第四章 銀河団を越えるトラブルバスターの章

第三十六話 郷、登場

 稲葉小僧

あー、疲れたなぁ……

そう思いながら私は夜道を独り、とぼとぼと歩いていた。


「うわ、眩しい!」


それが私の生涯最後の言葉となった……

私に向かってきたダンプカーを運転してた奴は、そう思っただろう。


「おかしいな……死体どころか血も飛び散っていない……ぶつかっている感触はあったんで絶対に跳ね飛ばしたはずなんだが……」


運転手が200mばかり離れたところから私の死体を確認するために戻ってきた。

やっぱり「組織」の人間か、あるいは雇われた刺客ってところだろう。


「きょきょろして、何を探しているんだ? ひき逃げ犯くん。それとも「組織」の一員かな?」


ぎょっとして私を見つめる、その目には驚きしか無い。

ああ、こいつは「組織」のメンバーじゃない。

雇われた刺客、殺し屋、そんな類の人間だ。


「て、てめー、たしかに跳ね飛ばしたはず! な、なんでピンピンしてるんだ? 鉄の塊のダンプに跳ねられたんだぞ?!」


こいつ普通の人間だな、私は確認した。

人間がトラックやダンプカーに跳ねられて生きているなどという事実が信じられないのは普通の人間の証拠だ。


「五体満足、とは、さすがにいかなかったがね。まあしかし、今にも治りそうだよ、この複雑骨折した腕も足も」


シュウシュウと音を立てて、血は流れていないがあらぬ方向へ曲がっていたはずの腕と足が、みるみる元に戻っていく光景は我ながら現実とは思えないなぁ……


「あ、あの話は本当だったんだな。殺しても殺しても、首を斬ろうがバラバラにしようが、みるみるうちに元に戻って生き返る、それこそ死神に嫌われてる奴がいるってのは、お前のことだったのか!」


何とか正気を保とうと、あえて喋り続けてる男を無視するかのように私は帰り道を歩き出す。

「組織」のメンバーでない限り私に対してダメージを与えることなど不可能だ。

安い金で雇われたのだろうが、あまりに高いターゲットだったな、殺し屋さん。

最後のひと押し、私は男の脳細胞にちょっとしたダメージを与えてやる。

喋り続けてる男の目に、もう正常な思考判断ができるような光など残っていなかった。

相手が目の前から消えて30分以上、あまりに非現実な事実を見た男は支離滅裂な言葉を発し続けていた……

安アパートに戻った私は、この部屋で過ごす最後の夜になるだろうと気が付き、溜息をつく。


「はぁ、しかし今回は上手く隠れられた方か。5年近く暮らせたものな……明朝には、ここも引き払う事になるか……」


部屋の中に思念波を送り、荒らされもしていなければ家探しに入った形跡も無いと確信すると、ようやく鍵を開けて、狭いながらも5年間暮らした部屋に入る。

結構、今の仕事、気に入ってたんだけどなぁ。

まあ、こんな追われ続けの生活してりゃ1つところに住まいなど無い暮らしになるのは当然。

私は明日になったら会社へ送る退職届をさっさと書いて封筒へ入れると部屋を引き払うために管理会社へ連絡する。

急なことなので前払金で残っている数ヶ月分の部屋代は返さなくて良いと言ったら担当者が生真面目な奴らしく、


「そうは行きません。うちはマジメ一本で信用を築いてきた会社です。では営業所へ朝イチで来ていただけば残りの前払い金をお返ししますので」


と言って無理やり営業所へ来るようにと諭された。

些細な金額ではあるが現金が必要な私にはありがたい話だ。

営業所そのものに迷惑がかからないことを祈るだけ。

その後は、ちょこちょこっと身の回りのものを整理するだけでアタッシュケースとトラベルケース一個に全て収納されてしまい、部屋には生活臭すらしなくなる。

私のような生活してると身の回りにたくさんのものを買うことなど出来ない。

こうやって突然に部屋を引き払う羽目になったことなど、過去にいくらでもある。

私は薄い毛布だけを身体に巻いて、その夜は寝た。


早朝からやってる定食屋に入り、朝から焼肉定食大盛りを注文して無理矢理にエネルギー補充をする。

早急に、この町を出なきゃいけないんだが、さて次はどこへ行こうか? 

焦る心とは別に、何か良いことが起きそうな予感がしていたのも事実。

まあ、何とかなるさとポジティブに考えて管理会社の営業所へ少し早目に到着する。

担当者から事情を聞いていたらしく早出の出勤をしていた社員に声をかけると、私の身分証を確認後、残金の入った現金封筒を渡してくれる。

こういう管理会社の物件に次も入居できたらと思いますよと本音を言うと、いやー、普通のことを普通にやってるだけですよと照れながら、ではまたご縁がありますようにと五円玉の入ったポチ袋を渡してくる。

互いに笑顔で別れたが、ああいう会社が、もっと伸びてくれるように祈るだけだ。

私は、とりあえず一番早い列車で、できるだけ移動し、その後は地方空港から海外へと飛ぶことにする。

可能なら、それこそ別の星へでも行きたいところなんだが、この星は、まだまだ、そんな宇宙へ自由に生ける文明までには至っていない。


ああ、この逃げ続ける運命、どうにかならないものなのだろうか……

私は久々に神という存在に対し毒づくことにする。

何で私のような生命存在を創りだしたんだ?! 

言うだけ言ったら、すっきりした。

さて、発車ベルが鳴ってる。

乗り込もう……


私は最北の地へ向けた一番列車に揺られていた……

次は、どこへ行こうか? 

私の考えることは、それしかない。

特急列車なんだが私は途中下車のつもりでいる。

追跡者がいるようなら、それで撒きたいと思っているからだ。

無人駅に近い駅で下りて、そこからバスで空港近くまで行き、そして飛行機で外国へ。

国外へ出ても、首都や大都市だと「組織」に嗅ぎつけられる可能性が高いため、なるべくなら過疎地へ行く予定。

できれば無人小屋でもあれば最適だ。

そこでなら追跡者を迎え撃つ事も可能になるだろう。

少し眠ろう……

この頃、仕事が忙しすぎて睡眠時間が少なかったのが原因だろうが猛烈な眠気に襲われた。

これには抵抗する気もなく思念波で警戒ブロックを構成してから眠る……


「すいません、相席、よろしいですか?」


はっとして目覚める。

相手は私よりも年上の男性。

思わず日常の癖で相手の思考を読む……

強烈なブロックに阻まれる。

「組織」のメンバーではない、そんなレベルではない。

私のレベルをも上回る、超絶的な力の持ち主だ。


「瞬時に、そこまで判断しますか。さすが独りで十数年もの期間「組織」と戦ってきた人だけのことはある」


相手の言葉で、とてもじゃないが私が敵う相手じゃない事が分かる。

私は相手のブロックを抜けられないのに相手は易々と私のブロックを抜けて思考を読んだという事だ。


「あなたは一体、何者? 「組織」のトップクラスといえども、あなたほどの力は持っていないはずです。とはいえ、あなたからは邪悪な意図は全く感じられない。私が「組織」にいて強化を受けている時にも、あなたほどの存在の話は聞いたことがない」


「組織」にも正体が分からない相手など孤立無援の私に分かるはずがない。

男は微笑を浮かべると訥々と話を始めた。


「私は、この星の生まれじゃありません。それどころか、この銀河、いえ、銀河団の生まれでもない。遙か遠い別の銀河団にある銀河系の太陽系、そこにある地球という星で生まれたもので、クスミと言います。私は数億年前に銀河系に生まれた「始祖」と呼ばれる種族の血が、遥かな時間を隔てて蘇った先祖返りの超能力者という事になりますね。使える力はテレパシーとサイコキネシスになりますが、テレパシーは10万光年以上、サイコキネシスは、この星を粉々に砕くくらいには成長しました」


うん、理解した。

生きる最終兵器みたいな人だな。


「一応、理解はしましたが……そんな、神に近い力を持った人が何で私のような中途半端な超能力者に興味を持ったんですか? 私は「組織」に捕まって生体実験の材料となり、運良く成功して命は取り留めたものの「組織」の予想を超えて強力な再生能力が芽生えてしまい、脳手術された部分まで再生してしまって正気を取り戻して……「組織」を抜けだしたのは良かったのですが、それからというもの追手や刺客に怯える毎日を送っているんですよ?」


一度口に出すと、それまで抑えてきた感情が溢れだしてしまい、一気にクスミ氏に向けて愚痴というか自分の不幸を曝け出す格好になってしまった。

まあ後悔はしていない。

神に近い力を持つ存在の前では私ごときは懺悔することしかできない。


「苦労してますな、やはり。どうでしょうか、こちらから提案があるのですが?」


クスミ氏からの提案? 


「もう、逃げ続けるのも疲れました。「組織」と全面対決しようにも、あっちは社会構造や経済にまで深い根を下ろしているため、たった独りじゃ喧嘩にもなりませんからね」


正直な気持ちを吐露する。


「今の情勢では、そんなところでしょうね。どうでしょう、この星を出て別の星へ行きませんか?」


行けるものなら行きたい。

けれど……


「宇宙へ出る方法も手段もないんですよ、この星には」


そう言うと、クスミ氏は微笑から笑顔になる。


「そんなこと心配してたんですか。安心して下さい、宇宙へなんて一瞬ですよ。オーケー、プロフェッサー。近距離転送頼む、お客さん付きだ」


そうクスミ氏が言うと途端に周りの風景が変わった。

列車内が、どこのSF映画だ? とでも言いたくなる標準的な(あくまでSF映画の世界だ)宇宙船内部の風景になる。

あまりの驚きに言葉が出ない私にクスミ氏が語りかける。


「ようこそ、ガルガンチュア搭載艇へ。ここは惑星の周回軌道上だから「組織」がいくら優秀とは言え、君を追跡するのは不可能だ」


自分の運命もSF映画のようだと思ったことはあるが、これは別次元だな……

私は、そんなことを思いながらも、あまりに衝撃的な事が続けざまに起きたため、言葉も忘れて、ただ眼下に広がる星の光景を見つめていた……

しばらく宇宙の風景を驚き呆れて見続けていたが私はクスミ氏に、とある提案をすることにした。


「どうでしょう? この船を使って「組織」を壊滅させられる……ところまではいかないでしょうが少なくとも「組織」に酷い目に遭わされている人たちを救うことは出来ませんか?」


するとクスミ氏は難しい表情をする。


「やろうと思えば簡単ですが……君の話と、そして搭載艇が、この星のメディアから総合した事を考え合わせると相当に実現は難しいかなと……」


ここまで力を持っていて? 


「それは何か実行できない理由が?」


この質問にクスミ氏は、こう答える。


「「組織」が君の星の社会構成に、がっちりと食い込みすぎている。「組織」を叩き潰すのは簡単だが、それをやると君の星の社会構成そのものが崩れるぞ。多分だが政治の世界にも「組織」が食いこんでいるはずだ。そこまで社会と一体化したものを叩き潰すのは難しい……構成員と一般人の違いが分からない」


淡い希望が打ち砕かれる。

クスミ氏は私に、こう語りかける。


「なあ「組織」だって悪いことばかりじゃないだろう。例えば君の星には絶対的な貧困層がいないようだな。普通の星なら貧困にあえいで、その日の食べ物にも困る人たちが大勢いたりするが君の星は、そうじゃない。多分だが「組織」が絶対的な大金持ちを誕生させないようにして、その分を貧困層の救済に使っていると思われる。中途半端な組織じゃない大きすぎることは「組織」が絶対的な悪にはなりきれないことを意味するんだ。君だって元々は原因不明の難病治療の目的で入院してたのを途中で「組織」の研究施設に転院……と言うか何と言うか……になったんで誘拐とかじゃないだろう?」


まあ、それはそうだ。

ただ「組織」の目的は……


「彼らの主たる目的は、この星の住民を高度のエスパーにし、さらに脳手術でエスパー兵士と化すことですよ。いくら何でも、そんなことは認められませんよ!」


そう言うとクスミ氏は頷き、こう提案してくる。


「じゃあ、どうだろうか? 君のESP能力を限界まで引き出してあげよう。ある程度の自己防衛装備もあげよう。ああ、こんな言い方はまだるっこしいな、元に戻そう。ただし俺とガルガンチュアの介入はしない。どちらにつこうが、それを決めた途端に相手の運命が決まるから」


あまりに強力な力は使いどころが難しいということか。


「分かりました、それで結構です。私個人の力で、やれるだけやってみたいんで見ててくれるだけで良いです」


私も決心する。

その後、搭載艇からガルガンチュア本体に移動する事になり……


「えーと……ミスタークスミ。私の目がおかしくなってるんでしょうか? どうみても小惑星というよりは、小さな惑星か、はたまた大きな衛星か、と思われるような巨大な物体が2つ巨大な円筒で繋がれてる……そんな非現実的な光景が見えるんですけれど……目というよりは頭がおかしくなったかな?」


私には、この光景が現実だとは絶対に思えない。

これを肯定したら今までの自分の経験が塵芥のように思えそうだ。


「いい加減に現実を認識しないとダメだよ、郷君」


あ、忘れていた。

私の名前は郷剛(ごうたけし)という。

クスミ氏はそういうが、どう見ても現実とは思えない光景だ。


「まあ、慣れるしか無いかもな。これからしばらく、君は、この宇宙船で暮らすことになる。安心してくれ、居住環境は快適だぞ」


微惑星とも言える巨大な宇宙船が居住可能だなんて、どこの誰が考えだした? 

完全に神様のいたずらのような宇宙船だ。

私が巨大だと思っていた搭載艇(直径500m)はガルガンチュアの胴体にカパッと開いた出入口から悠々と中に入っていった。

後でクスミ氏に長さが20km近い宇宙船があった場合、どうするんですかと聞いたら、こともなげに、


「その場合、球体の下に大規模宇宙船専用の入出口がある。ちょうど口が開くように飲み込むんだな」


との答えが返ってきた。

もう、これは超巨大宇宙空母じゃないか? 


それから私の力を伸ばし、更に強くするための訓練と教育が始まった……

と言うわけで今、私は妙な機械に入れられている真っ最中……


「妙な機械とは心外な。こいつは教育機械と言って知識を叩きこむマシンだ。まずは君の身体、特に自分の能力の大半を担う脳の機能と働き、そして君の力の詳細を知らなきゃ引き出すものも引き出せないだろ? こいつで君の能力を隅々まで精査し、それから、どう鍛えるかを決めるわけだ」


己を知り敵を知れば百戦危うからず、という奴ですか。

まあ今までは自分の能力がどういうものか深く知らないで戦ってた(と言うか逃げ回ってたというか)からなぁ……

とりあえず「組織」から逃げおおせている現在、腰を落ち着けて自分の力について知るのも無駄にならないだろう。

数日間、私は教育機械とやらに縛り付けられるようにしてデータを採られた。

次は睡眠状態で教育機械にかかり、自分の力の詳細な事を知る。


「ほほぅ、君の力ってのは異色だね。まずは再生能力。こりゃ凄いな、プラナリアの数百倍の再生能力とは。どんな傷も、それこそ即死でなきゃ脳挫傷すら再生するわけか。後はテレパシーは……まあ通常レベル……とは言っても、いわゆる瞬間催眠が使えるくらいのレベルにはあるわけだ。こいつは伸びそうだね。後は……サイコキネシスもあるけれど、あまり伸びに期待は出来ないのか。最高到達レベルにしても10階建てのビルを粉々にする程度ではな」


あのー、クスミ氏? 

私は、あなたのような神に近いレベルのエスパーになるつもりもなきゃ、そんな力を望んでもいないんですが? 

だいたい、自分の星を粉々にしちゃったら私自身はどこに行けばいいんですか?! 

ビルを砕くなんてのも緊急時ですよ、そこまでの力、要りません! 


「そうか? ESPなんてのは、もともと緊急時の力だぞ? 火事場の馬鹿力みたく、必要とされる可能性があるなら、どこまでも強い力は必要だと思うけど」


いやいやいや。

ただの人間……

とは言えないかも知れませんが、私も。

それでも神の如き力までは求めてません。

ただ「組織」と互角に戦えるだけの力があれば充分なんですってば! 


「まあ、そんな謙遜せずに。こちらでやれるだけの事は、やってあげる。後は自己防衛装備だけど実は俺の個人的ガジェットにロボット組が強い関心を示してね。その研究開発の過程で面白いものができたんで、それを君用にカスタムして進呈しよう。ESPだけではない物理的な強さも必要になるだろうから」


私は、その贈り物に感謝した……

後で、とんでもないものだと気付いた時には遅かったが……

私のESP強化プログラムが始まって数週間……

ずいぶんと私の力も強化されたと実感が湧いてくる。

ただし座学である教育機械に入っている時には良いんだが実地訓練になると……


「はい、回避と対処が遅いですね、ゴウさん。もっと精神を集中させながらも、まんべんなく周囲を警戒できるようにならないといけません。エスパーの欠点は集中力が強すぎて、一点だけの警戒や防御に特化してしまうことです。ですから、この訓練室に入ってるわけですが……」


プロフェッサーと呼ばれるロボットが私に語りかける。

しかし今の私に、それに答える余裕など無い。

私が放り込まれた訓練室には上下左右に数百もの小さな穴があり、そこから小さいけれど硬質のゴム弾が撃ち出されてくる。

もちろん事前にどこから出てくるかなどの情報は一切なし。

最初は速度も威力も小さくて、視覚で確認後、それらのゴム弾をサイコキネシスで止めたり軌道を曲げたりしていたんだが、段々と間隔も速度も速くなり今ではサイコキネシスを勘で働かせて回避したりしている。

ただ回避しきれずに身体に当たると、これが結構痛い。

だから今は身体の周りに薄くサイコキネシスの膜を張るように展開し、それに引っかかったものを自動的に停止や軌道曲げするよう意識と超能力の使い方を工夫してレベルアップしている真っ最中。


「よっ! はっ! なんと! ……いてっ! いた、いたい! 集中切れた、いたたたた! プロフェッサー! ちょっと休憩させて!」


「了解です。前回の訓練より約8%ばかり有効打撃が減ってますね。最初から比べると相当にサイコキネシスの力も使い方のほうもレベルが上がってますよ」


プロフェッサーは、そう言ってくれるけれど、この頃は頭打ちになってる感が強い……


「まあ、ある程度レベルが上がったら、そこで停滞するのは仕方ないさ。続けていれば、いつかは壁も壊せるものだよ、郷君」


クスミ氏は、そう言ってくれるが自分が納得できないんだから仕方がない。

こういう時にはESPじゃなくて格闘訓練だ。

ESPを使わない純粋な格闘なら、こんな事を考えなくてすむ。


「それじゃ、私の出番ですね、キャプテン」


あ……

ライムさんが担当か、今日は……

今日は厄日ですか。


「何を言っているんですか? 男は敷居を跨げば七人の敵あり、そんな気弱じゃ「組織」に対抗なんて無理ですよ」


あ、いえ、聞かれてたのか。

私は格闘訓練そのものは好きなんだが、どうにもこうにもライムさんだけは苦手だ。

別に女性だからということで苦手ということじゃないぞ。

純粋にライムさんが格闘に関しては別次元の強さだということだ。

どういうことかって言うと……


「はい、まだまだスピードとタイミングが遅いです。さっさと後ろを取って、そして……投げる!」


この投げが致命的! 

投げられた瞬間、受け身も取れないスピードと角度で私はマットに伸びている。


「私の種族に伝えられている独特の投げ技です。この世には存在しない角度に向けて投げるのですが、これが決まると相手は何も出来ずにマットに沈みます。これが地面だったら? あるいは硬い道路だったら? そういう必殺技ですから、これを身に付ければ、あなたは無敵ですよ」


とはいえ一朝一夕で身につく技ではないと言う話。

ちなみに、あのクスミ氏も、この技は百発百中ではなく二回に一回は失敗するとのこと。

私に覚えられるのだろうか……


基礎訓練が終了したというプロフェッサーの宣言を受けて訓練が更に厳しくなる。

こ、これって、もしかして特訓とかシゴキとか言いませんか?! 

今、私は小型搭載艇の中。

その小型搭載艇は今にも小惑星との衝突コースにある。


「いえ、冷静に判断して今のゴウさんなら可能と判断してます。回避行動が取れずに衝突しても再生能力で何とかなるでしょ?」


鬼! 

悪魔! 

血も涙もないのかぁ! 


「私はロボット生命体、人造人間ですからして」


元々血も涙も無いってかぁ! 

ちっくしょー! 

やってやらぁ! 

火事場の馬鹿力、とっさの全力サイコキネシスだぁ! 

止まれ! 

曲がれ! 

こーんちくしょーっ! 


「お見事です。数cmのギリギリですが見事に回避しました。ゴウさんの瞬間的なサイコキネシス能力は我が主の全力1%くらいにまで上がりましたね。後は、この力を緊急時に発揮するだけではなく通常時にも使えるようにしなければ」


あ、あのねぇ……

こっちは脳の血管が切れそうなくらいの全力だったと言うのに……

ぜぇ、ぜぇ……

しばらく休ませて……

もうだめ……

その後、私が意識を取り戻したのは3時間後。

確かに、このガルガンチュアでならESP訓練も最適・最短スケジュールで伸びるだけ伸ばせそうなんだが、この訓練スケジュールは「組織」のレベルを超えてるわ。

ESP訓練が終わったら次は肉体酷使。

格闘訓練からガルガンチュア内にある負荷訓練室でのトレーニングとか様々な器具やら機器やらを使う。


「郷君、次はこっちか。今日は重力5Gほどで行こうかね? 俺も今日は付き合うよ、トレーニング」


ありがたいんですが今日は5G?! 

どこの超サ○ヤ人のトレーニングですか? 

とは言え、これが私に最適な負荷だと分かってるんでクスミ氏と同じトレーニングを行おうと……


「あー、俺と同じ重量トレーニングは止めておいた方が……」


え? 

何でです? 

あなたがやれるなら私だって……

はい? 

何で持ち上がらないんだ? 

重量設定……

200kg! ? 

重力5Gだから、これ実質1tでしょ? 

なんで持ち上げられるんですか! 

あんた人間じゃねぇ! 


「いや、タイミングと慣れと肉体制御レベルの問題だよ。脳のリミッターを、その瞬間だけ外せば筋肉や骨に支障はない形で人間は1tくらいの重量は持ち上げられるんだ」


いやいやいや、それは理論上の問題でしょうが! 

しかし理論を実現してる人が目の前にいるんだから……

私は素直に10kg負荷から始める……

最終的に100kgまで行けた。

これには自分でもビックリ! 


「日々の訓練で脳だけじゃなくて肉体も最適化されてるんだ。自分でも気づかないうちに敏捷性や器用さなんかも上がってると思うぞ、郷君」


へぇ、そんなもんなんでしょうかね、自分では気づかないんですけれど。

しかし、この効果は数日後に格闘訓練で自覚できるようになる。


「素早くなったわね、ゴウさん。10回に1回は後ろを取られるようになってきたわ。普通の人間相手だったら目が追いつかないくらいの身体能力よ」


いや、そう言いながらもライムさんの4次元バックドロップ(投げ技の名称が無いという事で私が名付けさせてもらった。3次元にあり得ない角度に向けて投げるという事で安易ではあるが4次元とつける)で私はマットに叩きつけられている真っ最中だったりするんだが……

まあ、ようやく自分が食らった技が、どういうものかが体感できるようになってきたのは進歩なんだろうな。

とまぁ、こんな日常で訓練漬けの私は自分でも気づかぬうちに、とてつもないレベルにまで力が伸びていることまでは気づかなかった。

と言うか日常的になってたから気にも留めなかったという事かも知れないが。

クスミ氏がオートバイ用のヘルメットみたいな物体(よく似てるが少し違うな。どっちかというと戦国時代の兜をヘルメット化したら、こんな風になるかも知れないというようなデザインだ)を持ってきてコトッと船室のテーブル上に置く。


「さて、君の力がどれだけ伸びたか確認だ。こいつを持ってみてくれ」


ちょいと重そうにに見えるけどヘルメットでしょ? 

持ち上げられないはずが……

はい?! 

いくら力入れてもビクともしないんですけれど?! 


「まあ、それが普通だ。そいつの重さは1t超える。普通に持ち上げるだけじゃ絶対に無理だよ」


でも、あなた今、普通に持ってましたよね、クスミ氏! ? 

どうやったら、そんなマジックじみたことが可能に? 


「肉体の力じゃないサイコキネシスだよ。ヘルメットに沿わせるような形で、ゆるりと手の動きに合わせるんだ」


手の動きに合わせると言っても……

む、難しいな、これは。


「そいつが次のサイコキネシス訓練のメニューね。最大パワーと最小パワーの間を自由自在にコントロールできるようにならなきゃ、それこそ動く破壊兵器になりかねんから」


む、難しい……

無意識にMAXで動かそうとするサイコキネシスを肉体の力と同調させるのが、こんなに難しいとは……

私は集中と制御に脂汗流しながらも、この訓練に挑んで行くのだった……

訓練開始から約半年が過ぎた……

ここまで来ると自分の能力全般が伸びているのが実感できる。


「まあ、さすがに傍で見てても初期の頃とは違いますね。サイコキネシスもテレパシーも通常のエスパーの次元じゃありません。コントロールの訓練してたから良いようなものの、それがなければ間違いなく、歩く破壊兵器ですよ」


プロフェッサーは、そんなことを平気で言う。

私のサイコキネシスは通常の最低出力から最大出力まで自由自在に使いこなせるようになった。

これで遠くにある鉄の塊でも紙コップでも同じようにサイコキネシスで扱うことが出来る……

ここまで来るのに、どれだけかかったやら。

ヘルメットガジェットを普通に持ち上げて下ろす……

それだけのことで数ヶ月もかかってしまったが、それだけのリターンはあったということだ。


「さて、郷君。ようやく訓練過程の卒業だ。これから君を元の星に戻すんだが……その前に約束してた個人的な防衛装備だけどね、こいつだ」


クスミ氏が差し出してきたのは、ちょいと変わったデザインのボールペンあるいはサインペン、万年筆という物に見えるが……

これが防衛装備? 


「こいつはね、通常は筆記用具として使うんだが……この部分を押すと……」


小さな針のような物が飛び出る。

何かの薬ですか? 

それにしては防衛装備というには……

どっちかというと麻酔薬のような? 


「違う違う、こいつ、この注射針で注入されるのが君専用の防衛装備だ。こいつはナノマシンが詰まったものでね……」


要は私の体に合わせた液体状のナノマシンということなんだそうだ。

これが体内に入ると1秒もかからずに皮膚が鋼鉄よりも強く、硬くなる。

つまりは自分の身体そのものが鉄の鎧と化すわけだ。

巨大化する? 

と聞いたら、


「それは無理。やろうと思えば可能だけど時間がかかりすぎて巨大化してる最中に攻撃受けてやられちゃうよ」


ということで大きさは変わらないらしい。

ヘルメットや手袋なんてガジェットも考えたんだそうだが普通の生活してるサラリーマンが会議中にヘルメット被ったり革手袋しちゃ変でしょ? 

という事で、こういう形になったそうだ。

私は、ありがたく贈り物を受け取ることにする。

帰りも来たのと同じく近距離転送で見知らぬ街に瞬時に到着。

さて、これからは、また一人の生活と「組織」との戦いが始まるわけだ。

ただし手は出さないけれど監視・観察はするよとのことで、その点は安心だが。

数日後、今までの職業とは違うがガテン系の職には就けた。

ガルガンチュアの訓練場で鍛えられたからか、どこの職場へ行こうが重宝される。


「いや、痩せてると思ったが意外に力持ちだね。今日も、100Kg近い荷物や工具を普通に両手に持って運んでただろ? 以前は格闘技か何かの選手だったのかい?」


と、興味深そうに聞いてくる先輩もいて、そういう場合は、

はい、フリースタイルのレスリングと柔道を少し。

と答えるようにしてた。

まあ、得意技が投げ技だけに間違ってはいないよな。

新しい職を得てから一ヶ月も経っただろうか……

今日も建設現場で高層階へと荷物を運び入れていると、


「うわーっ! 高所作業車が傾いた! あぶなーい! 倒れるぞ!」


すぐに12階の作業場から1階の作業現場へ飛び降りる! 

そして……


「あ、あんた……その高所作業車が、どれだけの重さがあるか知ってるのか?! 4tだぞ。そ、それを軽く片手で支えて……な、何者?! いや、人間か?」


やっちまったか……

つい、ガルガンチュアで訓練してた頃の癖が出てしまう。

12階から降ってきた人間についても向こうの方でえらい噂になっているようだし……

これも潮時かな? 

数日後、退職届を持って課長のデスクへ行く。

人間離れした体力と運動能力を見せただけに同じフロアの人たちから怯えの視線を感じる。

こいつだけは慣れない……

私は彼らを守りたいだけだったんだ。

課長のデスク前まで行き、退職届を無言で差し出す。

課長は何か言いたそうだったが口が開く前に私は、その場を後にする。

孤独に去ろうとしていたんだが思いもかけない人物に会う。


「あの作業車に乗ってました! ありがとうございます、あなたに救われて今も命があります! 会社を辞めるあなたに何もできない自分が情けないですが最後に一言だけ、お礼が言いたくて待ってました! ありがとうございます、ありがとうございます!」


私は少しだけ笑って彼に片手を振った。

いいんだ、これでいいんだ。

人間を超える力を持つものには孤独が似合いだ。

ただ感謝してくれる人がいると分かるだけで、これからも「組織」と戦えるだろう……

ちなみに、あの高所作業車が事故った原因は車軸がボロボロに崩れたからだった……

あんなことが出来るのは「組織」の構成員、それも戦闘用エスパーより上の者だけだ。

これからも私は、あいつらと影で戦わねば……


新しい職についた。

以前の職場とは違う、今度は頭脳労働の方だ。

ガルガンチュアで鍛えられたからか、かなり頭脳の働きも効率化されていて(あの教育機械か? 原因は)新しい未経験の仕事だったが、すんなりと仕事にも入れる。


「やあ、おはよう、郷君。君、このところ残業続きのようだが体調は大丈夫かね? 月末にはプロジェクトの追い込み仕上げがあるんで今から無理して体調崩すと大変だぞ?」


課長は朝の挨拶と同時に忠告してくれるが……

大丈夫ですよ課長、少々の徹夜くらいで崩れるような体調管理はしてませんので。

と返答。


「まあ、まだ若いから何とかなるだろうが、もう少し年取ると徹夜が響くんだよねぇ……無理が効かないのは寂しいが私が倒れたら管理職で現場を仕切る人間がいなくなっちゃうからねぇ」


課長は現場を大きな目で見てくれれば大丈夫ですよ、現場仕事と納期管理は我々のほうでやりますから。

私がそう言うと課長は、


「うんうん、途中入社でも良い人材が入ってきてくれて助かるよ」


と呟きながら席へ戻っていく。

ここは小さいけれど業界に名を知られた制作スタジオだ。

まだオリジナルを作るところまでは行かないけれど他のスタジオや制作会社で納期が間に合わないとなると緊急発注で30分ものの発注がかかったりする。

何の制作会社だって? 

ほら、あれだよ、あれ。

我が国が世界に誇る文化というか何と言うか……

まあ一種の文化なんだろうけど……

小説や漫画などを原作に、そいつを映像化しようとする仕事だよ(まあ、大昔のように手工業みたいな大人数は不要になって久しい。今は確固たるイメージさえあれば一本や二本くらいは簡単に作ることが出来るようになった)


「郷さん、いつものように、お願いします」


スタジオからの呼び出しだ。

え? 

私が何をやってるかって? 

キャラクターの固定化作業だよ。

まあ、ちょっと分かりにくいだろうけれど。


「メインの男の子と女の子、イメージください……はい結構です。いやー、いつもながらの鮮明さ! 郷さんいないと、もう現場が進まないです!」


私が何やってるのか、まだ分からないって? 

制作に一番大事なキャラクターの2Dイメージや3Dイメージを確定して、そいつを現場で使えるようにするって仕事さ。

昔はキャラクターデザインとか専門の人がいたらしいが、今は、そんなあやふやなイメージじゃ現場がまごつくだけ。

リアルなCGキャラクターが必要ならば、それに適合した人物や架空の生物を鮮明にイメージして提示してやり、2Dならリアルから崩してカワイイ物にするってイメージ力が必要とされる。

今の仕事に就くには、こんな裏話がある。

前の職場を辞めても貯めてた金があったんで、そいつでたまの贅沢とばかりに居酒屋で飲んでたら隣の席で話し声が聞こえたんだな、これが。


「かちょー、うちの作品が評判悪いのは全てキャラクターのイメージ固定が下手な人ばっかりだからです! 制作の現場は腕のいい奴ばっかしなんですが、どいつもこいつもオリジナルキャラクターや、そのデフォルメとなると全くダメ! どっか良い人、いませんかねー? このままじゃジリ貧ですよー?」


これを聞いて興味が湧いた私は、その現場を見学させてもらった。

イメージ出し、というらしいが、それは制作現場を知らないほうが良いらしいので私に、


「ちょっとやってみますか? これは適性というか生まれつきの能力というか、ともかく意外な人が上手かったりするんですよ」


そう言われて、そのイメージ化を行うためのツール……

まあ、いわゆるヘルメットなんだが、細かい配線が蜘蛛の巣のように張り巡らされてる……

を被る。


「じゃあ、郷さん、でしたっけ? この絵のキャラクターをイメージしてみてください……はいOK。次は、それを漫画みたいな2Dキャラクターへ……はいOK」


次々と示されるキャラクター人形やら絵やらを頭の中で人物化したり漫画化したりしていくと、何やら周りが……


「おい、これって……」


「すっげぇ! こんなの初めて見る!」


「この人、天才じゃないか? どこの人材? え? 居酒屋でたまたま会った? うっそだろー! こんなの大手が放っておかないぞ、普通!」


しまいにゃ私の周りを全社員が取り囲み、極度に興奮した目で見つめてくる。

あれ? 

今、午前様ですよ? 

なんで会社に、こんなに人がいるわけ? 


「ああ、すいません。普通じゃないですよね、こんな時間に、こんな大勢の人がいる会社なんて。うち、映像制作の会社です。でも肝心要のイメージ出しの人がいないので、いっつも制作が遅れるんですよ。郷さん、あんなに正確で素晴らしいイメージが出せるのは天才としか言いようがありません! うちに来てください!」


これを叫んだのが、その会社の社長だったんで即入社ってことになり履歴書なんて後でいいから今から働いて! 

と懇願されて今に至る……

ここ、私の職場としては理想的だった…

外へ出る機会は極小で仕事は楽(完全な頭脳労働だけにボロを出す恐れもない)給与はデカイ(能力給なんで、やればやるほど貰える)……

いくら「組織」が優秀だろうとも会社ビルから出ない人物までは追跡できないだろうと思ってた……

あの事件が起きるまでは……

それは仕事に慣れてきて新しい作品を提案するようなことも出来るようになった頃……


「では、その新作のテーマとかを教えてくれるかな、郷君」


あ、はい。

メインテーマは、宇宙は平和と安全が第一! 

宇宙を平和にする存在の物語ってことですね。


「スペースオペラ? それなら銀河を股にかけて戦い合う勢力とかの数百年に渡る物語の一節を切り取る……なんてのが既にありますけど」


いえいえ、それは覇権争いでしょ? 

この物語は、それとは全く違うコンセプトです。

銀河どころか、その銀河を普通に星々を渡るように渡り、それどころか銀河団すら、ちょいと遠くへ旅行ってな感じで渡っちゃう、そんな存在、というか宇宙船とクルーの物語です。


「1つの銀河に拘らず次々と銀河を渡るってのは良いね。で、その目的は?」


はい、その訪れた銀河を平和にしてやる、ただそれだけ。

ついでに新しい宇宙船や救助艇のアイデアも教えてやり、それが達成されると、そこを去っていく。


「ちょっと待った。そこを去る? 巨大な名声や褒章、幾多の星系で訪問してくれって懇願されるだろ?」


いえ、名声は求めません。

目的が達成されれば、そこを去ります。

名声も何も求めるものはありません……

いや? 

求めるものはあるかな? 

全宇宙を平和で安全に暮らせるようにするって願いです。


「それはまた……もう何かの英雄物語か、あるいは伝説か? ってなくらい壮大だね。1クールじゃ物語の大まかな説明すら無理になるんじゃないのか?」


はい、壮大なる物語になると思います。

げんに……

いえ、その宇宙船とクルーは、もう数千年以上も生きてるって事になりますね。


「1年や2年で描ききれる物語じゃないな、そりゃ……惜しいけれど、そんな超大作は、こんな小さな制作会社じゃ無理だね」


そうですか……

エピソードは数えきれないほどあるんですけれど。


「一つ一つのエピソードを描くだけで1クールくらい使いそうだな、そりゃ。しかし、神の如き存在の話なのに宇宙船とはリアルなものが登場するんだな、郷君」


はい、神なんて不確かなものじゃなくて実在の生命存在が神にできることなら俺にも出来るって事を証明するようなストーリーですからね。

できるだけリアルに近づけたいんです。


「面白そうではあるな。パイロット版、作ってみるか?」


実験フィルムのような物になるだろうが短編で10分位のものを作ってみるという事になった……

まあ、そんな事は置いていて……


「おい、ニュースで特殊撮影ドラマの撮影特集でもやってるのか? 変な映像が流れてるぞ」


という社長の声で会議中の全員が何事かと会議室から出てモニターを見ると……

アナウンサーが必死で喋ってる。


「皆さん、これは特殊撮影の映像でもなきゃドラマの宣伝映像でもありません! これは今、この現場で起きている事実の映像です! 繰り返します、これは作り物の映像ではなく事実です!」


カメラが写している映像とは……

高層ビルが次々とガレキのように崩れていくものだった。


「これはリアルなのです! そして、このビル群を崩壊させているものとは……私も自分の目が信じられませんが、あれ……いえ、もう断定しましょう! あの人物です! 高台から何かを放つような仕草をする度にビルがひび割れ、崩れていくのです! 彼の所属する組織から数日前に、この地でデモンストレーションを行うと連絡が各局にあったのですが信じない局が多かったようで、今日この地に来ているカメラクルーは、うちらの局のみ。しかし我々は幸運にも当たりくじを引きました! この光景が、この廃ビルが立ち並ぶ再開発予定地区であり崩れていくビルに居住者がいないことだけが幸いでしょう!」


私には、すぐに分かった。

とうとう、エスパー兵士の力を高める実験が成功したのか。

今までの成功例は私以外は低レベルのESP能力しか発揮できない者達ばかりだった。

しかし前回のガテン系会社の事故でも車のメインシャフトという本来なら劣化しても折れることなどないものだったな。

「組織」は、ついにエスパー兵士の量産化に乗り出すことにしたようで今回と前回の事は、その実験を兼ねたデモンストレーションだったということか。


「社長! ちょっと知り合いの家がヤバイようなので出てきます! 3時間もかからずに戻れると思いますので今日のイメージ出しは、ちょいと開始時間を遅らせてください!」


そう言うと私は返事を待たずに会社を飛び出す。

いかんいかん、また最上階から飛び降りるところだった。

冷静になれ、自分。

エレベータを使うんだ……


もどかしいほどに時間がかかる(と思ったが実は数分で30階を降りる)エレベータが一階についてドアが開くと同時に私は飛び出していた。

裏道を時速にして50kmほどの速度で走る(これでも半分以下に抑えてるんだ。全力を出してしまうと怪我人が出てしまう)

あのテレビカメラに映っていた場所は、この近く。

とはいえ10Km無いくらいには離れているんだが。

繁華街から裏道を通り、あまり人通りのない裏通りへ出る。

そこで使うかどうか迷っていたものを使う……

胸にさしていたペンを抜き、隠しボタンを押すと小さな針が飛び出る。

行くぞ、皮膚硬化! 

あっという間に鋼鉄の皮膚をまとった私は、その作用のおかげで顔すらマスクを被ったようになり正体不明の人物となる。

今からはESPも本当の力も全開だ! 

ガルガンチュアにて鍛えられた私の本当の意味での「組織」との戦いが今、始まる……

皮膚硬化の為の僅かな時間が終わると、そこには赤銅色の異形が立っていた。

それは例えて言うなら、とある国の車用車輪のメーカーキャラクターのような、それとも、とある特殊撮影ドラマの招来変身とやらをする前段階の姿のような……

そんな、人にあらずして人と言えるような、おかしな姿の存在が立っていた。

と、その姿が一瞬にして消え去る。

違う、消えたのではない、あまりに速い動きで走りだしたために視覚認識が追いつかないのだ。

その赤銅色の異形は数分後に約10km弱のビル崩壊現場に立っていた。

顔の皮膚すら硬化したため、もはや口も動かず、喋る言葉はない。


〈「組織」のエスパー兵士よ! 私が来たからには、もはや「組織」の野望など露と消える。覚悟しろ!〉


テレパシーの雄叫びが辺りにいる者達に響き渡る。

すぐに異分子の登場に気付いたのは、そこで生中継を行っていたメディアクルーたち。


「なんということでしょうか、私の頭の中に声が響き渡りました。しかしカメラに音声は記録されておりません。これは恐らくテレパシーでしょう。私はエスパーではありませんので、このテレパシーを出した者、あるいは、そういう強力なテレパシーを持った存在がいるという事です。あそこでビルを破壊している者でないのは確実ですね。あそこの高台でビルを破壊している人物からは今までこんなテレパシーは発信されておりませんので」


破壊サイキッカーも、このテレパシーには驚いたようで、


「む? 誰だ?! こんな強力なテレパシーを扱えるエスパー兵士は今までいると聞かされていないぞ……いや、開発段階での唯一の成功者、「組織」を抜けだした裏切り者の話があったな……お前が、その脱走者か?!」


破壊サイキッカーは振り向きざまに強力な破壊用サイコキネシスを発して、そのテレパシーの発信源と思われる地点に爆発とも思える土煙を上げる。


〈はっはっは、遅い遅い。お前の破壊用サイコキネシスなど余裕で躱せる。破壊力だけあっても、のろますぎて相手にならん!〉


「何だと?! うぬ、動きが速すぎて捉えられん。下級兵士共! ヤツを捕らえろ、いや、数秒だけ動きを止めろ! 俺の目に捉える事ができればバラバラにしてくれる」


バラバラと、そこかしこに隠れていたのだろう雑魚、いや下級兵士が団体で現れる。

赤銅色の異形の存在と化した郷は、わざと動きを遅くし下級兵士とのバトルに移行する。


「キィッ!」

「キィ!」

「キキッ!」


などと言葉の語彙すら制限されている下級兵士たちは、それでも通常人の数倍の体力と速度で郷に襲いかかる! 

しかし体力も運動神経・反射神経すら超絶的レベルになった郷の敵には、なり得ない。

一体あたり数秒の秒殺で30名ほどもいた「組織」の下級兵士たちは全て無力化されてしまう。


〈さて、次はお前だ、破壊サイキッカー!〉


「裏切り者の失敗作が! しかし止まったのが失敗だ。喰らえ!」


目に見えぬ超絶的な破壊力を持つサイコキネシスが郷に襲いかかる! 

しかし……


「な、なぜお前は消し飛ばない? もうすでに10回は辺りが消し飛ぶだけの破壊サイコキネシスエネルギーを使っているんだぞ。どうしてお前は、貴様は無事なのだ?!」


〈ふっふっふ……どうして私が無事かと問うか。貴様が全エネルギーをぶつけているのは感覚で分かるぞ。しかしな、私が同量で位相を逆にしたサイキックエネルギーをぶつけているから相殺しているのだ。つまりは無効化しているという事〉


「な、何だと?! 相殺しているなら、もっとサイキックエネルギーを強くしてやる……どうだ! これが俺の最高限度のサイコキネシスだ! 1つの町くらい軽く塵と化す……何だとぉ?!」


空気すら沸騰しそうなくらいにエネルギー密度が高いその場に郷は平気な顔(顔色も分からないが)をして立っている。

表情も読めないが、その顔には笑いが浮かんでいた。


〈実用になったとはいっても、しょせん「組織」の成果など、こんなものか。これでは俺の敵にもならない。殺しはしないが、お前は二度と破壊的サイコキネシスが使えないようになるだろう……サイキックエネルギー反転! 吸収モード!」


「うっ?! 何の小細工だ? こんなことをやろうとも俺のサイキックエネルギーは無限……う、うわぁぁあぁぁ……」


〈瞬間的にお前の全てのサイキックエネルギーを吸い取らせてもらった。数週間ほどは体を動かすのもツライだろうが、それが消えれば普通の生活はおくれるようになる。二度とサイコキネシスは使えないがな〉


一気に老けこんだように見えるエスパー兵士を横目で見ながら郷はゆっくりと、その場を離れていく。

逃した者がいないかどうか、そして、この戦いを観察している者に見せつけるように……


「マスター、郷さん初戦は余裕でしたね」


「そうだな。このまま郷君には幹部が出るまで戦ってもらおう。俺達が出るのは、最高幹部と、その上にいる闇のボスの登場時だ。この物件、トラブルが深刻だなぁ……」


郷は戦いが終了した後、さっさと仕事に戻った。

あまりに速い速度で走ったため現場で撮影していたメディアクルーのカメラにすら捉えきれず何処へ消えたのかとアナウンサーが歓喜の絶叫をしていた。


「あの人間……と言えるのかどうかも分かりません……とりあえず、その名を「ザ・シャクドウ(赤銅)マン」と名付けることにしたいと思います。彼……かどうかも分かりません……が喋ることが出来るのかどうかも現在では分かりません。何も分からないままですが、たった1つだけ我々に分かっている事があります。それは、かの存在、ザ・シャクドウマンが少なくとも、あの破壊的なエスパー達の集団と敵対しているのだと言うことです。我々は、これからもザ・シャクドウマンを追ってレポートしていきたいと思います。喜ぶべきなのか悲しむべきなのかは分かりませんが「組織」からの予告状が、また届いているそうですので、これからも我々は現場へ突撃したいと思います!」


実況していたアナウンサーの声を聞いたかどうか? 

郷はイメージ出しの仕事をこなしながら、それからも次々と「組織」のエスパー兵士たちと戦っていくのだった。


「郷君、この頃はリアルの方が制作会社を追い越しているみたいだねー、いや、まいったよ」


営業の係長が、そう愚痴ってくる。


「はい? どうしました? ファンタジー世界が急に現実化したとか言う話は聞きませんが?」


郷は唐突に話をふられて、とまどう。


「いやね、新しい企画を10本ばかり揃えて、大きな制作会社やメディア局へ売り込みに行ったんだよ、まあ、普通の営業ルートさ。そしたらさぁ、どこでも言われるんだよねぇ……今、現実にいるザ・シャクドウマンの戦いを中継してる映像のほうが、よほど特殊撮影に見えちゃって特殊撮影ドラマなんて受けないんだよねぇ……なんて言われちゃうんだ。この前作った、君の提案したスペースオペラのパイロットフィルムのほうに食いつきが大きいんだから嫌になっちゃうよなー」


その話を聞いて、さすがの郷も気恥ずかしくなる。

とりあえず、そんな話はお茶を濁すことにして新しい企画について営業や制作班の意見を聞いて回ることにする。

日常と戦いの二足の草鞋を履く生活をしている郷、しかしガルガンチュアでの特訓(イジメ? シゴキ? カワイガリ? なにそれ)が功を奏して体力も精神力も絶好調! 

まあ、これには理由があり教育機械での座学の時間に、つい興味が出てきてしまった楠見が自分がプロフェッサーから受けた超天才化教育を郷に施したのが原因。

銀河どころか銀河団すら異にする生命体(見た目は同じ)なのに、こんな知識や技術まで地球人と同じ物が通用するなどというのは普通なら考えられない……

楠見はプロフェッサーと、こんな会話を交わしていた。


「どう思う? いくら類似進化論が通用するとは言っても、こんな類似は、もう同族と言えるほどだろう? これを、どう説明する? プロフェッサー」


「我が主、これを説明するのに適した推測があります。それは、この銀河団の人間は銀河系の人間と種の根本を同じくする人たちではないかと……」


「そうか、プロフェッサーまで同じ考えに至るか。では、間違いないな」


傍で聞いていたライムが何の話と、


「あのー、どういうことでしょうか? 我々の銀河系と同じ生命体が、この銀河団にもいるって話ですか?」


それに答える楠見。


「ああ、そういうことだ、ライム。つまり、大昔の始祖種族が、この銀河団にも移住してたんじゃないかという推論だ。始祖が同じなら遺伝子的にも親戚になるだろう種族となる。遺伝子変異はあるだろうが」


「我が主の類推通り。そうでなくては人類用に特化された脳領域の使用法などが通用するどころか完全に適用できるなど考えられませんね」


「と言うことはですよ、キャプテン。もしかして始祖種族って、とてつもないエネルギーで、それこそ超銀河団すら超えた移民団を送り込んでいた可能性すらあり得るということでしょうか?」


「ああ、その可能性は高いよ。何と言っても移住用タイムマシンのエネルギー源は銀河系中心の超大規模ブラックホールだったんだから。どういう機構だったのかは今でもわからないんだが未来であれば時間と空間を自由に設定できたようだからな」


こんな会話が交わされているとは夢にも思わない郷。

あいも変わらず今日も「組織」のエスパー兵士との戦いに……


「来たねー、待ってたよ、ザ・シャクドウマン。俺は、エスパー兵士の中でもより優れた能力者に与えられる行動隊長の地位に付いているミスターパワーと言う。まずは挨拶代わり……こいつを喰らえ!」


さすがに行動隊長と言うだけのことはある。

今までのエスパー兵士たちとはサイキックエネルギーのレベルが違う。

しかし……


〈まだまだだ。私の力の一割にも及ばんよ。さっさと無力化して、二度と破壊的な力など使えぬようにしてやろう……エントロピー反転! 吸収!〉


「な、何?! ぐわぁっ!」


一気に老けこむ行動隊長。

それに目もくれず、その場から消え去る郷。


「すいませーん、定食屋が混んでまして。遅れた分、頑張りまーす!」


今日も陰で社会と世間を守っている郷。

「組織」はエスパー兵士の量産化に成功したようで、郷との力量差は明らかだったが、そのぶん物量で攻めてくるようになった。


〈このくらいの物量攻めが何だと言うんだ! まだまだ、こちらには余裕があるぞ! エントロピー反転! 吸収!〉


隊長クラスが数をなして倒れていく。

警察機構も、ようやく「組織」への対抗手段を手にしたようで強力な麻酔銃で雑魚……

違った、下級兵士をバタバタと倒していく。


「確保ーっ! ザ・シャクドウマン以外は全て確保だーっ!」


30分後には手錠と応急担架で現場から運ばれる「組織」の中隊規模の人数がカメラに捉えられる。


「ご覧ください! またもザ・シャクドウマンの勝利です! 何処の誰かは知らない何処にいるかも誰も知らない、でも誰もが皆、知ってるザ・シャクドウマン。あの鎧と仮面の下には、どんな顔が隠れているのでしょうか? 我々メディア代表カメラクルーは、これからも「組織」とザ・シャクドウマンの戦いを追い続けます!」


あの無謀なカメラクルーはメディア代表となって警察機構と取引し現場の映像を追えるようになったらしい。

最初は、おっかなびっくりで取材していたカメラクルーたちも慣れたもので通常なら危険過ぎて入れないような戦いの場へも、できるだけ接近して緊迫した映像を送るようになっていた。


「それにしてもなぁ……ザ・シャクドウマンがいる限り、ウチラの商売、上がったりじゃないかねぇ……郷君、そう思わないか?」


また営業さんの愚痴が始まったな……

郷は、このところ毎日のように聞かされるザ・シャクドウマンへの恨み言を今日も聞かされるのだった。


「だって、そうだろ。俺達が必死になって作り上げた特殊撮影ドラマのシーンも「組織」とザ・シャクドウマンの戦いに比べちゃ迫力が足りない。事実と作り物じゃ、どうしたって作り物が負けなんだ。それも俺達が作り上げた特殊映像を超えちまう現場でのESP戦闘シーンだしなぁ……」


これには郷も苦笑いするしか無い。

自分のサイコキネシスの力が少しづつレベルアップしているのは感じているが、それに比べて制作会社の特殊映像は、いかにも作り物感が強くて偽物と言われても返す言葉がない(実際、偽物だし)


「まあでも、あいつが戦ってくれるから俺達は娯楽映像を主にした番組を作れるんですよ。「組織」がこの世を支配したら、こんな仕事はできないでしょう」


郷は、お茶を濁すような返事しか返せない。

まさか自分が現場映像の主役、ザ・シャクドウマンその人だとは口が避けても言えるはずもなし。

その後も郷は2重生活を苦にもせず「組織」との戦いを続けていく……

戦いの連続、というか負け続けの戦いに根負けした「組織」は、ついに郷へ挑戦状というか果し状を送りつける。

まあメディアへの公開果し状だったが。

その日その時、例によってカメラクルーと警察機構の見守る中、ついに「組織」幹部と郷の戦いが始まる! 


「はじめまして、ザ・シャクドウマン……いや「組織」の裏切り者、脱走者の郷剛(ごうたけし)! 格好が変わろうが脳波は変えられん。最高幹部の儂、自らが貴様を成敗してやろう!」


最初は皮膚硬化に慣れていなかったため声を出すことが不可能だった郷ことザ・シャクドウマンだったが戦いの中で唇部分の硬化を弛めて今では声を出すことが可能となっていた。


「ついに登場したか、最高幹部のエスパー兵士! 貴様さえ倒せば、この星への「組織」の干渉は不可能となる! こっちこそ、今日こそお前を倒す!」


後は言葉は不要……

互いのESP能力、サイコキネシスは次第に強くなっていく……

未だ力試し段階ではあるが、その濃密なサイキックフィールドに迂闊にも入ってしまった下級兵士は耐えられぬエネルギーに脳がコントロールを放棄し、その場にバタバタと倒れていく。

メディアのカメラにさえ、ぼやけた空間と写るようになったサイキックフィールドは次第に大きさを増していき危険を感じた敵味方双方が最高幹部と郷との戦いから離れていく……

いつの間にか周囲一キロに渡って円形の無人フィールドが出来る。

その中に存在できるのは最高幹部のエスパー兵士と郷のみ……


「なかなかやるな、敵にするには惜しい奴よ。しかし、ここまで損害を食らってしまうと貴様を始末する以外に首領様に会わせる顔がないのでな……死ねい! 裏切り者!」


「勝手に殺してもらっちゃ困るな。私の目標は、あくまでお前の上の存在だ。お前の上に首領なる奴がいるなら、そいつもまとめて倒す! そして、この星に平和を取り戻す!」


さすがに「組織」の最高幹部、サイコキネシスの力は、ほぼ郷と同程度だった。

ただし、その強力なサイコキネシスの能力に比べて、その肉体は非力だった……

その点で郷は勝機を見出す。


「サイコキネシスの方は同じだな、これで勝負はつかない……しかし、私には常人の数10倍の力と神経速度があるんだ!」


一瞬にして最高幹部との差を詰めると郷は素手(とは言え皮膚硬化で鋼鉄拳となっている)での戦いに移る……

最高幹部に勝てるはずもない……

バキぃ! 

たった一発で最高幹部だったものは顎を砕かれ、数ヶ月は流動食で過ごすはめになる。


「終わったか……残るは首領と呼ばれる存在だ!」


郷は、しみじみと思う。

あと一つ! あと一つで、この星は平和になる。

しかし、その時は意外に早くやってくる。


〈よくぞ我が代行者を倒したな、裏切り者、郷剛よ。我が名は「組織」首領クロスという。よくぞ我が計画を邪魔してくれたものよ……我が力を見よ!〉


郷は、どんな強力な力が降りかかるのかと身構える……

しかし、いつまで経とうと力が行使されることはない……


「どうした! ? 首領クロス! やれるものなら、やってみろ!」


〈ぐ……何者だ? 我が力を完全に抑えこむとは……名を、名を名乗れぃ!〉


《こちら、宇宙船ガルガンチュア、そして俺は宇宙船のマスター、クスミだ。ようやく影の首領が現れたんで、こちらも介入させてもらった。郷、すまないが、これからの話は君には管轄違いとなるんで、こちらへ主導権をもらうよ》


待ちに待ったタイミングでガルガンチュアとクスミの介入が始まった。

ガルガンチュアとクスミの意図とは?! 

そして、郷の取る行動とは? 


ここは、ガルガンチュア船内……

郷が楠見に文句……

いや、噛みつかんばかりに抗議している。


「クスミさん! あれほど見てるだけって言ってたのに最後の最後で、あれはないでしょうよ! 私は、このために死ぬ一歩手前の訓練まで受けてきたというのに!」


当の楠見は、当然だろ? 

という顔で応対している。


「郷君、いや、君付けはおかしいか、もう立派な戦士だ。郷、君の戦うフィールドは君の星の中だけ。その星の外の事は、こっちに任せてもらおう」


「何の話ですか?! いいですか、もう少しで敵の首領と……な、何です?」


楠見が手を上げて郷の話を止める。

そして惑星に向けて指を指す。

その指の先にあるものは……


「な、何だぁ?! あれは。でっかいロケット状の宇宙船? いや、水晶のような形で、どんな金属か分からないような輝きを放ってる……あれは何です? クスミさん」


「あれかい? あれが「組織」の首領、クロスの正体だ。ロボット宇宙船で完全自動なのか、それともガルガンチュアのように生体を持つマスターが必要な形なのかは判断できないが、あの宇宙船に乗ってきたものが「組織」を作り、発展させて君らの星にも介入してきたのは間違いないだろう」


郷は、ここまで来ると自分の出番はないと認識する。

これ以上は宇宙を庭とするガルガンチュアや楠見のような存在でなければ無理な領域。


「分かりました……これ以上の無理は言いません。でも、ガルガンチュアに乗せてもらって、こいつの故郷の星についていかせてください。それ以上は口を出しませんから」


郷は、あくまで自分の目で終わりまで見たいと願っているようだ。

楠見は、それを承諾する。


「いいだろう。郷、君の悲願だったトラブルの解決を俺達がどうやるか見ておくといい。その上で、このトラブル解決が終了したら君に最後の選択をしてもらう」


最後の選択? 

郷は何のことか分からなかったが、とりあえずは先送り。

まずは、あの1kmを遥かに超える長さの異星の宇宙船を眺める。

楠見は、もう喋ることと同義になるテレパシーで目標の宇宙船に呼びかける。


《どうだい? 首領クロス。提案なんだが俺のガルガンチュアで宇宙船ごと君の星に送ってあげようか? 》


〈魅力的な話だ、マスタークスミ。我が力を完全に抑え込めるということは、そちらの力は我をはるかに越えるものだということになる。もう抵抗の意思も失せたので、そちらの提案に乗せてもらおう〉


《では星系の端まで出てきてくれ。こちらは巨大過ぎて星系の軌道に干渉する恐れがあるんでね。ドッキングは考えなくていい、こちらで収容と繋留はやるから》


〈その言葉を聞いただけで、とても敵対できる存在ではないという事が推測できる。そちらの言う通りにしよう、少し待機していて欲しい〉


《分かった、星系端へ来たらすぐに分かると思う。こちらは微惑星か衛星並に大きいから》


呆気にとられたような言葉にならない驚きのテレパシーを最後に首領クロスからのテレパシーが途絶える。

数時間後、宇宙船としては巨大な、しかしガルガンチュアとは比較にもならない大きさの宇宙船が宙間レーダーの探知内に入ってくる。

それから一時間後、ガルガンチュア(フロンティア部)の下部格納庫の口がパックリと開き、巨大宇宙船すらも余裕で飲み込む。

首領クロスの宇宙船はガッチリと係留され、データ提供によりクロスの故郷である異星へと向かうことになる。


「クスミさん、首領クロスは、どうして宇宙船から出てこないんですか?」


いつまで経っても首領の姿が見えないので郷は楠見に聞いてみる。


「ああ、あれ全自動型のロボット宇宙船だったよ。首領クロスは生体を持つ生命体なんだけど、あの宇宙船自体がガルガンチュアより性能低くてね。航海期間が長すぎて、とてもクロスの肉体が耐えられる期間じゃ辿りつける予定じゃなかったんで、クロスの意識をコピーして宇宙船に組み込んだらしい」


そういうことか、郷は納得した。

郷は自分の仕事が終わったと、その時、初めて思った。


「あ、でもロボット宇宙船にしてはテレパシーとか使ってましたよね。生体部品でも使われてるんですか?」


「違う、ちなみにガルガンチュアのロボット3名のうち2名フロンティアとガレリアはテレパシーが使えるぞ。テレパシーは電子的に作れるんだ。ロボットや機械にテレパシーを使わせる文明は今まで数多くの銀河を回ってきた俺達でも、あまり見ない少ない数しか無いけどね」


その理由に思い当たる気がする郷であった……

人を超える機械やロボットというのが気味悪くて計画が中止になるんだろうな、多分……

宇宙船クロスが郷の星に辿りつくのに数百年かかったのかどうかは分からないが、ガルガンチュアが帰還ルートに要した時間は数日間……

星系に到着したとの報告を宇宙船クロスに告げると、あまりに早い到着に、またも呆気にとられたようになる。

帰還報告をしなきゃいけないのだと言う宇宙船クロスを楠見は何の制約も付けずに解放する。


「クスミさん、クロスを無条件開放したのは、どういう意味が?」


興味だけの意味で郷は聞いてみる。

まあ戦力的に赤ん坊と戦車以上の力の差があるので制約などつけても意味がないのは確か。


「うん? 向こうさんの印象を良くしようと思ってね。武器を持ち出してきても意味がないってのはクロスが説明してくれただろうけど」


果たして数時間後、目標星系より通信が入る。

交渉団の受け入れを許可してほしいとのことなので楠見は二つ返事で許可する。

それから数日後……

あまりに巨大過ぎるガルガンチュアに畏怖すら抱きつつ、異星の交渉団が乗った大型宇宙艇(真四角の形をした輸送艇)はガルガンチュアにポコッと開いた開口部から余裕で入っていく……

この時点でトランスレータの辞書ファイルは充分に蓄積されており翻訳機としては完全に機能する。


「ようこそ宇宙船ガルガンチュアへ。異星の交渉団の方々を歓迎します」


楠見が中心になり、郷は当事者ではあるがオブザーバー扱い。


「……というわけで、もう我々は、あの星に干渉する意思はない。こんな存在が裏にいるなら、あの星に計画遂行用の宇宙船を送り込むことすら中止しただろう」


郷が一番欲しい発言が出る。

楠見は、それより一歩進める発言を。


「それは喜ばしい。で、その計画を進めたかったのは、どこかとの戦争のためでしょ? その原因と相手のことを教えてくれないか? こちらで解決してやることもできるだろう」


「な、何と言われる?! そちらとは何の関係もない星間戦争を、この船と貴方が解決してくれると言われるのか? ちょっと待ってくれ……」


数十分ほど相手方の集団で話をまとめようとするが、あちらで反対、こちらで条件と色々な意見が出てきてしまう……

結局、全ての議論をまとめた上で代表者が返事をする。


「戦争被害者たちのフォローをどうするとか細かい議論も出ましたが結局は星間戦争が終われば後は何とかなるという事で落ちつきました。我々も戦争の終結を望んでいるのです。申し訳ないが何の関係もない貴方に一任することになるが、よろしくお願いしたい」


頭を下げるという習慣がないのか直立不動の姿勢をとっている。

ああ、これがお願いをするときの精一杯の仕草なんだな、と楠見は気づく。


「分かりました、まあ、お任せを。いくつもの銀河単位で大戦争を終結させてきた実績もあります」


トラブル解決の依頼である。

久々の正式依頼に楠見は張り切った……

やりすぎなくらいに……

この会談より数日後、数百年に渡る2つの星系の大戦争は急な終結を見た。

この終戦調印式に楠見や郷、ガルガンチュアの姿も署名も何もない。

何も無いのだが当事者たちは神の使いにも似た巨大なる力の体現者に恐れすら感じていた。

つまり……


「喧嘩なんて駄目! こんなこと再度やったら今度は俺のゲンコが頭に落ちるぞ!」


が本能的に怖かったのだ。

さっさと郷の故郷の星に戻ってきたガルガンチュアは、さて次の銀河へ……

と準備中。

楠見だけが郷の最終決断を聞いている。


「さて、以前にも言ったが最後の決断を聞きたい。郷、君は、このガルガンチュアのクルーになるか? それとも、この星に残るか?」


郷の決心は、とうに決まっている。

ガルガンチュアは発進した……

新しい銀河へ向けて……


「えーっと……どうして、さっさと目標へ向かわずに、こんな銀河と銀河の間で止まってるんですか? 師匠。新しい文明、新しい生命に会いに行きましょうよ!」


「いや、郷、まずは俺を師匠と呼ぶな。そんな年齢じゃ……まあ数千歳だからなぁ……適当な名称はなかったのか?」


「だって……もうクスミさんじゃ変だし、おやっさんと言ったら引っ叩かれたし……師匠で良いでしょ? 師匠で」


「まあ、おやじさんや、おやっさんよりはマシか……ちなみに、フロンティアの拡張作業が始まったんで、しばらくここで待機だな」


「どのくらいです? それにしてもフロンティアの拡張作業? 今よりデカくなるんですか? フロンティア部分が?!」


ワイワイガヤガヤの人数が増えたガルガンチュア……

しばらくは銀河間で工事中のようだ……