第四章 銀河団を越えるトラブルバスターの章

第三十四話 楠見、一人旅

 稲葉小僧

ここは異銀河団の中の、誰も名も知らぬ小さな銀河の1つの更に小さな星系。

その中の小さな星(星系のハビタブルゾーンにある、わりと過ごしやすい星。

重力は地球標準で1.05Gほど、酸素と窒素、二酸化炭素の混合気体で少しの稀元素も入ってる、ほとんど地球そっくりな星)に楠見は珍しく単独でいた。

この時点から数ヶ月前のこと。


「さすがに、このところの連続出動とドンパチは疲れたよ……ちょいと骨休みしたいんだが、あの小さな銀河の中に良い星はないか? フロンティア、ガレリア、プロフェッサー」


と聞かれて、さっそく探索を開始したガルガンチュア搭載艇群。

ものの数週間で楠見が通常装備で暮らせる星を見つけ出す。


「マスター、見つかりました。ふむ、詳細データはお手元の携帯パッドに送りますが、重力と空気は問題なし。文明程度は……地球文明で言う20世紀末から21世紀前半というところでしょうか。先進国と、そうではない地域とに分かれて、先進国では、いわゆる低炭素動力の開発が進んでいるようですね」


つまり省エネとクリーン化エンジンの開発だ。


「それは、うってつけだな。ヘルメットガジェットもあるんでバイク型の移動車を選んで持って行こう。今回は単独で行かせてもらう……心配するな、安全のために超小型搭載艇10隻と通信機は持って行くから」


他のメンバーから文句が出たが、たまには一人でのんびりさせてくれよと強引に惑星へ降りる楠見。


「おー、整備された道路があるじゃないか。これは久々に……ロングツーリングと行きますかね!」


ヘルメットガジェットを被り、変身機能はオフにしたまま(そのヘビーな重さは当然サイコキネシスで受け止める)バイク型の移動車に乗る楠見。

火星では、レンタルではあるがレトロタイプの電動バイクで古代の水脈の跡などを辿った過去があったりする。

形だけのエンジンをかけ(駆動エネルギーは超小型化した搭載艇のエネルギー炉。安全で安心、高出力が売り物だったりするがバイクには完全にオーバースペックだったりして)最初は静かにゆっくりと、段々とアクセルを開けてソロツーリングを楽しむのだった……

ちょうど200kmも走った頃、行く先に見えるのは、ちょっとした大都市。


「孤独の旅もいいが泊まるところくらいは普通のホテルにしたいね。まあ、換金するための小さな金の粒は持ってきてるし大丈夫だろ」


この星は、まだまだ小さな国単位で分割統治されているような形なので金銭単位の統一もなされていないと情報は入っている。

だからこそ小さな黄金の粒が、この国で通貨に替わるのだが、楠見自身は通貨というか金銭そのものに対し、ずいぶん前から興味を失っているところがある。

まあ銀河どころか銀河団すら渡るような生活を続けていて通貨やら金銭にこだわるのも馬鹿げているんだろうが。

楠見は大きめのホテルに付随する通貨交換所で、その粒状の黄金を換金することにする。


「自分で見つけたんだよ、こいつら。半分ほど交換したいんだけど、いくらになる?」


この時、楠見は失念していた。

宇宙規模、銀河規模の大きさというものが惑星の中の小さな国に比して、どれだけ大きいものかを……


「お、お客様! 確かに確認させていただいたところ砂金あるいは掘り出された金の塊に見えますが……半分?! とてもじゃないが、ここで換金は無理ですよ! 金額が合いません!」


ここで、ようやく楠見も気づく。


「それでは、どれだけくらいでしたら換金可能です?」


やっちまったかな? 

という思いを極力表情に出さず、ポーカーフェイスを目一杯。

10%程なら何とか換金できると言われ、じゃ、それだけお願いしますと。

楠見は大量の札束を手にして、それを手持ちのバッグに無造作に突っ込んでバイクに向かう……

バイクまで後50m程となった時、後ろから何か金属製の尖ったものを突きつけられ、


「おっと、変な真似すると、こいつが腹に刺さるぜ、ブッスリと。てめーが持ってる札束と、その金の地金、全部で命だけは助けてやる。そのバッグと交換だ」


バッグをひったくろうとする暴漢。

ただし、その重さまでは考えていなかった……


「な、何だ?! こんなもの普通に持ち歩いてたのかよ?! も、持ち上げるにも一苦労だぞ」


そう、金は重い。

楠見は軽々と持っていたがバッグの総重量は50kg近くにもなる。

こんなもの持ち歩くというよりダンベル代わりに筋肉トレーニング機器として使うべきだ。

暴漢はバッグを持ち上げるにも苦労している。


「君には無理だね。あきらめな」


楠見は心から言っている。

エスパーでもない筋肉ムキムキでもない、そんな青年に、これは持てるはずもない。


「う、うるせーっ! てめーが、てめーのせいだー!」


逆ギレだ。

ナイフを手にして楠見を狙う暴漢青年。

しかし、楠見は少しも焦らず……


「危ないな、こんなものは……ほい!」


いとも簡単にナイフを取り上げると、くにゃくにゃと素手で曲げてしまう(腕力ではなく、ただのサイコキネシスの応用技)

肝が縮んだ暴漢青年は、ひえぇと一声上げると見事な速さで逃げていく。

後には楠見がクシャクシャになったナイフの残骸を手に佇むのみ。


「さて、面白そうな街だね。通貨も手に入ったし、ここでしばらく暮らしてみるかな……飽きるまで」


その日から、腐った巨大オレンジと言われたその都市に新しい風が吹くことになる。

後日、金の粒や金塊を全て換金するが……

楠見の勘違いにより当座の資金どころか、どこの大金持ちという事態になってしまった。


「うーん……これは、ここに居る間に資金を使い切ることが難しくなったな。最終的には、どこかに寄付するにせよ、ある程度使わないと」


楠見は、ここは専門家に相談とばかり会計士を雇う。

実は、この時点で普通じゃなかったんだが楠見は、ある意味「専門バカ」に近いため仕事は効率第一。

会計士は巨額の資金を前にして、さすがに顔色は変えず(内心は冷や汗が吹き出していただろう。国家プロジェクトなみの金額が目の前にあるのだ)たった一言……


「これは個人の使える金額じゃありません。すぐさま何かの会社を立ち上げることを強くオススメします」


その勧告を楠見はすぐに実行する。

数ヶ月後……


「特別清掃会社、TK清掃が本日付で株式会社として立ち上げとなった。各員、誠意を込めて掃除して行こう!」


オーっ! 

と、多くの社員の顔が。

楠見は清掃という意味があれば何でも引き受ける会社を設立した。

その言葉には掃除、落書き消しなどの、いわゆる清掃作業から、社会のゴミを清掃する特殊作業まであるということ。

会社の立ち上げ作業中に楠見がボランティアで引き受けたスラム街の清掃作業に(これは通常の清掃作業。落書き消しが主な仕事だった)さっそくケチがつく。


「おうおうおう、何を勝手に消してやがるんだ? このへん、俺達のシマなんでな、仕事するなら俺達の許可を得てからにして欲しいもんだ、な、あんちゃんよぉ!」


殴りかかってきたところを躱し、弱いサイコキネシスで背中を押す……

すると相手は勝手に、明後日の方向へと転がっていく。


「おい兄さん? 何かの武道か何かやってるんかい? 腕が立つなら俺達に雇われないか?」


兄貴分らしい奴がリクルート勧誘してくる。

が……


「あー、そりゃお断りします。だってねぇ、俺が頼まれた仕事は、このスラムの清掃作業ですので。掃除する相手に雇われるわけにゃいかないでしょう」


言われた相手は最初、何を言われたのか理解不能だったが、数十秒後に自分たちが社会のゴミだと言われたことが理解でき……


「こいつ、こっちが下手に出りゃ、言いたい放題。やっちまえ!」


10人ほどが楠見に殴りかかってきたが、たかが10人ほどでは相手にもならない。

数秒で楠見以外、路上に伸びていた……

ちなみに、これで圧倒的な力の差が分かったのか楠見を兄貴と呼んで、こいつらは勝手に楠見の押しかけ助手となった。

スラムに住んでいたため楠見が正式に会社の社員として雇うことにしたが雇用条件を聞いて踊り上がって喜ぶ元愚連隊。

会社の準備期間に開催した清掃作業の講習にも真面目に参加し、もともとの腕っ節もあったために清掃作業も早く、きっちりと行う模範社員となる。

今日も朝から、あっちこっちの個人宅や会社、お役所も含めて依頼された清掃作業を、せっせせっせと行っている。

楠見は? 

というと、こちらはバイクでお出かけ。

依頼物件ではあるが、ちょいと難物で楠見以外じゃ解決できないだろうと思えたからだ。


「さて、ここいらかな? 大規模盗賊団のアジトってのは……」


依頼先は、こともあろうに地元警察。

小さな盗賊集団が寄り集まって相当大きな犯罪集団になったので、そこへ潜入しての情報収集依頼だった。

清掃作業会社なら普通にどこでも入れるだろうと判断されたようである。


「こんにちわー、TK清掃株式会社ですー。ご依頼の社内清掃お試しに参りましたー」


見るからに危なそうな警備員だが清掃作業の制服を見て、


「ご苦労さん、中に入って総務から指示を受けてくれ」


犯罪組織とは言え組織が大きくなれば総務まであるのか。

楠見は意外にマトモな会社組織となっている犯罪組織に変なところで感心する。

社内に入り総務を訪ねて行き、お試し清掃の部屋を指定される。

一人で本当に10部屋もやるのか? 

と聞かれたが、楠見は当然という顔で、


「そのくらいやってこその信頼と信用ですからね。競合他社には負けませんよ!」


と張り切る。

体を使っての仕事など数千年間もご無沙汰だったなどとは言えないが久々に自分の体一つでの仕事というのは新鮮だった。

鼻歌交じりで仕事をこなし……


「終了しましたぁ! ご確認、お願いしまーっす!」


「君、まだ半日も経ってないんだが……」


「お試し清掃10部屋分、きっちり終わりましたので、確認願います」


「また、えらく早いね。早いは良いが、きっちりと仕事は……うわ、眩しい!」


総務部社員が最初の部屋のドアを開けた感想だった。


「これは……キレイというか、もう印象変わるというか……」


次々と別の部屋を確認するが、もう清掃前とは別物の印象。

扱いが朝とは全く変わり、建物全体の定期清掃契約を結びたいと熱心なお願いをされた。


「それは、こちらからも是非にと。建物も、その中も本気でキレイさっぱりさせていただきますよ」


入館許可証と契約書を貰って楠見はホクホク顔で引き上げる。

ちなみに警察への報告は、きっちり、建築物の大きさから部屋の構造、中に居る者達の総人数や業務で働いている者達(つまり犯罪者ではない)との区別方法まで報告書を書き上げる。

警察内部では、ここまでやってくれるなら調査は外部委託したほうが良くないか? 

と、これは真面目な話で検討されたらしい。


ちなみに、この報告書が上がった一週間後、この巨大犯罪組織は壊滅してしまった。

死者は1人もいないと報告されたが犯罪者達は全て無力化されてしまっていた(社員たちには何の影響も無し)

呆けている犯罪者達に対し警察の大集団が踏み込んだが、抵抗するような様子も気力もなく、こう話したという。


「たった1人だったよ、たった1人に大集団が負けちまった。どんな大男だろうがパワードスーツ装着したやつだろうが奴に触ることすら出来なかった……ありゃ化けもんだね。一声あげたら変なスーツ姿にかわっちまって、それからは更に手がつけられなくなった。変わる前は数人単位、変わった後は数10人単位で文字通りに掴んでは投げ掴んでは投げてた……俺も投げ飛ばされて気を失って気がついたら警官隊に囲まれてた……だけど、あいつよりは、あんたらのほうがマシだ。あいつは恐怖の塊だよ」


大犯罪組織は壊滅し後に残るは大きくてマトモな企業……

警察は組織を壊滅させた個人とやらを捜索したが、ついに見つけられなかった……


「ふ、ちょっとしたトレーニングだな。定時報告だよ、プロフェッサー。昔の現場感覚を久々に味わった。当分は、こっちでのんびりするから、そっちも休めよ」


楠見の朝は早い。

このところ惑星の重力を感じて眠る毎日に新鮮なものを感じつつ快眠の毎日を過ごしている。


「おーっ、今朝も太陽が眩しいねぇ。こりゃ、今日も良い一日になりそうだ!」


早朝のジョギングから朝食、仕事準備と、このところ楠見は肉体を使う仕事が続く毎日を面白く思うようになっていた。


「こういうのも良いね。宇宙船にいて指示だけ出すのとは違い、こっちは確かな充実感があるもんな」


フロンティアやガレリアが聞いたら文句たらたらになりそうな独り言を誰はばかること無く言える今の状況も面白かった。

楠見は、やはりワーカーホリック(仕事中毒)である。

まあ、このような性格でなければ宇宙の揉め事を全て解決してやろうなどと考えるものなどいないだろうが。


「ちょっと困るのは清掃会社が軌道に乗りすぎて多大なる利益が出ちゃったことなんだよなぁ……元手を減らすための会社だったはずなのに、どこで間違っちゃったんだろう?」


いやいや楠見さん、何も間違っちゃいない。

会社は利益を出すことが一番の目標。

元手を減らそうなんて目的の方が間違ってる。

社員が頑張ってくれたからということで大枚のボーナス支給を行ったのだが、それでも多大なる利益は残る。

いっそ、会社住まいから自宅でも建てませんか? 

という会計士の提案に乗り、楠見は一番効率的な自宅を建てようと計画。

ただ、これが結果的には……


「良かったのか、それとも悪かったのか……俺への利益配分の大半を自宅建設に注ぎ込んだら結果的に、こんなのが出来ちゃったんだよなぁ……はぁ」


ジョギング終えて自社ビルの隣にある自宅を眺める楠見。

自社ビルも、たいがい大きくて高い(一応、高度規制とやらの面で87階建て、ビル裏は10階建ての立体駐車場)のだが、隣の自宅は、どこのホテル王だ? とでも言われそうな広大なる敷地に2階建て、プール付き。

そこに執事とメイド10名の専属屋敷まで建てて、楠見は独り暮らしを堪能している。


あ、広い屋敷だと思うかもしれないが楠見の部屋は六畳間の2部屋のみ。

寝室の他に居間だけで完結する、そんな空間が好きなんである。

他の空き部屋? 

社員たちが残業時に泊まる部屋とか、清掃の実地訓練時に使う部屋とか、その他色々。

ただし、地下室は楠見専用。

誰も入れないようになっている。

生体認証が徹底的に計られ、無断で忍び込もうとしようものなら無力化だけじゃ済まない。

精神にまで深いトラウマを刻みつけられる窃盗犯もあったくらいだ。


朝の朝礼を終えて楠見は独り、自宅の地下室に居る。

通常なら各地の現場へ視察にいくか、それとも差し入れ持って手伝いに行くか。

しかし今日ばかりは気になることがあり、楠見は外へは行けなかった。


「ガルガンチュアのサブコンピュータを屋敷の建設に合わせて地下へ設置できて良かったよ。これで警備や防犯も安心だ……今みたいに未知の敵性集団の探知も、な」


楠見の目が少し真剣味を帯びる。

楠見とテレパシー通信を可能にするサブコンピュータから、今すぐではないが危機的状況の可能性が高いという連絡を受け社員たちには内緒で原因排除へ動こうとしたのだ。


「で。コンピュータ、敵性集団だと思われる勢力と、その根城は?」


楠見の質問に答えて大都市中心の地図が表示される。


「ふむふむ、ここから対岸の、こちらも大都市ね。そこの上空? おかしいな、都市にあるんじゃくて都市の上空に根城があるのか?」


肯定、と総合管理コンピュータ。

成層圏とまでは行かないが都市の上空5000mほどの空中に巨大な航空母艦のような影が見える。

こいつが以前に潰した大犯罪集団と関係があるようで、その旧アジトだった建造物へ指向波で通信を送ったようだ。

優秀なコンピュータは、その通信を傍受し、かの大犯罪集団と関係がある(ライバルの犯罪集団らしい)とまでつきとめている。


その名は、女賊「跳蜥蜴」と言われる。

犯罪集団にしては珍しい女性のみで構成されたグループらしく、狙うものも女性に関係あるものばかり。

金銭よりも宝石や高価な服、珍しいところでは犯罪癖のある少女などを狙うらしい。


「ふーん……珍しいとは思うけれど、こっちに何の関係も無いでしょ? なんで、こっち狙うと推測するわけ?」


コンピュータは推測理由を解説する。

いわく、壊滅させた犯罪集団が隠し持っていたお宝の中に巨大なルビーがあるのだそうだ。


「そいつが、あっちの狙いってわけか……分かった。原因が分かった以上、トラブル解決に動こう!」


数日後、かの都市警察に一報が入る。

女賊、跳蜥蜴が壊滅したとのこと。

どこの誰が、あんな上空に行って、それも空戦を得意とする跳蜥蜴の構成員どもを相手に無双してのけたのか? 


次に入った報告で更に都市警察は驚愕する。

跳蜥蜴の主犯も、その構成員も全て無力化して地上に降ろしたと。

その位置と航空母艦も兼ねたアジトは勝手に解体させて貰ったよと壊滅させた本人であろう者の一言も添えてあった。

半信半疑で都市警察が指定されたポイントへ行くと……


「ああ、待ってたよ。空から叩き落とされちゃ、あたしらは何の力もない。無抵抗で捕まるさ。あいつの強さと怖さを嫌ってほど思い知らされたからねぇ……これからはマジメに生きるさ」


跳蜥蜴の首領だった女が悟ったような晴れ晴れとした顔で警官隊を歓迎したという……


「お、今日はガレリアかい。定時報告だ、この星の掃除は今のところ順調。え? 骨休みだろうって? 何をお悩み解決してるんですかって? 仕方ないだろう、降りかかる火の粉を払ったら勝手に相手が壊滅しちゃっただけなんだから。何、溜息ついてんのガレリア? ともかく、順調に休みはこなしてますから心配しないでね、それじゃ」


楠見は久々に興奮していた。

数日前に都市警察連合から話があると言われ楠見が呼び出される。


「何だろう? あの2件の犯罪者集団叩き潰しの件なら何も証拠残してないし捜査には引っかからないはずなんだがな?」


自覚はあるのだろう、そんなこと呟きながらも呼び出された場所へ到着すると……


「楠見さん! 我々の捜査じゃ、もう何も証拠がつかめないんです。でも我々の勘と経験から、あそこは絶対に過去に何者かによって壊滅させられた2つの犯罪者集団と関係があるはずなんですよ。どうか我々を助けると思ってTK清掃の伝手で、あの組織の内部調査をやってもらいたい!」


平身低頭、どっちが依頼主か分からなくなるくらいだ。

楠見にも、ようやく話が見えてきた。


「まあまあ、お顔を上げて下さい。そこまでしなくても、シンディケート興行のビルには我々の社員が定期清掃契約で入ってますので。でも社員に危害が及ぶことは無いんですよね?」


自分には危害が及んでもかまわないが、大事な社員にはかすり傷一つ負わせたくない。

楠見は、そういう部下の扱い方をする男だった。


中の様子と人数の大まかなところが分かるだけでも有難い! 

と、様子を探るだけという依頼を受けた楠見は、やはり自分でもリスクを受けようというのだろう、探索日には清掃メンバーとして入っていた。


「社長、大丈夫なんですか? ここのセキュリティは厳しいんですよ、ホント。入室と退出に人数の違いがあるだけでも警備がすっ飛んできますからね。ホント、何やってるところなんでしょ?」


まさか大犯罪組織の総元締めだとは言えず、楠見は苦笑する。


「まあ、大切なデータや貴重品を扱ってれば日常的にそうなるのは当たり前だ。他の会社のセキュリティが緩すぎなんだよ」


楠見は清掃員達を仕切るリーダー社員に向かって、そう諭す。

最高セキュリティが当然と思えば、それ以外は楽なんだよ、と。


「そんなもんですかね? まあ、ここ以外じゃ、ここまで厳しい会社はありませんけど」


君の勤めてる会社の社長邸は実はこんなもんじゃないけどな。

楠見は、そう言いかけて止める。

オーパーツに近い総合管理コンピュータなど、この星には不似合いなものが多すぎるんだよな、あそこ。


社長の現場周りの一環ですよと相手の総務部へ断りを入れて楠見は清掃員の仕事現場を回りながらも素早く建物と人員の観察をしていく。

今では脳開放が100%状態になっているのが通常なので、楠見は通常では見逃すだろう監視カメラの位置、各種センサーの設置場所や果ては犯罪者と通常社員の区別まで一瞬でやってのける。

後日提出された都市警察連合への報告書は数100Pにもなろうかという厚さ。


「大変に感謝するが、これほどのものは要求しなかったはずなんだが?」


建物の外観図から内部の抜け穴まで、びっしりと細かく書かれた報告書に依頼元も冷や汗が出る。

これがもし、ウチが対象になったら……


「いえいえ、通常の現場周りで気付いたことしか書いてませんので。でも、抜け穴と言うか何と言うか通常の廊下にまでダストシュートに見せかけた抜け穴があるのは普通じゃないですよね、あのビル」


さらっと重大な事を言いつつ、楠見は引きとめようとする警察幹部たちを押しとどめて、帰社する。


「さて、と。あの報告書から、あの巨大ビルが犯罪組織の重要拠点だということは簡単に判明するだろうが捜査令状は簡単には出ないだろうな……やっぱ、ここは俺が出て行くかね」


誰に聞かせるでもない、社長室での楠見の独り言から数日経った深夜……


「ふん、真夜中でも繁盛してますなぁ、真っ当じゃない売上で」


巨大ビルの前で、そう普通に言い放つ楠見。

その声を聞きつけて、こちらは警備の服とバッジはつけているが、どこからどう見ても、真っ当な人間の雰囲気は欠片も感じない数人の男たち。


「おう、うちの者ではなさそうな、ひょろっとしたお兄さん? いちゃもんつけるなら俺達の目の前ってのは、ちょっとばかしヤバイんじゃないかね? このままお家へ帰るんなら五体満足で帰してやるけれど?」


非常に丁寧に脅してくる強面サングラスの警備員。


「いーえいえ、お構いなく。聞こえるように言ってますんでね。それじゃ、いっちょ殲滅の舞とやらをご披露しましょうか?」


「あん? てめぇ、頭がおかしいのか? この人数で何が出来ると……」


「転身、Go!」


一瞬にして楠見の変身が完了する。

ちなみに現在はポリマー物質の鎧に覆われただけの基本形態。

くいくい、と片手でもって、かかってきなさい、とばかりに挑発する楠見。


「このやろー、驚かせやがって。ただ姿が変わっただけかよ。おう、やっちまえ!」


大勢に見える位置で変身したため、数人だった警備員が30名ほどに膨れ上がったが楠見にとっちゃ屁でもない。

あっという間に、その場に立っているのは楠見だけになる。

腰を抜かしたのか、あまりの事態に震えている警備員に裏の社長室の場所を聞き出し、楠見は、わざと入口のゲート部から入る。

監視されているのは事前に分かっているのだが急襲すれば逃げられるだけだと思ったのである。

相手の心までへし折るのなら正々堂々と正面から乗り込んで、たった独りに大組織が壊滅させられたというトラウマを刻み込ませる必要がある。

楠見の変身可能時間ぎりぎり35分でビルを出てきた楠見は、そこで変身を解除する。


「Go! 転身」


今でも裏の賭博場は煌々と明かりが灯っているが、その裏では関係者の気絶した体が、あちこちに転がっている。

明日の朝には都市警察連合の大掛かりな捜査の手が入るだろう。

そこで今日、心までへし折られた上層部の者達が、もしその誓いを裏切って捜査に抵抗しようものなら……


「今日の、この光景。いつでも再現できるんだぞ……より悲惨な光景も……お前たちが立派に更生するなら俺は二度と現れないが、そうでなければ死んでいたほうがマシだと思わせるくらいの光景は、いつでも見せてやるぞ……いつでも、な」


テレパシーを強めて威圧モードで心に刻みこんでやったので、あれはトラウマものだろう。

あれで再度、悪の道に戻るものがいたら、それはそれで精神力の強さに感心するが。

朝イチで捜査令状を取った都市警察連合が乗り込んだ時、幹部連中は揃って警官隊を迎えたという。

あの恐怖を再度味わうくらいなら刑務所の方がマシだと心底思ったのだと、澄んだ目の中に若干の恐怖の色をたたえて首領でもあった会長は、しみじみと語ったと伝えられる……


「やあ、今日の当番はエッタか、ご苦労様。え? アンドロイド3人衆は何か特別な実験と製作モードに入っちゃって工廠から出てきません? あいつら、俺がいないとき、そんなことやってたのか……まあ、いいや。休暇というか骨休めは順調だよ。久々の肉体労働の日々で精神的な疲労は吹っ飛ぶね」


楠見は後で3人衆に工廠での実験許可を与えたのを後悔することになるのだが、それはまた別の話……


犯罪集団の大きなものが3つほど強制解体(潰されたとも言う)されてから数ヶ月……

TK清掃(株)は、その活動幅を広げようとしていた。

今でも陸上の清掃活動でTK清掃が関わっていないものは、あり得ないとまで言われるほどに、この大都市を中心にして今では大陸じゅうに仕事の幅を広げていた。


「楠見社長、今回は、あなたがたTK清掃しかお持ちではない特殊な技術を使った特別な清掃活動をお願いしたいのですが」


話しているのは国家のお役人。

科学省の参事官というから、ずいぶんな格上の人間だろうが楠見に対して極端なほどに、へりくだっている。

その理由というのが……


「どうか、どうかTK清掃の特殊技術、放射能汚染物質の洗浄と無効化を仕事としてお受けいただきたいのです! この分野、我が科学省でも最新分野として力を入れているのですが全く研究が進んでいないんですよ。で、噂に聞くところ御社では既に放射能汚染物質の清浄化と無効化を実現しているとか。お教え下さいとまでは言いませんので、どうか、お仕事の依頼として受けてもらえませんでしょうか?!」


そこまでするか? 

と言われそうな土下座姿勢を取るお役人様。

ちなみに数ヶ月前まではTK清掃の営業が行っても、けんもほろろに玄関先で断られていたのだが。


「まあまあ、頭を上げて下さい。先週のメディアの取材で実用段階に入ったと報道された放射線と放射能無効化技術のことですね。お仕事としてなら喜んで、やらせていただきますよ」


楠見はニコニコ顔で答える。

あのメディア報道で実験室ではなく実際の小規模核施設の放射能除去と清浄化作業の実態を見せたところ、あわててすっ飛んできたのが、この参事官というわけだ。

引き合いとしては国内だけじゃなく現在数ヶ国の上層部から大規模な発注伺いが来ている。

でかいところだと数10年前に大規模な放射能漏洩爆発事故を起こした別大陸の国から。

その核発電所の事故現場を含む周囲500Kmの清浄化作業は可能か? 

という問い合わせがあったりする。

あまりに重要な技術ゆえ、うかつに受けると技術の外部流出に繋がりそうなので楠見も国外からの発注には注意しているが……

参事官とはデモンストレーションになるだろう、津波被害から数ヶ所の原発施設事故に至った原発銀座と言われた地域の大規模清掃活動を仕事として引き受けた。


「まあ、やることは簡単だけどな。放射性物質の分子だけを選択して吸収・エネルギー化して、それを資材に再物質化してやればいいだけだから……ただねぇ、この技術、この星で広めて良いものかねぇ……ん? いっそ、核の無効化までやっちまうかな?」


最後の一言が恐ろしい楠見の独り言だった……

数ヶ月後、大々的なデモンストレーションということで広大な敷地に残されている核発電施設の残骸跡地に来ている。

今現在、楠見を含むTK清掃の作業員数百名、メディア関係者数百名、政府関係者数百名の全員が防護服という恐ろしく動きの制限される、宇宙服の出来損ないのような物に包まれている。


「さあ、今から行われるのは前代未聞! あっという間に巨大企業になりましたTK清掃株式会社という一企業が独自に開発した放射能除去・清浄化技術という信じられないもののデモンストレーションだそうです! 今から、この放射能汚染で防護服でも一時間以内で退去しなければ危険と言われる地域の放射能除去作業と放射能の無効化作業が同時に行われるとのこと。全国民が見守るであろう驚愕の技術のお披露目です!」


メディア代表が煽ること煽ること。

政府代表どころか象徴でもある皇帝自身の列席、なおかつ挨拶までしていることでも、このデモンストレーションにかける期待のほどが分かるというものだ。


「では放射能除去・無効化装置を動作させます」


楠見のスタート合図により後に「コスミッククリーナー」と名づけられることになる装置の電源が入れられる。

その後は簡単にして順調。

広大なる汚染地域の半分以上が一時間もかからずに通常のガレキが積もった災害被害地域と化す。

後方に控える消防隊の一団は慎重に放射線計数機を現場にて使うが全くもって通常地域と変わらぬ線量に驚愕する。

結局、広大な汚染地域は半日もかからずに撤去作業可能なガレキが詰まった災害地域と化したのだった。


「楠見社長、凄い機械です! 一つ質問ですが燃料棒すら溶け落ちた重大な放射能汚染地域を、どうやったらここまで徹底的に無効化出来るんですか?」


メディア代表が勢い込んで聞いてくる。

楠見は静かに、こう答えた。


「これは核というものを人類に再度考えなおさせるチャンスになる技術です。核技術を否定はしませんが後始末の技術のない研究や開発は暴走するでしょ?」


曖昧な楠見の答えに、あるメディアは反発し、あるメディアは救世主だと持ち上げる。

海外でも、この生放送は見られていたらしく某国家からは、いくらでも良いので我が国に独占使用権を売って欲しいと要請が来る。

数日後には独占使用権の件は100ヶ国を越える数になっていた。

ちなみに楠見の回答は……


「国家を超えた技術を独占的に売買する事は出来ませんので悪しからず。ちなみに放射能除去・無効化装置は小型化して市販する予定ですので、それをお待ちください」


悔しがる国と、ほっとする国。

その裏で死の商人と呼ばれる武器の売買を行っている会社や個人はTK清掃に対して言いようのない憎しみを抱いていた。

理由? 

戦争が拡大しない最大の理由ができたからだ。

それと、もう1つ。

こんな装置が出来たなら、水や食料すら清浄化する装置まで出来るかも……

これは、いくつかの独裁国家には致命的な装置となりうる。

裏の世界ではTK清掃に対して諜報員と暗殺者を送り込むことに決定のサインがなされた……


衝撃の生放送でのデモンストレーションが全世界に放送されてから半年余り……

TK清掃株式会社の名前は急速にビッグネームと化し、その活動は、そろそろ海外支店を構えようとするところまで行った。

これで株屋や株主が儲けているかというと……

TK清掃は未だに株式公開をしていない。

まあ社長である楠見の財産消耗手段の1つとしての会社設立だったので株式公開などする必要もないし、そもそも資金が足りなくなることなど無い。

だいたい、開発室や研究所等の施設で使われている電力を始めとしたエネルギーそのものが自前で賄われているせいだ(これは社員には一部が自社の電力だとは説明されているが、まさか100%自社電力とは思考の外である)仕事の清掃が核汚染地域にまで及ぶため、その除去装置が電力発生・蓄積装置も兼ねているとは思いもしない社員達である。


「さて昨日の作業で得られたエネルギー量は……ほうほう、一週間の核施設清浄化作業で我社の基本電力消費一月分が……もう形だけの電力契約は不要かな? 総務に言って契約を取り消してもらおうか?」


総合管理コンピュータの結果表示に目をやった楠見は、そう呟く。

ダミーとして今まで無駄に消費していた電力エネルギーは総電力量の半分近くにも及ぶ。

他にも侵入者や近所を嗅ぎまわっている不審者の報告リストが、ずらーっと表示される。


「はぁ、まだ懲りないかね。この前100人以上の産業スパイと他国工作員の名前入りリストを都市警察に渡して大量の逮捕者と強制送還やったところじゃないか」


まあ、これは自業自得のところもある。

あまりの手際良さに工作員やスパイが無能と判断されただけで、こちらのほうが情報収集も行動力も上手だと理解してない上司や国家が多すぎる。

このところ、ぼつぼつ暗殺任務を与えられた者達もいるが楠見のテレパシー能力で事前に居場所も計画も判明してはいるので、そういうヤバイ方々は早目に無力化して更に精神にトラウマ残すくらいのショックを与えて警察に引き渡すようにしている(まあ遠距離からの狙撃、あるいは通り道に爆弾しかけるくらいしか楠見は殺傷不能となっているという事情もある。最初、楠見の散歩コースの至るところに時限・遠隔・自爆と爆弾殺傷法のオンパレードでやられたため都市警察がVIPを超える数の護衛をつけることになって、うかつに楠見には近寄れなくなった)

たまに昔懐かしい毒殺方法をとろうとして会社の近所にあるコーヒーショップを店の店長以下全てを入れ替えて楠見を待つという、とんでもない作戦をとった国家と、その諜報員達もいたが事前に楠見から警察へ報告が行き、その建物ごと包囲されて逮捕者10数名となったのは記憶に新しいところ。

某国家では真剣に楠見の頭上に核を落とそうと提案されたという。

まあ、それが無効化されてしまい、こちらの製品だと分かった時の報復が恐ろしいため、却下になったようだが。


「ウザいよねー、毎日毎日。我が身の安心のため、いっそ全ての核エネルギーを無効化するか?」


と、今現在、取締役会議で楠見が発言している。

役員の1人が発言を求め、


「社長、かまわないとは思いますが替りとなります発電システムは? 不安定とは言うものの核に頼る発電しかない国もあるわけですから」


楠見、顔色も変えずに、


「渉外部長の立場からすれば、そういう意見も出るだろうね。安心し給え、決断したからには核よりも安心で安全、クリーンな発電システムの供給を行う用意はある」


いつもは銀河規模の統治グループに渡しているデータチップのカスタム版を手に持ってヒラヒラさせる楠見。

この時点より、この星ではミサイルも含めた核エネルギーシステムは、もはや旧態依然の技術となる。

半年ぶりにメディアの前に姿を表す楠見の姿が数日後にあった。

メディアの担当者とインタビュアー達は今回の楠見の登場に何が起こるのだろうか? 何の発表があるのだろうか? と盛り上がるだけ盛り上がっている(前回の衝撃が大きかっただけに仕方がないとも言えるが)


「では、私が代表して楠見社長にインタビューさせていただきます。社長、今回の急な生インタビュー中継の目的は?」


メディアの代表となったアナウンサーが楠見に真意を問う。


「はい、これは密かに発表しても混乱を引き起こすだけですし、とかく物議を起こしやすいため、もう事前情報として全世界に公表しちゃえってことになりましたので……」


「はい、その大発表とは、どのようなものでしょうか?」


「これ、必ず全世界に向けて発表してくださいよ……今から24時間後、全ての核エネルギーシステムの無効化を行います。ミサイルから発電所まで、その用途と規模は問いませんので悪しからず。発電用においては、その代替用発電システムを無償でお貸ししますので我社までお申し出下さい。その用途によってはお断りするかもしれませんが融通はきかせますよ」


爆弾発言だった。

政府関係者からも相当数の問い合わせと代替用の発電システムの供給話があったが、社員には事前に通知しておいたため国内はザワザワしたくらいで収まる。

収まらないのは、その他の国だ。

核の傘とか核の抑止力とか嘘八百を並べ立て要は核の力で他国を脅して金を出させていた国(大国とも言う)たちの抗議と反論は激しかった。

今にもミサイルを撃つ! 

と豪語した国もあったが、そのようなこともすれば核無効化のタイムリミットが早まるだけだと他の国が寄ってたかって抑えつけた。


緊張に満ちた24時間が過ぎて……

各国で核エネルギーが使用不能になっていることが確認され今度は改めて、TK清掃という企業に対し核の代替エネルギーとなりうる発電システムの供給をお願いすることになる……

この時とばかりに小国では革命の火が燃え上がったが通常の火器は全て使えることが確認されていたため、革命が成功することは無かったという。

ちなみにTK清掃の供給した代替発電システムは核エネルギーよりも高効率で安心、それどころか物質のエネルギーの相互交換が可能という超技術でもあったため、各国は争うようにして新発電システムの導入を決めたという(さすがに初期発注分を超える数には対処しきれなかった楠見とTK清掃は理論と設計図を公開する。利用料はかかるが圧倒的に旧核エネルギーより安い為、次々と新しい、コンパクトにして大容量の発電システムが作られていった)


「あ、今回はライムだな。休暇は順調、トラブルも大したことなしでバカンスを過ごしてるよ。何と言っても星ひとつだからね。銀河規模とは差があるから楽だね、暇だけど」


己が何をやっているのか何をやったのかも気づいていない人間が、ここに1人……

核エネルギーの無効化が達成された星に次にもたらされるものは……

あの大騒動から数年経った。

楠見は今、大勢の新入社員たちを前に、こう話していた。


「あー、君たちは悪だろうとも、いっときは信念に従って行動した者達のはずだな。そういう、信念に基づいて行動する人間を私は歓迎する。信念なき正義より信念のある悪のほうが良いと思っているからだ」


聴衆が、ざわつく。

新入社員の入社式だというのに社長は何を言い出すのだろうか? 


「ああ、疑問が出るのは良いことだな。よろしい……今の発言の真意、お見せしよう」


下手を示す楠見。

そこから、かのヒーローに退治されたはずの3つの犯罪集団の首領達が姿を表す。

元の組織の首領達は都市警察に逮捕されて監獄送りになったはずなのに何故? 


「はいそこ、色々と言いたいこと恨みつらみとか不満とかもあるんでしょうが今は黙ってくれないかな。この3人、君たちのリーダー格として働いてもらうこととなったからね」


ここで、時間を数ヶ月ほど戻す。

楠見は政府関係者と都市警察の上層部の者達と秘密裏に会合を持っていた。


「……ということで今までの犯罪者集団、丸っとウチの会社でお引き受けしたいんですが、いかがでしょう? 大量の囚人たちがいても、その管理や食事で大変でしょ? ウチなら働き手が足りなくて困ってるんで、そのまま社会的なボランティアにもなれるように教育しますよ」


警察関係は難色を示したが政府関係者は喜んだ。

あまりの大量犯罪者ゆえ扱いにも収容にも難点がいくつもあったからだ。


「よろしい、では、そちらの企業に集団ごとお渡ししましょう。社会教育すらやってもらえるなら、こちらとしては異存ありませんから。で、どの犯罪者集団がお望みですか?」


3つの大集団があるので、どちらを欲しがるか……

しかし、それは大した問題じゃない、とばかりに楠見が、


「全てです。3つの犯罪者集団、全て丸ごと、首領も含めて組織ごとリクルートですよ」


開いた口が塞がらないという実物が見られた。

少々日数はかかったが、これで総数2000人を超える大量の社員がTK清掃株式会社に新たに入ることとなった。

下っ端は普通に働くところが出来て喜んでいるものが多い。

問題は幹部や首領達。

なぜ自分たちまで一企業に入社することになったのか、わけがわからない。

幹部以上の者達を集めて社長との懇談会があるということで詳細な説明を聞かせてもらえると思ったのは間違いないだろう。


「さて、ここにいる者達には、この度の大量入社のわけを話しておこうと思ってね。ぶっちゃけるとガッチガチの正義の味方よりも一度敗北を知った悪の組織の方が柔軟だからだ」


はい? 

説明されたが、何のことか理解不能の皆様。

楠見はプロジェクターを用意させてから再び説明に移る。


「言葉で言っても分からないだろうから映像も含める。つまりは元・悪の組織のメンバーたちを使って、この星の精神的な成熟をはかろうという計画だ」


言葉なし。

プロジェクターが光りだし、映像が表示される。


「これを見てもらうと理解できると思う。この星の人間たちの精神は未熟の一言に尽きる。これを、できるなら他の星の生命体との交流にも耐えうるものにしてやりたい」


女性の元首領、跳蜥蜴が発言。


「楠見社長、一つ疑問が。あなた、普通に他の星の生命体と言ってますが私達に他の星へ行くようなロケットは無いんですけど?」


そう、この星では、まだまだロケット技術が最先端であり、もうすぐ至近にある衛星へロケットを使って人間を送り込む計画が成立するはずなのだ。

そんな時に、ごく当然のように他の星の生命体との交流が可能になるような精神にしたい、などと言うのは夢想家以外の何者でもない……


「あ、そんなことか。うん、この星の人間なら、そう思うよね。でも私、いや、俺は、この星の人間じゃない」


悪の組織の者なら一度は夢に見る、異星の侵略者の尖兵としての働き。

しかし楠見社長には異星の侵略者としての信念もなければ、そもそも侵略の意図すら見られないのだが? 


「冗談は止そうや楠見社長。我々を拾ってくれたことは感謝するが、あまりに荒唐無稽な話には、ついていけない」


最初に壊滅させられた組織の元首領が言う。


「うーん……信じてくれないか。じゃあ、こいつは?」


楠見が取り出したのは犯罪者なら見忘れたこともないだろうヘルメット。


「転身、Go!」


一瞬にして楠見の身体が特殊スーツに覆われる。

顔色を変える元の幹部と首領達。

自分たちを、たった1人で壊滅させた者が目の前に居る特に目立つこともない、のほほんとした人間だったとは! 


「わ、分かった。たった今、理解した。あんたの、いや、楠見社長の言葉を信じよう」


最後に壊滅させられたので、いまだ恐怖が残っている元首領が声を震わせながら宣言する。


「ありがとう。それじゃ、各々、新しい名前をあげよう。今までは首領で済んでたんだろうが、3人もいたら迷うだろうから」


跳蜥蜴はマーゴ、最初に壊滅させられてしまった組織のヘッドはオヤッキー、最後はコンドナーと名付けられる。

ブーブーと文句が出たが、


「仮の名だよ、仮の名。影の命令者は俺になるんで、本名が特定されないほうが良いだろ?」


一言で沈黙させられてしまう。


「でね、君らが中心になってやるプロジェクトというのが……」


プロジェクターで説明と共に映像が表示され、


「ねえ、影の社長。これって完全にマッチポンプだよねぇ?」


マーゴの意見。


「ああ、そうだ。君らと幹部達が主力となって、この星にある各国の反体制組織を全て吸収合併させちまうってプランだよ」


「で? 吸収合併したあとは、どうするんですか? 厄介者の集まりにしかなりませんけれど?」


オヤッキーの言葉、意外と分析上手である。


「その点は心配いらない。俺の持つ宇宙船設計図でもって最大直径500mの球形船が作れるんで……」


「ほう、その球形船で、この星系の別の星へ移住、あるいは、船をベースにスペースコロニーを! こりゃ、行けそうですな。詐欺みたいな移民計画ですけど」


コンドナーは理解が早い。

見た目は脳筋タイプだが。


「同じ種族でも住む星が違えば異星人だろう。これで自分たちと違った星や宇宙に棲む生命体があるんだと理解できれば徐々に自分たちの精神の未熟さも自覚すると思うんだが……」


「影の社長の前だけど、これだけは言えると思うんだけど。精神的な成熟なんて、それこそ数百年単位の話さね。おだてりゃ付け上がり、叱れば泣く、殺せばその後化けて出るとか……」


おいおいマーゴさん。そりゃ昔のじょせ……

うぉっほん! 


「構わんよ、そのくらいかかっても。精神が成熟しなきゃ、この星に銀河へ出る道は決して開けないからね」


楠見は言い切るが、ここへは骨休め、休暇で来てるはず。

そこまで面倒見られないはずなんだけど? 


組織の中核を担った者達が現場に戻ったのだ、行動は速かった。

あっという間に国内外の反政府組織と、それを援助する団体や個人は裏のTK清掃株式会社へと吸収されていった。

最終的に吸収を断った組織は片手に余るくらいの数となり、裏のTK清掃の方が表のTK清掃よりも大きくなってしまった。


「どうだ? 移民予定者達の様子と、その意気は?」


楠見は3人組に向けて質問する。


「国に迫害されてた奴らばっかりだからかねぇ、他の星への移民となるか、それとも大型宇宙船を基本としたスペースコロニーとなるか、どっちかだって提案したら、ほとんどの奴が賛成したのよ、どっちでもいいから、こんな星を出たいって。宗教的な組織だけだったわよ、こちらの話に乗らなかったのは」


予想されていた回答だったが楠見はもう少しだけ3人組に頑張って貰うことに決めた。


「おおむね良好だったようだね、あとは宗教組織だけか……君たちには期待してるからね、あと少し頑張ってくれないか」


「裏の社長、人使いが荒いんだから、全く……まあでも、表でも公開してない情報と、とどめの宇宙船までくれたんだから、もう少しだけ頑張ってみますわよ。感触的には組織のトップだけが意固地になって吸収を拒んでるだけなんで崩すのは比較的簡単かと……」


「おおいに期待している。報酬は、いつもの通り。君たちだけ特別だぞ」


アラサー! ホイサー! ドッコイサー! と、どこかで聞いたような答礼を行う3人組。

数週間後、成功したとの報告がもたらされたのは言うまでもない(宗教組織のヘッドがどうなったか? それは言わないほうが良いだろう……一言だけ言うと宗教は山ほどの金額には勝てなかったということらしい)

宇宙船の建造は人知れぬ砂漠のド真ん中で行われたとのことで、噂を聞きつけたマスコミのトップ屋達が息も絶え絶えになりながらも工廠に到着した時には、もう大型宇宙船は完成して発進した後……

トップ屋の面々は見事に跡形もなく破壊された工廠跡を見回して、確かに何かを建造していたらしいとの確証と、その現場の写真・動画を撮ることは出来たが、それ以上のことは何も出来なかった。

それゆえメディアニュースで取り上げられた時にも一種の都市伝説のような扱いになったことは楠見の予定通りとは言え、何とも言えないマスゴミの関心の低さを表した。

まあ、発進時にロケット推進のような轟音や白煙を引くこともないフィールドエンジンで、ごくわずかな振動のみで発進も加速も行える想像もつかない新型宇宙船だったため、この宇宙船が発進する姿を見ても目の錯覚と感じる人間も多かったとのこと(この星の時代ゆえ天体望遠鏡で夜空を眺める人間は多かったが、そこに大型宇宙船が見えたとしても一瞬のことなので目の錯覚となる)


この時よりTK清掃は馬鹿げた黒字企業より転落、大きな赤字企業となった。

社員達の多くは企業の業績が赤字に転落した事を不審に思ったが給与も待遇も変化しなかったため、徐々に社内は沈静化していった。

ただし重役会議の様相は全く異なる。


「社長! 前年度まで、あれほどの高成長、高利益体質だった我社が、なぜに一気に赤字に転落するんですか?! 理由を説明して下さい!」


清掃部長、古参ではあるが裏の仕事も説明されていない表の代表のような人物が糾弾している。

自分のところでは未だに高収益が続いているのに連結決算での赤字転落が信じられないのだろう。


「まあ落ち着いてくれ、清掃部長。君のところの部門には感謝している、しかし、この赤字は今後絶対に必要な投資だと思ってくれ。それも、かなりの成功率と収益が短期で見込める物件だ」


楠見は、それ以上の説明はしなかった。

まさかスペースコロニーや他の星のテラフォーミング(地球以外の星でテラフォーミングというのが適切かどうか迷うが)が、今この時に実施されているとは思いもしない部長たちである。

ちなみに常務以上の立場の人間には、このプロジェクトの詳細説明は事前に行われていた(極秘会議だから、それ以下の立場に有る者には口外禁止)

部課長達は所属の最高部門長達が沈黙しているのを不思議に思いながらも、その立場からも追求するしか無かった。


宇宙船団は2つに分けられ、テラフォーミング実施組とスペースコロニー作成組の集団が宇宙へ出たあと、さっそく行動開始する。

ただし、何もない集団ではない。

高機能・大馬力のパワードスーツと電力供給用の発電システムを兼ねた高耐久の宇宙布(もともと宇宙ヨット用。それを汎用化したもので高効率で太陽光を電力へ変える)それに加えて宇宙でも惑星上でも使える土木機械まであるとあっては、どちらの計画も失敗するほうがおかしい。


あっという間の数年後、大規模なスペースコロニーとハビタブルゾーンの端にある惑星のテラフォーミングに半ば成功して半地下都市が出来るまでになった星には、それぞれ数万人の人口がいた(半数近くは乳幼児と子供。元の迫害されていた境遇からは信じられないほどの高待遇なので子供も作りたい放題だったり……孤児も吸収対象になっていたのは言うまでもないが)

自立の道が開けた事で、それぞれの都市から数年前に住んでいた星への通信が入る。


「未だ自分の星すら統一できない無能な統治者達の住む星へ、一言ごあいさつまで。我々は、その星を見捨て、別の惑星、はたまた宇宙空間へと居住場所を移した。今は迫害されることもなく自らの力で開拓していく喜びに満ちながら毎日を過ごしている。君たちは、いつまで互いの争いを止めぬのか?」


まあ、えらく上から目線だが、これも楠見の提案。

自分たちよりも恵まれた環境ではないが少なくとも平和という点では自分たちより上という他の種族が宇宙に居るという事実を突きつけて有象無象の集団に刺激を与えてやれという事だ。

この、宇宙からの通信は、この星以外に生命体などいないと思っていた人間たちに大きな衝撃をもたらした。

そして一部の者には宇宙からの侵略者のイメージも……


異星人(移民であろうとも、異星に住むもの)からの通信は充分な外圧となった。

その星の内部的な争いは影を潜め、ようやく星の一致団結と代表政府を作ろうという流れになる。

なにしろ未だに大気圏を脱するロケットさえも満足に打ち上げられない技術段階の国ばかりの星。

今の科学技術で異星からの侵略など受けようものなら抵抗らしい抵抗も出来ずに侵略軍を受け入れることになってしまう。

それだけは意地でも避けたいと思う人が多かった。


「つきましては……ですな。御社の会社製品を宇宙船に応用することが可能かどうか教えてもらえないだろうか?」


ここは急遽立ち上げられることとなった統一政府(仮)の庁舎の大会議室。

そこには大国と言われている国家の代表者たちや大使、はたまた情報省や科学部門長官らが大勢、顔を揃えていた。

そこに唯一、国家代表ではない人間が。

そう、今やグローバル企業となったコングロマリット(様々な業務に対応する部門を持つ総合企業)化した感のあるTK清掃株式会社代表取締役、楠見だ。

異星からの通信に対し今までの科学技術では航空機に対して竹槍で対抗するようなものだと、ようやく気付いた各国政府代表者達が、オーバーテクノロジーと言えばTK清掃だろうと(間違ってはいない)統一政府宇宙軍構想の実現のため楠見を呼んで説明を受けているところだ。


「質問の意味が分かりませんが答えならイエスです。質量とエネルギーの相互変換炉ですから、これを宇宙船のエネルギーとする改修作業は比較的簡単に出来るでしょう」


おおお! 

希望していた回答が得られたことで一縷の望みが繋がった。

各国政府から歓声が上がるのも当然だろう。

後は武装の問題だが……

ここで厄介な問題が持ち上がることとなる。


「で、御社の改修型エネルギー炉をロケットエンジンとして使った場合、武装として使用できるものがあるでしょうか?」


統一政府代表(仮)の質問に対する楠見の回答は、


「うーん……あれを使う場合、バリアフィールドが発生しますので……防御は完璧なんですけどね」


「なぜでしょう? 防御が完璧なら攻撃は無敵なものになりませんか?」


楠見の回答に満足しない、いや、おかしな言い方に疑問を持った質問担当が、さらに聞く。


「いえ、あのエネルギー炉ですが副次的に発生するバリアフィールドは、ご存知のようにガンマ線すら通しません。それで予想は可能かと思いますが武装を使用するということは、その時間だけバリアを切る、つまりはエンジンを停止するということでして……」


おや? 

と思われた方もいると思うがガルガンチュアの防御・攻撃システムにバリアフィールドの存在を気にするものはない。

瞬間的にバリアフィールドの一部に穴を開けて攻撃を通しているので、そういう事を意識しなくても良いのだが、この星に超高性能な判断力を持つコンピュータシステムなど……楠見の自宅にあるものを除けば……存在しない。


そういう理由(まあ、バリアフィールドに瞬間的に穴を開けるテクノロジーはエンジンとは全く違う、もっと別系統のものだったりするのだが)で制御的にも技術的にも、この星のテクノロジーには届かないので無理。

さすがに楠見としても新しいエネルギー炉の理論と技術情報提供はしたが、それ以上を要求されても精神的な成熟も達成してない文明に渡すわけにはいかない。

ロケット技術までの宇宙船しか造れない星ではフィールドエンジンなどの新しすぎる理論など提示されても作れるものではない(移民たちの宇宙船は基本的なものをガルガンチュアから持ってきたので簡単な工廠で組み立てが可能だった)

よって、せっかくの新型エンジンも、その性能を充分に発揮できるフィールド航法ではないロケット宇宙船のエンジンとしての使い方しか出来ない中途半端なものとなった。

数年経過して新しいエンジンを積んだロケット宇宙船の第一号が完成した。

燃料の問題も制御の問題もロケット船として高度な段階でクリアしている第一号宇宙ロケットは発射から数日も経たないうちに衛星、月へ到着する。

大衆は他の星への第一歩だと大騒ぎして喜んだが統一政府(仮ではない真正統一政府)の関係者は、ようやく宇宙軍の設立へ一歩踏み出しただけだと分かっていたため、喜びよりも焦りのほうが大きかったという。

ここで、もう当事者というより関係者、いや宇宙軍計画には欠かせなくなっている人材というべきか、の楠見本人から、とんでもない発言が飛び出すこととなる。


「あと一年で私は事業も、自分が関わっているプロジェクトも全てから手を引きたいと考えています」


会社内部では、うすうす噂として流しておいたため混乱は少なかったが問題は政府の宇宙軍プロジェクト。

さあ、これから宇宙からの脅威に対抗する防衛軍を結成するために新型ロケットを量産体制に移行しようとしていたため、肝心要の重要情報の塊、楠見が抜けてしまうと大変なこととなる。

宇宙軍プロジェクトに関わっている関係者は全て楠見の引き止めに回った。

それに加えて都市警察機構から発展した国際警察機構も楠見の情報網を頼りにしていたため、引き止めの側に立つ。

楠見は、ここまで発展させた星を見捨てるのだろうか? 

それとも最後まで付き合うのだろうか……

すったもんだの論議があったが宇宙軍の武装は無し、ということになった。

軍という名が付いているのに武装がないのは見かけ倒れではないか? 

との意見には、


「バリアフィールドを全力展開すれば、ほとんどの敵武装はバリアを貫けません。お疑いなら実験してみます?」


という楠見の回答で武器不要の根拠確認実験が行われた……


「いや、発言を撤回する。核ミサイルすらバリアフィールドを抜けないとは、これは鉄壁だな」


とは実験後の担当者の言葉である。

まあ楠見の感覚としては、こんな初歩的バリアフィールドなんか多数の銀河で簡単に貫ける武器がありますよと言いたいところだが、それは我慢。

宇宙軍の防衛艦隊(実際のところ武装が皆無なので本当の意味で「防衛」しか出来ない艦隊)は100隻ほど完成した段階で惑星防衛に専念することになり、防衛軍結成と、その任務に当たることとなる。

まあ任務と言っても偵察と防御のみなので作戦というものすら無いのが現実。

しかし現在のところ絶対的な盾の存在は人民を安心させることに役だった。


「まあ、このくらいで良いかな? あとは時間が解決してくれるだろう……」


楠見は、そう呟くと、この星での休暇を終わらせることにした。

まずは予想以上に大きくなりすぎたTK清掃株式会社の引き継ぎだ。

取締役全てに正体を明かしていたわけではないので、そのへんは曖昧にしつつ、後任に後を任せて引退すると公言する。

まあ、このへんは以前から噂として流してあったので、そうそう大混乱にはならずに、ちょっとした混乱と騒動を引き起こしただけで決着する。

大変なのは実は会社ではない。

楠見自身が関わっていた(関わらざるを得なかった)惑星政府と、その対極にある宇宙移民たちの政府の統括である。

宇宙移民たちの方は比較的スムースに事が運んだ。

自分たちが使っている宇宙船や器材が、あまりに進んだ技術の賜物なんだと実感しているため、自分の正体を明かすだけで納得してくれたものが多かったからだ(あまりに自分達の科学技術とかけ離れた船と器材のため、うすうすは楠見の正体に気付いていたようである)

厄介だったのは惑星政府。

宇宙艦隊の結成すらも楠見に頼っていたところがあったため、

引退などされたら困る! 

と、あの手この手での引き止めが始まった。

情に訴えたり、特別法で楠見のみ定年を無くしてやるとか言ってみたり、色や金で……

まあ、どれも効果が無かったので無駄だったが。

ちなみに宇宙移民達はリーダートリオに後の統治を任せている。

元が悪なら悪くなった元凶も分かっているだろうから、より良い統治を出来るだろ? 

という楠見の一言で宇宙移民達は元の故郷惑星とは違った政府体系と繁栄を続けていくこととなった。


ちなみに彼らが選んだ統治形態は元老院制。

皇帝や大統領などに権力を集中すること無く、それでもできるだけ早く意見の集中をするために、元老院制に各自が持っている通信装置に改良を加えた、即時の直接選挙制度の合体制である。

ある程度までは元老院で意見を出し尽くし、最終決定は民衆の直接意思(通信機による選択)にするというもの。

楠見も後から聞いて面白そうだなと意見を言ったりした。


惑星政府は? 

楠見の引退が正式決定だと分かると、なんとか技術資産を政府のものとするためにTK清掃からヘッドハンティングを行おうとした。

まあ労働条件がTK清掃の方が良いため引きぬかれたものは少数だったが、その少数が惑星政府に、より進んだ技術をもたらす。

その行き着く先は? 

こればかりは神でない身の楠見には見通せない。

とりあえずの星が破滅に向かうゴールだけは回避したが歴史が少しでも狂えば星の1つや2つ、すぐに破滅する。

若い宇宙文明のこれからを期待しつつ楠見は静かに全ての事業から手を引き、豪邸も引きはらい(地下のメインシステムはスリープ状態とし、もし惑星が危機的状況になったら起動して生き残りを救助、指導しつつ新たな文明を成立させよと命令しておく。もし順調に宇宙文明が発達して跳躍航法まで使えるような成熟した文明になったならメインシステムの蓄えている情報を全て開示するようにとも。どちらになってもメインシステムが起動するには最低でも数十年以上はかかりそうだ)楠見は誰にも知られずに都市を出て、自分の乗ってきたガルガンチュア搭載艇にたどり着く。

そこは未開地域のジャングルのど真ん中。

とても人間が踏み込めそうもない鬱蒼とした熱帯森林地帯に半分以上埋まっている建造物のように偽装されていた宇宙艇は楠見の個人認証により起動し、地中より浮かび上がる。


「短い間だったけど休暇は楽しかったよ。まあ、この星に戻ることはないと思うけどね」


そう、楠見には、まだ見ぬ銀河が、トラブルが待っている。

数十年の休暇など、それに比べて短い短い。


「さーて、と。ガルガンチュアへ戻って次の銀河へ向かうぞ! トラブルが俺を待っているんだ!」


楠見は宇宙へ戻っていく……