」


観測班の悲鳴が聞こえるが今までの戦場ではお馴染みとなった台詞。

フェードラ連合国からの技術供与とアドバイスにより銀河皇国以外の勢力は技術的及び経済的に大躍進を遂げる。

その大繁栄から弾き出されてしまった、この銀河で一番古い歴史を持ち最強の国家だったはずの銀河皇国。

水に落ちた犬は叩け、という諺通り皇国を除く全てがフェードラ連合へ合流し、よってたかって古き悪の象徴となってしまった皇国を叩く。


あの衝撃的な皇国代表が泣いて崩れ落ちるシーンからこっち、皇国へ戦いを挑む国家が激増! 

今まで弱小国家と罵られ国家とは名ばかりの植民地扱いをされていた国家すらもフェードラ連合へ寝返り、 助けを求め、それを大々的に支援する民主国の図が完成する。

あとは、ご想像の通り。

やる戦い出る戦い、その全てで手酷い敗北を被った皇国側は離反する国家や友好勢力も雪崩をうつがごとく! 

いつの間にか初期の星系と、その周辺星域を守ることだけで精一杯となり、かつての広大な勢力範囲は幻となっていた……

今も中央星域を守るための最終防壁の役目をしている星域が戦いの最終局面をうつし始めていた。

圧倒的だったはずの皇国側にはデブリと化した巨大戦艦や巡洋艦があっちにもこっちにも。

軽快に戦場を動いているのは敵側の球形艦ばかり。


最後の抵抗として皇国の科学開発陣が造り出した太陽エネルギー収束砲の実験艦が持ちだされる。

確かに小型の球形艦単独では、その巨大なエネルギーを受けとめきることはできない……

しかし小型艦は、その運動性で小破より上の被害を受けることはなくビームの照準を外し続ける。

ここで出動するのは、新たな主力艦となった500m級の球形艦。

皇国側の決戦兵器とも思えた太陽エネルギー収束砲搭載艦の主砲攻撃すら、その完成されたバリアシステムは弾き返す。

実験艦とはいえ圧倒的な武力となる! 

と思っていただけに、これは皇国側の兵士たちの心をへし折る! 

負傷者は数多かったが、これほどの戦いにも関わらず皇国側とフェードラ連合側、双方での死者は、わずか10数名であったという。

皇国側でフェードラ連合の艦船に救助されたもののうち、数割が連合側への移民申請を求め、それを即座に認めるフェードラ連合。

この戦いにおいて、ついに長い歴史を誇った銀河皇国は、その支配星域を皇国が誕生した中央星域のみに限定され、 それ以外の星域への政治的・武力的な干渉を禁じられることとなる。

その支配星域も武力も徹底的に規制され宗教指導者としての皇国代表は銀河同盟会議(フェードラが中心となり結成された平和会議。 戦争と貧困、人間の階級分けなどの徹底否定などを主な議題とする武力すらも持った独自の銀河統治機構)により明確に否定される。

これにより、ついに、この銀河に平和と自由、平等がもたらされることとなる。


「はーぁ……長かったなぁ、今回のトラブルシューティングミッション。少々、疲れたよ、さすがに」


俺は心情を吐露する。

1つの銀河に10年以上いたのは銀河系を出てから初めて。


「それもこれも、こんな戦争キ○ガ○の集まってる銀河になんか興味を抱くからですよ、我が主。完全に自業自得です」


けんもほろろの言い方しやがって、プロフェッサーめ。


「まあ、次の銀河では、ここほど酷い戦いの状況じゃないことを祈るだけでしょうね、マスター」


まあね、その通りだ、フロンティア。


「さて、何とか銀河の内戦状況は解決した。次の銀河へ向かうぞ! ガルガンチュア、発進だ!」


ちなみに機械知性となったフェードラは自分を解析して、その知性と感情をもたらしたものが少しのシステム改変だったことを突き止めた。

そこで自分以外の機械知性を増やし、機械生命体を目指すため星間通信ネットワークの構築と、 それによる膨大なデータ通信システムの構築を目指し、100年も経たぬうちに目的を達成する。

そのうち、この銀河の人々は気づくことになるだろう……

自分たち以外の知性体、生命体が自分たちのすぐ傍に居ることに。

そして、神の如き視野と膨大なるデータに基づき、平和を影から支えていることを……

ともあれ、宇宙は今日も平和である。

その平和を支える者達の汗と涙によって……