第四章 銀河団を越えるトラブルバスターの章

第二十七話 電子機器の星へ!

 稲葉小僧

僕の名は天田星雄。

僕は小さい頃に母さんと共に、このメカニカルシティと呼ばれる町に来た。

ここは、かつて僕らが暮らしていた小さなコミュニティとは比べ物にならないほど大きな街。

でも、この街で必要とされるのは機械や電子機器と化した人たち(元・人間?)ばかり。

僕らのような100%生身の身体は軟弱すぎて、どのような職にも就けないんだって労働局の役人が母さんに向かって言い放った事を僕は憶えている。

それじゃ身体を改造したり機械化あるいは電子機器化すればいいじゃないかと言われるけれど、それには莫大なお金がかかる。


この街に僕らの知り合い・友人は一人としていない。

だから僕らは最初、この心も身体も冷えきった街で、たまに優越感からか金銭を放ってくれる市民に感謝しながら、惨めな生活を続けた。

堪りかねたのか、それともゴミ清掃の一貫か、役所の人間が(こいつも機械化されてた)僕らの下へやってきて、こう言った。


「お前たちは、あまりにも街を汚す。いるだけで街の印象が落ちるのだ。貧民街の教会へ行くか、それとも街を出ていくか、どちらかを選べ」


街を出て行くにしても僕らはお金も何も持たない。

必然的に貧民街の教会へ連れて行かれる事になる。

教会は最初、僕らを歓迎してくれた。

後で聞いたら僕らのような人を収容すると教会へ補助金が出るのだそうで、その雀の涙のような金銭でさえも欲しいと教会の偉い人たちは考えてたようだ。

数日は手厚くなんて無いけれど、それでも一日に2食は食べさせてもらえた。

一週間後、それが一日に1食となり、一月後には食事は出なくなった。


「寝るところだけは保証したげるわよ。さあ、仕事を探しておいで! 働かざるもの食うべからず!」


空腹を抱えながらも僕と母さんは、街の溝掃除やら自動化食堂の皿洗いやら配線の切れかかった電光板の狭い箇所の修理作業に走り回った。

誰もやらないような汚れ仕事、僕と母さんの賃金は安かった。

僕らの隣では小さなスイッチひとつ押すだけの作業を、機械や電子機器の身体を持つ人たちが行っており、その給料は僕らの数100倍以上。

僕らは、それを不公平だと思うような気にもならないまま、キツくて臭くて汚い仕事をやり続けた。

仕事してると、お昼の弁当だけは出る。

それは役所が、ほんの気まぐれかも知れないけど、まともに仕事をして、取り決められた労働者の基本的な権利と雇用側の義務だという。

僕も母さんも、その弁当を口にすることが喜びとなってた。

でも、それもいつしか終わりが来る。

母さんの身体が保たなかった……


機械と電子機器の街だから生身の人間が普通に暮らせるような場所じゃない。

カラッカラに乾燥している工場や埃1つも入れることを許さない精密機械の作業場。

そんな近くで作業してて、なおかつ、まともな食事は一日1食。

もともと身体が弱かった母さんはベッドから起きられなくなってしまう。

僕は、ようやく少年の体になってきたところ。

母さんの仕事もこなして空きっ腹ながらも母さんの看病と仕事を続けていた。

ある日、仕事に行くと、そこの社長から言いがかりに近いクレームを言われる。


「お前が近くに来ると臭いって苦情が来るんだよ。だから別のやつを雇うことにした。お前、クビだ」


あまりに酷い。

シャワーすら使わせてくれなかったのは、あんただろうが。

僕が、そう抗議すると社長は僕にバケツ一杯の汚水を浴びせる。


「お前にゃ、それがお似合いだ。生身の身体は臭いねー」


社長は僕に蹴りを入れると、きらびやかな発光ダイオードで全身を着飾ったまま、事務所へ戻っていく。

僕は惨めに、汚水をかけられたまま教会へ戻っていく。

教会へたどり着いた僕に、更なる追い打ちが。


「あんた、クビになったんだって? 収入保障のない人は、もう出てってくれないかね」


この人は生身だと思ってたが、教会のシスターや神父、教区長に至るまでが機械化されているか電子機器化されているか、どちらかの人たちばかりだった。

やっぱり、この街は生身の人間には暮らせないようにできているらしい……

僕は、せめてもの情けということで薄い毛布を母さんに着せてあげてくれと懇願し、 持っている小銭(全財産)をはたいて教会から毛布だけ貰って追い出された……

冷たい風が僕ら母子を追い詰める。

母さんの意識が上の空となる……

誰か! 

誰か母さんを助けて! 

僕の声は機械化された身体や電子機器化された身体の持ち主達には永久に届かない。

あまりの風の冷たさに僕の意識も跳んでいきそうになる……

倒れかけた僕の腕を、しっかりと掴み、抱き起こす者がいる。


「誰?……神様?……悪魔でもいい、母さんを助けて!」


僕は、そのまま気を失ってしまった……


「星雄、星雄くん、起きなさい。もう大丈夫、お母さんも無事よ」


優しい声が僕を冷たい眠りの世界から目覚めさせる。


「はっ!? 確か僕は街の冷たい風の中で野垂れ死にするところだったはず……なのに……何? これ……」


目覚めた僕は、いつの間にか豪華なベッドの中にいた。

あの街の教会で与えられた、スプリングもヘタってしまい、身体も伸ばせないようなベッドじゃない。

ふかふかなマット、機械的なスプリングじゃないけど、それよりも優しくて身体を包み込んでくれるベッドの作り、 そして何よりも、あったかくて心地よい上掛け。

こんなベッド、今までに寝たことは一度もない。


「あら、起きたのね。身体が衰弱してたから、お母さんも貴方も、まだベッドから出ないほうがいいわ。 さ、まだ固形物は身体が受け付けないでしょうから、暖かいスープと、おかゆよ。熱いから気をつけてね」


決して美人じゃないけれど暖かみのあるカワイイ顔をしたお姉さんが、僕に声をかける。


「まぁ、美人じゃなくて悪かったわね。カワイイなんてのは、ませた表現ですよ」


はい? 

このお姉さん、僕の考えてることが分かるのかな? 


「貴方の考えてることくらい表情で分かるわよ。戸惑って安心して、 それでも、どうしていいか分からないんでしょ? 天田星雄あまだほしおくん。ちなみに服にネームの縫い取りがありました」


「あの、どうして僕と母さんを助けてくれたんですか? 他の人たちは僕らに目もくれなかったのに」


一番の疑問をぶつける。

僕らは、この街の厄介者だった。

それこそ、いないほうが良いリストのトップに書いてあるような……


「人が人を助けるのに理由が必要かしらね? まあ機械化や電子機器化されてしまって人間の心を無くしてしまったような人たちは別でしょうけれど」


え? 

もしかして、この人……


「あ、あなた、もしかして生身の身体の持ち主ですか? どうやって、この街で、こんな豪華な暮らしができてるんです?」


「あらあら、食事するか喋るか、どちらかにしなさいな。まずは何も考えずに体力を取り戻すこと。そのためには食べて眠ること。分かったかしら?」


何はともかく、僕と母さんが助かったことだけは確かなようだ。

僕は、おしゃべりをやめて食べることに集中する。

結局、スープは3回、おかゆも5回、おかわりしてしまった。

僕が恥ずかしそうにおかわりを言うと、


「子供は食べなきゃね。もっと食べなさい。早く元気になって、お母さんを助けられるくらいにならなくちゃ!」


その人は微笑みながら、スープとおかゆを、お皿いっぱいにしてくれる。

知らないうちに涙が出てきた。

僕は涙をすすりながら、スープとおかゆを食べる。

おかしいな、街の汚れ仕事をやってた時には、どんな仕打ちを受けても泣かなかったのに……


さすがに、もう入らない。

お腹いっぱいだ。


「ありがとうございます。ここまで親切にしてもらったのは初めてです。でも……僕ら、お金がありません。 このご恩、有難いのですが、お返しするものが何もないのです……ごめんなさい」


僕がそう言うと、お姉さんは、


「お返しを期待して助けたわけじゃないの。言ったでしょ? 人が人を助けるのに理由なんて必要ない。 助けてもらった方も、ありがとうって言えば良いのよ。他に何も要らないの」


「ありがとう、ございます。このご恩、決して忘れません!」


「はい、それで結構です。ちなみに貴方とお母さんの着てた服、あまりにボロボロなんで、 二人共、電子シャワー浴びてるついでに着替えさせておきましたからね。 普通のお湯じゃ、汚れは落ちなかったわよ。ひどい環境で仕事してたのね。役所も何やってたのかしら、訴えてやるわ!」


あ、と気がついて自分の着てる服を見ると街の市民階級が着てるような立派な服。

薄汚れた作業着に洗濯もさせてもらえなかった下着とは、えらい違いだ。


「あ、すいません。お姉さんの名前、まだ聞いてなかったですよね。あまりに事態が急に変わるんで……」


「あ、こっちこそ、ごめんね。先に名乗るべきだったわ。私の名前は、ライム。 普通はキャプテンと一緒にいることが多いんだけど今回は別行動なの。心配しないでいいわ、連絡は常に取ってるから」


ライムさん、か。

一緒にいるってことは彼女は宇宙船乗りかな? 

キャプテンとか言ってたし……

僕の予想は半分当たり、半分ハズレだった。

後で真実を知った時には、さすがに信じられなかったけど。


ライムさんは僕に色々な話をしてくれた。

その中には、とてもじゃないけど信じられない話もある。

だって、ノヴァ化寸前の太陽を数年で鎮めちゃったって話だよ? 

そんなの見たことも聞いたこともない。

神様くらいだよ、そんなことができるのは。

でも、ライムさんいわく、


「信じられないでしょうけど全部ほんとのことよ。私達の船は特別製なの、見たら絶対に驚くわ。信じられないかも知れない」


と。

まあ、おとぎ話か、それとも伝説の英雄譚だよね。

この頃の僕は、そう思ってた。

数日後、僕と母さんの体力が戻ってきたとのことで軽いリハビリ兼ねて、この家の細々したことをやらせてもらえるようにライムさんに頼み込んだ。


「そんなことしなくていいの、あなた達に働いてもらう必要なんか無いの」


ライムさんは、そう言うけれど僕も母さんも、お世話になりっぱなしじゃ立つ瀬がない。

それでも、と無理に頼み込んで食事と掃除、買い物などをやらせてもらえることになった。

仕事は執事さん(プロフェッサーって名前。執事さんが教授?)に教わりながら僕も母さんも様々な家事をこなしていく。

そんなこんなで動けるようになって半月ほど過ぎた頃だっただろうか……


「ねえ、星雄くん。君たちは、どうして、こんな人の心がない者達の街にやってきたの? 以前に住んでたところは、 小さいけれど生身の身体の人間ばかりで住みやすかったんじゃないの?」


ライムさんが、こんなことを聞いてきた。


「うん……僕らはコミュニティでは大切にされてたけれど、それは理由があったから。 僕の父さんは機械や電子機器になるような人間たちと闘う戦士だったんだ。 長いこと、奴らが送り込んでくる兵士たちと戦ってたんだけど、とうとう僕が生まれる少し前に撃たれて死んじゃったんだって。 機械や電子機器の体になれば少々の事じゃ死なないってのに、父さんは命を長らえるためのサイボーグ手術も拒んで亡くなったと教えられたよ」


「で? あなた達にとっちゃ、この街は敵の街じゃないの? どうして、そんな所へ?」


「生身の身体じゃ、人はあっけなく死んじゃう。 それなら、この街に流れてる噂の「電子機器の身体をくれる星」へ行けば僕は母さんを守り抜けると思って。 だから、母さんは反対したんだけど最後には僕の思いが変わらないことを知って、僕といっしょに街に来たんだ」


「でも、それじゃ、あなた達は迫害されて当然よ。この街は私達宇宙船乗りに対しては何もしない、 お金さえ出せば、こうやって良い待遇もできるけど、お金もない生身の身体の人間じゃ、 面白半分におもちゃにされて最後には剥製になったり奴隷になったりするのがオチね。 ここの主人になれるのは機械の身体か電子機器の身体を持つものが最優先なの。生身の人間は、この街では人とは認められないのよ」


「そうでしたか……じゃあ、電子機器の身体をくれる星ってのも嘘だったんでしょうか……」


「いえ、そうでもないわよ」


「え?! 実在するんですか?! そんな気前の良い星が!」


僕は思わずライムさんに詰め寄る。


「ちょっと待ちなさい、星雄くん。私達、宇宙船乗りの間では有名な話なのよ、電子機器の身体をくれる星というのは。 ただ、そこへ行くのは大変なの。それこそ一年やそこらで行ける話じゃないわ。 例え行けたとしても、その星に入れるかどうかは、また別の話。 その星に入れるのは特別な宇宙船、いえ、宇宙船というのかしらね? 船なのよ。特別な、宇宙を渡る船」


「その船、どうやったら乗れるんですか? 乗船チケットとかあるんでしょうか? ボーイとか募集してたら大丈夫なんでしょうかね?」


「ちょっと待ちなさいって、星雄くん。その船、銀河周遊豪華客船の中でも、ただ一つの光子帆船、 クイーン・オブ・カグヤって名前の船よ。超光速の跳躍航法とエネルギーを貯めながら光速近くまで出せる光子帆船を兼ねた巨大な都市型観光船なの」


「そうなんですか……船員募集してるようなら僕でも応募できるかなと思ったんですが……」


「無理ね、生身の身体じゃ。船員やメイド、ボーイに至るまで機械あるいは電子機器の身体じゃないと採用されないって聞いてる。 諦めなさい、今すぐに乗るというのは」


「それじゃ、どうしたらいんですか? 僕は電子機器の身体をくれる星へ行って、どうしても母さんを守れるくらいに強い体になりたいんです!」


「焦らないの星雄くん。まずは、その痩せた身体に肉をつけなさい。ど こへ行くにしても、あなたの今の体力じゃ、すぐにへたばっちゃいます。準備をすることが今のあなたの仕事よ」


ライムさんに言われた翌日からプロフェッサーさんがトレーナーとなり僕を鍛える日々が始まった……

筋肉痛と、そして空腹で倒れてしまうまで僕はトレーニングを続けた。

プロフェッサーさんは僕の限界を知っているようで、本当に限界に来ると、


「これ以上は鍛えることになりません。今日は、ここまで」


強制的に止めてくれる。

僕は、その船に乗ることだけを目標に身体を鍛え家事をこなし、そして食べて眠る……

いつかは夢の船に乗り、電子機器の体になることを夢見ながら……


《はいキャプテン、了解です。星雄くんは順調に育ち、鍛えられています。焦らずとも数年で父親のように立派な闘士になることでしょう。 そしてトラブルの大元となる例の星へ連れて行き、そこで……》


「はい、そこでクルッと回って瞬発入れずに銃を抜く! んー、遅い遅い、それじゃ、あっという間に撃ち殺されてしまいますね」


はぁ、はぁ……

くそ、なんで動いてくれないんだ、僕の身体! 

やることは分かってる。

相手に抜かせて、それから相手よりも速く銃を抜いて撃つ! 

それだけなのに、ただ、それだけなのに……


「今日は、ここで終わりとしましょう。肉体は鍛えられても心と思考は鍛えられません。自分で回答を見つけるしか無いのですよ」


見ぬかれてるな、やっぱり。

焦りは禁物……

僕が戦士となれるように鍛えはじめて一年が過ぎようとしている。

今では日課の家事と基本の鍛錬メニューは最初の1時間でこなせるようになった。

重いものを持ってもフラフラしなくなった。

重量物を持って走るのにも慣れた。

数週間前からはモデルガン使用だけど戦闘用訓練も入ってる。

プロフェッサーさんはガンマンとして凄腕。

抜く手も見せずに重い銃をホルスターから抜く、パルスレーザーを数発撃ち、そしてまた目が追いつかないスピードでホルスターへ戻す。

あたふたしてる僕を見ながら的確に欠点を言い放ち、どこを修正すれば早撃ちができるかを懇切丁寧に教えてくれる。

まだまだ僕はプロフェッサーさんの半分のスピードにも追いつかないけれど、日を追うごとに速くなっていくのは実感してる。


「あイタタタた! 指が、指が引き攣ってる! くそっ、これじゃ父さんの跡を追うことも出来やしない」


日課になりそうな、手首と指に腱鞘炎予防軟膏を塗りながら今日の反省点を思い出す。

僕の手は、まだまだ小さい。

父さんの形見だと母さんから渡されたパルスレーザーと実体弾の切り替え可能な銃。

でかい……

僕の手には、まだまだ。

片手じゃ大きすぎ重すぎて持ち上げるのも苦労するので、今じゃ両手で扱えるように訓練してる。

訓練用のモデルガンでも扱いあぐねてるのに、こんなものどうするんだって? 

実戦じゃ訓練してるサイズの銃が一番いいんだろうけれど、これが僕には、しっくりくる気がする。

手放せないんだよね、なんだか。

プロフェッサーさんと話してた時に、これだけは憶えておきなさいと言われたことがある。


「最後の最後に頼れるのは自分が最も安心できる物。君にとっては、そのお父さんの形見の銃だね。いつか、それが君を救うだろう」


そして銃を使うのは、それ以外の手段が全く無くなった時だと教えられた。

そう、相手の命を奪うのは、それしか手段がない時。

それ以外には使っちゃいけないと言われた。

それ以外に何があるんですか? 

と、僕はウカツにも聞いてしまった……

プロフェッサーさんは、やけに冷たい目でニヤリと笑いながら、


「知りたいですか? では宇宙格闘術を伝授してあげましょう。ちなみに、この格闘術は自分の身体の痛みで各技の一つ一つを覚えていくことになります」


やっぱり、やめます! 

という僕の心の声はプロフェッサーさんに届かなかった……

それから、銃の扱い方の訓練に宇宙格闘術の訓練が加わった。

時間は1時間。

その間、僕は毎日、新しい地獄を見ることになる……


《キャプテン、定時報告です。星雄くんは着実に育ってます。 アンドロイドであるプロフェッサーの2倍の時間で銃が扱えるようになりました。 生身の人間や機械化、電子機器化された通常兵士では今の星雄くんには勝てないでしょうね。 もう少ししたらプロフェッサーに追いつくかも……そしたら計画を実行する時となりますね》


鍛えはじめてから一年半が過ぎ、僕は自分でも分かるほどに強くなった……

もう、過去の自分とは違う。

イジメられても、迫害されても耐えられる。

あまりに酷い時(相手が殺そうとしてくる等)は宇宙格闘術で無力化する事も容易い。

ただし、それはプロフェッサーさんを除けばの話。

未だ僕はプロフェッサーさんに、銃の素早い抜き打ちでも宇宙格闘術でも勝てない。

プロフェッサーさんは本当に理論を地で行く戦い方をする。


「星雄くん、腕を取って後ろから押さえつけるのは方法として正しいですが、それじゃ簡単に逃げられますね。いいですか? このポイントを抑えるんです」


ふっと僕の意識を逸らしたプロフェッサーさんは、あっという間に僕の片腕を取り、痛覚ポイントを確実に指で圧してくる。


「あうっ! このポイントですね、分かりましたぁ!」


「そうです、忘れないように。で、次に、生身じゃなくて、機械や電子機器の身体を持った者達に対する格闘術を教えます」


待ってました! 

これが知りたくて半年以上も地獄の痛みに耐えたんだ。


「お願いします!」


「はい。コツは簡単です、要は人間の体じゃないから、作動するためのキーアイテムが身体のどこかにあるのです。 それを探して引き抜くか、あるいは破壊すれば良いわけです。 ただし、量産型でないカスタムボディの場合に限っては作動キーが隠されている場合が多いので、 その場合、ボディの何処に隠されているかを瞬時に見極めねばなりません」


「そ、そうですね。でも、そんなことが可能ですか?」


「まあ、普通なら不可能……と言いたいところですが、ちょっとしたコツがあります。 作動キーは、挿入・引き抜きが可能なジャック又はスロットに入っていることが多いので、 そこだけ通常の肉体と比べると違和感を感じることが多いのです。 もう1つ、作動キーが電源部も兼ねてる場合には、こっちは簡単ですね、発熱してる箇所を探すだけ」


うん、プロフェッサーさんの言ってることは理解できる。

普通の人間にゃ、とても無理なことだってことが理解できるよ。


「星雄くん、聞いてますか?」


「うわ! 顔が近い、近いです、プロフェッサーさん。でも、その見分け方と探し方って、センサーでもなきゃ無理なんじゃないですか?」


「生身の人間には、ね。そこで、一番手っ取り早い方法がありますので、それを教えましょう」


「ええ? それを早く教えてくださいよ!」


「いやいや、まずは基本からですので。手っ取り早く機械や電子機器化した人たちを相手して、瞬時に無力化してしまう方法は……」


「それは? ……」


「水を頭からかぶせちゃう事ですね」


ズダダダー……


「どうしました? 星雄くん。椅子からズリ落ちるなど、疲れましたか?」


「たはははは、いえ、なんでもありません。そうか、そうですよね。機械や電子機器に水は鬼門でしたね」


「ということで、生身の人間じゃない方たちと戦うコツなど不要なんですよ、実は。小さな水鉄砲でも持ってれば、相手を無力化するのは簡単です」


「そうですね、ははは、そうなんですね。そうか、水の一滴で動けなくなる奴らばっかしだったんだ……」


「結論です。星雄くん、あなたは充分に強くなりましたので、銃と宇宙格闘術の訓練は卒業です。いやー、教えがいがある生徒は久しぶりでしたよ」


はい? 

卒業? 


「じゃあ、星雄くんは私の方で。今から服を買いに行くわよ」


ライムさんが僕の手を引く。

今の服じゃダメなんですか? 

けっこう良い服で気に入ってるのに……


「あ、着替えなくても良いとか考えてるでしょ。ダメよ、新しい服に着替えて、 その足でクイーン・オブ・カグヤの乗船チケットを買いに行くんですから。 ネットワークからじゃ売ってくれないのよ、この船のチケットだけは。本人が売り場へ行かないと個人認証でチケット発行するからダメなんだって」


「え? 電子機器の体をくれる星へ行く船のチケットですか? ……でも、僕にはお金がないので……」


「任せといて! キャプテンからお金は預かってるのよ。私と君の2人分、チケット代として」


あ……

あまりに嬉しくて僕の頭は考えることをやめてしまった……

後で考えてみれば、ここまでしてくれるには何かあるだろうと思うのが普通なんだろうけど。

僕は、ぼうっとした頭でライムさんに連れられてクイーン・オブ・カグヤの乗船チケット売り場へ出かけた。

僕ら生身の人間2人の姿を見て、貧乏人がなんの用で、こんな所へきたのか? 

と不信の目で見るような人たちは、まだ良かった。


「あの生身の奴らを追い払え! 臭くてかなわん!」


と、警備に言い放つ奴もいる。

さすがに警備の人も高そうなドレスや服を着た僕達に対して、どうするべきか迷ってる。

ライムさんは、そんな周囲には全く構うこと無く、


「クイーン・オブ・カグヤ、乗船チケット2枚。最高級のVIPルームでね」


と、こともなげに。


「マダム、こう言っては失礼に当たるかも知れませんが。最高級VIPルームは高額でして……」


支配人らしき機械の体を持った人がライムさんに伝えてくる。


「あら? そんな事は百も承知よ。このギャラクシーバンク発行のカードじゃダメかしらね?」


と、バッグから真っ黒なカードを取り出すライムさん。

支配人の顔色が変わる。

機械の作動ランプみたいなものが緑から赤の点滅へ変わった。


「ん……発行数が一桁だと言われますブラックカードですな。 無限の信用をギャラクシーバンクが確約すると聞かされておりますが、私も初めて見ました。 よろしゅうございます。最高級VIPルームをお二人分、ご用意させていただきます。では、カードはお返しさせていただきます」


あっさりとチケットが手に入った。

これで、あの船に乗れるんだ! 


《キャプテン、定時報告です。例の船のチケット入手しました。 来週辺り例の船が宇宙港に着陸しますので、星雄くんと一緒に乗り込みます。 星雄くんですが、プロフェッサーにお墨付き貰うほどに成長しましたので自衛の面では問題ないかと。あ、はい、では、そのように》


今日は朝からドキドキだ。

夢にまで見てた、電子機器の体をくれる星へ行ける船、それに乗れる日なんだ。

早朝に目が覚めて、とても眠ることなど無理なので、昨日までやってた筋力トレーニングをやる。

この住まい、プロフェッサーさんとライムさんだけで住んでるとは思えない広さで、トレーニングルームまである。

まあ、ここも引き払うとライムさんから言われた時には、


「え? 母さんやプロフェッサーさんは何処へ行くことになるんですか? 電子機器の体になって帰ってきた時に家がないのはツラくないですか?」


と、ライムさんに聞いたら、にこやかな顔で、


「あら、その時には、もう住み慣れた船があるわよ。船名はガルガンチュア。とっても大きな船で、安心できるのよ。何処へでも行けるし」


この言葉は嘘じゃなかったけれど……

ガルガンチュアは大きい船なんてものじゃ無かった。

これは、この旅の最後に分かったことだけど。

乗船は夕方過ぎになるということで、僕らはその間、今の住まいを解約したり、旅行に必要なものを買い揃えたりすることにした。

あ、大体は事前に用意してあったんだよ。

リスト漏れしてた細々したものの補充とか、母さんとプロフェッサーさんのガルガンチュアへの引っ越しもあった。

母さんは、弱かった身体もすっかり治って、ライムさんとプロフェッサーさんに何度もお礼を言ってる。

それにしても、今の母さんはキレイだな……

あ、息子だからの贔屓目じゃないよ。

通りかかる機械化された人まで母さんに目移りしてるからね。

お昼は住まいを処分した解約金で皆でご馳走を食べて、そのまま母さんとプロフェッサーさんはガルガンチュアへ移動するって予定。

僕らが乗る船とは違ったスペースポートに着陸してるらしく、そのまま母さんたちとは分かれる。

ライムさんと僕、二人だけになって、乗船時間まで、そこいらをぶらついて様々な店を眺めることにした。

汚れ仕事やってるときには、とても目に入れる余裕すら無くて無視してたけど、やっぱり高級品店が多いんだね。

ぶらぶらと2人で歩いていると市民階級では買えないような服を着た生身の人間が珍しいらしく、 機械と電子機器の体をした人たち(多分、不良だ)が僕達を囲むように行き先を塞ぐ。


「おー、めったに見ない、生身の体で金持ち服の奴らがいるよ。なーなー、この服の何分の1でもいいから俺達に分けてくれないかなー。 拒否権は……無いよっ!」


事前動作も見せないで一人が殴りかかってきた。

僕の身体が無意識に動く……

相手の腕を取り、逆関節にひねる。

機械の体だからかなりの可動性があるけれど、それでも人間の体のようにはいかない。

安物ボディだったらしく、ボキ、という音と共に腕が取れた。


「あ、あーっ!? 俺の、俺の腕が取れた、いや、折れた! こいつ、本当に生身の身体か?! 有機サイボーグじゃないのか?!」


ちんぴらの喚きを耳にして焦ったのか後の数人(後で数えたら5人)が一斉に殴りかかってきた。

こんな奴ら、プロフェッサーさんの地獄の訓練を耐えぬいた僕には朝飯前にも足りない。

3分後、あっちに足こっちに腕、頭とバラバラになった機械や電子部品が散らばっている。


「お、お前は何者?! ソルジャータイプのボディ持ちでも、こんなことは不可能……」


バッテリーが切れちゃったか。

このまま放っておこう。

治安機構がこいつら発見したら、勝手に修理工場へ送ってくれるだろう。

後で考えると、自分でもビックリ! 

戦うときには、すぅっと頭の中が冷めた状態になり、僕は冷静に戦闘マシーンと化すようだ。

ライムさんは、ニコニコと笑って見てた。

この結果、充分に分かってたみたいだ。

通信機を使って、どこかと連絡取ってたみたいで、すぐにやってきた治安機構にも何も聞かれない。

ライムさんの上司って、どんな人なんだろう? 


そんなこんなで、僕らは乗船時間少し前にクイーン・オブ・カグヤの前に到着する。

チケットを見せると本人確認の生体認証を確認後、乗船ドアが開かれる。

ここからは僕らは特別なVIP扱いとなる。

ライムさんと僕はVIPルームを一人一室で使うことになり、船が空へ旅立つまで船内観光をする。

夜になり深夜となる頃、光子帆船クイーン・オブ・カグヤは、その巨大にして優美なボディを大空へ羽ばたかせる。

昼間に蓄えた光子エネルギーを帆から放出しながら大空高く舞い上がる。

そして、そのまま宇宙へ……

銀河でもっとも美しい船出と言われるだけのことはある。

乗ってる人たちには関係ないんだけどね。


《星雄くん、君はついに旅立つことになった。これからは、辛いことや悲しいこともあるけれど、全てが君の糧となる。 いいか、忘れるな。生身の身体が一番なんだぞ。機械や電子機器の身体なんて、まやかしに騙されちゃいけない》


「でも……でも、僕は限られた短い命より電子機器の体をもらって、いつまでも母さんを守るんだぁ……すぅすぅ……」


はっ、と目が覚めた。

ふかふかの豪勢なベッドから飛び起きる。

何なんだろうか、あの夢……

僕の聞いたことのない声、でも、はっきりと聞こえてた力強い声。

おかしいな? 

僕は、あんな人、知らないんだけど? 

ドアを開けると、ちょうどライムさんが立ってた。


「おはよう、星雄くん。朝ご飯の用意が出来たらしいから食べに行きましょう」


ということで、僕らは初めての船内レストランで食事をする事となる。

うん、分かってたさ。

生身の体を持つ人は、この船にも、ほとんど僕らくらいだってことは。

レストランへ入ると案内人もウェイトレスもコックも、お客でさえ機械や電子機器の体を持つ人たちばかり。

そういう人たちの食事シーンは初めて見たけれど、変なの。

身体が生身じゃなくなると一種の感傷みたいなものが生じるらしく、食事の真似事をしたくなるんだ、とのことを支配人さんらしい人が説明してくれる。


「実際には食事する必要はないのですが、生身の肉体を捨てた事の名残というか本能に近いのかも知れませんね。食儀式みたいなものです」


彼らが手に持つのは、データチップ。

口に相当するのは起動キー付近にあるデータの読み取りと書き出しを行う為のデータチップ挿入口。

そこからデータを読みだしては、自分のなかで新しいデータを味わい、吐き出す。

当然、貴族たちのような高い身分や大金持ちのような人たちは最新ニュースのデータを味わい、そうでもない人たちは、ありふれたデータを味わう。

船には当然のごとく、生身の体を持つ人たちも乗船することがあるので通常の食事も用意される。

今日の朝食は柔らかめに炊いたお米と黒い海藻を乾燥させたもの。

それと糸引く豆に鳥の卵を焼いたもの、そして魚の一部分を焼いたようなもの。


「腐った豆? でも、美味そうな匂いがする……」


僕の呟きが聞こえたか、支配人が解説。


「腐った豆ではありません、お客様。納豆と申しまして、とある星の特産物でございます。 これと、同じ豆を使用して作りました豆腐なるものを入れました味噌汁が本日朝の定食でございます」


「定食って?」


「はい、とある星では、ある一定の簡単なコース料理をお出しするときには、定食と名付けるそうです。 朝の定食、昼の定食、夜の定食。あ、昼の定食だけ、またの名をランチと申すそうですが」


そうですか……

その味噌汁が運ばれてきて、それを見て匂いを嗅いだ途端、腹の虫が鳴き出した。

おかしいな? 

昔は、もっとお腹が空いてても、こんなにお腹が鳴ったことはないんだけど……

ま、何でもいいや。

食べよう。

ライムさんに、オハシなるものの使い方を教授してもらい、10分後くらいには何とか様になる使い方ができるようになる。

ライムさんいわく、こういう食事の前には唱える言葉があるようで。


「イタダキマス」


うん、美味い。

初めて食べる種類のもの(米以外は)だったけど、どれも美味しい! 

腐った豆(ナットウ?)はショーユとかいうものを少しかけて混ぜると、えも言われぬ美味! 

卵や、魚の焼いたものも何と言う美味さ。

黒い海藻は? 

これも美味かったよ。

お米の上に一切れの海藻を乗せて巻くようにして食べる。


「これはノリと申します」


支配人が説明。


「これも、とある星の産物なの?」


僕が聞くと、


「そうです。この朝の定食は一部の方に大好評でして。肉を主食として食べる種族の一部にも、この定食が一番だと言われる方がおられますくらいで」


ふーん……

そんなに大好評なんだね。

僕と母さんのいたコミュニティでは、あまり聞いたことがない食べ物が多いんだけど。


「特に海苔と納豆は好き嫌いが分かれますね。駄目な方は匂いすら駄目。お好きな方は米のお代りが止まらないと申されます」


支配人さん、大当たり。

僕も、ついお代わりを10回もしちゃった……

食事の終了儀式の一言、


「ゴチソウサマデシタ」


《ライム、やはり星雄くんの父親は、そういうことで決まりだな。 ということは彼の母親も、そのことを知っていると思われるので少し俺から話してみる。もしかしたら有用なことを聞けるかも》


裏で様々な事が進行していたらしいけれど僕には何も知らされていなかった……

結果的に、それが良かったんだけど。

今日はライムさんと船の中を色々と見学したり買い物したりする予定。

朝定食を久々にお腹いっぱい食べた僕は腹ごなしの散歩も良いなと思ったりしてた。

レストランから船室へ引き上げて少し休んだ後はライムさんと一緒に船内施設の見学と買い物色々。

ライムさん主体で僕は荷物持ちのようなものだけど。

部屋を出て僕らは様々な施設と売店を見て歩く。

さすがに銀河最高峰の光子帆船と言われるだけあって、出店してる店のレベルも超一流。

店員のレベルも超一流らしく、僕ら生身の身体の客が入店しても歓迎してくれる。

これが、あの街(あの星の他の街でも同じだけど)の店の店員なら生身の身体の客なんて即座に追い出すからね。

服やら、ちょっとしたガジェットやら普通に売ってないようなものまでケースに入ってるのには驚いたけれど、まあ考えてみれば当たり前か。

この船に乗るほどの貴族や金持ちなんだ。

普通の品質じゃ納得しない人が多いんだろうね。


ちょっと納得行かないのはゲームコーナー。

あ、コーナーとは言うものの通常のゲームセンターの数倍はある広さの規模。

なんで納得行かないのかというと機械や電子機器の身体持ってる人たちにとっちゃ射撃ゲームやリズムゲームなんてパーフェクト当たり前だろうから。

まあ確かに、そんなゲームに集まる人は少ない。

でも、すごい人の山になってるゲームもあって、それは何と、


「マンハント」


ってタイトル。

狩猟用の銃で逃亡奴隷となった生身の人間達を撃ち殺すって内容のヴァーチャルゲームなんだけど、そのリアルさが半端ない。

ここがゲームコーナーじゃなかったら、すぐにでも助けに駆けつけようとするくらいの迫力と反応。

おまけに実際には飛び散らない血の匂いまで漂うって悪趣味さ。

今やってるのは、どっかの貴族様のよう。

顔にアナログメーターつけて、どこが目かわからないけれどレーザライフルの照準を若い母子にピタリと合わせる。

引き金を引くと、音と共にレーザー光が飛び出し、母親の方の胸を撃ちぬく。

ボーナスポイントが入ったようで観衆が、どっと歓声を上げる。

ライムさんと僕は早々にゲームコーナーを抜け出す。

あまりにリアルなゲームで吐き気を催してきたのもあるけれど、ああいうのが生身の体を捨てた奴らの感情かと思うと何か悲しくなってくるからだ。

次に、ちょっとしたアクセサリーショップを見つけたのでライムさんが入ろうと言う。

興味がないとは言わない僕なので、ついでとばかりに僕も入店。


「へぇ……少しばかり変わったアクセサリーが多いのね、この店」


ライムさんは正直な感想を口に出す。

そう、この店のアクセサリーは全てに妙な印象を受ける。

僕の前にあるアクセサリーは、すごい技術で細かな、 たぶん顕微鏡で見ても細かいと思うくらいに緻密な細工が施されていて美しいんだけど、その美しいというイメージだけじゃないのが気にかかる点。

施されている細工というか装飾彫りが、なんとも言えない、日常世界ではあり得ない世界を形作っている。

第一印象としては、美しい! 

次に不安。

そして言い知れぬ恐怖。

これを1つのアクセサリーに閉じ込めたようなもの。

どこの星の誰が作ったか知らないが値段などつけられないだろう。

惜しむらくは、普通の精神状態の人間なら絶対に買わないだろこれ! 

という点。

でも店員に聞いたら、この店の売上は、この船のショップの中でも一二を争うそうで。

どんな人が買うの? 

と、興味本位で聞いたら地位の高い貴族様が多いそうだ。

金持ちでも商人や市民には受けが良くないとのこと。

うーん……

貴族なんてのは、やっぱり、どっか狂ってるのかなぁ……


アクセサリーショップに若干の恐怖を感じた僕らは早々に店を出る。


「貴族様がたには大評判ですが、何故か当店の製品は庶民の方々には不評なんですよねぇ……何故なんでしょうか?」


店長さんが呟いてたけど、あの不安と恐怖が感じられないってのも一種の才能だろうな。

僕とライムさんは、他の店にも行くことにして、通路を歩いて行く。

すごいな、この商店街とも言える店の数。

数階降りてる(僕らの部屋VIPルームやレストランがあるのは最上階。そこから店を回りながら降りてるんだ)にも関わらず、店の列は途切れない。

空間の利用効率がすごく良いんだろうけど、この船が大きいってのも関係してるんだろう。

後でルームメイドさんに聞いたら、この船、最上階から最下層まで40階あるんだって。

完全に高層ビルと同じで、この商店街モドキも納得。

面白いことに、最上階に近いほど、お店の格が高くて、最下層に行くと小さな個人商店しか無いとのこと。

ここでも格差社会ってのがあるんだね。

数階降りて、その階のショップを見まわってた時。

普通なら、ここにいるはずのない生身の体を持った人間が歩いてることに気付いた、 服やカスタムボディの高級さを見るにつれ、多分、 地方星系の貴族子弟だと思われる機械と電子機器の体をした親子たち5人ほどが僕とライムさんに絡んできた。


「おーやおや? 臭くてたまらない生身の体の匂いがしますよ? そこの下賎な者達! そこは 機械や電子機器の体を持つ者しか通行できないことを知らないんですか? 一刻も早く、 その醜くて臭い肉体を我々の目の届く範囲から隠しなさい!」


この言いがかりに対し、乗船チケットと引き換えられた生体認証カードをバッグから出すライムさん。

にこやかに見えるけど目が笑ってない……

相当に怒りモード炸裂だ。


「あら? 下賎なのは、どちらでしょうか? この階で親子で買い物をしてるということは、 ここの階の部屋しか取れなかったという事ね。低層階チケットは上層階へは進入禁止だけど、 その逆は自由だって知ってました? え? 貧乏貴族様ご一行ですね」


この一言に怒りを爆発させ……

ようとしたらしいけど生体認証カードが目に入ったようだ。

一瞬にして貴族子弟は黙ってしまった。

僕らが最上階の、それもVIPルームの客だと知ったらしい。

卑下してる生身の体を持つ人間が、自分たちより高級な部屋と待遇を受けているのが、 よほどプライドを傷つけたのか、機械の体じゃわからないけど電子機器の体は正直だったね。

様々なLEDが全点灯したり、または狂ったような間隔で点滅してたり、まぶしいこと。

でも、この船の中での暴力沙汰はご法度。

しかも暴力沙汰になったら悪いのは低層階の者と決まっている船内特別法……

彼らの貴族意識もズタズタだろうな……

後で、その貴族子弟から正式な詫び状が提出されたそうだ。

そりゃ、この船内じゃ監視カメラで常に行動を見張られてるからね。

船長や支配人から、やーんわりと怒られたんだろう、やーんわりと。

まあ、僕らも宇宙格闘術を出すこと無く未然に暴力沙汰を収められるなら、そのほうが良いと思う。

しかし、よく分からないのは生身の肉体を持つというだけで僕らに敵意を向けてくる機械化や電子機器化した貴族たち。

初対面で、どういう地位にあるかも分からないのに、どうして敵意を向けられる? 

まるで一種の条件反射のようだ。

あと数階降りてショップを見まわったけど、特に変なところはなかった。

ただ、最上階にもあった変なアクセサリーを売ってるショップは各階に出店してた。

まあ、貴族階級ってのは金持ちから地位だけの貧乏貴族まで様々だからねぇ……

それでも、あんな変わったアクセサリーが欲しいのかね? 

本当に貴族って奴らは変わってるよ。


《キャプテン、定時報告です。予想通り、例のものを販売してるショップが、 多分ですが、この船の各階にあると思われます。思考誘導か、あるいは洗脳か、 まだ分かりませんが、貴族たちは手の打ちようがないくらいに堕ちていると思われます》


あれだけ歩いてもライムさんは次の朝食時には、ちゃんと普通に歩いてた。

僕は昨夜にコムラ返り起こして、足の運びがおかしい。

ちなみに船の中は通常の暮らしができるように重力がある。

天井や壁に当たるということがないのは助かる(まあ、ショップの商品が浮いちゃったら困るから、ってのが真実なんだろうけど)

僕とライムさんは、朝食後、また昨日の続きで低層階の店めぐり。

ほとんど迷宮探索に近いね、これは。

ライムさんなどは商品に興味があるので疲れは感じないんだろうけれど、僕はさすがに。

かと言ってライムさん一人でウィンドウショッピングなんて危ないし。

近くを通りかかった船の乗員に何か移動に使える物を借りられないかと聞くと、

なんと、船内でのみ使っているという古式ゆかしき移動手段を勧めてきた。

それが、今僕らが乗っている、


「折りたたみ式電動自転車」


という代物。

確かに、これならバッテリーが切れたとしても、ペダルを漕げば問題ないし、 通常は漕ぐ力をアシストしてくれたり、下り坂じゃ発電しながら速度を遅くしてくれる。

ただねぇ……

階段は使えないし、3Dエレベータにも乗りにくい。

と思ってたら、どうやら考え方が違うんだそうで。

最上階の宿泊客に関しては、ほぼ最優先に近い移動優先権があるのだそうで。

おかげで、僕とライムさんは3Dエレベータも最優先で使える。

でも、僕もそうだけどライムさんも、あまりこの権利は使いたくない。

これに慣れちゃうと機械や電子機器の体を持ってる奴らと同じ所へ堕ちてしまう気がする。

ということで、その階のショップ巡りには自転車をありがたく使わせて貰うけど、3Dエレベータに乗る時には折り畳んでコンパクトにしてから乗る。

これでも、効率はぐんと上がる。

足が疲れないのは良いよね。

三〇階ほど降りて、ショップ巡りをしてる時だったか……

珍しく、生身の体を持つ人間たちに出会う。


「やあ、珍しい方に珍しいところで会いますね」


僕が声をかけると、その二人連れのうち、少年と思われる、ポンチョを羽織った人物が振り返る。


「え? 君、機械の身体じゃないよね? なんで、こんな機械の体を持つ人間ばかりの船に乗ってるんだい?」


明らかに不審がってるようだ。


「僕は天田星雄。こちらのライムさんと一緒に電子機器の体をくれる星へ行くところ。この船じゃないと、その星へ行けないそうだから」


あれ? 

相手の二人共、ショックを受けたみたい……

何か、ひそひそ話してる。


「……テル、この二人も……機械の身体……どうする?」


「鉄……、私達とは違うの……スリーナ……に……」


途切れ途切れしか聞こえなかった。

機械の身体? 

そう言えば街に流れてた噂の中には電子機器の体をくれる星と、もう一つ、機械の体をくれる星ってのもあったんだっけ。

お互いに少し緊張しながらも当たり障りのない話をして、僕達は別れた。

あの人たちは、希望の星へ行けるんだろうか? 

僕は、そんな感想をもった。


《キャプテン、危ないところでした。あわや、機械化母星へ行くグループとの鉢合わせになるところ、互いに避けて事なきを得ました。 これからは、更に気をつけます。そちらの予定は? はい、はい。では、近々。 はい? キャプテンじゃなくて、母親の方が来るって? ちょ、ちょっとキャプテン! キャプテンってば!》


数日で、ライムさんのショップ巡りは終了。

それからは部屋やラウンジ等で時間つぶしが主流になった。

舞踏会やらパーティやら連日開催されているらしいが僕らは生身の体。

そんなもの参加したって周りは全て機械や電子機器の体をした人たちばかりで落ち着かないこと落ち着かないこと。

ということで、今日も僕達は、広いラウンジに来て、ただやることもなく、ぼーっとしてた。

あっちやこっちでは機械化された人たちのグループや電子機器化された人たちのグループが集まって何かやってる。

それぞれのグループで何かのゲームをやってるみたいだけど、僕らが入っても興ざめするだけだから、あえて無視する。


「星雄くん、まだまだ先は長いけれど、大丈夫? もしも辛いようなら、キャプテンに言ってガルガンチュアに移してもらうこともできるけれど……」


ライムさんが僕の気落ちしてる様を見て、言葉をかけてくれる。


「あ、いいえ、大丈夫です。なんだか、あまりに幸福な毎日で、 今まで気を張って迫害に耐えてきたのが馬鹿らしく思えてきちゃって……これが幸福の絶頂なら、 目的地へ着かないことのほうが良いかな? なんて少し考えちゃうんです」


そう、僕は幸せに酔っていたんだろう、たぶん。

でも、そうじゃない。

数日前に会った2人組もそうだけど、彼らも目的と目的地があるんだ。

彼らの希望は、たぶん機械の体をくれる星。

僕の希望は電子機器の体をくれる星。

それぞれの夢と目的のためには一時の幸せに溺れちゃならないんだろうね。

そんな事を考えながら、そろそろ気を引き締めるかな? 

なんて、ぼーんやりと思ってた時……


「星間警察の抜き打ち検問だ! さあ、乗客はそこへ並べ! 最上階のフロアにいる者といえど、検問からは逃げられない!」


え? 

と思ってたら、その星間警察と名乗る一団、僕らのいる一角へもやってきて……


「お前たち、検問だ。部屋のキーカードと名前、乗船目的を言え! 一人残らずだ!」


強権的だけど、生身であるか、そうでないかという区別も無いようで、それはそれで公平だな、なんて思っちゃった。


「さあ、次はお前たちの番……珍しいな、最上階フロアに生身の身体の人間とは。まあよかろう、検査と本人確認を行う」


僕らのカードキーと生体認証をされる。

あとはボディチェックをされるんだけど、僕らは生身の身体だから検査用ビーム照射で終わり。


「終了だ。突然に、すまなかったな。こういう船に密輸を目的として乗る奴らが、たまにいるんで抜き打ちの検問が必要なんだよ、ほら、あっちみたいな」


星間警察のリーダーらしき人が説明してくれる。

見ると何やら身体の中から小さな物体をとり出された、機械の体を持つ人と、電子機器の体を持つ人がいる。


「あの小さなもの、何ですか?」


僕が聞いてみると、


「あれか……ちょっとしたアイソトープでね。生身の体だと、長期間近くになければ異常は無いんだが、 機械や電子機器の身体を持つものには一種の麻薬のようなものとなる。 機器の調子が低下して、ちょうど君たちだと酔っ払ったような、ドラッグを吸入したような状態になるんだよ」


ふーん……

死なない身体ってのも変なところで不便なこともあるんだ。

星間警察のグループは、ここ最上階でも逮捕者が出たことにより、これから回る下層階には、より注意しないと駄目だなと話し合っていた。

星間警察の抜き打ち検問が終わって、しばらくして……

支配人さんを筆頭に、船長さんら乗員が、さっきの検問の理由を説明に来る。


「いや、まいりました。乗船時に、こちらでもチェックはしてるんですがね。 こちらで使う検査機器ですと、どうしても抜けが出てしまうのは避けがたいんですな。 お客様方に事前説明するのも禁止されているため、どうしても、ああいった形にならざるを得ないのです。どうか、事後ですがご承知下さいませ!」


僕らは別に疑われたわけじゃないし、被害にもあってない。

別に悪印象はありません、と答えると、表情をゆるめて戻っていった。

後で聞いたら、この最上階では2人だけだったけれど、全ての階層で抜き打ち検問が行われて、 最終的に100人近いアイソトープ内蔵者が検挙されたとのこと。

世も末ですよ、何が楽しいんですかね、身体の機能をわざわざ低下させて楽しむなんて! 

とは、支配人さんの弁。

僕ら生身の人間でも、ドラッグやら覚せい剤やら麻薬やら色々あるからね。

でも僕らの場合は病気や死に対する不安からドラッグ等をやるようだけど、 機械や電子機器の身体を持って死なない身体になってるはずなのに何故そんな物に手を出すんだろうか? 

まあ、ドラッグに溺れるような奴の気持ちなんか、まともな人間には理解しがたいものだけど……


《キャプテン、定時報告です。星雄くんですが相当な精神のタフさがあるようですね。 これは期待できそうです。はい、はい? 近々、この船に別な勢力の襲撃計画があると? で、キャプテンは? はい、 ちょっと別の要件で手が離せないので、星雄くんの母親が来る?! だ、大丈夫なんですか?! キャプテン、キャプテンってばぁ!》


いっぽう、こちら久々のガルガンチュア船内。

楠見とプロフェッサー、そして、もう一人が話し合ってる。


「だからね、お母さん。私がバックアップにつくから、でもって、このプロフェッサーも補佐役につけるから大丈夫。 星雄くんは、ああ見えて強くなってるし」


「いいえ、私だけで行かないとダメでしょう。あの子は父親譲りの性格ですから、無茶するかも知れません。 星雄を鍛えあげてくれたことには感謝しますが、あなた方がやらなくとも、私の身体が治ったら私自身で星雄を鍛えようと思ってましたし」


楠見と、星雄の母親の会話。

何か噛みあうようで噛み合わない。

プロフェッサーが気付いて、助け舟を出す。


「我が主、お母上はご自分の力だけで星雄くんを助けに行きたいようですね。助力無用と言われてます」


「はぁっ? お母さん、それはいくら何でも無茶ですよ。我々のバックアップが無い時、あの街でお二人共、 言い方悪いですが街に殺されかけてた。生身の人間には、この銀河は辛い時代なんですから」


楠見が母親を説得しようとする。


「いいえ、結構です。ご助力無用に願います。ちょっと通信機をお借りできますか? ああ、プロフェッサーさん、ありがとうございます」


「何をするつもりですか? 助けをよぶ?」


「楠見さん、この巨大宇宙船なら多分、機械化母星も電子機器化母星も大人と子供の喧嘩みたいなもの、 いえ、生まれたばかりの赤ん坊と軍隊くらいの戦いになるのではないでしょうか。 ですからこそ、我々の生み出した鬼子は我々自身で退治せねばならないと思うのです」


どこやら宇宙の見知らぬポイントへ通信チャンネルを開く、母親。

その表情は、とても、あの街で大人しく死を待つのみだった人間とは思えないほどに引き締まっている。


「お母さん、もしかして貴女は地球人?」


クスミと呼ばずに楠見と漢字で呼び慣れた人間など、この銀河にいるはずがない。

いるとすれば、それは管理者に呼ばれてきた転生者か、それとも。


「ばれちゃいましたか、その通りです。私は過去の地球より、神様? に呼ばれて、この宇宙にある、 こことは別の星に来ました。死んで生まれ変わるなんてこともあるようですが、 私は、いわゆる神かくしという現象ですね、それで見知らぬ星に飛ばされてきました」


衝撃の告白。

では星雄の父親とは? 


「そうでしたか……では、星雄くんの父親とは?」


「あの人とは飛ばされてきた星で彷徨っているときに偶然出会った仲。 その星では主星のエネルギーが枯渇しようとしていて、それを防ぐプロジェクトも全て失敗。 だんだんと冷えていく太陽を眺めながら、その星の人は、それでも諦めなかった。 強い意志と言えばカッコイイのでしょうが、要は死にたくない! という思いが強かったのでしょうね……死なない体、 冷えていく太陽の少しのエネルギーでも生きていける体、そんなものを求めて足掻いた結果……それが機械化、 あるいは電子機器化という、身体のサイボーグ化の果てにあるものでした」


楠見とプロフェッサー、そしてエッタも近くにいたが、皆、言葉もない。

優越感や優れた種族になるという理由で生身の体を捨てたわけではなかった……

その星の全てのテクノロジー、全ての力をもってしても、主星たる太陽を救うことは不可能だったため、 それに代わるものとして自分たちの体を機械や電子機器に換えたのだ。

結果的に宇宙に出ても強力な民族となったため、今のような状況になったのだが、その最初の動機とは、なんと壮絶なるものか。


「あの人は滅びの運命なら受け入れようという考え方でした。身体を機械や電子機器にしてまで、 いやしく生にしがみつくのではなく、そのままの身体で、それでも残された寿命を生き抜こうと。そんな信念の持ち主でした」


「だから生身の体を持つ人々の抵抗勢力をつくって、レジスタンスになってまで戦ったと?」


「そうです。戦いの中で、お互いに惹かれ合って行き、ある時、私の身の上話をしたら、 ひどく驚いていました。訳を聞いたら彼は転生者だったようで。地球で亡くなった後、 神様に転生させてもらい、この星の人間に生まれたと言ってました」


「そうか、だから二人共、生身の体を捨てることに拒否反応があるわけだ」


楠見は理由が分かって納得がいった。


「そうですね。私達が結ばれて、もうすぐ星雄が生まれるという時、 生身の体を捨てた彼らがレジスタンス狩りを始めたという情報が飛び込み、 私を逃して、彼は拠点で戦ったそうです。後で聞いたら手足の片方づつが吹き飛ばされた後でも銃を手放さなかったとか。 形見の銃は戦闘後にレジスタンス狩りの軍が、 重すぎて使いこなせないという理由で残していったのだろうということで後で様子を見に行った同志から、 あの人の形見だと渡されました……ちなみにレジスタンスは一人として捕虜にもならず機械や電子機器の体にもなるような者はいなかったと聞きます……」


壮絶な戦いを想像した楠見は、母親に言う。


「そこまで酷い目にあった貴方達を放っておけません。同じ地球人でもあるし。 星雄くんも、まあハーフの地球人か。ここは私、いや、俺に任せてくれませんか?」


しかし、母親は首を横に振る。


「ありがたいと思います、その言葉に縋りたい自分がいます。 でも、私達の決着は私達でつけなきゃいけない。その後は楠見さん、お願いします。 私達も、できれば彼ら機械や電子機器の体になった者達も、できることなら救っていただけますか?」


その強い意志を宿した眼に楠見は後の言葉が出ない。

うなずくだけが楠見のできるたった1つの事だった。

しばらくして母親のオープンしたチャンネルに応答がある。

どうやら、レジスタンスの秘密基地のようだ。


「そうね、私のいるポイントは、そこからだと、そんなに遠くないわね。私の宇宙船と装備、銃を持ってきて頂戴。20年ぶりに宇宙の魔女の復活よ!」



「宇宙海賊の襲撃だーっ! 乗員は武器を取って戦う準備を、乗客の皆さんは部屋にロックかけて決して部屋から出ないで下さい!」


支配人さんと船長さんが拡声器で声を限りに叫んでる。

室内やエントランスのスピーカー? 

船内スピーカーは少し前の砲撃でメインアンプの内部部品がやられたらしく沈黙している。

30分位前に船に衝撃が走った。

極めて安定している光子帆船に、こんな衝撃が走るわけがない。

太陽フレアの爆発か、それとも攻撃受けたか、どちらかの場合位のものだ。

少ししたら今のような状況になる。

宇宙海賊の襲撃、ね。

そうだとすると僕らの立場は厄介なものになる。

VIPルームの乗客なんて、いいカモだからね。

いかにも金が有り余ってるという立場なわけだ、傍から見ると。

船内カメラの状況が室内に表示される。

僕らはライムさんの部屋に二人でいる。

別々にいたら何かあっても一緒に行動できないから。


「星雄くん、この部屋は特別製ですからね。普通の部屋のように簡単にロック解除されたりしません。 扉も、ちょっとやそっとで焼き切れるような品質ではないですし」


ライムさんが僕に向かって言う。


「大丈夫ですよ。それに、このことってキャプテンとか言う人が事前情報掴んでるんでしょ? だったら、すぐに対応してくれるんじゃいのかな?」


僕はライムさんの定時報告通信を一部だけど聞いてた。

だけどライムさんは驚きの事実を告げる。


「それがね。キャプテンは他のトラブルで手が離せないんで別の人を寄越してくれるそう。ただ、その人が到着する時間がわからないの」


え? 

それって……


「もしかして……間に合わないって事も、もしかして、あり得るという……」


こっくりと、うなずくライムさん。

うわ、不安になってきた。

聞けばプロフェッサーさんも手が離せないという。

大丈夫なのか? 

この船……


「ヒャッハー! 抵抗してくれよな、乗組員さんたちよ。抵抗してくれりゃ、こっちも安心して撃ち殺せるからよー!」


そんな声を上げながら海賊たちが砲撃で開いた隔壁から侵入してくる。

ブラスターライフルを持ってるな、こいつら。

拳銃タイプの低出力パルスレーザーしか持たない船の乗務員達は、一人また一人と大出力ブラスターライフルの餌食となって倒れていく。

救いがあるのは機械や電子機器の体だから、肝心なキーコードが記されたキーアイテムが破壊されない限り、また新しい体で復活できるって事だろう。

じりじりと防衛戦が後退し、もうすぐ船の重要エリアに到達する。

つまり操舵室や通信室のあるエリアってことだ。

僕らは、はらはらしながらカメラの画像を見ているしか無い。

襲ってきた宇宙海賊たちの人数はアルバイトの多い乗務員たちと、ほぼ同数。

ということは残念がら事態は最悪になったということだ。

戦闘に慣れてる宇宙海賊達に比べ、アルバイトが半数以上を占める乗務員たちでは明らかに戦闘能力に違いがありすぎる。

戦闘が始まってから2時間も経たないうちに乗務員達は会議室に押し込まれて部屋にロックをかけられてしまう。

それから略奪が始まる。

船室の予備キーを奪った海賊たちは下層から手当たりしだいに部屋のキーロックを解除し、 乗客を引きずり出し、あるいは抵抗するものはブラスターで黙らせ、一人残さず群れとして、だんだんと上層へ上がっていく。

上層へ行くにつれ獲物の持つお宝も高級なものとなり、嫌が上にも最上階の乗客が持つであろう、更にVIPルームの客のお宝に期待が高まる。

とうとう、乗客の大群を引き連れた海賊たちが最上階に到着する。

まずは船室のドアロックを予備キーで解除していくのだが……


「兄貴、この部屋だけ予備キーが見当たりません」


その部屋はVIPルーム。

僕らのいる隣、つまり僕の部屋だ。


「そうか……かまわん、焼き切れ」


部下に命じる兄貴分。

しかしVIPルームの名前は伊達じゃない。

ブラスターの出力を最大にしても、なかなか扉は溶けない、焼き切れない。


「最高級の特殊合金だな、ちくしょうめ。おい! 小型爆薬、持ってこい!」


ズン! 

腹に響く衝撃。

燃焼温度の特別に高い特殊爆薬使ったな? 

さすがに、想定よりも高温で破壊力もある爆薬使われてはドアそのものよりも壁が保たなかった……

ドタドタと侵入してきたが誰もいないことに気づくのは想定してる。


「くそ! すると、隣だな?!」


あの爆薬使われて部屋中がメチャクチャになるようなら、その前に出て行った方が良いのじゃないかとライムさんと相談する。


「そうね。もうそろそろ救援が到着する頃でしょうし……」


ドアの前で海賊たちがごそごそやってるのを無視して、僕らはロックを解除し、ドアを開ける。


「おう、諦めがいいじゃねーか……って、おめーら生身の体じゃねーか!? どうして、 生身の体の人間が、この船、いや、この船のVIPルームにいられるんだ?!」


という海賊の疑問に答える間もなく、鈍い衝撃が廊下に響く。

砲撃の証。

しかし相手は、この船じゃない。


「兄貴! 宇宙船が攻撃受けた! 一方的にやられてる!」


あわやってところで間に合ったみたいだ、しかし、キャプテンと言う人じゃなければ誰?? 

海賊たちの後方、人質になってる人たちの後ろから、その人は現れた。

母さんによく似た細身の身体。

だけど、その頬には戦いで受けたのか、細い刀傷がすぅっと走る。

母さんの顔は、すべすべしてキレイだから、違う人だ。

それに母さんは、あんなに殺気や闘気を撒き散らせる人じゃない。


「三下海賊共! アタシがちょいと星へ降りてる間に好き勝手やるようになったね。今からは、そんなことは許さないよ!」


素晴らしい女傑だ。


「やろー、てめーなんざ聞いたこともねーっての! どこのどいつだ?! この、星間海賊ファミリーに逆らおうって世間知らずは?!」


海賊も負けちゃいない。

でも、その女性のほうが凄かった……


「聞いた事のない名前だね……ああ、そうか。私が現役を休んでた時に、これ幸いと三下共が立ち上げた、 ちんけな組織だね? よぉぉっくお聞き! アタシの名は、ムーア! コスミックレディのムーアと言えば、 そんじょそこらの2流宇宙海賊なら黙って航路も譲るほどの名前だったんだけどね。通り名? ああ、あったねぇ、そんなの」


ちょっと言葉を切って、


「CLムーア! またの名を、宇宙の魔女と呼ばれた女だよ!」


宇宙の魔女と名乗る、ムーアさん。

宇宙海賊とも違うようだけど、それでも相手の宇宙海賊より、よほど迫力あるように見える。


「華奢な女のくせに生意気言ってやがる! おう、こいつから、やっちまえ! 手加減しなくてもいいぞ、 こいつは、どうせ有機サイボーグだろうからな!」


兄貴分の号令が下ると、一斉に大出力ブラスターライフルの猛射が始まる。

ところが、ムーアさんにはブラスターの射線が通らない……

よくよく見ると、すぐそばまで迫るブラスターの熱線が微妙な角度で曲げられている。

レーザーピストルで撃ってる奴もいるけれど、それも同じく当たる直前で曲げられる。

バリアとか鎧とか言う話ではなく、光学的なもの? 

いや、空間のものを曲げてるんじゃないか、あれは? 

ムーアさんは手に持った銃剣のついたビームライフルらしき物を構え直す。

重い銃だろうというのは想像がつくけれど、それを軽々と扱うムーアさんは凄い! 

銃には銃かと思ったら、ムーアさんは銃剣、つまり剣のほうが得意なようで。

あっという間に宇宙海賊達の中に飛び込んだかと思うと、当たるを幸い、なぎ払う。

でも、あれは力技じゃない。

まるで、特殊な舞でも見てるような美しさ。

ひとつ銃剣を振るうと、数人が吹き飛ぶ。

あまりに舞が美しくて、抵抗するより見てるほうが良いと敵方が思うような、そんな戦い方。

40人ほどもいた宇宙海賊達のグループは、あっという間に無力化される。

死んでる人はいない。

武道の達人なのか? 

と思うほどの手際の良さ。


「この船にはアタシが相手するほどの奴は送り込んでこなかったと見えるね。さあ、船長さん達、 こいつらは引き渡すよ。アタシは、あの宇宙船をやっつける! ほれほれ、 何処で嗅ぎつけたか星間警察を偽装した宇宙船もいるよ……総数10隻か、相手にとって不足なし! いくよ、おめーら!」


ハイ! 

と一斉に応えた声に驚いて、声のした方を見てみると。

若い女性と思える人たちが、一斉にムーアさんを先頭に宇宙船に向かってるところ。

僕は、あまりの事態の推移の早さに声も出ない……

しばらく呆けていたようだった僕に、活を入れてくれたのはライムさん。

ぽん、と僕の肩を叩くと、


「星雄くん、見逃さずに。この宇宙には、こんな人もいるの。あらゆる迫害や攻撃、 命を狙われようと、全てを跳ね返し、全てを防ぐ、そんな人。まだまだ、この宇宙には、そんな人たちが残ってるの」


僕は全てを見て、全てを焼き付けようとする。

ムーアさんは宇宙海賊たち(星間警察に偽装してても、海賊側に加勢してたら偽装の意味がない。 多分、僕らが救助信号出した後で駆けつけて追い剥ぎに近いことを企んでいたんだろう)の宇宙船団相手に、一歩もひかない。

ちなみに光子帆船に武器なんてものは装備してないので、一発でも命中弾があれば、それでおしまい。

始めに襲ってきた宇宙海賊達は、それを知ってたためか、致命的な命中弾は無かったみたいだ。

猛烈な宇宙戦が始まった。

パルスレーザー機銃、大口径のブラスター砲、光子魚雷に実体弾、乱れ打ち状態。

だけど、まだムーアさんは撃たない……

海賊船団の放った弾幕のうち一発がムーアさんの宇宙船に当たる。


「さあ、最初の一発は撃たせてやった……もう、容赦はしないよ! みんな、照準はバッチリだね! では……ぅてーぃっ!」


グリーンの船体が色鮮やかな、ムーアさんの船が一斉射撃モードに入る。

海賊船団の細いビームじゃない、主砲とも言える大口径レーザー砲と、これぞ主砲! とも言える、実体弾の大口径砲が唸りを上げる! 

接触してるわけでもないのに、至近距離にいるからか、こちらの船にまで発射時の爆音と振動が聞こえる気がする。

あまりに武器の威力が違うので、相手の宇宙船団は、一隻また一隻と戦線から脱落していく。

エンジンブロックを見事に撃ちぬかれたり、司令室を掠めたビームの影響で航行機器が使い物にならなくなったりした船が続出。

最後まで抵抗してた偽装宇宙船も、武器の集中ブロックを撃ちぬかれて全面降伏となった。

その要した時間、わずか1時間。

一対十の圧倒的不利な状況を見事にひっくり返して、この時間で、そして死人なし……

あまりに見事な戦いに敵方でさえも見惚れている。

ムーアさんから通信が入る。


「敵の宇宙海賊は追い払った。これから先はアタシが露払いをやってやろう。 ただし、ガードとしての料金は高いぞ、はっはっは! では、しばしの別れだ。 光子帆船クイーン・オブ・カグヤへ、宇宙の魔女率いるグリーンヒルズ、緑の丘号より」


あの緑色の宇宙船、緑の丘号と言うのか……

僕は長さが500m近くもある緑の丘号に、なぜだか親近感を憶えるのだった……


それからの航海は順調だった。

宇宙海賊の船影が見えるまでにはムーアさんの「緑の丘」号がカタをつけてくれる、 または船種を特定してくれて、こちらへ接触しようとする(営業目的)船は通過させてくれている。

定期的な通信もあり、通信担当の方の声に混じって時たまムーアさんの朗々たる歌声が聞こえる時もあった。


《……我が船を時来たるまでに至らせたまえ地球の緑の丘に出来得るならば今一度船首を返してあの懐かしき地球の緑の丘へと帰らせたまえ……》


地球……

聞いたことのない星の名前だけどライムさんは何か知ってるようだ。

でも何とも言えない表情で、その詩を聞いているため、何か聞けそうな様子じゃない。

こういう時は後で普通に聞くってのが有効な手だと、僕は知っている。

母さんも、同じような顔をしてた時があったから。

VIPルームで過ごしている時、その話を持ち出す。


「ねえ、ライムさん。ムーアさんの詠ってる詩って、どういう星なの? 地球って単語が出てくるけど、僕は聞いたことがないよ」


ライムさん、笑顔の中に苦渋の表情がある、一種微妙な表情で答えてくれる。


「星雄くん、あの詩はね……とある、宇宙を彷徨った吟遊詩人が書いたものなの。 彼は、あちこちの星を数百年に渡って彷徨ったと言われるわ。 その彼が、晩年になって、懐かしき故郷の星、地球という特別な星に思いを馳せて書いたもの。 でも、結局、その吟遊詩人は地球には辿りつけなかったと言われているわ」


ふーん……

そうなんだ。

地球って特別な星、ね。

数百年というと光速で進む船の乗務員だったのかな? 

時間の遅延法則ってやつで、今の跳躍航法の原理が発見される前の船は、それこそ数年から数10年、 百年近い年月かけて近い恒星系との往復をしてたんだそうで。

そういう人たちの宇宙での生活は想像できないけど、少しは分かるところもある。

惑星上の生活よりも宇宙での生活のほうが圧倒的に長いって一生……

今でもあったりするけれど、地上で生活する人たちと宇宙を生活の場とする人たちとの考え方、 というか物事の認識の差による対立ってのが昔は凄かったんだってね。

狭い惑星上にしがみつく地上人と呼ばれる人たちに対して、自由自在に宇宙を翔ける人たち。

その考え方の差は、今のように星から星へ短時間に跳べる時代にもあるんだから昔は別の人種くらいにかけ離れたものになってたんだろうなぁ……

そんな思いを、でも広い宇宙は飲み込んで僕達の旅は続いていく。

光子帆船も、たまには寄港する。

エネルギーは自分で造れるけれど消耗物資や食料品は、そうはいかない(特に水)

そういうものを定期的に補充するために、あちこちで宇宙港に停泊するんだ。

大体は丸一日(その星の一日)の停泊となるんで、僕達乗客は、その間は船を下りて星を観光することになる。


「はい、では出港は、この星の時間で翌日の深夜0時となりますので、 それまでご自由に観光していただいて結構です。ただし、出港時間は厳守して下さい。間に合わない場合、星に残されることとなります」


という注意を受けて僕達は宇宙港を出て、その星の街へ。

その街は意外にも生身の体を持つ人が多い。

そのおかげで僕達は久々に美味い料理を食べられることとなる(船の料理が不味いわけじゃない。 ただ種類が限られてしまうのは仕方がないので食べ飽きるんだ)

僕とライムさんは様々な店をめぐり、料理を食べたりショッピングをしたりと、久々に船外の買い物を楽しんだ。

買い物の途中、ライムさんが、ふと立ち止まる事があった。

僕が、おや? 

と思って、その店を見ると、その店は、船の中にも出店してる例のアクセサリーショップ。

相変わらず価格は高いが細工や材料も一流。

でも、僕らが見る限り、不安やさりげない恐怖の感情が惹き起こされるアクセサリーばかり。

ライムさんは、ひとつ溜息をつくと、やるせない顔をして、その場を離れる。

なんだろう、この店。

ライムさんやキャプテン達、もしかしてムーアさんにも何か関係があるんだろうか? 

そんな思いはしたが、特にその場は何もないので、僕も急いでライムさんの後を追う。

結構な数の買い物袋を抱えて、僕はライムさんの後をついていく。

夕方近くまで、あっちこっちを歩いたり、車を使って少し遠くまで買い物に出かけたり。

結局、船に戻ったのは夜もとっぷりと暮れた頃。

買い物の荷物整理を終えるとすぐに、船が離床したのを感じる。

またしばらくは、宇宙の旅が続くんだ。


ムーアさんの護衛のせいか、あれから宇宙海賊の襲撃も、 海賊まがいの地方星系独自の臨検とかも無くなった(言いがかりに近い証拠のでっち上げや、 強引に自白させるなどの手法で、賄賂や罰金を払わせようとするドの付くローカルな頭しか持たない奴らの警察ごっこ。 中央警察の管轄にない、ほとんど宇宙海賊みたいなものだ)

スムースに船の旅は進んで、もうすぐ最終到着地。

予定では、ここで帰路になるはずなんだけど……


「星雄くん、これからが本番よ。この船に乗っている生身の人間は私達を含めて少数だけど、 この停泊地には降りないの。光子帆船クイーン・オブ・カグヤは、この後、整備ドックに半月ほど入る予定になって、 それから帰路に入るって広報には出てるけど。あれは嘘よ」


「それじゃ……この港の次が、ついに僕の目指してた……」


「そう、電子機器の体をくれる星。そこが、この船の本当の最終目的地。この船はね、貴重な生体材料を運ぶ船でもあるの」


はい? 

生体材料? 


「ライムさん、生体材料って何のこと? 機械や電子機器の身体には、生体材料なんて使われてませんけど?」


「そんなものには使わないわ、だって貴重だもの。いい? あなたが、もし機械や電子機器の体を手に入れたとする。 その時、貴方が星雄くんという人間であるという証は、どうするの? 今は、 ロボットやアンドロイドでさえも自己意識を持つ時代よ。星雄くん、貴方の人間としての証明は、どうするの?」


う……

僕は返答に困る。

そうなんだ、僕がもし、電子機器の体を手に入れたとしよう。

そしたら、誰が僕だということが分かるのか? 

生身の場合は簡単だ。

僕が僕だという証は、生体認証で分かる。

はて? 

僕が僕の肉体で無くなった場合、それでも僕は僕だという事は、できるのか? 

なんだか難しい問題に直面した僕は正直に答える。


「脳までデジタル化して機械や電子機器の身体に変わってると、それは本人確認の方法がないと思います、ライムさん」


「さあ、そこよ」


「え? そこって、どこ?」


「茶化してる場合じゃないわ。完全に機械や電子機器の体になった場合、元は生身の身体でしたっていう証明が必要になるわけよ。 そこで問題。その証明、どうするのが一番てっとり早いと思う?」


少し考えた後、僕は僕なりに思いついたことを答える。


「動作の大元、キーアイテムに、その証明書みたいなものを搭載するとか?」


ライムさんは、


「うーん……半分正解。答えはね……そのキーアイテムを生体部品で作り、 そこに自分の感情や記憶、思考の全てを記録させるの。電子部品も集積度が極度に上がってるけれど、 生体部品の記録の集積度は未だに機械や電子部品の及ぶところではないわ。 だから肝心要の生体部品を供給できる生体材料の塊である、生身の人間は……もう分かったでしょ? 星雄くん」


分かった、分かっちゃった、分かってしまった……


「じゃ、じゃあ、街に流れてた噂、機械や電子機器の体をくれる星というのは、実は大嘘?」


ライムさんは首を横に振る。


「機械や電子機器の体をくれるというのは、ほぼ間違いないと思うわ。 ただし、貴重な生身の体と引き換えに、どんな身体が用意されるのかしらね? 機械だったら、 ネジ一本? 電子機器だったら、LEDなら良い方でしょうね……もしかして、抵抗やコンデンサ?」


衝撃が、僕の体を突き抜ける……

そうか、そうだったのか……

僕ら生身の人間は、迫害されるがゆえに機械や電子機器の身体に憧れ、生身の体を捨てようとする。

でも、それは根本から間違ってた! 


「生身の肉体そのものが、一番重要なんだ! そうだね、ライムさん?!」


にっこりとうなずく、ライムさん。


「ようやく理解したようね、星雄くん。では、ここから、電子機器化母星への侵入と破壊計画を説明します。 星雄くんが真実に気づかない限り、この計画は私が実行するはずでした」


僕とライムさんは、その日、夜遅く(船内時間だよ)まで、その計画について話し合った……


昨日、行程で行くと最後の停泊地が過ぎた。

予定では、この船、光子帆船クイーン・オブ・カグヤは特殊な宇宙船ドックへ入って定期検査と改修、 帆の傷や宇宙海賊の襲撃時に受けた破損箇所などの本格修理作業に入る予定……

しかし、この船は、今までにも出していない全速力航行と、そこからの跳躍航行を繰り返している。

僕らも最初の頃は光子エネルギー量と跳躍時の空間歪を観測して簡易な計算によるコースを割り出してたけど、それが通用するのも数回まで。

今では一日に一〇回以上の跳躍を繰り返すので、もう航路計算も不可能な状況。


「これよ、これをやられるから、今まで電子機器化母星の存在するポイントが掴めなかったの。 もう一つの機械化母星はポイントが丸わかりで結構昔から工作員は送り込んでたんだけどね」


ライムさんは、ようやく辿り着けそうな電子機器の体をくれる星、いや違う、 生身の体を奪う奴らの本拠星のポイントが判明するので嬉しさと緊張で複雑な顔してる。


「もう少し、もう少しで、父さんや母さん、僕ら生身の人間を苦しめた奴らの隠れた星に行けるのか……僕は、そこで何ができるんだろうか?」


僕は確かに強くなったと思う……

だけど、それは父さんの持ってた強さとも、母さんの持ってた強さとも違う。

あくまで、僕の強さは自分を守る強さ。

だけど僕は父さんや母さんのように他の人を守るだけの心の強さも意思もない。

僕に何ができるんだ? 

天田星雄、お前には一体、何ができるんだ! ? 

この2つの種族の争いに対して、お前個人は何をしたいんだ? 

どうやって、この戦いを終らせるつもりなんだ? 


「ライムさん、僕は、わけが分からなくなってきました……同じ人間なのに2つに分かれてしまい、 互いに相手を憎み、あるいは下等生物と蔑み、戦い合っている。この僕が、僕が一人だけ、 その戦いに入っても、何も出来ずに殺されるか、それとも相手を殺すだけのことになるのか……何も出来ない自分が情けないです!」


僕は正直に今の心境を告げる。

戦うことが怖いんじゃない。

その戦いが無意味なものになるのが怖い。

僕が生まれて、今、ここにいる意味。

この時間、この場所にある意味。

神様、どうか、この僕が無意味なものとなることがないよう、導いて下さい。

ライムさんが、やさしく僕の頭をなでる。


「ここまで来られただけで星雄くんの生き方は間違ってない。心の強さも大したものよ。 お母さんを思いやる優しさだって持ってる。知ってるかな? お母さんは、キャプテン達と一緒に君の運命を見守ってるわよ」


ちなみに、このライムさんの言葉には、一部だけ嘘があった……

でも、そのことを僕が知るのは、ずっと後になってからのこと。

そう、母さんが父さんのところへ召される寸前、僕に言い残した。

僕は、ライムさんは、あえて真実を知らせないほうが僕にとって良いと判断したんだろう。

そんなふうに思った……


「最終目的地、電子機器化母星ジェイムスン、ギャラクシーポイント21MM392、 電子機器化母星ジェイムスンへ、間もなく当船は到着いたします。乗員・乗客の皆様、 最終目的地へ間もなく到着です。お忘れ物のございませんよう下船準備をお願いいたします」


船内スピーカーから聞こえる船長の声。

とうとう、最初は夢見てた星、今は決着をつけなきゃいけない星に着くんだ。

僕達を含め40人ほどの生身の体をした人間が集合場所に集まる。

僕達はVIPルームだったけど、ほとんどの人たちは最下層の船室、いや余剰空間のような所に集団でいたらしい。

彼らも電子機器の体をくれる星への憧れと夢で、この船に乗った者達なんだそうで。

ただ、乗船するだけで精一杯で、とてもじゃないが個別船室のチケットを買うお金なんかない人がほとんどだったので、こんな形になってたんだそうだ。

彼らは、まだこの星の正体を知らない。

気前の良い人たちが住んでる天国のような星だと思ってるんだろう。

もうすぐ、この星の化けの皮が剥がれる。

そしたら、僕にとっても生身の体の人間たちにとっても、おそらく最後の戦いとなるだろう……

僕は直感で、そう思った。


僕ら、生身の体の者達が下船する。

さっそく、きらびやかな光の塊? 

とも思えるような電子機器の体を持った案内役らしき者が登場する。


「さぁさ、皆様。この、電子機器母星へ、万難を排して来られたことを心よりお喜びする次第でございます。 私共では、いらっしゃった方々がお好きな身体を選べますように様々なボディを用意しておりますので、 どうか、この星で傷つかない、死なない身体を獲得して下さいませ」


うん、心地よい言葉だね、案内人さん。

これで、ほとんどの人は騙されるかも知れないが、僕やライムさんは別だぞ。


「個人の持ち物は、どうするんですか?」


僕が聞くと、案内人は、


「ああ、それでしたら、特別に思い入れのあるものでしたら、どうぞ、お持ち下さい。 人間にとって思い出というものは、それだけで大きな力となるものと聞いていますので」


あっさり許可される。

では、父さんの形見の銃も大丈夫ということか。

まあ、言葉を変えると、それほどの自信があるということか……

さすが、電子機器化母星だ。

ちょっとやそっとじゃビクともしないだろうと思われるような、壁や分厚いドアを幾つも通り抜けて、 僕達生身の身体の人間たちは、とある一室に案内された。


「さあ、ここが古い肉体との最後のお別れの部屋となります。ここで、 ご用意しております様々なボディから、お好きな物をお選びいただき、意識、 というか、いわゆる魂? を、その電子機器のボディに移していただくこととなります」


ここで当然ながら質問が飛ぶ。


「あのー、ちょっと聞きたいのですが。電子機器の体になるのは良いとしても、それで残った生身の身体は、どうなるんでしょうか?」


僕がしようとした質問だけど、他の人が聞く。

まあ、どちらにせよ、これは聞いておかなくちゃ。


「ああ、そのことでしたら2つの選択肢があります。1つは冷凍保存された入れ物に元の身体を残し、 電子機器の身体から、もしかして、もしかして! ですが元に戻りたいときに万が一の場合にと残す方法。 もう1つ、より完璧な体を手に入れたのだからと元の生身の身体、脆弱で脆く、 老いて死ぬような身体は不要として、こちらで処分させていただく方法が、ございます」


もしかして、元に戻る時に……

なんて言ってるが、これは一種の詐欺だね。


「あ、でも、お客様方の中で大金をお持ちの方以外は、 こちらで古い肉体は処分させていただく方法をとっていただきますが。 なにぶん生身の肉体を長期に渡り保存するというのは、かなりのリスクと共に料金がかかりますので。 あ、その代わりと言っては何ですが、皆様が古い肉体を放棄されるなら電子機器の身体は無料とさせていただきます」


そうか、そういう形で無料化しているということになってるんだな。

でも、これは体のいい生体材料の安い買い取りに過ぎない。

完全に詐欺だな。


「では、こちらに3Dカタログがありますので、これらの中からお好きなものをお選び下さい。 お決まりになりましたら、お呼びいただければ、電子機器の身体への移植? を行う部屋へご案内いたしますので。 では、どうか、生身の肉体での最後の時、そして電子機器の身体での新しい人生を!」


そう言って、案内人は消える。

僕は、ライムさんと視線で確認し合い、二人して無言で部屋を出る。


「星雄くん、ここからが本番よ。この最低にして最悪の施設を破壊します」


「うん、分かってるよ、ライムさん。こんな星、こんな施設があるから人間が虐げられるものと虐げるものに分かれたりするんだ。 ここだけは完全にぶっ潰す!」


僕は父さんの形見の銃を握りしめ、堅く誓う。

人間が人間を奴隷のように扱ったり、楽しみのためにマンハントなんてゲームで殺したり。

そんな世の中にした元凶が、今日、ここで廃墟となるだろう。

僕とライムさんが、部屋を出て更に奥の、電子機器ボディの置いてある部屋を探そうとした時。


ウィーっ! ウィーっ! ウィーっ! 

緊急避難警報です。

只今、この星に宇宙空間より攻撃が加えられております。

軍と警備の担当者は、至急、配置につけ。

被害は甚大。

繰り返す、被害は甚大である。


と、非常警報が。

これ以上ないタイミングで、宇宙からの攻撃か。

誰なんだろうか? 

僕らに味方してくれる人であるのは間違いないよね。


その宇宙船の攻撃が合図だったようだ。

僕らと共に部屋にいた人たちが、暴れだす。

知らなかったのは僕だけ、みんなこの星が元凶だと聞かされて、計画も全て納得して参加してたようだ。

僕も、ライムさんの合図で通路を走る。


「あ、生身の身体の人たちは、危険ですから部屋から出ないで下さい! 傷つきやすい肉体なのに、こんな時に外へ出ちゃダメです!」


叫びながら、僕を取り押さえて部屋へ連れ戻そうとする電子機器化人。

この人たちは量産型のボディだから、キーアイテムの場所が簡単に分かる……

僕は、腕を掴んでくる電子機器化人を屈んでやりすごし、後ろの電子機器化人の腕を捻りあげる、つもりが腕が外れた……


「な……何ですか?! この私の腕が外れる?! この子は生身だぞ?! こんな事が可能なのか?!」


パニックになってるようだけど、その隙をついて、キーアイテムをスリットから引っこ抜く! 

たちまち、文字通り魂の抜け殻と化す電子機器化人の一人。

他の電子機器化人の集団は、驚きで固まる。

その瞬間! 

プロフェッサーさんに叩き込まれた宇宙格闘術が本領を発揮する。

僕は、ただ本能に任せて動くのみ。

目の前に立つ一人のキーアイテムをジャックから引き抜き、返す片手で隣の一人のキーカードを抜く。

その間、開いた片手は一人の電子眼を目潰しで破壊、顔を押さえた者のスロットからキーアイテムを引き抜く。

あっという間に4人の電子機器化人の無力化に成功。

4人でかかれば生身の体を持つ人間など簡単に押さえ込めると思ってた電子機器化人達に衝撃の光景が。

僕は、4つのガラクタが転がる中心部に立っている状態。

ようやく、自分の目の前にいる生身の人間が、とてつもなく恐ろしい存在だと認識したようだ。

リーダーと思われる電子機器化人の一人が号令を発する。


「生体を傷つけず捕らえろとの命令だったが、不可能だ。次善の策を取る! 手足は傷ついてもよし、肉体と頭脳は撃つなよ、貴重な生体部品だ!」


思わず本音が出たな、そいつが聞きたかった! 

ガラクタと化した4つのボディを積み上げ、塹壕のかわりとする。

さすがに母星の、それも電子機器化と生体部品の加工場まで付近にあるため、破壊力の大きな銃は使えないらしい。

ガラクタボディの簡易壁が、弱い出力のパルスレーザーやスタンナーモードのブラスターを弾いてくれる。

父さん、今こそ使わせてもらうよ、この銃。

僕は、天国にいるだろう父さんに許可を取り、その、ずっしりと重い銃を抜く。

切り替えは、固体弾。

破壊力も大きいが、その反動も、もの凄い。

プロフェッサーさんに指導してもらいながらも、最初の頃は反動が強すぎて制御できなかった。

弾丸も何処へ行くか分からない銃だった……

僕は両手でしっかりと銃をホールドする。

そして全体重を前に掛けて、しっかりと的を狙う。

標的は集団の最高リーダーと思われる、カスタムボディの電子機器化人。

一人だけ完全にボディの質と動きが違うので、丸わかり。

よほど自分のボディに自信があるのだろう、ボディを守る壁やドアなど身を守るもの無しでパルスレーザーを撃ちまくっている。

数人、手や足に当たっているようで、ドアを盾にした人たちは数が減っている。

焦るな、焦るな。

速さじゃない、確実性だ。

プロフェッサーさんも言ってた。


「この銃なら速さは不要です。ただ、相手に当たれば、その場で勝負は決まりますね」


幸い、奴はボディをさらけ出してる。

よーく狙え。


ズドーン! 

およそ、銃とはかけ離れた発射音。

まるで小型ミサイルか、あるいは小さな大砲。

父さんの形見の銃から発射された固体弾は、確実に最高リーダーの頭部を破壊する。

もう、豆腐をバットで砕いた時のように、小さな破片に砕かれた頭部パーツは、一瞬の後、そこに頭部があったとも思えぬ状況で飛び散った。


「やった? やった! やったぞ! 父さん、父さんの銃は無敵だったよ!」


最高リーダーを一発で失くした電子機器化人達は、逃走モードに移る。

もう統率者はいない。

僕ら攻撃側は、彼らを追って通路を深く入っていく。

逃げるのみの電子機器化人達。

一人、また一人と攻撃側のパルスレーザーに撃たれて行動不能になる。

それでも、あえて一人だけ残して、僕らは後を追う。

しばらく追い続けていると、建物の中心部へ辿りつく。

ここか。

ここが全ての元凶の源か。


「よく、ここまで来られたね。歓迎するわ、宇宙船ガルガンチュアの育てた反乱軍たちよ」


そこには、たった一人、細身の女性体。

だけど、電子機器の身体とも言えない、ほぼ透明のボディを持った女性が立っていた……

きれいだな……

最初、僕の感想は、これだった。

一種の「生きている芸術」の域にまで達している電子機器化人だった。


「とうとう、この星のポジションも判明したわ。今頃は、もう一つの機械化母星も同様に反抗勢力の攻撃にあってるはず。 もう、あななたちの母星に引き上げなさい! キャプテンも貴方達を絶滅させるつもりなんて無いの。 宇宙の覇権を握るなんてバカなことやめて母星へ撤退するなら、キャプテンとガルガンチュアのテクノロジーで、貴方たちを助けますから!」


ライムさんが、とんでもないことを言う。


「ライムさん、貴女の考えが分かりません! こいつらを、こいつらを赦してやるつもりなんですか? 生身の人間を、 これだけ苦しめて、これだけ殺してきた、こいつらを……」


僕は知らず知らず泣けてきた。

ライムさん達に助けられてから、僕は鍛えてもらい、様々な援助まで受けた。

それもこれも、彼らも機械や電子機器の体を持つ者達を赦さないだろうと思ったからだ。

でも、違ってた。

この銀河宇宙から争いを無くすという、より大きな深い思いから、彼らは活動してた。

頭じゃ、ライムさん達の方が上だと、より正しいのだと分かっちゃいる。

それは分かるんだ。

だけど、心の底で納得してるか? 

と言えば……


「僕は、嫌だ」


思わず声が出ていた。


「星雄くん、気持ちは分かるけど……」


「やめてくれ! ライムさん、目の前で人が殺されるのを見たことあるかい? 自分にできることは何も無いと知りつつ、 それでもいつかは、殺した相手に復讐してやろうと虚しい思いを抱きながら殺されていく人を見てたことがあるかい? 僕は、 何人もの、そういう人を見てきたよ……それでもダメだと言うのかい? 殺されたものに、復讐する権利など無いのだと?」


ライムさんが何か答えようとするのを遮るように、透明に近い体を持つ女性が語り始める。


「よくやった、よくやったよ少年。そして宇宙船ガルガンチュアと、その一味の者達よ。 今日、この星、電子機器化母星と、その対となりし存在、機械化母星は滅びるだろう。 両の星が滅びる以上、我々は故郷の星に撤退せざるを得なくなる。そこまで引いたら本当に我々を助けてくれるのか?」


ライムさんは、こっくりとうなずく。


「キャプテン、クスミの名とガルガンチュアの名に誓って、あなた達の星系を救いましょう。超科学の宇宙船、ガルガンチュアの登場です」


確約を聞いたので満足したのか、透明に近いボディの女性は、どこかへ連絡を取るようだ。


「……ん? そうか、やはり機械化母星はバラバラになったか……こちらはもう反撃する気も失せている。ではな、母星で会おうぞ」


通信を切ると、こちらへ向かって話しかけてくる。


「ライムと言ったか、よくぞ我々を、ここまで追い詰めた。抵抗はせぬ。残った者達をまとめて我らの母星へ引き上げることにした」


「承知しました。逃げる船を攻撃することはしませんし、少し後にはガルガンチュア本船で、 あなた達の母星に向かいます。キャプテンは、あなた達の主星が再び復活する手段を持っています」


ライムさんが、女性に語る。


「おお! それが可能なら我々も救われる。では、ガルガンチュアが来るのを待っているぞ!」


透明なボディが透き通って行く……

もう見えない。


「光学迷彩ね。単純だけど効果的だわ」


ライムさんが解説してくれる。

それより僕が知りたいのは。


「ライムさん、彼らを殺さないのは、どうして?」


そう、それが知りたい。


「星雄くん、世の中の正義って1つじゃないのは知ってるわよね?」


「は、はい、それぞれの立場で、それぞれの種族や環境で、正義は変わってきます」


「じゃあ、あなた、星雄くんの正義と、機械や電子機の体を持つ人たちの正義が違うのも認められない?」


「それは論点のすり替えです! 彼らは生身の人間を大量に殺し、生体部品として使ってたんですよ?! それが正義ですか?」


「他に代替部品が無いのなら、例え他の人の体でも部品にして生き延びたいと思うのは罪かしら?」


「でも、他に方法がないからと言って人を殺した者達を僕は到底、許せません!」


「そう、許せない者もいる。でもね星雄くん。そういう人にとって無限に近い時間って、どう感じられるのかしらね?」


え? 

ライムさん、何を言い出すんだ? 


「短い寿命を持つ人間なら、例え正義のためとは言え人を殺したとしても、 それを悔いながらも過ごす時間は短いものよ。でも寿命が数万年単位なら?」


「あ……そうか。無限の牢獄……」


「そう。半永久的に、その人殺しの罪を悔いながら、自分を責めながら死ぬことも出来ないの」


それを聞いて僕の中の復讐は、無くなることは無いのだろうが小さくなっていった……


僕達、反乱軍は全員、ムーアさんの宇宙船に乗る。

電子機器化母星は、コアシステムだった、あの透明ボディの女性がいなくなったので全ての機能が停止したようだ。

後で機能回復と、その後の運用は考えましょう、とのライムさんの判断で、僕らは電子機器化母星を離れる。

この星は何とか犠牲を少なくした形で確保したが、もう1つの機械化人のほうの拠点惑星、機械化母星は悲惨なことになったと後で聞いた。

長年、機械化という形で部品化されてきた人たちの内部反乱で全ての機械装置や、 惑星を固定化していたコアドリルまでがパーツに分解されてしまったため、もはや惑星としての形を留めておけずに宇宙に散ったという話。

悪い者達が使用していたとは言うものの、設備そのものに罪はない。

これからは宇宙で働く者達のサイボーグ化を支援するための施設にすれば良いだけだ。

僕らは、これでお役御免だよと言うムーアさんに、噂のガルガンチュアまで送ってもらった。

ガルガンチュアを最初に見た時の、僕の驚き……

とても言葉になどできるもんじゃない。

それは、一つ一つのパーツとしての宇宙船は、月のような大きさの巨大な宇宙船。

しかし、それより異様な、そのフォルム。

ただでさえ巨大な宇宙船2隻をつないで1つの合体宇宙船にしてるという馬鹿げた、でも信じられないテクノロジーの産物。

ライムさんが言う、超科学の宇宙船という形容詞がピッタリだ。

僕達は、ムーアさんの宇宙船からルガンチュアに移る。

とは言っても大きさが違いすぎるので、ムーアさんの宇宙船、 緑の丘号がガルガンチュアの大型搭載艇の出入口から入って繋留後、 僕らがハッチから出てガルガンチュアのコントロールルームへ向かってるという話。

途中でムーアさんが、別な用があるということで僕らとは別行動になる。

母さんとは、似てるようで似てない不思議な人だった。

僕らがコントロールルームへ到着すると、話だけは聞いていた、キャプテンらしき人が振り返り、僕らを歓迎してくれる。


「おお、君らが反乱軍の精鋭か。そして、君が噂の星雄くんだね。はじめまして、 俺が、マスター、我が主、主、ご主人様、キャプテン、などと様々に呼ばれているが、 この船、ガルガンチュアの責任者、楠見だ。その若さで、よくやった! 後は俺達にまかせてくれ。 なーに、今から宇宙でも、あまり見たことのないド派手な現象を見せてやるよ」


そう言うと、隣にいたロボットに、


「フロンティア、太陽制御装置は完成してるな?」


と、問いかける。

ロボットも、


「はい、マスター。準備は完了です。後は、機械化人、電子機器化人の母星と、その太陽からの許可を取るだけです」


太陽制御装置だって? 

太陽なんてエネルギーの塊、どうやって制御なんか出来るんだろう? 

などと考えてるうちに、僕らの銀河に迷惑かけた大元の母星に出る。

この船、跳躍航法使ったはずなのに、そんなショックは何も感じなかった。

どんなテクノロジー持ってるんだ?! 


「機械化人、電子機器化人の母星に住む人々へ、こちらは宇宙船ガルガンチュアだ。約束を守るために、やってきたぞ」


こちらからの呼びかけに通信での応答が返ってくる。


「こちら機械化及び電子機器化母星、M&E星。待っていたぞ、 ガルガンチュアとジェネラルクスミ! 我々は全ての拠点と星から撤退し、 今は冷えきる寸前の太陽の弱々しい光を受け、かろうじて生きているのみ。我々の願い、太陽の復活を、心より願う!」


あの透明なボディの女性だ。

ああ、あの人が、この星の女王だったのか。

好戦的じゃないようだけど惑星に住む民の全滅は避けたかったんだな。

僕が、そう感じたのは、この星系の主星、太陽が弱々しい光しか発してなかったから。

もともと小さい星だったんだろう。

内蔵する水素の量が少なかったのかも。


「待たせたね。準備は整ってるよ、ただし、君たちだけが、この星系の住民ではないので今から太陽へ連絡をとる。 そこで許可を貰ったら制御装置を投入するからね」


楠見さんは言うが。

え? 

この星系、彼ら以外の生命体がいるって? 

太陽に? 

ライムさんが、僕に説明してくれる。


「星雄くん、星ある所に生命体あり、です。惑星にだけ生命体がいるわけじゃない、太陽の表面にもエネルギー生命体がいるのよ」


そんな話、初めて聞いたよ、ライムさん。

戸惑う僕に構うこと無く、事態は推移していく。


《太陽表面にいるだろうエネルギー生命体たちへ。この冷えきる寸前の太陽を、もう一度、燃える太陽に戻したいのだが、どうだろうか?》


あれ? 

通信波で喋ってるわけじゃないのに、何か楠見さんの声が聞こえるぞ? 


「あれがテレパシー。数年前、街で星雄くんが声も出さずに叫んでた時、同時に強いテレパシーが出てたの。 それを聞いたから貴方達を助けられたのよ。つまり星雄くんも、キャプテンと同じくらいとは行かないだろうけど、 ずいぶんと強いテレパシーが使えるのよ」


ライムさんが、耳元で僕に解説してくれる。

え? 

僕にテレパシーの能力があるって? 

僕はもう、パニックになりそうだ……


《そうか、大賛成ですか。では、早急に太陽復活計画を行います。急激に太陽の熱量が大きくなりますので、注意してくださいね》


エネルギー生命体の許可は取れたようだ。


「では、プロフェッサー。小型搭載艇に積んだ、この太陽に特化した太陽制御装置を投入する。小型搭載艇、発進だ」


「アイアイサー、我が主。幸いにも、今の太陽のエネルギー量が小さいので、搭載艇はすぐ近くまで接近できるようです。 最接近したら、そこで太陽制御装置を打ち込みます」


数分後、搭載艇のカメラで写された映像には、今にも太陽に飲み込まれそうな小さな装置があった。

あっという間に太陽の中へ飲み込まれた装置は、しかし、その太陽のエネルギーを起動エネルギーとして……


《今、エネルギーの増大を感知したと? それは良かった。この装置は少なくとも数百万年単位で動作しますので、もう安心して下さい》


カメラでは微妙な変化は分からないが、さすがにエネルギー生命体。

少しの変化量でも感知したようで。


「M&E星へ。太陽制御装置は無事に起動した。これから徐々に太陽は大きくなっていく。 制御装置の寿命は数百万年だから、それまでに別の制御装置を開発するか、 それとも新しい移住先を見つかけるか、どちらにせよ平和的に進むのなら別に問題はないと考える。では、これにて」


「M&E星より一言だけ。心から感謝する。もう他の生命体との接触に暴力や武器を使うことは金輪際無いと誓う。ありがとう」


これで終わったのか……

僕は母さんを連れて、この星系の別な惑星に降りることとなった。


「星雄、この星が、あなたの父さんが亡くなった星です。私との出会いも、 この星でした……これからは、この星で過ごしましょう。太陽が元に戻るのなら、この星も過ごしやすくなるわ」


数年後、星系の太陽が再び輝き出したということで、過去に出入りしていた商人種族や、数は少ないが友好を結んでいた種族も、この星系を訪れるようになる。

以前の性格とは、すっかり変わったM&E星の人たちに若干、戸惑いながらも、他の種族たちとの新しい付き合いが始まったのだった……


一部、壮絶なる戦いが終わって、十年過ぎた……

今では、それこそ命に関わる病気や怪我、老いからの死を逃れる手段としての機械化ボディ、 電子機器化ボディとして、医療手段での使用がほとんどとなった社会。

僕は、あの戦いでの小さな勇者として一時はもてはやされ、そして、いつしかマスコミは離れていった……

あの抵抗組織を作り上げて、機械化人や電子機器化人達を追い詰め、故郷の星に逃げこませた後に、 その宇宙へ出るきっかけとなった冷えゆく太陽を、もう一度熱く燃える太陽にした超科学宇宙船ガルガンチュアは、どうしたか? 

あの後、少しばかり後始末に動いてたようだけど、数年もしないうちに、いつの間にか僕らの住む銀河宇宙から旅立ったようだ。

母さんには旅立つ前に話をしてたらしい。


「私に、一緒に来ないかと言ってくれましたよ、あの人たちは。私は生い立ちが特殊でね、 この銀河では、いつも異邦人だった。キャプテンの楠見さんは私と同じ星の生まれですから、 少しは落ち着くのでは? とも言われましたよ。星雄、お前も一緒に来るようにも言われたんだけどね」


そんな話、聞いてないよ、僕。


「で、なんて答えたの? 母さん。あ、でもここに居るということは……」


「そう、ありがたい話だけど断ったわ。夫の眠る星が平和になった以上、 私がここを離れる理由はなくなったから。でもね星雄。あなたは自由です。 いつでも、どこへでも旅立てばいい。私がここにいて、お前がいつ帰ってきても良いようにしておきます」


母さんの最後の一言で、僕の行く道は決まったと言って良いだろう。

僕は、宇宙へ出ることにした。

様々な星へ行き、様々な人と出会い、様々なものを見て回ろう。

僕は母さんと別れ、正式に宇宙パイロットになる学校へ入学する。

その時の検査で、僕にはテレパシーと、若干のサイコキネシス能力があると分かった。

歪んでいた社会ではなくなり、今は身体が生身だからと差別されることもなく、僕は順調にパイロットコースを歩んでいく。

一つだけ有利なことがあった。

宇宙でのアクシデントに備えて銃や格闘技の授業もあるんだが、そこで僕は抜群の成績を取る。

プロフェッサーさん、感謝しますよ。

あの地獄とも思えた痛みが今は懐かしいです。

通常、五年ほどかかる宇宙パイロットコースを飛び級で三年で卒業した僕は、引く手あまたの宇宙業界へ就職する。

昔のニュースで幼い頃の僕の顔を知ってた人も居るので、僕は会社の中と外で有名人となる。

宇宙パイロットの仕事を長くやっていると時たまトラブルに襲われる時もある。

宇宙海賊の襲撃、密航者、荷物が違法な危険物だったりする事、その他。

しかし、あの辛い体験をくぐり抜けてきた僕に焦りや不安など無い。

宇宙海賊など片手間に叩き潰し、密航者にはお仕置き。

荷物が違法な危険物だった時には、まいったけどね。

凶暴な宇宙怪獣の卵を違法に星系外に持ちだそうとした奴がいて、 そいつの手荷物の中に忍ばせてた卵が予定外の事(多分、跳躍航法の衝撃だ)で孵ってしまった……

すったもんだの末、ようやく船外へ放り出して大型パルスレーザーで切り刻んでやった。

かわいそうだが、文句は違法と分かっていながら卵を持ちだした犯人に言ってくれ。

ちなみにそいつは暴れるところを宇宙格闘術で簡単に押さえつけ、当局へ引き渡した。

後で聞いたら、その卵は一部のグルメマニアに好まれるらしく一大密輸団があったという。

この事件で芋づる式に逮捕されて壊滅したらしいが。

そんなこんなで、二〇年後には独立して自分で宇宙での輸送会社を立ち上げた。

後輩たちが、こんな自分を頼ってくるので、なけなしの金で雇い入れ、小さいながらも堅実に会社を盛り上げていく。


俺は現在、六〇歳を過ぎた。

自分の会社ながら後少しで定年だ。

自分のやってきたことに後悔は無い……

しかし、もうひとつの可能性があったことに今更ながら気付いた。

あの巨大な宇宙船ガルガンチュアに、母と一緒に乗っていたら今頃どんな事になっていたのだろうかと……

まあ、考えても仕方のないことではある。

しかし、暇になった今は、ふと気づくと、あの、プロフェッサーさんやライムさんたちと過ごした数年間を思い出す……

俺も、焼きが回ったか……


退職後、宇宙格闘技の教官として誘ってくれた宇宙パイロット養成学校へ。

今は、そこで銃や格闘技の実務教官として過ごしている。

今日も今日とて、下手の横好きなのか素人にしては実力のある生徒たちが初心者相手に無双してるところへ……


「ふむ、良いものは持ってるがな。この老人と、いっちょうやってみるか?」


新入生で、俺の若い頃のニュースも知らないやつだ。

審判も不要、相手には反則すら使用可と伝える。


「へへっ、骨折しても知らないぜ、教官!」


飛び込んでくるが、そんなの見えてる。

半歩下がってタックルをやりすごし、背中にちょいと指で突き入れ。


「いてぇ! このやろう、怪我を覚悟しろよ!」


あ、若いねぇ……

殴り掛かってくるやつを躱し、バックを取る。

そして投げる! 


「すげぇ……何だ今の? 投げる角度と方向が見えなかったぞ」


観客の声がする。

久々に決まったな。

これが、たった1つ、ライムさんに教わった必殺技。

投げるタイミングと角度に特徴があるんだが、これがなかなか決まらない。


「教官、もう奴は伸びてます。あの技、なんて言うんですか? 僕、格闘技ファンなんですが、あんな投げ技、見たことも聞いたこともありません」


そうだろうな、あの技の使い手が、そうそう何人もいたら無敵の軍隊だ。


「俺も技の名前は知らん。ただ、この三次元には無い角度と方向に向けて投げるという技だ。一〇回やって一回決まれば大したもんなんだがな」


ライムさん、プロフェッサーさん、僕は今でも元気にやってますよ。

今度の休みにでも母さんの待つ星へ帰ります。

ちなみに宇宙を飛び回ってたので結婚はしませんでしたが、あちこちに子供はいます。

全て認知してますよ。

そのうち、孫もできる予定です。