第四章 銀河団を越えるトラブルバスターの章

第二十九話 銀河のリストラクチャリング

 稲葉小僧

前の銀河と違い、今度の銀河へは早めに着いた。

今回は生命体で溢れている。

例によって例のごとく、初期は超小型搭載艇群を放出して情報収集に励む事にする。


今回の銀河は統一されているようで星系同士の交流も活発だ。

これも例によって例のごとく、ガルガンチュアのステルスモードを全開にして視覚にも電波的にも何もないように偽装する。

一ヶ月も経つと多量の情報が集まってくる。

その中から取捨選択を行い、何かトラブルがないか、もしくはトラブルの兆候がないかをチェックする。


作業にかかってすぐ、この銀河のトラブルが判明した。

ずいぶんと深刻だな、これは。

トラブルの内容とは星系や宙域の経済と技術格差が激しすぎるというもの。

まあ、ぶっちゃけ言ってみれば、お国の首都とド田舎の差がキツすぎるって事ですな。

勢力としては、資金とか技術力とかは中央星系側で、ド田舎星系側は資源と支配星系の多さ(つまりは人的資源も多い)


厄介なのは、ここはいわゆる「自由主義経済」が原則ってこと。

俺達が手を貸すにしても相手の問題が出てくる。

まあしかし、全体主義やら帝国主義よりは、ずいぶんと平和的だが。

あ、帝国主義や全体主義が悪いとは言わない。

統治する者が優秀で、なおかつ民のことを真剣に考えていればの話だが。

統治者に全ての責任と全ての命令権を統括するのは、良くも悪くも政治のスピードが早すぎるので、民がついて行けなくなるのが欠点だな。

成功している全体主義星系や帝国主義星系なんてのは、そのあたりのスピードを統治者が把握して、 意識してゆっくりと社会を動かすようにしている場合がほとんどだ。

あまりに大きな構造のものを動かすときには、性急にやってしまうと破滅に転がり落ちるだけ。

これは、俺達がいくつもの銀河政治構造体を経験してきた経験からの結論だ。


こりゃ、下手に手を出すと俺達の事がバレてしまう恐れがあるな。

いや、正体がバレるくらいは構わないんだよ、そのくらいは。

ただし超越テクノロジーを寄越せとか言われるのが目に見えているので、それが困る。

こういう自由主義経済社会じゃ、相手より優れたテクノロジーを持つものは一足先に市場を専有できるから厄介なんだよね、これが。

俺達の持つテクノロジーの一端を、ここに供給してやれば、すぐにド田舎星系と中央星系の立場は逆転する。

逆転はするんだが、それだけ。

中央が田舎になり田舎が中央になるだけで、何も変わらないのが……


「マスター。これ、どうします? 多分、我々が手を貸す勢力に繁栄と資金が集中してしまいますよ。 これがある程度、社会に還元されるようなら良いのですが、今のこの状況では天秤をどっちに傾けるかって話だけになりますね」


うん、フロンティアの言う通り! 

手を出さなきゃド田舎星系のジリ貧は更に加速する。

ド田舎星系に手を貸すなら中央星系が寂れるのは目に見えている……

これ、何か上手い手は無いものか……


「我が主、ここは過去にやったように戦争状態にあった2つの勢力ではない、 もうひとつの弱小勢力に手を貸して3つ目の大勢力を立ち上げて平和に導いた手法を使うのが良いかと思いますが」


おっ?! 

プロフェッサー、ナイスアイデア! 

そうと決まれば早速、情報収集だ。

更に一ヶ月経つと、この銀河の政治体制の特異性にも気付く。

戦争とかのドンパチの争いは無い代わりに、全てがテクノロジーと、その結果の金銭(資金力)の優劣で決定される社会体制。

中央星系側は良い機械、優れたテクノロジーを使って優れた商品や機器、美味い物を作っている。

ド田舎星系側は、資源の輸出と人数を頼みの手工業中心だが、手仕事の丁寧さで優っているという逆転ポイントがある。

資金力としては中央星系側の一人勝ちだが、そうはさせじとド田舎星系側も職人技で対抗してる。

ここへ俺達が手を貸す(と言うよりも、ほぼ俺達のテクノロジーを供給する)弱小勢力が現れるって話になるわけだ。


さて、ここで問題が1つ……

弱小勢力が、いーっぱいあるんだ。

どの勢力に決めるか? 

それが問題なんだよな……

ええい! 

いっそ、一番小さくても潰れずに頑張ってる勢力(というか、もう星系1つだけになってしまうんだが)にしよう! 

ということで……

社会構造革命の裏仕事が始まった……


あー、弱ったなぁー……

この月の我社の資金繰り、どうしようかなぁー……

銀行への抵当物件考えれば今月と来月分の運転資金は貸してもらえるだろうけれど、その後がなぁー……

とある小星系の一惑星の、さらに少国家の中の一地方都市の、それも吹けば飛ぶよな零細企業である一企業の、社長と呼ばれる人物の溜息と愚痴。

若い頃に考えていた新製品を消費者目線で安く提供しようと考えて、 小さいながらも電子部品と電子回路の設計と製作をプロデュースする会社を立ち上げたのだが……

最初は良かった、最初は。

社長の設計したオリジナル回路と、それを使った超小型の電子暗号化と暗号解読チップはバカ売れした。

その次に設計して大規模にCMを打ち、わざわざ中央星系まで行ってデモンストレーションしたオリジナルの星間通話装置と、 そのネットワーク構築方法の説明……

大コケした。

最初の利益どころか会社の全財産・社長の個人財産まで注ぎ込んで大量生産するはずだった通信装置は全く売れず、不良在庫の山が残った……

ここで起死回生の一手を成功させないと、もう倒産の二文字が、そこに見えている状況だ。

理論的には今現在の星系間で使用されている通信機の数倍の性能があるはず。

ただし中継装置が中途半端な性能では役に立たないので、思いっきり高価なものとなるのがネックだったと、社長も今では反省している。


「中継装置なんだよ、それだけなんだ。それさえ安くできれば爆発的な需要はあるはずなんだよなー、はぁ……」


中継装置がバカ高くなるのも納得できる理由がある。

超空間に反射させる通信データの、ある程度の指向性と、 今までより数百分の一まで低下する受信データでも確実に復調して99.9%以上の確度で通信を成立させる特殊回路が必須となるから。

こいつの中身は特許だらけ。

完全なブラックボックス化された回路で表に出るのは電源端子と入出力端子のみ。

社長は気づいていないが、ここまでブラックボックス化したものなど大企業も中小企業も採用するはずがない。

故障時、メンテナンス時に、どうすれば? 

という問題から、こんな物を採用して、もし致命的な欠陥でもあったらクレーム対応で会社が傾きかねないという事に気づいていない。


社長は、ある意味、天才だった。

閃きと、それを実用化する技術力と才能もある。

無いのは、それが社会に出た後の事を考えられないという、ある意味では当然の欠点。

自分の考える理想が高すぎることに自分で気づいていない、天才にありがちな経営者。

よくもまあ、数年とは言え会社が続いているものだ。

社長が悩みぬいて、それでも何とかしないといけないなと立ち上がった時。

総務から内戦通話が入る。


「社長、ウスイ様というお客様が社長にお会いしたいとのことです。当社の製品のことで、ご相談があるそうなのですが……」


「客だって? とりあえず話を聞こう。社長室へ案内してくれ」


「分かりました」


ブツッと通話が切れて、約10分後。

社長より年齢は少し上(約40歳前後か)だろうと思われる男が総務の者に伴われて入室してくる。

意外だったのはスーツではなく、いわゆる「作業服」だったこと。

現場中心の社長ってのは何人も見てきたが、この男は一味違うようだ。

誰もが夢見る「生涯現場作業」を実行するような男ってのは、こいつのことだろうと思わせる眼光である。

さっそくビジネスマンの挨拶、名刺交換で始める。


「ほほぅ、オールマイティビジネスサポート社、ですか。いかにもデスクワーク中心の会社名なのに、ウスイ社長ご自身は作業着。何かポリシーでも?」


このような、書類を右から左へ動かすだけで大金の手数料をとる仲介会社は数限りなく対応してきた。

中には誠実な会社もあったが大半はカスやゴミで金儲けのことしか考えていない、金にたかるウジバエが多かった。

昔は当社も儲かっていたが、その時に付き合っていたサポート会社も金の切れ目が縁の切れ目で、今では盛り場ですれ違っても鼻も引っ掛けられない。

落ちたもんだよな、会社も俺も……


「あ、いえ。社長が現場の事を常に気にしているという事を服にして表しているわけです。ときたま、実際に私も現場対応に出てますし」


ウスイ社長が答える。

すごいな、業績見ると中堅の上、もう少しで中央星系市場で上場できるくらいの大きな会社じゃないか。

そこのトップが、いまだに現場対応やってるとは……

社長は、ちらっとデスク端末に表示させた相手の会社業績表を見る。

うちの会社とは別次元じゃないか。

こんな、もう少しで放っておいても大企業って会社が、うちのとこみたいな零細企業に何の用だ? 

そんな社長の思惑には関係ないとばかりに、ウスイ氏(社長二人では、こんがらがりますので)が単刀直入に、と。


「社長、ズバリ申しますが御社のところのテクノロジーで、もう一度、新製品作りませんか? いえいえ、通信機そのものじゃなくてですね、こいつですよ」


喋りながらウスイ氏が、ちょっと大きめのスーツケースから何かを取り出す。

応接テーブルに乗った、その物体は……


「こいつはファクシミリ、略してFAXと言います。通信機といえば通信機ですが、 こいつは画像を送るもの。まあ、通信機に画像を送る機能をプラスする物だと思って下さい」


社長はウスイ氏の言葉を聞きながら、こいつは凄いものが出てきたと考えていた。

視線がFAXなるものから離れようとしない……

FAXのサンプルを食い入るように見つめる、社長。


「いや、凄いアイデアです。通信装置に画像を送る機能をプラス、ということは、通信はそのまま使用できるんですね?」


疑問は解消しておかねばならない。

後々、ここはこういう規格ですと、聞いていなかった点を装備してない物が、この世にいかに多いことか。

ウスイ氏は、こともなげに答える。


「はい、通信機能を持った製品にするもよし、付加装置という形で使うもよし。 信号の使うバンド幅は音声通信と同じですので何の問題もありません。ただね……」


ほらきた! 

社長は規格という名の欠点を言われると感じる。

多少の欠点は目をつむっても、このアイデアは素晴らしい。


「こいつには上位規格がありまして……完全デジタル通信でしたら環境と距離、 相手の端末性能にもよりますが……原稿読み取り時間を抜いて実際の通信時間だけなら一枚両面で1秒かかりません」


何ぃ?! 

ちょっと待て……

今、完全デジタル通信と言ったな、ウスイさん……


「ウスイさん、その上位規格のサンプルって、どういう動作環境なのかね?」


もしや……


「動作環境は、そちらの会社で作られる予定の中継装置の進化型です。 ですから、今の環境では下位機種をばら撒くように大量販売しておいてですね……将来的に高速な……」


後は2人のみで話し合える防諜ルームへ行ったのか、聞こえない。

ともかく、2時間後には笑顔の2人の姿があった。


「では、そちら銀河通信技術開発コーポレーションの機器を最大限活用するということで進めて行きますね、このプロジェクト」


ウスイ氏が言う。

社長も返答。


「助かりました。これで我社も救われるどころか、より大きくなれますよ」


数カ月後、通信装置にポンと付けられる小型の書類読み取りおよび伝送装置が発売された。

近いところでも要件を言った言わない等のトラブルが多かったところへ、この簡単な物で相手にも書類のデータを送れるというのはニーズに合致した。

あっという間に、銀河通信技術開発コーポレーション(略称、銀河通信)の回路を組み込んだFAXは大売れし、 不良在庫で困っていた倉庫も半分がた片付いた。

もう半分? 

中継装置なので、そうは売れない。

銀河通信の会社経営は持ち直し、社長も一安心。

そこへ再び、ウスイ氏が登場。


「やあ、今度は上位機種の開発と、中継装置の手直しで訪問させていただきましたよ」


上位機種はナローバンド下位機種の全機能を持ち、更に高速で安定しているデジタル通信を使う事により、更に高速でデータをやりとりできる機種。

ただし、これを普及させるとなるとローカルに星系内だけなどと言っていられなくなるのは目に見えているため、中継装置も大々的に販売することになる。

ウスイ氏の注文は簡単だったが……


「ウスイさん、そちらの注文を受けての中継装置改造は簡単に済みます……しかし、分からんですな。 機能としては変わらない箇所に、なぜ、こんな改造……改造というか、 これじゃ中継装置に高度な計算機能をつけるようなもんでしょうに。 まあ、そちらの持ち込み品で全て対応して、こちらの開発費も部品代も要らないというのは助かりますがね……本当に、この機能が必要なんですか?」


社長は中継装置のブラックボックス部を設計した人、今回の改造部で機能的には全く何も影響なしという事が見える。

しかし、ウスイ氏は、


「はい、今は関係ありませんが、将来的にどうしても必要になる改造です。 こいつが取り付けられていないと、その時になって性能が充分に発揮できなくなるでしょうから」


半信半疑ではあるが、提携会社とは言っても会社の規模が違いすぎる。

ゴリ押しではなく、強い依頼になるのも断りづらい条件の1つだ。

まあ、こちらの不利になるような改造ではないので受けることにする。

ウスイ氏の持ってきた条件は、それだけじゃなかった。

中継装置が高価になる要件の1つ、重要な超空間への信号発生装置に使用する特殊クリスタルを、どこから手に入れたのか大量に持ち込んでくれた。


「こちら、卸し価格の一割でお売りします。こちらには、様々な伝手があるんですよ。これで中継装置は安く出来ますよね?」


小山となってる特殊クリスタルを見て、口が開きっぱなしになってる社員と社長……

すげぇ! 

これダイヤよりも高価なんだぜ。

ものすごい会社と取引してんな、うちって。

ウスイ氏の条件に否定など出来ない。

全社員がイエスの大合唱するところだった。

結局、最重要にして最大価格の部品が安値で手に入ってしまったので中継装置は激安価格になる。

そうなると発売前に情報を掴んだ大手通信会社から大量の引き合いが入り、さらに大量生産効果で原価は低下。

正式発表から出荷までに銀河通信の今季の大幅黒字は確定事項となった。

数年も経つと星系内での完全デジタル通信の品質と速度は大幅に上がった。

低速の通信については緊急用、予備用ということで確保され実用上はデジタル通信のみでカバーされてしまい、 更なるデータ品質と速度が求められていく……

星系外でも、遅れはあるが同じこと。

いつの間にかFAXだけじゃなくて端末そのものをデジタル回線に繋いでしまい、データそのもので様々なやりとりをするようになる……

銀河通信は、いつしか高速デジタル通信の機器開発で大きくなっていき、ついに中央星系で上場を果たす。

ウスイ氏は、それをニュースで見ながら、こう呟くのだった……


「よしよし、最初の一手は成功。じゃあ、次は……」


ここは、中堅どころの電子回路設計会社。

新規のウエハ(LSI等のマイクロ基板の塊を、そう呼ぶ)を設計する時、 どうしても試験的に少数を試作して様々なテストをしなければならない時がある。

ここは、そう言った特殊ニーズを満足させる高レベルの試作品を造れ、また量産設計できる会社である。


「課長、&&様からの注文ですけど、エミュレーション段階で動かないですね。こりゃ、根が深そうですわ」


とか、


「リーダー、とりあえず恒温槽テスト開始しました。24時間のフル稼働で気温5度から40度まで設定。 これで温度変えても落ちなきゃ量産も大丈夫でーす!」


とか専門技術語が飛び交う。

そんな、言ってみればマニアック極まりない世界に、これまた似合わない現場作業服姿の人間が一人。

応対する係長は名刺を貰って驚く。


「オールマイティビジネスサポート?! なんで、そんな大企業がウチみたいな小さな会社に? そちらが提携してる銀河通信技術開発さんは、 もう中央星系に上場してるでしょうに」


さすがに同じ業種だけに、右肩上がりというかV字回復というか奇跡の復活と上場を成し遂げた銀河通信の話は届いている。

そして、それを裏から押し上げた影の実力者が、自分の目の前にいる男が率いる会社だということも。

当のウスイ氏、いつものように、


「いやー、あれはたまたまあそこの上昇期にウチが乗っかっただけです。まあ、少しは後押しさせてもらいましたけど、ね」


その少しがロケットブースターのようなもんでしょうが、と言いたいところ、ぐっとこらえる係長。

幸運をもたらしてくれる神様のような存在が、この会社に興味を持ってくれてるんだ。

絶対に、このチャンス、逃してなるものか! 


「ところで、今日は、どのような要件で、うちの会社に? うちは何でも屋の試作設計ですよ?」


多少の分野違いでも何とかできるだろう、この仕事、とりたい! 


「あ、それなんですけどね。実は、このデータの実用試作化をお願いしたくて……」


ウスイ氏は、この銀河で標準規格となっているデータチップを取り出す。

係長、それを受け取り、デスク端末に差し込んで表示。


「……ウスイさん、これ……どっかの機密文書じゃないでしょうね? ウチは、そういうリスク物件は受けませんよ」


係長が、そういうのも当然。

端末の表示画面に映っているのは明らかに高度な通信装置の心臓部と思われる部品の設計図。

信号の流れを見ると、とても民生用と思えぬ高度なセキュリティ(量子暗号と思われる)を利用した信号解読装置と、 それとは別に高度ではないがリアルに盗聴される危険は遮るだろう信号回路。


「私は、これでも回路屋の端くれ。これがどういう意図のもとに設計されているのかは理解できませんが、 民生用で使う部品じゃありませんよね。もしかして、軍の最高機密?」


もしそうなら我社は軍の専用会社になるか抹殺されるか、どちらかだろうな……

係長はヤバイ話だったらどうしようと慌てる。


「分かりますか? 我社の取引関係で軍にも顔が利く方がいましてね。 次期装備の件で通信セキュリティの大幅な引き上げを相談されたんです。それで、こいつが使えないかな? と、御社へ相談しに来た、と」


話を聞くと納得。

しかし、こいつは危険なカケでもある。

この技術が、もし採用されたら、うちは軍用品を扱う事で売上も信用も上がるが……


「よござんす、やってみましょう。ウチもV字上昇できるかどうか、かけてみる価値はあるという事ですね」


係長は課長や部長への返事は待たず、そう答えた。

ここで渋ったり断ったりしたら二度と我社にチャンスはない。

そんな直感が働いた。


「良かった。では外部拡張部とか入出力部とか信号変換装置のデータを渡します。 これで一応のテストはできると思いますんで試作機までのチェックとテスト、お願いできますか? 予算は……これくらいで」


この試作機が正常に動くようなら我社にとっての大幅な業績アップになる事は間違いない。

それもデータは全て揃っているのだ。

係長は、なぜか、このデータでもうすでに動作している通信機があるとは思わなかった……

後になって何故その可能性に思い至らなかったのか自分でも不思議でならない。

その方面の思考を違う方向へ誘導されているようだったと感じたよと、当の元・係長は言った。

ちなみに彼は現在、取締役部長である。

ともかく、大きなプロジェクトとして、その新型通信装置の試作とテストベッドが用意された。

1日や2日で終わるようなものじゃない数カ月単位の試作とテストが続いた……

ようやく量産実用試作までたどり着いたのは約9ヶ月後。

基本的な設計データは間違っていなかったが通信の品質や漏れ、ノイズ等の対策と設置環境の幅の広さで対応に時間がかかった。

何もない宇宙空間から各星系の太陽近傍空間まで、それこそ温度幅で数千度という幅は通常の民生品規格では対処できるものじゃない。

しかし、それらを克服した量産型の最終試作機は、それこそ砂漠の砂嵐のド真ん中に放置されてもバッテリーが使い果たされるまで、 その性能は落ちないと自慢できるものとなった。太陽近傍空間でも銀河の縁でも同じことだ。

最終テストとしては水中に沈めて一週間後に引き上げて使えるかどうかと……

しかし、これにも合格してしまう新型通信機。

新年度の軍の装備改変計画に組み入れられるのは当然だった……

ウスイ氏は、また呟く……


「よし、第ニ段階も成功! 後は、実力行使をしてくる傭兵集団とかを持ってる大企業とかが心配なだけ……まあ、襲ってきても何の問題もないけど」


ここは、とある星の小さな国の、小さな街の街角。

ひょうひょうと歩く、一人の作業着姿の男がいる。

その顔は、ちょっと嫌そうな、それでいてなおかつ、ちょいと嬉しそうな表情をしている。

まるで、これから起きるだろう、ちょっとしたイタズラを嫌がっているような、 それと同時に、そのイタズラが成功することを面白がっているような風だ。


「ちょっとすいません。駅の方へ行きたいのですが、どう行けば良いでしょうか?」


スーツ姿の男が作業着姿の男に声をかける。


「はい? お教えしても良いのですが、あなた、道を尋ねるのが目的じゃないでしょ? 目的、いや、目標は私ですよね?」


作業着姿の男に一言で看破され、ぎょっとするスーツ姿の男。

その時点で、さっさと逃げれば良いものを、変なプライドと余計な義務感が邪魔をして逃げるよりも先に行動してしまう……


「おい、兄さん。余計な入れ知恵と交渉、気に食わないってお方がいるんだよ。いいかげん、手を引きな。そうじゃなければ……」


脅しの声も作業着姿の男には響かない。


「ふーん……そうじゃなければ何? もしかして、そこの曲がり角に10人ほど隠れてて、 私を拉致して会社に脅しかけるとでも? ざーんねん! ですね」


スーツの男は焦る。

どうして分かった? 


「おい、バレてるぞ。全員出てこい! ……何をやっている……なんだ、どうした? 何が起こった?」


声をかけても誰も出てこないので不審に思って駆け寄ったところ、そこにいたのは10人が10人、全て気絶している光景……

作業着姿の男に異様なものを感じ、恐ろしいという感情がスーツ姿の男に芽生える。

傭兵は普段、怖いとか恐ろしいとかの感情は起きないように訓練されている。

しかし最後の最後、命が助かるか死ぬかの瀬戸際で役に立つのは恐怖の感情。

これに逆らって戦うような奴は長く生きられない。

恐怖には逆らわず、逃げたものが寿命を全うできる奴だ。

男は、その感情に忠実に従った。

逃げ出そう! 

こんな得体の知れない男に関わってしまったら命が幾つあっても足りなくなる! 

動け! 

動けよ俺の足! 

あいつが、ゆっくりと近づいてくるじゃないか! 

あははは、俺って歴戦の猛者のはずだよな。

弾丸の雨、ナイフの達人、スナイパーの目、全てかわして逃げ延びてきた。

その俺の足が今だけ、どうして動かない? 

べったりと地面に張り付いたようだ。

あいつが俺の傍に来た! 

あいつの手が俺の肩に……


「お仲間は全て気を失ってるよ。命に別状ないから安心して。ちなみに、灰にすることもできたんだけど、ね」


にーっこりと、だけど目がマジな笑顔で話しかけてくる、作業着姿の男。

スーツ姿の男の心が折れた……

それから数日後。

作業着姿の男を離れて見守る集団があった……


そのおかげでもないのだろうが、作業着姿の男の仕事は順調に進む。

今日は小さな町工場。

小さいとは言え実際には高度な技術を持つ工場で、その業界内では高い知名度を誇っていた。

作業着姿の男は、ひょうひょうと町工場へ入っていき、数時間後には全社員からお見送りを受ける。

100mほど歩いて、その男は通信機を取り出し、何処かへ連絡する。


「あ、プロフェッサー? 計画は順調に進んでる。うん、今日は宇宙救助隊の装備と救助艇を作れる高い技術を持ってる会社へ相談。 全装備と救助艇、可能だってさ。じゃあ、次回るよ」


ウスイ氏は今日も小さな会社を中心に数社の営業まわりをしている。

噂が噂を呼び、零細企業や中小企業では幸運を運んでくる作業着姿の男ということでウスイ氏は大黒様のような扱いになっていた。

今日も朝から営業に入った小さな工場では事務所入口で名刺を出すと同時に社長から新入社員までがウスイ氏を一目見ようと押しかける騒ぎになった。


「参りましたよ、さすがに。私は、この会社の高い技術の評判を聞いて、今日は仕事のお話で来ただけなんですけどね」


ウスイ氏は神様の使い扱いされたのが苦手だったようで表情を曇らせている。

社長の方は、やりすぎてウスイ氏が気分害して帰られたら大変なので、あれやこれやで大接待中。

ウスイ氏は、この接待攻勢にも表情を濁らせ、


「社長、止めましょう、こんな事。私は純粋に御社の高い技術を買ってますが、こんなことで高い技術を地に落とすのはやめにしましょう」


社長、ウスイ氏に対する態度を改める。

正当に我社の技術を評価してくれている相手に接待攻勢は合わないと理解したようだ。


「では、すっきりしたところで、こいつなんですがね……」


ウスイ氏が持ちだしたのは例によってデータチップ。

そこに入っていたデータは……


「う、ウスイさん……あなた、これをウチに製作しろと?」


社長が驚くのも無理はない。

そこにあったデータこそ民生用に安全度を最大限に高めた「E=MかけるCの二乘」炉。

この会社、実は不要となった原子炉や旧式の原子エンジンの解体と無害化で、業界内だけではあるが、その高い技術と安全性で群を抜く企業だった。

社長にとって、このデータは会社の爆発的な躍進という中核技術になるもの。


「見てもらった通り、エネルギーと物質の相互反応が可能なものです。 こいつを使うのに遮蔽とか放射能対応とか考える必要はありません。 ただし、エネルギーを取り出す場合には危険を避けるために数cm単位の遮蔽物は必要でしょうが」


ウスイ氏が、こともなげに言うのを遠い目で見ている社長。


「こ、これ、新発明というか、もう宇宙のエネルギー事情が変わっっちまいますよ、いやマジで。 今の宇宙船や飛行機械の三次元機動はもちろん、地上車やら水上・水中船も全てのエンジンやモーターを使う物の心臓部が置き換わります!」


そう、ウスイ氏が渡したデータは全ての人工動力の心臓部。

それも超小型から超大型まで自由に設計と製作のできる汎用性の高いもの。

こんなものを発表すれば数年で動力炉という概念すら変わるだろうことは容易に想像できる。


「個人で小型宇宙船すら所有できる可能性もありますよ、これ。 ざっと見ただけでも超小型のものだったら同程度のエンジンやバッテリーモーターより安くできますな」


社長は興奮したように喋りまくる。


「ウスイさん! この話、他じゃ絶対に無理だが、ウチなら数カ月で製品にしてみせる! まかせてくれないか?」


ウスイ氏は、それを聞いて笑顔になる。


「その言葉が聞きたかった。お任せしましょう。ウチへのパテント料は……このくらいで」


社長が予想していた額の数%という安さに、


「え? そんな価格で大丈夫なんですか? そちらへ利益……まあ爆発的に売れるでしょうから、最終的に莫大な利益にはなるでしょうが……」


という言葉へ、ウスイ氏は、


「いえいえ、この星系だけのことじゃないですから。この銀河宇宙で考えれば……」


こいつは、俺なんかよりも一枚どころか百枚位、上の営業思考だな。

ウチじゃ、そこまで考えなかった……

社長は真剣に、この新型炉プロジェクトに社運をかけることにした。

数年後、小さな小さな辺境星系の、 またその辺境にある小さな核エネルギー関係の技術会社から驚くべきテクノロジーのエネルギー炉が市場にもたらされる事となる。

大型のものは、それこそ強大な宇宙空母から巨大輸送宇宙艦、 小さな物は地上を走るオバサマ達の足の下にあるモペッドまで全てが同じ理論で 作られた革新的なエネルギー炉で置き換わる事になるのは時間の問題だった……


「あ、今回はエッタか。計画は順調だ。インフラは順調すぎるほど順調に、 こちらの予定通りに置き換えが進んでるよ。もう少しで銀河を巻き込んだ社会構造革命の狼煙を上げる事となるから数十年ほど待機してくれ……」


銀河単位の社会と経済の革命だ、100年単位のプロジェクトになるのは仕方がないだろ? 


ここは銀河の中央星系。

そこにある超のつく大企業が集まって、とある場所で会合を開いている。

様々なメディアには当然ながら秘密。

定例ではなく緊急だから。


「では、皆様。緊急にも関わらず、お時間の都合をつけていただいた事に感謝いたします。 この会合は、この10年ほどで急激に成長してしまった辺境星系の零細企業どもについてです」


司会役が議題を読み上げる。

通常は司会役が順番に意見を聞いていくのだが今回は違った。


「ちょっと、よろしいか? ウチは中央星系でも大手で通っている動力炉、 つまりは各種エンジンエネルギー炉の会社ですが。 数カ月前に画期的なエネルギー炉が辺境星系の小さな町工場から発表された途端、 うちの業績は逆V型で右肩下がりだ。おかしいだろ、こんなの!」


また別の役員が手を揚げて、


「ウチだってそうだ。大手の通信機器会社だったんだが、辺境星系から発表されたFAXと、 その次の上位機種と、その中継器。こいつのおかげで今や我社の業界シェアは下がりっぱなし。 昔は7割近いシェア率だったが今や2割にも届かなくなってるんだ! どうなってるんだ、 これは?! いくらなんでも開発環境もマンパワーも大違いなのに、あっちにゃ万能の天才エンジニアでもいるのか?!」


続いて我も我もと勝手に発言しようとする役員たちを抑える司会役。


「まあ皆さん、お鎮まり下さい。今日、緊急に集まってもらったのは、 その件です。この数年で急激に中央星系の巨大企業が次々と、それもインフラという生活ベースに近いもので、 今まで気にもとめなかった辺境星系の、小さな星系の、さらに小さな町工場レベルの会社製品に駆逐されかねない勢いでシェアを奪われつつあります」


「それは分かってるんだ! その原因と対策を知りたいんだよ、こっちは!」


いまさらのことを繰り返す司会に怒りを爆発させる一役員。

この会は、ある一定の規模以上の大企業でなければ入会も出来ない。

さらに役員ともなれば、それ相応の会費と企業規模も必要。

株主総会も巨大ホールで行うほどの規模を持つくらいの会社でないと会員資格、なかんずく、役員資格など保持し続けられるはずもない。

その役員が焦りのために言葉すら選ぶ余裕を失っている。


「これは中央星系の企業に対するテクノロジーと経済の戦争だろう。 残念ながら相手に先制され、更に奇襲攻撃も成功させてしまっている。 被害は甚大だ。しかし、ここで負けるわけには行かない! 我々は中央星系の技術と資金の全てを集めても勝たねばならんのだ。 そうしなければ、この銀河に経済破綻という破局が起きる」


会長が重い口を開く。

ここまで言わせるほどに、この度のテクノロジーショックは大きい。

通常なら少しだけ性能の高い、でも高価な製品を出す企業と、性能は低いが安い製品を出す企業とが、裏で取引をしているのが普通。

しかし、このたびの辺境星系企業の新製品は非常に高い性能で、さらに既成品より安いという、いわば常識外れの代物ばかり。

普通なら、どう考えても採算割れするしか無い特許の塊のような通信系やエネルギー炉なども、とてつもない非常識な販売価格で売られている。


「我々も手をこまねいていたわけじゃない。その新製品を発表した会社を調べてみると共通した会社、いや共通した人物に突き当たることがわかった」


会長の発言に色めき立つ役員と会員達。


「会長、それで、その会社というか人物は、どういう者なんですか? 詐欺師とかじゃないのは確実ですな、 あれだけの業績アップをさせてるんですから」


会長は苦々しい顔で……


「その人物とは、そいつとは、だな……会社名はオールマイティビジネスサポート。社長の名はウスイ」


どよめきが走る。

その名前は、この会に唯一の汚点をつけた人物。

ビジネスサポートなどという、いかにも軽そうな社名の割に創業時より営業は着実に伸びていき、 一年も経たぬうちに業界で確固たる地位を築いてしまった中規模企業の大手。

この会に誘い、入会するかどうかの審査を受けて一発で入会資格を得たが……

その時にウスイ氏が言い放った一言が今でも語り草になっている。


「慣れ合いと裏取引のための裏の会ですよね。そんなものに興味はないし、そのうちに叩き潰しますので。 あ、会長さんですか? 数十年はかかると思いますが、いずれ、この会は叩き潰してご覧に入れますので、よろしく。 表の取引でしたら、いつでも呼んでくださいね、じゃあ、お邪魔しましたぁ!」


思い出す度に会長の血圧が急激に上昇する。

あいつを叩き潰そうと何度、株式買い取りや会社の吸収合併をしかけてみても、あいつの会社はびくともせん! 

何かに守られていでもいるかのように会社の危機を、するりと切り抜けて、その度に成長していく。


「今度の辺境星系企業の襲来もウスイの奴の差金だろうという事は察しがつく。しかし、分からん。 開発力と資金を考えれば、これらは中央星系で発表して製造したほうが早いだろうに」


さすがの会長にも、ウスイが革命を仕掛けているとは思いつかなかった……


それは静かに忍び寄るようなものだったと後世の歴史家、経済学者は書いている。

表面上は、その銀河宇宙の中は何も変わらない日常を映している……

しかし、あちらこちらと小さな街の片隅では奇跡のような事が起きていた。

ここは仕事上の怪我で働けなくなり、退職を選ぶしかなかった男の家庭。

妻も子もいる家族を養ってきた一番の働き手が働けないという事実に家族はうろたえる。

どうしたら良いかわからない家族に対し現在、元の会社に雇われた弁護士が説明している。


「……ということで会社でご主人にかけていた保険金が支払われますので、ご安心を。 これはご家族にも安心だと思います。そして、ご主人……もう一度、 仕事に戻る気があるなら仕事に対しての補助器具やパワーアシスト付きのサポート具などが用意されますよ? いかがですか?」


ホッと一安心する家族と、やる気が出てくる元社員。

結局、この元社員は会社へ復帰し、同じ職場の同じ部門で働くこととなる。


「おうっ、怪我する前より元気じゃねーかい!」


「あったりめーよ、このアシストスーツがありゃ今までの倍は働けらぁな! しかしなぁ……いつの間にうちの会社は、 こんな夢のような道具を作ったんだ?」


こちら定年で退社ということになった初老の社員。

しかし、まだまだやれると自分ではこの時期の退社は不満だった……

総務より一言。


「**さん、お望みならアシストロボット付きで働くことも出来ますよ? 本人の希望年齢まで」


喜び勇んで、その話に乗る男。

アシストロボットとは言うが、もしものときにサポートして安全を確保するのが目的なので、通常の仕事には手を出さない。

男は、そのまま仕事を続けたという……

20年間。

そして、その後も新人育成に力を注ぐ部門にいたという……

あちらで労働事故が急檄に減少し、こちらでは仕事の効率が急激に上がり、それぞれ給与にも反映される。

向こうでは新しい工作機械が導入され、隣では仕事のツールまで一新されて、ここが辺境星系の町工場だとは思えなくなるほど。

小さな工場の経営者達はウスイ氏に心からの感謝を述べる。


「いえいえ、皆さんの腕があったからこその話。私は、その技術を惜しんで手を貸したに過ぎません。 誇るべきは互いの高い技術。そして、もうすぐ訪れるだろう素晴らしい世の中ですよ」


社長たち、経営者達はウスイ氏の言葉がいまいちよく理解できなかった。


「ウスイさん、おっしゃっている言葉がよく分からんのじゃが。 なんです? その素晴らしい世の中ってのは? 政治も経済も大勢は変わらんでしょうがね」


ウスイ氏は、いえいえと首を振って、


「そうじゃなくて、今までの労働という概念を変えたいんです。 好きな仕事をしたい、でも腕も知識もない、だから今の仕事を続けるって事を無くしたい」


え? 

と驚く聴衆。

そんなことが可能なのか? 

と聞けばウスイ氏、静かに……


「可能です。高度な専門家を数日で育成できるシステムを試作してみました。ただし、今まで実験してません。 誰か希望者あれば簡単にできるレベルでしたら、すぐにでも可能ですが?」


思わず後退る者が多い中、一人の初老経営者が進み出る。


「儂は会社経営を息子に譲ったばかり。若い頃から夢に見ていたロケットエンジニアになりたいと思うんじゃが、可能か? ウスイさん」


ウスイ氏、中型スーツケースからコンパクトなシステム一式を取り出す。


「こいつ、名前を教育機械と言います。こいつのメイン記憶は入れ替え可能なので、こうやってですね……」


まるでゲームのカセットを入れ替えるかのような簡単さでウスイ氏は教育機械のメイン記憶を入れ替える。


「はい、これで初級のロケットエンジニア育成講座が組まれました。時間は30分あまり。 では社長さん、どの椅子でもいいから座って、こいつを耳に……で、用意ができたら電源ON!」


とたんに半分眠ったようになる元社長。

しかし、30分過ぎには目を覚まし……


「お? お、おお! 分かる、分かるぞ! そうか、こんな簡単なことだったのか!」


それを聞いて色めき立つ経営者達。

その目指すところは同じ新入社員の早期育成。


「と言うことで、これを使えば新入社員の教育も、古い技術にしがみつくしか無かった古参社員の再教育も、お手軽に」


ワッとウスイ氏に人が群がる。

これはいくらで導入できるのか? 

副作用は? 

後で変な癖が出るようなことは無いだろうね? 

幾つもの質問に全て丁寧に答えるウスイ氏。

全ての疑問が解消されると我も我もと引き合いが。

それもこれも導入コストが誰の予想も裏切って格安だったから。

かくして一年未満で辺境星系に教育機械「簡易バージョン」が普及することとなる。

本来は子供用にしっかりと基本から理論・応用・発展と数ヶ月かけていくのが教育機械の本質だが、ウスイ氏は大人用にカスタムした。

ただし、これが簡易バージョンだとの説明も忘れない。

本式の教育機械は、その使用場所が学校となるため、教育関係の会社へ販売委託する。

数社だが引き合いがあり、実験的に少数が小学校に導入される事となる。

成果は凄い、当たり前だが。

あっという間に教育機械の評判は学校間の集まりで広まっていき、10年と経たぬうちに小中学校で教育機械を入れていない学校はなくなる。

これ以降、教育現場が荒れるとかの風聞は一切なくなった。

ただし、教育者のほうがレベルの低さを指摘され(生徒側から)教育者も教育機械(簡易版)で再教育されることとなる……


「あ、ライム? うん、計画は順調だよ。星系住民そのもののモラルも知識も底上げされた。さて、次はだな……」


ウスイ氏、いや、仮の姿を脱いだ楠見は、今はガルガンチュアにいた。


「マスター? あれほど精力的に会社から会社へと営業活動に飛び回ってたのに、 どうしたんですか? 経済革命、ちゃんと仕込みはできたんですよね?」


「その点、抜かりはないよ、フロンティア。まあ後は民衆、というか辺境星系からの出稼ぎ部隊が中央星系へ行って、 やることやるだけなんで。今までの中央星系の大企業たちって、いわゆる「社員や顧客を愚かなままに放っておいた」んだよな」


「ほう? 民衆を教育機械で知識詰め込んでも、素養がなきゃ、どうしようもないと言ってた我が主の言葉とも思えませんが。その真意は?」


「プロフェッサー、言っとくが、あの俺の発言の趣旨はだな。 自分が社会にとって有用な人間だという意識を持たなきゃ、 どんな体制でも仕事でも流されるままに生きるしか無いってことなんだ。 まあ、お前やフロンティアと会う前の俺が、その言葉通りの人間だったからね、よーく分かるんだよ、社会の底辺の人間の気持ちは」


「それは分かりましたが。で、キャプテンは社会体制と経済体制改革の場面を見ていかないんですか? これからが面白いところでしょうに」


「いやいやいや、ライムさんや、社会主義革命時の指導者みたいなこと言わないで。 俺は血を見たいわけじゃないし、暴力での革命なんて愚の骨頂だと思ってる。 気が付かない人間ばかりなら、そこが地獄だろうが普通に暮らすだろうね。 でも、一度でも天国を知ってしまうと……そこが地獄だと分かってしまうわけだな。 で、知恵のある奴はそこから出ようと足掻く。知識のある奴は、少しでも改善できないかと考える」


「あ、なーるほど。ご主人様は、分かる人たちが待遇改善と社会改革を求めて運動を起こすだろうと……でも、 そこまで行きますかね? 中央星系の大企業って、裏の繋がりも強いみたいですし……」


「ふっふっふ……エッタさん、そこで今まで仕込んできた「進んだ技術を辺境から」作戦の意味が出てくる」


「どういうことでしょうか?」


「新型の動力炉、エンジンも含めて辺境側に基本特許から何から全て握られてる。 新型の救助機材もしかり、なおかつ、もう全て置き換わった感のあるデジタル超高速通信系。 インフラの、ほとんどが辺境星系に握られてるんだ。中央星系は、 それこそ大規模戦でも仕掛けない限り、辺境星系の言うことをきかなきゃいけない……で、辺境星系にゃ、 その手の法律と経済構造に詳しい奴が今じゃ、ごまんといる」


「あ、はーい、見えてきました、キャプテン。顧客と社員、つまりは社会の頂点以外の人間にも富を分ける風にしないと、 大企業でも潰すよ! となるわけですね」


「はい、大当たりです、ライム。このために100年計画で少しづつ少しづつ、 こちらの超技術を流出させてきたんだ。トドメは教育機械で、これがダムの決壊を起こす直接原因ってわけだ」


「それは分かりました……ところでマスター? 今回、会社を起こして資金を稼いだわけですが……最終的に計算しましたらですね、 ちょっとした国家の年間予算並なんですよ、これが。この銀河を翔び立ったら、もう不要になりますし、どうしましょうか?」


「うーん……今回、裏で動きすぎたからなぁ……同盟していく会社が増える度に資金が倍々ゲームで増えてった。 俺は要らないって言ってたんだけどね……はぁ、金とは厄介なものだと、今更ながら思い知らされる……」



辺境星系にあったウスイ氏の事務所が、いつの間にか閉鎖され、 中央星系からも事務所が撤退したと分かったのは銀河に無血の経済革命が起きた数年後。

影の功労者であると誰もが推すウスイ氏に間もなく銀河統一労働省に設置される 労使問題及び品質向上部門のトップに就任してもらいたいと関係者が訪れて事務所も 家も空っぽだという事が判明したのは直ぐだったが、どこをどう探ってもウスイ氏の行方を知るものはいなかった……

ただし、ウスイ氏の持っていたパテント権を引き継いだ団体があり、 そこでは国家の救いの手からこぼれた社会の弱者達の救済とバックアップを行う仕事をしていた。

孤児、障害を持つもの、意欲はあるが資金の面で上級学校へ行けないもの、それら全てを救う巨大な資金力をバックにした団体である。

そこは、学校へ通えない者のための施設への教育機械貸出や、資金の無償援助、果ては小さな会社の設立資金まで用意する。

ウスイ氏の依頼により全ての資金援助は無償で行うこととされ、その対象は国家単位では無く銀河まるごとである。

ウスイ氏は、その団体が設立されるときに役員たちに、こう述べたという……


「私の銅像や絵、写真などは作らない、飾らないように。私は聖人君主ではなく、ただの普通の人間だから。いいね、絶対にだ!」


団体の入っているビル、確かにウスイ氏の銅像や写真、絵は飾られていない。

しかし、その下部団体である学校では、こんなヒトコマが見られるのだった……


「はーい、生徒のみなさん、おはようございます。今日も、この日を無事に過ごせますように、聖ウスイ様にお祈りしましょうね」


「分かりました、先生! 聖なる御使い、ウスイ様。今日も僕達、私達を、天より見守り、遥かなる知識の高みへ導いて下さい……」


この光景を見たら、あまりの恥ずかしさに気絶するだろう人間は、もう、この銀河内にいないが……